【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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 ここからは最終回直前まで怒涛のシリアス続きです。
 ラブコメ好きな人はごめんね。


 最後の方まで書き溜めてあり、六十話で完結となります。

 誤字脱字や話の流れ等を見直しながら、本日より毎日一話、調子が良ければ二話ずつ投稿する予定です。
 最後まで御付き合いいただけたら幸いです。


第五十二話 鍵となるもの

 クオンと二人でマスターキーを探して以来手がかりも無く、大使としての仕事をこなしたり、皆とトゥスクル観光に赴いたりするなど、トゥスクルでの束の間の平和が過ぎていく。

 

 まあ、オボロから人を殺せそうな視線と威嚇を擦れ違う度に頂戴したり、カミュやアルルゥから弟だと奴隷のようにこき使われたり、フミルィルを支えようとしたら胸を触ってしまいクオンの逆鱗に触れたり、ベナウィやクロウに武を見たいと扱かれたりと平和な時間ばかりでは無かったが、オシュトル他友人達と楽しい日々を送れていた。

 

 クオンやフミルィルと店や観光地を巡ったり、敵地だからか少し機嫌の悪いウルゥルとサラァナにご機嫌取りのため食事に連れて行ったり、皆で寺子屋へ足を運んで遊んだりと、宮廷だけでなく皇都周辺の地理も大体知ることができ、トゥスクルの居心地の良さも感じていたのだ。

 

 そんな折である。

 ついに、ウルトリィと呼ばれる女性がオンカミヤムカイよりの使者として、ここトゥスクル皇都へと姿を見せたことを聞く。

 

「ウルお母さまが来たみたい」

「ついにか……」

 

 マスターキーについて詳しく知る唯一の人物。

 今はトゥスクル皇との略式を済ませている頃だそうだ。

 

 相手はオンカミヤムカイの賢大僧正(オルヤンクル)

 お偉いさんであるため、自分もすぐに謁見できるとは思わないが、クオンはトゥスクル皇女である。クオンから言ってもらえれば、自分と話す機会は必ず来る筈だ。

 クオンやウルゥルサラァナと四人自室にて気長に過ごしていると、何と言伝も無く然したる時間を待つことも無く、ウルトリィからこちらへと足を運んでくれた。

 

「お初にお目にかかります、ハク様」

「えっと、もしかして……カミュのお姉さまの──」

「──はい、ウルトリィと申します」

 

 カミュのような羽を持っているが、色は純白。

 そして、カミュ以上の高貴な雰囲気を纏った超美人さんがそこにはいた。

 

 少し見惚れてしまったからだろうか、警戒するように前に進み出るウルゥルとサラァナ、そして腿を尻尾で攻撃してくるクオンを何とか宥めながら話を進めた。

 

「そっちから来てくれるとは……クオンが既に言ってくれたのか?」

「う、ううん。ウルお母さまにはまだ何も……」

「ハク様は……鍵をお探しであるそうですね」

 

 どきりと緊張が走る。

 目の前には慈愛の笑みを浮かべたままのウルトリィがいたが、やはり鍵──マスターキーはかの国にとってとても大事なものだったのかもしれない。

 ウルゥルとサラァナはこれまでにない焦りの表情で声を出した。

 

「下がって」

「主様、ここは私達にお任せください」

「ま、待て。ウルトリィさんはまだ何も言ってないだろう」

「……」

 

 一触即発といったウルゥルとサラァナを自分が強引に後ろへと引き戻し、ウルトリィと対面する。

 

「すまん、どうやらオンカミヤムカイのヒトとは相性が悪いみたいでな。気に障ったなら謝る」

「いえ、どうかお気になさらずに。大宮司ハク様」

 

 ウルトリィの表情は変わらない。

 相変わらず全てを包み込むような優しい笑みを浮かべている。

 

「自分の名前を知ってたのか」

「はい。存じております。貴方が偉大なる御方……我らが大いなる父(オンヴィタイカヤン)であることも」

「っ!」

 

 それは、クオンやウルゥルサラァナ以外には預かり知らぬことである。

 喋ったのかとクオンを見るも、そこには戸惑いの色。どうやら彼女もまた己を見抜く御業を持っている様だ。

 であれば、ここに来た本当の理由。それすらも、知っているのかもしれない。

 

