【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第四十八話 愛するもの

 兄貴は何かを隠している。

 何を隠しているかはわからないが、自分にも言えない何かがある。

 

 何故そんなことに思い至ったかと言えば、皇女さんの天誅による怪我で動けず何もしない時間があったからかもしれない。

 

 そして、動けるようになってからの話であるが、ウルゥルとサラァナより、兄貴が仮面の初期化は難しいこと、しかし対策はできるとの言伝を貰った。

 話によれば、元となるデータは何も弄らず、膨大な情報量の中に僅かに狂わせる細工を含ませたに過ぎないので、見つけるのと対策を講じるのには時間がかかったようだ。

 

 初めは初期化できないことに絶望していたが、皇女さんがぶん殴ってくれたおかげで、トゥスクル行きが伸び、そのおかげで兄貴の解析と対策が間に合った。

 怪我の功名といったところか。

 

「本当は、初期化が一番安全策なんだがな……」

 

 仮面を外せないために、初期化は無理。となれば、自らの死は常に付き纏う。

 

 ライコウと繰り返し相談した策を実行するには、どうしても安全性だけが最後まで解決しなかった。

 抑制作用を付与する装置は、試用では上手くいっている。しかし、実際に戦えばどうなるか、未知数なのだ。

 演技が露見しないためにオシュトルに事前に相談仕切れないことも引っかかる。

 

 兄貴からあくまでも簡易的な対策であり、過信は禁物との言伝も貰っている。

 

 しかし──

 

 兄貴を襲ったかもしれない奴を、自分がトゥスクルに行っている間に野放しにしても良いものか。

 仮面の知識にも深く、帝である兄貴に近づき不意を打てる人物など限られる。

 

 しかし、兄貴がその名を言うことは無い。

 だからこそ──

 

「──犠牲は少ない方がいい」

 

 時間差で爆発する爆弾を抱えながら、帝都を空けること。トゥスクルに赴くことは恐ろしいことである。

 やはり、仮面を制御できる手段を得た今こそ、黒幕を炙り出すしかない。猶予は無いのだ。

 

 大筒や軍編関連等で定期的に来訪するライコウと、最後の打ち合わせを行う。

 

「……いいのだな?」

「ああ、オシュトルと、お前の策を信じる」

「……一度駒を動かせば、もはや止められぬ。わかっているな?」

「勿論だ。聖廟で……待つ」

 

 聖廟で仮面の力を解放し、オシュトルと一騎打ちする。そして、黒幕を炙り出す。

 ライコウは少し考える素振りをすると、その言葉を口にした。

 

「……なぜ、そう信じることができる?」

「ん?」

「どう駒が動くかもわからぬ……策が成就するかもわからぬ……それに己の命を賭けられる理由は何だ」

「……そうだな」

 

 難しいことを聞くものだ。

 友を信じるのに、理論的なことを持ちだして話をする必要があるのだろうか。

 しかし、ライコウは心底わからぬといったように聞いている。自分なりの答えくらいは言う必要があるだろう。

 

「……オシュトルやお前だからだな」

「何?」

「オシュトルなら、何とかしてくれるだろう。お前の策なら、何とかなるだろう。そんな気がするからだ」

「……答えになっていない気がするが」

「はは、そうだな……だが、最後に賭けるのは、そういう……言葉にできない何かじゃないのかね」

 

 ライコウは今まで考えたこともないように目を瞑って己の言葉を反芻しているようだった。

 そして再び目を開き、薄く笑った。

 

「俺は……不確定な要素も、勘も信じぬ……が、故に負けたとも言える……神頼みを信じる気は無いが、お前達なら信じてみてもいい」

「そりゃ、光栄だな」

「ああ、お前が死んでも、必ず後を継いでやろう」

「……縁起悪いこと言うなよ」

「縁起など俺は信じぬ」

「はは、そいつは頼りになる信条だ」

 

 そして、次の日の早朝。自分は再び皇女さんの元を失踪する。

 

 普段誰も入ることの無い聖廟より、眼下の帝都を眺めながら己の心の奥底を見つめる。

 

 自分に秘められた、自分でも気づき得なかった、寂しさ──

 兄貴、ホノカさん、チィちゃん、起きれば、世界は変わっていた。人は代わり、文化は代わり、自分だけが、まるでぽつんと世界に置き去りにされたかのように。

 

 しかし、と。

 夕闇の光に目を細め、想う──

 

