【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
私はニセモノではない。
私は本物。私こそが、後継者。
そうあるべきなのだ。そうでなければ、私は何の為に生まれて来た。何の為に、父を害し、彼らを改造し、数多の裏切りを仕向け、暗躍してきたのか。
──お前を、愛しているのだ。
父の薄っぺらい言葉も、私の絶望には何ら響かない。
「全ては……偽り……」
「ウォシス様!」
崩れ落ちたままの私に、声をかける少年兵達。
今はその声すら煩わしい。私の絶望はハクが私の齎した惨事に対応し始めるまで続いた。
ハクがここにいるということは、ミルージュは死んだのだろう。
大いなる父の墓場。大神の眠りし地──
そこで、天啓が降りた。
「ウォシス様……?」
皆がパネルを見てこちらに気付いていない。行くとするならば今──
幽鬼のようにふらふらと立ち上がり、気付かれぬようにそっとその場を後にする。
戸惑う少年兵を伴い、向かう先はここへ来るゲートへの道。
「ウォシス様、マスターキーはよろしいのですか?」
「……もはや、あれは私に必要ありません。いえ、相応しくない。私に必要なのは──」
開いたままのゲートを再び潜り、オンカミヤムカイ地下へと辿り着く。
眼下を見れば、ハクと問答を繰り広げたその特徴的な社。その周囲の地形が変わる程の戦闘痕に、その規模の大きさとミルージュが自らの命を捧げてくれたことを想う。
こんな、ニセモノのために、彼らは喜んで命を捧げてきた。私にできることは──
「! 貴方は……!!」
「なぜ、ここへ……」
社の傍で倒れ伏すはクオンという者と、それに寄り添うエルルゥと呼ばれていた者。
ウルトリィの姿が見えぬが、早々に要件を済ませた方がいいだろう。
「止まって!」
「……」
社の中に進もうとした私を、震える足で制止するクオン。
ここで治療を受けているのは、先ほどの戦闘の影響なのだろう。
「……そこで、見ていなさい。危害を加えるつもりはありません」
「な、なら……一体何をしに……!」
「私は彼に願うだけですよ……私はニセモノではなく、本物になる……もう一人のうたわれるものとなるのです──」
「まさか……! 彼は封印されているかな! 貴方の願いなんて……」
エルルゥが慌ててそれを制止しようと前へ進み出た。
「クオン、その力をこれ以上使ってはいけません……!」
「っ、は、母さま……」
「クオンの言う通りです、ここには貴方の願いを叶えるものは何もありません。お引き取りを」
エルルゥが私とクオンの間に立ち、娘を護るかのごとき愛が籠った目で私を見つめる。
「……貴方は、彼女の母ですか?」
「? ええ」
「似ていませんが……貴方が産んだのですか?」
「っ……いいえ」
その問答の意味がわからぬかのように、戸惑うエルルゥ。
「それでも、愛しているのですか?」
「当然です。私の、私達の、たった一人の可愛い娘ですから……それが何か?」
「……」
たった一人──か。
私はそうではなかった。血を分けたわけでもない。腹を痛めて生んだ訳でもない。作りたければ、いくらでも作れるクローン。
たとえ血が繋がっていなくても愛せる? それは、クローンではないからだ。
クローンを愛せる親などいる筈がない。私がニセモノである以上、全てはまやかし。
「そうですか……では」
「がっ……!?」
エルルゥが戦闘能力に長けている訳ではないことは動きから知っていた。
短刀をエルルゥの腹部に突き刺し、驚愕に震える瞳を真っ向から受け止める。
「は、母……さま……?」
「……ごほっ……!」
どさりと、血を吐いて蹲るエルルゥ。
これ以上罪を重ねるな、ハクであればそう言うでしょう。
しかし、これこそ大いなる父。今の私であれば禁忌の力に頼った彼らの考えが理解できる。
私にはもう、失うものは何もないのです。たとえ神に頼った先が滅びであるとしても、私はこれまで犯した罪を償うために、数多の罪を重ね続ける。
「──嫌あああああああっ! 母さま! 母さま!!」
「クオン……逃げて……!」
