【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第五十七話 共に生きるもの

 目が覚めると、そこはこの世のものとは思えぬ世界であった。

 数多の星々と、命の蝶が舞う美しく恐ろしい世界。戸惑いながら、己の疑問を口にした。

 

「ここは……」

「ここは、狭間。現世との境界線……」

「! あんたは……」

 

 目の前に、光の粒子が現れる。

 その神聖な力の集束に、かつて社で問答を繰り広げた奴だと直ぐに気づいた。

 

「狭間? ってことは、自分は死んだのか」

「いや、ここは狭間。まだ君の魂と肉体は半分生きている」

「半分か……」

 

 神の発する光線をまともに受けた。あまり考えたくない状況であることは容易く想像できた。

 

 しかし、自分のことよりも気になることがある。

 

「クオンは……どうなったんだ?」

「……」

「自分は……助けられなかったのか?」

「君が死の淵にいることに絶望し……我が分身に心を囚われてしまった」

「? どういうことだ」

 

 聞きなれぬ言葉に戸惑いを覚え、思わず聞き返す。

 

「君を死の淵より救うため……ウォシスと共に依代として取り込まれ……大神ウィツァルネミテアとしてこの世に顕現したのだ」

「な……」

 

 つまり、あのウォシスですら半分の力に過ぎなかったということか。

 クオンが一体となった今、その力の規模はほぼ完全体。早く助けに行かねば仲間の皆にも危険が及ぶ。

 

 しかしと思う。自分の死に絶望して力を求めたのであれば、なぜ自分はここにいるのか。

 

「だが、自分は……ここに……」

「そうだ、たとえ大神として顕現しても、願いが叶うことはない。それどころか……必ず、その願いは歪んだ形で叶えられる」

「じゃあ、尚更止めにいかなければ……」

「……これを」

 

 そこにあるは、エルルゥがかつて渡そうとしていた白き仮面。

 大神の力宿りし仮面である。それを被ると言うことは──

 

「しかし、ウォシスが既にあんたの力を……」

「彼に、力の全てを渡した訳ではない。この仮面にあるは、残りの我が力」

「……自分に、ウィツァルネミテアとなれと」

「そうだ。我が力を、名を、咎をも……」

 

 その重さに、伸びる手が躊躇する。

 これを受け取れば、もはや人の身として生きることは不可能。だが、この力が無ければクオンを、仲間を助けられない。

 

「……自分も、ウォシスのように神の力に呑まれろってか」

「いいや、受け継いだ力をどう扱うかは君次第……君はウィツァルネミテアではなく、新たな大神となるんだ」

「新たな、大神……だと」

「そう、それが世界の……大いなる意志」

 

 大いなる意志、ホノカさんも、ウルトリィさんも繰り返し言っていた言葉である。

 

「っ! 大いなる意志……?」

「そうだ……君であれば、この世を人と神の世から解放出来る。君であれば、この永劫続く罪の煉獄から抜け出すことができる……」

 

 その自分が歩んできた過去も未来も、全てが決まっているかの如く言葉に、思わず声を荒げた。

 

「ってことは何か? 自分がクオンに見つけられたことも、戦乱が起きたことも、ウォシスが絶望したことも……全部、自分が大神になるためだけに、導かれたと?」

「そうだ……」

「な……!」

「そう、いくら足掻こうとも、道を逸れようとも、それは変わらない。それが、この世界の……大いなる意志なのだ」

 

 大いなる意志が、自分を待っている。

 ホノカさんも、ウルトリィさんも、そう言っていた。自分の意思ではなく、その大いなる意志の導きによって辿って来ただけなのだと。その真の意味が漸く分かった。

 

「……これがあれば、クオンを救えるんだな?」

「ああ」

 

 光の粒子より差し出される仮面に触れようと、手を差し出した時であった。

 

「──ハク」

 

 もう一人の自分を呼ぶ声。

 この命の狭間の世界に、自分を知る誰がいるというのか。

 

 気になって声のした方へと振り向いた。そこには──

 

「──なっ!? お前……オシュトル、なのか?」

「ああ」

 

 そんな馬鹿な。

 オシュトルは生きている筈。ここにいるのは死んじまったか、半死半生の者だけ──ということは。

 

「なんてこった……お前も、死んじまったのか?」

「いや、そうではない」

「? ならどうしてここに……」

「決まっているであろう。其方を……この狭間より連れ戻しに来たのだ」

 

