【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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 3年も書けてなかったんですね。待っていてくれた人がいたら謝罪と感謝を。
 久々に書いたので、色々設定とか忘れているかもしれませんが……原作を見直しているとやはり自分の心に強く残る良い作品であることを再確認しましたね。
 自分の書きたい最後まで続けられるよう頑張ります。(ロストフラグ要素や設定は追加しません)


第二十二話 帰還するもの

 時は少し遡る。

 

 エンナカムイにて、オシュトルは見覚えのない二人の武人と相対していた。

 童顔であり華奢な体格からは想像できない、歴戦の風格を醸し出す彼らを疑いながらもその話は信ずるに値するものであった。

 

 「御二方は……トゥスクルのドリィ殿とグラァ殿であったか」

 「はい」

 「以後お見知りおきを、オシュトル様」

 「其方らは、ハクが帝都を無事脱出したと、そう申すのだな?」

 「「はい」」

 

 クオン殿からの言伝では、成功如何に関わらず使者を送るということではあった。トゥスクル皇直筆の印もあり、信用に値するものではある。

 しかし、これまで幾度となく罠を敷いてきたライコウのこと。これが既に捕縛された後の罠とも捉えられる。もう少し情報を精査したかった。

 

 「これまで明言を避けていたイズルハの八柱将トキフサは、突如として朝廷側への忠誠を誓ったが……偶然であるか?」

 

 イズルハは以前より朝廷と繋がっていた。幾度となくエンナカムイとの交渉の席を蹴っていたことからも、それは可能性として挙げられていたことだ。

 そしてそれは目の前の武人も、そう考えているようだった。

 

 「……以前よりの隠し玉を使ったのではないでしょうか」

 「何故」

 「ハク様をエンナカムイ方面へ逃がさないためだと思われます」

 「ふむ……」

 

 明かすにしては突然すぎる。ライコウならば、もっと有効な場面で明かすこともできたはずだ。つまり、明かさざるを得ない状況に追い込まれたということ。もしくはそれすらも罠か。

 

 ――いや、こうして思考に溺れてしまうことこそがライコウの術中か。

 

 そもそも、ハクだけでなく救出部隊すら奪われていたのであれば、もはや打つ手はないのだ。

 それならば、今は希望の芽を摘まぬよう動くのが最善の手。イズルハを通れぬ最悪の事態を想定し、ナコクへ使者を向かわせておいて良かった。ハクであれば必ずナコクへ逃げ、ナコクで起こる戦乱に対処するであろう。

 

 「あいわかった。ネコネ、シャッホロを通じて改めてナコクへ使者を出す。アトゥイ殿を呼んでくれ」

 「はいです」

 

 傍に控えていたネコネに伝えた後、エントゥアへと声をかける。

 

 「……後、他の者には戦の用意をせよと伝えよ。ナコクでの戦を少しでも軽くするようイズルハに一当てする」

 「はっ」

 

 効果があるかはわからない。こちらの意図は御見通しであることも加味しても、何かせずにはいられなかった。

 それに、ナコクには予め開戦の可能性を示唆している。少しでも時間を稼いでくれればナコクからの撤退はなくともハクが逃げきる可能性も提示できるかもしれない。

 

 そう考え、我ながらナコクをまるで捨て石かの如く扱う考え方に自らの余裕の無さが窺えた。ライコウとは、それほどまでの相手なのだ。

 

 しかし、それでも――己の大事なものを、もう二度と迷いはしないと誓ったのだ。

 

 「ドリィ殿、グラァ殿、心より感謝申し上げる」

 「いえいえ」

 「こちらこそ、申し訳ありません」

 

 柔和ながらも少し困った笑みを浮かべる二人。謝罪の意味はわからなかったが、追求したところで濁されるのが関の山だろう。

 それよりも、ハクを取り戻せるか否かの瀬戸際だ。ライコウのこれからの策に考えを巡らせねばならないだろう。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 ナコクから少し離れた街道で、ハクとイタクはナコク皇と別れの言葉を交わしていた。

 

 「本当に護衛は良いのか? イタクよ」

 「はい、復興に少しでも人手を割いてください」

 「其方がそういうのであれば……そうだな。わかった」

 

 エンナカムイから発せられたイズルハ開戦も、結果として小競り合い程度に収まったらしく、ナコクはいつ何時再び攻められるかわからない状態である。自分たちの護衛に人員を割くよりも後々の戦を考えたほうが良いだろう。

 

 今では草の入国を阻むために白磁の大橋はナコク軍により封鎖され、ナコクの国籍を持つ者以外は立ち入りを禁じられている。

 つまり、物流すらも完全に閉ざされているのだ。そんなナコクが頼るべきは――

 

 「シャッホロと同盟を結べるか否かは、其方にかかっているのだぞ」

 「はっ、わかっております」

 

 取るべき策は、シャッホロとの同盟しかない。同道する自分たちとしては、ナコクからの正式な同盟要請を託されたも同じである。今の不安定な情勢では、いかにシャッホロと同盟を結ぶことができるかにナコクの命運がかかっている。

 

 「それでは、行って参ります。父上」

 「うむ……ハク殿も、何卒我が息子を頼みまする」

 「ああ、わかった。皇さんもはやく怪我を治しなよ」

 「忝い」

 

 固く手を握られ、託された重みを感じる。

 こちらとしても、戦の火種を持ち込んだり、動けない数日間面倒を見てもらったりと多数の恩を受けている身だ。戦術的価値以上に、恩義としても叶えないわけにはいかないだろう。

 

 クオン、フミルィル、ウルゥルサラァナの面々に、ナコク皇子イタクを連れてシャッホロへと出発したのであった。

 

 その道中であった。

 相も変わらず馬上で身を寄せてくる双子に、クオンが苛ついた視線を向け始め、空気がぎすぎすと軋み始めた頃。

 その空気に耐えられなかったのか、イタクから話しかけてきた。

 

 「そういえばハク殿、貴殿の頭痛はあれからどうなりましたか?」

 「ん? 今はもうないな」

 

