【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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帝都では最後の日常回です。


第四十九話 祝宴を張るもの

 これは、兄貴のところに話を聞きに行く、少し前の話である。

 

 オシュトルによって腹部を穿たれた傷が癒えていないためか、寝台に横になる日々か続いていた。

 自分にとっては久々にゆっくりできる時間で満喫していたのだが、一足早く治療の終わったオシュトルよりあるものを渡された。

 

「……縁談?」

「ああ、ヤマトの歴史上初の男性大宮司となった其方には、その権力に肖ろうと数多の諸侯より縁談の話が来ている」

 

 そう言って、女性の諸々について何事か書かれた物をどっさりと傍に置かれた。

 次々と周囲に広げられるその量は、以前ライコウが持ってきた仕事量に匹敵するほどである。

 

 試しに一つ手にとって見てみると、帝都どこどこの大商家の娘で、器量良しだの、美人だの、女性の絵姿が書かれている。他と比べるよう手に取れば、どうやらその年齢層も幅広く、トリコリさんより年上のものからネコネ以下の年齢まである。

 締めには、興味を引きましたら是非にと家名と本人の名と返送先が書かれている。

 

 間違いなく、縁談用のものである。

 

「いやいや……本当に自分のか? オシュトルのもんじゃないのか?」

 

 浮かんだのは、そのような疑問である。

 鎖の巫を側に置く大宮司と噂されていても、実際にその権力がオシュトル達に並ぶわけではない。あくまで祭事や、非常時のみの権限なのである。

 オシュトルはその点総大将であるし、自分よりも遥かにモテると思って聞いたのだが、オシュトルからは苦笑交じりの否定であった。

 

「いや、某は右近衛大将の頃よりこうしたものについては断ってきた。故に、堅物扱いされて某にはもはや届かぬ」

「そういうことか……」

 

 ネコネも嫌がりそうだしな、そういうの。

 憧れを抱く女性は数あれ、オシュトルはその対応には難儀していたんだろうなあ。

 

「其方は平民より取り立てられた新進気鋭の出世頭。家柄の低い者にとっては肖ろうと寄り着いてくるのだ」

「勘弁してくれ……」

「ふ、怪我で動けぬ間は暇であろう。見るだけでもと渡されたのだ。気にいらなければ其方から断りの文を送るといい」

 

 なんで自分なんかにとも思って他の権力者を思い浮かべると、そういえば皇女さん配下には女性八柱将が多い。そっちは男の縁談がひっきりなしに来ているんだろうな。

 ただ、それを除いたとしても、他の大将や八柱将もオーゼン、ソヤンケクル、ゲンホウなど妻帯者というか既に親となって久しい面子ばかりだ。

 若い独身男は、イタク、マロロ、キウルくらいだな。成程、その面子に比べれば帝都で一番発言力があるのは自分だと勘違いしたのかもしれない。

 

「断りの文たって……この量だぞ?」

「以前の某は、この辞謝の文を考える時間が最も苦痛であったな……」

「ちなみに……オシュトルはどれくらいかかったんだ?」

「ふむ、縁談の類は受け取らぬと触れを出してからは緩やかとなったが……毎週数通を返し……年はかかったか。同性愛者であると誤解が広まってからが本番であるぞ」

「……」

 

 悪夢のような話だ。

 放置していれば、どれくらいの量になるかわからん。オシュトルのように早々に縁談の類を受け取らないよう布告を出さねば。

 

「してくれるなって布告するか……」

「ふむ……しかし、先方も其方が身を固めるまで粘着する輩は多い。全て無くなる訳ではないことは知っておいてくれ」

「……そうか」

「ハクよ。それが嫌ならば身を固めることだ。例えば──」

「だから、オシュトル。ネコネとの婚姻なんぞ、ネコネが了承しないだろうって言ってるんだ」

 

 これである。

 オシュトルはすぐにこうしてネコネと自分を身内にしようとしてくる。

 この縁談話も、その外堀を埋めるためのような気さえしてきた。トリコリさんの話があるとは言っても、最終的に大事なのはネコネの気持ちである。

 

「どうして、そうネコネと自分をくっつけたがるんだ」

「……それは、野暮ってもんだぜ、アンちゃんよ」

「……野暮?」

 

 オシュトルが助けを求めるように双子に視線を送るも、ウルゥルとサラァナは興味深そうに先ほどの縁談の書いたものへ手を伸ばしていた。

 

「「主様」」

「ん?」

「好み」

「これなど、如何ですか?」

 

 二人から差し出された物を見れば、地方武家の一人娘で、未亡人。戦乱で旦那を無くし、一人寂しく過ごしていたところを、ハク将軍に声をかけられ奮起する一因になった諸々が書かれている。

 絵姿を見れば、確かにぼんやりと覚えのある輪郭、そして雰囲気はこう艶っぽいというか、哀愁を漂わせている感じが、何とも、守ってあげないと感を漂わせており──

 

「──ハク?」

「ち、違うぞ! これはだな……」

 

 思わずじっと見てしまった自分を揶揄するようにオシュトルが声をかけてきた。

 思わず焦ってその絵姿を遠くに放り、再び横になった。

 

「とりあえずだ! ネコネが自分と婚姻を結びたいと言うなら話は別だが、そうじゃないんだろう?」

「ん……まあ、な」

「なら、ネコネの為にも、自分と婚姻なんてやめた方がいい」

 

