【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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お久しぶりです。
お待たせして申し訳ない。ナコク編スタートです。


第二十話 炎に目覚めるもの

 帝都会議室。

 ここにウォシスを呼び出したのは、訳がある。

 

「……ウォシス、何故奴を逃がした?」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 

 ウォシスは一瞬怪訝な様子を見せたが、すぐに元の薄い笑みへと表情を変える。

 

「俺が気づかぬ愚者と思ったか。貴様は鎖の巫女を捕えられると豪語し、あの三人をつけたのではなかったか?」

「しかし、ライコウ様。ミカヅチ様と渡り合え、しかもこの城内から単身逃げ切ることができる存在など予測できましょうか。もしいることがわかっていれば、私もそれなりの対策はしたつもりです」

「鎖の巫女を誘き出すという貴様の策。確かに認めはしたが、俺は結果を求める。ただ単に奪われただけなのか、それとも一矢報いたのか……どちらだ、ウォシス」

「……奪われました」

 

 表情も変えず、そう告げるウォシス。

 悪びれる様子もない。

 確かに俺も警戒し、独自にミカヅチをハクの監視につけていた。それでも奪われたのだ。これ以上の責任を追及することは難しい、それをこいつはわかっている。

 

「……失った采配師の代わりとしてナコクへ行け。我が愚弟は貸してやる。どのような手段でも構わぬ。橋を落とし、ハクと鎖の巫女を捕えよ」

「……は」

 

 ウォシスは静かに頷くが、その足は動かない。

 

「どうした、ウォシス」

「ライコウ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だ」

「なぜ彼にそれほどの執着を? オシュトルの部下、一介の武人に過ぎぬ彼を」

 

 答えるかどうか迷ったが、それを聞かねばウォシスの足が動かぬというのならば、聞かせても構わないだろう。

 

「奴が異質だからだ」

「異質……とは?」

「この世界で長年生きている者は、種族意識、身分階級、欲……この世界にある、形のない常識、柵に囚われている。しかし、奴にはそれがない」

「このヤマトの者ではないと?」

「いや、それどころか……まるで、突如この世界に現れたように――無頓着だ」

「……」

「実際、奴が帝より鎖の巫女を賜った時、奴の足跡を調べ上げた。が、必ずぷつりと途切れる。過去の判らぬ超越者。いや、浮浪者か、歌舞伎者……兎にも角にも、浮世人とはああいう者を言うのか、他とは違う視点を持っている。高みから見下ろす様な何かをな」

「しかし、それほどの他者と外れた存在、扱いきれるのですか?」

「俺を軽視しているようだな。ウォシス」

「……申し訳ありません。しかし、あなたの信条に反しているように思われるのですが」

 

 己が従順な駒となる者しか信用しない、ということを言っているのだろう。異質な存在は排除したいと考える筈と思ってのことか。

 

「奴は確かに異質だが……この世界をまるきり知らぬというわけでもない。軍策や基礎知識は俺の将としては及第点だ。たとえ敵の懐であれ、奴にとって最善の策を見抜いている」

 

 そして、これこそが、奴を逃がしたくない最大の理由。

 

「我々は物乞いではない。ただ与えられ子どものようにはしゃぐ時代は終わる。橋が必要なら自らの力で作りださねばならぬ……それこそが正しいヒトの在り方」

「……それは、承知しております」

「我らの時代に必要なものを見抜き、新たに作ることができるもの。これからの執政では、俺に従順な者だけでは成り立たぬ」

「……」

「俺と同じものが見える奴は必要ない、なぜなら俺だけで事足りるからだ」

 

 帝の手を離れたヤマトを、どう導いていくか。それは、俺だけでは決して良い方向へとは向かぬ。俺は戦乱を望みし、弱肉強食の将。俺だけでは為せぬこともあるということだ。

 

「俺には見えぬものを見つけ、触れられぬ、届かぬものを掴める人材……それを集めねばならぬ」

「……ではあなたにとって彼は必要な存在であると……?」

「そうだ。そして、ハクだけではない。あの橋を砕かねば、前帝の絶対的な権威は砕けぬ。新たな時代の到来に必要なことだ……必ず遂行せよ」

「……あなたがヤマトの民を覚醒させ、帝の揺り籠を奪うものとなるため必要なこと……ということですか。それでは、あなたの命令通り……行動致しましょう」

 

