【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第三十九話 決戦なるもの 参

 ──負けたか。

 

 もはや撤退すらも不可能。

 勝てると踏んで戦ってしまった故であろう。

 

 帝都にて俺の切り札もあったが、それを使うことなく終わってしまった。

 

 ──これも、俺が最後に見せた差配故か。

 

 ウォシスには帝都防衛を任せている手前、新たな影の者が必要であった。

 しかし、混乱期にあるウズールッシャからの伏兵など誰が予想できようか。使い捨てることができると踏み、ヤムマキリなど蛮族を起用したのがそもそもの間違いであったのだ。

 

 ハクの持つ剣の切っ先が、俺の喉元をうつ。

 

 今更ながらに、ハクを帝都にて捕えていた頃の台詞を思い出す。

 

 ──人間は手足のようには動かんもんだ。自由に動くと思っていても裏切られるもんだ。しかし、その自由こそが、予想以上のものを齎すこともある。

 

 ウズールッシャによる奇襲。ハクの考える当初の策には無かった筈だ。

 でなければ、草からの報告に必ず上がる。本陣より一度の指令無くしてウズールッシャと連携を取ることなど不可能。

 恐らく、ヤムマキリがこちらへ来る際に、彼らも秘密裏に後を追ったと見える。そして、最も効果的な場で戦場に現れる機会を窺っていたのだろう。

 

 ──あんたが見ている道の先には勝利が見えているんだろうな。だが、その道を歩いているのは一人だけだ……つまり、あんたが負けた時点で、全ては終わる。

 

 ──貴様達は違ったとでも言うのか? 

 

 ──どいつもこいつも歩く道はてんでばらばらだが、意志だけは同じだ。同じ勝利を求めて、幾人もの同志が数多の道を歩く。誰かが滅びようとも、誰かが勝利の道を歩いてくれる。

 

 ハク達は、一枚岩では無かった。皆の勝利の為に、文字通り誰かが誰かのために動いてきたのだろう。

 負けるのは必然であったかもしれぬ。

 

 皮肉なものだ。帝がいなければ生きられぬ、指示がなければ何も動けぬ、そのような雛を巣立たせるために戦っていた筈であった。

 しかし、こうして通信兵の弱点を利用され、通信を用いた策を取れなくなった際にも、兵は自らで考えることは無かった。俺の指示を仰ぎ、ただ与えられるだけの──何たる矛盾か。

 

 だが、これでいい。

 俺がこうして戦乱を招いたお蔭で、ヤマトには──ハク、奴らのように自ら考え、巣立ち、一個の雄として自らが勝ち取る世界を作り上げることができた。

 

 帝──あの方は、ヒトの世を照らすのみならず、いつかきっとヒト自身が輝く世へ導くと、信じていた。

 

 その世界を、俺が今生より見ることはもはや叶わぬ。

 しかし、真なる姫殿下も、自ら学び成長していると言う。俺の大義を理解するハクであれば、このヤマトを悪いようにはしないであろう。

 

「ここまで、か……」

 

 ──俺は、俺の道を駆け抜けた。まごうことなき、己の意志で。

 

「見事だ、ハクよ……殺せ」

 

 ──我が生涯の好敵手、ハクに討たれるのであれば中々悪くはない幕切れだ。

 

 そう思って、刃に自らを貫かせようと一歩前に出た。しかし、その剣は自らを貫くことなく、鞘に納められる。

 

「いーや、ライコウ。お前は殺さない」

 

 その言葉に、目を剥いた。

 

「……俺に恥辱に塗れた余生を生きよと? 志を曲げてまで生きようとは思わぬ。死しても貴様らを睨み、咎となろう」

「……お前の大義は、敵に降れば終わるものなのか?」

「何だと?」

 

 ハクは挑発したようににやりと笑い、俺の手を取った。

 そして──

 

「──ライコウ、お前はこの国に必要だ。自分と来い」

「……俺は、貴様らの道に同乗はせん。それに……足掻いた先に何があるという?」

「自分達を見ろ。誰も彼も、自ら考えこうしてこの戦場に集った。ある意味、お前の大義の体現者だ」

「……」

「あに──帝から民が巣立ち、新たな聖上を元にこの国が盤石になるには時間がかかる。共に支えとなってくれよ」

 

 しかし、俺は、許されない罪も多く犯してきた。

 ウォシスに命じ、非道な扱いをした兵も多い。マロロの家族もその内の一人、いや二人である。

 