 クオンが、手を引っ張って新しい世界を見せてくれた。

 オシュトルが、自分を友と認めてくれた。

 ネコネが、自分の脛を照れながら蹴ってきた。

 ウルゥルとサラァナが、自分を主と慕ってくれた。

 キウルが、自分を新たな兄貴として認めてくれた。

 ルルティエが、自分へ癒しをくれた。

 シスが、自分に愛を約束してくれた。

 マロロが、自分を友として頼ってくれた。

 アトゥイが、自分の飲み仲間となってくれた。

 ノスリが、自分の元気と活力をくれた。

 オウギが、自分の悪友となってくれた。

 ヤクトワルトが、自分に恩義を感じて従ってくれた。

 シノノンが、自分と気軽に遊び、慕ってくれた。

 ムネチカが、自分の前では天然ぶりを如何無く発揮した。

 フミルィルが、自分への天誅を増やす一因となった。

 エントゥアが、自分をいつまでも待つと言ってくれた。

 トリコリさんが、自分を家族であると認めてくれた。

 皇女さんが、自分を叔父ちゃんと慕ってくれた。

 

 それは、ほんの一瞬過った想いの筈だった。

 

 皆と、共に生きたい。皆と同じ──

 

「──天眼通の術、隠形にて起動。主様を見ています」

 

 大魚がかかったことを報せる伝令とほぼ同時に、背後よりオシュトルの声がする。

 

 自分の記憶は、そこで途切れた。

 仮面の力を解放しようと思わず精神を高め過ぎてしまった、己の暗部と願いを直接見過ぎてしまった。

 

 繰り返される暴走と冷静な思考。

 風景にもやがかかったかのように、いつの間にかオシュトルへ罵詈雑言を並べ、オシュトルに技を繰り出し、動揺したオシュトルの傷は増えていく。

 何とか止めようと、自分の唇を噛んで痛みを与え、己の激情を抑える。

 

「「主様!」」

 

 頭に直接響くウルゥルとサラァナの声がなければ、とっくに精神を壊していただろう。

 やはり、仮面は未知数。兄貴の施した抑制効果を超えて暴走してしまっている。

 

 オシュトルならば、自分に勝てる。

 ウルゥルとサラァナならば、自分の精神を保たせてくれる。

 ライコウとミカヅチならば、黒幕を引き擦りだしてくれる。

 

 自分にできるのは、もはや信頼だけである。

 

 そして、何度もオシュトルと剣を交え、血を吐き、炎を散らす中で、ある感覚が己の暴走を止めた。

 

 ──痛。

 

 刺し違うように、オシュトルの剣が腹を貫いている。

 それを見て、思わず綻ぶ口元。

 

「──ありがとう、オシュトル」

 

 オシュトルの肩を抱き、耳元で囁く。

 地から見上げるは眩しいほどの西日に照らされた悲し気なオシュトルの顔、そして視界の奥に見える闇に蠢く黒幕の姿。

 

 やっぱり、お前は、自分が信じた通りの漢だった。

 後は、自分が寝ていても勝手にやってくれるだろう。頼んだぜ──ライコウ、ミカヅチ。

 

 そこで、意識が無くなり──見慣れぬ医務室で目を覚ました。

 

「ここは……」

「「主様」」

「起きたか、アンちゃんよ」

 

 そこにいたのは、傍に座って自分を見つめるウルゥルサラァナと、同じように寝台に横になったオシュトルであった。

 

「オシュト……いてて」

「傷が開く」

「主様、まだ横になっていてください」

 

 傍に控えていたウルゥルとサラァナが、起き上がろうとした自分を再び横に寝かした。

 抵抗せずにそのまま横になり、そこで漸く実感したかのように深い息をついた。

 

「……生きてたか」

 

 策は何とか成就したようだ。

 確かめるように双子を見れば、目線を合わせて頷いてくれた。

 

「黒幕は、ウォシスだったか」

「はい」

「逃がしてしまいましたが……」

「それは、いいさ。後は兄──ま、まあ確認するだけだ」

 

 そういえば、オシュトルがいるんだったと、兄貴のことが漏れそうになるのを堪えた。

 そして、オシュトルに相談無しで色々やってしまった手前、多分怒っているだろうと謝罪する。

 

「ライコウから色々聞いているだろうが……オシュトルも、突然悪かったな」

「ああ、アンちゃん。こういうことは先に言ってくれなきゃ困るぜ」

 

 オシュトルより小言を貰うことはある程度想像していたが、やはりオシュトルの目には非難の色が混じっている。

 自分達以外に誰もいないこともあるだろうが、口調がウコンになっているのも感情が高ぶっているからだろう。

 

「すまん、怒ったか?」

「ああ……アンちゃんが、孤独で嘆いていたなんて知らなかった」

「こど……なに?」

「覚えてねえのか? 孤独だ、寂しいだ、色々言ってたぜ」

 

 確かめるようにウルゥルとサラァナを見る。

 双子は恭しく頷いた。

 

 孤独──か。おぼろげであるが、そんな理不尽なことをオシュトルに言ってしまったらしい。

 

