【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

3 / 66
二人の白皇ネタバレ注意。
この辺までは似たような展開が多いので。


第三話 並び立つもの

 敵の行軍に、エンナカムイからの援軍を警戒する動きがないことに疑問を差しはさみながらも、キウルの元へと急いでいると、傷だらけの兵たちがこちらに向かって逃げていた。それに女子供が連れられるように走っている。

 その中から、一人の兵が駆けだしてきた。

 

「オシュトル様!」

「キウルの姿が見えぬが、どうした!」

「はっ、キウル様たちは現在ヤマト兵と交戦中であります!」

「よし、諸君らはそのままエンナカムイへ赴け。隊を二つに分ける。第五部隊は彼らを先導せよ」

「はっ」

「キウル様はすぐ先です。矢も尽きかけております。どうかお急ぎを!」

「あいわかった! 第一から第四は某に続け!!」

 

 そして、暫く走ったのち、キウルの矢が尽き、斬られかけているところに遭遇する。

 

「ウルゥル、サラァナ!」

「「御心のままに」」

「これはおまけなのです!」

 

 ウルゥルとサラァナ、ネコネの法術が敵を刈り取り、キウルを寸でのところで助け出す。

 

「兄上っ!」

「待たせたなキウル。よくぞ皆を守り抜いた。下がれキウル。後は我らに任せるといい」

「いえ、私の怪我は大したものではありません。矢をいただければ、ともに戦えます」

 

 きらきらとした瞳で返事をするキウル。

 後で兄上でないと知ったら、どれだけ落胆するのだろうか。少し罪悪感が胸に燻ぶる。

 

「ぬふふふ」

「?」

「オシュトル! 今日という今日こそ、長年にわたる因縁にケリをつけてくれるでありますぞ!」

 

 誰かよくわからない人物が前に出てきた。

 でかい剣を携えているが、全く心当たりがなかった。

 

「因縁? 何のことだ」

「な、なぬっ!?」

「某の知る限り、お前とは接点などなかった筈だが……」

 

 そう言うと、相手の男は何やらオシュトルとの出会った時や、試合の話を持ちだしてきたが、オシュトルでないため全くわからない。

 ネコネに確認を取るが、ネコネからもふるふるふると首を振り、そんなこと知らないという意思を見せる。

 もしかすればオシュトルなら覚えているかもしれんが、今はオシュトルじゃないんでな。

 申し訳ないが、ここは挑発に使わせてもらおう。

 

「うぐががががががぁーっ! 貴公をこてんぱんにのして思い出させてやるわっ!」

「右近衛大将オシュトル、受けて立とう。キウルと、近衛衆が世話になった礼を返させてもらうぞ!」

 

 鉄扇を突きだし、号令する。

 

「某に続け、突貫!」

「「「おおおおおおっ!!」」」

 

 槍を持った兵たちの突撃を前に、先陣を切る。

 まずはキウルの位置を軍の後方に下がらせる必要がある。そのための突撃だ。

 

「奴は手負い! こちらも突貫であります!」

 

 と言いながらも、自らは突撃しない敵大将。

 瞬時に敵大将が先陣を切っていれば、士気に差は出なかったろうに。

 突撃の威力は、どれだけ注意を前に向かせるかで決まる。

 頬を矢が霞めるが、もはや勢いは止められぬ。鉄扇で、再び来る矢から身を護りながら、キウルの前へと出る。

 そのすぐ横を、兵が突貫していく。前線で槍と槍が交差する間、キウルと、ウルゥル、サラァナ、ネコネの援護が回り始めると、敵兵は削り取られていき、陣形が崩れていく。そこでようやく敵将は重い腰を上げるように自分と対峙したが、もはや遅い。

 

「近衛衆、左右より挟撃せよ!」

 

 近衛衆達が横合いから挟撃するように敵部隊を挟み込むと、前線の敵兵は為す術もなく崩壊した。

 

「こ、こんなにも呆気なく、ぜ、全滅……? オシュトルめは手負いだったはず、なのに何故!?」

「誰だ、オシュトル様は重傷だから楽勝とか言ったのは!?」

「ボコイナンテ様だよ! やってられるか!」

「あ……ま、待つであります!」

 

 残った兵も、こちらの士気の高さに恐れをなし、逃げ散っていく。ボコイナンテと呼ばれている男はその後を追うようにして逃げ帰っていった。

 

「追いますか?」

「いや、こちらには女子供もいる。負傷者の救護を優先する」

 

