【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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部隊表載せときます。力量不足で描写意味わからん場合は参考にしていたただけると助かります。

本陣――総大将、ハク。采配師、マロロ。四国騎馬混成軍。
先手――長、ムネチカ。副長、キウル。エンナカムイ軍指揮。
右翼――長、オーゼン。副長、ヤシュマ。クジュウリ軍指揮。
中軍――長、ノスリ、副長、ゲンホウ。イズルハ軍指揮。
左翼――長、ソヤンケクル、副長、イタク。シャッホロ、ナコク混成軍指揮。
遊撃――長、シス。副長、クジュウリ幹部複数名。四国混成軍指揮。
後詰――長、イラワジ。副長、ネコネ。エンナカムイ混成軍、補給部隊指揮。
隠密――長、オウギ。副長、オシュトル近衛衆、隠密衆混成軍指揮。

    「先手」
「左翼」「中軍」「右翼」
「遊撃」「本陣」「遊撃」
    「後詰」



第三十七話 決戦なるもの 壱

 オムチャッコ平原。

 そこでは、二つの大軍が雌雄を決するために対峙していた。

 

 互いに牽制しながらも陣の構築は滞り無く終わり、戦場に並ぶ兵は合図を待って身を正していた。

 

「ついに、決戦の時だ。これより、最後の軍議を行う」

 

 以前の任命式の面々にマロロを加え、最後の確認を行うこととなった。

 開口一番は、先手副将キウルである。

 

「先手、第一から第十、陣形構築完了しました」

「おお、報告ご苦労。他はどうだ」

「右翼、滞り無く完了しておるけえの」

「中軍も練度、展開速度共にいい調子だ。このままいけるぜ」

「左翼、完了している。ただ、陸は本領ではないから注意しておいてくれ」

「遊撃、展開完了致しましたわ。先手、右翼、左翼との連携もできましてよ」

「後詰も兵糧と補給経路、物資は確保済みであります。現在の量だけでも、三日は十分に戦えるかと」

「本陣も既に準備よし、だ。では敵勢力の確認をする」

 

 現在のライコウの布陣を見て、各々が判断した意見を集めていく。

 

「ここからでは判断しにくいが、歩兵は五分か、それ以上。騎馬もこちらが勝っていると思う」

「伏兵にどれだけ割いているかはわからないけれど、純粋な騎馬戦力の数は明らかにこちらが勝っていると思うかな」

 

 物見櫓から確認したノスリと、事前に丘から偵察していたクオンの言である。

 純粋な兵力は上。予定通り、まずは数の有利を取れたと思っていいだろう。

 

「オウギも裏を取ってくれている。ノスリと、偵察に行ったクオンの言を信用していいな?」

「はい、草からの情報でもクオンさんと同じ報告を受けています」

「懸念はウズールッシャの軍勢だが……今は確認できず、か」

「はい……何しろ平原に点在しているものだけでなく、周囲の丘や森も隠れられる場所は多々ありますからね……」

 

 陣の構築に時間を割かなければいけない手前、探索にまで時間を割くのは難しいか。

 エントゥアやヤクトワルトが何とか妨害してくれていると考えたいが──

 

「もし狙うとすれば補給線だ。後詰部隊は警戒しておいてくれ」

「はいなのです」

 

 自軍と敵軍の比較報告が終われば、後は策の確認である。

 戦太鼓の譜面を各々頭に入れながら、作戦行動の順序と変更になった場合のことを話す。

 最後にマロロが再確認を促すように説明した後、戦太鼓によるある譜面を指さした。

 

「ハク殿から聞き及んでおると思うでおじゃるが、実行の合図はこれでおじゃる。その時は、自軍が如何なる状況においても、遂行を命令したものと思ってほしいでおじゃる」

「了解した。ふふ、腕が鳴るね」

「ああ、イズルハもこの日の為に随分鍛えた。期待してくんな」

「まずは、前哨戦。先達の目もある。小生の武をお見せしよう」

 

 ムネチカが憤然とした様子で声を発する。

 ムネチカであれば、かつての八柱将である彼らに劣らぬ活躍をしてくれるだろう。

 

「ムネチカ殿、まずは鶴翼で様子を見るでおじゃ」

「あんたは作戦の肝だ。無理はするなよ、ムネチカ」

「ああ、この日のために騎馬の練度も上げている。撤退の場合は指示を頼み申す」

 