「……良いのか、マロロ。俺は仇だぞ」

「マロの家族は生きているでおじゃる。故に、ライコウ殿……お主も生きて償わねばならぬでおじゃる」

 

 マロロの表情は硬い。

 だからこそ、死んで償わせるつもりはないということか。

 

「……ふ、投降しよう」

 

 疲れた笑みを浮かべ、その言葉を口にした。

 

 俺は、謀反の張本人である。

 俺を取り込むこと、それはこのヤマトの混乱を伸ばす行為でもある。

 しかしそれでも、ハクは俺を生かすと決めた。その真贋は判らないが、なぜか胸には新たな感情が芽生え始めていた。

 

「俺を野放しにすれば、すぐにまたヤマトは二分されよう」

「はっ、させねえさ。帝都の時のお返しだ。今度は自分が見張っているからな」

 

 誰かにこうして己が力を求められたのは、いつ以来か。

 帝の顔が思い浮かぶ──このヤマトのために、その知を生かしてくれと、そう頼まれたのだ。

 

 ──償い、か。

 

 俺は、判断を誤った。

 決戦だけではない、ヴライの横槍も影響していたが、姫殿下が成長することを期待せずに、早々にヤマトに覇を唱えた。

 

 歩む道が違っただけで、夢見た未来は一緒だったのだ。

 故に──

 

「ふ……」

 

 口元が歪む。

 

 ──そうか、俺は嬉しかったのか。

 

 俺の大義を理解し、敵でありながら、なお俺が必要だと言われること。

 己の理解者がいること、そして求められることの歓喜。その感情を、久しく、忘れていた。

 

 決戦は終わり、兵は投降して武器を落としていく。

 もはや、抵抗する気力など無い。俺は、正しく知略でも──その器の大きさでも、この目の前の男に負けたのだ。

 

 敵兵の一人に我が身が拘束され、これから送るであろう捕虜としての生活を案じながら、しかし、こうして生きているのであれば聞きたいことが一つあった。

 どうしても理解できぬ、ハクの策。

 

「ハクよ」

「? 何だ?」

「何故、仮面の力を使わなかった? 俺がそれすらも対策すると読んでいたのか?」

 

 そう聞けば、ハクは戸惑うように表情を歪ませた。

 

「? なにいってんだ、ライコウ。使わなかったんじゃなく、使えなかったんだが」

「何……? なぜ仮面を使えぬ」

「何故って、そりゃ暴走するからだ。お前が細工したんじゃないのか?」

「……」

 

 ハクのこの様子。

 仮面の代償のことを話しているわけではなさそうだ。暴走する細工とは、何の話だ。

 

 なぜこのような擦れ違いが生まれる。

 前もってハクが仮面の力を使わないと知っていれば、俺の策も布陣も形を変えていた筈──まさか。

 

 我らの決戦の裏で動く、その正体の顔が──そこまで思考が辿り着いたその時であった。

 

「──ッ貴様だけは!」

 

 思いもよらぬ動きで、シチーリヤが目の前に飛び出し、その凶刃をハクへと向けた。

 その切っ先は──

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 シチーリヤの激昂、そして凶刃。それは自分を狙ったものであったが──

 

「──マロロ!?」

「ぐ、ぐふっ……」

 

 目の前に庇うようにして飛び出してきたマロロ、その腹部に深々と短刀が突き刺さる。

 ヤクトワルトがすぐさまシチーリヤを拘束し、二次被害は抑えられるも、その吐血は重症を確信させた。

 

「マロロ!」

「ハク! どいて! 治療する!」

 

 マロロを抱えて動揺する自分を突き飛ばし、クオンが急ぎ治療にかかる。

 ライコウがもはや敵味方関係ないと、自軍の治療兵も呼び、マロロを囲んで治療が始まった。

 

「マロロ! マロロ!」

「だ、大丈夫で、おじゃ……ぐふっ、ハク殿、ハク殿とこうして戦えて、マロは……」

「マロロ! 大丈夫だ、今手当している! 気をしっかり持て!」

「マロは、ハク殿を……友を……今度は、こうして、守れ……」

「喋るな、マロロ!」

 

 傷は深い。治療部隊総出で処置してはいるが、五分五分である。

 内臓を傷つけていれば、こうして喋るだけで致死率が上がってしまう。

 

「マロロ、お前は生きる。大丈夫だ。後で聞いてやる」

「……」

 

 強くそう願って自分と視線をぶつけるマロロ。

 やがてマロロはその意志を感じ取ってくれたのだろう。吐血で赤くなった頬を薄く歪ませると、事切れたように力を抜いた。

 