 多分、自分が仮面で暴走した結果、孤独に怯えているという単語を聞いて、色々気を回してくれているんだろう。

 孤独って言うのは、あくまでも自分が大いなる父として皆と一緒の存在でないことに寂しさを感じていただけなのだ。

 

「……ハクは、あくまでもネコネの為を考えていると?」

「ああ、勿論だ。それに、オシュトルや、皆がいる。それだけで……自分には十分さ」

「そうか……」

「ま、ネコネにはもっと相応しい奴がいるよ」

 

 話は終わったと、再び目を瞑る。

 多分、オシュトルの次に見舞いに来るのは皇女さんである。こうして体力を養っておかないと、治る傷も治らない。

 宴が終われば、次の日にはトゥスクルに旅立つのだ。英気はできるだけ養っておかなければ。

 

 後にウルゥルとサラァナは、あの時のオシュトルは悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべていたという。

 そんなこと、目を瞑っている自分には気づけもしなかったのだった。

 

 

 ○○○○○○

 

 

 兄貴のところで話を聞いた翌日。

 つまり、宴の日、当日早朝である。

 

 オシュトルより、大宮司である自分はそれなりの衣服を身に纏うことを命じられた。

 まあ、祭事担当でありながらほぼすべてのことを準備してくれたのだ。文句は言えない。

 

「主様」

「お顔を拭きますね」

「ああ……」

 

 昨日夕方頃に、ウルゥルとサラァナの二人へ礼を尽くしてからは、その返礼とでも言うかのように張り切って身の周りの世話をし始めた。

 これが自由である筈の彼女達がやりたいことらしいので、余り文句は言えないが。

 

「主様」

「袖を通しますね」

「ああ……」

 

 未だ寝ぼけ眼の自分としては、こうして二人がいつも以上に張り切り、いつも以上に身の回りの世話を甲斐甲斐しくしてくれるのは有難いと思う一方、誰かに見られれば何となく嫌な出来事が起こりそうな危惧も感じていた。

 

 それに、今宵の宴は幹部勢力が久々に揃う。

 それだけでなく、帝都有数の商家や武家等々、権力者の顔合わせも兼ねている宴である。

 

 帝都の政情が安定した証であることと、トゥスクルに和平の使者として赴く自分を労うための宴でもある。

 つまり、主役だ。あまりどたばたした様はお見せできないのだが、と思いながら目を擦っていると、襖の外から声がする。

 

「ハク? 準備できた?」

「あ、クオンか。ちょっと待ってくれ」

 

 身支度を整え、迎えに来たクオンと共に外へ出る。

 すると、クオンは笑顔で迎えてくれた後に、訝し気にウルゥルとサラァナを見た。

 

「……?」

「何か」

「どうかされましたか? クオンさん」

「何だか……雰囲気が変わった?」

 

 そうかな、と思ってウルゥルとサラァナの二人を見るも、特に変わった様子は無い。

 

「……そうか?」

「うん、いつもなら、ハクにもっとべったりしている筈……」

 

 そうだったろうか。

 確かに、思い返せばクオンと一緒の時は、クオンを挑発するかのように腕を組んできたり首に腕を回したりしてきた時があった気がする。

 

「イミフ」

「仰る意味がわかりません。私達は何も変わっていませんが?」

「む……な、なら! 私がハクの隣を歩くけど、いいのかな?」

 

 言っていて恥ずかしくなったのだろうか、クオンは赤くなった頬を誤魔化すように、横に並んで自分の腕を取った。

 

「お、おい……」

「どうかな? ここまでされたら、流石に──」

 

 そう言って二人を見れば、ふっと口元に勝利の笑みを浮かべていた。

 

「どうぞどうぞ」

「もう私達はその程度では満足できない体にされてしまいましたから」

「ど、どういうことかな、それぇ!?」

「ぐぇえっ!?」

 

 クオンによる糾弾の矛先が、自動的に自分の首元へ向く。

 早速大宮司としての服装に皺が寄るが、こっちが締め上げられても答えられるものではない。

 

「何をしたの!? っ……ま、まさか……我慢できずに!? ついに!?」

「お、おいっ! な、何もしてな……って! かはっ」

 

 浮いてる浮いてる。

 ふるえる爪先で何とか体重を支えるも、首への圧力が半端ない。弁明できる状態じゃない。

 

「抱かれた」

「震える私達の体を優しく抱き寄せ、耳元で愛を囁かれました」

「んな──っ!!?」

 

 喋れない自分に代わってクオンの火に油を注ぐ二人。

 言っていることは間違ってないが、言い方というもんがあるだろうが。

 

「ハ、ハ、ハ、ハク!? ほ、ほんとなの!?」

「ちが……こはっ、かはっ……!」

「もち」

「今も思いだせば体が火照ってしまいます。強く掴まれたところが痛む程に──」

 

 自分は完全に浮いた。

 体重が首に一極集中し、かくんと己の意識は闇へと消えたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 宴の始まる数刻前である。

 

「……ハク、その服にどれだけの租が込められているか知っているか?」

「……すまん」

「……ごめんなさい」

 

 クオンによって、見るも無残なよれよれ襟を何とかして戻しながら、オシュトルの小言に謝罪する。

 

 それもこれもウルゥルとサラァナの言葉を間に受けたクオンのせいである。非難するように隣を見た。

 