「そうか……そんなことをな」

「ああ」

「悪かったな、オシュトル」

「全くだ。水くせえじゃねえか、アンちゃんよ……俺が保証する。アンちゃんは孤独なんかじゃねえ」

「……」

 

 オシュトルが憤慨しているのは、事前に相談していないことじゃなく、自分が言った諸々の言葉についてらしい。

 オシュトルは寝転ぶ自分へ諭す様に声をかけた。

 

「アンちゃんは──ネコネと婚姻を結んで俺の身内になるんだろ?」

「……は?」

「ネコネがアンちゃんの息子娘を何人も産めば、幸せ大家族だ。そうなりゃ、アンちゃんも孤独だ何だとはもう言わねえよな?」

 

 オシュトルは何に納得したのか知らんが腕を組んでうんうん勝手に頷いている。

 なぜそうなったのかわからないので双子にも視線を送れば、同じようにうんうん頷いていた。

 

「素敵な計画」

「私達も十人ずつ主様の後継ぎを出産する予定なので、大大家族ですね」

 

 かの有名なハンかよ。どんだけ自分のぐうたら遺伝子残すつもりなんだ。

 それに、そんなに沢山産んだら母体が無事じゃ済まないだろうが──って突っ込みどころもおかしい。突っ込むところはそこじゃない。

 痛む腹を抑えて声を荒げる。

 

「いやいや、どういうことだよ!」

「皆まで言うな。アンちゃんの心は、俺がしっかと理解したぜ……アンちゃんが寂しくねえように、傷が治ったらまずは宴だ! そして、ネコネとの婚姻をやり直そう!」

「お手伝いする」

「私達との婚姻も開いていただけると嬉しいです」

「ああ、勿論だぜ。鎖の巫女様の想いにもそろそろ応えてやんねえとな! アンちゃんよ!」

 

 嬉々として親指を立てて言うオシュトル。

 その笑みから覗く歯は白く煌き、怒りの感情の方がマシだったのではと思うほど、良くない方向へ舵を切ったことを理解させた。

 

「いやいや! ネコネに了承も取らんと何を……」

「ネコネなら大丈夫だ。後数年もすれば母上のような美人になるぞ」

「おい! 兄貴がそういうこと言っていいのか!?」

 

 そのわちゃわちゃとした場の空気を変えたのは、突然医務室に入ってきて、唖然としたように見舞い品の入った籠を落とすマロロであった。

 

「は、ハク殿!」

「お? よう、マロ……」

「し、心配したでおじゃるぅううう!」

「んぎゃああっ」

 

 マロの涙交じりの遠慮ない抱擁に己の体が悲鳴を上げる。

 

「ハク殿とオシュトル殿が刺客に襲われ戦ったと聞いて、マロは、マロは……!」

「何? 刺客と戦った?」

「? そう聞いたでおじゃるが……違うのでおじゃるか?」

 

 マロは鼻水だらけの顔でそう聞く。

 確認するようにオシュトルを見れば、不敵な笑み。なるほど、自分がそういった策をとったことを秘密にしてくれているわけだ。

 

「ま、まあ、そうね」

「あれほどの戦いを繰り広げたのでおじゃ。傷に負担の無いよう安静にしておくでおじゃ!」

 

 抱きしめられて痛いんだけれども。

 まあ、事前に皆に相談もなく心配をかけたのは本当なので、大人しくその痛みは享受する。

 

 皆の為だけでなく、兄貴の為にも動かねばならなかったのだ。

 皆に確認を取って策を拒否でもされ露見すれば、黒幕にどう害されるか。故に相談できる者は限られた。

 孤独だ何だと知られたくない胸の想いを知られて、オシュトルのように暴走されても困るしな。

 

「まあ、マロロ。アンちゃんは療養中だ。それくらいにして、後は宴で騒ごうや」

「そ、そうでおじゃるな! 何分立ち上げに忙しく大々的な宴すら開けておらんかったでおじゃるよ」

「ああ、そこでネコネとの婚姻も行う。マロロよ、滞り無く順調に進んでいるな?」

「勿論でおじゃ!」

 

 その話終わってなかったのかよ。

 どうせネコネか皇女さん辺りが否定しておじゃんになるだろう。そんなことよりも、宴を開くのであれば口を出したいこともある。

 

「なあ、婚姻は置いといて、酒は頼むぜ。大宮司って祭事担当なんだろう? 酒と料理は滅多に出ないものにしてくれよ」

「ふふ、ハク殿であればそう言うと思って、既にヤマトの職人に口聞きしているでおじゃるよ」

「おっ、そいつは楽しみだねえ」

 