「マロロ? マロロ!」

「大丈夫……血の量が急激に減ったせい、眠ってるだけかな」

「止血は」

「もう済んだ、あとは体力次第……でもここじゃ、治療が限られる。担架を!」

「治療部隊、彼女に協力せよ。もはや戦は終わった」

「クオン!」

「大丈夫、ハク……きっと、助けるから! だから今はハク自身の仕事をして!」

 

 ライコウの言によって、クオンが率先して兵を呼び、ライコウ軍の後詰の治療部隊と連携して動き出した。頼りになる奴だ。

 マロロは生きる。そう確信しなければ。

 

 自分を庇って死ぬなんざ、やめてくれよ。そう思って足が止まるも、クオンの言葉に身を改めた。自分は自分にしかできないことをする必要がある。

 

 ライコウの旗は落ちた。故に、戦場も既に敵の動きはない。

 しかし、勝鬨を今か今かと待っているのだ。遠く自分達を心配する皇女さんを安心させるためにも、しなければならない。遠く戦い続ける友のためにも、しなければいけない。

 シチーリヤへの追求と制裁も後である。

 

 全軍が見える丘の上に急ぎ、こちらを一様に見上げる兵達の前で、その声を張り上げた。

 

「敵将ライコウ! 総大将ハクが討ち取ったりッ! 我らが戦士達よッ! 英雄とうたわれるもの達よッ! 勝鬨をあげよッッ!!!」

「「「「「オオオオオオオオオッ!!」」」」」

 

 戦場の至る所で、武器を掲げ、歓喜の声をあげる。

 自分の仕事は終わった。後は軍の接収と、帝都への凱旋である。そして──

 

「──オシュトルの元へ伝令だ、戦は終わったと。多分、気づいていると思うが──」

「了解です!」

 

 控えていた伝令兵に命じ、丘で未だ戦っているであろうオシュトルにミカヅチとの停戦を伝える。

 マロロも、オシュトルも、きっと生きている。そう信じよう。

 

 マロロが負傷したため急ぎ仲間を集め、軍の接収や、兵糧確認、その他諸々の仕事を各幹部に振り分けた。特に短期決戦であったため、生存した軍兵は多い。接収は困難を極めるだろうが、この面子の中であればオウギに任せれば悪いようにはしないだろう。

 

「オウギ、マロロの代わりに、サラァナとウルゥルの交信を利用しながら、本陣と合流してくれ。その後、ネコネと連携して軍の接収を開始する」

「了解です。ハクさんはどうしますか?」

「マロロやオシュトルが心配だが……クオンと伝令に任せる。自分はエントゥアと話してくる」

「わかりました。エントゥアさんや、ヤクトワルトさん、ウズールッシャ勢力はあちらにいますよ」

「助かる」

 

 サラァナを労いオウギに任せた後、オウギに示された場所へ行けば、かつて別れた仲間たちがいた。

 エントゥア、ヤクトワルト、そしておまけでボコイナンテである。三者三様、こちらを見て笑みを浮かべていたが、マロロの傷も気になるのだろう。少し心配そうに治療部隊の後を見守っていた。

 彼らのおかげで勝てたのである。礼は言える時に言わなければ。

 

「……お帰り、そして、ありがとうな。エントゥア」

「ええ、ハク様の窮地に間に合って、良かったです」

「それに、ヤクトワルトも」

「応、旦那の突撃に合わせられてよかったじゃない」

「あと、ボコイナンテ」

「なんか、雑でありますな!」

 

 三者三様、微笑む。

 彼らには聞いておかねばならないことは多々ある。

 

「マロロが心配だが、聞かせてくれ。なぜ、この決戦に来られたんだ?」

「ん、まあ、不甲斐ない話になっちまうが、いいかい?」

「そうなのか?」

「ええ、結果的に、私たちではヤムマキリを抑えることはできなかったのです」

 

 聞けば、ヤムマキリの勢力は今更エントゥアが何かしたところで盛り返せるものでは無かったという。

 軍兵も少なく、このままではヤムマキリを取り逃すだけでなく、オシュトル陣営の劣勢は確実であると。

 故に、エントゥアは一計を案じた。

 そも、ウズールッシャを纏める必要はない。ライコウさえ討てばヤムマキリの協力者もいなくなり、ウズールッシャには平穏が訪れるという考え方である。

 であれば、少ない協力者と、ボコイナンテによる多額の資金を元出に、ウズールッシャで燻ぶる金で動く傭兵部族や盗賊を味方とし、ヤムマキリの後を追い、この決戦に間に合うよう行軍したと言う。