「だから、話を聞けって……」

「だって、あんな紛らわしい言い方されたら誰だって……」

「今宵は宴ではあるが、礼節あるヤマトの祭事。夜まで待てば無礼講が待っておるのだ。それまでは……ハク、大宮司らしい働きを頼んだぞ」

「ああ、すまんな、オシュトル」

「良いのだ、急に頼んだ某も悪い」

 

 オシュトルは、本来、無礼講である気軽な宴をするつもりだったのだ。

 しかし、帝都奪還後も権力者たちの顔合わせの場が無いことに憤りを覚えた者は多く、どうせ行うならばとこの祭事が後から入ってきた形である。

 

 結果、今宵の宴には、儀礼的な昼の部と、身内でわいわいやる夜の部がある。

 

 昼の顔合わせは適当に済ませ、美食で腹を満たし、夜に仲間と共に美酒で酔って遠慮なく暴れる。

 全ての要望に応えた素晴らしい宴の形式なのである。それを、仮にも大宮司である自分が壊すわけにもいくまい。大人しくしておこう。

 

「これを読めばいいのか?」

「ああ、祭事において、挨拶は大宮司が務める」

「わかった」

 

 偉そうに読むだけならば簡単である。

 

 そして、幹部連中や権力者共が集まる中で、聖上と自分の言葉が響く。

 あれより刺客の数もとんと減り快適となった場の中で、昼の宴は何事もなく着々と進んでいった。

 

「おお、大宮司ハク様、私めは……」

「ああ、どうも……」

「ハク様、以前ご紹介したかと思いますが……」

「あ、ああ、はい、その節は……」

 

 こうして、食べる暇も無くひっきりなしに挨拶さえ無ければ良かったんだが。

 商家だ武家だ、娘を連れて頭を垂れに来るのに最初はにこやかに対応していたが、徐々に辟易し始める。

 

「以前、縁談の話をお持ちしたかと思いますが……」

「ああ、いや、心に決めた人がいるもんで……」

 

 嘘である。

 しかし、断るには一番傷つけないというか逆恨みの少ない理由なので重宝しているのだ。

 

「そうでありましたか……いかがでしょうか、第二、いや第三夫人でも……」

「「……」」

「い、いえ、何でもありません」

 

 先方さんは、心に決めた人がいると言われて尚食い下がろうとしたが、傍らの鎖の巫女である二人に目線がいく。

 彼女たちは相変わらず隣に寄り添っているので、納得したようにその場を去っていった。

 

 双子による防御が上手いこと機能しながらも長く感じた昼の宴は終わり、主立った面々は場を離れていく。

 オシュトルと共にぺこぺこ何度も頭を下げながら、ヤマトの影の重鎮達である彼らをその背が消えていくまで見送った後である。

 

「ハク、ご苦労であったな。先に夜の宴を始めておいてくれ」

「いいのか?」

「ああ、某は後から合流する。まあ、もう始まっているであろうがな……」

 

 オシュトルと別れ、高い大宮司の服を着たままでは酒も飲めないと自室に一度戻り着替える。

 

 その後、夕闇の中足早く再び宴の場へと顔を出せば、残るは勝手知ったる身内達。

 

「何だ、もう始まってるじゃないか」

 

 まあ、自室に帰った時間も含め、待っていられなかったのだろう。

 オシュトルの言う通り、戦乱を支えた幹部連中に、ライコウ、ミカヅチが加わった夜の宴は既に始まっていたようだ。

 

 誰が今から始めようとも言わず各々が乾杯の音頭を取り、既に出来上がっている者もいる。

 わいわいと残った料理と酒を遠慮なく食べ乍ら、ルルティエやエントゥア達が考案したらしい新しいつまみに舌鼓を打っていた。

 

「懐かしいねえ、八柱将の頃はこうして雁首揃えて飲んだこともあらぁな」

「そうだね……まあ、君はすぐに酒で勝負を吹っ掛けるから顰蹙者だったがね」

「はっはっはっ、そういや、そうじゃけえのお! ソヤンケクル殿の方が酒は強いちゅうこと、随分悔しがっとったのお」

 

 ゲンホウ、ソヤンケクル、オーゼンの飲みっぷりのいいおっさん連中が真っ先に出来上がり始めている。

 混ぜてもらおうかと近づくと不穏な言葉。

 

「へっ……なら、ソヤンケクル、それにオーゼンの旦那よぉ。将の面子を賭けて勝負してみるかい?」

「いいのかな? また負けてもしらないが」

「ええのぉ! 儂も久々に今日は倒れるまで呑んでやるっちゅうの」

「お父様、そんなこと言ってまた足がつりますわよ。ねえ、ムネチカ様」

「そうだ、何ならあんたもいい飲みっぷりしそうだなあ。ムネチカさんよ」

「いや、小生は……」

 

 あれは助けられんな。

 明日はトゥスクル遠征もある。あまり飲み過ぎるとネコネに何を言われるかわからんのだ。

 怖い先輩と酒豪のシスに囲まれて酒を勧められるムネチカに合掌しながら、他の場を見る。

 

「イタクよ、俺が憎いのではないのか」

「……忘れられないことではあります。しかし、怨恨を抱え前に進めないことだけは避けねばなりません」

「……」

「お二人がこれからヤマトの為に尽くすというのであれば……私はそれに負けぬよう、それ以上に尽くせるよう、精進あるのみです」

「……イタクよ。あの時、お前をこの手で討たずに済んだこと、嬉しく思う」

「……ありがとうございます。ミカヅチ様」

「様など付けずとも良い。ミカヅチと呼べ」

「俺のことも、ライコウで構わぬ」

「そんな、かのお二人にそのような……」

 

