【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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第三十二話 別つもの

 明朝、自分はオシュトルの執務室にてオムチャッコ平原決戦案について相談していたところだった。

 朝の静かな空気に似合わぬ大きな足音が響き、勢いよく襖が開け放たれた。

 

「──で、伝令! 兄上はいらっしゃいますか!?」

「どうした、キウル」

「ああ、兄上! ハクさんもいらしたのですね! 伝令です!」

 

 かなりの焦りの表情で駆けこんできたキウル。

 その伝令の内容に、驚きを隠すことができなかった。

 

「ウズールッシャからの、使者……だと?」

 

 ウズールッシャが何故今になってここに来る。

 以前、ヤクトワルトの兄であるヤムマキリが祖国レタルモシリ平定を目的として交渉に来たことがあったが、それは前回追い返したことで済んだ。以後、ヤムマキリは約束を守ったようでウズールッシャの兵はこちらに来ることは無かった筈だ。

 

「して、誰に面会を求めていると?」

「元ウズールッシャ千人長ゼグニの娘と会いたい……と」

「何? ウズールッシャのゼグニ……だと」

 

 ゼグニの娘──エントゥア、か。

 

 ここに来て、エントゥアが鍵となるとは。

 以前ヤムマキリを追い返した際は、自分とキウル、そしてヤクトワルト、オウギ、エントゥアがその場で立ち合っており、オシュトルには簡易的な事後報告しかしていない。謁見の間には自分も同席した方が良いだろう。

 エントゥア、それにウズールッシャに縁があるヤクトワルトを呼ぶようキウルに伝え、謁見の間に急いだ。

 

 道すがら、オシュトルは考え込むように自分に聞いてきた。

 

「ハク、何故今エントゥア殿が……」

「わからん、とりあえず聞いてみないとな」

 

 エントゥアが元ウズールッシャであることは皆知り得ていることではあるが、エントゥアがゼグニの娘であることは、自分の他にはオシュトル、オウギ、ヤクトワルト、キウルしか預かり知らぬことである。

 

 オシュトルが何故知っているのか。

 それは、かつてのウズールッシャ皇グンドゥルアを追討していたオシュトルは、道を阻んだ一人の戦士を討ったと言う。その戦士こそが、エントゥアの父ゼグニ。オシュトルによって一騎打ちのもと討ち死にしたとのことだ。

 ゼグニを討った後エントゥアとも一度刃を交えたことがあるらしく、その辺りのことは詳しくは聞いていない。

 ただ、父の仇でありながらも帝都で囚われの身となっていたオシュトルを救ったことや、現在聖上に仕えてくれていることに関して、エントゥアには深く礼を言ったとのことである。

 

「某を仇としていたエントゥア殿はもはやいない。今は皆にとって無くてはならぬ存在である。何とか穏便に済めば良いが……」

「そうだな……それも、向こう次第か」

 

 エントゥアは皆の雑用に動くことが多かった。

 お茶汲み始め、書類整理、伝令、捕虜管理等々多岐に渡る業務をこなしてくれていた。雑用係と言えば聞こえは悪いが、この戦乱において重鎮達を繋ぐ雑用係は信頼できない者に任せられることではない。

 そして、生命線である重鎮達の食事等をルルティエと共に任せていることからも、オシュトルがいかにエントゥアを信用し、重用しているかはわかる。

 かつての仇としての付き合いから、共に立つ仲間としての存在へと変わったこともあり、オシュトルが穏便に済ませたい気持ちはよくよく伝わってきた。

 

「ま、心配すんな、オシュトル。ウズールッシャは今のエンナカムイならそう大した相手じゃ無いだろ?」

「うむ……そうであるな」

 

 エントゥア、そしてシノノンはヤムマキリとの約束により死んだことになっている筈である。しかし、こうして使者として参り、名指しで指名したと言うことは、生きていることが漏れた、もしくはヤムマキリが約束を破ったと言えるだろう。