 仮面の力の代償によって、あれだけ痛かった頭痛や全身の倦怠感も暫く休んだことで治まった。

 頭はまだ少し痛むが、それは仮面の力というより双子から迫られた際に振るわれたクオンの尻尾攻撃によるものだろう。

 

 「それは良かった。ハク殿がいれば私としても心強い。父上は皇子である私一人でシャッホロへ赴くのを決して許しはしなかったでしょうから」

 「なんでだ?」

 「我らナコクがエンナカムイにおられる聖上派であることを示してから、朝廷の草の者が日に日に増えておりました。シャッホロとの同盟を組もうとしたナコクの重鎮が行方不明になるなど、我らの結束を阻む動きをしていたのです」

 「なるほど」

 「また、シャッホロが中立であるからこそ、これまで成せた平穏でもあるのです。海上を支配するというのは、朝廷側が十分警戒を要するものでありますから」

 

 確かにシャッホロとの同盟がなっていれば、朝廷は何を置いてもナコクを落としにかかるだろうからな。

 二方面作戦だけでなく海上を利用した支援物流まであるとなれば、流石の朝廷も苦しい。エンナカムイとの連携が取れないうちは、同盟を強固にし過ぎないようにしていたのか。

 

 「ハク殿の御力を間近で感じ、父上は私を託すことができると考えておられたのです」

 「あんまり買い被られても困るな。訳あってそんなに簡単に使える力じゃないんだ」

 

 先日、ウルゥルとサラァナから警告されたこと。それは、仮面の力を使い過ぎれば亡きヴライの魂と同化していってしまい、自らの精神が歪んでしまうことである。

 仮面の力を使うこと、または使おうとすることが鍵となり、精神を浸食していくのだそうだ。虜囚の身に何故そんなものを埋め込んだのかは知らないが、仮面の者の逃亡防止用の保険として、そういった技術が敵方にはあったんだろう。

 元々この力を使うことそのものが命を縮めることでもあるのに、自らの精神すら歪むなんて、使える気になりゃしない。この仮面はただの装飾品として装備しておこう。つけ外しできないけど。

 

 ただ一つ疑問が残るのは、ライコウはこのことを知っているのかということだ。それならば何故、逃亡自体を防止するものでなく、逃亡した後に発動する防止策を用いたのか。

 休んでいる間に色々考えたが、それだけがどうしてもわからない。

 

 「やはり、仮面の力には代償があるのですね……歴代ヤマトにおいても仮面の者となったヒトは数知れず、しかしその殆どが力に呑まれ絶えたと聞きます」

 「自分も力を使いすぎて塩の塊になんぞなりたくないからな。仮面の力はあくまで抑止力。あんまり自分のことは信用せずに危なくなったら逃げてくれ」

 「了解致しました。しかし、ハク殿はあれだけの力を御することを考えておられたのですね。まこと感服いたしました」

 

 あのミカヅチとの戦いを間近で見たイタクは、目をキラキラさせて自分の話を聞いている。

 そんな大層なことじゃないんだが。キウルがオシュトルを見るような目で見られると、何だか居心地が悪い。仮面の力なんて、自分の力じゃないし。

 

 「……」

 

 そこで、クオンが先程のぎすぎすした雰囲気から一転、不安げに思考を巡らせていることに気付く。

 この仮面をつけた経緯やその代償については、ウルゥルとサラァナから聞き及んでいるらしいが、その時の狼狽ぶりは中々だったようだ。トゥスクルにももしかしたら似たような力があり、その身の破滅についても知っているのかもしれない。

 まあ、向こうから話をしてこないので、わざわざこちらからも聞かないが。話したくなったら話すだろう。

 

 それよりもトゥスクルで長期間過ごしていて今頃帰ってきたことのほうが気になる。あのトゥスクル皇女に話をつけてくれたことから、今回の救出作戦立案から実施まで、何から何まで世話になりっぱなしだ。

 これじゃまるで本当に保護者だ。エンナカムイに帰って落ち着いたら、何か礼をしないといけないな。

 そう考えていると、クオンが思考の渦から戻ってきたのか、小声で話しかけてきた。

 

 「ハク」

 「ん? 何だクオン」

 「囲まれているかも」

 「……敵か?」

 「……わからない。敵意は……今は感じない」

 

 ぴりっとした空気に包まれる。イタクもまさかといった表情で周囲を見回そうとするので、小声で制する。今周囲を窺えば、囲まれていることに気付いたことを伝えるようなものだ。

 

 「突破できるか?」

 「4人はわかるけど、それ以上は掴めない。敵意すら漏らさずにここまで近づくなんてかなりの実力者かな……難しいかも」

 「……」

 

 イタクだけでも逃がせればいいか? いや、狙いは自分かもしれない。

 だが、囲んでいるということは、いずれ襲ってくるであろうことは想像に難くない。

 

 「――っ」

 

 思わず仮面に手を当てている自分に嫌気が刺す。あれだけ御高説を垂れながら……これが力に呑まれるってやつか。

 仮面は使わず、冷静に逃げの手段を考えねば。

 そう思考を巡らせた瞬間――矢が馬の足元に数本放たれ、足を止められた馬が大きく仰け反った。

 

 「なっ!!」

 

 咄嗟にウルゥルとサラァナを抱きかかえて落馬しないよう飛び降りる。しかしそれを合図ととったかのように、木々の連なる裂け目から何者かが飛び出してきた。

 

 「とったぇーーっ!!」

 「ぐっ!!」

 

 速度に対応しきれないと考え、ウルゥルとサラァナだけでも逃がすと突き離す。自分は為す術もなく背後から伸し掛かられ首をきゅっと絞められた。

 

 まずい、声を出せなくなる前に――

 

 「自分だけなら何とかなる! 皆逃げろ!」

 

 後ろから何かに締められながらも、そう叫ぶ。しかし、誰も逃げようとはしない。クオンも、ウルゥルとサラァナも、フミルィルも。逃げようとするどころか、どこか呆れたような表情で自分を見つめている。

 

 「なるほどね。二人から話には聞いていたけど、これはやっぱり私がついてないとダメかな」

 「クーちゃんの言う通りでしたね」

 

