【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第五十三話 戦嵐が吹くもの

「──これはこれは、皆さん御揃いで」

「!? お前は──ウォシス!」

 

 振り返れば、そこにいたのは全ての黒幕、ウォシス。そしてそれに連れられた四人の少年兵であった。

 

 ウルトリィはどうしたのかと思ってみれば、ウルトリィもまた彼を案内するかの如く傍に居た。

 人質にされている様子もない。ウルトリィの意志でここへ連れてきたということか。

 

「ウルトリィさんよ……何故ウォシスをここに連れてきたんだ?」

「……彼は、ハク様と同じく鍵を受け継ぐ資格を持つ御方です」

「っ!」

 

 そうか。

 たとえウォシスがクローンであっても遺伝子は兄貴と同じ。ウルトリィにとってウォシスは大いなる父そのもの。故に逆らえないということか。

 

「ウォシス、よくここがわかったな……オシュトル達が外を警戒していただろう」

「大いなる父にとって、デコイの警戒など意味のないこと。貴方達が道案内してくれたおかげですんなりとここまで来れましたよ。まあ、衛兵の何人かを止めてきたので、違和感を得た貴方の仲間達はもう暫くすればここに来るでしょう……危害は加えていませんので、安心してください」

「なに……?」

 

 そうか、ここに来たことで、ウォシスもまた手がかりを得て通り易い道を作ってしまったということか。

 ここに来るかもしれないことはある程度予想していた。それに対するために仲間を連れてきたこともある。

 

 しかし、自分の仲間がもう暫くすればここに来ることがわかっていながら、焦るまでもなくこちらに安心しろとまで言わせる、その余裕は何だ。

 それに、他にも気になるのは以前の和装とは違う襟のついた洋装である。

 

「前見た時とは違うな。えらく洒落た服を着て……何だ、マスターキーを手に入れるには正装が必要だったのか?」

 

 ウォシスの時代先取りファッションに皮肉を込めて言うも、ウォシスは眉を多少顰めた程度で意に介した様子もない。

 

「ふふ……相も変わらず飄々と……貴方と話すつもりはありません。オンカミヤムカイの主よ……マスターキーを受け取りに参りました」

「鍵は、欲する者に須く与えられる物ではない。その資格ある者のみが持つことを許される。汝にその資格はあるか?」

「勿論、あります」

「して、それは?」

「私も彼と同じ──大いなる父なのですよ」

「まさか、そんな……!?」

 

 クオンが驚きに満ちた瞳で自分を見る。

 確かに、間違ってはいない。だが、間違っている。

 

 ウォシスが帝のクローンであることは、兄貴とホノカさん、そして自分と、ウルゥルサラァナしかあずかり知らぬことなのだ。

 それを今言うべきか迷う。

 

 兄貴の愛深き悲しみに満ちた顔。

 自分から言うべきなのか、それともウォシスを強引に捕らえて兄貴から言わせるべきなのか、それを迷っていた。

 

「ハク、貴方は帝から聞いているのでしょう? 私のことを」

「……ああ、帝の……その、息子だってな」

「ふふ、その通りです。ならば、私にもその鍵を得る資格がある。いえ、私にこそ相応しい。なぜならば、私は貴方以上に知っているからです。先ほど彼が語った神話、その真実を──」

「神話の、真実?」

「ええ、真人計画、そしてアイスマン計画をね」

 

 帳の奥の人物の重苦しい沈黙。

 先ほどまでの空気が一変されたことがわかった。

 

「どこから話しましょうか、そうですね──」

 

 ウォシスが語る真実。

 それは大いなる父の繁栄の裏側。

 

 手に入らなかった寿命。不完全な種であるからこそ滅びる。完全ではないから滅びる。故に完全な種となるための計画が始まったという歴史の話であった。

 

「人の持つ傲慢さ、強欲さこそが、人の愚かさの証明でもあり、また彼らの力でもありました──そして始まった計画こそが」

「真人計画……しかし、それは」

「ええ、上手くいきませんでした。しかし、ある時、地下深く氷漬けとなった男を見つけます」

「男……?」

「それこそが、アイスマンと名付けられる存在だったのです」

「! アイスマン……計画」

 