 

「本来、ヤムマキリを抑える策だったはずだが、それができないとわかっちまったじゃない」

「決戦の場所は以前より知っていましたから……故に、こうして身を隠し、ここぞという場面で現れる策を取ったのです」

「なるほどな……エントゥアの機転が役に立った。本当にありがとう」

「はい……」

 

 嬉しそうに微笑むエントゥア。

 彼らがいなければ、自分達は負けていただろう。それどころか、仮面の力で暴走していたかもしれない。本当に助かった。

 

 では、次である。我が友マロロを傷つけた返礼をしなければ。

 

「ヤクトワルト、拘束したシチーリヤはどこだ?」

「キウルの率いる軍兵に任せた、今頃──お、ライコウと一緒にいるじゃない」

「何?」

 

 ヤクトワルトの視線を追って振り返れば、ライコウは後ろ手に拘束されながらもその眉を寄せ、伏して拘束されたシチーリヤを見下ろし糾弾していた。

 

「シチーリヤ、誰の命令だ?」

「な、何を仰られているか判りません」

「……お前は俺の命令には忠実だ。だが、俺の命令以上のことをしたことはない。誰だ」

「……」

「答えよ、シチーリヤ」

「……何を、私はライコウ様を思ってです! ライコウ様のために、あの者を……!」

「……まさか」

 

 ライコウはシチーリヤとの問答の中で、ふと気づいたように、遠方の丘へと視線を向けた。

 その表情は、余り見たことの無い、焦りにも似た表情であった。

 

「? どうした、ライコウ」

「我が弟が……オシュトルが狙われている」

「何? どういうことだ」

 

 ライコウが語った、暗部の正体──それを聞く前に、巨大な力の爆発と余波を感じ、血の気が引く。

 

「ミカヅチ──仮面の力を解放したのか!?」

 

 仮面の力を解放し、雷撃と神々しい光を発する姿を見て、戸惑う。

 何故だ。戦いはもう終わった筈──

 

「駄目だ、仮面は使うなッ! 戦いは終わった! 何故、まだ戦うんだ……オシュトルッ!」

 

 遠方にて届くはずも無いその問いに答えられるものは、ミカヅチと共にあの遠く丘に立っている筈の──もう一人の英雄だけであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 現ウズールッシャ頭目、ヤムマキリは恐怖していた。

 戦闘中にミルージュという者に作戦行動であると連れられ、ヤムマキリはウズールッシャの猛者を引き連れ小高い丘にある森の中に隠れていた。

 遠くより眺める様は、正しく英雄同士の戦である。

 

「な……んだ、あれは……!?」

 

 かつて猛将ゼグニを討ち取ったオシュトル、そしてウズールッシャの数多の軍勢をたった一振りで滅ぼしたミカヅチ、ヤマトの双璧を成す彼らが戦っていたのだ。

 

「祖先の言は、真であった……ヤマトになど、やはり立ち向かってはならぬ。あれほどの戦いができるものが、ウズールッシャに果たしていようか」

 

 音速に達するかと思わるほどの俊敏な剣捌き、振るう度に抉れる地の震え、それを幾度となく繰り返しながら、二人の剣捌きには如何程の疲労もない。

 まごうことなき死合である。であるのに、共に笑みを浮かべ、心より打ち合いを楽しんでいた。

 

「あれを、あの化物を我らが討つというのか……!?」

「はい、ライコウ様からの命令です」

「……」

 

 あり得ぬ指令である。

 しかし、通信兵を管理しているのはこのミルージュである。直接抗議をしたかったが、目の前のミルージュは冷静にその命を繰り返すばかりで話にならん。

 

「良いのですか? 今ここで裏切れば──」

「っ、わ、わかっておる」

 

 ライコウは、一度下した命を取り下げることはない。グンドゥルアとは違い、あくまで冷静に命令を下し、できなければ罰を下す。しかし、グンドゥルアと違う点、それは我らにできぬことは決して命令しないということ。

 命令すると言うことはこちらにそれができると思っているということなのだ。

 

「期待に応えられなければ、わかっていますね?」

「……ああ」

 

 人質、奴隷、裏切り、他にも数多の手段を取ってきた自分であるが、こうして同じ手段を取られてしまうことを想定できていなかった。

 ライコウの裏に隠れてはいるが、ウォシス──奴からは我らと同じ闇の匂いがするのだ。しかし、ヤマトに永遠に逆らわぬと数多の豪族達が人質に囚われていることも含め、ここで逆らえば我が故郷レタルモシリも滅ぶ。それだけは避けなければ。

