【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第三十四話 郷愁あるもの

「どうした、ハク殿! それでは敵中突破など下の下であるぞ!」

「ぐ……!」

 

 自分は今、ムネチカと鍛錬を積んでいるところだった。

 以前はオシュトルとヤクトワルトに刀剣の扱い──長巻を用いた戦い方を教わっていたのだが、そのヤクトワルトはウズールッシャに旅立ってしまった。

 であれば、鍛錬が減って執務に時間をかけられると思っていた矢先、ムネチカが代替の鍛錬を提案してきたのだ。初めは有難迷惑であると断ろうかと思っていたが、ムネチカの熱心な嘆願とオシュトルの決定によりこうして二人鍛錬することになってしまった。

 

「ぐっ……!」

「ハク殿、小生を間合いに入らせぬようにしなければ!」

「そ、そんなこと言ったってな……!」

 

 猛然と打ち合うも、じりじりと後退を余儀なくされている。

 ムネチカは平民でありながらも、その武をもってして数多の功績を挙げ、八柱将を任命された者だ。それどころか、兄貴──帝から仮面を託された存在である。

 オシュトルと鍛錬を積んでいたと言っても、未だ実力は遠く及ばないのだ。それに、気迫が凄くてなんか怖い。思わずへっぴり腰になってしまうのも仕方がないのだ。

 

「うっ……」

「追いつめましたぞ、ハク殿。ここからどうなされるおつもりか」

 

 吐息がかかるほどに追いつめられ、ぎゃりぎゃりと金属音を響かせ押し合い状態になる。

 仮面の力を使おうとしなくても、今の自分の筋力は並より上。しかし、歴戦のムネチカも並より上どころか上の上なのだ。力の使い方も上手い。早々に切り抜けねばならない。

 

 仕方がない、オシュトルに習った技を使うか──

 

「──む!」

 

 ムネチカは自分の瞳と表情を見て、何らかの技をかけられると思ったのだろう。

 思わず、といった動きであった。ムネチカは警戒して後ろに下がるように力を抜いたのだ。

 

「──今だッ!」

「ッ! 見事!」

 

 ムネチカが引いた瞬間に合わせて、強引に力を込めて相手の体勢を崩す。

 しかし、体勢を崩したまでは良かったが、慣れぬ技を使ったせいだろう。自分も体勢を崩してしまった。

 

「ぬ、ぬおおッ!?」

「なっ……!?」

 

 どさりと二人縺れるようにして地面に倒れ込んでしまう。傍から見れば自分が押し倒したような形だ。

 その際に、ムネチカの包み込むような柔らかな感触を頬に感じ、血の気が引いて思わず飛び起きた。

 

「す、すまん!」

「ん、あっ……! い、いや……小生は大丈夫だ」

 

 急いで顔を上げようとしたせいだろう、左手が何を掴んでいるかも理解せずに体重をかけてしまう。

 ムネチカは気にしていないようだが、がっつり頬と左手で触れてしまった。事故とは言え、謝った方がいいだろうな。

 

「すまん……」

「い、いいのだ。訓練時にこういったことは付き物だ。そう意識された方が小生はやりにくい」

「そうか……あんたがそう言うなら、気にしないようにする」

「……ああ、そうしてくれ。し、しかし、ハク殿も随分成長したものだ。小生の体勢をこうも崩すとは」

 

 ムネチカは気丈にそう言うも、幾分頬を染めてがっつり掴まれた部位を抑えている。

 何だかんだムネチカも気にしているみたいだ。まあそりゃ、気分のいいもんではないよな。

 

「……この後、何か奢るぞ」

「ハク殿……小生は気にしなくても良いと言ったのだ」

「まあ、そうは言うがな。これからも訓練中にこういったことはあるかもしれないだろ? こっちも遠慮なく戦いたいのは本音だし、奢りはその罪滅ぼしみたいなもんだ」

「……小生は武骨な武人。女の身であることなどとうに忘れている、遠慮は無用だ」

 

 そうは言うがな。

 こっちも訓練に付き合っている手前、償いはいるだろう。相手が気分よく受け取ってくれるように言葉を考える。

 

「……まあ、自分が奢りたいだけだ。あんたみたいな美人に触っちまった役得ってやつだな」

「び……」

 