 オシュトルがその手を差し出すようにこちらへと向けた。

 困惑するように言葉を漏らすは、自分だけでは無かった。後ろの大神さんも酷く驚いていたようだった。

 

「まさか……ヒトの身で、狭間に届き得たというのか……」

「どういうことだ?」

「……」

 

 返事は帰って来ない。

 大神さんもどうやら戸惑っているらしい。

 

 オシュトルは、仮面に手を伸ばそうとしていた自分を咎めるように首を振った。

 

「ハク、その仮面を手にしてはならぬ」

「? 何故だ」

「お主は、人の身で我らと共に生きるのだろう?」

「だが……クオンが」

「忘れたのか? 其方は神には頼らぬと……皆で大神に挑むと言ったではないか。その其方が、一人戦って死に……大神を求めるのか」

「……」

 

 しかし、こうしてここ狭間に落ちてくる程の瀕死状態だ。

 現世に戻って何ができるとも思えない。

 

「だが、大いなる意志が……」

「アンちゃんよ、そんなことは関係ねえんだ」

 

 痺れを切らしたかのように、オシュトルはウコンの口調となって己を諭す。

 しかし、大いなる意志なんてとんでもないもの、どう抗えっていうんだ。

 

「関係ないって……お前な」

「アンちゃん。もう一度、聞かせてくれ」

「な……何をだ」

「大いなる意志じゃなく……アンちゃんの意志を……アンちゃんが、どうしたいのかを」

 

 オシュトルから必死に問い掛けられる言葉に、己の意志を考える。

 かつてオシュトルと一騎打ちまですることとなった、仮面により白日の元となった己の暗部。そして願い。

 

「自分が……どうしたいか……」

「そうだ。アンちゃんが何者かを決めるのは、アンちゃん自身だ。大いなる意志でも、神さまでもねえ……! 俺は、それをアンちゃんに思い出して欲しかったんだ」

「……」

 

 自分が、どうしたいか──か。

 ふと、僅かに聞こえる仲間達の声。

 

「ほら、聞こえてきただろう……アンちゃんを呼ぶ声が……」

 

 ──主様。今こそ選択を……人のまま生きるか、新たな大神として生きるか。そのどちらであっても、私達は永遠に共に……でも、私達は、本当は……人として主様に愛してほしいのです。

 

 ウルゥルとサラァナの姿無くとも、その声が魂まで響くようであった。

 

「これは……この声は……」

 

 そして、その声たちは狭間の世界に羽ばたく蝶のように沸き上がり、己の心に届いていく。

 

 ──おにーさん、死んだらだめやぇ! ぐうたらなおにーさんがいないと、ウチはやっぱり楽しない! もっともっと一緒にいて、おにーさんが知りたいぇ! 

 

 アトゥイの声が。

 

 ──ハク、お前は情けない! 惚れた女を残して逝く気か! そんなことは……私が、いい女である私が許さない! 私が憧れ、唯一惚れた漢であるお前は、きっと立ち上がれる漢の筈だ! 

 

 ノスリの声が。

 

 ──ハク様、あなたがいないと、クーちゃんが悲しみます。そして、私も……あなたがいないと、泣きます。沢山泣いちゃいます。だから、戻ってきてください! 

 

 フミルィルの声が。

 

 ──私の命を二度も救ってくれた人。私の女としての幸せに気づかせてくれた人。命の使い方も、貴方が教えてくれたのです。そのあなたに恩を返せないまま……一人で死なせはしません! 

 

 エントゥアの声が。

 

 ──私を好きになってくれるまで、待っています。いつまでも、ハクさまを想い続けています。傍に居て本当に安心できた人……きっと、私のところに帰って来てくれるって信じていますから……! 

 

 ルルティエの声が。

 

 ──誓ったのでしょう? 私とルルティエを守り、愛するって。漢なら、私の惚れた漢なら、最後まで証明してみせなさい。貴方がいなかったら、もう嫁の貰い手も無いの。だから、責任とってくださいまし! 

 

 シスの声が。

 

 ──小生との約束はどうなったのだ、ハク殿。其方は約束を破る男ではない。其方は、皆に信じさせる力を持った漢だ。皆が、其方を信じている。其方が居れば勝てると、其方が居れば生きられると、だから、戻って欲しい……小生の傍へ! 

 

 ムネチカの声が。

 

 ──其方は死んではおらん! 余の傍に居ると、居続けると言ってくれたのじゃ! だから、今約束を……指切りをするのじゃ……余との約束を守って、生きて……叔父ちゃん! 