 あっちはあっちで心配してたが、イタクの爽やか優男が発揮されたようだ。

 怨恨諸々あるだろうが、イタクが皇であればナコクの未来は心配無用だろう。イタクとライコウ、ミカヅチは盃を交わすように酒を飲み交わしていた。

 あのしんみりした場に混ざってどんちゃん騒ぎに変えるのもいいな、と入るかどうか逡巡していた頃である。

 

「おお、旦那ぁ! 先にもらってるじゃない」

 

 遠くからヤクトワルトの声が響き、思わず振り向く。

 

「だんなー、このおにく、うまいぞー」

「ふふ、シノノンも沢山食べていいですよ」

「シーちゃん、こっちも美味しそうですよ?」

「おお、それもたべるぞ! キウルもいっしょにくえ!」

「うん……ハぁクさん! 僕も今日は飲みます!」

「キウルさん、余り無理はなさらない方が……」

「おじゃ……おじゃ……」

 

 そこには、既に頬が赤くなっているヤクトワルトやオウギ、酒は飲まずに食べ物に目を向けるシノノンとエントゥア、フミルィル。後は、少し気分の悪そうながらも精一杯飲んでいるキウル、そして自分の業務を肩代わりしてくれた疲れが悪い方に出たのだろう、既に酔い潰れたマロロがいた。

 

 これは仲間の中でも最も気軽に飲める面子だ。

 ライコウ達が酔う様子も見たかったので誘おうとそちらを見れば、彼らの元に向かう先客の姿があった。

 

「イタク、君も勝負に加わり給え」

「えっ、伯父上、何を……」

「飲み慣れた酒で勝負を挑むなど、やはりイズルハの者は性根が悪い」

「ハッ、戦略的と言ってもらいたいもんだね」

「丁度いいのお、そこのミカヅチ殿とライコウ殿も一緒に飲み比べしよんと?」

「いや……余り酒は」

「いいではないか兄者。俺達は構わんぞ」

 

 戸惑うイタク、ライコウをミカヅチその他が強引に地獄へ引き入れてしまった。

 だが、あっちはあっちでライコウが酔い潰れちまう姿が見れそうだ。無理に止めることもあるまい。

 そこで、ゲンホウが自分に気付いたように声をかけた。

 

「おお、ハク殿戻ったのか! あんたもイズルハ特注の酒、飲んでくかい?」

「いや、ムネチカが酔い潰れたら交代するよ」

「な……ハク殿、小生を生贄にすると申すか」

 

 既に何盃か飲まされたのだろう。少し目が据わって頬に赤みがあるムネチカより逃げるようにしてその場を後にする。

 

 すると、待ってましたというように、何者かが自分の腕を取った。

 

「ん?」

「うひひっ、おにーさん? ウチが注いであげるぇ?」

「快気祝いだ! ハク、私も注いでやろう!」

 

 いつもの飲み仲間のアトゥイやノスリ達が自分の両脇を抱えこむように連行する。

 その先には、クオンと皇女さん、ウルゥルとサラァナやルルティエの姿があった。

 

「ハク! もう、ハクが来るまでに酔わせて色々聞こうと思ってたのに」

「おお、ハク! 待っておったぞ! こ奴ら、お主が戻ってこんと呑まぬと言って、頑として動かんのじゃ」

「主様」

「お酌致しますね」

 

 ウルゥルとサラァナに絡んで飲ませようとしていたクオンと皇女さんである。

 既に二人は頬に赤みが刺しているが、双子には一切の酒気は無い。多分、主より先に呑むわけにはいかんとか考えていたんだろうな。

 

「さあ、ハクも来たのだ! 聖上の帝都奪還を祝って! 乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 多分、もう何度目かもわからないくらいの乾杯回数なんだろう。

 ノスリもアトゥイもその呼気や頬の赤みから既に浴びるように酒を飲んでいることは十分わかる。

 

 飲んでないのは──ルルティエくらいか。

 この面子の中で優しく微笑み、皆に料理を取り分けていた。流れるような動作で、自分にも一つと取り皿を差しだしてくれた。

 

「あ、あの、自信作なんです。ハクさま、どうぞ」

「ああ、ありがとう。ルルティエ」

 

 双子に酌をしてもらい、ルルティエの自分好みのつまみを食べる。

 間違いなく至福の時である。

 

「ああ、うまい……」

 

 これまでの疲労が癒えていくようである。

 療養中で酒を断っていたのもあるのだろう。いつも以上に美味しく感じてしまった。

 若干強めの酒ではあるが、飲めばじんと熱いものが体の節々に染み渡る。そして、塩分の濃いつまみを選び舌と腹を満たしながら思う。たまらん。

 

 昼は全然食べたり飲んだりできなかった分、ここでしっかり幸福感を補給しておこうと再び目の前のつまみに手を伸ばそうとした時だった。

 

「ハク! これも美味いぞ! イズルハ特製の鹿肉だ」

「むぐっ」

「おにーさん、こっちはシャッホロの烏賊焼きやぇ!」

「おぐっ」

「あ、あの、こっちはクジュウリの鳥焼で……」

「おふっ」

「ハク? これはトゥスクルからのモロロを使った料理でね──」

「んぐぅ……!」

 