「……鍵の在り処を、教えてくれるってことか?」

「ええ。そして、我らが主と、大いなる父の真実を……貴方にお伝えしなければなりません」

「鍵と、真実……」

 

 人類の顛末について、兄貴から全てを聞いたわけではない。

 目の前のヒトはそれを知っている。しかし、それを聞けばもう後戻りはできない。そのような予感がした。

 だが、ウォシスの件もある。目の前の女性より話を聞かねばならんだろう。

 

 その決意の意志を汲み取ったのだろうか、しかしとウルトリィは残念そうに首を振った。

 

「しかし、ここでは語る術を持ち合わせてはおりません」

「何? じゃあ……」

「真理の扉を開きたくば……どうか、我がオンカミヤムカイへお越しください」

「鍵は、そこに行かんと手に入らんってことか?」

「……その通りです」

 

 ウルトリィの嘘偽りないという澄んだ瞳。

 しかし、そこには悲しげな色も映っており、来る未来への不安を彩っていた。

 

「……そうか、じゃあ行くか」

「本当に……よろしいのですか? 鍵を手にし、真実を知る覚悟があると」

「……」

 

 ウルトリィは問いかけるように言う。

 道はここで別たれると、去りゆく者に声をかけるようなそんな雰囲気を感じた。

 戸惑うように黙ったままのクオンを見て、闇に蠢くウォシスの顔が浮かび、覚悟を決めた。

 

「ああ、知りたいね。自分のためにだけじゃなく……皆の平穏の為にな」

「……そうですか。貴方であれば……いえ、今の貴方だからこそ……」

 

 ウルトリィは目線を下にやり、やがて決心したように己の瞳を射抜いた。

 

 その会話を皮切りに、オンカミヤムカイへの出立は翌朝となることが決まった。

 

 本来は自分とクオン、ウルゥルとサラァナの面子だけで行こうとしていたのだが、オンカミヤムカイへの使者という名目で、オシュトル他皇女さんらも後からついてくることとなった。

 

 オンカミヤムカイは本来不可侵領域らしい。トゥスクルの皇族すら無断で入ることは不可能。ウルトリィの温情あればこそ、今回の遠征が叶ったと言える。

 

 ウォシスもまたマスターキーを狙っていることも含め、戦力多めに行くことは悪いことではない。自分達だけでなく皆で行けることは大きな利点と成り得る。

 ただ、ウルトリィの言によれば、オンカミヤムカイの更なる深淵、ある場所からは自分達しか入ることを許されないとの事であったが。

 

 そして、馬車での旅も数日を経て。

 オンカミヤムカイを他国から護っているという術を阻害するという深い深い森の中について、クオンが怪談話をするかの如く皆に説明しネコネ他幼心を持った者が怖がったり、仲の良いウルトリィとフミルィルの母子のようなやりとりを皆で見てほっこりする中、オンカミヤムカイへと辿り着いた。

 

 大社に参拝する信者達が軒を連ねる中、大神を敵視するウルゥルとサラァナに迂闊なことを言わんように釘を刺す。

 とてつもない人の数、そして行列である。あの参拝客の行列に行儀よくウォシスが待っているとも思えんが、どこかに潜んでいる可能性もある。警戒はしておいた方がいいだろう。

 

 オンカミヤムカイの更なる深淵。鍵と真実を知るためにも、オシュトルと別れの挨拶を済ます。

 

「じゃあ、オシュトルよ。行ってくる」

「ああ、ハクも気をつけてな」

「そっちこそ。ウォシスを見つけても、自分がいない間は交戦無しだ。位置だけ特定して、あんまり無理すんなよ」

「わかっている」

 

 ウルトリィから聞かされたマスターキーの在り処について、先日オシュトルには事前に相談している。

 そして、オンカミヤムカイの聖地にてウォシスが来るかどうか監視してもらう役目を担ってもらった。この近くの宿を取って、ここの特使として周囲の観光ついでに警戒網を広げてもらうつもりである。

 

 さて、とクオン、ウルゥルとサラァナ、フミルィル、ウルトリィの面々で深淵へと足を運ぼうとした時である。

 自分たちと着いてくる筈であったフミルィルは、皇女の側で付従うムネチカにある物を手渡すために前へ進み出た。

 

