【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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久々のオシュトル視点で一本。


第二十七話 比較するもの

 時は少し遡り、ハクがナコクより無事エンナカムイへと戻った日。

 某がハクの姿を久々に見た時のことだ。

 

「おう、オシュトル。戻ったぞ」

「ハクか……よくぞ戻った」

 

 ハクは、あの日以来変わらぬ笑みと表情で某の前に立っていた。

 何も知らぬのであろう。これまでハクのいなかったエンナカムイが如何に失望と焦燥と悲哀に満ちたものであったことを。某の雰囲気を察した母上からも休むよう言われるほど、某が憔悴仕切っていたことを。

 ハクは知らぬのであろう。知らぬままで良い。

 

「ああ、こうして無事──お、おい?」

 

 轡を並べ仲間と呼べる者がいなかったわけではない。

 親友と呼べる者がいなかったわけではない。

 しかし、己が死んでも後を託せると信じた者は、後にも先にもハクだけである。右近衛大将も人は人、己の大切な者は失ってからその大きさに気づく。

 生きていた。生きてここに戻ってきた。だからこそ、二度と失わぬと誓ったのだ。たとえ、己の命を天秤にかけたとしても。

 

「よくぞ……戻った」

「……ああ」

 

 そこで、自分がハクをつい抱擁していたことに気付く。

 周囲に人もいる。このままでは右近衛大将もただの人かと揶揄されるであろう。某はもはや総大将である。英雄然としなければ、求心力もそれに伴い低下する。これ以上感傷に浸ってはならぬか。

 

「皆に随分心配をかけさせてくれたな、ハク」

「ああ、そうみたいだ」

 

 オシュトルとしての仮面を被り、真意を隠す。

 伝えたいことはまだある。しかし、ハクのことだ、今暫くエンナカムイで休息を取るであろう。お小言についてはまたの機会にすることにした。

 

 その後、御前から宴の提案が成され形となった後、各自解散という形になった。

 ナコクよりこちらへ来る際にハクが用意した報告書もかなりの量がある。ハクの字は独特で読めぬ場合もあるため、確認は早々に済ませねばならぬ。

 解説をネコネに頼みたかったが、ネコネは母上のところに報告に行くという。であれば仕方ない、態々引き止める理由も無いだろう。

 

「オシュトル様、お茶をお持ちしました」

「おおエントゥア殿。帰還早々すまぬ……ふむ」

 

 執務室にてエントゥア殿の入れてくれた茶を飲みながら、報告書に目を通す。酒が入れば思考が鈍るため、できれば宴が始まるまでに終わらせておきたい。

 ライコウの手に落ちてから今までの報告が時系列となって書かれている。要点は纏められていて読みやすいが、一つ気になる点があった。しかし、その報告は後回しだと机の端に後で判別できるように置いておいた。

 議題にすべきものは何かと模索しながら読んでいた頃。床を蹴り上げる慌ただしい音が遠くから響き、どかんと大きな音を立てて扉が開かれた。

 

「ハク! ハクはどこじゃ!」

「……聖上」

「おお、オシュトル! ハクはどこじゃ! あやつ、旅疲れした余の肩を揉むと約束しておったのに、どこにもおらんのじゃ!」

「真に遺憾ながら某にも心当たりはありませぬ」

「エントゥアはどうじゃ?」

「私も存じておらず……申し訳ありません」

「ふむー……そうか」

 

 そういえば、聖上は以前某に対して殊更に接触を図る時期があったことを思い出す。しかし、喜ばしいかなエンナカムイに来てからというものそういったことがとんと無くなった。聖上も年頃の女子として分別を学んだかとムネチカ殿と安心に胸を撫で下ろしていれば、そういったわけでも無さそうだ。なぜならば、その満ち満ちた気概をハクへと向けてしまっているのだから。

 

「……どこかに隠れておるのではないか?」

「あ、アンジュ様……」

 