 エンナカムイの時と違って、今回はライコウやミカヅチなども参加するだろう。

 今ここにはいないが、此度の策はあいつらにも世話になったことは確実なので、美味い酒で親睦を深めるのは必要なことだろう。

 個人的にも、ライコウが酔っているところは見てみたいし。

 

 そんなことを考えていれば、騒ぎを聞きつけた仲間たちが医務室に入ってきた。

 キウルやヤクトワルト、シノノンが、自分の姿を見て驚いたように目を見開き入って来る。定期的に仲間たちでここを見回っていたのだろう。

 

「ハクさん!」

「おっ、旦那が目を覚ましたじゃない!」

「みんなしんぱいしていたぞ、だんな」

「ああ、心配かけたな」

 

 そして、どこから聞きつけてきたのやら、遅れてクオンや、ネコネ、アトゥイ、ノスリ、オウギ、フミルィルや、ムネチカ、皇女さんなどがどやどやと入ってきた。

 

「傷はもう大丈夫?」

「良かったのです……」

「流石おにーさん、ちょっとやそっとじゃ死なないぇ」

「ハク! こういう時は私に声をかけて頼れ! 皆が心配していたのだぞ!」

「まあまあ、姉上。ハクさんもこうして無事な訳ですから」

「クーちゃんとっても心配して──あ、あら? 私の口を抑えようとしてどうしたのですか、クーちゃん?」

「ふむ、約束を反故にされたのかと小生は疑っていたが、杞憂であったようで何よりである。余り一人で無理めされるな、ハク殿」

「そうじゃ、ハク! 余の傍を離れたのは刺客と闘うためであったとはの! じゃが、ムネチカの言う通り無理をしてはいかんぞ!」

 

 狭い寝台の周囲を囲み、皆が卓球台で様々な角度から好き勝手に玉を打ちまくるかの如く、各々喋りたいことを喋り始める。

 そして、その騒ぎは美味そうな匂いによって更に拡大する。

 

「あっ……ハク様!?」

「ハクさま……! 起きられたのですね!」

「良かった……」

 

 シス、ルルティエ、エントゥアが、オシュトルやウルゥルサラァナ用に医務食を持ってきていた。

 自分が目を覚まし、わいわい仲間に囲まれている様子を見て、涙を堪えるかの如く笑顔を浮かべてくれた。

 

「あ、あの、これ……御粥です」

「おお、美味そうだな」

 

 多分、自分用は作っていなかったのだろう。

 だが、ルルティエは機転を利かせ、ウルゥルとサラァナ用の物を小皿に分けるようにして自分に差しだしてくれた。

 

「美味そうじゃの……」

「ふーふー」

「はい、あーんです。主様」

 

 はしたなく極大の腹の音を響かせる皇女さんと、すかさず自らの手柄のように匙で掬って自分に差し出すウルゥルとサラァナ。

 それに待ったをかけたのはクオンだった。

 

「あ、わ、私がやるかな! ハクは今治療中だし、そういうの私も得意だし!」

「要らない」

「私達がこの手のことを最も得意としています」

「待て、余がやってやるのじゃ。聖上より手ずから食べさせてもらう栄誉などあるまい!」

「ふむ、こういったことは小生もやってみたく存じまする」

「あ、なら私もしたいです~」

 

 ルルティエ達が作ったというのに、誰が食べさせるかで揉め始める女性陣。

 別に食べさせてもらわんでも自分で食べられるんだが、と助けを求めるようにシノノン含めた男性陣を見るが、そこにはにやにやと面白がる笑み。

 

「まったく、だんなはだらしがないな」

「旦那だからなあ」

「ハクさんですからね」

「ええ、ハクさんですから」

 

 謎の信頼を寄せられ、再び針の筵となる。

 女性陣を見れば、一触即発の危機。もはや木製小皿が砕けるかの如く力が入り、自分は視界にすら入ってない段階である。

 

 随分眠っていたようで、腹も減っている。早く食べたいのだが──

 

「……」

 

 と、オシュトルやマロロを見れば、皆に囲まれる自分を見て和やかな笑みを浮かべていた。

 その笑みの理由は何となくわかる。自分でも気恥ずかしい。

 

 ──皆と共に生きたい。

 

 その想いが仮面の思わぬ暴走を引き起こした。

 だが、その想いがあるから、こうして再び生きて皆と会えた。そんな気がする。

 

 そして、そんな世界を齎してくれたのは、ここにいるオシュトル。助けられたなと、心の中で礼を言う。

 皆に囲まれ、そんな感傷に浸っていた時だった。

 

「「「あっ……!」」」

「──あづゥ!!!」

 

 案の定、己を挟んで奪い合われる箸と小皿は皆の間で宙を舞い、己の傷を増やす一因となった。が、皆に秘密で色々やったのだ。

 これくらいは享受しようと、ヴライの炎みたく熱い出来立て料理で目蓋を焼いたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 宴は明日行われるらしい。