 そうにこやかに言うフミルィルに疑問符を浮かべる自分とイタク。

 ぞろぞろと複数の人影が木技の間から現れる。

 

 「……くく、相変わらず自分の価値がわかってない人じゃない?」

 「お前ばかり抱える必要はないのだぞ! 全く……」

 「まあまあ姉上、それがハクさんの良いところでもあるのですから」

 「ハクさん、無事だったんですね! 良かった……」

 

 そこには何と見知った面々、ヤクトワルト、ノスリ、オウギ、キウルの四人がいた。

 

 「お、お前等か! 何だこの歓待は……ん? ということは後ろのこいつは――」

 「うひひひ、おにーさんひさしぶりやなぁ。ウチがいなくて寂しかったぇ?」

 

 背後から首を絞める両腕はそのままに、左肩からぴょこんと顔を出して満面の笑みで返すアトゥイ。

 

 「いいから離れてくれ、重い」

 「えぇ~? 乙女に重いなんて、おにーさんの癖に生意気やぇ」

 

 余計にぐりぐりと色んなものを押し付けてきたり、首を締めにかかったりするアトゥイ。

 ばたばたともがいて脱出する傍ら、クオン達にも労いの声がかかった。

 

 「クオン、そしてウルゥルとサラァナもよく無事このぐうたらを救い出してくれた!」

 「主様のことですから」

 「当然」

 「ふっ、流石姐さん達じゃない」

 「どういたしましてかな。それにフミルィルやおと――た、頼りになる部下もいたし」

 「そうだったのですね。彼女がフミルィルさんですか?」

 「はい、はじめまして。フミルィルと申します」

 

 声をかけられたフミルィルは流麗な動きで一礼をする。ふわりと高貴な香りが舞ったような錯覚すら覚える見事な礼だった。

 

 「うわ……綺麗……」

 「ヒュ~、コイツはエライ別嬪さんじゃない」

 

 そんな仲間たちのやりとりを見ていると、囚われていた時間は僅かながら、何だか無性に懐かしかった。

 感傷的になっていたところ、後ろでどうすればよいか迷っているイタクに気付き、声をかけた。

 

 「騒がせたな……安心してくれ、皆自分の仲間だ」

 「そうだったのですね。ハク殿の御仲間で刺客ではなくて良かったです」

 「彼がナコク皇子イタク殿ですか。これはとんだご無礼を」

 「いえいえ、お初にお目にかかります」

 

 挨拶を交わす姿を見たアトゥイは、そこで初めてイタクを意識したのだろう。

 こっそりと耳元で囁くようにつぶやいた。

 

 「ふわぁ、ちょっと男前やねえ」

 「ん? またアトゥイの優男好きが出たのか」

 「そう思わないけ? 結構いい線いってると思うんよ」

 

 確かに、自分の仲間と比べてもかなりの好青年ではある。キウルに並ぶくらいかもしれんな。ちょっと薄幸そうなのも、アトゥイ的にはありなのかもしれん。

 聞こえていたのかどうかはわからないが、イタクは少しちらりとこちらを見て何かを言おうとしたようだが、すぐ口を噤んでしまった。

 とりあえず、このままここで止まっていても仕方がない。アトゥイを強引に引き剥がし、立ちあがった。

 

 「再会するにしてももっと穏やかなやり方があるだろう――というかなんで驚かすんだお前達は」

 「ふふ、我々も急に消えた貴方に腹を立てていたということです。このくらいは良いかと」

 「やめてくれよ。心臓に悪いから。というかクオンも気づいていたなら言ってくれ。なんで怖がらせるような真似を」

 「ま、直ぐに自己犠牲に走るハクにお灸を据えようと思ったからかな」

 

 自己犠牲、ね。そんなつもりはないんだがなあ。咄嗟に仮面の力を使える自分はいい囮になると考え、逆に自分を餌にされて他も捕まった方がその後の展開が悪いという判断なのだが。

 

 「もう少し先で皆がお待ちですぜ、旦那。ただいまの挨拶はその時にお願いするじゃない」

 「ネコネさんや、ルルティエさんとシスさん、エントゥアさん、シノノンちゃん、そして聖上も私達と同じく来ています」

 「おいおい、皇女さんもいんのか?」

 「はい、使者として来ています」

 「使者?」

 

 道すがら、キウルの話を要約するとこういうことだった。

 オシュトルは、ナコクでハク奪還のための戦乱が起こると予想。オシュトルとマロロ、それにムネチカ率いるエンナカムイの軍をトキフサ率いるイズルハ軍に一当てし、朝廷部隊の二分化を図った。

 そして、ナコクでの戦乱の方が苛烈になることもまた予測し、シャッホロとナコクへの使者兼派兵として皇女さんを含めた少数精鋭である彼らを編成。

 その精鋭の一人であるアトゥイは、シャッホロの皇ソヤンケクルと縁故であるが故に、皇女さんと共にシャッホロとナコクへの同盟取り付けを目的としてきたらしい。

であれば、一つ疑問が残る。

 

 「なら、なんでお前達はここにいるんだ? シャッホロとの同盟は済んだのか?」

 「鈍い奴だな、お前を助けに来たに決まっているだろう!」

 

 ノスリがむんと胸を張って答える。そうか、そうだったのか。

 助けることはあっても、助けられる側に回るのは初めてだな。オシュトルも、囚われの身から助け出された時、こんな気持ちだったのだろうか。

 

 「ハクさんがまだナコクにいると聞いて、街道を張っていたんです」

 「旦那と擦れ違わないよう街道を通ったが、中々治安が悪かった。十人は始末したじゃない」

 

 そうか、通りでイタクの話に反して街道は平穏そのものだったが、こいつらがやってくれていたのだな。

 

 「ありがとな、助かった」

 「お姫さまとどっちが助けに行くかでめっちゃ揉めてなー。結局とと様との同盟にはお姫さまは必須やってことでウチになったんぇ」

 「ま、この五人で助かったぜ。姫さんは頑として付いて来たがったが、守りながらは流石にしんどいじゃない」

 「皇女様、元気になったんだ? オシュトルから元気がないって聞いていたかな」

 「ええ、ハクさんが無事とわかった瞬間にね」

 「へえ……あんだけ啖呵切っていたのにね……」

 

 クオンのよくわからない呟きが耳に入り、思わず聞き返そうとしたとき、何やら思案顔で顎に手を当てているイタクが気になった。その視線はアトゥイの方へ。そういえば、アトゥイと従弟だって言っていたな。挨拶しないのか?