 そう言って執務室のあちこちを物色し始める聖上。

 ハクの身長では入れる筈もない壺の中まで覗きこむ姿を見て、先が思いやられた。エントゥア殿が必死に止めているが、意に返さず箪笥などをひっくり返している。

 しかし、こういった元気な姿もハクが存命しているからかと思えば、可愛いものであるとも考え直す。ハクのいない数カ月、あれ程失意の底にあった姿は見たことが無い。終ぞ某の言葉は届かず、ハクがナコクへ逃げ延びたことを聞いた時、漸く瞳に光が灯ったほどだ。

 

「……ん? これはなんじゃ?」

 

 そこで聖上の視線がふと、目を通している報告書に向かった。

 

「ハクからの報告書で御座います。宴前に目を通しておきたく……」

「ほう! ハクからの報告書とな……そ、それは余も見ておかねばならぬな。ナコクで余は大活躍だったのじゃ、きっと余に対する褒め言葉が並んでおるじゃろ!」

 

 そう言って、先程気になる点があるとして机の端に置いたある報告書を手に取った。

 

「聖上、その方は……」

 

 某の制止虚しく、聖上は目を皿のようにして報告書を眺めている。そしてやがて一点に瞳を集中させると、恐怖に包まれたような表情となって某を見た。

 

「お、オシュトル、これは……」

「後ほど、本人に確認したく存じます」

「……返答は、余にも聞かせよ」

「はっ」

 

 聖上は顔面を蒼白にさせたまま、執務室から出ていった。

 乱雑に置かれた報告書を再び机の端に寄せながら、聖上の表情を変化させる原因となった一文に再び目を止めた。

 

 ──ライコウの大義を理解、一定同調し部下となる。

 

 勿論、ハクは牢に繋がれれば逃げ出すこともできないと見て、演技でライコウの手下となったことは知っている。しかし、ライコウの思想に同調したことまでは知り得なかった。

 聖上にとって、ハクは忠臣である。それが、敵の大将とも言える思想に一度は理解し同調したのだ。自信の無い聖上にとっては不安に思うのも致し方あるまい。

 

「本意を聞くには、酒の力もいるかもしれぬ。宴の最中に聞くのが良いか……」

「何か、あったのですか?」

「む……エントゥア殿も御覧になるといい」

 

 そう言って、件の報告書をエントゥア殿に手渡す。エントゥア殿も眉間に皺を寄せ、何事か考えている様だ。

 あり得ぬことではあると思うが、聖上の頭の中では裏切りということも考えているだろう。そう思考してしまう線は消しておきたい。

 マロロの親族への術などもある。ハクが操られてしまうという最悪の事態も想定するならば、素面では誤魔化されることもあるかもしれぬ。やはり、宴の半ばで聞くのが良いか。

 

 そして陽が落ち始めた頃、報告書も全て読み終わる。エントゥア殿は料理の準備をすると一足先に向かっている。某も後を追うため、議題にすべき案件をまとめると宴の為の身支度をした。

 さて、宴の席に赴こうとルルティエ殿の部屋の前を通った時、何やら姦しい女子の声が聞こえてきた。

 

「……わかったかしら、ルルティエ。ハク様に沢山お酒を飲ませるの。そしてルルティエの部屋に連れ込むのよ」

「えええっ……!? ハ、ハクさまを……!」

「いい? ハク様はもうエンナカムイにおいて英雄として扱われているわ。今の内に既成事実を作っておかないと、後から来た貴族の娘に掻っ攫われる可能性だってある。それはルルティエだって嫌でしょう?」

「そ、それはそうですけど……!」

 

 何やら、宴において途轍もない計画の全貌を聞かされている気がする。

 ネコネを思えば止めた方が良いのかもしれぬが、以前よりハクを想っていたシス殿とルルティエ殿の二人だ。成就を邪魔するようなことは身内贔屓であり某には憚られる。

 某に聞かれているとなれば、二人も気まずいであろう。早々に立ち去らねば。

 