クオンが絶叫し、エルルゥの体に取り縋る。命の危機に瀕して尚、娘を心配するか。
社の中にいる者に、願いを言った。
「さあ、解放者ウィツァルネミテア。彼女を救いたいでしょう? 私もそうなのです……私は、本物にならねばならない……この世界のうたわれるものに……私が大いなる父の後継者となれば、このような傷すぐさま治すことができるでしょう」
「ミコト……」
「? 何ですって? ミコト?」
「……かつての彼らのように……私から愛しき者を奪い、その末路を同じくするか」
社から響く憤然とした言葉に眉を潜め、再びその願いを伝えようとした時である。
「貴様ああああああッ!!」
「ウォシス様! 危ないッ! ぐっ……!!」
「ど、けえええええッ!!」
クオンが激昂し、並々ならぬ力を発揮する。
クオンの持つ力の大きさに、三人の少年兵は苦悶の表情でそれを受け止めた。
「だめ……クオン……その力を使ったら……大封印が、揺らいでしまう……!」
「ああああああああッ!!」
もはやエルルゥの声すら届かぬ怒りの表情で、牙を剥くクオン。
「はあ……大事なお話中ですよ。エルルゥ、自害しなさい」
「なっ……!!」
短刀を放り投げ、大いなる父としてのその言魂で以って縛る。
エルルゥは、震える手でその短刀を握り──
「だ、駄目! 母さま!」
クオンが慌ててその力をエルルゥの制止に注いだ。
その短刀がエルルゥの首元へと伸び、それをクオンが必至の形相で止めている。
「さあ……貴方の愛した者が死ぬる姿は見たくないでしょう?」
社の中の人物は暫く押し黙ると、諦観の籠った様子でその言葉を口にした。
「……汝の願いを言うが良い」
「ふふ……貴方は、その不安定な感情によって神の力を行使する……罪もない子どもまで、全てを怒りのままにタタリへと変貌させた貴方なら、きっと応えてくれると思っていましたよ」
社から響くその声に、私の願いが成就することを確信する。
「汝の願いは」
「貴方を封印から解き放ち、私を──うたわれるものに。救いを求める者のため、全ての同胞を救う力を。大いなる父の本当の後継者として下さい」
「大いなる意志は……汝を選ばぬ。それでも尚、その願いを叶えたいと?」
「……私を選ばない? 貴方も、私を否定するのですか?」
「そうではない。汝の覚悟を聞いているのだ」
「っ……だめ、ハクオロさん……!」
エルルゥが震える声で叫ぶも、もはや私と大神には届かない。
「ええ、覚悟していますよ」
「では、願いは成った。代償は──」
「代償? 全てを捧げましょう。私の命も、存在も……その全てを」
これまでの罪も、愛も、記憶も、全ていらない。
ニセモノの人生など歩むつもりは無い。今度こそ、本物としての生を歩むのだ。
真っ新な自分となることを期待し、その眩い力の奔流に目を閉じた。
○ ○ ○ ○ ○
必死の抵抗によって、からんと、母さまから短刀が取り落とされる。
そして、力無く微笑む母さまに、涙ながらに取り縋った。
「母さま! 母さまッ!!」
「……クオン、憎しみに囚われてはいけません……教えたでしょう? 薬師として、どうすればいいのか……」
「っ……!」
「さあ……私に、その成長を見せてください」
そうだ。
私は薬師。母さまのような立派な薬師になるために、これまで誰に何を言われるまでもなく、日々研鑽してきたのだ。
ウォシスが、ウィツァルネミテアがどうなろうと構わない。
神には頼らず、私は、私のこれまで培ってきた力で母さまを救うのだ。
「これを……」
母さまの懐から、応急処置用の一式が渡される。それを見れば、瞬時にどう治療すれば母さまを救えるのか思考が繋がる。
「そうです……良い手際ですね、クオン……」
「母さま、喋らないで!」
これまで、オシュトル、マロロ、ハク、仲間が幾度もこの刺突傷を受け、治してきた。
きっと今回もできる筈──
母さまは、私の治療の様子を暫く眺めていると、薄く笑みを浮かべ任せるように力を抜いた。
ウォシスも、ウィツァルネミテアとの交渉の材料とするためだけで、本当に殺す気は無かったのだろう。見れば、その傷はそこまで深くはない。
