【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第四十六話 不安になるもの

 宮廷、皇女さんの自室にて、自分は眠れぬ夜を過ごしていた。

 

「……すぅすぅ」

「はぁ……ようやく寝たか」

 

 大宮司、それは聖上──皇女さんの御側付としても常に付従い、その職務の補佐をすること。

 

 以前よりも仕事量は大幅に減ったとはいえども、オシュトルだけでは判断しにくいこともある。ライコウがいらん仕事を持ってくるのは変わらない。特に大筒関連とか、技術革新系のものに関しては積極的に持ってくるので忙しいことには変わりない。

 

 その上で、今は皇女さんを朝昼晩子守りまでしているのだ。自室に帰ったのは叙任式以降一度も無い。

 

 なぜ自室に帰る間すら無いかというと、大宮司であるホノカさんが帝である兄貴に常に付従っていたことに起因する。

 そう、言葉通り──常に、である。その職務だけではない、食事、睡眠までも一緒に取っていたのだ。皇女さんは自分にもその慣例に倣って常に付従えというのが、大宮司としての最初の命となってしまった。

 叙任式をすっぽかし、また皇女さんの天誅を受けて未だ傷が治らない身としては、従う他ない。それに何故、その慣例に倣ってまで自分を拘束するのか、その理由を聞いてしまったからには、皇女さんの傍を離れようとは思えなかった。

 その理由とは──

 

「──不安だから、ってなあ」

 

 皇女さんより天誅を賜れた後、意識が目覚めるまで皇女さん自身が甲斐甲斐しく看病したらしい。その後目覚めると、皇女さんらしくもなく自分がいないことに極度の不安を感じたと言う。

 叙任式をすっぽかしたのは兄貴に会っていただけなのだが、その理由も話せない。言い訳もしない自分を見て、皇女さんにとってはもう自分を見限ったというか、自分が風に飛ばされたかの如くふわりと消えてしまうような感覚に陥ったそうである。

 

「今日は悪夢を見ていないのかね……」

「すぅすぅ……」

 

 今日の寝相は良さそうだ。

 最近皇女さんと一緒になって寝ることが多いからか、チィちゃんの夢やかつて研究者として過ごしていた自分をよく思い出す。引きこもりがちではあったが、孤独な時代ではない。頼れる兄貴も、焦がれたホノカさんも、自分について回るチィちゃんも、皆がいた時代。人が人らしく過ごしていた時代を思い出し、夢見はそう悪くは無かった。ただ──

 

 いつもの皇女さんはもう少し苦しそうな表情を浮かべていることが多い。その時は自分が塩となって消えて無くなる悪夢を見ることが多いらしく、内容に呼応して未だしっかりと抱きしめられている背中がばきぼきと悲鳴を上げることが多い。

 

「ん……」

 

 絶対に逃がさぬ、余の傍に居続けるのじゃ──と涙ながらに、そう言われてしまった。

 

「……だからといってなあ」

 

 足元を動かせば、じゃら、と重い感覚──ここまでせんでも。

 自分の言葉を信用することなく、こうした不安や嫉妬を形にされてしまっている。奴隷大宮司なんて不名誉な仇名が広まる前に何とかしてほしいが、聖上に物申せるのは自分以外にはムネチカくらいである。そのムネチカも叙任式をすっぽかしたこと自体を許した訳ではない。罰として暫く自分が職務から逃げないのであれば、と許容してしまっている。

 

 と、憂鬱に溜息などついていれば、皇女さんが一転苦悶の表情を浮かべ続けている。

 

「ハク……それは駄目じゃ……! その力を使っては……」

「……大丈夫さ、ここにいる」

 

 またか。今日は大丈夫かと思えば、そうでもなかったらしい。

 自分の消える悪夢を見て寝言を言っているのだろう。胸元で震える皇女さんを抱きしめ、頭を撫でる。

 すると、少し表情が和らぐ。安心して自分も眠れると目を閉じると、再び魘される皇女さんの声。

 

「むぅ……」

「ア゛ッ……!?」

 

 頭を撫でるくらいでは、満足いかないらしい。

 背に回された手がだんだん力を帯びて来る。兄貴よ、いくら自分の娘のクローンであるとしても力加減の調整を間違えてないか。

 