 さて、軍議は終わった。後は各々が兵の展開を済ませ、号令をかけるだけだ。

 後ろに控えるオシュトルに、声をかける。

 

「オシュトル」

「……」

 

 軍議の輪に入りながらも、目を瞑って黙祷している様を見れば、オシュトルだけは一段違う空気を放っていることがわかる。

 声をかけるも気づいた様子は無い。小さな椅子に一人腰を下ろし、鞘に入れたままの剣を地面に垂直につき両手で支えている。

 

「兄さま……」

「……オシュトル殿」

「何とも……抜き身の刀を当てられているような感覚になりますね」

 

 今のオシュトルはミカヅチとの決戦を控え、ぴりぴりとした圧を放ち続けていた。

 誰もがその姿を見て、正しくこのヤマトの双璧であることを実感した。剣鬼、今のオシュトルに敵う奴は──ミカヅチしかいないであろう。

 怯えたように身を竦めるイタク、マロロやネコネも心配そうに遠くから見つめている。

 

 近づけば斬られる、そのような感覚を得ながらもその肩を叩いて呼び覚ました。

 

「オシュトル」

「む……」

「そう気負うな」

 

 まあ、そうは言っても気負うだろう。

 オシュトルはどこまでいっても真面目な奴だから。だから、頼りになるんだがな。

 

「軍議は終わった。さ、皆が軍議終了の合図を待っているぞ」

「……ハク、総大将は其方である。合図は其方の仕事ではなかったか?」

「……やっぱり?」

「ふ……ハク、変わらぬな」

 

 そこでようやく肩の力が抜けたか。

 オシュトルは笑みを見せ、軍議に集まった面々に言葉を紡いだ。

 

「……皆の者、我らは同じ聖上を掲げし仲間である。某は、生き残るためにミカヅチと戦う。其方らも、勝利の為に戦うのではなく、生き残るために戦い、そして勝利するのだ」

「……兄さま」

「ええ、きっと勝ちます、オシュトル殿!」

「うむ、皆で生き残るのじゃ!」

 

 オシュトルの言葉に、皆は口々に賛同した。

 やはりオシュトルが言ってくれると場が締まるな。軍議を終えて皆が部隊に戻っていく中、オシュトルに小声で話しかける。

 

「ああ、そうだ……オシュトルに御守りをやろう」

「……これは」

「返しに来い」

「……ああ、必ず」

 

 鉄扇である。

 これが自分の命を何度も救って来た。クオンの言では昔使っていた人もこれには何度も助けられたそうなので、きっと役に立つだろう。又貸しになるのでクオンには内緒だが。

 オシュトルは鉄扇を大事そうに握りしめた後、心臓を護るかの如く胸元に仕舞う。そして、覚悟を決めた瞳を見せた。

 

「兄さま……」

「ネコネ、大丈夫だ。某は、必ず帰ってくる」

 

 不安そうなネコネの頭を撫で、オシュトルは背を見せた。

 オシュトルはこの後、平原に点在する木々を通りながら、僅かな奇襲部隊と共に平原傍にある丘へと進軍する。ライコウであれば、この動きを見てこちらの思惑にも気づくであろう。きっと、オシュトルと同じ場所にミカヅチは来る筈だ。

 

 オシュトルと並び、皇女さんを呼ぶ。

 これより三人で全軍の前に立ち、兵を奮起させる役目を担うのだ。

 

「よし、皇女さん。演説だ、皆が生き残るよう頼むぜ」

「……うむ、任せよ! 余の言で少しでも奮起させてみせるのじゃ!」

 

 各々緊張した面持ちながら、三人で全軍が見える位置まで移動する。

 この演説の後、ついに決戦は始まるのだ。

 

 全軍は期待するように見上げ、この決戦における御旗を希望の目で見つめていた。

 ウルゥル、サラァナに呪法の展開を頼み、自分達の声を遠方まで響くよう増大させる。

 

「今、我らは決戦の時を迎えた! 新たな時代、新たなヤマトを産み落とすための、決戦の時じゃ! 帝都奪還を果たす……これは余の我儘じゃ、じゃが民を想うこの心に偽りはない! 其方らの働きに報いる為に! ヤマトの民の為に! 今一度、力を貸して欲しいのじゃ!」

 

 皇女さんの凛とした声が響く度に、兵士の瞳には熱した心が宿っていく。

 