 

「時機は……こちらに任せてもらえるな?」

「はい。討ち取れさえすれば、構いません」

「了承した」

 

 遙か遠くにいるというのに、ここまで重く響くような剣戟の音を聞きながら、その時機とやらが来るのを待つ。

 確かめるように後ろを見れば、ウズールッシャで猛者と呼ばれた彼らの手も、俺と同じく震えていた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 戦場から数多の咆哮、そして耳を劈く爆発音が聞こえる。

 

 ──ハクが策を実行することに決めたか。

 

 であれば、戦況も佳境である。

 こちらも長く打ち合っており、互いに疲労も傷もやや見られてきた。

 

「──この俺を前に、余所見をするか! オシュトルッ!」

「何のッ!」

 

 己の視線をミカヅチから離してはいないが、意識を戦場に向けたことに気付かれたのだろう。

 極限まで高められた集中力。そして、その集中力は、目の前の強敵を倒すためだけに使われているのだ。

 

「はあああッッ!」

「ふんッッ!」

 

 もはや幾千度打ち合ったとも思える剣戟の音を響かせ、衝撃に二人の距離が離れる。

 そして、ミカヅチはこちらに提案するように言葉を投げた。

 

「……オシュトルよ」

「……どうした、ミカヅチ」

「何故、仮面を使わぬ? 互いの剣だけでは、もはや決着はつかぬ……であれば」

 

 ミカヅチはそう言うと、己の仮面に手を添えて解放の呪いを述べようとする。

 

「させんッ!」

「ッ!? ヌウゥッ……!」

 

 即座に阻止するために、神速の突きを放つ。

 ミカヅチは難なく躱すも、その行いに戸惑いを感じているようであった。

 

「何故だッ!? オシュトルッ!」

「……代償だ、ミカヅチ」

「何……!?」

 

 仮面を使いすぎれば、その身を滅ぼす。

 代々男の仮面の者は短命。故に、一度使えば歯止めはもはや効かぬ。己が命を喰い潰すであろう。

 

「仮面を使えば、互いの命を易々と失う。ミカヅチよ……某は、このヤマトの行く末を、死して天上より見守るつもりはない」

「貴様らしくもない弱者の言葉であるな……臆したか、オシュトル」

「いいや……逆である。某を──」

 

 ──俺がこの世で一番強いと、信じてくれている者がいる。

 

 仮面の力を持つからではない。右近衛大将だからではない。

 俺が、俺がオシュトルだからこそ、俺が強いと、俺を認めてくれる友がいる。

 

 あの日のハクの顔と言葉が脳裏に過り、その握る刃に力が籠る。

 

 俺の強さを信じた者に、皆と誓った約束を破る恰好悪いところなど、誰が見せられよう──

 

 ──その無言の決意を、ミカヅチは悟ったのだろう。

 

「……」

 

 静かに、静かに──互いの呼吸が深く、そして鋭敏に、研ぎ澄まされていく。

 次なる一撃が、某の放つ最大奥義であること。それを以って、ミカヅチを討たんとすることを理解したのだ。

 

「右近衛大将、オシュトル──推して参る」

「左近衛大将、ミカヅチ──推して参る」

 

 互いの表情に、もはや笑みは無い。

 じりじりと、僅かに距離を縮めていく。

 

 某は剣を天高く掲げ、ミカヅチは剣を深く地に構え──互いの距離を詰めていく。

 

 ──我らは天と地、光と影。ヤマトの双璧、今、その決着がつく。

 

 陽光に煌く刃、陰に潜む大剣が、一つ、一つと歩みを進める。

 

 そして、互いの一振りが確実に死地となった場へと足を踏み入れる。

 まだだ。まだ、振らぬ。まだ──

 

「──ミカヅチィイイ!!」

「オシュトルゥゥッッ!!」

 

 一閃。

 交差するように互いの体が擦れ違い、甲高い金属音が波打つように遠方に響き渡る。

 

 某の剣は、上段よりミカヅチの体を縦に裂くもの。ミカヅチの剣戟は、下段より己の胴を寸断するもの。果たして──

 

「……」

 

 剣を振り下ろした体勢のまま、背で互いの存在を感じている。

 

 暫くの沈黙の後──

 

「──がはっ」

 