 ムネチカは動揺したように目を瞬かせる。

 暫く唇を噛んで固まっていると、こほんと咳をして誤魔化した。

 

「ハク殿、揶揄われるのはやめていただきたい」

「いやいや、前から思っていたことだ」

「……し、小生に、女を感じると申されるか」

「……そういう言い方をされると、なんか自分が助平野郎みたくなるからやめてくれ」

 

 ムネチカは戸惑うように目を反らし口元を隠していた。

 何だ、ムネチカのような美人であれば、こういった言葉は常受けているものだと思っていたが、案外そうでもないのだろうか。

 まあ、トキフサがムネチカに対して恐怖していたことから、武力の無い男は近づき難いのかもしれないな。

 

 その日は、その後再び訓練という空気にもならず、気まずさを解消するためにも二人で訓練場を離れた。

 

 奢るためという名目ではあるが、その辺のものを買うのも忍びない。故に何か物珍しいものは無いかと他国からの行商人も集まる商人区に足を運んだのだった。

 その際も、ムネチカは奢られることに対して殊更に遠慮していたが、頑固に誇示していると諦めてくれたのだろう。暫くすると一緒に商品を眺めるようになってくれた。

 

「お、これなんかどうだ?」

「いや……ハク殿の懐を思えば、少し高いのではないだろうか」

「まあ、クオンが財布握っているだけだからな。泣きつけばいくらか返してくれるさ」

「しかし……むっ……」

 

 提示されれば断ることを繰り返す遠慮がちなムネチカであったが、突然電撃が走ったように視線が一方を向く。

 何かあったのだろうかと、思わずムネチカの見る出店の一角に目をやる。すると、何やら女児向けの玩具屋があった。ムネチカのような大人の女性が興味を示すものとしては些か意外なものだ。

 

「ムネチカ?」

「……」

「おい? ムネチカ、聞いてるか?」

「むっ、な、何事か、ハク殿」

 

 何事はこっちの台詞だ。急に動かなくなるからびっくりするわ。

 しかし、そこまで興味の引かれるものがあったというのだろうか。ムネチカの視線は未だちらちらとそちらの方へ向いている。

 

「興味があるなら見てみるか?」

「い……いや、小生が興味を引かれているわけではなくて、な」

「……まあ、見るだけだ。行こうぜ」

 

 焦って否定するムネチカであるが、視線は出店から外れない。

 そんなに気になるなら行くかと足を運ぶことにする。出店の前に行くと、可愛い笑顔を浮かべる若い女性行商人だった。

 

「いらっしゃいませ! ご夫婦ですか? お子様用に揃っていますよ!」

「い、いや! 夫婦などではない」

「ああ、友人だ」

 

 動揺したように慌てて否定するムネチカ。

 まあ、違うことは違うが、そう勢い込んで否定せずとも良かろうに。開口一番にする、ただの商人の鉄板ネタだ。

 

「そうでしたか、失礼致しました! でしたら贈答用ですか?」

「まあ、そんなとこだ」

 

 行商人の毒の無い笑みと商人気質な話に相槌を打ちながら、商品を眺める。

 縫いぐるみ、というやつだな。シノノンとかが喜びそうだ。そういえば、ムネチカもシノノンのことを心配していたな。なるほど、シノノン用に一つ自分に買ってもらい、それを贈答しようとでも思ったのかもしれない。

 

「なるほど……優しい奴だな」

「む……? 何か申されたか、ハク殿」

 

 そう思ってムネチカを見た時には、目を皿のようにして商品を眺め夢中になって縫いぐるみを手に取り漁っていた。

 もしかして、ただの趣味か。しかし、武人としてのムネチカと、目の前の縫いぐるみを好むムネチカがあまり一致しないな。

 

「……何か、気に入ったのはあったか?」

「そ、そうだな……小生はこれなど、可愛らしく良いと思う」

 

 ムネチカが些か恥ずかしそうに、しかし大事に抱いている縫いぐるみを見る。

 大きさはシノノンより少し小さいくらいだろうか。布も糸も上等なものを使っており、綿も詰まって抱き心地がよさそうだ。

 安くはないかもしれないと値札を見れば、意外にそこまで高くはない。懐事情もこれなら安心だ。ムネチカにそれにするかと言って買うことにした。

 

