【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
エントゥアの朝は早い。
日も昇りきらぬ内から起床し身なりを整える。まだ底冷えのする廊下を静かに歩いて行く。
イズルハ遠征にて色々役目を作ってしまったためか忙殺されているのでしょう、未だ大きな鼾の聞こえるハク様の寝室前を横切り、エンナカムイの居城食堂裏炊事場にて本日の朝食を作るお役目に赴いた。
「おはようございます、ルルティエ様」
「あっ……おはようございます、エントゥア様」
炊事場の暖簾をくぐると、既に釜戸に火を入れたルルティエ様がいらっしゃいました。
ルルティエ様はいつも朝が早い。ココポ様の世話も兼任されているので、もっと遅くに来ていただいても構わないのですが。
「お早いですね。ルルティエ様」
「エントゥア様こそ、いつも私の手伝いをしていただいてありがとうございます」
「いえいえ、私のお役目でもありますから」
ルルティエ様の天使のような微笑みを受け、こちらも口元が綻ぶ。シス様では無いが、彼女が身分やんごとなき方であっても姿勢低く愛らしい姿を見れば、溺愛される理由もわかるというものですね。
ルルティエ様が、話しながらもぐつぐつと汁物の出汁取りに時間をかけているので、自分は主食とおかずを幾つか担当することにした。無言で役割分担できるのも、彼女と長い間連携して食卓を管理してきたことからすれば当然でしょうか。
二人でてきぱきと食事を準備しながら、重鎮達の料理が出来上がっていく。こうして私達二人で作っているのは、毒見が必要ないようにするため。未だ草による情報合戦は続いている。食事に毒を仕込まれないよう、こうして私達自身が料理を作っているのです。
元ウズールッシャである自分を受け入れ、尚且つこうして食という命を握る役職に就けて頂いている信頼を、裏切る訳にはいかない。そのため、出来上がれば私達自身でまず味見することが習慣化されています。
人数分が出来上がり、それぞれ栄養過多にならないよう調整しながら好みの味付けを加えていく。ハク様は夜の飲酒とつまみの量が多いため、朝は野菜多めと塩分少な目に作る。ネコネ様には甘みをつけておく、オシュトル様は逆に甘みの無いようにする。クオン様には──
と、それぞれ名前の書いた札の前に置かれた盆の上にある食事に差異をつけていると、ルルティエ様がある盆の前で熱心に祈っていた。
「……」
「ルルティエ様? また、おまじないですか?」
「はい。こうした方が美味しいと褒めてもらえますので……」
「ふふ……ハク様は幸せ者ですね」
手を胸元で握り合わせて、ハク様の分の食事に熱心に愛を込めるルルティエ様。こんないじらしい姿を見れば、ハク様も彼女の愛に応えようというのに、彼女はこの姿を見られるのは恥ずかしいらしい。女性の私から見ても、彼女の姿を見てときめかない男などいないと思うのですが。
毎日毎日こうして愛を込める姿を見れば、ルルティエ様のハク様へ向ける想いの深さに気付く。故に、私自身も秘める想いについては、ルルティエ様の前では出さないようにしているのです。
一通り食事の準備が終わると、既に朝日は昇り窓から光が差し込み始める。遅れて食堂にどやどやと重鎮達が匂いを嗅ぎつけて騒がしく入ってきた。
「おはよう、ルルティエ殿、エントゥア殿」
「おはようございますなのです」
「おはようございます、オシュトル様、ネコネ様」
まずは、いつも朝の早い兄妹がご来場です。
労いの言葉をかけながら、二人は自らの名前の書かれた盆を手に取り、食堂へと戻っていく。オシュトル様は、何かあれば執務室までお持ちすることも多い中、今日は食堂で食べるようだ。いつも忙しい兄と食事が一緒でネコネ様も嬉しそうだ。
次にやってきたのは、ノスリ様とオウギ様だ。
「おはよう、ルルティエ、エントゥア」
「おはようございます。ルルティエさん、エントゥアさん。いつもありがとうございます」
「いえいえ、ノスリ様、オウギ様、おはようございます」
「おお! 今日も旨そうだな!」
ノスリ様は少し目元に隈を残しながらも、料理を見て頬を緩ませる。
いつもは食堂全体に響くほどの声量で入場するノスリ様であったが、今日は少し眠気が勝っているようだ。どうかしたのだろうか。
「ノスリ様? どうかなさいましたか? お元気が無いようですが……」