 

 皇女さんの声が。

 

 ──ハクさん、ぐうたらでだめだめで恰好悪いところも、皆を守る恰好良いところも……どっちも好きだったのです。兄さま以外に、初めて心を許した男の人……皆を泣かせるなんて、ハクさんらしくないこと、しないって信じているのです!! 

 

 ネコネの声が、皆の顔が、燦然と煌く蝶の隙間から空へと浮かんでいく。

 死の淵にいる自分に、ミカヅチ、キウルやヤクトワルト、オウギも必死に呼びかけているのだろう。皆の瞳には焦りの表情と涙が浮かんでいた。

 

 星々が煌く様に空に顔が浮かんでは光となって消え、また浮かび、消えていく。記憶の中で皆との約束が思い起こされていく。己の周囲を覆うようにそれはいつまでも続いた。

 

 多分、本当に口で言っている訳ではないんだろう。きっとこれは、彼らの魂の叫び。オシュトルを通じて、自分に届いた本当の気持ち。

 

 一つ届くたびに、己の心は熱く煮えたぎり、その命の灯が再び燃え上がっていく。

 

「──思い出したか? 皆との約束を」

「ああ……皆と、旅をするんだった……人を解放するための、楽しい旅を……」

「で、どうだ……アンちゃんの意志は?」

「そうだな……お前が来なけりゃ、安請け合いしちまった約束を忘れたままにできたんだが……破ったら後が怖いことを思い出したよ」

「ふ……」

 

 心は決まった。

 だが、もう一つ聞いておかねばならんことがある。自分が人として生きるなら、必ず必要になるものだ。

 

「給料は……特別労働手当はあるんだろうな?」

「ああ、無論だ。其方にしかできぬことはまだまだある。長い休暇はその後だ」

 

 オシュトルの笑み。そして、その後方からマロロやライコウの笑みもおぼろげながら見える。兄貴や、ホノカさん、トリコリさんの顔も──

 

「……帰るか、皆のところへ」

 

 遠くにありながらも、自分を想ってくれているのだ。魂が、結ばれているのだ。

 

「ってことだ……悪いな、大神さん……いや──ハクオロさんよ」

「……良いのか」

 

 仮面を受け取らないというのがどういうことなのか。

 大いなる意志に逆らってもいいのか、それを聞いているのだろう。

 

「ああ、自分は運命よりも──仲間を信じてみるよ」

「……そうか。私もかつて、運命より仲間を信じ託したことがある。君に……いや、君達に賭けてみよう」

 

 そう言って、ハクオロは仮面を被り、その真の姿を晒す。

 

「誇り高き大いなる父、ハクよ……私の娘を、よろしく頼む」

「ああ、任せとけ」

 

 それは白く輝き、正しく神々しい存在そのものであったが、その姿を見せたのは一瞬であった。

 自分に託すかのように笑みを浮かべ、靄と消えるように狭間の世界へと失せていった。

 

 再び、オシュトルより差しだされた手を見つめる。

 

「さあ、ハク……其方を信じる全ての者の欠片を集め……我らで決着をつけよう」

「ああ……生きるも死ぬも、一緒だ。オシュトル」

「今度は、其方だけに託しはせん……我ら二人で、皆で、未来を掴むのだ……」

 

 オシュトルの手を掴むと、眩く暖かい光が満ちていく。

 その輝きは己の目を焼き尚、体を取り巻いていく。心地いい、孤独とは無縁の暖かな灯──

 

 魂と魂が共鳴し、我らの命が溶け合っていく。

 

 ──クオン、皆の力を合わせて、今度こそ助けに行くよ。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 ハクは死んだのか。

 その瞳は、未だウィツァルネミテアに向けられたままである。

 

 吹き飛ばされたハクがどうなったかはわからない。しかし、ハクの命の灯が薄れていることだけはわかった。

 

 ──ハクを、母を救いたいのだろう? 