「ムネチカさま」

「? フミルィル殿……小生に何か?」

「貴方様に、これを……」

「これは、小生の仮面(アクルカ)ではありませぬか」

「ええ……もし何かあった時には、これで皆さまの盾をお願いしますね」

「……よろしいのか?」

「ええ、クーちゃんの……あ、トゥスクル皇の許可は取っていますから」

「……忝い」

 

 もはやヤマトがトゥスクルに刃を向ける事はない。

 故に、ムネチカにも仮面を返して貰うようクオンに相談していたのだ。ウォシスがどのような戦力を持ってくるかはわからない。故に、この措置は必要であった。

 ムネチカは何よりも大事そうにその仮面を懐に仕舞う。

 

「ハク様」

「あ、ああウルトリィさん。今行く」

 

 仲間との一時の別れも早々に、ウルトリィから声をかけられたのでクオンやフミルィル、ウルゥルとサラァナと共にオンカミヤムカイの聖地へと足を踏み入れる。

 あれだけあった行列も、クオンやウルトリィの存在を見て自分たちに恭しく礼をして道を開けてくれた。

 

 その先も大社と呼ばれるだけの建造物の大きさに、おおと背を反らして見上げながら、入り口と思わしき奥へ奥へと歩いている途中であった。

 

 すっと、空気の変わる感覚。ウルゥルとサラァナも怯えたようにびくりと身を震わせた。

 

 ──っ。

 

 何かが、いる。

 いや、自分を呼んでいると言った方がいいだろうか。

 酷い頭痛に頭を抑えて立ち止まる中、しかし戻る訳にもいかないなあと思っていたところ、ウルトリィから声をかけられた。

 

「もし具合が悪いのでしたら、暫く休んでいかれますか?」

「いや……大丈夫だ。この前、躓いたフミルィルを助けただけなのに、クオンに頭を破裂させられそうになってからずっと痛くてな」

「ちょ、ちょっとハク! ウルお母さまの前で……」

「あら、そうでしたか。ふふ……」

「そうでした。あの時のクーちゃんなぜかとっても怒ってましたね」

「む、だって……!」

 

 クオンから抗議の尻尾が腿を襲うが、周囲の目は上手く誤魔化せたようだ。

 しかし、ウルトリィは何かに気付いているかのような目線を送ってくる。彼女も、この声を知っているのだろうか。この先の──何かに。

 

「えらく……静かな場所だな」

 

 外の喧噪とは打って変わって、足音が響くほどの静寂が場を支配している。

 正しく聖地と呼ばれるような、厳かな、浄化されたような気配を感じる。

 

「どうぞ、こちらへ……この先に、貴方をお招きした御方がいます」

「招いた?」

「はい」

 

 鍵について知るためにこちらから足を踏み入れたのではなく、この邂逅は予定されていたということか。

 ホノカさんが別れ際に言った、大いなる意志──自分は、何かに巻き込まれ始めているのかもしれない。

 

「──行こう」

 

 ウルトリィからこれ以上の話を聞けることはない。待っているなら行って話を聞けばいいだけのことだ。

 ウルトリィから案内されるままに、大いなる父の施設を利用した機械壁の奥、祭壇の向こうに更なる隠し通路があり、皆でそこを進んでいく。

 そして、目の前には見覚えのある巨大な扉。手をかざせば、大いなる父である自分だけにその資格があったのだろう。大扉は静かに開き、その先の道を薄明りでもって指示した。

 

「どうか、貴方の求める答えがありますよう……」

 

 ウルトリィの呟きを背に浮け、自分達は進んでいく。

 根源を通して仮面から聞こえる呼び声も強くなっている。

 

 そして、目の前に広がる光景は──

 

「大いなる父の墓場、か……」

 

 どの遺跡とも違う規模、そして数多の民が住んでいたであろう住居の数々。

 兄貴のいる聖廟は本来の機能そのままではあるが、ここまでの規模ではない。遥か昔に滅びた巨大な施設が、そのままの形で残っているのだ。

 

 ということは──

 

「っ、タタリ……」

 

 柱の影からこちらを窺う赤い軟体生物。大いなる父の成れの果て。

 倒さねば進めないかと思い己の武器を手に取るも、それを諫めたのはウルトリィであった。

 

「ここは聖域。彼らが襲いかかってくることはありません」

 

 その言葉が真か不安になっていると、そこに響くはウルゥルとサラァナの唄声であった。

 大いなる父を癒す彼女達の声は、タタリに届き得たのだろう。タタリはその姿を闇へと消していった。

 