 しかし、黙りこくって馬を歩かせているイタクにその様子は無い。

まあ、色々あるんだろうと思い、特にその場では話しかけないことにした。それよりも、久々に会えた仲間達との会話が、楽しかったのだ。

 ああ帰って来られたんだなあと、しみじみ実感したのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 ああ帰って来てしまったのだなあと、つくづく実感してしまった。

 

 皆が待っているというシャッホロのもつ重要拠点の内の一つに、自分とクオン、ウルゥルとサラァナ、フミルィル、イタク、そして途中合流した五人は無事辿り着くことができた。そこには、キウルから聞いていた女性陣が涙交じりの笑顔で出迎えてくれた。

 

 「ルルティエ! それにシスも」

 「ハクさま……おかえりなさい」

 「ルルティエと二人で勇気づけながら、貴方の帰りを待っていたのよ」

 「そうだったのか、すまない。心配かけたみたいだな」

 

 どうやら二人には随分心配かけたらしい。

 無理をするなとルルティエに言われていながらも、今回の件はかなり無理した格好である。つい謝罪が口を出てしまう。

 

 「いいんです。無事私のところに帰って来てくれたんですから……」

 「そうね、待っていた甲斐があったわ。ちょっと英雄らしい顔つきになったわね」

 

 そして二人涙ぐむ。

 シスはなんで自分を心配するのかわからんが、ルルティエ命のシスのことだ、心配性のルルティエがおろおろすることが無くなると思って嬉しいのかもしれないな。

 

 「エントゥアも来てくれたのか」

 「はい。よく帝都よりご無事で……」

 「ああ、クオンやウルゥル、サラァナがいなければ自分は逃げられなかっただろうな」

 「それほどでもあるかな」

 「主様からご褒美があるとのことですが、まだ戴けていません」

 「邪魔された」

 「その話はするなって!」

 

 特にクオンの前では! せっかく帰ってきたのに殺されちまう。

 

 「よくかえってきた、あねご、だんな」

 「うん、ただいま」

 「シノノン、元気していたか」

 「おう、ばっちしだ。だんながかえってきてから、みんなもあかるくなったぞ。よろこべ」

 「そうかい。そりゃよかった」

 

 シノノンも心配してくれていたようだな。しかも嬉しいことを言ってくれる。

そう、そこまでは和やかだったのだ。暗い表情で俯くネコネの姿を見るまでは。

 

 「? ネコネ?」

 「っ!」

 

 目が合うとびくっと顔を背ける。随分挙動不審な様子だ。

 

 「ただいま、ネコネ。心配かけたな」

 「……」

 

 俯いたままぼそぼそと何かを呟く。聞き返そうと口を開けたときには、ネコネは振り返って部屋を飛び出していってしまった。

 

 「? どうしたんだ? ネコネは」

 「……あーあ、ハクのせいかな」

 「おいおい、自分のせいなのか?」

 

 そう周囲を見回すと、何をいまさらといったように非難の目が向けられている。なんでだよ、さっぱりわからん。

 嫌な空気を払拭しようとして、そうだとフミルィルに目線がいく。そうだ、彼女を皆に紹介しないとな。

 

 「そ、そうだ、紹介したい人がいるんだ。自分を助け出してくれたクオンとウルゥルサラァナは勿論として、それに協力してくれたフミルィルだ」

 

 誤魔化すように突然紹介したにも関わらず、フミルィルはニコニコと自分の横に立ち自己紹介を始めた。

 

 「皆さま、お初にお目にかかります。私がトゥスクルより参りましたフミルィルと申します。ヤマトにいる間、クーちゃんがとてもお世話になったようで……」

 「いやいや、姐さんの方が皆の御世話役になっているじゃない」

 「そうだぞ、クオンは非常に頼りになる。クオンがいなかったから、ハクも攫われたのだろう。ハクは特にお世話されていたからな」

 

 おいおい余計なこと言うな、ノスリ。

 

 しかし、一度見たヤクトワルトやノスリは平然としているが、他の面子はフミルィルの美貌を見て一様に驚きを隠せないようだ。

 

 「ふわっ……き、きれいなひと」

 「る、ルルティエより可愛い存在なんてこの世にない筈なのに……」

 

 何だか女性陣は特にショックを受けているようだ。

 

 「お~……ねーちゃ、きれいなひとだな~」

 「そうですね。とても気品があって……」

 「しののんも、しょうらいあれくらいになるからあんしんしろ」

 「シノノンちゃん!?」

 

 こっちはこっちで浮気しないように釘をさされているな。

 

 「ハクさまのお世話係……そうだったんですね。でも、いい機会だったのかも。クーちゃんハクさまに会えなくてすっごく寂しそう「ん、ンンッ!」

 

 クオンが咳払いのような形でフミルィルの言葉を遮る。

 しかし、フミルィルは自分の言葉が遮られたことに気付いていないのか、言葉を続けた。

 

 「皆さんとも会えなくて寂しそうでしたから、ですから、とっても良くしてくれたお礼をしませんと。まずはハクさまに――あら」

 

 そう言って寄ってきたフミルィルが、突然バランスを崩し、こちらに倒れ掛かってくる。

 

 ――ふにょん。

 

 な、なんだこれは、この世に、こんな柔らかいものが。

 これまでの旅路で、不可抗力ではあるがもはや何度も握っている筈のものでも思わず動揺していると――

 

 「あ、ごめんなさい。ハクさま、すぐどきますね、あら? あららら?」

 

 体勢を戻そうとしたが、フミルィルの足が自分の足にもつれて、さらに体勢を崩してしまい――そのまま前に倒れ込んだ。フミルィルも一緒に。

 

 「うわ、す、すまん」

 「いえ、大丈夫ですよ。守っていただいてありがとうございます~」

 