 ウルゥルとサラァナに皆を看てやるよう言う。

 その後、一人の兵がオシュトルの名を呼んだ。一瞬自分のことだとわからなかったが、目の前に迫る兵たちを見て、自分こそがオシュトルだったと態度を改める。

 

「我ら近衛衆一同、ここに罷り越しました!」

 

 近衛衆たちが集まり、膝をつくと深々と頭を垂れる。

 そうだ、自分はオシュトルだ。

 

「よく呼びかけに応じてくれた。姫殿下の為、某に力を貸して欲しい」

「「「はっ!! 我ら近衛衆、この命尽きるまで貴方と共に!!」」」

 

 これで、エンナカムイは大幅に増強される。オシュトルもこの結果なら不満はないだろう。しかし、オシュトルの配下がこの程度の人数というわけではないはずだ。恐らくは……。

 くそ、奴らを全滅させたかったところだが、しかし、包囲が間に合わなかったか。決着を早くつけすぎたな。

 そう思っていたところに、ノスリやヤクトワルトらの声が響く。

 

「やぁやぁ! 我こそは……あれ?」

「もう終わってるじゃない。やっぱあそこで足止めされたのがまずかったかねえ」

 

 仲間たちは、無事な姿を見せたキウルに各々声をかける。

 

「キウルさん、お疲れ様でした」

「オウギさん! しかし、一族郎党の全てを率いて来ることはできませんでした……」

 

 帝都を脱出できなかった者、途中で脱落したものも相当数になるのか。

 

「申し訳ありません。兄上……」

「いや、キウル、お前はよくやってくれた」

「ですが……」

 

 近衛衆の一人が進み出て、自分の言葉に同調するように、キウルを庇う。

 キウルのお蔭で、我らが生き抜くことができたと、各々が発言する。

 

「そうだ、キウル。顔を上げるのだ。そして胸を張れ。今はお前の無事が嬉しい。さあ帰ろうキウル。御前がお前の帰りを待っている」

 

 ま、これくらい言ってもいいだろう。オシュトルも、きっとそう思っているはずだ。

 一応嘘は言ってないしな。俺にとっても可愛い弟みたいなもんだ。

 皆がやれ勝利だ、凱旋だ、酒宴だと騒ぎ始める頃、キウルが耳打ちしてきた。

 

「あの……ところで兄上」

「どうした?」

「ハクさんの姿が見えませんが……それにクオンさんも」

「クオンは、姫殿下の喉を治すための秘薬を探しに行った。ハクについては……後々話すとしよう。エンナカムイにつけばな」

「は、はあ……」

 

 そう、自分の正体について話すことはできない。オシュトルを慕う者達ばかりがいる、ここではな。

 

 これまでの報告をしたいというキウルたっての願いもあり、アンジュのいる迎賓館へとそのまま足を運ぶ。

 そこで、アンジュが未だ回復の兆しもないことに気付いたキウル。イラワジや自分が言葉をかけることで、自分を責めることはやめたが、やはり心中穏やかではないようだ。

 これからの方針決めとして、権力の空白により、帝都では混乱しているということを前提に進めてきた。なればこそ、近衛衆を連れてきたキウルを褒めたのだが、帝都の情勢はこちらの思惑とは大きく外れていることをオウギが指摘する。

 

「キウル、ここには姫殿下も御前もおられる。帝都で今、何が起こっているのか教えてほしい」

「わ、分かりました。それでは……」

 

 姫殿下がいなくなったこと、門を開け放ち、駐留していた兵たちを帝都になだれ込ませたこと、この二つの策略の中、混乱に乗じて近衛衆達を連れてくるという作戦だった。しかし、突如ライコウは偽の姫殿下を擁立し、国民の前で宣言することで混乱を収めてしまったそうだ。

 

「そんな……でも……アンジュさまはここに……」

 

 予想外の展開に皆は動揺を隠せない。アンジュなどは唖然とし、ただ呻くだけであった。

 一方イラワジは何かを悟ったようにその身を深く椅子に沈めた。

 

「そうであるか……元より姫殿下を傀儡に仕立てようとしていたのだ。偽物を立てるくらい平気で行うであろうな」

「そして問題なのは、それを他の八柱将の方々が受け入れたということです」

「なるほど、連中の間で何らかの利害の一致があったと見るべきか。そして、その中心に立ち、仕切っているものがいるはずだ。偽の姫殿下を連れてきた、ライコウが怪しいな」

 

 帝が死ぬのを想定して予め用意していたのだろう。

 喋ることも動くこともできない皇女さんを担ぎあげたところで、世間は納得しない。それどころか、こちらを逆賊として潰しにかかるだろう。兵においても練度が違いすぎる。戦いになれば、こちらに勝ち目はない。

 

「……」

 

 何にせよ、皇女さんの喉が癒えないことには話にならない。クオンが帰ってきてくれれば、とそう思いを巡らせていた時、アンジュからの憂いを帯びた視線に気付く。

 自分はそっとアンジュの傍に膝をついた。

 

「どうかご安心を。某が姫殿下を騙る不届き者を成敗し、必ずや帝都を奪還して御覧に入れましょう」

 

 その言葉にアンジュは嬉しそうになるが、すぐさま不安げな表情となる。

 できるのか、お前に――?