 であれば、下手に隠し立てすれば危害が及ぶ可能性もある。もしエントゥアを利用しようとしての来訪であるとすれば、以前よりも強国となったエンナカムイである今ならばヤムマキリの時のような対応をせずとも良いかもしれない。強硬に出たとしてもウズールッシャの刺客程度追い返せる。

 

 ──そう、決してエントゥアやシノノンを再び利用させることはさせない。

 

 謁見の間に到着すれば、既に御前イワラジが使者と相対していた。

 謁見の間に、オシュトル、皇女さん、その側付としてムネチカ、また参謀としてマロロ、ネコネ、キウルが揃い、ヤクトワルトが護衛と補助を名目に参加、最後にエントゥアが息を切らせて入廷してきた。

 

「す、すいません……」

「いや、エントゥア殿。急に呼び出したのはこちらである。まずはこちらへ」

 

 エントゥアは謁見の間に集う面子に目を丸くした後、ウズールッシャの使者達に目を向け表情をさらに驚愕に歪めた。

 

「おお、壮健で何よりです。エントゥア殿……!」

「……お久しぶりですね」

 

 やはり、知り合いだったのか。

 ウズールッシャからの使者は四人。その全てが歴戦の戦士然としており、また数多の戦いを潜り抜けてきたような傷痕があった。

 しかしとて刺客の可能性もある。エントゥアを自分の傍に置いて、オシュトルは話を始めた。

 

「まずは、使者殿。遠方より我がエンナカムイに来ていただいたところ申し訳ありませぬが──此度ここに来た理由をお聞かせ願いたい」

「は、我らはウズールッシャの民、その一部族の長であります」

 

 かつてヤムマキリが所属していたのはレタルモシリだったか。

 目の前の四人が口々に言う部族の名は聞いたことは無かったが、ヤクトワルトとエントゥアはピンと来たらしい。

 

「ウズールッシャの中でも、レタルモシリより大きい豪族共じゃない」

「そうなのか」

「……」

 

 解説してくれるヤクトワルトと、気まずそうに黙っているエントゥア。

 使者は構わず話を続けた。

 

「現在、ウズールッシャの情勢は知っておられますか?」

「いや、グンドゥルア亡き後、混乱期にあるという以外は知らぬ」

「……オシュトル殿が申す通り、正しくウズールッシャは混乱期にあります」

 

 それは変わっていないようだ。

 であれば、何故エントゥアと会いたいと言ったのだろうか。

 

「しかし、その混乱期において一つの部族を元に大きく纏まろうとする動きがあります」

「それは?」

「レタルモシリ長、ヤムマキリであります」

「……そういうことか」

 

 ヤクトワルトは苦々し気に言葉を吐き捨てた。

 ヤムマキリはヤクトワルトの兄だった人物であり、目的のためには手段を選ばない冷酷な奴だったと記憶している。

 ただ、彼によってウズールッシャが纏まることの何が悪いのだろう。

 

「まとまるのはいいことじゃないか? 長く混乱期にあれば民を悪戯に害するだけだろう」

「……それは、ヤマトの情勢にあっても同じことを言えますかな?」

 

 なるほど。

 この二分されたヤマトを、仲良くライコウと握手してまとめることができるか、ってことか。そう思えば確かに無茶な話だ。

 つまりは、ヤムマキリにまとめられるのが納得いかない、って連中がここに来たと言うことだな。

 

 であれば、彼らもエントゥアやヤクトワルトの名を利用しに来たのだろうか。もしそうなら早めに断っておかなければと思い、皇女さんを利用して先手を打つことにした。

 

「エントゥア、ヤクトワルトはもはや聖上の信篤い忠臣だ。そうだろ? 皇女さん」

「そうなのじゃ! エントゥアもヤクトワルトも余のためにこれまで多大な功績を残しておる。ウズールッシャのために動くことはできぬのじゃ」

「……この話は、私達ウズールッシャだけの問題ではないのです」

「? どういうことだ」

「ヤムマキリは、レタルモシリだけでなくウズールッシャを強引にまとめるため、現朝廷に与するライコウと手を結んだのです」

「!! おいおい、そりゃ……」

 