 前のめりになった時に咄嗟に頭に手を回して守ったことを言っているのだろう。しかし、そのせいで体勢がおかしなことに――というかまるで押し倒しているかのような状況になる。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 

 そう、皆で温かい言葉をかけあった、そこまでは良かったのだ。

 

 「……私達は何を紹介させられているんでしょうか?」

 「……新しい女」

 「英雄色を好むとはいいますが……」

 「おにーさん、節操ないぇ」

 「ひ、人前ですることではないぞ! ハク!」

 「はぁ、やっぱりまたやったかな」

 

 各々死んだ目で呟く女性陣。

 やばい、早く離れないと死の香りが――

 

 「ハク! ハクはどこじゃ! 余のもとまでよくぞ無事に……帰って……?????」

 

 皇女さん、何もこんな時に来なくても。

 ソヤンケクルと二人同盟について話し合っていたという皇女さんが、これまた時機悪く部屋に飛び込んできた。

 最初は喜色満面であった顔も次第に疑問符が増え、最後にはあのトゥスクル皇女と相対した時に比肩する怒りの表情に変わっていった。

 

 「……ハク! 余に! 余にこれだけ心配をかけていたというに! お主は女と乳繰り合っていただけか!」

 「ま、待て皇女さん、これは誤解」

 「天誅ッ!」

 

 振り下ろされる怒りの鉄槌に、ああ、内の女性陣は話を聞かない奴らばかりだったと今更ながらに思う。

 

 「ふふっ、クーちゃん、とっても素敵なお仲間に恵まれたのですね――」

 

 そして、さっと立ちあがって傍観しているフミルィルを見て、傾国の美女という言葉の意味を改めて理解したのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 場所は変わり、一室内で同盟について話し合う機会を得ることができた。シャッホロ皇ソヤンケクルと、自分と皇女さん、そしてイタクの四人だ。

 アトゥイにも声をかけたが、使者である筈なのに難しい話はいやや~と拒否されたので、今頃どこかで槍でも振っているだろう。

 さあ話を始めようと腰を降ろすと、ソヤンケクルが心配そうに声をかけてきた。

 

 「ハク殿が戻ってきたと姫殿下が喜び勇んで駆けていったと思ったら……ハク殿、ナコクで一体何があったんだい?」

 

 顔は腫れ上がるほどにぼこぼこにされ、見るも無残な状態だが、仮面があるお蔭でその部分は護られた。仮面に感謝する日が来るとは思わなかったぜ。

 

 「帝都での虜囚の日々、そしてナコクでの戦はそれほどまでに厳しいものだったのだね。そのような身でナコク、ひいては皇子であるイタクを救ってくれたこと、まずは感謝する」

 

 何か勘違いをしておられるが、都合がいいのでそのままにしておく。

 どの道、まさか帰ってきた時にはほぼ無傷だったのに味方からやられましたとは口が裂けても言えないが。

 皇女さんはむっつり怒り顔のまま真実を話す気はないようだった。イタクもイタクで真実を知りながらも、伝えること憚ると思ったのか気まずそうに口を閉じていた。

 

 「いや……ナコクの件に関しては、自分に一因がある」

 「それはオシュトル殿からの文にても聞いている。ハク殿を追う形で行軍をする可能性があるとね」

 「それは事実だ」

 「しかし、だとしても此度の朝廷によるナコク侵攻は、まさに蛮行と呼ぶべきもの。ナコク側が再三の要請を断っていたとはいえ、宣言もなく、何の前触れもなく電撃侵攻する様をみれば、朝廷が前々から虎視眈々と狙っていたことは明白だ」

 「ふむ……確かに、ライコウは前よりナコク侵攻を計画していた」

 

 自分がいてもいなくても、もとよりナコク侵攻は計画されていたのだ。この場で言うとややこしいので言わないが、ライコウの元でナコク侵攻を任されていたのは自分だしな。献策もある程度している。まさか商人や民間人すらまとめてやれとまでは言ってないが。

 しかし――

 

 「それでも、自分がいなければもう少し猶予はあっただろう。宣戦布告も、自分の要因がなければあったかもしれないな。余計な犠牲も生まれなかっただろう」

 「……君は相変わらず不思議な方だな。うむ、やはり日和見はこれまでか――我々シャッホロは中立を捨て、聖上の側につく。総大将オシュトル殿の配下につこう」

 

 皇女さん、アトゥイが直々に嘆願に来たこと、ナコクへの暴挙、この二つが良い方向に作用したようだ。とんとん拍子で同盟を組むことができた。しかし、気になる。

 

 「それに、イタクは妹の皇子、私の甥でしてな。ナコクからの正式な依頼もある手前、流石に甥を見捨てるのは寝覚めが悪い」

 「伯父上……いや、ソヤンケクル殿、感謝致します!」

 「良いのだ、イタク。それよりも、今まで協力できなかった私を許してくれ」

 「そんな……民草を思えば当然のことです!」

 「そう言ってくれるか……成長したねイタク。ナコク皇は良き後継者を持ったようだ」

 「勿体無きお言葉です」

 「さて、同盟は成った。ハク殿、聖上による布告は何時にする。早ければ早いほど朝廷を動揺させられるだろう」

 

 さて、本当にそうだろうか。

 気になるのは、あのライコウだ。果たしてナコクが強大な勢力に成長するようなこと、ただ眺めているだろうか。

 

 「……まだ足りない」

 「ん? 何故じゃハク。シャッホロが現段階でナコクの支援を表明し、参戦する方がよいであろう。その一報を聞けば、敵は動揺し、味方は勢いづくのじゃ」

 「皇女さんの案も効力は認めるが……」

 「此度の件、隣国ナコクに対する暴虐の数々がシャッホロの立場を変えるきっかけとなった……というのだけでは足りないというのかね?」

 「ああ」

 「ナコクは古くから帝室を信奉する由緒正しい国だ。そんな国の支持を得られないというのはむしろ朝廷側の問題……異を唱える者を滅ぼす朝廷を相手にして明日は我が身かと思えば、大義はこちらにあると思うがね」

 「確かに中立を捨てナコクに与する大義としては充分だ。だが、シャッホロはあまりにナコクに近すぎる。シャッホロは混乱に乗じてナコクを併合するつもりだと、逆に朝廷に利用される恐れがある」