 オシュトルではなく、ハクであることを知っている皇女さんの心配はわかる。

 しかし、やらねばならないのだ。

 

「任せとけ」

 

 震える皇女さんの手をそっと握り、皇女さんにだけ聞こえる声で囁く。

 すると震えが止まり、今度こそ、皇女さんは期待するような目でこちらを見たのだった。

 

「さて、あまり長く時間をお取りいただいては姫殿下の御体に差し障る。皆、下がるとしよう。皆には某から話がある。政務室まで来るように。ネコネ、後は頼む」

「わかりましたです」

 

 政務室へと皆を連れて入り、各々を所定の位置に座らせた。

 

「さて、状況は先ほど聞いた通りだ。しかしだ。これからの話をする前に……キウル」

「は、はい?」

「某は、オシュトルではない。自分は、ハクだ」

 

 そう言い、仮面を外す。

 その瞬間、目が見開かれ驚愕の表情が浮かぶ。

 

「は、ハ、ハ、ハクさん!? え、あ、兄上は」

「オシュトルは現在療養中だ。ヴライとの戦いで、瀕死の重傷を負って目が覚めないんだ。エントゥアが場所を知っているから、後で見舞いにでも行け」

 

 一度にたくさんの情報を詰め込まれたら、こういった状態になるのか。という見本のようなキウルの驚きぶりに、周囲がやれやれと溜息をつく。

 

「驚くのも無理はない。だが、必要なことだった。もしオシュトルに扮していなければ、自分のことを信じてくれる奴などいない。兵を連れてお前達を助けに行くことすら不可能だったろう」

「兄上は、ハクさん、だったんですね……」

「そうだ」

「じゃあ、あの褒めて頂いた言葉は……」

「自分としてはあの言葉は本心だ。オシュトルがどう思っているかは本人に聞け」

「そ、そうですよね。ごめんなさい」

「さて、正体ばらしは終わったところで、これからの話じゃない?」

「ああ、そうだな」

 

 姿勢を正し、皆に向き直る。

 

「これからの策だが、ただ敵を倒し、姫殿下を都へ……などという単純な話じゃない」

「……」

「ここに御座す姫殿下をヤマトの真の継承者と仰ぎ、なおかつ自分を姫殿下より全権を賜った将と認められる者だけが残ってもらいたい」

 

 誰も動かない。

 まさか、何か言われると思ったのだが。

 

「おいおい、自分はハクだぞ。何言ってんだの一言くらい……」

「何言ってるんだはハクさんの方ではないですか?」

「オシュトルの旦那がいない今、直轄の部下だった旦那が全権を持つのは当然じゃない?」

「そうだ。何を迷う必要がある。ハク、もっと自信を持て!」

 

 口々に、自らへの忠誠を誓う仲間達。しかし、何も喋らないキウルを見て、思わず問いかける。

 

「キウルはどうだ」

「……ハクさんは、いつも飄々として、何でもサボりたがる人でした」

「う……それは否定せんが」

「けど……そんなハクさんは、いつも最善の策を用いてきた人でもあります。そんな頼りになる人が、兄上のために全てを背負って戦おうとしてくれています。なら、ハクさん、あなたをもう一人の兄上として、従うまでです!」

「キウル……」

 

 ぱしんと鉄扇を自分の腿に打ち、気合を入れる。

 

「よし、ならば約束しよう! 某はヤマトに巣食う悪鬼を倒し、姫殿下を必ずや帝都へ御戻しするとな。オシュトルが目覚めるその時まで、自分が――」

「あの……!」

 

 そこに、ネコネの控えめな声が室内に響く。

 皆が扉へと振り返ると、ネコネとエントゥアの傍らにもう一人を連れてきていた。

 

「ハク……世話をかけたようだな……」

「……オシュトル!」

 

 せっかく格好いいところで締められたのに、とは思わなかった。

 

「ふふ、良いところを邪魔してすまぬな」

「いやいや、よく目覚めてくれた。もう少し遅けりゃ、自分はやりたくもない政務にどっぷりだったからな」

 