 

「──私が、願えば、皆を救えるの?」

 

 ──そうだ。

 

 これまでの全ての記憶が、思い出が、私の意思の隙をついた。

 一瞬の揺らぎが、私の意思と体の全てを奪っていく。

 

 黒々とした力が沸き上がり、封印から力が漏れていく感覚。

 目の前のウィツァルネミテアに魂が吸い取られていく感覚。

 

「……!!」

 

 気付けば、私の視界は遥か天上より倒れ伏す母さまの姿、そして瀕死となったハクの姿を見下ろす形となった。

 己の両手を震えるように見れば、そこには仮面の者と同じく巨大な白き腕。

 いや、それどころか、もっと大きな存在である。

 

「……駄目、私、そんなつもりじゃ……!」

 

 その懺悔の声は、誰にも届かない。

 響くは意味の無い悲哀の籠った咆哮。

 

 ──お前の孤独は、大いなるものと一つになることで癒される。さあ、願え。皆と共に久遠に生きたいと。

 

「だめ……母さま……怖い、ハク……」

 

 根源の力の底知れない深さと大きさに、恐れ戦く。

 こんなもの、ヒトの手に扱えるわけがない。願えば破滅は必至。

 

 ──サア、皆ニ救イヲ……。

 

 ──願え、生きろと、私を孤独から救えと……根源の力を引き出せ……! 

 

 白と黒の意識が己の魂を揺さぶり、その言葉を引き出そうとする。

 逃げようとも、繭の中に囚われ身動き一つ取れない。

 

「嫌……ハク……私を──!!」

 

 助けて、そう願おうとした時であった。

 

 眼下のハクと、それに寄り添うオシュトルから、眩い閃光が発せられた。

 その光の奔流は正しく爆発するように広がり、己の心を溶かすかのような熱が込められている。

 

「ハク……?」

 

 神々しい光に晒され、目を細める。

 その光の中から現れるは、今まで見たことが無い、仮面の者(アクルトゥルカ)

 

 皆がその眩い姿に唖然とする。

 光の合間に見えるは、ハクのような黒き姿でもない、オシュトルのような白き姿でもない。まるで、二人の魂が融合したかのように、彼の姿は白黒の巨大な化身と化していた。

 

 その姿を見て、最初にその想いを呟いたのは誰だったのか。

 

「美しい……あれが、あの姿が根源の力を極めた者達……あの姿こそ、ハクとオシュトルの真の姿──」

「主様が、選んだ」

「人の身で生きることを、選んだのですね──」

「「──オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」

 

 ハクとオシュトル、二つの声が重なり合って響く咆哮が、その光の奔流を消し飛ばし真の姿を晒した。

 

 ──馬鹿な。我の紛い物程度の存在が……偽物が、根源に届き得たというのか? 

 

 驚愕するは、黒の意識。

 

 ──遥か深き根源を通じ、我らと同じく二つの依代を一体化させるとは……だが、所詮はニセモノ。真の姿となったウィツァルネミテアに叶う筈も無い。さあ、クオン。皆を救う力を求めるのだ……。

 

 その言葉に応える筈も無い。

 きっと、ハクであれば、私を助けてくれる。私にできる事は──

 

 ──足掻クカ、孤独ニ怯エル弱キ者ヨ……。

 

 ウォシスの声が頭へと響く。それに燦然たる決意で応えた。

 

「弱いのは、怯えているのは貴方達の方……私は、もう、迷わない……! ハクは、私の仲間は、きっと貴方に勝つ!」

 

 ──なれば、再びの孤独に苦しむがいい。我が手によって、仲間が死ぬる様を、見るがいい。心配ない。もし死んでも、お前の力であれば生き返らせることができる。

 

「皆は、死なない! 私は、ここで戦う!!」

 

 囚われた繭の中でただひたすらに暴れ、己の意志をこれ以上好き勝手させぬよう思考を乱す。

 

 ──サア、戦イヲ。救イヲ齎ス真ノ後継者足ル存在ハドチラガ相応シキカ……戦イヲ!! 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 オシュトルの手を取った瞬間。

 我ら二人の魂は光の中で混ざり合うように一体化し、白と黒の紋様が浮かび上がる巨大な仮面の者(アクルトゥルカ)となってこの世に顕現した。

 

「「オオオオオオオオオッ!!」」

 

 咆哮も、意志も、オシュトルと重なるように木霊する。

 原理はわからないが、今自分の命は根源を通してオシュトルの命を吸い、生き存えていることがわかった。

 

 この魂と肉体を合体させた状態──ハクトル状態とでもいうべきものは、きっとウィツァルネミテアがウォシスとクオンを依代として存在しているのと同じく一時的なもの。永遠にできることではない。

 二人の命の灯が消えるまでに、決着をつけねばならないことだけはわかった。

 

「貴方は……ハクさん? それとも、兄さまなのですか……?」

 

 涙の痕が見えるネコネが、震える声でそう問う。

 ハクとしての声も、オシュトルとしての声も、今は二重に響く。己の声を以って仲間に助力を願った。

 