 真人計画すら暗礁に乗り上げて停滞していた中、研究者の中でも意見が割れていた。

 計画を別った彼らが藁にも縋る思いで見つけたのが、地の奥深く氷漬けとなった一人の男、アイスマン。

 彼らは、アイスマンの卓越した生命力から手がかりを得ようとしたのだ。

 しかし──

 

「アイスマンに秘められた力は寿命を伸ばすに留まりませんでした。言わば人類の手に余る未知なる力……しかし、彼等はアイスマンを中核とし、研究を進めていったのです」

「……」

「彼らは狂喜しました。自分達が目覚めさせたモノの正体すら知らずに……禁断の技に酔いしれた後、彼らはたった一夜にして姿を消すこととなったのです。他ならぬ……アイスマン、いえウィツァルネミテア、貴方の手によってね」

 

 ウォシスはまるで挑戦するかの如く、帳の向こうへと視線を送る。

 しかし、その正体に言及しても否定の言葉は帰って来ない。まさか、この先にいる者はそのアイスマン本人──いや、解放者ウィツァルネミテアとうたわれし者なのか。

 

「……良かろう。汝も資格を得た者とする。なれば、汝等に問う。マスターキーを得て何をする」

 

 否定はせず、ただ資格ありとだけ答える人影。

 

 であれば、目の前にいるのはやはり解放者(ウィツァルネミテア)その人である。

 その問答に、願いは不要であることは理解できた。伝えるのは、己の確固たる意志のみ。

 

「自分は──自分の手で同胞を解放し、安らかに眠らせる……その為の研究をする。それだけだ」

「汝は?」

「未知への探求を」

「では、ウォシスに問う。未知なる何を知りたい?」

「全てを。人の本質は好奇心と探求……勿論同胞の解放も考えていますがそれは遺産を継ぐ者にとっての義務に過ぎません」

「好奇心……ニンゲンがそれ故に滅びたとしても?」

「しかし、今こうしてこの地は新たな種に溢れ繁栄している……それは、貴方の功績ではありません。私達人間の功績なのですよ。故に、私は人を、大いなる父を称え続けるでしょう」

「ウォシス……」

 

 その考え方は、自分にも似たところがある。

 たとえ間違っていても、足掻き続ける。足掻き続けた先に何があろうとも、知を求め続ける。

それが愚かであることを知っていても、人には知を探求する以外の方法が無いのだ。

 

 きっとこの先に良き未来があるのだと、たとえそれが滅びに向かっていたとしても、そう信じる他ないのだ。

 全てを見通す神では無いからこそ、人は停滞することなく崖に向かって進み続ける。

 

 ウォシスは確かに兄貴のクローンなのだ。

 考え方が歪んではいるが、知を探求すると言うその心根は兄貴の意志そのもの。

 

「お喋りがすぎましたね……しかし、これでお判りでしょう? マスターキーを持つのは私こそが相応しい」

 

 ウォシスは穏やかな笑みでそう言う。

 これだけの自信を持っているのだ。ここで、お前はクローンであると言って果たして信じるかどうか。

 そう迷っていると、ウォシスの言に不穏なものが混ざる。

 

「そう、私こそが……しかし、それであっても偉大な帝は……我が父上は一つ過ちを犯した」

「何?」

 

 ウォシスは突如自分へと視線を向けると、その表情を憤怒のものへと豹変させる。

 

「それは、この世界を支配する後継者を……私ではなく、貴様を選んだことだ! ハク!!」

「……」

「聞き捨てならない」

「その言葉、主上と主様を侮辱したと判断します」

 

 双子とウォシス配下の者とで一触即発となろうとした時である。

 ウルトリィが威圧するように前へ進み出た。

 

「ここは神聖な場所……この場で争うことは罷りなりません」

「ふ、安心してください。ムツミに連なる者と事を構えるつもりはありません」

 

 ウォシスは警戒するように空を見上げ、元の柔和な笑みへと表情を戻した。

 仕方ない。ここまで話がこじれれば、自分も一つ真実を話さねばならんだろう。

 