汗を拭いながら腹部の傷を縫合し、造血剤を作って口に含ませる。
これまでにない速度で展開された治療により、何とか一命を取り止められたことを知る。
「……ふう、終わったよ。母さま」
「ええ……クオン、立派な薬師となりましたね」
「母さま……」
涙が溢れ、感情が爆発する。
良かったと安心してエルルゥを抱きしめようとした時であった。
──同胞ヨ……我ニ救イヲ求メヨ……。
「ッ! な、何、この声」
頭の中に直接響く声。その声は──
「ウォシス様、なのですか? この声は……」
「きっと、そうだ……私達が忠誠を誓う、うたわれるもの……私達を救ってくださる存在……」
「救ってください! ウォシス様! 私達を──」
ウォシスに伴っていた少年兵がその言葉に返したときである。
少年兵の体はまるで光の粒子となるかの如く、その体をおぼろげなものへと変えていく。
「あ……あぁ……常世が見える……」
「これが、ウォシス様の楽園……」
「私達は、救われ──」
ぱっと、その体は光と霧散し、そこには先ほどの少年兵など何も無かったかのように存在ごと消え去ってしまった。
「な……」
「大封印の一部が、解かれてしまったのですね……」
がらがらと崩壊する社の中から現れるは、大いなる父と共にこの世界にうたわれるもの──解放者ウィツァルネミテアがその姿を現していた。
「何で……ウォシスは大いなる父として願ったんじゃ……」
「かつてのディーのように……器が足りなかったのです……彼は、叶うはずも無い願いのために……もう一つのうたわれるもの──大神ウィツァルネミテアの……新たなる依代となったのです」
「新たな、依代……?」
依代──ウィツァルネミテアがこの世に顕現するための、仮の肉体である。
そして、それは大神の娘である私も──
「そう……だから逃げて、クオン……この世界の……真の後継者になるために意識すら捧げた彼は……自らの力の大きさに相応しき依代を探し、完全になろうとしている……!」
──サア、哀レナル同胞ヨ……我ト共ニ……。
エルルゥの言葉通り、その虚ろな色の瞳はこちらへと向いた。
視線があった瞬間、ぞっとするほどの恐怖が己を襲う。
「!? う、動かない……」
己の内なる神が暴れているかのように、自らの体に自由が効かない。指一本、視線一つ動かせない。
──安ラギモ……愛サレルコトモ……理解サレルコトモ無キ……哀レナ、同胞ヨ……我ト共ニ成リ、永遠ナル孤独カラ救イヲ……。
「な、何を言って……私は、ヒトの世で、ヒトとして生きる……! 貴方と一緒なんて……ぐ……」
しかし、体は動かない。
それどころか、目の前の存在と一緒になることこそが意志であるかのように、固まってしまった。
「だめ……来ないで……ッ!!」
「は、母さま……?」
動けぬ私に代わり、母さまは血の気の失せた様子で尚、最後の力を振り絞るように立ちあがる。そして、私を守るように手を広げて神の前へと進み出た。
「この子を……連れていかないで……ハクオロさん……! 代わりに、私を……!」
しかし、痛みと出血による限界か──ぱたりとその体を倒す。
「!! は、母さまあッ……!!」
気絶しているだけ、その筈──
──それでも、早く助けねば死ぬるぞ。
「──誰ッ!?」
──誰? 知っている筈であろう。ずっと、お前の傍にいた筈だ。ずっと、ずっと。
頭の中に響く、もう一つの黒き姿をした私の声。
──救うには、一つとなるしかない。目の前の存在は、依代が未熟なため未だ完全ではない。お前が力を求めれば、全て救えるのだ。
「全てを、救う?」
──そうだ、お前の母も。それに、仲間たちも。ウォシスが何故ここにいると思う? お前の仲間はお前を助けにも来ず、一体どうなったのだろうな?
「っ……!」
その想いは、一瞬過っただけであった。
ウォシスの手にかかり、愛しき者が全て死ぬる未来。
──我らが共にあれば、皆を救える。
「皆を……?」
──そうだ、そしてお前の愛するハクと、仲間と、永遠に共に。
「……馬鹿に、しないで」
──む?