「む……? そうか、エントゥアにはわかってしまうか」
「姉上はイズルハの長となりましたからね。少し慣れない仕事が増えたのですよ」
イズルハの長となったは良いが、軍備や氏族との裏取引、各国への伝令文書作成等、オウギ様も手伝っているようであるが、これまで手を出したことの無い仕事にてんやわんやであるそうだ。
「それに、父上からもう一つ大事なお役目を頂きましたからね」
「大事なお役目……?」
「ええ、ハクさんを──」
「お、オウギ! そっ、そそそそれは言ってはならんと言っただろう!?」
「ふふ、そういえばそうでしたね。すいません、姉上」
わたわたと頬を真っ赤にさせてオウギ様の言を防ぐノスリ様。
ノスリ様の動揺っぷりと、オウギ様の面白そうな表情、そしてハク、父上という名称から察するに、後継ぎ的なことでしょうか。御家再興を謳っていたわけであるし、そういった話もありそうです。
であれば、またもやハク様を狙う女性が増えたことになりますね。ノスリ様はこれまでハク様とは飲み友達のような関係でしたから、今すぐにどうこうといったことは無いように思いますが──
「うぅ……父上はなぜあんなことを……」
「まあまあ、姉上。まずは二人きりでどこか出掛ければ良いのです」
「わかっている、わかっているが、しかし……うむ……オウギが変わってくれないか?」
「姉上……流石の僕でもそれは……」
二人が話しながら盆を持って食堂に赴く。
寝不足はどちらかというと、そちらの悩みの方が大きそうですね。オウギ様の助言は毒になるか薬になるかはわからないが、彼のことです。幾分か面白い出来事を引き起こそうとするきらいもある。
ノスリ様の今後を思い、少し憂鬱になる。ノスリ様に幸多からんことを。
「おはよ~、あっ、ルルやん、今日は貝入りやぇ!?」
「おはようございます、アトゥイ様。はい。シャッホロからの物資にありましたので……」
「やったぇ! お酒飲んだ後はな? この貝があればすぐ元気になるんよ~!」
アトゥイ様は昨日誰かと晩酌したのだろう。二日酔いのせいか頭を抱えるように入場してきたが、貝汁を見て目を輝かせる。
「へえ~そうなのですね」
「そうなんよ。クラりんも貝ごと食べられるから嬉しいけ?」
「ぷるぷるぷるぷる」
ルルティエ様に貝の効能を幾許か語ったのち、一刻も早く食べたかったのだろう。盆をもってすぐに食堂へと向かった。
その後来たのは、まるで親子のように連れ立つ三人、シノノン、キウル様、ヤクトワルト様だった。
「おはようだぞ!」
「おはようございます。ルルティエさん、エントゥアさん」
「おはようじゃない。ルルティエの姫さん、エントゥアの嬢ちゃん」
「おはようございます。キウル様、ヤクトワルト様、シノノンちゃん」
「ひめちゃと、おねえちゃはもうたべたのかー?」
「大丈夫よ、シノノン。まだ皆来ていないから、後でもらいます」
「はい、私達は味見もかねて少し戴いていますから。ありがとうシノノンちゃん」
シノノンは私達の言葉を聞いて、まだきてないとはだめだなとぶつぶつ怒り始めた。
皆の起きる時間もばらばらであるので、ある意味仕方がないことなのですが。
「後は誰が来てないんだい?」
「えーっと、アンジュ様、ムネチカ様、クオン様、フミルィル様、そしてハク様とウルゥル様とサラァナ様ですね」
「そうか……だんなとあねごがきてないのか。よし、シノノンがいっぱつかついれてやる」
「ま、まあまあ、シノノンちゃん」
キウル様が仲介に入るも、シノノンは随分怒り心頭のようです。
まあ確かに、シノノンのような幼子がこれだけ朝早くに起きて、彼らが遅いというのはいい訳のきかないことでもある気はしますが。多分、今来ていないのは寝ぼけ組でしょうし。
「ん? 食堂をちらっと見たが、シスの姉ちゃんと、マロロの坊ちゃんも来てないようじゃない?」
「あ、お二人は今日、朝の見回りと調練がありますので後々お届けに参ります」
「おおー、ならシノノンがもっていってやるぞ」
「ほんと? 助かるわ……シノノンが食べ終わったら、お願いしてもいいかしら?」
「おう、まかせとけ!」
仕事を任され、シノノンの怒りは幾分治まったようですね。
シノノンははやくたべるぞとやる気満々に盆を持って食堂へと足を運ぶ。それを微笑ましそうにヤクトワルト様とキウル様が後に続いた。
そして暫くして、アンジュ様とクオン様が喧嘩しながら食堂に入ってきた。その後を続くのはムネチカ様とフミルィル様だ。