「「ハク(オシュトル)デモアリ、オシュトル(ハク)デモアル! 今、我ラハ互イノ命ヲ吸ッテ生キ存エテイル! 長クハ持タナイ! クオンヲ助ケルタメニ、民ヲ消滅ノ危機カラ救ウタメニ、今一度力ヲ貸シテクレ!!」」

「……何だかわからんが、旦那と大旦那が力を合わせているんだ。俺達もできることはさせてもらうじゃない!」

「ええ、ハクさんと兄上だけに、戦わせはしません!」

 

 戸惑う仲間の中、いち早くヤクトワルトとキウルがその言葉に応えた。

 しかし、不安そうにネコネは再び己の背へと問うてくる。

 

「大丈夫、なのですか……?」

 

 白き筋と黒き関節を動かし巨大な右腕を掲げる。そしてネコネを安心させるように親指を立てた。

 

「「アア! コノ世デ最モ信頼スル漢ガ共ニ在ル……ソシテ、信頼スル仲間モイル! 相手ガ神ダロウガ……我ラハ勝ツ!!」」

「……わかったのです! 姉さまのために、私ももう恐れないのです!!」

「うむ! ハクが生き、オシュトルが共に居ればもはや怖い者は無い! 皆の者! 今こそ剣の振るい時じゃッ!」

「「「応ッ!!」」」

 

 皆が神の呪縛から解き放たれ、各々が抜刀する。

 きっと、仲間が言霊の呪縛から解き放たれたのは、クオンが大神の中で抗ってくれているのだろう。

 

 今を逃すことは無い。

 ウィツァルネミテアに勝ち、クオンを取り戻す。

 

「「ミカヅチ!! ムネチカ!! 奴ノ隙ヲ作レ!」」

「あいわかった! ハク殿、オシュトル殿、存分に力を振るわれよ! 小生の盾にお任せあれッ!!」

「任せろ! これが最後の大戦だ。神に挑むことなど生涯そうあることではない……仮面(アクルカ)よ──我に友と並ぶ力を! 神に打ち勝ち、共に生きる未来を掴み得る力をッ!!」

 

 正面から戦うは我らの役目。

 同じ仮面の者である彼らには、奴の隙を作ってもらう。ミカヅチが仮面を解放し、ムネチカが皆を守る盾の役割を果たす。

 

「「ネコネ! ウルゥル、サラァナ! フミルィル! 其方達ハ法術デ敵ノ動キヲ妨害、味方ヲ支援セヨ!」」

「わかったのです!」

「「御心のままに!」」

「クーちゃんを救う手助け、させていただきます!」

 

 法術が使えるネコネとウルゥルとサラァナ、フミルィルには安全圏にいてもらい、法術で弱体化や味方の支援を図る。

 

「「ノスリ、キウル! 後背ヲ狙イ、矢ヲ射ヨ!」」

「わかった! ノスリの強弓を見せてやる!」

「はい! お任せください!」

 

 矢がどれほどの効果があるかはわからぬが、弱体化させれば攻撃も通る筈である。

 今は仲間の力を全て結集せし時なのだ。

 

「「皇女サン、アトゥイ、ヤクトワルト、オウギ、ルルティエ、シス、エントゥア、其方ラハ、ムネチカノ盾ニ身ヲ潜メ乍ラ、隙ヲ見テエルルゥヲ回収。ソノ後、反撃ヲ受ケヌ程度ニ攻撃セヨ!」」

「わかったのじゃ!」

「うひひっ、任せてーな!!」

「応さッ!」

「わかりました! 我が奥義を見せて差し上げましょう……!」

「はい……! ココポ、行くよ!!」

「ルルティエ、いつものように私と連携して動きますわよ!」

「これが、最後の決戦! 私も皆と共に!!」

 

 真のウィツァルネミテアとの対峙。

 しかし、先程一人で無謀にも立ち向かった、あの時のような恐怖はもはや感じない。

 感じるのは、信頼。仲間と共にあれば、全てを成せる。その筈だ。

 

 ──サア、戦イヲ。ヒトニ救イヲ齎ス真ノ後継者足ル存在ハドチラガ相応シキカ……戦イヲ!! 

 

 頭の中に響くウィツァルネミテアの声と、直接耳に劈く咆哮。

 己の残りの命を燃やす、最後の決戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 真のウィツァルネミテアと対峙し、動きの鈍い彼奴の元へと地盤を破壊しながら音を立てて進み行く。

 

 ──行くぞ! オシュトル! 

 

 ──ああ、アンちゃん! 