「こ、ここにいる。ここにいるぞ、皇女さん、アンジュ、アン……んぐォ……!」

「……ハク……叔父ちゃん……!」

「あづづ……チ、チィちゃん。叔父ちゃんはここだ、頼む、力を緩めてくれ」

「……」

 

 痛みに噴き出る汗を拭い、何度も耳元で囁き、頭を撫で、背を撫で、そこでようやく緩む。

 この繰り返しである。いかに不安といえども、ここまで取り乱す様子は今までにない。

 まあ、添い寝したことは以前決戦前の一度くらいであるので、昔からこのような癖はあったのかもしれないが。

 

 それにしたって、皇女さんはもう子どもではない。

 自分としては、皇女さんは姪みたいなもんなので気にしていないが、皇女さんにとって自分は何なのだろうか。兄貴がいない家族愛を向けているのか、それとも自分に危機が迫っている前触れなのか──

 

「んん……」

「おほッ゛……!!」

 

 ぎりぎりと締め付けられ呼吸が苦しい。

 眠れぬ夜はまだまだ続きそうである。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トゥスクルの女皇が来訪したらしい。

 らしいと言うのは、自分は早朝寝ぼけていた皇女さんによる寝相の悪さと悪夢の二重の攻撃を受けたことで背骨が悲鳴を上げ、その後の記憶が無いのだ。

 

 後々オシュトルに聞けば、どうやら案の一つだった移民政策と大使区の策に興味を示してくれたらしく、良い落とし所に落ちつけられたらしい。

 まあ一悶着あったようで議事録は頑なに見せてくれなかったが、オシュトルが言うのであればそうなんだろう。

 

「しかし、鎖は無いとはいえ、安住の地が厠だけとはね……」

 

 歩くたびにじゃらじゃら鳴って嫌だったのだが、オシュトルが皇女さんへ嘆願してくれたおかげか、鎖は外して貰ったので身軽である。しかし、自由の身になったわけではない。

 相も変わらず御側付であることは変わりなく、一緒でないのは、ここ厠か風呂くらいである。

 まあ実は、皇女さんは風呂に関して一緒に入ろうとしたのだが、流石にそれはとムネチカが止めていた。小生にも経験が無いのですぞと言いながら迫る様子は、こっちも震える程に怖かったな。

 

「さて、どうするか……」

 

 怪我によって腹が緩いと厠に引きこもり、鎖の痕が痒いと長風呂するなど嘘をつき、こうしてできた皇女さんの監視から逃れる僅かな時間。自分の抱える爆弾のためにも、こうして考えたり誰かに会ったりするための時間は自分には必要であった。

 

「しかし、大宮司か……」

 

 自分としては大宮司なんて役職は褒美でも何でもないんだが、それを言えばまた皇女さんを不安にさせてしまうだろう。

 

「それだけじゃなく、親善大使までなあ……」

 

 自分の身分は人質扱いからは解放されたものの、大使区と移民政策による文化交流担当の親善大使をしなければならなくなったらしい。

 移民政策諸々が、戦争の足掛かり的な目的ではないことを証明し、相手を納得させなければならないため、自らトゥスクルに赴きこの政策の意義と具体的な形について向こうさんと話をつけなければならなくなった。

 

「……ま、渡りに船でもあるがな」

 

 トゥスクルの如何なる地に区を設けるか適した場所を探すという名目もある。そちらの件は、マスターキーを探すための口実に使えるため、その間色々見て動き回れそうである。

 

「ほんとは……クオン達とこっそり行きたかったんだがな」

 

 そう、自分としては、人質の件さえ解消すれば、こっそり行こうと考えていたのだ。

 その思惑が皇女さんに天誅を喰らって、背骨を曲げられ治療に費やしたことでズレてしまった。

 クオンと気軽に見て回りたかったが、向こうの女皇さんが熱烈に自分を指定したと言うならそれも難しいだろう。

 

 そして、その日程がずれたことによって、もう一つの懸念点が浮き彫りになった。それは──

 

「「──主様」」

 

 厠の戸の向こうから、ウルゥルとサラァナからの言伝が聞こえてきた。

 ここ、男子用なんだが、関係なく入ってくるのね。まあ、皇女さんに聞かれるわけにはいかんので、いいんだが。

 