 手に取る間もなく、次々に女性陣から直接詰め込まれる食べ物に呼吸がつらくなる。

 誤魔化すように酒を双子から貰って喉を通すが、違和感。

 

「お、おい。そんな一度に喰えんって……!」

「まあまあまあ」

「ほれ、もう一献どうだ!」

 

 あれ、おかしいな。

 最初はもっとゆっくり飲む筈だったのに、なぜこんな矢継ぎ早に料理と酒を詰め込まれにゃならんのだ。

 それに、女性陣の雛鳥に与えるような動作も止まる様子はない。それどころか、互いの視線が交差し、何だか居心地の悪い状況が自分を支配し始める。

 

「ほれ、ハク。余に酒を注ぐのを許すのじゃ!」

「あ、ああ」

 

 もはや休憩する時間は、皇女さんに注ぐ時間くらいである。

 そして再び──

 

「ほら、ハク。あーん」

「ちょ、待ってくれ……むぐっ」

 

 クオンから促されるまま、口を開いて食べる。

 しかし、こう何度も間隔なく喉奥に突っ込まれれば味もわからん。

 

 クオンに非難の目線を送るが、しかしクオンの視線は双子の方へ。

 すまし顔のウルゥルとサラァナを見た後、確かめるように各々へ視線を送った。

 

「……ねっ?」

「……なるほどなぁ、確かに、怪しいぇ」

「む……? そうだろうか、余り違いがわからんが……」

「そうやぇ! いつもなら二人ももっと対抗心燃やすはずなんよ!」

「そんな……ハクさまとお二人が……」

「ん? なんじゃ、何の話じゃ?」

 

 何故か衝撃を受けているアトゥイとルルティエ。わからんのはノスリと皇女さんと──自分くらいか。

 

「何だ、クオン。何の話をしているんだ?」

「え!? い、いや、これはね、ハク」

「ウルやんとサラやんが雰囲気違うなあって話をしてたんよ」

「……そうか?」

 

 いつものようにお酌をしてくれる二人である。

 まあ、違和感といえば、その引っ付き度というか、自分との距離が少しいつもより遠いくらいか。

 ん、待て。この話の流れ、どっかでというか、今朝も──

 

「ハク、ちょっと二人に近寄ってみて」

「何故」

「いいから」

「まあ……いいが」

 

 既に十分近い気もするが、後が怖いのでクオンの言う通り動くことにする。

 座ったままではあるが、二人のいる方へずりずりと後退し、手が触れあうような距離へと腰を落ち着ける。

 

「「……」」

 

 女性陣に浮かぶは、驚きの表情であった。

 

「二人が──照れてる!」

「そんな、まさか……」

「おお! そんな顔もできるのじゃな!」

「何だと!?」

 

 各々が言うことを確認するように二人の顔を見るも、そのような照れた様子は無い。

 先日抱きしめた時のような照れ顔は貴重である。再び見られるのであれば、と期待したのだが。

 

「照れてない」

「どうかなさいましたか? 主様」

「あれ? いや……おい、照れてないじゃないか」

 

 情操教育のなっていない双子に羞恥心が芽生えたのであればこれから先、あまりべたべたしなくなって対外的な目を気にしなくて済むと思っていたのだが、違ったようだと抗議の視線を向ける。

 しかし、自称女の勘が鋭いらしいクオンとアトゥイ、それに余り嘘をつかないルルティエは照れていたと主張を変えなかった。

 

「一瞬やったぇ」

「うん、一瞬俯いた」

「そう、ですね……一瞬だけ」

「照れてない」

「主様から求められることは私達にとって至上の喜びです」

「いや、でも照れて……」

「いつでもバッチコイ」

「照れていた訳ではありません。主様に求められれば自動的に体が火照るよう、主様から躾られているのです」

「おい! 人聞きの悪いこと言うな!」

 

 いくら照れ顔を自分以外に見られて調子が狂うといっても、主と慕っている者を犠牲にするなよ。

 

「あんなぁ、それを照れるっていうんやないけ?」

「言わない」

「照れている訳ではありません。発情しているだけです」

「そ、それは、もっと悪いかな!」

 

 彼女達のやりとりには口を挟まず、詰め込まれた食事を胃袋に落とすために多めに酒を飲む。

 

 しかし、と思う。ウルゥルとサラァナも女友達と喧嘩みたいなこともできるんだな、と。

 自分以外にも心を許せる相手がいる。それが、何だか嬉しく思い、先ほどの抗議も悪い感情を含んだものでは無かった。

 

 とりあえず、自分に矛先がいきそうな話はこれ以上するべきではない。

 クオンのことである。早朝ウルゥルとサラァナが言ったことをまだ気にしていて、こうして皆で鎌をかけ根掘り葉掘り聞き出そうとしているのだろう。

 

 強引に、別の話題へと話を変えた。

 

「そんなことより、ネコネはどこに行ったんだ?」

「ネコネ? あれ、そういえばいつの間にかいなくなってたかな」

「そうじゃな、オシュトルのところに行くと言っておった気もするのじゃ」

「オシュトルのところに?」

 

 嫌な予感がする。

 何かはわからないが、何かが起こる、そんな気がする。

 

 そして、その時は訪れた。

 

 おおおおっ、という男臭い歓声が先程の飲み比べ連中の元より聞こえた。

 何だ、誰かが豪胆な飲みっぷりでも発揮したのかと見やれば、そこには──

 