 

「「──オオオオオオオオオッ!!」」

 

 心の中でオシュトルと共鳴し、その巨腕で以ってウィツァルネミテアの両腕と掴み合う。その衝撃に踏みしめる地は裂け、鈍い破裂音がこだまする。

 仲間のお蔭もあり、現状の力は互角──いや、僅かに足りないか。ぎりぎりとその足が避けた地に埋もれ、後退していく。

 

 ──偽物ヨ、我ニ届キ得ルカ……。

 

「「グゥッ……今ダッ!」」

 

 仲間は意図を察してくれたのだろう。

 掴み合って硬直する我らの足元で倒れ伏すエルルゥを、オウギが寸でのところで救いその距離を離していく。

 

 ──ム……! 

 

 呪術による弱体化。

 そして、止めどなく浴びせられる斬撃と矢。その攻撃は深く届き得るものでは無かったが、目の前のウィツァルネミテアは苦悶の表情を浮かべている。

 

 ──ムツミ……アマテラス、デスラ……滅ボセナカッタ我ヲ、本気デ……希望ヲ胸ニ討トウトシテイルノカ……! 

 

「「アンタヲ討チタイ訳ジャナイ! 自分ハタダ……大事ナ人ヲ取リ戻シタイダケダッ!!」」

 

 ──取リ戻シタイ……ソレガ……汝ノ願イカ。

 

 このような戦いの中で尚、目の前の願いを無秩序に叶えようとする歪んだ神に、激昂する。

 

「「願イナンザ──自分デ叶エルッ!! ウィツァルナンタラサンハ……オ呼ビジャネエッ!!」」

 

 ──ナレバ、己ガ大神トシテノ実力ヲ、見セテミヨッ!! 

 

 ぐん、と組んだ両手の指に爪が食いこみ、奴の力の勢いが増す。

 数多の攻撃に晒されながら、がぱりとその大口が開いた。

 

 ──まずい、アンちゃん! 

 

 ──ああ、わかっている! 

 

「「ミカヅチ! ムネチカ!!」」

「応ッ!!」

「あいわかった!」

 

 ミカヅチが仮面の力を解放。後背より渾身の打撃を見舞い、ウィツァルネミテアはその背を大きく逸らした。

 ムネチカによる地より生まれし盾が、ウィツァルネミテアの顎を強打し、その青く光る光線は遥か先の天井へと向く。

 そして──

 

「──ぐぅっ! な、なんて威力じゃない……!」

「きゃあああっ!」

 

 着弾するとともに天井の壁は崩れ、大いなる父の墓場へと落ちていく。あんなもんをぽんぽん撃たれれば天井の地盤が崩壊するだろう。

 その衝撃と風圧にネコネなど体重の軽い者は吹っ飛びかけている。先ほど自分を破壊した時よりも威力が上がっている。

 まともに食らえばひとたまりもないだろうが、当たらなければどうということはない。

 

「「皆ノ者ッ! 連発ハデキヌ筈ダッ! 今コソ我ラノ手デ!」」

「「「「応ッ!!」」」」

 

 我らの白と黒の両腕がこれまでにない威力を以ってウィツァルネミテアを襲う。負けじと奴もその巨椀で以って殴り合い、余波だけで周囲の仲間は近づき難い圧である。

 しかし、僅かな隙を見逃す仲間ではない。殴った直後の隙に畳み掛けるよう数多の斬撃と打撃がウィツァルネミテアを襲い、その傷を増やしていく。

 

 ──我ヲ、願イヲ拒否スルカ……我ヲ再ビ孤独トスルノカ……! 

 

 頭に響く、孤独と愛に飢えた、悲しみに満ちた声。

 神様には神様の苦労があるんだろうが、それでも人の世に害を及ぼしていい訳じゃない。

 

「「願イヲ叶エル神ナド不要ダッ! 我ラハ人トシテ生キ、人トシテ死ヌル道ヲ選択スルッ!」」

「そうじゃ! 余はヒトによって正され、ヒトによって保たれる世を作るのじゃ! クオンよ! 聞こえておるのであれば足掻くが良いッ! 余の一撃で助けてしんぜようぞッ!!」

 

 皇女さんが大剣を振りかぶりウィツァルネミテアを横合いより殴りつける。仮面の者に匹敵する程の一撃を受け、巨体であるウィツァルネミテアの体が傾く。

 相変わらずとんでもない威力である。よくあれを受けて自分は死ななかったもんだ。

 

 ──我ヲ、不要ト断ズルカ……! 