「……ったく、クオンが欠伸をして寝ぼけておるから廊下でぶつかるのじゃ!」
「あ、アンジュだって人のこと言えないかな! 目が線になったままふらふら歩いていたもの!」
「まあまあ、クーちゃん。クーちゃんが寝ぼけていたのは本当でしょう?」
「聖上も負けず劣らず御就寝なさっておいでで。布団から指を離させるのに如何程の時がかかったとお思いか」
「そ、それを言うでない!」
ホノカ様の忘れ形見であるアンジュ様が微笑ましい喧嘩をしながら時を過ごすなど、帝都にいたあの頃を思えば考えられなかった。それを思えば可愛らしいものであるが、食堂全体に響く喧嘩を毎朝見せられればこちらも飽きるというもの。もはや喧嘩が一日の始まりのような気にもなる程です。
「おはよう、ルルティエ、エントゥア」
「おはようなのじゃ、二人とも。今日も良い香りであるの!」
「おはようございます~。ルルティエ様、エントゥア様」
「おはようございます。ルルティエ殿、エントゥア殿」
口々に朝の挨拶を交わしながら、盆を取って食堂へ赴こうとすると、クオン様がアンジュ様の盆を見て何かに気付いたのでしょう。目を瞬かせた。
「……うわ、アンジュ、今日の朝食多くないかな?」
「む? 成長期じゃからの。ルルティエに頼んで今日から増やして貰ったのじゃ」
「……聖上が最近鍛錬から逃げるせいか、些か腹部がぽっこりと膨らみを帯びてきているように小生は思いますが」
「な、なんじゃと!? 余は太らん筈じゃのに……!」
「ぷぷ、成長期に胡坐をかいた結果かな」
「そういえば、クーちゃんも何だかお腹とお尻が大きくなったような……」
「ふ、フミルィル! それは今言わなくていいかな!」
仲が良いのか悪いのか、女性らしい話をしながら姦しく会話をしながら出ていく四人であった。
後はハク様だけだと思っていると、その姿を現した。二日酔いなのだろう、ウルゥル様とサラァナ様がハク様の両側より支えながら食堂に入場して来る。
「おはよう、ハク! 遅いかな!」
「あ? ああ、すまん。クオン……」
クオン様も先程来たばかりである筈だが、少し得意気に挨拶している。一方ハク様はそんなことに疑問も抱けぬ程に辛いのでしょう。ふらふらと足取り悪く盆のある炊事場まで入ってきました。
「おはよう……ルルティエ、エントゥア」
「おはようございます、ハク様」
天使のような笑みで迎えるルルティエ様であったが、ハク様を支える双子の得意気な視線を見るや否やバチバチと火花を散らすかのごとくにらめっこを始めた。
これも毎朝のことです。これだけハク様を巡って争いが起きているというのに、一方のハク様は変わらず鈍感で。皆の想いにも、私の想いにも気づかぬままです。
「お~、今日も二人の飯は旨そうだなあ……」
「ありがとうございます」
「これはエントゥアが作ったのか?」
「え? ええ、はい」
おかずの一品を見て、そう言われた。確かにそうだが、なぜわかったのだろうか。
「巻き方がエントゥアっぽい」
「巻き方……」
何か違和感があるのだろうか。そんなことでどちらが作ったかわかるなんて。
視線を感じてルルティエ様を見れば、嫉妬でしょうか。可愛くほっぺをぷくりと膨らませている。
まずい、と思いつい弁明しようと口を開くも、何を弁明して良いかわからず二の句が告げない。
「る、ルルティエ様……」
「……で、多分、これがルルティエの作ったやつだろ?」
「え? は、はい! わかるのですか?」
「ああ、切り方がルルティエっぽい」
一転、花のような笑顔を浮かべるルルティエ様。女の嫉妬は怖いとも言うが、ルルティエ様は先ほどのことはもう忘れたようだ。良かったです。
そのような微笑ましい会話を繰り広げる中、盆を見つめて訝し気な表情で見つめるはウルゥル様とサラァナ様だ。
「箸が多い」
「ルルティエ様? 箸は三人で一つと言った筈ですが……」
「ちゃんと、人数分用意しました」
双子の不満げな視線を真っ向から受け、少したじろぎながらもにこやかに強い視線を返すルルティエ様。それだけはならんと徹底抗戦の構えだ。
以前言葉通りに用意したところ、ハク様に箸が一つしかないからとなんと食べさせ合いを始めたのだ。その時の食堂内に起きた羨望と憤怒の様相と言ったら──やめよう、余り思い出したくありません。