「余と共に生き残り、余と共にその勝利を見よ! 余の愛しき戦士達よ!」

 

 皇女さんの演説は、それはもう頼もしいものであった。

 兵は奮起し、吠え、兵が持つ武器は天高く掲げられた。さて、場を暖めてもらった後は自分の番である。

 

 ああ、嫌だ。しかし、やらねばならない。

 声を張り上げ、己の名を叫ぶ。

 

「我は、オシュトルに代わりこの戦場の総大将を任された、仮面の者ハクである!」

 

 兵達の間にざわざわと戸惑いだけでなく期待の声が上がる。

 

 ハク、この名は一応自軍の兵に轟いてはいる様だ。

 新たな仮面の者、ヴライの力を継ぎし者、エンナカムイを防衛した者、帝都より単身脱した者、ミカヅチを二度退けた者、ナコクを救った者、イズルハを纏めた者、これまで各国で立ててしまった様々な功績が、自分の声を兵の心に届かせる手助けとなった。

 

「敵は神速の用兵術を誇るライコウ! しかし、其方らもこれまで血の滲む調練に身を窶し、その練度を極限まで高めてきた! 其方らは一人一人がヤマトに誇る猛将──もはやライコウになど遅れは取らぬと断言しよう! 恐れず戦えッ! ヤマトの強者共よッ!」

 

 右手を振り上げ、ネコネとマロロに事前に考えてもらった言葉を、ムネチカとオシュトルによる鬼の反復練習で培った感情たっぷりに叫ぶ方法を忠実に実践する。

 日々の鍛錬のおかげで幾分か効果はあったか。にやにやとした旧知の仲間達の表情が気にかかるが、兵の気力は上がったようだ。

 ライコウの草に対して本陣はオシュトル無くとも盤石であると示すためにも、ミカヅチを釣りだすためにも、自分が演説することは必要なことだった。

 

 後は、オシュトルが開戦の狼煙をあげてくれれば、いよいよ決戦は始まる。

 

 そう思ってオシュトルを見れば、決起の咆哮をあげる兵の前で、暫くそれを感じ入るように目蓋を閉じていた。

 そして、一つ伝えたいことがあると前置きし、皆によく通る声で言葉を紡いだ。

 

「今、ここに時機は成った。これまで数多の戦に勝利し、ついにここまで来たのだ──」

 

 その声は低く、静かなものだったが、英雄オシュトルの言葉である。誰一人として聞き漏すまいと、その耳を傾けた。

 

「ここまで来て、一つ理解したことがある。某は──英雄ではない」

 

 自嘲ではない。その声色は自信を帯びた断言に等しいものであった。

 

「これまで勝利を齎してきたのは、某ではない。ここにいる聖上、ハク、数多の仲間達……そして、某を支え、その身命を以って武器を振るってきた其方らである」

 

 オシュトルの言葉、表情、放たれる圧、その全てが英雄足る存在であるというのに、なれど自らの力では無く皆のおかげであるという。

 まさに皆の求心を集めるオシュトルらしい言葉であった。

 

「某は英雄ではない! 英雄とは其方らのことである! これまで数多の勝利を齎した戦士たちよ! 其方らは今日、この決戦に勝利し! ヤマトの歴史に永劫刻まれる──英雄と、うたわれるもの達よッ!!」

 

 皇女さんの時よりも、自分の時よりも、はるかに興奮し喉が枯れる程の叫びを挙げる兵達。

 嬉しくないわけがない。このヤマトの誇る英雄が、自らよりも我らこそが英雄だと称えてくれたのだから。

 

 オシュトルの合図によって戦太鼓が鳴り響く。

 もはや兵に動揺は無い。重なるようにして兵の歓喜と焦燥と恐怖、他にも数多の感情が綯交ぜになった叫びが戦場に響き渡った。

 

「全軍! 前へ!!」

 

 オシュトルの姿を間近で見て思う。やっぱり──お前は恰好良いな。

 

 だから自分はお前に──

 

 脳裏に過った自分らしくない思考は、一瞬であった。

 兵の指揮を取るためにマロロと話を始めた頃には、自分の違和感は消え去っていた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 時は僅か遡り、エンナカムイの軍勢が陣を構築している頃。

 ライコウは予想通りの動きをする敵軍の様を見て笑みを浮かべていた。敵の軍議に草を入れる余裕は無かったが、聞かずともわかる。

 シチーリヤや通信兵から齎される情報。陣の展開、本陣の動き、御旗はオシュトルのものであるが──やはり、戦場を差配する総大将はオシュトルでは無い。

 