「お姉さま……」

「何?」

「お姉さまも、一緒に来てはいただけませんか?」

「!? そ、それは何だかとってもいけない感じがするわ、ルルティエ!」

「で、でも、私一人は、は、恥ずかしい……」

「……ふ、二人の方が恥ずかしいと思うのだけれど……まあ可愛いルルティエの頼みだもの、ハク様を部屋に連れ込むまでは手伝ってあげるわ」

「そ、その先は……?」

「優しくしてください、って言えばいいのよ。こういうのは」

「お姉さまもそう言ったのですか?」

「……今は私の話はいいの」

 

 少しばかり離れても聞こえる大きな声だ。迂闊すぎはしないだろうか。しかしとて、それも純粋に想うが故か。ふむ、しかしネコネの恋敵は多いな。

 そう思いながら通り過ぎようとアトゥイ殿の部屋の前へ足を運んだところだった。

 

「いいけ、クラりん? おにーさんに後ろから抱き付いてーきゅって絞めてほしいんよ」

「ぷ、ぷるぷるぷる」

「そしたらおにーさん気絶すると思うぇ。後はウチが介抱するって言って部屋に連れ込むけ、クラりんはその場を誤魔化してほしいんよ」

「ぷるぷるぷるぷる」

 

 ふむ、アトゥイ殿の計画が実行されれば、いつ気絶させられるか判ったものでは無いな。ハクへの質問は早々に済まさねばならぬであろう。しかし、クラりん殿はそんなにも高性能な仲間であったか。これはクラりん殿への対応を改めねばなるまい。

 

 アトゥイ殿の計画に些か戦慄しながらも、クオン殿の部屋がある廊下を歩いていると困惑した声が響き始めた。

 

「あ~も~、好きって言っていた香水でいいのかな……でも、いつも同じ匂いだと飽きられるし……こっちも自信作だし、こっちに……でも……あ~、もう!」

 

 クオン殿も悩み多き年頃なのであろう。しかし、先の二人の計画と比較すれば、幾分可愛い悩みであるとも言える。ネコネが姉さまと慕う理由もわかろうものだ。ハクを救出してくれた恩義もある。ここは宴においても少し支援するのが望ましいか。

 

「えっと、ハクは一撃で気絶するから大丈夫……私の手刀は誰にも見切られない筈。見切られるとしたらオシュトルだけど、オシュトルも宴の席だしお酒で反応は鈍くなるだろうし……」

 

 前言撤回である。最も肉体言語に近い求愛方法であった。

 もはや、誰に介入してもハクの無事は保障されまい。某にできることは傍観者となることだけだ。許せ、ネコネ。

 女性陣におけるハクへの愛情の深さを感じ取りながらも、宴の場へと早足で急いだ。

 

 城の中でも特に大きな広間で足を止める。宴の席は、と眺めていると丁度主賓の隣を用意されている。聖上の席も近くであるからして、本意を聞くにはよい立地である。

 しかし、宴も深くなれば席など関係無くなるほどに皆酔うであろう。女性陣による事件が起きる前に、ハクに話を聞かねばな。

 

 座して待つこと幾許か。陽も傾き薄夕闇が場を支配する中、ぞろぞろと何時もの面子が集ってきた。

 

「おう、オシュトル早いな」

「主賓を待たせてはならぬからな」

 

 友らしい軽口を叩きながら、料理が揃うのを待つ。ハクを思えば断頭台に立つような心持ちであるが、それは今言うまい。

 暖かい火と仲間に囲まれながら、某の一言で宴が始まった。

 民の皆が用意したという出し物や、エンナカムイの伝統芸能に心奪われながら、宴は盛り上がっていく。思えば、こうして宴を開くのも久々である。民も鬱憤が溜まっていたのだろう。城の外からも陽気な声が聞こえる程だ。

 

 暫く宴が続き、聖上から今か今かという視線に耐えかねて、ハクへ問いかけた。

 

「ハク」

「ん~? どうした~?」

 

 些か出来上がり過ぎたきらいもあるが、まあ良い。

 