 

 大宮司であるからして自分も一枚噛んだ方がいいんだろうが、怪我を理由にマロロが肩代わりしてくれている。

 なので、少し動ける身となった自分としては、諸々今のうちに確認しておきたいことはある。

 

「──主様」

「お母様より、許可を頂きました」

「ああ」

 

 ホノカさんが、兄貴への道を開いてくれたようだ。

 あの後、オシュトル、ライコウやミカヅチと話も済ませ、黒幕ウォシスに対する懸念は大体浮き彫りになった。

 

 兄貴は何かを隠している。皆の為にも、兄貴の為にも、それを聞かねばならないのだ。

 ウルゥルサラァナ、そしてホノカさんに連れられ、再び聖廟地下深くの研究施設へ足を運んだ。

 

「兄貴……」

「おお、ハク……随分無茶をしたと聞いた……」

「まあな」

 

 変わらず液体の満ちたカプセルの中に漂い、弱弱しく微笑む兄貴。

 こんな状態で、仮面の細工への対策すら行ってくれたのだ。感謝しなくては。

 

「感情を昂らせすぎると少し暴走が勝っちまうから、抑制作用はもう少し多い方がいいかもな」

「そうか……増やす分には問題ない。直ぐに対処しよう」

 

 仮面の調整用に再び緑の閃光を顔に浴びた後である。

 さて、と本題に入った。

 

「黒幕は……ウォシスだった」

「……」

 

 その名を聞いても、さしたる動揺はない。

 だからこそ、確信してしまった。

 

「兄貴よ。あんたはいつも自分のことをこう評していたな……」

「?」

「妙に勘の鋭いところがあるくせに、都合の悪いことは見なかったことにしようとする──」

 

 かつて自分の記憶を呼び覚ますきっかけとなった台詞。

 兄貴はハッとした顔で己を見つめ、諦めたように溜息をついた。

 

「──お前に、そう諭されるとはな……」

「兄貴?」

「確かに、気づいていた……それだけは、言うまいと……その結果、お前に傷を増やすことを許してしまった余を、許してくれ」

「……やっぱり、兄弟だな」

「そうだな……唯一の家族に隠し事などできまいて……それを、忘れていたよ」

「ああ。観念して兄貴が知っていること、全部教えてくれよ」

 

 兄貴は、良いのですかというホノカさんの確認するような瞳を見つめ、僅かに頷く。

 

「ハクよ……どこまで、気づいておる?」

「ライコウから聞いた話じゃ、ウォシスのことについて分かった点が四つある」

「……して、それは?」

「一つは自分の暴走によって仲間が死ぬことを目的としていたらしい。二つ目は、マスターキーの存在を知っていること。三つ目は、動くなと命じればデコイは動けなくなること。そして、最後に、自分にしか同じような孤独は判らないと言っていたこと」

「……そうか」

「他にも、仮面の知識にも長けている。デコイを見下すような発言……」

「もう良い……」

 

 兄貴は悲し気な瞳で自分の言葉を遮り、首を振って眉を寄せた。

 しかし、待っていても兄貴の口から真実は出てこない。どう言うべきか、迷っているような感じであった。

 

「……」

 

 だからこそ、核心を突かねばならなかった。

 

「……皇女さんが、チィちゃん。ホノカさんが、義姉さん。ウォシスは──自分を模したのか?」

「……」

 

 重苦しい、沈黙。

 肯定かと思ったが、しかし、後に訪れたのは穏やかな否定。

 

「……違う」

「違う? じゃあ……」

「余は、この世界に自らの血族を新しく齎そうと思った時には……既に歳を取り過ぎた。故に、自然に子宝に恵まれることは無かった」

「……」

「余は、孤独に耐えられなかった……自分の生きた証を、誰に継がせることも無く……誰にも残せぬことが……故に、余の遺伝子を元にある存在を作った、それが──」

「ウォシス……兄貴の、クローン……」

 

 衝撃。薄々感じてはいた。しかし、それでも己の思考をがんと殴られたような衝撃があったのも事実である。

 大いなる父は、既に自分と兄貴の二人だけ。なのに、ライコウ達に聞けばウォシスの言葉と態度はさも選ばれた人間であるかの如く振る舞っていたそうだ。だからこその違和感。

 

 自らがクローンであると知っていれば、そのような態度を取ることは無い。つまり──

 

「──言ってないんだな……ウォシスに」

「ああ……たとえクローンであっても、我が子のように愛していた。ホノカと共に……親子として愛を育んできたのだ」

「……」

 