「……本当に良いのか? ハク殿」

「ああ、明日も鍛錬頼んだぜ。決戦まで日が無いからな」

「……感謝する」

「いやいや、こっちが礼をする方さ」

 

 ムネチカも忙しい合間を縫って自分との鍛錬に時間を割いているのだ。礼はこちらの台詞でもある。

 まあ、本音は鍛錬したくないので、あまり血気盛んになられても困るが、これで幾分気まずさが消えるなら良い買い物である。

 ムネチカとは皇女さん対応で協力することもある手前、良き友人としていたかったのだ。

 

 その日、ムネチカは買った縫いぐるみを大事に抱えてその場を去った。

 道行く人が巨大な縫いぐるみを抱えるムネチカを見てぎょっとすることもあったが、まあ気持ちはわかる。彼らの反応的に、多分あれは贈答用で、自分用で買ったとは思わないだろうな。

 

 ──そんな日が、以前あった。

 

 それから、シノノンと共にムネチカの縫いぐるみだらけの自室にお邪魔し、あの時買った縫いぐるみも飾ってあったりして大事にしてくれていることがわかった。多くの縫いぐるみを自作し部屋に飾っているムネチカにとっては、あの縫いぐるみも自分用だったのだろう。

 予想と違いシノノン用では無かったが、ムネチカと一緒に縫いぐるみで遊ぶシノノンは、それはもう寂しさを感じさせないほどに楽しそうであった。

 ならばそれで良いことにする。元々、ムネチカに渡したものだしな。

 

 そして、以後ムネチカとの鍛錬も気まずさが無くなり、武器を遠慮なく打ち合う日々を続けていた頃であった。

 訓練が終わり木陰で二人休憩していた時、ムネチカから一つの相談事をされた。

 

「──皇女さんの元気が無い?」

「そうなのだ、ハク殿であれば……と」

 

 シノノンが落ち込んでいるのは知っていたが、皇女さんが元気無いのは知らなかったな。

 自分の前ではあまりそういう姿は見せなかったが。それどころか、トリコリさんのところに一緒に行く時も元気いっぱいである。

 

「内心ではやはりエントゥア殿やヤクトワルト殿との別れ、そして帝都への郷愁に沈んでおられるご様子なのだ」

「? 郷愁ってのは?」

 

 別れに関してはわかるが、郷愁ってのはどういうことなのだろうか。

 

「実は……時折、都の方を眺め溜息をつくことがあるのだ」

「そうか、まあ……決戦も近いしな」

 

 皇女さんなりに帝都奪還が近づいたことで、悩み考えているのだろう。

 旗印として成長してくれていることは感じているが、その分無理もさせているのかもしれんな。

 

「うむ、御側付きであるルルティエ殿の意見も伺ったが……」

「いい案が出なかったと」

「そうなのだ……」

 

 まあ、郷愁に関しては、結局帝都奪還することが一番の近道である。

 帝都由来のものをいくら差しだそうとも、誤魔化しにしかならんからな。

 

「ただ小生も諦めきれず、方々に相談したところ……何か拠り所があればということになったのだ」

「拠り所?」

「そう……今の聖上に必要な拠り所、親の愛情である」

 

 親の愛情ねえ。

 兄貴は死に、ホノカさんもどうなったかわからない。確かに、今の皇女さんに親はいないとも言える。

 ただ、自分を叔父ちゃんと揶揄ったり、トリコリさんとこに甘えに行ったりしているのだ、心配ないような気もするが──ムネチカの真剣に悩む姿を見てしまったら、少し協力した方がいいのかもしれないと思い直す。

 

 しかし、その親の愛情とやらをどう解決するつもりなのか。

 

「親の愛情ったって、ムネチカがどうにかできるもんなのか?」

「……実は、故にこうしてハク殿に相談させていただいたのだ」

「? どういうことだ」

「つまり……聖上の前では我ら二人が父と母──夫婦のようなものとなるのが良いかと」

「皇女さんの前で、ムネチカと、自分が?」

「うむ」

 

 妙案であろう、と些か自信ありげに言う。

 ムネチカもフミルィルと同じ思考の持ち主だったらしい。この年頃の女性は子どもが落ち込んだら親代わりになるのがいいと思ってしまうものなのだろうか。

 