「おお、オシュトル殿の妹君が随分綺麗な服を着てまあ、別嬪だね」

「この帯もかなりの値打ちものだね。オシュトル殿の見立てかい?」

「うむ、本日の為に用意したのだ」

「あら~、ネコネ様とっても綺麗……」

「……」

 

 そこには、いつも通りの笑みを浮かべるオシュトルと、昼の宴の時よりも遥かに綺麗な服を身に纏うネコネの姿があった。

 皆が口々にその姿を褒めそやし、酒を掲げ、口笛を吹いてネコネを囲んでいる。

 

 なぜそんな姿を見せたかは知らんが、絶好の機会だぞとキウルを見れば、既に酒で酔い潰れ倒れ伏している姿を確認。相変わらず間の悪い奴である。

 

 皆から褒められ、照れたように顔を俯かせるネコネは、そのまま皆に囲まれながらこちらへとゆっくり歩いてくる。

 以前、エンナカムイで婚約の時に着たものだろうか。いや、その時より装飾は控えめであるが、身につける少ない装飾品でなお高貴な雰囲気を醸し出していた。自分の着ていた儀礼用大宮司の服と同じくらい高そうである。

 

「わぁ、ネコネ、可愛い!」

「うむ! 余の御用達だけはあるのお」

「聖上、その節は大変お世話になり申した」

「こんな秀麗な着物を頂き、ありがとうなのです。姫殿下」

「いいのじゃ! ネコネの働きはこのようなものでは返せぬ。これからもよろしく頼むのじゃ!」

 

 駆け寄るクオンの言葉に照れ乍ら、皇女さんに礼を言うオシュトルとネコネ。

 どうやら、皇女さんが一枚噛んでいたらしい。ネコネはその働きぶりからももっと役職を与えても良かったが、年齢が年齢だったからな。故にこうして服を賜ることにしたのだろう。

 

 そして、ネコネとオシュトルは自分の目の前で止まる。

 

「ハク、待たせたな」

「? あ、ああ」

「……」

 

 自信ありげな顔で佇むオシュトルと、殊更に頬を赤くして裾をぎゅっと掴んでいるネコネが、自分の何かを待っている。

 

「?」

「ハクよ、何かかける言葉があるだろう」

「あ、ああ、かわ──」

 

 可愛いと発言しようとして、トリコリさんの顔が思い浮かぶ。

 そういえば、御洒落している時は可愛いではなく綺麗がいいと聞いた。

 

「──綺麗だと思うよ」

「っ……」

 

 あれ、このやりとり、どこかで──

 その既視感が確信に変わろうとした思考は、オシュトルの大声でかき消された。

 

「皆の者! 今宵は真めでたい日である。帝都を奪還し、聖上と共に平和の礎を築き、遠くトゥスクルとの和平も成った!」

 

 こじんまりした集まりである。

 オシュトルの声はよく響き、ぱちぱちと皆がオシュトルの言葉に返すように酒交じりの歓声と拍手が返される。

 

「そして! この祝賀の宴を締めくくるに相応しい、特にめでたき縁を皆の者にお聞かせしよう!」

「……」

 

 オシュトルが皆の注目を集めた後、ぐっと唇を噛み締めているネコネに皆の視線が向かう。

 縁とは何の話だろうという疑問と、何かが変わる瞬間が迫っていることに、背筋がぞくりとする。

 

「さあ、ネコネ」

「みっ……!」

 

 オシュトルに優しく背を押され、ネコネはぐるぐるとした瞳でこちらを見た。

 視線が合うと、再び顔に血液を集め、猫のような唸り声を上げて自分への警戒度を上げ始める。

 

「う、うなぁ……!」

「ほら、ネコネ。大丈夫だ」

 

 オシュトルがネコネの背を支え、何事か耳元で囁く。すると、ネコネは覚悟を決めたようだ。

 呆けたままの自分へと、前に進み出た。

 

「け……」

「け?」

「け……け、け──結婚してあげても、いいのですよ!」

「……はい?」

 

 時が止まった。

 一拍置き、周囲の爆発的な歓声と拍手が場を支配した。

 

「ネコネ殿、第一夫人おめでとう!」

「いやぁ、新たな御家の誕生ってやつだねぇ!」

「総大将の妹君とありゃ、一番手は譲らざるをえんからのぉ」

 

 おっさん連中が自分のことのように笑みを浮かべ、自分とネコネをでかい拍手で祝福し始める。

 

「いやあ、おめでたいねえ。幸せになってほしいじゃない」

「おー、だんなとおじょうがけっこんか。おめでとうだぞ!」

「ふむ……以前の報告通り、やはりそっちの趣味であったか」

「まあ、そういうな兄者。あれはハクからというよりは……」

 

 いや、はいって返事をした訳じゃなくて、聞き返しただけなんだが。

 という抗議の声はもはや皆の酒が入って泡の詰まった耳には届かない。あのライコウも赤い頬で拍手など慣れない行為をし始めた。いや、あれはわかって嫌がらせしている可能性もあるが。

 

「ちょ、ちょっとま──」

「あ! で、でも浮気は絶対ダメなのです!」

「……へ? いや」

「へ、変態でダメダメのハクさんでも、その、今は駄目なのです、流石に、私も小さいですから」

「あの……ネコネさん?」

「私が、大きくなるまで我慢して、浮気せずにいられたら、その……結婚してあげてもいいのです!」

「……」

 