 であれば、ウォシスの態度は何故なのだろうか。

 愛を育んできたといっても、ウォシスには過度な復讐の意志が芽生えていた。その疑問を呈する。

 

「自分を目の敵にするのは?」

「それは……」

「?」

「ウォシスには、人類の過去、その全てを教えてきた。余の後を継ぐため、大いなる父の遺産を継ぐため……しかし」

「っ……成程、自分が現れたってことか」

 

 そりゃ、遺産を継ぐ気満々だったのに、急に知らん兄ちゃんが横取りしようとしたら切れるよな。

 

「いや、それもあるが……最も大きな理由はそうではない」

 

 兄貴は、ホノカさんの方へ手を伸ばすように、カプセルに手を添えた。

 ホノカさんも、それに呼応するかの如くカプセル越しに手を重ねる。

 

「……心の底から、愛していたのだ……本当の、息子のように……」

「……我が君」

「だからこそ、優しい性根を持つあの子を、遺産を継ぐためだけに生かすことに何の意味があろうかと……余は、余の生きてきた意味を、息子に勝手に背負わせようとしただけなのだと……そう、己を戒めたのだ」

「なるほどな……」

 

 勝手にクローン作って、勝手に遺産を継げと言って、それは今まで軽蔑してきた人類の負の側面そのものである。

 兄貴は、命を作ってしまった後で、その虚しさに気づいちまったんだろうなあ。

 

「ウォシスが歪んだのは、お前が悪いわけではない……全ては余の言葉足らずが原因……だが、あの子が自分の本当の子でないなど、そのようなことを告げられる親がいるものか」

「……」

 

 ホノカさんが悲しそうに、しかし自らでは兄貴を慰めることはできないと思ったのか、その顔を伏せた。

 

「軽蔑してくれ。命を弄び、尚責任も取れぬ愚かな親だと……そう罵ってくれて構わん」

 

 そんな兄貴の弱弱しい言葉を受け、自分は兄貴を元気づけるように否定する。

 そして、ある意味安心したと、笑みを浮かべて本心を告げる。

 

「そんなことしないさ……兄貴は相変わらず、優しい奴だったと安心しただけだ」

「……ハク」

 

 涙を堪えるように、兄貴は目を瞑る。

 ホノカさんも、自分の言葉に安心したのだろう。こちらに向けて、にこりと穏やかな笑みを浮かべた。

 

 義姉さんも、きっと兄貴のそんなところに惚れたんだろうなあと思う。

 兄貴は、いつまでたっても愛に深く、眩しい存在だった。

 

「ウォシスが息子……つまり、兄貴と、ホノカさんが夫婦ってことか?」

「あ、ああ……そういう、ことにしておった」

「そいつは、お似合いだな」

「あ、あら……まあ……」

 

 カプセル越しに瞳を交わして照れる夫婦。

 兄貴との仲を揶揄うとああやって頬に手を当てて照れていた。本当に、義姉さんそっくりだ。

 

「ただ、ウォシスはただの八柱将だっただろう。今はどういう扱いなんだ?」

「余の後を継ぐ必要はないと……ハクに継がせると言って、戸籍も新たなものを用意した」

 

 その辺が、言葉足らずの弊害から来る誤解なんだろうな。

 

「そうか……まあ、わかった。ウォシスがああやってマスターキーや遺産を継ぐのに躍起になっているのは、あいつが兄貴の──父の願いを叶えようとしている優しい奴だったってことだな」

「……む」

 

 戸惑うように兄貴は口を噤む。

 わかっているさ。優しいからといって、デコイにあのような態度を取ることは許されない。兄貴が後悔した筈の、命を弄ぶ行為を手段にしてしまっているのだ。誰かが止めなければならない。

 それは、兄貴の願いに最も反することなのだから。

 

「お優しい兄貴に代わって、そいつは間違っているぞってぶん殴ってきてやる。自分はウォシスの叔父になるんだろ?」

「ま、まあ、そういうことになるかの……」

「なら、嫌われ教育係は叔父ちゃんに任せとけ」

「ヒロシ……」

「いや、誰だよ」

 

 ここでヒロシネタを入れなくていいから。

 兄貴は愛情深いのに、なんで弟の元の名前を度忘れするんだ。ウォシスよりも愛が薄いのか。

 

「ふふ……ありがとうございます、ハク様」

「ああ、兄貴のところに連れてきて、じっくり話をしろって突き出してやる」

「しかし……余はウォシスに」

 

 クローンであることを告げられないんだろう。それはわかる。

 だが、もっと大事な、伝えなければならないことは他にあるのだ。

 

「別に、クローンであることを言えって言っている訳じゃないさ。愛しているんだろう?」

「……そう、じゃな」

「なら、そいつを言えばいい。ホノカさんと一緒にな」

 