会話に興じるハク様であったが、盆の残り数を見て何かに気付いたのだろう。申し訳なさそうな表情に変化した。
「あ、もしかして、自分が最後か?」
「はい」
「そうだったか。待たせてすまんな……二人も──」
「おはよう、ハク。今頃来たのか?」
「ん? ああ、オシュトルとネコネか。おはよう」
食べ終わったのだろう。返却に来たオシュトル様とネコネ様と盆を取りに来たハク様が鉢合わせる。
未だ少し青い顔をしたハク様を見て、ネコネ様は露骨に顔を顰めた。
「……うっ、酒臭いのです」
「なぁにぃ~? そんなことないだろ、ネコネ~」
「くさ! くさいのです! 寄らないでほしいのです!」
ふざけてネコネ様に寄ろうとしたハク様の脛をげしげしと蹴り上げている。この光景にも慣れたものです。
ハク様はハク様で、特に痛がる様子も無く蹴りを享受し、ルルティエ様との会話に興じ始める。
「ん? でもそういえば、このおかずは初めて見るな。旨そうだ」
「あ、こ、これはクジュウリからの品で私が作りました。いっぱい愛情込めていますから……ぜひ沢山食べてくださいね」
「おお、そりゃ楽しみだね」
「無視ですか? 無視なのですか? そんなハクさんにはこうなのです!」
「ネコネ、その辺りにしておけ。ハクもイズルハ関連等で忙しいのだ」
「忙しいなら、お酒飲みながら仕事をするのをやめたらいいのです」
「ふ、まあそう言うな。ハクから酒を取ったら何も残らん」
オシュトル様が苦笑を漏らしながらネコネ様を止めに入ります。
オシュトル様の言も中々に酷いものですが、二日酔いのハク様には届かなかった様子です。ルルティエ様との会話でにこにこ機嫌がよさそうですから。そういった姿を見るのも、ネコネ様的には面白くないのでしょうが、可愛い嫉妬だと気づくには鈍感なハク様では難しいでしょうね。
ぞろぞろと食堂と政務へ赴く彼らを眺めながら、ようやく自分達の食事を取ります。
少し時間が立って冷めていますが、もう一度温めなければならないほど冷えてはいません。
二人並んで和やかに食事を取った後、簡単な洗い物等を済ませ今日の残りを計算する作業に入ります。
「では、これをお姉さまとマロロ様に」
「そうですね。シノノンにお願いしましょう」
仕事で疲れているだろう。少し多めに盛った料理を新たに用意した。
重いので、持ちやすい取手のある盆を奥から取りだす。これならシノノンでも運べるでしょう。キウル様もいるし、手伝ってくれる筈です。もう一つはヤクトワルト様に頼むのがいいでしょうか。
後は、牢に入っている者達の料理だ。複数あるので、いくつか敷居のある持ち運びやすい籠を用意し、料理を順に置いていく。
「では、こちらは牢の方へ持って行きますね」
「いつもありがとうございます、エントゥア様。すいませんが、お願いします」
「いえいえ、それと……」
「はい?」
「先程、ハク様の、申し訳ありませんでした」
「あっ、そ、そんな……私こそごめんなさい。あんなことで嫉妬しちゃったりして……」
「いえいえ、ハク様は幸せ者ですね」
ぱたぱたと手を振り、照れたようにして顔を伏せるルルティエ様。可愛い。
こういった不和の種は、早いうちに摘んでおくのが良いのだ。私がハク様を想っていることなど、誰にも明かしてはならないのだから。
皆が食事を済ませ盆を返却に来る中、エンナカムイ居城地下にある牢へと足を運ぶ。
牢の入り口まで籠を持って行けば、オシュトル様の信頼おける部下である者が牢の前を見張っていた。無表情で立ち続けた彼であるが、私の顔を見た途端その表情を綻ばせた。
「おお、おはようございます。エントゥア様」
「おはようございます。寝ずの番、大変でしたね」
「いえいえ、エントゥア様にお会いできたのです。あと数日は頑張れますよ」
「ふふ、ありがとうございます。でも無理は駄目ですよ」
顔見知りの守衛である。気のいいことを言うが、彼には妻もいる。揶揄われているのだ。
しかし、そういった軽口があることは、このエンナカムイに私が受け入れられているようで悪くは無いのですが。
牢の中に入れば、複数ある檻の中に囚われの身となっているのは、四人。
二人は、マロロ様の家族である。聖上を裏切りライコウに協力したとして罪人の扱いを受けている。しかし、彼らはもはや生きる屍である。一度は罪状を取り消しマロロ様が共に暮らすのが良いかとなりはしたが、マロロ様自身がそれを否定したのだ。