 もはや絶句である。

 ネコネにここまで言わせて、ここで結婚しませんなどと言えば、恥をかかされたと血祭確定である。

 自分は明日から大事な脛を失ってトゥスクルに永住することとなるだろう。

 

「ネコネが求めれば応える。言質は取った筈だぞ、ハクよ」

「なっ……」

 

 オシュトルは、これを計画していたのだろう。

 あの縁談の類も多分布石である。ネコネにあることないこと吹き込み、こうして皆の前で告白させる機会を作ったのだろう。

 周囲の雰囲気は最高潮である。そして、目の前のネコネも、何か覚悟を決めたように──

 

「どうなのですか? 私は、言ってやったのですよ」

「ね、ネコネ……」

「ハクさんが、浮気をせずに、私だけにするなら……私はいいのです」

「……」

「……んっ」

 

 ネコネは、目を瞑って何かを求める。

 その頬はこれまでと同様赤く染まっており、身長差を埋めるかの如く顎を上げている。そして、つき出すような唇はぷるぷると震えていた。

 

 ──死。

 

 死期を悟るというのはこういうことを言うのだろう。

 未だ喝采を送るのは、男連中とシノノンの声のみ。女性陣はすっと静かな様子で自分を見つめている。

 

 背中が、寒い。指先が震える。

 酒で温かくなった筈の体は、かつて経験した中で最も寒い状態に陥っている。雪の濃いクジュウリにて裸で過ごすよりも寒いと断言できるだろう。

 

 もはや、振り返ることすらできない。

 背中に感じる、どうするんだという視線と、目の前のネコネの接吻待ちの様子を比べ、どっちを選んでも自分の死期が近いことを悟ってしまった。

 この状況で助けてくれそうなマロロは──駄目だ、涎を垂らして幸せそうに寝てしまっている。

 

「ね、ネコネ──」

「ま、待つのじゃオシュトル! 余はこんなこと聞いてはおらぬぞ!」

 

 皇女さんの待った、がかかる。

 良かった。かつて婚約する時もこうして邪魔することに貢献してくれたのだ。いけいけぶち壊せと皇女さんを心から応援していると、オシュトルの厳しい声。

 

「しかし、聖上。これは、ネコネの純粋な気持ちなのです」

「んなっ……し、しかし!」

「かつての政略結婚ではありませぬ。全てはネコネの純粋な想い故……ただの兄として背中を押しているだけなのです。何卒、お許しを」

「……」

 

 オシュトルの言葉に唖然とする皇女さん。

 ネコネも接吻を求める姿勢を続けるのが恥ずかしかったのだろう。今は不安そうに皇女さんと自分を見つめている。

 

「ハクよ、ネコネの気持ちに応えてはくれぬか?」

 

 そうだそうだと、おっさん共から余計な野次が飛ぶ。

 ネコネへの、気持ち──か。

 

 かつてない真剣なオシュトルと、ネコネの恥ずかしそうな視線に、自分の思い出を振り返ろうと──

 

「──ネコやんが結婚するなら、ウチもお嫁さんに立候補するぇ!」

「な、ちょっと待て! 私も御家の後継ぎを産まねばならんのだ、私も立候補するぞ!」

「あ、あの、私もハクさまのお、およめ、さんに……」

「ルルティエ、もっと大きな声で!」

「ふむ、なればここは小生も……」

「うふふっ、なら、私も立候補しちゃいますね!」

「……私も、いえ……や、やっぱり何でもありません」

 

 思考の波を著しく乱す意味の分からない立候補が乱立する。

 唖然としているのは皇女さんだけではない、クオンもである。そしてそれを対岸の火事のように遠くで眺めるウルゥルとサラァナ。

 クオンが皆を制止しようと声をかけた時であった。

 

「ちょ、ちょっと皆……」

「だ、駄目じゃ! ハクは、余と、婚姻を結ぶのじゃからなッ!」

「んなっ!?」

「なぜ其方を大宮司にしたと思っておる! 余の傍に置くためぞ! ハクを他の者にはやらぬ! 余と結婚するのじゃ!」

 

 ここで更なる爆弾発言にざわめきが広がる。

 

 なにせ、腐っても聖上である。

 聖上が己の世継ぎの相手を指定するなど、ヤマトが揺れる程のとんでも発言なのである。このような場で成り行き任せに言っていい話ではない。

 

 早速、お断りの返答をする。

 

「いや、皇女さんは、ちょっと……」

「うむ。そうであろうそうであろう……ってなんでじゃ! 何故ネコネで悩んで余には神速で断るんじゃ!」

「いや、皇女さんは姪みたいなもんだし……」

「なああっ!? 本当の叔父ちゃんでは無いのじゃから、関係ないじゃろうが! 体形と歳を言っておるのなら余とネコネはそんなに変わらぬぞ!」

 

 いや、本当に姪みたいなもんなんだって。

 そう言いたいが、兄貴諸々関連を明かすことになるために、言えない。

 

 それに、皇女さんの自分と婚姻云々は多分、叔父ちゃんを取られたくないだけのただの我儘なのである。きちんと断っておかないと、後が怖い。

 

「なら、誰じゃ! 余を蹴って、誰を選ぶんじゃ!!」

「誰を選ぶったって……」

 

 周囲を見れば、興味津々に自分に目を向ける女性陣と、それを面白そうに酒の肴にしている男性陣。

 なぜ、こんなにも好意を向けられるのか。それは多分、一番付き合いが長いのも関係しているのだろう。そして、何故それに自分は応えられないのか、一番の要因は──

 