「総大将はハクか……やはりな」

「兄者……これは」

 

 わかっているぞ、ハク。お前の思惑など。

 

「オシュトルを総大将にできぬ理由など一つしかない──お前への挑戦だ。オシュトルが単身、お前を呼んでいる」

「……兄者の言う通りになったな」

「ああ、お前達だけで存分に戦い、決着をつけて来い。俺は──」

 

 ──ハク、お前との決着をつける。

 

 ミカヅチと二人、薄い笑みを浮かべる。

 

「さあ行け、横合いより仮面の力を使われても面倒だ。敵の号令が響く前に、部隊を纏めて進軍せよ」

 

 戦はまだ始まってはいない。しかし、ミカヅチを早々に派遣することを決める。予想であれば、開始と同時に敵本陣には既にオシュトルの姿はないであろう。オシュトルがいないことを隠すつもりも無い筈だ。

 ハク、お前の考えはこの俺と似ている。仮面の力でこの決戦を左右するなど無粋だと思っているのだろう。

 この高揚感、ヤマトの歴史に深く刻まれるであろう。この大戦は、永遠にうたわれるものとなる。

 

「さあ、開幕するとしようか……ハク! 今度は邪魔する者などいない! 思う存分楽しもうぞ!」

 

 戦場に重々しく鳴り響く戦太鼓によって、敵軍の先鋒が動きを見せる。

 感情に浸る間などない。与えることもない。我が神速の用兵術を見せてやろう。

 

「こちらも先手を出せ──さあ、我が速さについて来られるか? ハク……!」

 

 今、互いの号令を以って、オムチャッコ平原決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 緒戦である。

 騎馬部隊を中心とした先手であるムネチカの部隊が接敵、続いて右翼、左翼が接敵した。

 中軍は先手の補助、または右翼と左翼の崩れた部分を補うように展開している。

 

 暫くこちらが押しているも、徐々に敵軍の動きが機敏になり始め、先手、右翼、左翼が動揺したように陣形を乱し始めた。

 マロロが幾分予想していたかのように言葉を発した。

 

「……やはり、通信兵と部隊の練度は並外れているでおじゃるな」

「ああ、あれを寸断するのは苦労しそうだ」

「むむ……先手は中軍まで後退、中軍第三、右翼第一から第二は鶴翼の形を展開させて後退する先手を守るでおじゃ!」

 

 マロロの機敏な伝令が楽鼓衆に伝わり、戦太鼓が鳴らされる。

 しかし、その太鼓の音が届くころには、さらにライコウの機敏な用兵術が牙を剥いた。ムネチカも善戦してくれているが、ああも周囲から囲まれ右翼と分断されると厳しいか。

 事実確認をしようと、後ろに控えている双子に声をかけた。

 

「──どうだ、ウルゥル、サラァナ」

「……多い」

「気持ち悪い程に混線しています。暗号も複雑化してあり、時間によって指令形態も変えているようです」

「やはり、鎖の巫女を対策してきたか」

 

 自分を助けるために姿を見せたこと、通信兵の傍受にも明るいことがばれてしまったのだろう。

 ただ、双子にできることは傍受だけではないことをライコウは知らない。それが切り札となればいいが──

 

「策の傍受や、偽の情報を流すことは可能そうか?」

「時間」

「解析さえできれば、果たして見せます」

「ああ、頼りにしている」

 

 緒戦を経て、現在わかっているライコウの策。それはライコウの十八番である、通信兵を用いた神速の用兵術。

 通信兵を各部隊にそれぞれ配置し、ライコウと部隊の通信兵の情報を統括して指令を出す者──司令塔のような役目をする兵がいることがわかった。

 奴らを如何にして寸断するか、それが課題なのであった。

 

「こちらの動きを見て、長期戦だと感じているかな」

「ふむ……わからぬでおじゃるが、妙だとは思っているでおじゃ」

「なぜだ?」

「潰走を見せても追撃の手が緩く……警戒はしておるようでおじゃるからな」

「なるほど」

 

 マロロと話しながら、ライコウの末恐ろしさを感じる。

 流石はライコウ。こちらの思惑も透けて見えるか。これは動揺を誘うまで骨が折れそうだ。

 

「仕掛けてくるかな」

「マロがライコウであれば、長期戦を嫌うでおじゃる。故に──」

 