ハク様が囚われた件は家族と自分自身の罪と考え、彼らは罪人であるとの扱いを貫いている。家族に食事を与える役目も、自分で行っていました。
今日も本来であればマロロ様が行っていた筈であるが、早朝勤務であれば仕方がない。昨日頼まれたこともあって、私が代わりに来たのです。二人への食事介助を済ませ、次は隣の牢に目を移す。
「エントゥア殿……」
「おはようございます。ボコイナンテさん」
そこには、マロロの家族のように生ける屍と化したデコポンポと、憔悴したボコイナンテの姿があった。
「今日の朝食です」
「ありがとう、なのであります」
食器を手に取り、じっくりと時間をかけて食事をするボコイナンテ。
エンナカムイを攻めた頃より、あれからずっと囚われているのだ。ハク様の言では、デコポンポの隠し財産を知り得る存在であるから、ということで処刑されることもなく生かされている。
以前は、牢の中で体を鍛えたりして出る気満々であったのだが、デコポンポが敵の手によりこのような姿に変えられたことを見た結果、意気消沈してしまったようなのだ。
「にゃぶにゃぶ……」
「……エントゥア殿、これは何の素材でありますか?」
「そちらはシャッホロから取り寄せた──」
ボコイナンテにとって、人間との会話はもはや私だけである。
デコポンポは死ぬことはない。何をしてもである。食事すらとらずに、ずっと生き続けているのだ。まさに生き地獄、それを間近に見せ続けられるボコイナンテにとっては、恐ろしい拷問であろう。
何度か牢の外に出て日の光を浴びる活動もあるが、常日頃ずっとデコポンポと一緒では、正気も保てないことは明白である。
だからか、思わず聞いた。
「……なぜ、折れないのですか?」
「金の在り処でありますか?」
「……はい」
「……誇りであります」
「誇り……」
「オシュトルにも、ライコウにも決して屈さぬという誇り……デコポンポ様と誓ったのであります」
「……そうですか」
二人にそのような友情があったのか。
であれば、私にできることは何だろうか。
「……食べたいものはありますか?」
「何ですと?」
「教えてくだされば、少しは都合しますよ」
ボコイナンテは目元に少し涙を堪え、暫く無言でした。
しかしぽつりと震える声で食名を口にした。ウズールッシャ出身であるからか、それが何の食べ物かはわからなかったが、覚えた。ルルティエ様達に一度聞いてみるのがいいでしょう。
「では、後日の食事を楽しみにしていてください」
「……ありがとう、なのであります」
綺麗に平らげた食器を回収し、牢から出た。
城内から外を見れば、食事の終わった面々が楽しそうに紅白試合をしている。
いつもならあるハク様の姿が見えないが、多分酒が残っているため自室で二度寝しているのでしょう。
ルルティエ様にはああ言ったが、私もハク様とはお話したいのです。二日酔いに効く料理でも作って持って行くのが良いでしょうか。
そう考えて、ふっと笑う。随分、女らしくなったものだ。でも──
「いいなあ。皆、ハク様に想いを伝えられて……」
私は、傍観するもの。
だって、元ウズールッシャの女ですもの。だから、表舞台に立ってはならない。
女としての幸せを掴めと父に言われ、ハク様に少しばかり想いを寄せはしたけれど──周囲の女性たちのなんと綺麗なことか。
身元も既にあやふやな私を娶る理由は、もはや無い。それどころか、このヤマトの将として大成するであろうハク将軍の嫁に、私のような女が傍にいては権謀術数に利用されてしまう。
つまり、私は自信が無いのだ。だから、輝けない。影から支えると言って、ただ傍観するのみ。でも、それで良い。それで──
そのような想いを抱え、明日もお役目のため私は目を覚ます。
決して届かぬと諦めながらも、愛を込めて料理を作る。
この日々が変わったのは、この先に訪れたある事件がきっかけであった。
エントゥア視点の回でした。
感想やメッセージで何度かエントゥアのことを熱望してくれていた方々の期待に応えられたかはわかりませんが、私のエントゥアのイメージはこんな感じの優しい女性です。満足頂ければ幸いです。
終盤は原作もシリアス多めであるからして、この作品もそれに引っ張られそうですが、こうやって息抜きに日常回を挟んでいけたらと思います。日常回の割にはちょっと重たかったかもしれませんが。
日常回の方があれこれ考えず筆も進んで楽しいので、勘弁してやってください。