 「……今更乱世の梟雄となるつもりはないんだが」

 「追いつめられると、色々信じられなくなるもんさ。ライコウなら、それくらいの口八丁手八丁はやりそうだ。痛くない腹を探られ足の引っ張りあいをしてしまえば、今度こそナコクは手遅れになる」

 

 そして、ずっと頭にもたげていた疑問、ヤクトワルトが討ったという街道の刺客。朝廷の監視や草には、天眼通の法とやらの使い手もいると聞く。しかし、そうであれば双子が誰よりも早く気づく筈だが、双子はそういった監視は感じなかったという。

 もし、刺客が朝廷ではなくナコク陣営の者であるとしたら――イタクの話にもシャッホロ同盟を叫んだ重鎮が消されたとの話があった。シャッホロとナコクが手を組めばナコクはいずれシャッホロに併合される、そう考えている者もナコクにはいる可能性がある。

 

 「イタク、ナコクとシャッホロの同盟に反対する者は、ナコクの重鎮にいるのか?」

 「……確かに、戦時前において幾人かはいましたが、今は戦時中。皆も納得して私は遣わされたと思っていましたが」

 「戦時前の反対の理由は何だったんだ?」

 「……先程ハク殿がおっしゃられた通りです。ナコクとの併合、もしくは侵略を狙っていると」

 「それは心外だな」

 「シャッホロには、ヤマト八柱将がおられる。そのことはナコクにとって大きい力の差を感じていることでもあるのです」

 「ふむ、余はナコクの忠臣ぶりを認めておるぞ、お父上より橋を賜れたこと、それでは足りぬのか」

 「いえ、姫殿下の御言葉は感無量であります。しかし、帝都に陣中できる将無きナコクでは、それで納得できぬ者がいるのもまた事実なのです。ナコクは歴史だけの国、そう思われることへの恐怖があるのやもしれません」

 「八柱将か、肩書きだけで私には重い荷なんだがね」

 

 悲痛そうに顔を伏せて言うイタクと、やれやれと困った表情で言うソヤンケクルが対象的だった。持つ者と、持たざる者、その意識の差はどこかにやはりあるのだろう。亡き帝の影響力が大きいだけにな。

 しかし、国内にも不安要素があるのであれば、朝廷だけでなく味方の腹まで探らねばならないことになる。それは、この戦乱の状況下において最も忌避するべきものだ。

 

 「周辺国の疑念を招けば、ナコクもシャッホロも無事ではいられない、か」

 「ナコクとシャッホロを、併合せずとも強固な繋ぎありと証を立てられる一押しがあれば、安心して布告ができるんだが……」

 

 その時、イタクの表情に閃きがあったかのような変化があった。しかし、それを口に出してしまっても良いのか、迷っている様だ。

 

 「どうした? 何か思いついたのか?」

 「あ、い、いえ。しかしこれは……」

 「イタク、思いついたのであれば言ってみたまえ。今はどんな案でも欲しい」

 「このような形で言うことは憚られるのですが、私は幼少の頃アトゥイさんと許嫁の約束を致しました。その婚姻をもって、シャッホロとナコクを繋ぐ架け橋としては……と」

 

 アトゥイ、そうだったのか。

 そこでようやくアトゥイに会ってからイタクがどこかそわそわしている理由について気づけた。なるほど、イタクはずっと気づいていたわけだな。しかし、アトゥイのあの様子じゃ、許嫁の約束のこときっと覚えてないぞ。

 

 ソヤンケクルはその案を聞き、やられたとでもいうかのように、頭に手をやる。

 

 「そうか、そういえば我が妹と妻がそういった約束をしていたね……私に黙って勝手にだが」

 「勿論伯父上の危惧するところはわかります。私もアトゥイさんの気持ちを確かめた上で、と考えていたのです。私も政略結婚を迫るようなことはしたくはありません」

 

 気持ちいいくらいの好青年ぶりだ。やっぱり皇子なんだな。カッコいいとも言っていたし、こりゃアトゥイにもようやく春が来たかな。

 

 「聖上の支持を得たナコクがシャッホロに援軍を要請、シャッホロにおいては併合の意思は無く、その証としてシャッホロ皇女であるアトゥイを嫁がせる……悪くはないかもな」

 

 まあ、しかし悪く言えば人質だ。本人達にそのつもりがなくても。

 しかし、アトゥイがナコクにいる限り、シャッホロはこの乱世において手を出さないという証には十分だ。たとえアトゥイが内側からナコクを崩すつもりだなどと疑われることになるとしても、それは当分未来の話だ。

 

 「しかし、そんな政略結婚のような真似事、アトゥイに……」

 

 今まで冷静だったソヤンケクルがぶつぶつと苦虫を噛み潰したような表情で焦り始める。必死に他の案を探っているようだ。まあ、アトゥイ命のこの人ならそうなるよな。

だから、悩むための時間を作るためにも一つ提案する。

 

 「まあ、その案は保留にするか。婚姻はお互いの意思も大事だ。乱世であるからといって、人質のように思われるやり方は逆に利用される場合もある。別の案も検討した上で考えよう」

 

 ソヤンケクルが救世主を見るような目で自分に視線を送っている。そこまで感謝せんでも。逆にイタクは、動揺した素振りもなかった。

 

 「確かにその通りです。であれば、私からアトゥイさんに話をしてみます」

 「それがいい。またどうなったかは教えてくれ。二人が納得するなら、別にイタクの案でもいいんだ」

 「はい」

 「しかし、であればどうする。ミカヅチ殿の早駆けに対応できる程、時間に猶予はあるまい」

 「……そうだな。現時点では正式な布告はせず、シャッホロはあくまで秘密裏にナコクへ協力を惜しまない旨を伝えるべきだ」

 「そうですね。城の復興資材や緊急時の派兵など後ろ盾があるか分かっているだけでも、ナコクに余裕が生まれますから」

 「であれば、直ぐに文と資材を幾許か送らせよう。あくまで秘密裏にね」

 