「帝が何故自分を選んだか……知りたいか? ウォシス」

「ふむ……? 貴方如きが知っていると?」

「ああ。自分は──帝の生き別れの弟だ」

「……何?」

 

 ウォシスはその言葉の理解に時間を要したのだろう。不可解な表情をした後、ただただ不快だというように己を見つめた。

 

「貴方が……? 父上の?」

「ああ、つまりお前の叔父だ。兄貴は、お前には遺産なんて継がずに自由に生きてほしいって言ってたよ。だから自分を後継者に選んだんだ」

「……そ、それを、信じろと?」

「ああ」

「証拠があるのですか?」

「兄貴に聞けばいいだろう」

「……」

「叔父としてお前に言ってやる。お前はマスターキーや遺産のことなんざ忘れて、さっさと兄貴のところでじっくり話して来い」

「ふ……ふふふ……」

 

 ウォシスは額に手を当てて、まるで頭の可笑しいものを見るかのように自分を見つめた。

 

「なるほどなるほど、マスターキーを手に入れたいがために、そのような嘘を……」

「嘘じゃない」

「嘘だッ!! 記憶も無くし、自分の名前すらも思いだせない奴が、私の叔父だと? 本当に我が父上の弟であれば、帝は私にそう伝えた筈……どうせ父上が創った真人計画試作品の一人、貴様の言など信じられる訳がないだろう!」

 

 真人計画の試作品、か。確かにそう言われてしまえば、自分のことを証明する手段は無い。

 兄貴と自分だけに通じることも、ウォシスには通じないのだ。この場では証明の仕様がない。

 

「確かに証拠はないが……それでも、本当なんだ。だからこそ兄貴は自分に鎖の巫を与え、以前から目をかけていた。心当たりはあるだろう?」

「……もし仮にそれが本当であったとしても……今まで帝が築いてきた物を受け継ぐ資格は、突然ひょっこりと何食わぬ顔で出てきた貴様ではない。同じ血を持った息子である、この私……真人計画の体現者である私こそが相応しい……!」

「……」

 

 己を帝の後継者足る真人として疑わないウォシス。

 

 自分への信頼は地に墜ちている。自分が何を言おうともウォシスの心は開かないだろう。

 ここでウォシスが兄貴のクローンであることを示しても火に油を注ぐだけだ。やはり、兄貴から直々に話をしてもらわねばならない。

 

 しかし、この場はどうする。

 ウォシスにマスターキーを与えれば碌なことにならないのは判りきっている。

 敵は少年兵四人。こちらは自分とクオン、フミルィルにウルゥルとサラァナ。数では劣るがこちらには仮面もある。どうするか──

 

「──ウォシス、それでもお前にマスターキーは渡せん」

「……ほう?」

「お前は、ライコウのように自らの知を以ってして何かを生み出してきたわけじゃない。ただ兄貴の知を……身の丈に合わん知識を弄んで偉くなった気分でいるだけだ。兄貴は、そんなことのために遺産を残そうとしているわけじゃない」

「……叔父として説教でもするつもりですか? 偽物が」

「……とりあえず、マスターキーについては互いに保留にしよう。お前がここで受け取らないなら、自分も受け取らん。まずは自分とお前で兄貴に会いに行く。そこで……兄貴から真実を語ってもらえ」

「……」

 

 ウォシスはその言葉に目を瞑って黙った後。

 やがて堪えきれないというように笑い声をあげた。

 

「くっくっく……騙されませんよ。ハク」

「いや、騙してなんて──」

「黙れッ! 口八丁手八丁を自慢とする貴方のことです。その口ぶりでこれまで数多のデコイを騙してきたのでしょう? デコイは騙せても、大いなる父である私には届きませんよ」

 

 説得も不可能か。

 どうこの場を収めるか唇を噛んで思案していると──

 

「──場を変えたまえ」

「っ、宜しいのですか?」

 

 混沌とし始めた場に一石を投じたのは、ウィツァルネミテアの声と戸惑うエルルゥの声であった。

 

