【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
エンナカムイ会議室にて、久しぶりにオシュトル、マロロ、そして自分とネコネによる現状確認と今後の展開を含めて会議が持たれていた。
「……ということでぇ、ナコクの情勢はぁ……えっと──」
「──ふん!」
ネコネの強烈な殴打が自分の頬を張り、目の前がぐらぐらと揺れ動く。ようやく収まった頃には、幾分か覚醒していた。
仕方がない、ネコネの小言を無視したツケだ。宴の席で酒を飲み過ぎたせいで、蟀谷はズキズキと痛み思考はぼんやりとしているが、やることはやらねば。
「──えっとだな、とにかく文でも伝えた通り、イタクを新八柱将に任命したこと、そしてナコクとシャッホロが同盟を結び、聖上の命があればすぐに軍を寄越すと約束できた。これが、その軍の数や物資の目録だ」
「ふむ……」
オシュトルは目録については昨日既に目を通していたのだろう。ある疑問を呈した。
「数は申し分無い……移送船は何とする?」
「ソヤンケクルは造船を予定している──が、それでも一度は無理だと言っていたな」
「ふむ……であれば」
「徐々に軍を送ってもらうか?」
「彼らにとって慣れぬ土地だ。一定指揮できる存在を育成したい。それに……エンナカムイの兵だけでは関に常駐させる数も未だ心もとない。援軍があればあるだけ有難い情勢ではある」
「そうか、良かった。そう言うと思って、既に第一派はこっちに向かっている手筈だ。三日後くらいには着くんじゃないか」
どちらにしても、ナコクとシャッホロの使者として第一波は受け入れるつもりであった。その後の第二派については要議論として空白にはしているが、移送できるだけの準備はしてくれている筈だ。
「……ふ、流石であるな」
「イタクの案だ。いい皇になるだろうな」
「第二派以降の兵数については軍備管理のキウル殿と相談の上、マロに任せてほしいのでおじゃ」
「おう、マロロに頼んだ」
「お、おじゃ……」
やはりこの面子であれば、議題がすいすい進む。
マロロは何分頼られると嬉しいようだ。しかし、一々感動したように涙目になって震えるのを何とかしてほしい。
「……そういえば、イタク殿を新八柱将にしたと言っていたな」
「ああ」
「他の任については、何か考えているか?」
「……特には」
「ふむ、何故か」
「いずれ名のある将を味方にできるかもしれない。その時に、任命枠が無かったら困るだろう」
「……なるほど」
その答えを聞いて、オシュトルは何やら考え込む。八柱将についてはオシュトルに確認もせず色々やっちまったからな。元々帝都奪還後の話としていたこともある。何かまずったろうか。
「新八柱将の擁立……であれば、早速良い将がいる」
「誰だ?」
「今となれば、何としてでも味方にしたい。かつてイズルハの長だった漢だ。元八柱将ゲンホウ殿である」
「ゲンホウ……以前聞いたな」
「ノスリ殿とオウギ殿のお父上でおじゃる」
マロロの言葉に、そういえばと思いだす。
ノスリが昔の仲間に当てがあるし氏族の招集に当たって連絡してみると言っていた。その後多くの兵が集まったものの、ゲンホウ含め全ての氏族が首を縦に振ったわけではない、というところで話が終わっていた筈だ。
しかし、今のイズルハ長、八柱将はトキフサである。ゲンホウを味方につける意味はあるのだろうか。
「ナコクに流れたハク殿を救うため、イズルハに一当てしたことはハク殿も知っているでおじゃ?」
「ああ」
「その時、八柱将トキフサは、未だ全軍を手中に収めていないことがわかったのでおじゃる」
何でも、作戦立案事は将兵も少なくもっと苦戦するかと思っていた戦線が、いともたやすく突破できたそうだ。ムネチカ前線部隊による報告では、部隊によって明らかに戦意に差があり、トキフサの命令に従わない兵もいたそうだ。
イズルハは数多の部族の集まりであるという。そのことから考えると、トキフサは未だ全部族をまとめあげるだけの力が無いと見られている。もしくは、イズルハの部族の中でも朝廷側に着くか、オシュトルに着くかで意見が割れていると見るのがよいだろうとのことだった。
「オウギ殿から少し話を聞いたが、トキフサとの因縁もありゲンホウ殿は国外追放という憂き目にあってはいるが、義篤い氏族の支援によりイズルハの奥地で隠居しているという。であれば、イズルハの旗印は二つに割れていることが予見される」
「ゲンホウを味方につければ、トキフサに反感持っている連中もこっちに来る可能性があるってことか」
もしその部族たちをこちらの味方につけられれば、イズルハの内情把握と兵の獲得の二鳥、いや敵の攪乱を含めれば三鳥を手に入れられるという算段か。そのための一石が、引退したとは言えトキフサと対立しているであろうゲンホウというわけだな。