「私は、神になんか、ならない……! 私はヒトとして生きる……!」
──そうか、では、お前は永遠に孤独だ。大神の力を宿しながら、誰がお前を愛する。理解する。作り変えるしかないのだ。お前にとって都合のいい世界を。
数多の不幸な未来が頭を過り、繰り返される甘言に思考に靄がかかる。
そして、目の前のウィツァルネミテアが、その巨大な手を伸ばしてくる。私はそれに抗えない。
母さまも、今は倒れてしまっている。早く治療しなければ、死んでしまう。
誰か、誰か、助けて──脳裏に、最も愛する存在が浮かぶ。
助けて──ハク!!
「──クオン!!」
その声は、私が求めていたもの。
私の瞳も体も動かなかったが、声さえ聞けばわかる。その声は正しく私の愛しき人──
○ ○ ○ ○ ○
急いで追ってきたが、これはどういう状態なのか。
かつて社があった場所は倒壊し、見るも無残な姿を晒している。
その倒壊した傍を見れば、虚ろな目をしたクオンと、倒れ伏したエルルゥ。そして──
「あれは……!」
「ウィツァルネミテアの一部」
「彼の禍日神がウォシス様を媒介に具現化したと思われます」
「な……」
ウルゥルとサラァナが言う言葉に驚愕する。
あの仮面の者が解放したかのような白き巨大な姿が、ウォシス──ウィツァルネミテアだと言うのか。
しかし、それであれば、先ほどまでの現象にも納得がいく。
「あの声が聞こえてから、帝都にいたタタリが尽く消滅したのも奴の力か?」
「そう」
「彼の救いを求める声に応えれば、問答無用で消滅します」
そう、帝都はあの声が聞こえてから新たな騒乱に見舞われていた。
タタリだけが消滅するならまだいい。しかし、帝都にいた民もその言葉を聞きその体を消滅させ始めていたのだ。
現地にいたライコウやマロロがその言葉に耳を貸さぬよう通信兵で以って知らせてはくれているが、ここトゥスクルより響く声である。
どれだけの者が彼の声に応えその身を滅ぼしているかわからない。一刻も早く止めねばならない存在だ。
「ハクさん、どういうことなのですか?」
「……あれは、求めても無いのに、願いを捻じ曲げ勝手に救いだなんだと皆を消滅させている奴だ」
「であれば……ハク、奴は敵なのか?」
オシュトルの問いに、どう答えればいいのかわからない。
しかし、もはやヒトを無秩序に消滅させる存在と捉えれば、確かに敵と言えるのか。しかし、挑むはこれまでのような模倣体ではない。元となった本物の──
「──そうだ。これから自分達は大神ウィツァルネミテアに挑む」
「……」
皆がその言葉に唖然としていると、ウィツァルネミテアがゆっくりとその眼を傍らへと向けた。
「あ、姉さまが……!」
「っ……奴の目がクオンを向いた。助けるぞ!」
「「「応ッ!」」」
たとえ神さまであろうが、たとえ元ウォシスであろうが、仲間を、大事な人を傷つけんとするのであれば容赦はできない。
せめて立ちあがって逃げてくれと、力のままにその名を叫んだ。
「──クオン!!」
しかし、クオンの体は動かない。
虚ろなままその瞳をウィツァルネミテアへと向けている。
──救イヲ……求メヨ、歩ミヲ止メテ、我ノ声ニ……耳ヲ傾ケヨ……。
「ぐぅっ!?」
後ろから仲間の悲鳴のような声が聞こえ思わず振り向けば、そこには氷像と化したかの如く足が止まっている皆がいた。
「どうした!?」
「む……う、動かぬ……!」
「な、なんだこれ、指先一つ動かないじゃない……!」
オシュトルやヤクトワルトが苦悶の表情で足が進まぬことを申告する。
そうか、ヤマトのデコイであっても兄貴が参考にしたのはアイスマン計画のデータ。
その数は少なくとも、遺伝子にウィツァルネミテアの指示に従わざるを得ない物が含まれている可能性もある。
「奴の指示に従うなっ! ……どうだ?」
「むう……しかし……ウォシスの時よりは……ッ!! ぐうっ!」
「で、あるな……少しではあるが、動けるか……!」
自分の言霊によって再びぎこちなく動く仲間たち。
この声は頭の中に常に鳴り響いている。言霊で上書きしてもすぐさま塗り替えられてしまうのだろう。
再び足が止まったように動かぬ者、ネコネ他抗えぬまま立ち止まっている者もいる。もはや戦力として数えられないだろう。
「……」
「! ハク、駄目だ! 皆で……!」
「……すまん!」
常に動きながら言霊を用いて戦うなど、神の力を前に無謀な策である。
クオンは今まさに襲われんとしているのだ。愛する者を失うことは避けなければならない。たとえ、己の命を以ってしても。
──もし……私が危ない目にあったら、ハクは助けに来てくれる?