「……どうだった?」

「調整不可」

「……一度外さなければ、初期化する術は無いそうです」

「そうか、やっぱりな……」

 

 仮面を外せない者には死刑宣告に等しい。半ば諦めていたとは言え、兄貴の口からそこまで言わせるとはな。

 影に蠢く何者かは、兄貴の対策すらもしていたと見える。

 

「そうか……なら、時間の問題か」

「……危険」

「私達の力を使えば……」

「犠牲は少ない方がいい。だろう?」

「「……御心のままに」」

 

 ──皇女さんよ、すまんな。

 皇女さんはきっと、このことを予見していたんだろう。

 以前より抱えていた懸念、それは現実のものとなる。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 早朝のことであった。

 大宮司ハクが双子の巫女を伴い再び逃げたという伝令が入った。

 

 その時の聖上は見たこともないような取り乱しようであったと、二度と会えぬかの如く悲痛な表情で叫び、伝令を走らせていたと後に語られたという。

 

 それからというもの再び捜索隊が組まれ、仲間の皆が再び帝都周辺へとハク探しに向かう中、某は総大将としての職務に一人追われていた。

 

 そしてマロロとある程度職務を兼任しながらも時間は過ぎ、既に夕刻である。

 

「未だ、ハクは見つからず……か」

 

 聖上の心情慮ればハクを捕え、付き出す必要があるだろう。しかし、ここ最近の拘束されようは異質でもあった。ハクが嫌になって逃げだしたのもわかる。

 

 しかし、ハクが逃走を図る原因を作ったのは某も同じである。無理やり大宮司に任命したこと、トゥスクルへの大使に任じたことなど、責任は大きい。

 故に、ハクは何もしなくても良いよう、大宮司の仕事をある程度振り分けられるよう文官を配置したり、使者として赴いた際には副大使にほぼ全て任せられるよう優秀な人材を育成したりと、ハクへの償いをしようとも考えていた。

 

 逃げさえしなければ、ほぼ休暇旅行であるからして気軽に行って欲しいと頼むつもりであったのだ。

 誰に捕まるかは予想できぬが、聖上より再びの天誅を賜った後はそのことを伝えれば良かろう。

 

「物見からの伝令であります。オシュトル様」

「如何した」

「聖廟頂上にて、ハク様らしき方がいるとのことです」

「ふむ……何故そのようなところに……」

 

 聖廟か──あそこは一般兵が易々と入れる場所ではない。

 帝都宮廷の上座にある巨大な建築物であり、國の祭事の中心となっている場である。普段ヒトの入らぬ無人の場ではあるが、総大将である自分ぐらいしか、気軽には入れぬ。

 ハクのことだ、逃げたフリをして警戒が薄れる時間帯まで隠れようとしたのかもしれぬ。その一時的な隠れ場所として適切であると考えたのだろう。

 

「あいわかった。某が行こう」

「はっ」

 

 先程考えていた、ハクは何もしなくとも良いという言葉を伝えれば、大人しく投降してくれるであろうか。他の者に見つかり、特に聖上に発見され騒ぎが大きくなる前に某で事を収めねばなるまい。

 

 最近とかく多くなった己の周囲をうろつく刺客に備え剣を腰に携えた後、執務室を出た。

 

「……ふむ?」

 

 そういえば、と思う。

 

 ──物見は何故聖廟にいることに気付いたのだろうか。

 

 あのような場所は巡回路ではない。

 その僅かな違和感を抱えながらも長い階段を一段一段と登り、この帝都で最も高い場所へと辿り着く。

 

 聖廟は見晴らし良くこの帝都の全てが見渡せる場所である。

 ざあざあと吹き抜ける風が頬を打ち、西日が目に痛いほどに場を照らしている中、確かにらしき後姿はそこにあった。

 

「また逃げたのか、ハク。聖上が大層お怒りである」

「……」

 

 登った先、ハクは聖廟端の崖から地上を見下ろすかの如く背を向けていた。

 声をかけるも、某の方に顔を向けることは無い。

 

「……ハク? どうしたのだ?」

 