「だが、自分のためとはいえ、一度イズルハとは喧嘩しちまったんだろう? 堂々と交渉には行けないんじゃないか」
「そうだ」
「……まさか」
「堂々とは……な」
なるほど、だから自分が帰って来てから動くことにしたのか。
つまり、自分お得意のこっそり交渉術をまた頼む、ということなのだろう。しかし、危険も大きい。中立を保っていた筈のイズルハは、今や完全に朝廷側に属している。こっそり行くにもかなりの危険が付き纏うだろう。
「……ノスリやオウギと話をしてからだな。行くか決めるのは」
「無論だ。ハクが実行不可能と判断するのであれば、廃案も致しかない」
「しかし、そのゲンホウは確かオシュトルと知り合いなんだろう、直々に交渉した方が良くないか?」
「すまぬな……名は知っているが会ったことは無い。それに、こと交渉においては其方を置いて他に無いと考えている」
にやりと、不敵な笑みを返すオシュトル。全幅の信頼を置いてくれるのは構わないが、自分にもできないことはあるぞ。
まあしかし、今後の展開は決まった。ナコク、シャッホロとの連携を強めつつ軍備を増強し、その裏でイズルハのゲンホウとの交渉を行う。連れていく人選も考えないといけないな。
「それでは、今日の議題はここまでなのです」
「記録ご苦労だった、ネコネ」
「はいなのです」
「さ、飯にするかぁ……」
「ハク」
ネコネやマロロ達と飯に行こうかと立ち上がりかけた時、オシュトルに呼び止められた。
「何だ?」
「……少し二人で話をしたい」
「ん? 別に構わんが」
「……でしたら、私達は先に行っているのです」
ネコネとマロロが二人して部屋を出ていった後、オシュトルの前に座り面と向かう。
声色からある程度の真剣さが窺える。ただの世間話ではなさそうだ。
「何だ、話って」
「……」
オシュトルは少し考えこむように目を伏せた後、仮面を取って表情を見せる。そこには、決意を持った強い瞳が映っていた。
「其方を二度と失わぬと誓いながら、再び其方を危険に晒そうとしている……某の不甲斐なさを許してくれ」
「……おいおい、そんな殊勝な奴だったか?」
「ふ……そうだな」
真剣な表情を幾分か和らげると、かつてのウコンに扮していた時のような柔和な笑みを見せた。
「どうしたんだ、オシュトルらしくないぞ。礼は弾むから行って来いくらい言ってほしいもんだ」
「……其方がいなくなると、悲しむ者が多い。其方のいないエンナカムイを見せてやりたい程にな」
「……そんなにか」
自分がいない時のエンナカムイ。いまいち想像できないが、皆取り乱していたのだろうか。再会した時にはそういった雰囲気はあまりなかったように思うが。ぼこられたし。
「ああ、そうだとも。皆一様に落ち着きなく、今か今かと奪還を狙っていた。某を含めて……な」
「……そりゃ危ないことだな」
あの時、クオンがいなければ奪還は叶わなかったろう。ミカヅチを抑えて逃げ果せるだけの手駒を持つクオン。トゥスクルの手が潜む白楼閣の協力、全てが揃わねばただの犬死であったろう。
「それだけ、皆が切羽詰まっていたということだ。其方一人欠けただけで……」
「……」
「ハク、其方は聡い。状況を見て瞬時に判断する力を持っているが、そのために自分すらも易々と天秤にかける」
「……そうか?」
「そうなのだ。だから、言っておきたい。アンちゃん、お前が一番大事なんだ」
オシュトルから強く肩を掴まれる。感情が漏れてしまっているからなのか、いつの間にかウコンの口調になっていた。
「俺の不甲斐なさの為にアンちゃんに頼っちまっているが、それを忘れないでくれ。ゲンホウ殿との交渉よりも──いや、あらゆる作戦行動において、アンちゃんが無事帰ってくることの方が大事だ……それだけ言っておきたかった」
「……まあ、また捕まるなんて真似はしないさ。牢生活の辛さはお互い知っているだろ?」
「ああ、生きた心地がしねえからな──頼んだぜ、アンちゃん」
握り拳を作り、どんと胸を強く叩かれる。
肺から空気が押し出され、思わず咳こんで抗議した。
「いてえ」
「痛くしておるのだ。大事なネコネをあんな歳で未亡人にされては困るからな」
なんだそりゃ、と返答しようと顔を上げた時には、既に仮面を付け不敵な笑みを浮かべるオシュトルに戻っていた。
まあいいか。こう言っては何だが、一番取り乱していたのはオシュトルだったのかもしれない。逆の立場であれば、あの面子からやいのやいの常に言われることの辛さはわかるものだ。
「……苦労かけたな」
「ふ、お互い様である。本当に、よくぞ無事に戻ってきた」
さ、話も終わったし飯でも行くかと立ち上がる。今から向かえばマロロ達と一緒に食べられるだろう。
ノスリやオウギと話すのは、それからでいいかと考えるのだった。
○ ○ ○ ○ ○
食後、ノスリとオウギを自室に呼び出し、ゲンホウのことについて聞くことにした。