 

「「アア! 神様ナラ、神様ラシク──コノ世ノ影デ見守ッテイロッ!! ソレガ、アンタノ……神サマノ役目ダロウッ!」」

 

 再びその巨椀同士がぶつかり、肉薄するように額がぶつかり合う。

 ぎりぎりと互いの力が拮抗する間近で見る神の瞳は、神らしくも無い感情に揺れた蒼き悲しい色をしていた。

 

 ──我ハ、共ニアル……常シエニ……愛スルヒトヲ、文明ヲ……成長サセ続ケル……ソレコソガ、我ノ罪ト孤独ヲ癒ス道……! 

 

「「グッ……!?」」

 

 これまでにない怒りの力。

 巨椀が己の掌を押しつぶす程の握力で以って、自らの体が振り上げられる。そして、そのまま勢いよく地へと叩き落とされた。

 

「「ガハッ……!」」

 

 そして、攻撃はそれだけではない──

 

「!! ハク殿! オシュトル殿!」

「グゥッ……間ニ合エ……ッ!」

 

 青き光の光線が倒れ伏した己へと向けられていることを知る。

 

「「くっ……主様!!」」

 

 ウルゥルとサラァナが必死の形相で呪術を繰り出しその速度を遅くするも、己の両手は堅く掴まれ、逃げようがない。

 

 ──我ニ、今一歩届カナカッタナ……弱キ大神ヨ……。

 

 その光の奔流に死を覚悟した時であった。

 

 ──!? コレハ……!! 

 

 びしり、とウィツァルネミテアの体が固まり、数多の攻撃がその巨椀を襲い、その拘束を解いた。

 その攻撃の元となった正体へと目を向ければ──

 

「──フン、貴様のためではない……我が娘の危機とあれば、協力せん訳にはいかんからな」

「若様……」

「ここは素直に助けに来たと言えばいいと思いますよ」

「アンタ達ハ……!」

 

 そこには、オボロとドリィ、グラァが立っていた。

 いや、それだけではない。

 

「ふむ……かつて我が主上を見送った地で、再び彼の者と戦うとは」

「腕が鳴りやすねえ、大将。総大将に、俺達が成長したところも見せてやりやしょうや」

「「ベナウィ、クロウ……!」」

 

 かつて皇女につき従っていた、オシュトルに並ぶ豪の者達。

 そして、彼のウィツァルネミテアを止めた正体は──

 

「──ハク様、遅くなり申し訳ありませんでした。しかし、今ここに大神を封印せし者が揃いました。後背は気にせず、存分に力を発揮下さい」

「「ウルトリィ!」」

「カミュもいるよ! お父様、今度こそ願いを叶えてあげるから……!」

「ん、私もいる。お姉ちゃんを刺した罪、許さない。クーを取り戻す」

 

 ウルゥル、サラァナと連携するように、その法術を強化しているウルトリィと、カミュ。

 そして、オウギが避難させたエルルゥの横で、白き獣に跨りその怒りを示すアルルゥ。

 

「聖上……」

「愛する主を見送り……今度はその娘と闘う……私達の人生は波乱に満ちていますわね」

「そうだな……しかし、それもこれで終わる」

「ええ」

 

 あそこに見えるは、白玉楼のカルラとトウカさんか。

 そして、その中でも一際異彩を放つ存在が──

 

「──ハアッ!」

「く、クーヤさまぁ! あんまり一人で前に出ちゃ駄目ですよぉ!」

「「アレハ……アベルカムル!?」」

 

 他の量産型と違う、白きアベルカムル。

 あれは業務監督者だけに許されるカラーだ。しかし、パスワードも無しにあれを乗りこなせる者がデコイにいるとは。

 

 ──アンちゃん! 

 

 ──ああ、オシュトル、共に戦おう! 