クオンと約束した言葉が蘇り、笑みが浮かぶ。
「ああ、勿論……助けに行くさ──
「やめろ、ハク……やめてくれ、アンちゃん……! 俺を置いて逝くな……ッ!!」
「「主様!!」」
仲間の制止の声ももはや聞こえない。
仮面が熱く煮えたぎり、決意の炎が己の体を焼いていく。
「オオオオオオオオオッ!!!」
咆哮と共に上がる光の柱に生まれるは、異形と化した我が姿。
「ウィツァルネミテア!! コッチヲ見ヤガレェエッ!!」
倒壊した社に立ち、今まさにその巨大な手でクオンの体を掴もうとしている大神に向かって、炎を纏った右腕が渾身の打撃を見舞う。
しかし──
「何……ッ!」
ミルージュの盾すら貫いた威力。その頬に拳が突き刺さるも、体が僅かに傾いたのみ。
その瞳は、ゆっくりとこちらへと向けられる。
──救イヲ、我ノ声ヲ拒絶スルカ……我ノ劣化デアル……偽物ノ力を持ツ者ガ。
その無機質な眼光に晒され、ぞっとする程の恐怖が襲う。
かつて、数多の
伝説通りの、神。
本物の、力。人には扱いきれぬ、その身を滅ぼす力──
がぱり、と大神の口が開き、眩い青い光が集っていく。
その攻撃の大きさに、自らの命が終となることを知る。
「だめ……にげて……ハク……!」
虚ろな声で呟くクオン。近くには倒れたエルルゥもいる。
もし、避ければ、その光の奔流がどこを襲うかわかったものではない。
「ッゥ、アアアアアッ!!」
その口を塞ぐように、左腕でその矛先を逸らそうと──
「──ッ!?」
どん、と青い光線が我が半身を貫く。いや、貫くどころではない。これはもはや──
「──いや……ハク……嫌ああああああッ!!」
○ ○ ○ ○ ○
倒れ伏す、我が友の姿。
そして、泣き叫ぶクオン殿の姿。
ハクの体は、ウィツァルネミテアの光線によって肩から左半身がほぼ吹き飛び、その境目より塩が漏れてしまっている。
その光景を見て、己の何かが変わった。
未だ拘束から抜けきれぬ仲間の中で、ただ一人──俺だけが、動き得た。
「アンちゃん……今、俺もそこへ……!」
どん、と重い体を必死の形相で前へと進める。抗うように唇を強く噛み、血を漏らし、なお進む。
どん、と片足を挙げ、踏みしめ、その一歩一歩の歩みは遅くとも、もはや止まらぬ。強く、大きく、一歩でも先へと踏みしめ、神の言葉に抗い前へと進む。
「ッ……!!」
脳が、筋肉が、神経が、神の言葉に従っている。
しかし、たとえ体が抗えなくとも、俺の魂までは止められない。止めさせてたまるか。
二度と、アンちゃんを失わねえと、そう誓ったのだ。
決して、アンちゃん一人に背負わせねえと。アンちゃんだけを戦わせねえと。
友の為に、友との約束を守るために──俺は神に抗うのだ。
どん、とその最後の一歩が届き、ついにハクの側へと辿り着く。
膝を地につき、仮面の者から生身となったハクの体を抱きかかえた。
「アンちゃん……」
「……」
ハクのおぼろげな眼に、近い死を感じる。
だが、そうはさせない。ハクの崩れていく体を失うまいと強く掴み、仮面を通じて──いや己の魂を通じて念じる。
「……根源よ。今こそ俺は知り得た。俺があの場で死ぬる運命を逃れ……何故これまで生き伸びてきたのか……!」
──アンちゃんよ、言っただろう? 生きるも死ぬも、一緒だと。
その光が発せられたのは同時であった。
融け合うように、自らの体とハクの体が、眩く暖かい閃光を発し始めた。