 話すべきことは話した。時間は有限であるが、シャッホロが味方の意思を示してくれている、今回はそれだけで十分すぎる収穫だった。

 あとはライコウに利用されないよう情報工作する。そういった仕事は、影である自分の役目だ。アトゥイがこの案を蹴れば、また別の手を考えねばならない。

 

 「……オシュトル殿の文に、万事君に一任していると言った理由がわかったよ」

 「ん?」

 「新しき聖上の御旗に集うは、彼の右近衛大将オシュトル、そして君が……新たな双璧であるわけだな。かつてのヤマトとは違うが、面白い国になりそうだ」

 

 ソヤンケクルは得心が言ったという表情で、感慨深い様子で頷く。

 

 「いやいや、あんまり期待されても困るぞ」

 「何を言うハク殿、その仮面の力を使いこなす時点で、その実力は十二分に各国に知れ渡っている。そして、今回の救出劇からもわかるよう、オシュトル殿や姫殿下にとって君がいかに重臣であるかもね。姫殿下は君が戻ってくるまで――」

 

 異を唱えようとしたが、それよりも先に皇女さんが誤魔化すように口を挟んできた。

 

 「ハ、ハク! 此度の話は終わったのか?」

 「ああ、皇女さん。とりあえず今はまだ皇女さんの出番はない」

 「なら夕餉にするとしようかの、皆はもう食べておるぞ! 急ぐのじゃハク!」

 「ほいほい」

 

 そういえば、会議の途中からずっと自分に視線を送ってきていたな。何か言いたいなら勝手に言うだろうし、何も言わなかったが。

 会議前の不機嫌はどこへやら、笑顔で先導する皇女さんについて行く。

 そんな自分たちの背を面白そうな目で見るソヤンケクルの瞳が、妙に気にかかった。

 

 皇女さんに連れられて行った夕餉は、ソヤンケクルが用意したのだろう、自分の帰還もあり豪華な食事や酒に溢れていた。

 仲間との時間は楽しかったが、その場にもネコネの姿は見当たらない。

 心配になり探しに行こうかとも思ったが、クオンが様子を見に行くというので、自分も行った方がいいかと聞くと、まだ時間がかかるかも、と断られた。

 なら、クオン達に任せて自分はいいかと判断し、そのまま夕餉の時間を過ごしたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 厠を探して夜半渡り廊下を歩いていた頃、窓から見える夜闇の中に浮かぶ海の景色が美しく、つい立ち止まろうとした時だった。何者かの話声が聞こえた。

 悪いと思いながらも好奇心が抑えきれず、覗いてしまった。するとそこには、アトゥイとイタク、二人の姿があった。

 

 「約束を覚えておりませんか?」

 「約束?」

 「覚えておられないのも仕方ありませんね、幼少の頃ですから……伯父上から聞いてはおりませんか? 私があなたの許嫁であるということを」

 

 顎に手を当てて首を傾げていたアトゥイであったが、暫くして合点が言ったのか

 

 「あっ、イタクはんってもしかしてあの小さい男の子け?」

 「あの、というのが誰かはわかりませんが、多分その男の子です」

 「あやや、ごめんなぁ。ウチ、すっかり忘れてたぇ……」

 「いえ、何分幼い頃のことです、仕方がありませんよ。ですが私は、この時が来るのを一日千秋の思いで待っていました」

 

 そっと深く膝をつき、アトゥイの手をうやうやしく取る。

 

 「ふぇ?」

 「幼い頃より貴女を片時も忘れたことはありません、まさかこのような形で再会することになるとは」

 「は、はあ」

 

 これは珍しい。イタクの爽やかな笑顔に、アトゥイが困ったような微妙な表情でどぎまぎしているぞ。

 

 「ええと……」

 「少し貴女と昔話をしたくて、構いませんか?」

 「う、うん、ええけど……」

 「では、昔、貴女に――」

 

 これ以上は、邪魔しちゃ悪いな。こっそりとその場を後にする。

 しかし、イタクも優男に見えて中々いい口説き方をする。流石皇子だな。

 いつもなら積極的なアトゥイの反応も今までの感じに比べれば悪くはないし。これは、別の案を考える必要もないか?

 

 「――と思っていたんだがなあ」

 「? なにけ?」

 

 あれから数刻もしない内に、アトゥイは酒瓶をもって部屋に転がり込んできた。

 何だかよくわからない酔い方をしているようで、その飲むスピードも早い。

 

 「はあ~」

 「……なんだ、何か悩みでもあるのか」

 「ほぇ? やっぱりおにーさんには何でもわかるんやねぇ~」

 

 そんなあからさまに溜息つかれてりゃ、そりゃな。

 心当たりも無いでも無いし。

 

 「あのなぁ、ウチなぁ……イタクはんに告白されてしもうたぇ」

 「良かったじゃないか」

 「……」

 

 むー、と何か面白くなさそうな表情でこちらを見るアトゥイ。

 

 「で、何を悩んでいるんだ。イタクはいい漢だと思うがな」

 「そやねんけどなぁ、ううん、でも何かもやもや~っとしたのが、胸につっかえている感じがする」

 「もやもや、ねぇ」

 

 あんだけ恰好いいだの、恋がしたいだの言っていたのになあ。

 しかし、そのもやもやとやらを取り除かねば、イタクとの婚姻はならず、同盟の締結も遠のく可能性がある。自分が話を聞いてもやもやが取れるなら聞くべきとも考えた。

 

 「で、もやもやはどうやれば取れるんだ」

 「わかんないぇ」

 「ふむ、じゃあ、何でここに来たんだ」

 「おにーさんなら答えがわかるかと思ってきたけど――そうや、おにーさんに聞きたいことがあったんぇ」

 「何だ?」

 「……おにーさんは、ウチがいなくなったら寂しいぇ?」

 

 何だろう、その質問は。何と答えるのが正解なのか。

 アトゥイの瞳は潤み、頬は酒のせいか少し紅潮しているように見える。くりくりと瞳がこちらを窺うように動いていた。

 

 「……酒呑みの相手が一人減るだけだな」

 「あー、おにーさんほんま最低な男やぇ」

 