 大問題である。

 イズルハ侵攻の際、妙に上手く行き過ぎたきらいはあった。警戒していたライコウの邪魔が無かったのである。それは、この布石を打つためのものであったと今更ながらに気付いた。

 一同も、その事実に驚愕している。

 

「……手を結ぶ、とは具体的には如何様なことであるか?」

「ヤムマキリは、以前よりヤマト侵攻には反対の姿勢を取っていた者であります。故に、ウズールッシャはヤマトに永遠に侵攻しない協定を結びました。つまり──属国となることを誓ったのです」

「属国……」

「属国と言えばまだ聞こえは良いですが、実態はただの隷従であります。国力の差は歴然、対等な交渉すらできません」

 

 まあ、そりゃそうだろうな。

 以前の戦でこてんぱんにやられたウズールッシャである。対等な協定など結べるはずも無い。しかし、それではなぜ協定を結んだのだろうか。

 

「ヤムマキリは、今のこの混乱期さえどうにかなれば良いと思っているのです。ヤマトの武具と金子を用いてウズールッシャの国を強引に纏めたのち、協定など捨てればいいと浅慮しておるのです」

「ま、奴の考えそうなことじゃない」

 

 ライコウはそれを許すことはないだろう。

 行われるのは一方的な協定無視を口実にした侵攻。ウズールッシャは今度こそ滅ぶことになる。しかし、たとえ協定を守ったとしても永遠にウズールッシャの芽が出ることは無い。

 この目の前の使者達は、その崩壊を食い止めるために来たのだ。

 

「しかし、そのヤムマキリ殿、といったか。その程度のこと気づきそうなものであるが」

「オシュトルの旦那、ヤムマキリは長でありながらレタルモシリという小さな部族としての考えしかもっていないんじゃない。故に、国同士のやりとりが頭にない」

「その通りであります。流石、陽炎のヤクトワルト様でありますな」

「……」

 

 面白くなさそうに沈黙するヤクトワルト。

 シノノン人質を理由にウズールッシャ軍でいいように使われていた手前、褒められても皮肉にしか感じないのはわかる。

 

「そんで、その協定を結ぶことによってどういう懸念が生まれるんだ?」

「ヤムマキリはヤマトの後ろ盾を得て急ぎウズールッシャを纏めた後、オシュトル陣営の後背を討つ策を講じる御積りです」

「……そりゃ、まずいな」

 

 来るべき決戦はオムチャッコ平原。

 ウズールッシャから立地的にも近い。ライコウとの決戦だけでなく、ライコウの指示に従って動くウズールッシャからの草や奇襲に脅えながら戦うことは現実的ではない。何らかの策を弄するほかないだろう。

 また仕事が増えるなと肩を重くしていると、使者達は本題に入るように姿勢を正した。

 

「故に、ヤマトの正当なる後継者である聖上、その総大将であらせられるオシュトル殿に問います」

「む……」

「我らはヤムマキリの野望を打ち砕くよう動きます。双方に利があると見て、亡きゼグニ様の娘であらせられるエントゥア殿を──今暫く我らに御貸し願えませんでしょうか?」

 

 エントゥアが怯えるように身を竦ませる。

 やはり、これが彼らの本題であったか。オシュトルは苦言を呈するように聞いた。

 

「……その心は?」

「我らは大きな部族の長といえども、代替わりしたばかりの者達であります。我らが元長は力もありましたが……グンドゥルアの元で戦死、もしくはヤムマキリに討たれてしまいました。我らだけでは実行力はヤムマキリに遠く及びません」

「それと、何故エントゥア殿が結びつくのだ」

「千人長……それはウズールッシャにおける戦士の中の戦士として認められた者のみに与えられる、将官における最高階級なのです。かつてのゼグニ様は千人長の役職だけでなく、数多の豪族を纏め、慕われ、気性の激しいグンドゥルアに唯一意見でき、その元で多くの兵をその武で救って来た漢であります」

 