 オシュトルの仮面を外し、オシュトルに手渡す。

 オシュトルは、その仮面を額に当てると、皆に向き直った。

 

「……では、先ほどのハクの言葉を引き継ごう。某に、ついてきてくれるものはいるか? 勿論、このハクを介してで構わぬ。姫殿下のため、某に力を貸してほしい」

 

 誰も否とは言わなかった。

 

「ではこのオシュトルが約束しよう。姫殿下を帝都へと御戻しした暁には、皆の功に従い、望みの物を与えよう」

「望みの物だって?」

「そうだ、姫殿下も功のある者を厚く遇することを望んでおられる」

 

 各々の褒美の内容を聞き、それをオシュトルが受諾すると言ったやりとりを繰り返し、オシュトルを頭としてつき従うための契約をしたわけだ。

 だが、どれもこれも果たせる見込みのない約束は交わしていない。オシュトルが目覚めた今、もはやこの国は揺らがない。ならば、姫殿下の願いはきっと成就するだろう。

 

 そこで、オシュトルの視線が、自分の傍らにいる二人に移る。

 おい、やめろ。こいつらに尋ねたりなんかしたら――制止する間もなく、オシュトルが問いかける。

 

「ウルゥル殿とサラァナ殿は……」

「「私たちの希望は」」

「寵愛」

「私たちからではなく、主様から私たちを求めてくれるようにしてほしいです」

「ふ……それは某には難しいが、できることがあれば協力しよう」

「……不潔なのです」

 

 ネコネの真の兄さまが戻ってきたからか、自分に対する当たりが以前よりきついんですけど。

 

「さて、ハク」

「ん?」

「物思いに耽っているところ悪いが、其方にも聞かねばならぬ。いや、それどころか、これまでのことに対する褒美すら提示しなければならない。短い期間ではあるが、その仕事ぶりはネコネから聞き及んでいるのでな」

「自分か?」

 

 そういえばそうだった。ずっとオシュトル視点で物事を見てしまっていた。

 自分はもうオシュトルではない。ハクなのだ。ならば――

 

「そうだな……まあ、最近働きすぎたから、暫くの間はごろごろさせてほし――」

「それはできぬ」

「は?」

「お主には、これからも働いてもらう。いや、働いてもらわねばならぬ。だからこそ、褒美を聞いているのだ。全てが終わった暁には、望むままに褒章を与えよう。それこそ、どんなものでもな。なればこそ、某の采配師として、共に並び立ってはくれぬか」

 

 それは、他の者達とは一線を画すほどの熱意だった。

 他の者に対しては、意思を尊重することを言っていたが、自分に対してはない。絶対に逃さぬという強烈な勧誘。

 

「お、おいおいおい」

「この戦。某だけでは勝てぬ。某は、正道を歩まんとする者。某自身がそれを愚かであると理解していても、皆に正道以外の道を示すことができぬのだ」

「……」

 

 それは確かにそうなのかもしれない。

 オシュトルは、甘えを切り捨てることができないのだ。

 

「だがハク、其方ならば、某が示すことの出来ない道を示すことができる。某が正道を通るために……ハク、其方には邪道を示してもらいたいのだ」

「兄さま!?」

「……」

 

 それは、オシュトルが正しくあるために、自分には汚れろと言っていることに他ならない。

 その言葉に、思わず笑ってしまった。

 

「ははっ、そこまでか。そこまで自分を買っているのか?」

「ああ。其方しかおらぬ。そもそも、某がもし死んだ場合であっても、ハクならば後を任せられると思っていた」

「おいおい……」

「本当だ。ハク。だからこそ、あの時も問いかけた。某の後を継いでくれるかと」

「……」

「その想いは変わらぬ。継いでくれぬのなら、せめて某と並び立ってほしいのだ」

「……褒美は何でもいいんだな」

「某に叶えられることならば」

「わかった。酒はいいのを用意しておけよ」

「ふ、無論。最上級のモノを用意しておこう」

 

 さて、これからは動き出す時だ。

 帝都に巣食う黒幕共は、どう動くのか。

 いいだろう、オシュトル。自分に影でいろというなら、影として、お前と並び立とうじゃないか。

 覚悟しろよ黒幕共。怠け者が働き者に変わった時ほど怖いものはないぜ。

 

 




オシュトルが生きてると、それだけで戦力大幅で安定感ありますな。
ハクだけでも勝ったことから、このまま普通に戦っても楽勝な気がしますが、ハクが生きていることを知れば、そうはならんぞと来そうな人が黒幕にいますからな。
はらはらどきどきの展開ができたらいいですな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。