「優しい歌ですね……あの方達の安らぎが伝わってきました」

「なぜ、逃げたんだ?」

「浄化されている」

「この場所は浄められているため、タタリも荒ぶることなく大人しいようです」

「彼女達の仰る通りです。ここであの方達が襲ってくることはありません。どうかご安心を」

 

 浄化されている。

 確かに、ここには澄んだ空気が漂っている感じがする。遺跡で彼らを見た時のような重苦しい感じはしなかった。

 

 しかし、ウルトリィの後をついてある場所へと足を踏み入れてからは、一転重苦しい雰囲気が己を襲う。

 それは、双子も感じているのだろう。息苦しそうに眉を顰めていた。

 

「ここが……目的地です」

 

 最も深い聖域が、最も浄化された場所ではないということか。

 遥か大きな力を強引に封じたかのような、禍々しい何かがそこには満ち満ちていた。

 

 地下とは思えない広い空間。

 そこには、天から光の柱が落ちてきたかの如く、巨大な円形の窪みが穿たれていた。

 

「あちらを」

「あそこに、主様が求める物があります」

 

 目を細めて見やるは、窪みに合わせた石の門が連なる参道。その中心部に位置する小さな社が見えた。

 あそこに、自分を呼ぶ声の主が──

 

 そう足を前に踏み出そうとした時である。クオンが唖然と呟いた。

 

「ここって、封印痕……? まさか……」

「? お、おい、クオン!」

 

 制止も空しく、クオンは穴の底へと駆け下りていく。

 それを追おうとすると、ウルトリィに頭の中にだけ響く声で呼び止められた。

 

「ハク様、この先に貴方が求める物があるでしょう。ですが、この先へ進めば……全ての希望が打ち砕かれることになるやもしれません。それでも、貴方は前へ進むおつもりですか?」

 

 全ての希望が、打ち砕かれる──? 

 

 ホノカさんが別れ際に言った、大いなる意志が自分を待っているとの言葉とウルトリィの言葉が繋がる。

 この先にあるのは、絶望なのかもしれない。それでも──

 

「ああ、知りたいね。色々と約束をしている手前、聞かねばならんことが多々ある。知らぬは仏見ぬが神……自分は人だ。知らないままに生きるよりは、知って絶望し、尚足掻く道を選ぶ」

「……そうですか。それは、差し出がましいことを……だからこそ、貴方は……」

 

 ウルトリィはそこで言葉を切り、その目を瞑る。

 着いてくる気はないということか。では、クオンの後を追うだけだ。

 

「どうか、貴方様に祝福があらんことを……」

 

 ウルトリィに見送られ、クオンの後をウルゥルとサラァナ、フミルィルと共に追う。

 

「……」

「クオン、勝手に……ん?」

 

 ようやく追いついた先のクオンは、小さな社の前で立ち尽くしていた。

 そして、周囲の雰囲気の違いを理解する。先ほどの禍々しい気が無くなり、またもや浄化された場所で社の中の存在に意識を向けた。

 

 すると、そこには、清楚な装束を身に纏ったスレンダー美人。改め、可憐な女性がいた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

「あんたは?」

「お初にお目にかかります。ハク様。私はここの管理を任されている者、エルルゥと申します」

「エルルゥさま……どうして……」

「あ……ぁ……」

「? クオン……」

 

 問答も少なく、クオンは目の前の女性にふらふらと近づいていく。

 

「大きく、なりましたね。クオン……」

「母さまっ!」

 

 クオンは泣き叫ぶかのように、エルルゥと呼ばれる女性に抱き付く。

 クオンの涙など、見たことが無い。それだけの衝撃だったのだろう。

 

「どうして……母さま、急に、いなくなって……」

「ごめんね。本当に心配をかけちゃって……」

 

 彼女達のやりとりを聞けば、クオンとは何らかの理由で幼い頃に別れたのだろう。

 クオンは彼女を目指して自らも薬師となったことを語り、エルルゥはそれを便りで聞いていたことを語った。

 

「クオンだけ、内緒にされて……!」

 

 その悲痛な子どもの叫びはエルルゥには答えられないのであろう。

 ただ目元に涙を浮かべて謝罪を繰り返していた。

 

「ほんとうに……ごめんね」

「母さまぁ……」

 