 兄貴は、ちらと困ったようにホノカさんを見る。

 ホノカさんは、兄貴に対して優しく微笑を返していた。

 

 兄貴は暫く迷った末に、やがて口を開いた。

 懺悔するかのような声色で、ホノカさんに問う。

 

「……余は思うよ、余の大罪を……そうあるべきと、それしかないと作った存在が、その通り動き、生きてしまうことが」

「……我が君」

「余は、ウォシスに愛を語る資格があるのか? ホノカよ……」

「……たとえ、造られていたのだとしても……私の愛する気持ちは変わりません。たった一つの……大切な、私の本当の気持ちなのですから」

「ホノカ……」

「我が君……」

「……」

 

 なんか──急にいちゃいちゃしだして気まずいんだけれども。

 ウルゥルとサラァナも参考にするかの如くじっとその問答を見つめているし。無言で見つめ合う二人を前に手を挙げる。

 

「あの……いちゃいちゃするなら、自分達が帰ってからにしてくれるか?」

「お、おお、すまん……ヒロシ」

「だから誰だよ!」

「ふふ……」

 

 くすくすと笑うホノカさんと穏やかな笑みを見せる兄貴の姿を見て、懐かしいような、そうでないような、昔のような間柄に戻って、嬉しい。

 本物の義姉さんではないとしても、確かにホノカさんはそこに生きて、確かにそこに愛はあるのだ。

 

 ただ、ウォシスを捕えるに当たって聞いておかねばならないことはまだある。

 

「ああ、そうだ、ウォシスの言霊にはどう対処したらいい?」

「言霊は大いなる父特有のもの……お前には効かぬ。逆を言えば、お前の言葉ならば皆を動かすこともできる」

「言霊を上書きしろってことか」

「うむ……そういうことだ」

「まあ、命令するのは好きじゃないが……仕方ないな。了解した」

 

 聞きたいことは聞け、これからやるべきことも決まった。

 ウォシスに先んじられないよう、後はトゥスクルに赴いてマスターキーを手に入れるだけだ。

 

 そう思って帰ろうとした意志を感じ取ったのだろう。

 ホノカさんが最後に自分に伝えたいことがあると言ったように自分の名を呼んだ。

 

「ハク様……」

「ん?」

「大いなる意志が、貴方を待っています」

「? すまん、それは……どういう意味だ?」

「何故かはわかりませんが……本来の運命から大きく逸れています。しかし……その揺り返しが来ないとも限りません。十分にお気をつけて」

 

 大いなる意志についてはよく知らんが、とりあえず気をつけてということか。

 

「……まあ、わかった。ホノカさんもあんまり兄貴といちゃいちゃし過ぎてウォシスに怒られんよう気を付けてな」

「あ、ふふ……そ、そうですね……」

「ハク、気をつけるのじゃ……必ず、ここへ戻ってこい」

「ああ、任せとけ」

 

 背にかけられる言葉に後ろ手で返事をしながら、ウルゥルサラァナと共にその場を後にしたのだった。

 

 その帰り道のことである。

 付従うようにウルゥルとサラァナが、羨ましそうにぼそりと呟いた。

 

「成就」

「お母様の愛が、ようやく主上へと届き得たのですね」

「ん……?」

 

 危険な術を行使している道中の為、元々自分に体を寄せていた二人であるが、さらに腕を抱くようすっと身を寄せてきた。

 

「どうした?」

「「……」」

 

 無言で肩に頬を寄せる二人。

 何だか、歩きにくい。

 

「お疲れ」

「着きました、主様」

 

 靄のかかった廊下を抜ければ、そこは、元の医務室ではなく久々の宮廷内の自室であった。

 

「あれ? ここに来たのか」

「「主様」」

「ん?」

 

 そこで、ウルゥルとサラァナは二人潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

 その今までにない得も知れぬ様子に、思わずどきりと胸を高鳴らせた。

 

「ど、どうした?」

「知ってほしい」

「主様に、私達がなぜ永遠の忠誠を向けるのかを」

 

 そういえば、二人が自分につき従う理由を深く聞いたことは無かった。

 兄貴がそうあるべしと作ったからだと思っていたが、そうではないのだろうか。

 

「ん、まあ……いいが」

 

 別に他に急ぐ用もない。

 

 畳にどかりと腰を下ろし、二人にも促す。

 ちょこんと目の前に正座し、ウルゥルとサラァナは交互に話し始めた。

 

「私達は……お母様を継ぐもの」

「片方は次代の為の新たな子を産み、もう片方は大宮司の記憶と意思を継承し、新たな大宮司として主上を支える役目を担います」

「記憶の継承……?」

 