 ぼたぼたと、衝撃を殺しきれぬものが己の内臓を破壊したのだろう。血を吐いた。

 倒れそうになる体を、剣を支えに何とか踏みとどまらせる。激痛に身を震わせながらも後ろを見れば、ミカヅチは既に倒れ伏していた。

 

 ──勝ったか。 

 

「ありがとう、アンちゃんよ……俺は、またお前に──がはッ……!」

 

 吐血し、衝撃で揺れたままの体を何とか持たせながら、震える左手で懐からひび割れた鉄扇を取りだす。

 

 ──また、アンちゃんに助けられたな。

 

 貸し元のクオン殿からは激昂されるであろうが、こうして約束を守る為に使わせてもらったのだ。許してくれるであろう。

 ミカヅチの剣を受けて尚ひび割れ程度に収まる鉄扇。確かに、己の御守りとなってくれたようだ。

 

 さて、と戦場を見れば、ハクによる勝鬨があがっている。

 決戦は終わった。まごうことなき──俺達の勝利によって。

 

 吐血がついた口元を裾で拭いながらも、勝利に酔った笑みを浮かべた時であった。

 

「──ミカヅチが死にましたか」

「ッ!! 誰だ……?」

「ふふ……やはり、貴方は危険人物。ここでミカヅチと共に闇に消えてもらいましょう」

 

 突如現れそう告げるは、確かミルージュ、といったか。

 彼はミカヅチに仕えていた忠臣であったはず。なぜここに──いやそれよりも、かつて仕えていたミカヅチの死様を見ながら、まるで路傍の石を眺めるが如くその瞳は何だ。

 

「……決戦は終わった。なれど某を討つと?」

「はい」

「復讐に激昂するのであれば、わかる……何ゆえ、そのように冷静なのだ?」

「貴方が知ることではありません。貴方はさっさと死に、天上からヤマトを見守っていて下さいね」

「な、んだと……?」

 

 にこやかな笑みを浮かべるミルージュの後ろより現れる、ウズールッシャの兵達。

 そこには、ヤムマキリと呼ばれる存在もあった。あれがヤクトワルトの兄か。

 

「……どうしました? ヤムマキリ殿、やりなさい」

「し、しかし……」

「相手は手負いですよ。情けない」

 

 ウズールッシャの兵達は皆一様に震えている。剣はカタカタと切っ先がぶれ、弓を取る手は矢を番えることすらできていなかった。

 その震えは、某らの強さに対する怯えであろうか。しかし、某は手負いである。もはやこの数と戦う術はない。

 その震えの正体を話したのは、ヤムマキリであった。

 

「……舐めるな、ミルージュ」

「何ですって?」

「このような英雄を討っていいはずがなかろう……俺達にもウズールッシャの尊き戦士の血が流れている」

 

 憤慨したようにそう叫ぶヤムマキリ。

 某とミカヅチの戦いを見て、何かを感じたのだろう。その声はただ一人の戦士として、憧れに震えていた。

 

「……裏切るのですか?」

「ああ、もはや戦えぬ者を討てなどという命令には従えぬ。それに、敵の勝鬨は上がった。もはや戦は終わったのだ!」

「そうだ! ライコウは討たれた! 我らはウズールッシャに戻るぞ!」

 

 ヤムマキリの声に賛同するかのように、ウズールッシャの兵達より声が上がる。

 ミルージュは何事か悩んだ後に、冷たい言葉を発した。

 

「……そうですか」

 

 その瞬間である。

 ヤムマキリの胴体より、赤々とした剣先が生えた。

 

「っ!? ごはっ……き、貴様、ミルージュ……ッ!」

「我が主の命に従えない者は、消えなさい」

 

 どさり、とヤムマキリは血だまりを作って地面に横たわった。

 ミルージュが返り血を浴びるその様を見て、周囲のウズールッシャ兵は恐れ戦き後退したが、そこには──

 

「──新手、か……!?」

「ウズールッシャの怨恨に見せかけようと思いましたが、難しいものですね。さあ、やりなさい」

 

 さらに後背より、得体の知れぬ兵達がその姿を現した。

 ウズールッシャの猛者たちは抵抗する間も無く、仮面をつけた小柄な兵に容易く討たれていく。

 そして、それはこちらにも──

 

「ぐっ──!」

「へえ、まだ動けるんですね。やはり、あなたはミカヅチと同じ強者……! 徐々に囲んで討ちなさい!」

 

 敵兵はミルージュの指令通り徐々にこちらの周囲を囲んでくる。

 四方八方から挟撃されれば、深手の自分では動けぬ。仮面の力も、解放する時間すらない。

 

 ──まずい! 