「聞きたいことがあるのだ」

「何だ? 改まって~?」

「ライコウに捕らわれていた時、何を言われたのだ」

「? ああ、まあ確かに裏切りはしたもんな……」

「いや、ハクが裏切ったのは演技であることは知っている。だが、その演技が通ったことに、ライコウの底知れなさを感じるのだ」

「ま、そうだな。普通なら縛り首か、言うこと聞かせるなら拷問、洗脳、色々あるよな」

 

 ハクは酒を飲みながらする話でも無いと思ったのか、杯を置いて話始めた。

 

「ライコウの大義を聞いた。そして、それに自分は少なくとも同調はしたんだ。心の底からな」

「その大義とは」

「帝の揺り籠から巣立つことだ。ヤマトは、長いこと絶対的な存在である帝の膝元で安寧に暮らしすぎたんだ。雛であるヤマトの民を覚醒させなきゃいけない、と」

「む……」

 

 ライコウの言わんとしていること、それは某が余り考えたこともない話であった。生まれた頃より帝はいた。いや、生まれる以前より、父の代でも語りきれぬ程、帝は長く生きている。

 帝を中心に法が生まれ、帝を中心に我ら将がおり、民がいる。帝がいないことは、それ即ちヤマトの終焉である。それが、当然であった。帝が死すまでは。

 

「帝がいなくなったからこそ、自らで勝ち取る者が頂点に立たねばならない。そして、頂点に立ったとしても、また再び頂点を勝ち取る者が現れる──自ら考え生まれ変わり続けることこそが国の本来の形だとな」

「世襲ではならぬ、と?」

「……というよりも、民の意識の問題だな。帝から与えられていることが当然だった意識を変革する。帝から巣立たぬ雛のままでは、いずれ国は滅ぶ。だからこそ、ライコウは今のヤマトを壊して自分が勝ち取るつもりなんだ」

 

 ライコウの大義をよく理解しているからこそ言える台詞なのだろう。ハクの言葉は流暢であった。まるで心酔しているかの如く声色に少し不安を抱いたが、今も戦々恐々として聞き耳を立てているであろう聖上を思えば、聞かぬ訳にはいかなかった。

 

「……ハクは、どちらが良いと思ったのだ?」

「うーん……考え方はライコウに似ているかもしれない。だが、一つライコウと違う点がある」

 

 ハクは再び杯を取ると、並々と酒を注いでこう答えた。

 

「──自分は、皇女さんこそが勝ち取る者だと思っているってことだ」

「……ふ、そうか──聖上、ご安心めされたかな」

「うむ……ありがとうなのじゃ、オシュトル」

 

 思わず笑みが浮かぶ、ハクはやはりハクであった。

 かのような聡い者が、聖上こそが勝つという。聖上にとって何よりの言葉であろう。

 

「何だ、聞いていたのか?」

「うむうむ、余のことをよーわかっとるのじゃ、ハク!」

 

 聖上は太陽のような笑みで、酒を飲んでいるハクにお構い無く背中を叩いている。轟音のする打撃を喰らって酒が気管に入ったのだろう、咽るハクに同情しながらも考える。

 ここまで自らの大義を理解し、それでも我らを選んだハクのことだ。ライコウは、この男の真価を見極められなかったことを悔やんでいるに違いない。であれば、ライコウは必ず復讐の機会を狙っている。己こそが勝ち取る者だと認めさせるため、ライコウは完膚なきまでの勝利を求めるであろうことは想像に難くない。

 させぬ──某の全てを以って、ライコウに勝つ。そう決意したのだった。

 

「あ、あの、ハクさま……こちらのお酒は、ど、どうですか?」

「お! ルルティエがお酌してくれるのか?」

「は、はい……迷惑でしたか?」

「んなことないさ。嬉しいよ」

 

 む。まずい、考え事をしている内に、ルルティエ殿がハクにお酌をしようと近づいている。物陰を見やれば、頑張るのよルルティエと握り拳を作って影乍ら応援するシス殿が存在感を放っていた。一番手はまさかのルルティエ殿だったか。

 