 そこに、本陣へと伝令が慌てたように駆け込んできた。

 

「で、伝令! 後詰部隊に襲撃あり! 敵兵ウズールッシャの兵装であります!」

「……やはり、来たか」

 

 伝令役はオウギの隠密部隊の者だな。警戒網に引っかかってくれたか。

 しかし、ヤムマキリが来たか──エントゥア、ヤクトワルトだけでは、奴を留めること叶わなかったというのだろうか。元々短い期間である、十二分に戦力をまとめてきたのは向こうも同じなのだ。

 

「本陣より援軍を出すでおじゃ! 後詰にだけは被害を出してはならんでおじゃる!」

 

 後詰には長期戦を可能とするための食糧、備蓄だけではない、数多の戦略物資が秘匿されている。その正体を暴かれるだけでもこちらにとっては厳しい。

 元々後詰部隊の戦力をネコネの元増強させていたとはいえ、マロロの指示通り助けに行く必要性はあるだろう。

 

「オウギが食い止めてくれている間が肝だ。本陣第五、第六はそれぞれ左右から出陣、第四は自分たちに続け! ネコネの部隊を助けに行くぞ!」

 

 想定していた動きでもある。迅速に対応するのが吉と、伝令を飛ばすのであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 ライコウ軍、本陣にて。

 

「ヤムマキリ殿より伝令、後詰部隊襲撃も、隠密護衛部隊の層と、敵本陣展開が早く一度目の襲撃は失敗とのこと」

「ふん……所詮愚物か」

 

 しかし、これで良い。

 被害を出せれば上々であったが、常に襲撃があるという恐怖だけでも与えられれば良い。それだけで自軍よりも多数の騎兵部隊を抱える敵本陣の動きを制限できる。

 

「本陣の騎兵部隊を割かせるよう、定期的に奇襲をかけさせろ」

「はっ」

 

 今回の襲撃失敗、敵の動きからも、後詰を狙われることは想定の内であったのだろう。

 そして、今の敵軍の動きでわかったことはそれだけではない。襲撃に備えて後詰への警戒度が高いことからも、敵が長期戦を狙っていることは明白であった。

 

「ハクよ……俺が疲労するまで待つつもりだな」

 

 指示統括、最終決定は己一つ。この広い盤面を注視し、指示を出し続ける労力は、確かに己に蓄積するものである。

 しかし、俺はこの決戦が終わるその時まで、ここを離れるつもりはない。故に、このような策を弄したのであろう。しかし──

 

「この俺の疲労と通信兵の解析が唯一の勝ち筋とはいえ……長期戦狙いとはな。ハクよ、貴様に消極的な策を取らせるつもりなど毛頭ない」

 

 長期戦を取ることによって、鎖の巫女がこちらの指示を傍受、解析し、戦場に生かすつもりなのだろう。

 しかし、こちらも複雑な暗号化と、それに伴う時間変更、短文指示という三つの対策を用意している。

 伝達する速度、指令が末端まで行き渡る時間は以前よりも遅くなりはしたが、敵の戦太鼓での指令などという前時代的な指令よりは圧倒的に早い。

 

 なれば、この通信兵の利を生かしたまま、解析する暇すら与えぬ。

 

「神速のライコウ、その手腕を見せてやろう」

 

 いつまでも後詰を護れるわけではない。我が波状攻撃に耐えられるかな。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 オシュトルは平原の傍にある小高い丘から、目下戦場を眺めていた。

 ハクの軍はライコウの軍に翻弄され、分断され、それぞれの確固撃破を狙われている。各々の将の奮起によって少し戦線を押し戻すも、再び戦線を大きく戻される。戦場を支配するライコウの軍は、縦に大きく伸び、ライコウのいる本陣から遠く離れた場所で戦ってしまっている。

 

 戦況は誰が見ても芳しくはない。

 しかし、ハクもやられてばかりとはいかない筈、きっと形勢逆転の芽はあるであろう。

 

 ぴり、と静かな殺気が場に満ちる。

 

 ──来たか。

 

「ここからは戦場がよく見える……仮面の力を使えば、敵味方問わず大打撃を与えられる立地だ」

「……久しいな、ミカヅチ」

「久しいな、オシュトル」

 

 ミカヅチは、某の横に立つと同じように戦場を眺めた。

 互いに死地、しかし武器はいつでも抜ける状態を維持している。

 