 エントゥアの父って、随分買われているんだな。

 まあ、オシュトルと斬り合いしたところを含め、やはり凄腕の戦士だったのだろう。

 しかし、エントゥアが何故それでついていくことになるのだ。聞こうとすると、先に口に出したのはヤクトワルトだった。

 

「……それは親父の話だろ? エントゥアの嬢ちゃんには関係ないんじゃない?」

「いえ、亡きゼグニ様の娘、それだけで旗印となって集う者は多いのです……ゼグニ様は真にウズールッシャを憂い動いていた漢でもありました。我らは藁にも縋る思いでここまで来たのです」

 

 見れば、服の端には血や焼け焦げた痕も見えた。

 もしや、ここまで来るのに少なくない犠牲を払ってきたのかもしれない。そう思えば、ただ返すのも忍びないが、エントゥアを差しだすことだけは避けねばならない。

 

「しかしだな……」

「ええい、まどろっこしい! エントゥア様! 我らはあなたに聞きたいのです!」

 

 使者の一番後ろに座していた者が動いた。代表して話していた者を押しのけ、猛然と立ちあがりそう言う。

 ウズールッシャ特有の装具のため口元は隠れているが、声質から血気盛んな若者のようだ。

 

「祖国のためなのです! 我らと共に来てはいただけませんか!」

「し、しかし……」

「まさか、ここに残るなどと言うまいな! 彼はゼグニ様を討った敵ではないですか!?」

「……っ」

 

 オシュトルが目を剥いて絶句する。

 それを何故知り得ているのかは知らないが、ゼグニは英雄だったことからも誰かが伝え聞いたのだろう。ウズールッシャ内では有名な話なのかもしれない。

 エントゥアは声を震わせながらも、オシュトルのことについてだけは否定した。

 

「……今はオシュトル様に怨恨などありません。今の私にあるのは生かされた恩義のみです」

「……っ、しかし、隷従されるウズールッシャの民を思えば! 民を奴隷として定期的に供給する案すら出ているのですぞ! 貴女が旗印となるべきなのです。どうかご再考を!」

「やめないか!」

 

 他の使者が強引に取り押さえ、申し訳ないと深々頭を下げる。

 ウズールッシャの情勢は思った以上に困難なようだな。であればできることは何だろうか。この場では決め辛い。

 場の混乱を収めるように、オシュトルが言葉を発した。

 

「ウズールッシャの使者達よ。何分、急な話である。遠方より態々御出で疲労もありますれば……客間を用意してある故、ゆっくり休んでいただきたい」

「し、しかし……」

「エントゥア殿にも考える時間が必要である。情勢を思えば死出の旅となることもある。返答はまた後日にしていただきたく存じまする」

 

 そうだな。それが一番いいだろう。時間があれば妙案も浮かぶはずだ。

 しかし、使者の顔色は芳しくなかった。

 

「我らも虐げられる弱き豪族達の願いを負ってここまで来ているのです。無理なら無理で、早急に帰らねばなりません。今夜までに決めて頂きたい」

「ふむ……了解した。キウル、客人の案内を頼む」

「はい、兄上」

 

 キウルの先行で、使者達はぞろぞろと謁見の間を後にしていく。その足取りは重い。

 彼らは一刻も早く祖国へ帰らなければならないと考える程には切迫しているのだろう。

 

 ──さて、どうするべきか。

 

 謁見の間には案内中のキウルを除いた面子が揃う。

 皇女さんは難しい表情で口を結び、ムネチカもまた眉を潜めて考えている。ネコネやマロロ、ヤクトワルトも黙って何事か思案している。エントゥアは、皆の態度を見て申し訳なさそうに体を縮こまらせていた。

 オシュトルが一同を眺めた後、苦々し気に問うた。

 

「どうするべきだ、ハク」

「そうだな……とりあえず、エントゥアを差しだすのは却下だ」

「当然なのです」

「しかし、どうするのでおじゃ?」

 

 憤然と肯定するネコネと、しかし使者にどう伝えるべきか迷うマロロに、先ほどまで考えていたことを伝えた。

 