 

 ひゅんと背後より放たれる矢に反応できず、その背に矢を受けんとするところであった。

 

「があああああッ!」

 

 裂帛の気合いと共に、何者かがその矢を撃ち落とした。それは──

 

「ミルージュ……俺とオシュトルの決闘を穢すとはな……ッ!」

「──ミカヅチ!? 其方──ッ!」

 

 生きていた。

 しかし、その体は多量の血を流し、もはや瀕死である。

 ミカヅチに走る傷を見れば、ミカヅチは己の剣の手応えに違和感を得て、瞬時にその体を逸らしたのだろう。

 故に、己の剣は、僅かにミカヅチの命を奪わぬぎりぎりの場所を裂いていた。しかし、重症には違い無い。こうして立つのも辛い筈である。

 

「っ!? ま、まだ生きていらっしゃったんですね……ミカヅチ様」

「フン、言葉を改めたとて、もう遅い、ミルージュ……別の主がいるとは知らなかったな……お前を捕え、吐かせる」

「ッ! 二人とも討ちなさい! やれッ!!」

 

 重症の身を抱えながら、二人背中合わせとなって戦う。

 兵達の包囲は苛烈であったが、阿吽の呼吸で連携しその剣と矢を弾き、兵の死体を積み上げていく。

 戸惑いの声をあげるミルージュ。

 

「な、何を……手負いの二人を前に何をやっているのですか!」

 

 その叫びを受け、尚猛攻が続くも、我ら双璧が揃えば討てぬ敵などない。

 切られ、切り伏せ、互いの元に放たれた毒矢を折り、手負いとは思えぬ連携を見せ続ける。

 そして、互いの背を狙った敵を貫き倒し、我らの剣を重ねるように打ち鳴らした。

 

「オシュトル……」

「ミカヅチ……」

 

 呼吸を荒げながらも、互いの決意の瞳を見る。

 オシュトルに討たれるのであれば、ミカヅチに討たれるのであれば、友に討たれるのであれば、まだ納得がいった。

 しかし──貴様ら程度に、我らが約束を、友との約束を穢させはせぬ。

 

「な、なぜ……死なない……?」

 

 血まみれの死に体でありながら剣を握り続ける我らを見て、ミルージュは思わずといったようにその歩みを後ろへと下げた。

 瀕死で息も絶え絶えながら、我らの拝命の誓いを呟く。我らの始まり、我らの意地──

 

「──我らは……天と、地」

「──我らは……ッ、光と影……」

 

 ミカヅチが呼応するように、血を吐きながら呟く。

 

「常に、対となり……」

「この国を、護る者……」

「我ら双璧──」

「貴様ら程度に──」

「「──討てると思うなッ!!」」

 

 血風をまき散らしながら剣を振り上げ、瀕死とは思えぬ激昂を放つ。

 

 敵兵は我らの姿に臆したようにたじろぎその切先を揺らすも、ミルージュの命により諦める様子はない。包囲は徐々に狭まっている。

 我らの命もいつまで持つか──

 

「──時間を稼げ、オシュトル……俺が使う」

「っ……あいわかった!」

 

 ミカヅチの提案を受け──痛みに歯を食いしばりながらも、即座にミルージュへと飛び込んでいく。

 周囲の兵は、司令塔であるミルージュを守らねばと思ったのだろう。こちらへ追撃の手が走る。

 

「──決死の覚悟で来い! 闇の先兵共よ!!」

 

 一瞬、ミカヅチへの気が逸れた。

 その僅かな時さえ稼げれば、ミカヅチならば──我が友であれば必ず成す。

 

「仮面の力よッ! 根源の力よ! 俺に最後の力をオオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮。

 遅れて数多の矢に貫かれながらも、ミカヅチは構わず仮面の力を解き放ち、周囲に閃光のような雷撃が走る。

 そして──

 

「──失敗、か。撤退しなさい! 我らの死体を回収せよ!」

 

 ミルージュの判断は早かった。

 仮面を使ったミカヅチには勝てぬ、そして某には追えぬと判断したのであろう。

 闇の手下たちは、数多の死体を抱え、その姿を丘の中の森へと消していった。

 

「オシュトル……敵ハ、ミルージュハ、何処ダ」

「ミカヅチ、其方の姿を見て……恐れ戦き逃げた」

「フ、ソウカ……ソレハ重畳……モハヤ、俺モ……限界デ、アッタ……」

 