 唇を尖らせて言うアトゥイ。

 そして、生まれてくるもやもやを隠すかのように胸に手を当て、ぼそりと呟いた。

 

 「……ウチは、寂しかったんよ」

 「ん?」

 「ウチな、今まで戦で人が死ぬなんて当たり前やと思ってたんよ。でもな、いざおにーさんがいなくなるかも~って思ったらな? なんやもやもやしてたんよ」

 「……そうか、心配かけたみたいだな」

 「ほんまやぇ、ほんと、おにーさんは不細工仮面の癖して最低な男やぇ」

 「仮面が不細工なのは自分のせいじゃないぞ」

 

 うひひ、と朗らかに笑うアトゥイ。

 アトゥイの中で、自分はネコネやクオンと同じように仲間として大切な存在になっていたようだ。それを嬉しく思う自分がいた。

 

 「……でな、断ってもうたんよ」

 「は?」

 「というか、もやもやする~って言ったらな、イタクはんが途中で諦めたというか……」

 

 暫く二人で話しあった後だそうだ。やはり貴女の想う良き人には勝てない、私との約束はあくまでも子供の頃の話、私は身を引きましょう、とか言われたそうだ。

 なんだそれは。そんな簡単に身を引くほどのことがあったのだろうか。あれだけ一途な男だ、すぐ心変わりするような奴でもないだろう。それに、同盟の件もあったはず、それをわかっていながらも諦めたのか。

 しかし、本人らがそう決めたのであれば、自分には何も言えないな。

 

 「そうか……ま、それならそれでいいんじゃないか」

 「そう思うけ?」

 「ああ、振られたんだろう? なら、いつも通りヤケ酒に付き合うさ。酒飲んで愚痴っているアトゥイの方が、アトゥイらしい」

 「……うひひ、やっぱりおにーさんは、ウチのことよーわかってるなぁ」

 

 アトゥイはそう言いながら、自分と密着するほどの距離に座り直すと、窓から見える景色に目を向ける。

 

 「はあ、今日はほんとに月がきれいやぇ。おにーさんには、今日はとことんつきあってもらうぇ?」

 「おいおい、流石に手加減してくれ」

 

 二人で月を眺めながら、盃を傾ける。その動作は、先ほどまでのように早いものではなく、ゆっくりと今この時の時間を楽しむようなものであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 「……飲みすぎたなあ」

 

 アトゥイが満足して帰った後、気がかりだったネコネの部屋に行こうかとも思ったが、酒盛りが長引いて随分遅い時間になってしまった。もうネコネも寝てしまっているだろう。また明日にでも、会いに行くとしよう。

 

 そういえば、双子の姿が見えないな。アトゥイが部屋にいた時からずっとだ。珍しい。まあ、いい。とにかく頭が重い。早く寝てしまおう。

 

 「……」

 

 暫く眠れたのだろう、今何時だろうか。外は相変わらず暗いようだから、朝ではない。

 しかし何だ、酒のせいで頭が重いのは相変わらずだが、体も重い。やはり色々あって疲れていたのかもしれないな。

 

 しかし、妙に布団が重い、というか何だかいつもと違う甘い匂いもする。そう思って下を向くと、布団が妊婦のように膨らんでいた。

 

 「……またウルゥルサラァナか、重いからどいてくれない……か」

 「……すぅ……すぅ」

 

 布団の中には、なんとネコネがいた。

 自分の服を両手でしっかりと掴み、胸に覆いかぶさるようして眠っている。

 

 「……どういうことだよ」

 

 重いはずの頭が瞬時に覚醒し、冷や汗がだらだら出てくる。

 酒に酔って何かしでかしただろうか。何も記憶がないが。だが、その心配は杞憂であることがわかった。

 

 「……いかないで、欲しい、のです」

 

 寝言なのだろう、そう呟いて目元から一滴涙が零れた。

 悪い夢を見ているようだ。表情は苦悶そのもの。

 

 「……心配、かけていたんだな」

 

 多分、ネコネが自分から潜り込んできたのだ。

 

 自分なら大丈夫だと、そう思っていたのだ。一時的に捕まろうが、自分なら飄々と生き延びられると思われていると。

 オシュトルに期待され、面倒と思いながらも自分はそれが少し嬉しかったのだろう。つい、自分らしくない無理を、皆の前でしていたのかもしれない。いや、仲間から頼られることの心地よさを、誤解していたのかもな。自分のできる領分を越えて、色々やり過ぎた。

 

 じく、と仮面が食いこんでいる骨が痛む。

 仮面の力を得て、自分は戦えるようになったかもと慢心もあったかもしれない。戦働きは頼りになる仲間に任せて、自分は楽をさせてもらおう。心配かけない、ためにもな。

 

 「ハク……さん」

 「もう大丈夫だ、ネコネ」

 

 夢を少しでも良いものに。心配かけた分、少しでも癒えればよいとその頭を撫でた。

 すると、その想いは届いたのか表情が和らぎ、寝息も穏やかなものへと変わった。

 

 自分も安心して眠りにつき、そして翌朝目が覚めると、そこにネコネはいなかった。

だが、残された香りから夢ではないことがわかる。

 

 「主様、おはようございます。間違いは起こりましたか?」

 「昨日は譲った」

 

 昨晩はどこに行っていたのか。ネコネに気を使って、二人して様子を見ていたのだろうか。甲斐甲斐しく世話を焼こうとする二人を手で制しながら、いそいそと着替える。

 

 「……何のことかわからんな」

 

 ま、気づかないフリをしておくか。朝自分が起きる前に出ていったということは、ネコネも知られたくないんだろう。そう思い、とりあえず心配かけたことを謝ろうとネコネの姿を探すのだった。

 




 この3年で色々ありましたが、特に大きなイベントはロストフラグのゲームですね。時間もないしネコネも出ないしでやめてしまいましたが。

 ショックだったことは、ハク役の声優さんが亡くなってしまったことです。本当に好きな声優さんでした。台詞を書けば頭に浮かんでくる声でした。
 自分の書いた二次創作に、もし声をあててくれたら……とか、色々妄想していただけに、とても悲しかったです。
 ご冥福を心よりお祈りしております。

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