「ウズールッシャの情勢を安定させるまではいかなくとも──ヤムマキリの邪魔さえ無くせればいいんだろ?」

「ふむ……確かにそうであるな」

「今さえ凌げればいいというのがハク殿の考えなのでおじゃ?」

「ああ、ライコウさえ倒せれば、協定自体がお陀仏になるだろ?」

「なるほど……なら、こちらも金子や兵を貸し与えるとかして、対抗するのがいいんじゃない?」

「しかし、その金と兵をどこから出すのです?」

「む? 無いのか?」

「聖上……小生が来る戦に向けて、軍備増強にこれだけ使いますと確認した筈ですが」

「も、勿論、ムネチカが言ったことは覚えておるぞ!」

 

 ヤクトワルトの案も悪くはないが、ムネチカとネコネの言う通り金と兵はいくらあっても困るものではない。ウズールッシャにどれだけ費やせるかは甚だ疑問であった。

 

「ネコネ、実際ウズールッシャに供出しようと思ったら……どうなんだ?」

「……現状は難しいのです。平原決戦に用いる策に必要な人員を整理したばかりですが、今でもぎりぎりなのです」

「それに彼らはヤマトの為に集った者達である……いくら某の命と言っても聞くまい」

「そうでおじゃるな……ウズールッシャの混乱を抑えるため彼の地で戦えと言っても兵が納得しないのでおじゃ」

 

 オシュトルとマロロ、ネコネの言は尤もである。であれば、他に支援する策が必要だが──何があるだろうか。

 

 皆が再びうーんと押し黙ってしまった空間の中で、一人手をあげたものがいた。

 皆の視線が集まる中、彼女は言葉を発した。

 

「──私が、ウズールッシャに行きます」

「……な」

 

 エントゥアは、決意の籠った瞳で皆を見回した。

 皆がエントゥアをどう行かさないようにするか考えている間、エントゥアはずっと自分が行くことを考えていたのか。

 

「それはならぬのじゃ! エントゥアが行っても解決はせん!」

「いいえ、アンジュ様。私の策を聞けば、皆が納得すると思います」

「……策とは?」

 

 エントゥアは、オシュトルの問いに暫く言葉を整理するように沈黙した後、ぽつりと一つの提案をした。

 

「その前にまず……私と共に連れていきたい方がいるのです」

「誰だ?」

「──ボコイナンテさんです」

 

 その言葉に皆が驚愕しながらも、エントゥアは梃子でも動かぬようにその案を強調した。

 他に案がないことからも一応は聞こうということになり、キウルが合流した後、衛士に拘束されたボコイナンテが謁見の間に連れて来られた。

 

「な、な、こ、こんなところに連れてきてどういうつもりでありますか!」

「大丈夫だ、エントゥアが呼んだんだよ」

「エントゥア殿が……?」

 

 処刑でもされるのかと思ったのだろう。

 しかし、ボコイナンテはエントゥアの名と姿を見て、その怯えを落ち着かせた。皆が揃う中、ボコイナンテを目前として聞きたいことがあると、エントゥアは告げた。

 

「……ボコイナンテさん、あなたはウズールッシャに縁があると前に話しましたね?」

「た、確かに……デコポンポ様はガウンジを捕えるためにもウズールッシャの豪族や商人共と秘密裏に仲良くしていたのであります」

「ほお……数は?」

「それほど多くは無いのであります。あくまで秘密裏であるからしてヤマト侵攻の際も遠慮なく戦ったのでありますが……」

 

 ボコイナンテ達がウズールッシャに縁があるとは初耳だった。

 しかし、今思い返せばエンナカムイ侵攻の際、ウズールッシャの奥地にしか生息しないというガウンジを調教していたことなど、確かに縁故のある素振りは見せていた。

 

「では、隠し財産は?」

「……多いのであります。ウズールッシャは未開の地も多く至る所に廃坑を作り隠しており……またデコポンポ様の息のかかった盗賊や密売人の資金ともなっているのであります」