「ハク殿は以前、シノノンを元気づけるためにフミルィル殿と夫婦の演技をしたとお聞きした。小生らも同じく、聖上の前で仮の夫婦となり安心させることで……かの笑みを取り戻すこともできるのではと思った次第」

「……そ、そういうことか」

 

 同じ思考ではなく、ただフミルィルに相談して聞いただけみたいだ。ただ、それで納得するあたり、同じ思考と言っても過言ではないのかもしれないが。

 まあ、確かにシノノンには一定効果はあり、少し元気になった。しかし皇女さんの精神年齢はシノノンより高い──いや、シノノンの方がしっかりしているな。皇女さんの方が幼いから効果はあるのか。

 

「協力してくれぬだろうか」

「まあ……他の案があるわけでもないし、いいが」

「おお、ハク殿……感謝する」

 

 何でも物は試しである。前回のフミルィルは傾国の美女であるからして起こった不幸な出来事だった。

 目の前のムネチカであれば、そうおかしなことにもなるまい。

 

 じゃ皇女さんの元に行くかと立ちあがろうとすると、ムネチカに呼び止められた。

 まだ何か提案があるらしい。

 

「して、聖上の前で演技をするにあたり……少し頼みがあるのだ」

「ん、何だ?」

「シノノンから、夫婦として甘えるには愛が無くては意味がない……そう言われたとフミルィル殿からお聞きした」

「……ああ、まあ。そういえばそんなこと言っていたな」

 

 あまり思い出したくない痛みの記憶も呼び覚まされるが、そんなことを言っていたような気もする。

 それがどうかしたのだろうか。

 

「いくら仮とはいえ、聖上も違和感のある夫婦では甘えきれぬだろう」

「……そうか?」

「小生はそう思う」

「……そ、そうか」

 

 力強くそう言われてしまえば、頷く他ない。

 訓練の時もそうだが、口調と眼光と威圧感が合わさってついつい押し切られてしまうんだよな。顔近づいて来るし。

 

 まあ、皇女さんを近くで最も見てきたのはムネチカでもあるのだ。そう言うならばそうなのだろうとあまり考えないようにする。

 

「それで、違和感を消すためにどうするんだ?」

「小生を──ムネちゃん、と呼んでくれぬだろうか」

「……は?」

「お、おかしいだろうか」

 

 おかしいだろ。

 ちゃん付けされるような人でもあるまいし。さんとか、様とか、女史とか呼ばれる地位じゃないのか。

 ムネチカが動揺しているように頬を染めながら提案している様子は珍しいものの、かといってすぐさま頷ける提案でも無い。

 

「夫婦であれば愛称で呼び合うものと聞いている。私は昔から……名前にちゃんと付けて呼ばれたことがなくてな……あ、憧れなのだ」

「憧れ……」

「む……や、やはりおかしいだろうか」

「いや、わかったよ」

 

 会話を続けて、これ以上理由を掘り出すとムネチカの弱みを引き出しかねない。

 こういう強い女性の弱みを長く握っていることは後々の復讐に繋がる──具体的には鍛錬等でしばかれる。早々に了承することにした。

 

「感謝する」

「じゃ、皇女さんのところに行く──」

「──も、もう一つあるのだが、申しても良いだろうか?」

「……ああ」

 

 何個あるんだよ。

 さっきから立ちあがろうとしたり座ったりで自分が忙しい。いつもは要点まとめて話すムネチカであるが、こういった願い事は不慣れなのだろう。改めて座り直す。

 

「ハク殿、そなたのことを──ハッくんと呼んでもいいだろうか」

「は、ハッくん……!?」

 

 何だその妙な愛称は。

 自分は今、腕組みをしながら目を瞑って苦虫を噛み潰したような表情になっていることであろう。

 しかし、これからもヤクトワルトの代わりに沢山訓練を共にする相手なのだ。この辺りで了承しておけば、訓練も少しは優しくなるかもしれない。

 ムネチカは無言の自分を見て提案を蹴られると思ったのだろうか、徐々にその表情が暗くなっていく。

 

「了承……致しかねるだろうか」

「……い、いいぞ」

「おお……! 感謝する、ハクど──いや、ハッくん」

「いいってことさ……ムネちゃん」

 