「互いに譲れぬものがあるのなら、力を以って示すが世の摂理。それが、我らの最大の譲歩だ」

「な……戦って決着をつけろってか?」

「そうだ」

「ふふ……その方が分かり易くていいでしょう。煙に巻く貴方と話していると、腸が煮えくり返って仕方が無い。勝者がマスターキーを手に入れられるというのなら、ここで決着を付ける他ありませんね」

「……こちらへ」

 

 武をもって資格を示すことが決まり、ウルトリィが先導するかのように屋内から外へと皆を連れ出す。

 

 ウォシスと共に表へと出れば、そこには社を遠巻きに眺め心配そうに見やる仲間たちの姿があった。

 

「ハク! やはりここにいたか……!」

「オシュトル! 皆! 何故ここに……」

「表でウォシスの姿を見て、密かに後を追わせてもらったのだ。ここまで来る衛兵らは全て固められておったからな」

 

 言霊を持つウォシスの前では、たとえオシュトル達と言えども自分無くは太刀打ちできない。交戦不可の言伝をしっかり守ってくれていたようだ。

 

 ルルティエや、シスなど、ウォシスの姿を初めて見て戸惑いを覚える者もいる。

 エントゥアは以前見たことがあったのか、その正体に納得するように武器を向けていた。

 

 ほかにも、顔は見たことがあるが、かつての様相と違う有様を見て驚く者もいた。

 皇女さんもその一人だったのだろう。憤然と前に進み出た。

 

「……ウォシス、其方が全ての黒幕であったとはの……何故じゃ、余が不甲斐なきせいか?」

「これはこれは、可哀想なアンジュ……父の使命の一端すら知らぬ、哀れな人形がここまで来たとは……」

「父の使命……? 人形……? 何を、何を言っておる……?」

「問答は不要だ! 今度こそ大人しく縛につけッ、ウォシス!」

 

 以前受けた言霊を警戒しているのだろう。

 ミカヅチがその大剣で以ってウォシスへと切っ先を向けた。

 

「ウォシス、これだけの戦力差だ。マスターキーは諦めて、お前は兄貴と話して来い」

「ふふ……」

 

 ウォシスは己がこれだけの戦士に囲まれていても、その笑みを崩さない。

 言霊は自分もいるため使えない筈だ。何か秘策があるとでも言うのだろうか。

 

「何故、笑っているんだ? ウォシス」

「ええ、貴方には私に勝つ自信がおありだったのでしょうね……言霊を防ぐ手段を得て尚、オシュトルにミカヅチ、ムネチカ、そしてハク……帝から仮面を賜われし者が四人揃ったのですから」

「……?」

「……しかし、忘れていますよ。仮面は──もう一つあるということを……!」

「仮面が……もう一つ? っ、まさか……ッ!」

 

 つう、と己の頬を冷や汗が伝い、背筋が冷える。

 兄貴がかつて、この仮面を四つに分けた理由を思い出したのだ。そう、仮面はもう一つあったのだ。その存在を知りながらも、それが今どこにあるかは知らなかった。

 

 ウォシスは自分に答えを見せつけるかの様に、懐から黒く禍々しい仮面を取りだした。

 

「ええ、これです。父が己の犯した罪の大きさを嘆いた原因……力を分けた四つの仮面を結集して尚、抑えられなかった──原初にして最強の仮面(アクルカ)ッ!」

 

 しかし、その仮面をウォシスが被る事は無かった。

 その黒々とした仮面は、隣に寄り添う三人の少年兵の傍に傅くもう一人の小柄な兵へと手渡された。

 

「──ミルージュ」

「はっ」

「かつての汚名を……貴方自身の手で濯ぎなさい」

「わかりました……この命、ウォシス様の為に!!」

「ふふ、良い返答です。ハク、貴方に細工したものよりも更なる改良を加えてあります。易々と勝てるとは思わないことですね」

 

 もしや、己のヴライの仮面に細工した以上の負荷をかけたのか。そんなことをすれば、使い手の破滅は必至である。

 ミカヅチはその仮面を被ろうとするミルージュに剣を向ける。かつての部下であった手前、それを憤怒の表情で以って止めようとした。

 