「なるほどな……」

 

 デコポンポは戦以外の金稼ぎではやはり有能だったんだな。

 ライコウが帝都を探しても見つからないわけだ。

 

「私が旗印となり兵を集めること、そしてボコイナンテさんを連れてウズールッシャの隠し財産を使うこと……この二つが揃えばウズールッシャの混乱を収め、ヤムマキリの足止めができる筈です」

「しかし、エントゥア……あの使者達やボコイナンテが信用できるわけじゃないだろ?」

 

 危険な賭けである。

 まず、エントゥアが旗印となればヤムマキリは確実に討ちに来るだろう。あの使者達を信用しそれを防げるかというのが一つ。

 そしてボコイナンテはあくまで敵である。自分と話す時とは違い、エントゥアの言に素直に答えてはいるが、裏切る可能性もある。そう言ったのだが、憤慨したのは思わぬ人物であった。

 

「聞き捨てならないのであります」

「なに?」

「恩義のあるエントゥア殿を、裏切ることなどしないのであります」

「……ボコイナンテさん」

「エントゥア殿が来いと言うのならば、喜んで協力するのであります!」

 

 ボコイナンテは殊更に胸を張ってそう言う。

 騙そうとして言っているなら大したものであるが、ボコイナンテの瞳はエントゥアを見てキラキラと輝いている。

 そういえば、普段牢の管理はエントゥアに任せていたが、こんな恋路が生まれていたとは。

 しかし、だとしても成功率は俄然低い。それに、エントゥアを危険な場所に送ることを良しとすることはできなかった。

 

「しかし、エントゥア殿が危険である事は変わりが無い。たとえボコイナンテが恭順したとしても、ウズールッシャの旗印として常に命を狙われるであろう」

「そうなのです! エントゥアさんが行くことはないのです!」

「いえ、他の皆にはできない……私だけが成せること。であれば私が行くことが最善なのです」

 

 エントゥアはオシュトルやネコネの言に対しても、頑なに自らが行くことを誇示した。

 何故そこまでしていこうとするのだろうか。

 

「エントゥアがいなくなったら皆が困るだろ? 何故行こうとするんだ?」

「ハク様……もう私は、傍観する者ではいたくないのです」

 

 傍観する者、誰もエントゥアのことをそんな風に評したことは無い。

 しかし、エントゥア自身がそう自らの価値をそう考えているようであった。

 

「そんなことないだろ、エントゥアは皆の支えに──」

「いえ、私は隠れて見ているだけだったのです。女ということに甘え、戦うことから逃れているだけの弱き存在でした」

「……」

「ハク様。私もあなたのように、皆の役に立つ存在でありたい。皆に恩を返したいのです。ここで私が行くことで、それが成されるなら……」

 

 エントゥアは、いつか渡した御守りをぎゅっと握りしめそう言う。

 その姿に、思わず勢いで言ってしまった。

 

「……わかった。なら、自分も行こう」

「ハクさん!?」

 

 キウルから悲鳴のような制止が上がる。

 

「ハクさんがいなかったら、誰が策を実行するんですか? 僕一人では調練は無理です!」

「いやでも、さっさとウズールッシャをまとめて決戦までに戻って来れば……」

 

 苦し紛れの言い訳に苦言を呈したのはオシュトルであった。

 

「ハク、其方をウズールッシャに送ることはできぬ。ライコウとの決戦に間に合う道理も無かろう」

「兄さまの言う通りなのです。使者達の言ではかなりの混乱期にあることが窺えますから、ハクさんがいれば解決なんてことはあり得ないのです」

「ぐ……」

 

 それはその通りだが、このままじゃエントゥアとボコイナンテの二人で行っちまうぞ。

 

「エントゥア殿、まずは自分が行かなくてもいい方法を探るべきでおじゃる」

「しかし、マロロ様もこれが一番勝率の高い策であると感じているのでは?」

「……お、おじゃ」

 

 マロロはエントゥアの強い瞳にたじたじになる。

 まあ、実際エントゥアが行けばヤムマキリを抑えるだけの働きはしてくれるだろう。それでも、感情がエントゥアの策を否定した。

 