 再び声をかけるも、返事は無い。

 そこで、違和感に気付いた。ハクの背には普段持ち歩かぬ長巻を携え、手元には手甲を身につけている。

 はて、調練の後にここへ赴いたのかと思い首を傾げるも、ハクから普段発せられることの無い覚えのない圧が、某の歩みを止めた。

 

「……ハク?」

「……」

 

 再三その名を呼んだ後、ハクは漸く気づいたのか、背を向けたまま某の名を呼んだ。

 

「その声、オシュトルか」

「……ハク?」

 

 違和感が、圧が、某に警鐘を鳴らしている。仕事が嫌で逃げた筈、何故、このように暗い声で、堂々とした態度であるのか。

 

「……ここに来たのが、お前でよかった」

「……? どういう、ことであるか」

 

 ハクは傾いた陽の方へと顔を僅かに傾ける。

 陽光に照らされたその表情は読めず、またヴライの仮面がその光に応えるかの如く煌き、某の視界を奪った。

 

「オシュトルよ。結局……自分は一度も、お前に勝てなかったな」

「? あ、ああ……」

 

 かつて幾度となく繰り返した調練の話をしているのだろう。

 初期と比べればハクはかなり強くなった。その度合いは高く、某でもヒヤリとすることも多い。しかし、某にも一日の長があり早々には負けられぬと本気を出す故に、未だ打ち合いで負けたことは無い。

 それを、何故今言うのか──

 

「お前は良いよなぁ……自分と違って、ヒトの輪の中で──偽りの仮面を被る必要も無い」

「? 偽り? 何を──」

「──オシュトルよ。お前と違って、自分はどこまでいっても余所者さ……どれだけ功績をあげようが、どれだけ愛を囁かれようが、孤独だ……今なら──の気持ちが痛いほどにわかる」

 

 ハクの心情の吐露なのだろうか。

 孤独──しかし、ハクの言は真違和感のあるものであった。常に周囲に人を寄せ、孤独とは無縁の筈のハクの心中がそれであるのか。それは、某にとって意外な話であった。

 

 誰からも惹かれ、愛され、憧れられるハクの孤独とは──

 

「孤独……何を言っているのだ、ハク。皆其方についてきたのであろう」

「……」

 

 本心からそう言うも、ハクの体は動かぬ。

 疲労からくる弱気であろうか、仕事をしたくないと言いながらも色々な責任を押し付けたのだ。裏切られたと感じたのかもしれぬ。

 

「仕事を与えすぎたことを非難しているのだな……すまぬ。其方の気持ちを考えてはいなかったことを謝罪しよう。実はその償いも兼ねて、其方に休暇を与えるつもりで動いていたのだ」

「……そういうことじゃないんだ、オシュトル。お前にはわからんさ」

「某には、わからぬ?」

 

 お前にはわからぬ──友として接してきた者を突き離すような言葉である。

 このような冷たい言葉を吐く男ではない。しかし友としての勘が、ハクは嘘などついていないと理解する。

 ハクは、本心で、言っているのだ。何故──

 

「誰にも自分の気持ちはわからんさ。もはや、自分にすらも……この仮面から生まれる声に身を任せれば、楽になる気がする程に……」

 

 消え入りそうな声で呟くハクに、尋常でないものを感じる。

 とてつもない焦燥感。ウコンとして、自分の素の声が叫びとなって口から漏れた。

 

「何を、何を不安になっている? アンちゃんは孤独なんかじゃねえ……一人なんてある筈ねえだろう。俺が、友が、皆が、アンちゃんに、アンちゃんだからこそ着いてきたんだろうが!」

「……そうだな、傍から見れば、そう見える」

「だろう? だからアンちゃんよ、色々押し付けちまったのは謝る……そんな悲しいこと言わねえで、また一緒に酒でも飲んで忘れようや……」

「酒か、酒はいいな……だがな、オシュトル、お前のその気持ちは、造られたもんだ」

「つく、られた……?」

 

 誰に、造られたというのか。

 この気持ちが真でないなんて、誰が──

 

「すまんな、オシュトルよ……仮面のせいで昂っているからだな、自分はそんな理不尽なことを言いたいわけじゃない……提案をしたかっただけだ」

「提案……?」

「ああ、自分はトゥスクルに行くだろう?」

「む……そう、であるな」

 