 

 これだけの仲間がいれば、きっと届く。

 

「「皆、頼ムッ! 少シノ間、時ヲ稼イデクレ!!」」

「「「「応ッ!」」」」

 

 アマテラスですら滅ぼしきれないと言っていた奴の体。

 であれば、奴を倒すのではない。滅ぼすための力を求めるのではない。

 

 クオンを救う、そのための力を引き出すのだ。

 

「「──ォォォオオオオオオオオッ!!!」」

 

 右腕を天高く掲げ、二人共鳴する魂が根源の力を呼び覚ます。

 目を瞑り、その黒き世界の奥へ奥へと進んでいく。

 

 ──たとえ一人では届かなくとも。

 

 ──二人が共に在れば、きっと届く。

 

 暗き闇の中で、仲間たちの決死の声が響く。

 我らが根源の深淵へと至る時を、その身命で以って稼いでくれているのだ。

 

 足りない。もっとだ。もっと、深く──

 

 仲間の悲痛な声。

 その命の灯が消えていないか、不安で目を開けそうになる。しかし──

 

 ──ハク、皆を信じるのだ。

 

 ──ああ。

 

 その時、深き闇の底にある僅かな光を見た。

 それに手を伸ばすも、自分だけでは僅かに足りない。

 

 しかし、今自分の隣にはオシュトルがいる。共にあれば、必ず──

 

 ──届き得たッ!!

 

「「──オオオオオオオオオッ!!」」

 

 目を見開き、己の右腕に神々しい力の奔流が集い、吹き荒れる。

 周囲の光が全て結集するかの如く粒子が集い、落雷するかの如く天から幾重にも重なった光の柱が穿つ。

 

 その眩いばかりに煌く右腕を、ウィツァルネミテアに向けた時である。

 

 ──ソレハ……!? 

 

 ウィツァルネミテアは、組み合っていたミカヅチやその他の戦士達を吹き飛ばし、警戒するようにその口を開く。

 集うは青い光の渦。再びこちらに向けて放つつもりなのだ。距離は遠い――が、避けるだけの時間も無い。

 

 この右腕に集った光は、すぐにも消えてしまいそうな儚いもの。

 神々しく輝いている間に、この拳を奴に届かせねばならないのだ。

 

 ──オオオオオオオオオッ!!! 

 

 ウィツァルネミテアの光線が真っ向より放たれ、地形が変わっていく。

 我らの力を信じて、友を信じて、仲間を信じて、突き進むしかない。

 

「「グッ……ガアアアアアアアアッ!!!」」

 

 光を纏った右腕を突き出し、目を焼くほどの光の質量に正面から挑み、突き進む。

 その余りの威力の大きさに、自らの体は消えゆくように皮膚が、魂が剥がれていく。

 

 ──まだだ! まだ進めるッ! 

 

 ──ああ、アンちゃん! 最後まで共にッ! 

 

 己の身がすり減ろうが、歩む地が抉れていこうが、その信頼があれば前へ進める。

 その想いに応えるように、己の右腕に集った光は光線を抉り、その歩みを進めていく。

 

 そして──

 

「余を、忘れるなああッ!」

「旦那を殺させるかッ!!」

「ええ、もう失わせはしません!」

「おにーさんは、やらせんぇ!」

 

 数多の仲間たちが、光線の余波に身を竦ませながらもせめて一太刀と浴びせ、その体が衝撃に耐えられず遠方へと吹き飛んでいく。

 

「我ラハ神ノ居ナイ時代ヲ生キル……! ソノ世ヲ生キ抜クニハ、ココニイル誰一人欠ケテハナランノダッ!! 貴様ニ! 我ガ友ヲヤラセハセン!」

 

 ミカヅチが、最後の抵抗。

 光線の余波で身を焼きながらも、後背よりその巨体で以ってウィツァルネミテアを羽交い絞めにし、己ごと焼き尽くす雷刃を放つ。

 

「──盾よ!!」

 

 そして、ムネチカがここぞという瞬間で、光線を防ぐのではなく、逸らすように斜めに置いた。

 光線は間に突如生まれた盾によって、その矛先を僅かに反らし、遥か彼方を穿つ。

 

 皆の決死の抵抗によってできた、一瞬の隙──

 

 盾が光線の圧に一瞬しか耐えられず、光の破片となって散っていく。

 しかし、その一瞬があればこそ、神に届き得た。

 

 今我らは大神の目の前に──

 

「行けッ! ハク!」

「旦那!」

「いって、おにーさん!」

「「主様!」」

「ハクさま!」

「行くのです! ハクさん!」

 

 ──行けッ! アンちゃん!! 愛しき女を、取り戻せッ!! 

 

 クオン、いるんだろう。そこに──

 

 ──ハク!! 

 

「「──ココダァァァァァァァァァアアッ!!!」」

 

 ウィツァルネミテアの胸元、心の臓に、深々と右拳を突き入れる。

 右腕に集っていた光は爆発するように奔流を生んでいく。

 

 ――オオ……我ヲ……光……ガ……。

 

 これまでで最も眩い閃光を放ちながら、己と神の体は光に埋もれるように融けていった。

 


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