「やめろッ! ミルージュ!!」

「ふふ、ミカヅチ様……貴方を私の命で以って超える日が来たこと、それをウォシス様に証明できること……本当に嬉しく思いますよ──!」

「くッ!!」

 

 ミカヅチは言葉では止められぬことを悟ったのだろう。

 ミルージュの命を奪うことで以って阻止しようと、一息で接近し渾身の一撃を見舞った。しかし──

 

「──動くなッ!」

「む!? ぐぅゥゥッ!!」

「ッ! ミカヅチ、止まるなッ!」

 

 ウォシスによる言霊による制止と、三人の少年兵による自分への警戒。

 遅れて言霊を自らの言葉によって上書きするも、その一瞬の時間を稼がれてしまった。

 

 自分の言霊を受け再びミカヅチの豪胆な剣が振り下ろされるも、ミルージュの解放が一瞬だけ──

 

「──ぐ、あああアアアあッ!!!」

「!? があッ!!?」

 

 力の解放の余波によって嵐のような風圧を受け容易く吹き飛ばされたミカヅチ。

 その恐ろしいまでの黒々とした圧気にウルゥルとサラァナを両腕に抱え後方に飛んで回避する。吹き飛ぶフミルィルも、クオンの手によって助けられ何とか回避できたようだ。

 

「ッ……!」

 

 社は無事かと思って見れば、社の前にいたウルトリィが必死の形相で防いでいるようであった。

 ウルトリィの言で社より幾許か離れているといえども、この恐ろしい衝撃波は社を破壊し得るものだったのだろう。

 

 ウォシスを警戒するように取り巻いていた仲間の面々へも、その衝撃の余韻を与えた。

 歴代の仮面の者(アクルトゥルカ)の誰よりも、あのヴライよりも解放の余波は比べ物にならない程の規模である。

 

「きゃあっ!」

「小生の後ろに!」

 

 ムネチカがネコネ他将の眼前に立ち、その仮面の力によって増強された盾で以って衝撃波を防ぐ。

 

「ぁ、ァア……!」

 

 濛々と上がり続ける土煙の向こうにあるは、異形の怪物と化した影。

 仮面を解放した姿はこれまで何度も見て来た。オシュトル、ミカヅチ、ヴライ──だが、目の前のあれはその誰よりも黒く禍々しく染まり、右腕に黒炎、左腕に黒雷を纏っている。

 

「あ……ァァあああアアあああアアああアッ!! ヴオシズざまのダメニッ……ヴォジズザマァアッ!!」

「ふむ……早々に呑まれましたか……やはり父上が創り賜うた欠陥品は、欠陥品のままだったということですか」

 

 ミルージュはもはやまともな言語すら扱えぬようである。ただただ叫び、周囲にその怨嗟の音を響かせ続けている。

 最も近い距離で衝撃波を受けたかミカヅチは、強かに体を地に打ち付け額から血が垂れていた。

 

 しかし、ミカヅチにとってはその痛みよりも怒りが勝ったようである。かつての部下、ミルージュのその哀れな末路を想い、剣を向けて激昂した。

 

「ウォォシスゥウウウッ!!」

「ふふ……マスターキーが壊れてしまっては元も子もありませんからね」

 

 ミルージュの衝撃波からいち早く逃れ、ウルトリィの影に隠れていたウォシスである。

 ウォシスは元より力の余波に当てられる前にマスターキーを回収するつもりであったということか。

 

「母さまっ!」

 

 マスターキーを持つエルルゥに近づくウォシス。クオンがそれを阻止しようと警戒するように叫んだ。

 

「あっ……」

「これは戴いていきます、よろしいですね?」

 

 しかし、ウォシスはクオンの圧にも怯まず、エルルゥから半ば奪い取るようにその鍵を手に取った。エルルゥは戸惑うように社の向こうへと問いかける。

 

「……良いのですか?」

「……」

「ふふ、沈黙は肯定とみなします。これは、私の手に相応しい。そうですね、アイスマン」

「……」

 