 親善大使として赴くと言う話である。

 某が頼んだこと、なぜそれを言葉にしてわざわざ伝えるのか。

 

「──その前に、決着をつけることにした」

「決着を……つける?」

 

 突如、ハクは長巻を鞘から抜き放ち、陽光に照らされた刃の切っ先を某へと──

 

「──な……ッ!」

「そう、決着だ。オシュトル。お前と……自分のどっちが強いのか」

 

 今日初めて見るハクの顔。そこには──どす黒く揺らぐ憤怒の炎が揺らめいていた。

 

「ああ……オシュトル、お前は恰好良いなァ……皆に、オ前自身が受け入れラレる……お前ガ、羨マシイ……オ前に、勝チタイ──!」

「あ、アンちゃん……?」

「剣を取れ、オシュトル。今、此処で、自分との……いや、我との決着ヲ……ッ!」

 

 ハクより不協和音のような声色が重々しく響く。

 ヴライの仮面から漏れだすかの如く炎が舞い地を這っていく。

 考えられるは、以前よりハクが抱えていたという爆弾である。しかし、あれは仮面の力を使わねば良い筈であった。何者かが、仮面を通じてハクを操っているのか。

 

「さア、オシュトル……殺シ合イだッ!!」

 

 狂気の様を見てその足が後退する。

 

「──ッ!?」

 

 そこで初めて背に熔けるような灼熱に気づき、思わず振り向く。

 

「な……んだ、これは……ッ!!」

 

 退路を見れば、夕闇の光すら塗りつぶす程の、濃い黒炎が聖廟を囲むように覆っていた。

 本当に、闘う気なのだ。殺し合うつもりなのだ。今、ここで──

 

「本当に……闘うつもりなのか?」

「ああ……我と、お前で……何方かが死ニ絶えるマデ……! 尽く灰と化スまで! その命燃ヤシ尽クそうぞッ!! オオオオシュトルゥゥッ!!!」

 

 周囲に風圧を巻き起こす程の咆哮、血煙のような紅黒い炎が辺りに吹き荒ぶ。

 

 向けられる瞳には黒々とした狂気の色、表情には燃え盛るような憤怒の色。

 

 ハクではない。ハクがこのような──

 

「わからない、何故だ、何故なんだ……アンちゃん!」

「──構えろッ! そのような様デは、一撃もモたズシテ死ヌルぞッ! オシュトルゥゥッ!!」

 

 ヴライの仮面から黒炎が漏れ、ハクの剣を、体を、禍々しく覆っていく。

 その発する声は、友に向けるものではない。悪鬼の如く形相に、某も思わず剣を抜いた。

 

 ハクは深々と長巻を背に隠すかの如く構え──

 

「──ハア゛ッッ!!」

 

 ハクの裂帛の気合いと共に、ドォンと巨大な爆発音がハクの足元より響く。

 

「なッ!!?」

 

 地面が破裂したかのように抉れ、その衝撃で宙に浮いたハクは雷光駆けるかの如く恐ろしい速度のまま某に迫り、肩に振り被った切っ先を一片の迷いなく振り下ろした。

 

「──ッ!?」

 

 何とかその一撃を受け止めるも、剣と剣が金属とは思えぬ音を発してかち合い、聖廟の地は抉れ、その炎は某の身を焼き、尚漏れた衝撃は己の筋肉を引き裂き、地を這い、帝都遠方に響いていく。

 

「がッ……ッ!!?」

 

 唖然とするほどの威力に呻きが漏れる。

 衝撃の余韻にがくがくと震える膝はその威力故かそれとも己の動揺か。

 

 仮面の力を解放しなければ発揮しえない力。

 間違いなく、殺す気である。疑いようもない、純粋な殺意の一撃。

 

 本気で、この俺を──

 

「ッやめてくれ! 何故だ──アンちゃんッ!!」

 

 ハクを巡る皆との時間。幸せな一時、それが束の間の平和だったと知る。

 終わった筈の戦乱、決戦は──未だ終わっていなかったのだ。

 

 かつて親友と誓った漢との、理由も知れぬ最後の戦いが始まったのである。

 

 

 




次回、ハクvsオシュトル戦。

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