「エントゥア……お前は女としての幸せを掴むんじゃなかったのか?」

「これも、女としての務めなのです。あなたの……」

「なに……?」

「もし、私が帰ってくることができたら──私の想いに応えてくださいね」

「っ……」

 

 自分だけに伝わる声量で、エントゥアがそう悲しく微笑む。

 

 その表情に、もはや何も言うことはできなかった。

 エントゥアの、決意の重さを知ったからだろうか。エントゥアが今まで秘めたる想いを持っていたことを知ったからだろうか。

 止めねばならないと手をあげるも、それが一番ライコウに勝利する確率が上がることでもあるのだ。冷静な頭が、自分の手を下げさせた。

 

「だが、それでも……」

 

 二人で行くのは駄目だ、そう告げようとした時、一人の男が笑った。

 

「だっはっは! エントゥアの嬢ちゃんも中々肝が据わっているじゃない!」

「ヤクトワルト?」

「旦那、心配すんな……俺が、エントゥアの嬢ちゃんを護る」

 

 にやりと、ヤクトワルトは剣を携え不敵な笑みを浮かべた。

 それに反対したのはキウルだ。

 

「や、ヤクトワルトさん、シノノンちゃんは……!」

「今のシノノンに父ちゃんは必要ないじゃない。キウル、お前がいればな」

「そんな……」

「エントゥアの嬢ちゃんは、自分がやるべきだと度胸を見せた。キウル、お前にもやるべきことがある筈じゃない」

 

 キウルは唇を噛み締めていたが、やがて納得したのかその首を僅かに動かして頷いた。

 

「ヤクトワルト様……いいのですか?」

「ああ、そんな気心を見せられちゃ、俺も祖国の為に奮起しないといけないじゃない。それに、それが皆を勝たせる策にもなるんだからな」

「……ヤクトワルト、頼めるか?」

「兄さま!? エントゥアさんとヤクトワルトさんを行かせるのですか?」

「そうじゃ、オシュトル! 二人は余の忠臣じゃぞ!」

 

 オシュトルは二人の追求にも、冷静な頭で計算していたのだろう。理論立てて説明した。

 

「ライコウとの決戦……ライコウに我らの策を知られぬためにも、ウズールッシャによる隠密衆の増加、それに伴う後背を突かれる策の実行だけは避けねばならぬ」

「それは、わかっているのです……でも」

「今動ける人員は限られる。それに、ウズールッシャは遠い……決戦開始には間に合わぬだろう。であれば、決戦に不可欠な人員は使えぬ」

「エントゥア殿や、ヤクトワルト殿ならいいと言うのでおじゃるか?」

「エントゥア殿は兵糧と伝令担当、ヤクトワルトは遊撃隊担当と兵の調練に当たる筈であったが……皆で補えば不可能ではない」

 

 それは本来、自分が言うべき台詞だったのだ。

 本来、総大将としてそういう身内を切る言い方は避けねばならない。しかし、無言である自分を見て、オシュトルは代わりに言ってくれたのであろう。

 ムネチカは案を訂正するように言葉を発した。

 

「しかし、敵地である。二人というのは余りにも少ないのではないだろうか」

「ムネチカ殿の言も尤もであるが、逆を言えばこの二名以上に拠出すれば……」

「策の実行が不可能になる……ということか」

 

 ライコウに策を知られないためにも、あくまで重鎮達の中で秘密裏に進行していかねばならない。

 であれば、これ以上の欠員は逆に決戦そのものを左右させることになり本末転倒である。今出せる範囲の信頼できる人員であり、確実にヤムマキリの足止めを行える人物。

 それが目の前の二人であると、自分の思考は答えを出してしまっていた。

 

「エントゥア、ヤクトワルト……」

「旦那、心配しなくても、ライコウを討てばまた会えるじゃない」

 