「いやいや、皆も縁談を断る理由で切羽詰まっているからって、自分と結婚するとか気軽に言わんでくれ」

「「「「え……?」」」」

 

 ──皆の気持ちは嬉しい。だが、だからこそ、応えられない。

 

 その場の勢いや悪ノリもあるだろうが──多分、本当に自分のどこかを好きになってくれたんだろう。

 

 しかし、ウォシスの件がまだ解決していないこともある。自分を好きだと公言するようなヒトがいれば、ウォシスにどう利用されるか判ったものではない。

 たとえクローンであっても、ウォシスは大いなる父そのもの。ウォシスに戦闘力が無くとも、その言霊でいくらでも強い奴に己への忠誠を強制できる。

 

 あくまでも自分に矛先が来なければ、いらぬ犠牲が増えるだけである。

 ウォシスや兄貴の件を解決するまでは、彼女達に応えることなど、夢のまた夢であるということだ。

 

 戸惑う女性陣に恍けたように言葉を続ける。

 

「え、縁談って?」

「違うのか? 地位の上がった皆のところにもひっきりなしに男からの縁談が来ているんだろう? 自分も色っぽい未亡人女性やら包容力のある大人の女性諸々から求婚されているし、そっちを断るためとはいえ、体の良い偽装結婚なんて協力せんぞ」

「「「「……」」」」

 

 とりあえず、自分が悪者になっておこうと、そう言った。

 酒も随分入っている冷静な思考ではない彼女達である。一発くらいは殴られる覚悟だったのだが、予想以上に女性陣の目が燃えていく。

 

 ──そうか、皆はそんなに自分のことを好きになってくれていたんだな。

 

 それを嬉しく思う。

 

 昼の宴と夜の宴は終わった。

 これから始まるであろう血の宴を想い、悲しい笑みを浮かべて己の体を彼女達に任せたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 一方、男連中の様子と言えば、血の宴が開催されている横で相も変わらず酒を楽しんでいた。

 

「いやあ、ハク殿は前途多難だねえ」

「ああ、漢の真意を教えてあげるのも野暮ってものだからね」

「可愛い嫉妬を受け止めるも旦那の役目じゃけえの。ハク殿は踏ん張りどころじゃて」

「くくっ、旦那も、嬢ちゃん達も、揃いも揃って照れ屋で不器用じゃない」

「まあ、鈍感なところも姉上の魅力ですからね」

 

 男臭い連中に混じり、黙々と酒を飲んでいたライコウが、なるほどと得心がいったように頷いている。

 

「どうした、兄者」

「何、長年疑問であったハクとネコネの婚約が上手くいかなかった原因がわかったのでな」

「そうか。これも喰え、美味いぞ」

「ああ、貰おう。しかし……あの時は信じられず奴を解任したが……あの者が言っていたことは、正しかったということか……」

 

 ライコウは、酒が少し入り赤くなった頬を隠すようにしながら、目を瞑って何事かを考えていた。

 

 オシュトルは、そんなめでたい男連中の宴と、阿鼻叫喚となった宴を見比べながら、ネコネの隣へと腰を下ろす。

 そして、少し悲し気にもそもそと料理を摘むネコネに謝罪した。

 

「すまなかったな、ネコネ」

「いいのですよ、兄さま」

 

 ネコネはそう言うが、ハクも決してネコネのことを嫌っている訳ではない筈である。それどころか好いているとまでオシュトルは思っていた。

 こうしてハクを応えざるを得ない状況に追いつめれば襤褸が出るかと思ったが、またハク特有の空気というか、周囲の横やりもあって有耶無耶にされてしまった。

 ハクの縁談が纏まりそうだとネコネに嘘をつき、焦燥感を与えた手前、己の不甲斐なさも感じていたのだ。

 

「それでも、無理に時機を指定した某に非がある」

「いいえ、兄さま。そんなこと無いのです。私の想いは……きちんと伝えられたのですから。それに……あえて誤魔化してくれたのですよ」

「? そうなのか?」

「はいなのです。ハクさんのことですから……全てが解決するまでは、誤魔化しておこうって魂胆なのです」

「む……」

 

 確かにありえる話であると、オシュトルは顎に手を当てて考えた。

 

 未だウォシスは捕えられていない。ハクは、あのライコウよりも奴を危険視している様子であった。そして、ウォシスの矛先が自分に向いていると確信しているようなのだ。

 ハクはそれが解決するまでは、皆の気持ちに応える訳にはいかないと思っているのかもしれない。

 

「本当に……不器用な人なのです」

「ふ、それが真であれば……そうであるな」

 

 ネコネの瞳には、ハクへの想いが翳った様子はない。ネコネは、随分ハクを信じているようだ。

 恋愛はよくわからぬが、ネコネが正しき人物を見定め、その者の全てを受け入れる覚悟があることが知れた。今宵は、それで満足することにしよう。

 

「……美味い」

 

 ネコネに注いでもらった酒にゆっくりと口をつけ、感想と共に深く息を吐く。

 オシュトルは、未だ怒りの収まらぬ女性陣にぼこぼこにされるハクを酒の肴に、その盃が空になるまで呑み続けたのだった。

 




後は、唯一気持ちを明かしていないクオンだけですね。
次回よりトゥスクル編、つまりは最終章です。ここまで長かった。

斬2発売までには完結させたいですね。(するとは言っていない)
気長にお待ちください。

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