 ムネチカは自分の名を愛称で呼ばれ、先ほどの暗い表情から一転し目を瞑って感動に打ち震えている。

 

 何だろう。皇女さんを励ますことが主題だった筈だが、ただムネチカの夢を叶えているだけのような気がしてきた。

 ムネチカ程の美人であれば、将来の旦那などすぐに見つかりそうなものだが。あまり代替に自分を使わないでほしいものだ。

 

「じゃ、行くか」

「ああ、ハッくん」

「……」

 

 慣れない。

 些か寒気のする一生慣れない行為だろうが、ムネチカはお堅い見た目に反して縫いぐるみなど少女趣味的なところがあるのかもしれない。そう思えば、可愛いものだ──自分を巻き込むのは止めてほしいが。

 二人で訓練後故に乱れた身なりを整えた後、一緒に皇女さんの部屋へと歩く。中に皇女さんの気配を感じた後、声をかけて襖を開いた。

 

「皇女さん? いるか?」

「む……? おお、ハクか! 其方から余の元に来るなど珍しいの──なんじゃ、ムネチカも一緒か」

「失礼いたしまする」

 

 自分を見て向日葵のような笑顔を向けた皇女さんだったが、遅れて入ってきたムネチカに眉を寄せた。

 そんな態度を急変させるなよ、ムネチカ傷つくだろうが。と隣を見るも、気にした風は無い。

 まあ、普段からびしばし厳しくやっているようだから、こういった態度になるのは当然だと思っているのかもしれない。

 

「それで、二人揃ってどうしたのじゃ?」

「ああ、まあ……」

 

 どう切りだすか迷いながら、皇女さんの周囲を見回す。

 元気が無いと言われる割には、御菓子や読み散らかした書物が散乱しており、随分満喫しているようにも見えた。

 

「……えらい散らかってるな」

「なんじゃと? ハクも人の事は言えんであろうに」

「まあ……そうだが」

 

 応答も元気そのものだ。

 疑いの目を向け、どう話をすればいいかわからない自分を他所に、ムネチカは燦然と前に出て言葉を発した。

 

「聖上」

「ん?」

「小生、聖上の御心に気付かず、寂しい思いをさせておりました」

「ど、どうしたのじゃ? そんな改まって」

 

 困惑する皇女さんにさらに詰め寄り、ムネチカは変わらぬ真剣な表情で続ける。

 

「故なれば、このムネチカを母と……そして小生の隣に居られるハク殿──ハッくんを父と思い、甘えて頂いて構いませぬ」

「は? 母? ハッくん? 父? ちょ、ムネチカよ、何の冗談じゃ?」

 

 開いた口が塞がらないといったように、自分とムネチカを交互に眺め指さす皇女さん。

 

 ──まあ、気持ちはわかる。

 

 ムネチカの絶望的なまでの切り出し方と言葉の足りなさに、頭を抱えた。

 ムネチカは周囲の動揺をさして気にもせず、皇女さんの戸惑いを遠慮ととったのか、慈しむように言葉を重ねた。

 

「隠しめさるな。帝がお隠れになったこと、忠臣と別ったこと、さぞや寂しさを募らせたことかと。小生では力不足ではありますが……」

「ムネチカ、其方はさっきから何を──」

「しかし、我ら二人であれば、添い寝でも何でも、お申し付けくださればこのムネチカとハッくんが聖上の父母として相手を致しまする。そうでありましょう、ハッくん」

「……」

 

 気付いたのだが──皇女さんとムネチカの間には大きく違う空気が流れているように感じる。

 ムネチカの空回りだなと確信がしなくもなかったが、ムネチカと事前にあれだけ打ち合わせ、願いを聞いた手前、自分だけ早々に折れるわけにもいかなかった。

 

 ムネチカは未だ返答の無い自分に、不安そうに再び問うてきた。これは、自分も恥を忍んで夫婦ごっこをする覚悟を決めるか。

 

「そ、そうであるな?」

「……ああ、ムネちゃん」

「! うむ……さあ聖上、我ら夫婦に存分に甘えていただきたく思いまする」

 