 まさか、記憶の転写と人格融合か。

 兄貴のあの後悔の色は、その辺りも含まれているのだろう。わざわざ戻って非難するつもりもないが、随分と孤独に耐えかねて色々やってしまったらしい。

 

「永遠に終わらない」

「主様が見つかるまで、輪廻となって永い永い時を紡いできました」

「待て、片方がってことは……ホノカさんは」

「叔母」

「私達を産んでくれた母は幼い頃に亡くなりました」

 

 そういうことだったのか。

 鎖の巫女は大きな力に対する対抗策としての種族であることは聞いていた。

 それを繋ぐために、兄貴の傍でずっとそれを繰り返してきた種族ということなのか。

 

「続く筈だった」

「私達のどちらかが、お母様と融合し、どちらかが次代を育む、その筈でした」

「主様が現れた」

「主様こそが、巡り合ったこの方こそが、私達の我が君なのだと」

「……それは、お前達の意志なのか?」

 

 絶対服従、機械的にとまではいかなくとも、自分の言うことに逆らったことは無い。

 そうあるべしと、正しく兄貴が作ったのではないのか。

 

「主上は、主様を後継者に選んだ」

「そして、これからは主様に仕えるように仰いました」

「……そうか」

 

 やはり、兄貴の言葉が彼女たちを縛っている。

 そう感じたのだが、それを否定するように双子は首を振った。

 

「お母様は自らのことのように祝福してくれました。主様と結ばれますようにと」

「私達の為」

「とても嬉しそうに、彼は私達を永劫の輪廻の檻から解放出来るお方だと、そう語ってくださいました」

 

 兄貴だけでなく、ホノカさんもそう語る。

 双子の意志はますます無いように思ったのだが、二人はそんなことが言いたい訳ではなかったようだ。

 熱っぽい声で、自らの想いを語った。

 

「出会った時、わかった」

「私達は、主様の為だけに産まれてきたのだと」

「何?」

 

 あの外套を被って自分の周りをちょろちょろしていた頃のことだろうか。

 

「胸が締め付けられた」

「胸が高鳴り、顔が火照りました。主様と会うごとに、その想いは深く深く募っていきました」

「うたわれるもの」

「この方こそが──と」

「必然」

「たとえ、主上やお母様の言葉が無くとも、私達はいつか主様の元に馳せ参じたことでしょう」

「……」

 

 兄貴の孤独、愛、歴史、その全てを継いで来た者。

 その終わりが、彼女達。つまり──

 

「──自由になった、ってことか」

「そうとも言う」

「私達は、何に縛られている訳でもありません。主上やお母様の言葉はあくまできっかけに過ぎません」

「主様だから」

「ただ主様にお仕えしたく、御側に置いていただいているだけなのです」

「……そうか」

 

 どうして自分なんかに尽くしてくれるのかわからなかったが、そういうことだったのか。

 縛られていたのは、過去の彼女たち。

 自分はその楔から解き放った存在なんだと、そう思ってくれていたんだな。

 

 だが、そうであるならば、自分からも伝えたいことはある。

 

「……ありがとうな」

「「?」」

 

 礼を言われる意味が分からなかったのだろう。

 ウルゥルとサラァナはきょとんとしたように首を傾げた。

 

「もう自由の身なのに……自分なんぞに仕えてくれて、ありがとうな」

「「……主様」」

 

 二人には、随分と無茶をさせてきた。

 彼女たちがいなければ、自分も、仲間もとうに死んでいただろう。

 

 もはや自由の身でありながら、そこまで献身的に誰かへ尽くすことができるだろうか。

 もし自分ならば、全て放り出してその辺の草原で寝っ転がって惰眠を貪るところだ。

 

 そう思えば、自分は何も彼女たちに返せていない気がした。

 愛しく感じた相手にその礼を伝える方法は、言葉だけではない。

 

 故に──初めて自分から彼女達を抱きしめた。

 

「「……」」

「ははっ、お前達でも照れることがあるんだな」

 

 珍しいものを見ることができた気がする。

 この二人が戸惑うように、揃って薄く頬を染めて俯く姿など、今まで見たことが無かった。

 

「……不意打ち」

「主様はお人が悪いです……まさか、主様からそんな」

 

 消え入りそうな声で呟く二人の肩を更に包み込むように抱き、傍に寄せる。

 

「あんがとよ……今まで二人がいてくれたおかげで、自分も嬉しかったよ」

「「……」」

 

 なすがままである二人の髪から覗く耳元は赤く染まり、唇を噛んで体を震わせている。

 喜んでくれたようだ。

 

 襖から覗く外の光を見ればもう薄暗い。

 飯時ではあるが、今は身を縮こまらせて固くなった二人への礼を尽くそうと、ぎゅっと二人の体を強く抱きしめたのだった。

 




この作品は、R15です。

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