 ウォシスが沈黙を受け、悠々とマスターキーを手にして去ろうとする。

 それを阻止するため、ウォシスの進行方向を遮ろうと前に出た瞬間である。

 

「!? これは……!」

「気を付けろ、ハク! 其奴らは強いぞ!」

 

 そこにいたのは、かつてオシュトルとミカヅチの一騎打ちの時にも姿を見せた闇の先兵。

 オシュトルの言によればその戦闘力は仮面の者に僅かに劣る程度。それがこの数──いや、それだけではない。

 

「こ、こいつら……あの時の化け物じゃない!」

「奴らに背を見せるな! 皆の者固まれ!」

 

 かつてトゥスクル遠征から帰還する際や、ルモイの関で己を捕える際に見た異形の姿。

 まるでデコポンポに細工したかのような恐ろしい怪物が周囲を覆っていた。

 

「貴方の言葉通り……家族水入らずで、父上と話をしてきますよ。貴方の言が嘘か真かも判るでしょう」

「ウォシス……お前、ここまでするのか……!」

「? 当然でしょう。貴方の存在さえなければ、私が継いでいたのですから……父上と遺産について大事な話をしている間は、仮面の者(アクルトゥルカ)同士どちらかが滅ぶまで存分に戦っていてください」

「……」

「では……お先に失礼しますよ。もし勝てば、私を追ってくるがいいでしょう……全ては、終わった後でしょうが」

 

 ウォシスと三名の少年兵は笑みを浮かべてその場を去って行く。

 残されるは、絶対絶命の死地。

 

 敵は最強の仮面の者(アクルトゥルカ)と化したミルージュ、そして闇の先兵と異形の者達。

 味方は、仮面の者(アクルトゥルカ)であるオシュトル、ミカヅチ、ムネチカ。他には、クオン、フミルィル、皇女さん、ネコネ、ルルティエ、シス、アトゥイ、ノスリ、オウギ、キウル、ヤクトワルト、シノノン、エントゥアに、ウルゥルとサラァナ。

 

「……兄貴」

 

 ぎり、と拳に力が籠る。

 己の不甲斐なさを想い、より力の籠った爪が掌に食い込み痛みを生む。

 

 ウォシスに、己の言葉を信じさせるだけの力が、信用が、自分には無かった。

 これだけの戦力を用いていたのだ。ウォシスを拘束し力で言うことを聞かせる手段も考えていたが、敵が最強の仮面(アクルカ)まで持ち得る存在であったことを失念していた。

 

 しかし、今は後悔していても仕方が無い。

 

 目の前の敵を討ち、マスターキーを手にするウォシスを追うしかないのだ。

 そして、誰の犠牲も出さない。そのためには──己の顔にぴたりと食らいつき離れない仮面が、じくりとその痛みを知らせる。

 

 ──自分の命だけでは足りないかもしれない。

 

「──皆、聞けッ!」

 

 鉄扇を眼前に構え、皆に決意の言葉を送る。

 

「オシュトル、ミカヅチ、ムネチカ、それにウルゥルとサラァナは自分と一緒にミルージュの相手をする! 他の者はそれ以外の兵をこちらに近づけないようにしてくれ! 皆で──生き残るぞッ!!」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 

 戦場に皆の呼応と抜刀音が響き、力の奔流が頬を撫でる。

 

 大いなる父の墓場、トゥスクルの最も地下深い空洞の中で、壮大な戦嵐が吹いた──

 

 

 




 うたわれBGMの中でも「戦嵐」は素晴らしく恰好良いBGMだと思っています。
 勿論「君だけの旅路・劇伴」も最高に恰好良いですが、あっちは感動で涙がボロボロ出るタイプの恰好良さですね。
 「不安定な神様・劇伴」も恰好良いですが、あれは一騎打ちっぽい感じで恰好良い。
 「戦嵐」は総力戦というか、決戦とか燃えるタイプの恰好良さな気がします。

 まあ、結局、全部恰好良いってことなんですが……。


 とりあえず、原初の仮面の者ミルージュ戦はBGMの中でも「戦嵐」を想起しながら書きました。

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