 誰にも口を挟めない母子のやりとりをじっと見つめながら、どれくらいの時間がかかったろうか。

 

「ふふ……もう大丈夫?」

「うん……」

 

 クオンの涙が止まるも、未だただ愛しきものを抱きしめて離さないと抱擁を続けていた。

 

「大丈夫……もういなくなったりしないから」

「でも……」

「大丈夫だから。今は、私のお役目を果たさせて……ね?」

「うん……」

「どうぞ、お入りください。あの方が、この社の主がお待ちです」

 

 つまり、全てを知る者は彼女ではない。

 この先にいる人物。それは──

 

「──お連れしました」

「ご苦労であった」

 

 エルルゥに案内された板張りの広い部屋。

 部屋の奥には帳が降ろされ、うっすらとした人影があった。

 

「よく来た──うたわれるものよ」

「!」

 

 人影はある。

 しかし、そこに何かがあるという気配が感じられない。まるで別世界から声が響くような感覚。

 

「あんたは……一体」

「それに応える前に……ハクよ。大いなる父と呼ばれし者達に、安らぎを与える術を求めて来たのだろう?」

 

 己の心を読むかの如く声。兄貴の顔がチラつく。

 聖廟地下に多数蠢くタタリ。大いなる父のなれの果て。兄貴は彼らを救いたいと願っていた。そのために、ただの人には重すぎる孤独を背負って来たのだ。

 

 兄貴の意志を継ぐ。マスターキーを手に入れる。そして、同胞を解放する。

 故に自分は──

 

「──ああ、その通りだ。よく分かったな」

「……其方の苦しみ、理解は出来る」

「なら」

「だが、それだけなのだ。その願いは幻……この世にそれを叶えられる者は存在しない。彼らをあの煉獄より解放することはできぬ。絶対にできぬからこそ、永久に迷いし者なのだ」

「な……」

 

 なぜそんなことが目の前の奴にわかるのか。思わぬ言葉に唖然と口を開く。

 兄貴がこれまで足掻いてきた全てを否定されたかのような言に感情が昂り、思わず言い返した。

 

「しかし、マスターキーがあれば……」

「其方に鍵を与え、太古の異物を全て暴いたところで、絶望はより深まるだけであろう。こちらとしても、其方に苦しみを与える事を望まない。意味の無いことにはする価値が無い……そうは思わないか、ハクよ」

「……」

 

 ウルトリィが言っていた全ての希望が打ち砕かれるとはこのことか。

 だが、兄貴は自らの全てをかけて、足掻いてきた。自分はまだ何も足掻いていない。足掻いてない内から答えを出すなど、みっともないことが出来よう筈も無かった。

 

「──何であんたにそんなことがわかるんだ?」

「む……」

「今は方法がわからんでも、この先もずっとわからんままとは限らんだろう。たとえどんだけ年月がかかろうが、研究してりゃいつかはタタリを解放する手段も見つかる可能性はある」

「……」

「自分はしょうもないことについては諦め癖のついた人間だが、兄貴の願いがかかってるんでな……そういう大事な約束を交わしながら、何もしない内から諦める事はしない主義だ」

 

 生き残るために、足掻き続けた。

 たとえ結末がどうであれ、それでこそ人間ってもんだ。

 

「兄貴や自分みたいな奴もいる。自分が生きている限り、足掻き続けるさ」

「……やはり、汝は他の者とは違う。だからこそ、我は汝をここに呼んだ」

「何だ、説教でもしてくれるのか?」

 

 皮肉に返したが、目の前の人物は臆した様子も無く言葉を続けた。

 

「知を……其方も知らぬ、ニンゲンの真実を」

 

 真実──ウルトリィが言っていたことか。

 

 そして、目の前の者は滔々と語り始めた。

 

 ──遥か古の時代。この地上に繁栄を誇った種族がいた。

 神にも届くかと思われたその叡智に驕り、神の如き振る舞いを行い、神の如く数多の創造物を造った。

 

 その創造物は道具に限らず、生き物さえ作り始めた。

 品種改良の植物、遺伝子操作された家畜、そして手足となって働く奴隷、亜人種(デコイ)を作り出したという。

 

 故に、彼らはこう呼ばれる──大いなる父と。

 

 しかし、自然の摂理を捻じ曲げた行いが毒素を生み出し、利便性と引き換えに住処を失っていった。

 快適な環境に慣れ切った体は、その毒には耐えることができなかった。

 