 どさりと土煙をまき散らし、巨体のまま倒れ込んだミカヅチ。

 そして、某も限界であった。風圧に負けるようにミカヅチの横に倒れ伏し、互いに空を眺める。

 互いに切り傷、矢傷だらけであり、瀕死の状態である。しかし、生き残ることができたのだ。

 

「友よ……生き残るというのは、真……難しいものであったな」

「……アア……ダガ、悪クナイ」

「……そう、であるな」

「マタ、闘ロウゾ……オシュトル」

「ああ……勿論である」

「フン……負ケッパナシハ癪ダカラナ……」

 

 ミカヅチの体は話している途中に元の姿へともどり、二人空を眺めて味方を待つ。

 

「──約束だ、オシュトル……」

「ああ、約束だ、ミカヅチ……」

 

 ──天上よ。俺はまだ生きる。仲間と共に約束を果たし続ける。俺にしかできぬことを成すために。

 

「おーい! オシュトル! ミカヅチ! もう戦わなくていいんだぞー! 生きてるかー!!」

 

 気の抜けるような声が遠方より響き、もう一人の親愛なる友が近づいてきたことを知る。

 ミカヅチと二人苦笑しながら──後は任せたと、安心したようにその瞳を閉じるのであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 帝都、誰にも知られぬ奥深くにある部屋の中で、ウォシスは暗い笑みを浮かべていた。

 

「ウォシス様」

「おや、どうしましたか?」

「シチーリヤ、ミルージュ、両名実行失敗。彼らは皆生きています」

 

 平原での決着がつくと聞き、早々に指令を下したが──やはり付け焼刃の策、失敗してしまったか。

 

「そうですか……強制解放は失敗と」

「はい、何分、武装している状態であったためだと思われます……」

「……予想では帝都決戦までライコウは持つと思っていましたからね。早々に負けるとは……知を誇る彼にとって何とも情けないことです」

「いかがいたしますか?」

「仕方がありません……今は待ちましょう」

「お隠れになられるので?」

「ええ……彼の者が、自然と己が憤怒の炎に呑まれ、全てを焼き尽くしてくれるまで……私達は闇の中へ潜りましょう」

「了解しました。敵軍に捕えられたシチーリヤについて、いかがいたしますか?」

 

 殺されず未だ囚われているシチーリヤ、今の隠密衆の練度は高い、潜り込むのも一苦労であろう。

 

「殺すのも可哀想ですが……拷問に耐え続けるのも酷でしょうね。今私の存在が公になることは本意ではありません。機会があれば討ちなさい」

「はっ」

 

 少年兵が恭しく礼をすると、その姿を闇へと消す。

 ウォシスは、部屋にある重要なものだけを手に取り運べるよう纏めながら、その口元を薄く歪めた。

 

「ハク……今はデコイの中で踊りなさい。あなたが愛したデコイは、あなた自身の手で滅ぼされる」

 

 蝋燭の火が揺れるように消え、ウォシスの表情を消す。

 

「それが──父の寵愛を受けたあなたへの復讐です」

 

 やがて、窓から漏れる月の光に照らされた形相は、誰が見ても震えあがるであろう狂気をはらんだものであった。

 

 




 決戦編、いかがでしたでしょうか。
 軍略等自分の頭ではこれ以上の策を出せず拙作ではありますが、せめて己の持つ原作愛はたっぷり詰め込もうと頑張りました。これ以上は自分には無理です。
 とにもかくにも私が書きたかったものとして、原作にはないオシュトルvsミカヅチ戦と共闘、そして原作偽りの仮面で最も印象深い褌丸(アニメではカットされたけど)が出せて良かったです。

 出ていないキャラもいて口惜しいところですが、テンポを重視して省いた描写も多々あります。
 兵糧や治療で一般兵士と関わるルルティエや、フミルィル。後詰部隊を担う者としてウズールッシャ襲撃を防いだネコネ。オウギによる奇襲伏兵戦。勝手に一騎駆けし始めるアトゥイ。エントゥア達によるウズールッシャからの旅路。各皇による迎撃戦。

 ライコウに勝利する描写は、とても困難でした。原作を知れば知るほど、彼は本当に強く気高かった。
 故に、こうした原作とは違う決着、合戦の中身について違和感等もあるかもしれません。上記のように描写していない仲間の力も全て結集した結果、たった一人で戦うライコウに届き得たと思って頂ければ幸いです。あと、いらんことするウォシス。

 他にも語りたいことは多々ありますが、今は読者様の読んだ素直な感想を優先していただければと思います。
 読んでいただきありがとうございました。

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