 ライコウさえ討てば、また会える。

 そう思っても、胸の苦しみは消えなかった。それは、仲間を失う感覚に近いだろうか。

 かつて自分が囚われたと知り皆が動揺したという。その時、皆はこんな気持だったのだろうか、戦友を死地に送る気分というのは。

 

「必ず、無事でいてくれ」

「ああ、任せてほしいじゃない。なにせ……将来旦那の嫁になるかもしれない──」

「や、ヤクトワルト様……!」

 

 ヤクトワルトの言に焦って台詞の続きを止めるエントゥア。

 そう、だな。エントゥアの気持ちは嬉しい、しかし、自分に応えることができるだろうか。大いなる父でありこの世界の異物であることなど、数多の秘密を抱える自分が。

 せめて、別れるのであれば思い出を作りたかった。

 

「それしか、無いんだな。ならせめて別れの宴を──」

「ハク殿、名残惜しいのはわかるでおじゃるが……使者殿は答えを早々に待っておられるでおじゃ」

 

 確かにその通りだ。

 宴など開く時間すらない。であれば、この寂しい気持ちをどうすればいいのだろうか。皇女さんも同じ気持だったのだろう、悲し気に問いかけた。

 

「……別れの宴はできぬかの?」

「大々的にすれば、ライコウに探られるやも……かのウズールッシャをまとめる策の足枷とも成りえまする」

「そうか……余の力無く口惜しいが、必ず、必ず──生きて余の元に戻ってくるのじゃぞ!」

「応さ! そっちも、ライコウをさっさと討って欲しいじゃない」

「アンジュさま……ホノカ様に恩をお返しすることも含め、また帰ってきます」

 

 この瞬間、二人と別つことは決まった。

 

 せめて、この場にいなかった仲間たちを集め事情を説明することにした。

 謁見の間に続々と集まる仲間たちに、順を追って説明していく。オウギやシス、フミルィル、アトゥイは一定の理解を示してくれ、クオンやノスリは憤慨しながらも最終的には納得してくれた。

 しかし、シノノンとルルティエは未だ衝撃を受けており、中々彼らから離れられなかった。

 

「エントゥア様が、なぜ……」

「ルルティエ様、私は必ず帰ってきますから……」

「……はい……エントゥア様がいなければ、私……」

「……ええ」

「……とおちゃん、いっちゃうのか?」

「応、キウルと仲良くな。シノノン」

「……おねえちゃも、いっちゃうのか?」

「大丈夫よ、シノノン。あなたのお父さんと一緒に……必ず帰ってくるから」

「……おう、キウルと、まってるぞ」

 

 シノノンは、あまり泣かない子である。

 いつも朗らかな彼女であるが、流石に慕っていた姉のような存在と父のような存在を一度に失い、どう感情を表して言いかわからないといった風だ。

 

 皆に見送られ、エントゥア、ヤクトワルト、そしてボコイナンテが使者達と共にエンナカムイを後にする。

 ウズールッシャの使者達の表情は明るい。エントゥアの知古でもあるからしてライコウの罠ではないとはエントゥアの言だ。だがたとえ罠だったとしても、ヤクトワルトであればエントゥアだけでも逃がすことは可能だ。そのことも想定して、ヤクトワルトは自ら名を挙げてくれたんだろう。

 

 疑念は尽きないが、思考の波に呑まれ決戦を疎かにしては話にならない。

 

 エントゥアとヤクトワルトは自分のやるべきことだと悟り、一時的に別つこととなった。

 であれば、自分は。自分のやるべきことは。

 

 ──ライコウを討ち、帝都を取り戻す。

 

 それが、彼らとまた会える方法なのだから。

 彼らの姿が見えなくなるまで、その背を強く見守っていたのだった。

 

 




今回の話は原作よりもライコウの手駒の少なさ故に起こった展開でもあります。マロロがいればウズールッシャが居なくても奇襲強襲なんでもござれですからね。
自分がこの作品を作る上で当初より予定していた別れですので、エントゥア、ヤクトワルトが好きだった人はお許しを。
ボコイナンテ? ボコイナンテはまあ、うん。

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