ゲンホウの名を出すと、最初は渋々といったような表情であったノスリだが、イズルハの現状や自らの出自について話し始めた。
「元々、イズルハを治めていたのは我が一族で、トキフサはその後釜なのだ」
「何? それはつまり……ノスリはお姫様だったということか!?」
「そ、それはどういう意味だ、ハク!?」
軽い冗談のつもりだったのだが、随分ノスリの怒りに触れてしまったらしい。両の手の握り拳でぐりぐりと蟀谷に激痛を与えられる。オウギはそんなやりとりに苦笑しながら説明を続けた。
「十年ほど前までは、ですが。複数の氏族を我が家が長となって纏め上げていたのです。それも今のようなバラバラの状態ではなく、一帯の氏族全てを纏め上げるほどに」
「痛て……それが、当時八柱将であるお前達の父ゲンホウだったということか」
「父上は強く逞しく義に厚く、帝の信も絶大で……正しく長の中の長だったのだ」
自慢げに胸を張るノスリ。
こいつはいつも何かあれば胸を張っているような気がするが、その張りようもいつもより二割増しになっている。娘にこうまで言われるのだから、間違いなく傑物なのだろう。
「姉上の憧れなんです。当時の父は」
「なるほど……アトゥイのところと違って、娘の前でも恰好良いみたいだな」
「ふふ、そうかもしれませんね」
しかし、疑問が残る。
ならば何故ゲンホウではなく、トキフサが八柱将に収まっているのか。
「む、それは……」
「昔、父と確執があった、ということは知っていますが、内情や人柄については……」
「そう、か」
二人もよくは知らないのだろう。困ったように押し黙ってしまう。
この暗雲に包まれている中、取るべき道は一つか。
「ノスリ、以前お前の家を再興する……という話をしたよな」
「ああ、お前が影武者をしていた頃だな」
「皇女さんが帝都へ帰還した暁には八柱将の位をやる、とも言ったよな」
「む……あれはハクの時に結んだものだ。オシュトルが復活した今、有耶無耶になったのではないのか?」
確かに、あの約束を交わした時はそうだった。
しかし、今やナコクの同盟を結ぶためだけでなく、オシュトル陣営の結束を強めるためにも新八柱将を擁立する方向で動いている。その柱の一人として、ゲンホウではなくノスリを推すことは、ゲンホウ他反トキフサの氏族を説得する上で大きな要因になるかもしれない。
「……まさか、姉上が新八柱将の一人になるのですか?」
「そのまさかだ。どの道御家再興が願いであれば、今の内に高い地位についておくことがいいだろう」
それに、現在貢献度の高い重鎮の中でも、アトゥイやルルティエなどの王族と違って、ノスリだけ家柄が非常に低い。帝都奪還の際に褒章の話になれば、割を食うのは彼らだろう。
「なぜだ。オシュトルが褒章については便宜を図ると言っていたが……」
「これからはナコクやシャッホロ、数多の家柄を持つ者が配下につく。その中で下級氏族のままではいくら貢献度が高くとも特別扱いしにくいだろう」
「折角平定したのに、いらぬ火種を持つことになりますからね」
理解の早いオウギが納得するように頷いた。
勢力が大きくなれば利もある。しかし、その分柵も増えてしまうのだ。面倒な、と呟くノスリの言葉に賛成であるが、感情と理屈は分けて考えねばならない。
「……つまり、私が八柱将になるのか?」
「いや、今のままでは家柄の問題から難しい。イタクは皇子だったからすんなりいったが」
「姉上が家督を継げば、イズルハ元長の後継者で氏族長という名目が立ちますから、八柱将と成り得るということです」
「……とにかく、父上に家督を譲ってほしいと言えばよいのだな」
ちんぷんかんぷんなのだろう。まあ、判らんでもない。政治の建前は誰にとっても複雑なものだ。
「そういうことだ。ノスリを新八柱将に任命することを条件にすれば、ゲンホウも嫌な顔はしないだろう」
「交渉内容は?」
「二つだ。ノスリが家督を継ぐこと、そして反トキフサを掲げる氏族を纏め上げる一助となってもらうこと」
その条件を聞き、二人は納得してくれたのだろう。自信をもった笑みを堪えた。
「善は急げとも言うからな。父上に会うともなれば、早々に準備せねば」
「今は戦時中ですから、トキフサ殿の索敵に引っかからないよう道を探りましょう」
「頼めるか」
「ええ、お任せください」
故郷ですから、と最後に付け足すオウギ。
いつもと変わらぬ笑みではあるが、少し自信のあるようにも見える。任せておけば良い返事が期待できるだろう。私は文で現状を伝えるのだ、と意気込みながら出ていくノスリ達を見ながら、オシュトルへの報告書を認めるのであった。
三日間、連続更新でした。
コロナで在宅勤務の日もあるので、ある程度小説書く余裕ができましたね。
また少し空くかもしれません。気長にお待ちください。