「では、ど、どうぞ……」

「ほう、うまそうじゃな! 余が先に味見しておくのじゃ!」

「あっ……」

 

 ハクの杯に注いだ酒は宴に出ている酒とは種類が違ったようだ。それに興味を引かれたのだろう、聖上がハクの杯を奪い取って中身の酒を飲んでしまった。

 

「おいおい、皇女さん、ルルティエは自分に注いでくれたんだぞ」

「あ、あぁ、ハクさま用のが……!」

「ぷはぁ! う……うにゅ……?」

 

 暫く酒に違和感を得ていたように戸惑っていた聖上であったが──突然である、どさりと目を回して倒れる聖上。すわ何事かと騒ぎが大きくなるが、度数の高い酒を飲んで目を回したのであろう。真っ赤な顔で、ぐこーと乙女に似つかわしくない盛大な鼾をかいていることからも、危険性は無さそうだ。

 

「……酒豪の皇女さんが倒れるくらいの酒か、飲んだら明日に響きそうだな」

「そ、そうですね……ごめんなさい」

「いやいや、ルルティエの気持ちは嬉しいよ」

 

 すごすごと涙目でシス殿の元へ帰っていくルルティエ殿。シス殿は落ち込むルルティエ殿に、薬はまだあるわ、と言っているような気がするが、耳に入らなかったことにしておきたい。

 そして宴も酣、皆がベロベロに酔い始めた時には、ハクはマロロやヤクトワルト等と一緒に裸踊りを始めてしまった。女性陣からの熱い瞳を受け乍ら、出し物はどんどん穢されていく。この場にネコネや母上がいなくて良かった。

 しかし、某も記憶の残らぬほど飲めば良かったか。どうも楽しみきれぬ。今回は、色々見聞きせねばならないことや、ハクが戻ったことで緊張の糸が緩んだものを引き締めねばと臨んだ宴でもあった。

 今回、酔いは出遅れてしまったが、まあ良い。聞きたいことは聞け、ハクの弱みも握れた。裸踊りをしていたぞ、など言えば一定面倒な仕事も引き受けてくれよう。

 

「おー、とうちゃんたちのぶらぶらだぞ!」

「きゃああああ、こっちに見せないでほしいかな!」

 

 これも、ハクがいなければ見ることの出来ない光景か。そう思えば、汚い男の裸と、阿鼻叫喚となる女性陣の騒ぎも旨い酒の肴となるものだ。

 

「おーい、オシュトルもこっちこいよー! がははははっ」

「兄上ぇえ、助けてくださいーっ!」

 

 ハクは裸踊りをすることで自らの身を女性陣より守ったことなど気づいていないのであろうな。さて、某も記憶を失うほど参加するべきか否か。

 そういえば、と無言で控えているウルゥル殿とサラァナ殿に目線を移す。

 

「其方らは酒はいらぬのか?」

「介抱」

「主様が寝入ってしまった後は、私達の出番ですから」

 

 なるほど、今回の宴の勝者は彼女らかもしれぬ。

 彼女らは、ハクを失って最も憔悴し救出したい想いを我慢していた者達だ。ハクの生存を某達に伝え、その希望を保たせ続けたことからも、此度のハク救出においての立役者は彼女らである。このまま成り行きを見ているのが彼女らにとっても一番得なのであれば、某もこの宴の流れに乗るのが良いか。

 

「おおー……キウルの、まえよりちょっとおおきくなってるぞ?」

「シノノンちゃん!? やめてっ、見ないで~!」

 

 これ以上、巻き込まれたキウルを放ってはおけぬな。

 その後、羞恥に塗れるキウルを救うために飲んだ酒の後の記憶は、曖昧である。宴は楽しんでこそ、であるからこういったものもたまには悪くあるまい。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 時は戻り、ハクからオウギとノスリの二人と話し合いの結果、ゲンホウと会う方向に決めたことを伝えられる。