「よくぞ、某の居場所を見抜いた」

「フン……もし貴様が来るとするならば、ここしかないと兄者に言われてな。相も変わらず頼りになるものよ」

 

 互いの表情を見ることも無い。

 しかし、同じヤマトを憂い、帝に忠を尽くしてきた友であるからこそわかる。

 

 きっと、笑っているのだ。

 この決戦を機に、某も昂っている。何とか己を諫めようとしたが、できなかった。

 死を覚悟した故に二度と決着をつけること叶わぬと諦めたこともある。しかし、今ここで、お互い十全の力を以って戦う機会が訪れたのだ。

 

「──闘ろうぞ、オシュトル」

 

 喜色を帯びたその声に、剣を持つ小指がぴくりと震え応える。

 

 その言葉だけで良い。

 もはや互いに問答は必要ない。

 

 ミカヅチが発した言葉を機に、己の神速の剣をミカヅチへと放った。

 

「ッ──」

 

 空気が破裂するほどの衝撃。

 剣を放ったのは全くの同時であった。某の剣に難なく打ち合うミカヅチの大剣、地は抉れ互いの体は大きく後退する。

 

 土煙が濛々と上がるその切れ目に、ミカヅチは某の顔を見て──その表情を歓喜に歪めた。

 

「──いいぞ、オシュトル! その目だ! 敵と定め! 屠る! それでこそ、生涯の好敵手! この俺がただ一人認めた──宿敵オシュトルッ!!」

「ミカヅチィッ!!」

 

 裂帛の咆哮と共に互いの剣が交差する。

 かつてない強敵、己が認める己を超え得る最強の友、数多の想いを胸に二人の剣は金属とは思えぬ音を響かせ、その火花を散らした。

 

 ──仮面は使うなよ。

 

 ハクの言葉が脳裏に過る。しかし、いざとなれば使わざるを得ないかもしれぬ。

 仮面の力を引き出すには隙ができる。その隙を与えぬままに剣を交える。それだけが、己が生き残る道なのだ。

 

 戦場はまだ半ばである。

 戦が終わるまで、ハクがライコウを討つまで、己は剣を振り続ける。母との約束を果たすため。ハクとの約束を果たすため。ネコネとの約束を果たすため。マロロとの──

 

「「──おおおおおおおッッ!!」」

 

 己に剣が掠め、血が走るたびに、仲間の表情と約束が思い浮かぶ──生き残る、そう誓った。

 そして仲間だけではない。目の前の友をも救うため、某は剣を振り続ける。

 

 一際大きい剣戟を交わし、ぎりぎりと互いの剣を以って相手に圧をかける。

 瞳が交差する距離。ミカヅチの瞳には某の姿が、某の瞳には己の狂喜に満ちた表情が映っていることを確認し、なおその笑みを深くする。

 

「──やるな、強敵よ」

「──ああ、其方もな」

 

 互角。

 これであれば、いくらでも剣を交えることができる。

 いや、違う──終わってなどくれるな。

 

 亡き父上の姿を夢想する。

 憧れ、その背に追いつくと誓った存在。

 

 ──父上、某は数多の仲間に支えられて生きておりまする。故にこそ、こうして頼り頼られ、父上のように戦うことができたのです。某の……俺の勇姿を、とくと御覧あれ! 

 

「はあああああッッ!」

「があああああッッ!」

 

 咆哮と共に打ち合う度、己の筋肉が悲鳴を上げる──否。歓喜の声に震えている。

 交錯する必死の剣がミカヅチの腿を掠る。小さな裂傷は互いに十を超えた。

 

 ハクが──仲間がいるからこそ、俺は今ここで戦える。

 終わってなどくれるな。一人ではない。俺だけではない──俺達の、決戦である。

 

「ミカヅチィイッッ!!」

「オシュトルゥッッ!!」

 

 双璧とうたわれる者達の決闘は、戦地から離れた──誰の目にも届かぬ小高い丘の上で始まった。

 

 その戦いは数多の戦場の中で最も苛烈を極め、互いの剣技に血風が舞う様は見惚れる程に美しいものであった。しかし、それが誰の目にも映らぬことを惜しむことはない。互いの瞳にのみ映っていればいいと、某もミカヅチも、きっと感じていたのだろう。

 

 ミカヅチとオシュトルの剣戟は、その後も延々と鳴り響き続けた。

 

 

 


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