 ムネちゃんと呼ばれ恭しく頷いた後、さあ、と大きく手を広げて愛を見せるムネチカ。

 一方、皇女さんはそんなムネチカと苦笑交じりの自分を交互に見やり、戸惑いで目をまんまると見開いていた。

 

「そ、其方とハクが、め、夫婦……?」

「そうなりましょうか」

「は……ハッくん? ムネちゃん? とは?」

「聖上が安心して甘えられる夫婦となるため、以前より愛称で呼ばせていただいておりまする」

 

 以前っていっても、ついさっきだけどな。

 皇女さんは殊更に驚き、動揺で体を硬直させながらも疑問を投げた。

 

「……い、いつからじゃ?」

「? いつからとは?」

「そ、其方らが夫婦となったのはいつなのじゃ!?」

「……本日、でありますが」

「ほ、本日、じゃと……? であれば、そ、其方らは余に婚姻報告をしにきたというのか!? ハク! ネコネの件はどうなったのじゃ!?」

 

 皇女さんが盛大に方向の違う勘違いをし始めている。

 これは流石に訂正しないと後が面倒である。

 

「いやいや、そうじゃなくてだな。ムネチカは皇女さんが心配で、自分達を親のように思ってくれってことで来たんだよ」

「……な、ならば、ハッくんやらムネちゃんというのは」

 

 ──それはムネチカの趣味だ。

 

 と、言いかけたが、それも皇女さんに心から安心してもらおうと思って考えたムネチカの案である。

 今思えば、この案を通してしまったことがこのややこしさを加速させている出来事であると後悔が尽きない。

 

「えーと、つまり、皇女さんの前でだけ仮の父母となると言っても、仲睦まじい様子じゃなかったら違和感があるだろ? だから、こうしようということになってだな……」

「な、なあんじゃそれは! そもそも、余は其方らの夫婦ごっこなど求めておらん!」

「そう……でありましたか」

 

 皇女さんの言を聞き、残念そうに肩を落とすムネチカ。

 であれば、結局皇女さんの落ち込みようは、どこから出てきた情報なのか。

 

「と、というか、演技でもハクと夫婦などそんなうらやまけしからん行為許すはずが……し、しかし余のもとで添い寝するという案なら多少は目を──」

「なあ、皇女さん」

「ん!? な、なんじゃ?」

「結局、ムネチカが言うように落ち込んでいるってのは本当なのか?」

「む……そ、そのことか」

 

 皇女さんは実に物憂げな表情をして、帝都を見やる。

 

「……帝都奪還がなれば、新作も読めるやも……とな」

「……」

 

 皇女さんの杞憂は帝都奪還ではなく、帝都で出回っている本のことだったらしい。

 ヤクトワルト達のことは勿論心配であるが、その武についてしっかり評価していることから余り心配はしていないそうだ。

 何だよ、それならそうと早くわかっていれば、こんな気疲れもしなかったろうに。

 

 文句を言おうとムネチカを見るが、皇女さんの憂鬱に同調したように頷いていた。

 何だ、これ結局自分の気苦労が意味なかっただけか。

 

「……そうなのじゃ、きっとこの痛みは──」

 

 皇女さんが最後に呟いた台詞は聞き取れなかった。

 違和感に振り向いた時にはそこには笑顔を浮かべる皇女さんの顔があった。なんだ、やっぱり元気だったようだ。

 

 ──そんなことがあった、数日後の訓練である。

 

「──では、行くぞ! ハッくん!」

「そ、それは止めてくれって言っただろ!」

「なれば、小生を打ち破ってから命ずるが良い!」

「そういう武家的な願いじゃなく!」

 

 妙な呼び名が気に行ったのか、二人きりの時や稽古の時はたまに思いだしたように呼んでくるので性質が悪い。

 何度か止めるよう言うもこうして守られていないのが現状である。

 

 訓練場に集まる皆々から笑い声を上げられながら、ムネチカと二人手甲を打ち合うのだった。

 




私こう見えても夫婦プレイには目が無くてね……。
初代うたわれるものでも、ハクオロさんとウルトリィの夫婦ごっこもだいすこです。フミルィルもきっと継承している筈!

しかし、前回の話に合わせて、ようやくフミルィルとムネチカの二人と絡むことができました。
長かったハク包囲網の構築も残りわずかです。後は男連中のフラグだ。(嘘)


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