 ノスリは正式な文として、オウギは戦時中でもあるからして裏を疑った道を探るとのことであった。

 つまり、文への返答が来るまでは、ハク率いる精鋭部隊はエンナカムイに在留する。イズルハ遠征のための準備もそれからであるため、ハク達には暫くの暇が与えられることとなった。

 その暇において、休んでばかりでは腕が鈍ると、いつものように紅白試合をしようかと皆が集まった時であった。

 

「──新たな武器を使いたい、と?」

「ああ」

 

 ハクは以前より悩んでいたようで、がらがらと数多の武器を地に並べて見せた。

 

「どうも、このヴライの仮面を付けていると力加減が難しくてな。鉄扇が壊れそうに軋むことも多いんだ。その度にクオンに調整してもらっているが、いい加減気を使わなくていい頑丈な武器も併用したい」

「私は別にいいって言っているんだけれど、一応借り物だからってハクがね……」

「ふむ……」

 

 ヴライの仮面について、暴走を抑えるため余り力を使えない、という報告は受けている。しかし仮面の力の弊害というべきか、いつもの筋力に大きく加算があるというのだ。

 仮面の力を引き出したハクが言うには、腕相撲で勝てない相手は聖上くらいであるという。もしそれが本当であれば、単純な腕力では頭抜けている。これまで鉄扇を軸に戦っていたのも、ハクの異常な非力さ故であった。それが無くなった今、確かに新しい武器を用いるのはハク自身を守るためにも良いであろう。

 筋力を上手く生かすことのできる武器──ふむ。

 

「ハクの新しい武器か──弓はどうだ! 弓はいいぞ!」

「……ハクさんって、前に矢が当たらないって言っていましたよね」

「おいおい馬鹿にすんな。矢が当たらないんじゃない。向こうが矢を避けるんだよ」

「ははっ、何を言っているのだ! それを当てるのが腕の見せ所なのだぞ!」

「そうですね。ハクさんは弓が苦手なようですから、流石に厳しいかと」

 

 可哀想な者を見る目でハクを見るノスリ殿やキウル。

 しかし、確かに力任せで扱える武器でも無い。弓は難しいであろう。であれば──

 

「槍はどうやぇ? 突いてもいいし、ぶんぶん振り回してもいいんよ?」

「槍か……というか、アトゥイの使い方は合っているのか?」

「ん~わからんぇ。ぶんぶん振り回してたら相手が勝手に潰れるから、あんまり考えたことないなぁ」

「使い方を教わっている内に自分が消えそうだな。却下」

「あ~、おにーさん失礼やぇ!」

 

 槍の柄を使って後ろからハクの首を絞めあげるアトゥイ殿。白旗を上げるハクであるが、あれでは暫く解放されまい。

 しかし、槍は選択肢として良いのではないだろうか。一定の練度に達するには、槍は扱い易い。間合い管理も剣よりやり易いことや、横に並べば制圧力の高い武器である。故に軍備においても槍は重用されるのだ。ハクが使えるようになって損はない。

 暫く皆で地に並べられた武器を眺めていたが、ヤクトワルト殿が一つの武器を手に取りぽつりと提言した。

 

「これなんていいんじゃない?」

「ヤクトワルトが使っているやつか?」

「ん~、俺の大太刀は力加減を間違えば簡単に折れちまうじゃない。これは長巻つって、大太刀よりも柄が長く重い分折れ難い」

「ほ~」

「重量に任せた薙ぎ払いや打ち下ろしにも向いているじゃない。今の旦那には良い武器だと思うがね」

「ふむ……長巻か。それは良いかもしれぬ」

 

 長巻であれば、某も一定教えられる。

 槍も確かに優れてはいるが、護身を考えた間合いへ入らせぬ戦いについては、薙ぎ払うことのできる長巻に利があるか。

 ハクは攻撃型というよりは隙を突く防御型の方が向いていることもあり、長巻は性格に合うかもしれぬ。

 

「長巻……ってこれか」

「おお、なんじゃ、ハクが恰好良くなった気がするのじゃ!」

「お、そうかい? んじゃ、これにするかぁ」

 