 故に、その毒に耐えうるために己の体を強化する計画──真人計画が始まったのだ。

 しかし、この世界に必要ないと言われているかの如く研究は進まず、人は緩やかに衰退していった。

 

「そして、運命の日──彼らは、ついにある者を呼び覚ました。自らの願いをかなえてくれる存在を。それが──」

 

 その答えを知るかのように、クオンがその名を呼んだ。

 

「大神……ウィツァルネミテア。願いを聞くことを喜びとし、望めばその全てを叶えてくれるという神──でも、その願いの大きさに見合った代償が必ず伴う。伝承にはそう記されているかな」

「故にその存在は、あるところでは神として祀られ、あるところでは禍として忌み恐れられた」

「人の願いを叶える代わりに、その魂を奪う……文献にはそう記されていたかな」

「おいおい、そんなおとぎ話のような存在が現実にいるのか?」

「だが、真実だ」

 

 自分の疑問に、ただ答え合わせをするかの如く冷静に返される。

 

「故に、大いなる父は願った。彼らは……追いつめられていたのだ」

「そして、ウィツァルネミテアはその願いを叶えた。強い躰を、老いることのない不死の肉体を。無論代償は払った……取り返しのつかない代償を」

「それが──タタリ化なのか?」

「そうだ。姿と、知性を犠牲にしたのだ」

 

 赤く蠢くタタリの姿を思い浮かべる。

 元の姿にも戻れず、死ぬこともできず、未来永劫地の底を這いまわり続ける者達を。

 

 フミルィルは戸惑うように言葉を返した。

 

「本当なのですか?」

「本当」

「私達が知る事実と変わりません」

「……私達は、知らないうちに何度も大いなる父に遭っていたんですね」

 

 フミルィルは、ウルゥルとサラァナより齎された事実に悲痛な表情を浮かべていた。

 

 しかし、はい残念と立ち止まっている訳にはいかないだろう。他にも策はあるかもしれない。例えば──

 

「ウィツァルネミテアにもう一度願っても駄目なのか?」

「不死の躰を手に入れたいという願いの代償がタタリ化──全てを元に戻す代償は……いったい何を求められるか」

 

 己の願い以上に恐ろしい代償を求められる存在だ。

 碌なことにはならんだろうな。

 

「随分、悪意のある願いの叶え方をする神様なんだな」

「それに……たとえ願おうとしても、今は封じられて、深い眠りについているから」

 

 クオンが自らの胸を抑え、そう言う。

 その姿に違和感を覚えたが、なるほどであれば神様を頼るなんてことはしない方がよさそうである。

 

「まあ、ライコウの信条でもないが──自分も神様に頼るようなことはしないさ。神話や伝承には必ず元となる現実の事象がある。研究を続けて解明できれば、いずれ元に戻す方法も判るかもしれんだろう」

「……」

 

 自分の意思は変わらない。

 マスターキーを手に入れ、ウォシスの野望を砕き、兄貴の意志を継ぐ。

 神には頼らず、あくまでも自らの、人としての力で以って彼らを解放するのだ。

 

 その答えを悟ったのだろう。エルルゥと呼ばれる女性は片隅にあった祭壇に静かに歩み寄る。

 

「……良いのか」

「ええ」

「では、全てを任せよう」

「ありがとうございます」

 

 エルルゥは深々と声の主に頭を下げると、祭壇にある何かを手に取った。

 

「こいつは……」

「貴方には、必要なモノなのでしょう?」

 

 金属製の輪のような形。

 鍵というには些か珍しい形であるが、大いなる父の遺産であるとなれば話は別である。これこそ、正しくマスターキーそのものであると感じた。

 

 クオンはそれが鍵だとは思っていなかったのだろう。驚いたようにエルルゥに問うた。

 

「母さま、それは……大切な人との思い出が沢山詰まっているって……」

「いいのですよ、クオン。思い出は常にこの胸にあります。それに、これは預かり物……この方にお渡しするために、私達は代々受け継いできたのです」

 

 エルルゥはそう微笑んで、自分にそのマスターキーを手渡そうと──

 

「──これはこれは、皆さん御揃いで」

「!? お前は──」

 

 思わぬ声に振り返れば、そこにいたのは全ての黒幕、ウォシスであった。

 

 

 


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