 長巻は柄に鋼鉄を多く仕込む。かなりの重量がある筈だが、ハクは容易く素振りをし、肩に軽々と長巻を担ぐ。やはり、こと単純な腕力においてかなり成長しておるようだ。

 

「お待ちいただきたい。それは持ち手を狙われやすい武器と見る。ハク殿にはこれも必要ではないだろうか」

「手甲……か」

 

 ふむ、ムネチカ殿の言も一理ある。手の甲を守るためだけでなく、武器を落とされ徒手空拳となった際にも打撃にて一定戦えるものである。長巻は場所を取る武器だ。身一つで行動することも多いハクには、いざという時の護身にも成り得る手甲は良いであろう。

 

「ならば弓も持てば遠距離でも戦えるぞ、どうだハク!」

「そんなに持ったら移動だけで疲れちまうよ」

 

 結果、長巻と手甲、鉄扇の三つの武器を扱うことになった。

 

「……よし、じゃあ今日はこれでやるか」

「ふむ……新しい武器では加減も判らぬであろう。意図せず残せぬ傷をつけてしまうこともある。まずは某と手合せするのが良いだろう」

「あ~オシュトルはんずるいぇ~!」

「お、久々に旦那と大将の戦いが見られるのか、楽しみじゃない」

「なら、シノノンがしんぱんをするぞ」

「おいおい、審判なんぞしなくても自分の負けだぞ」

 

 そう愚痴りながらも、ハクはいつものように某の前に立つ。

 確かに、ハクは某に勝ったことは無い。しかし、飄々としている姿からは想像できぬが、ミカヅチとの一戦を越えて何か掴んだのであろう。武器を構える所作、眼前への意識の向け方、以前と比較して遥かに歴戦の戦士然と化しているのだ。油断すれば喰われると感じる程には、今のハクに脅威を感じている。

 

「それじゃあ、はじめだぞ!」

「よし、行くぞオシュトル! 駄目で元々ッ!」

「ほう……」

 

 シノノンの合図に合わせて地を蹴り飛び掛かるハク。

 確かに、以前より速度は上がっている。長巻による渾身の叩き降ろしを、体は動かさずに鞘でもって矛先を逸らし地面に激突させる。

 

「うっ」

「良い一撃である……が、後先も考えねばな」

「何の!」

 

 ハクは地面を掘った長巻を返し手で持ちあげると、斜めに薙ぎ払う。鞘で矛先を少し逸らしながら体を沈み込ませて躱し、長巻の届かぬ間合いまで下がった。

 

「流石兄上。ハクさんの斬撃を意図も容易く……」

「しかし、ハクさんも中々堂に入った振りですね。意外と合うのかもしれません」

「旦那~、長巻は突くのも強いじゃない!」

「応、判った!」

 

 ヤクトワルト殿の指示を受け、叩き降ろしと薙ぎ払いを少なめに突きを多く繰り出すハク。確かに、長巻による突きにおいては某の太刀では間合いは届かず一方的な戦いになる。ハクの突きも勢いを増し、某も回避に意識を向けざるを得ない。

 

「あ、兄さまが、分裂して見えるのです……」

「さ、流石はオシュトルかな……」

「ええなぁ、ええなぁ……おにーさん、後でウチともやろうなぁ!」

「それは勘弁、だッ!」

 

 上段中段では埒が明かぬと思ったのであろう。某の足運びをどうにかしようとしたのかもしれぬ。下段に大きく隙のある薙ぎ払い。跳躍して躱すも、それを待っていたかのようにハクの口の端が歪む。

 

「そおいッ!」

「む……」

 

 跳躍した無防備な瞬間を狙ったのであろう。空中に浮いた某に再び渾身の突きが迫る。

 しかし──

 

「──んなっ!?」

「ふむ……ハクよ、腕を上げたな」

 

 ハクの突きを横合いから鞘で弾き飛ばすと、その勢いのまま着地。流れるようにハクの喉元に刀の切っ先を添える。

 

「ッまだまだ!」

「むッ……!」

 

 戻せぬ長巻をそのままに、柄を傾け手甲で以って某の刀を弾く。今日身に付けたにしては、咄嗟の判断として最良である。しかし、一度踏み込んだ間合いを離す程では無い。

 そのまま二度三度と刀を振るい、ハクは柄と手甲での防戦一方となる。

 

「ぐっ……」

 

 そしてそのまま再び喉元に切っ先を向けるため更なる間合いを詰めようと一歩踏み切った瞬間であった。ハクは間合いを広げることを諦めたのだろう。こちらの一歩に合わせて瞬時に身を詰めることで鍔迫り合いの形となる。

 その対応に、思わず目を見開いた。

 

「ほう……!」

 

 鍔迫り合いは単純な力任せでは無い。しかし、押し返せぬ、引くこともできぬ。ハクがこれまで某に教わってきた重心移動を忠実に実践しているからだ。

 しかし、なるほど。これがハクの言う加減が効かぬというものの正体か。ハクは忠実に実践しているが、僅かにハクの上半身の筋力にズレが見られる。これが仮面の力の弊害という奴かもしれぬ。本人の思わぬところで力を発揮し過ぎるのであろう。であれば──

 

「──ふっ」

「うッ!? うおおおっ!」

 

 鍔迫り合いを終わらせる某の引きの動きにハクの体はついていかず、体勢を崩した。前傾になって倒れかけるハクの首元に再び刃を当てた。

 

「……こ、降参」

「オシュのかちだな!」

 

 シノノンが某を模した赤旗を勢いよく振り、決着はついたこととなった。

 わいわいと皆が集い、健闘が労われる。某も刀を鞘に納め、ハクが以前と比較して大きく成長したことを称えようと近づいた時だった。

 

「っ……」

 

 ハクは、戸惑っていた。いや、仮面を抑え何かを堪えるような表情をしていた。暫くそのままの姿勢であったが、やがていつもの柔和な表情を取り戻した。双子が心配そうに駆け寄るが、ハクは大丈夫だと二人を制している。

 

「くそ……流石はオシュトル、全然勝てる気がしないぞ」

「ふ、ハクも成長している。某も此度は少々本気を出した」

「それなぁ、いつも言うだろ、お前」

「そうであったか? しかし、いずれ某に勝つ日も近いであろう」

 

 半ば確信を以ってそう言う。

 今はハクの呼吸が読めているからこそ、こうして戦えている。他の戦士との経験を積み、数多の選択肢を増やしたハクを相手取るのは、某にも自信は無い。しかし、ハクには冗談に思われたのだろう、笑って誤魔化された。

 

「おいおい、そんな訳ないだろ?」

「ふむ、嘘は言わぬが……もし某に勝てば、ミカヅチとの決戦も譲りたい程だ」

「そ、それは勘弁だな。できればミカヅチとは二度と打ち合いたくない」

 

 しかしとて現段階で見ても、ハクはもはや立派な一角の武人である。そこらの兵に遅れを取ることは万に一つもないであろう。

 イズルハは戦時中ともあり、刺客その他諸々との戦闘は避け得ぬかもしれぬ。その際にこれだけ力を扱えるのであれば、多少の心配はあるまい。以前よりも、ずっと強くなっているのだから。

 

「さて、紅白試合の籤を引くじゃない」

「ハクさん組になりませんように……!」

「おいキウル、それはどういう意味だ~?」

 

 その後始まった紅白試合においても、ハクには先程打ち合った時のような覇気が無く、何かを気にしながら戦っているようであった。逐一何かを否定するような呟きも聞こえていた。その様子を、ウルゥル殿とサラァナ殿が心配そうに眺めていたことが、某の心残りである。この時に、気づいてさえいれば、と。

 

 ハクの抱える爆弾の大きさ、それについて某が詳しく知ることができたのは、もっと先の出来事であった。

 




ハクも英雄らしくなってきたところなので、女性陣が動き始めましたね。
部屋に連れ込んで一体何をするつもりなんでしょうか。気になります。

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