 満足そうに頷いた後、闇へと消えた。

 

 ハクよ。今しがたの自由を謳歌するがいい。次に捕えたとき、貴様は必ず我が参謀とする。取り急ぎ、貴様の逃げ道を塞ぐとしよう――イズルハを動かす時が来たということだ。

 それでもオシュトルに義理があり従わぬというなら、オシュトルを滅ぼしたのちに従わせよう。

 以前より帝に重用され、その後継を擁したオシュトルをねじ伏せた、その時こそ――我らは真の意味で帝の揺り籠から巣立つことができる。

 絶対的な存在から示されることのない国、その行く末をどうしていくのか。あの柔軟な発想を持つ男は是非とも手元に欲しい。

 

 そして次は、互いの思考を知り得たうえで、本当の決戦が待っている。

 

 待っていろ、ハク。

 再び完勝を以って貴様を屈服させてやろう。

 

「貴様にナコクが……あの橋が護れるか?」

 

 顎に手を当てると、自分でも気づかぬうちに、笑みを浮かべていた。奴自身の足掻きを、奴がどう対策してくるか楽しみだと感じているということか。

 

 盤面の地図にある白駒をナコクの位置に置き、倒す。

 

 今は、敵として対峙してやる。だが、もし俺が失望するような策をもう一度見せれば――

 

「――次はないぞ」

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 イズルハ国、現朝廷側宣言。

 その報は瞬く間にヤマトを駆け、潜伏して逃げる機会を窺っていた自分の耳へと届く。その時に、ライコウによって自らの逃げ道が塞がれたことに気付いた。

 

「仕方がない。ナコクへ行く」

「……それがいいかな」

 

 イズルハが明確に朝廷側と宣言したことで、金印を用いた脱出は不可能である。帝都では前帝の紋所の入った金印――クオンがトゥスクル皇女より借りてきたそうな――と鎖の巫女の力により脱出が成功した。が、此度のライコウの策により、イズルハを金印と鎖の巫女の力で強引に突破するには些か難しい。

 

 また、クオンからの情報によれば、エンナカムイの国力は著しく低くなったようである。裏切りの汚名による求心力の低下、そして皇女さんの体調不良も重なったことで、打って出ることも難しく、また周囲の国の誤解を解くこともままならない状態であるのが理由らしい。

 イズルハの敵対した今、国境付近での小競り合い等も予想される。警戒も厳としている筈だ。エンナカムイにいる仲間たちに自分の無事を知らせたいところだが、それは叶わないと思った方がいい。

 

 それならば、動乱の当初から朝廷に与せず、皇女さんを支持しているナコクへと入り、ナコク皇への交渉の元、船での移動が望まれる。まあ、船で移動するならば、シャッホロ――アトゥイの父を説得できるか否かにかかってしまうが。中立、不干渉宣言であるシャッホロであれば、敵対宣言してしまったイズルハと朝廷による国境線包囲を強引に通るよりは交渉次第で望みがある。

 勿論、自分を逃がさないための策略であることは理解している。これまでナコクは帝都を挟んだ反対側の国として、連絡を取ることもできなかった。ナコクもまた裏切る可能性を否定はできない。しかし、それならば自分にナコクを落とす算段を取らせたのもおかしな話だ。

 

 ナコクとの交渉には、オシュトルと周辺諸国の協力を得た後で、海路を使うことを提案していた手前、早すぎる来訪ではある。

 しかし、あわよくばナコクを同盟国として守り密なる関係を築くことができれば、これから朝廷はナコクとエンナカムイの両方に兵を割かねばならず、弱体化させられる。

 

 ――それに、旅の道連れが何故か一人増えたし、無理はせんほうがいいだろう。

 

「クーちゃんが行くというなら、私もいきますね」

「は、はあ……」

 

 あれから、フミルィルという女性は、クオンの傍を離れない。

 逆に、殴ってきた――自分を救いだした男は、未だ姿を見せない。クオンは逃げ切ったと確信している様子だったが、ならばなぜ姿を見せないのか。

 その理由としては――怪我を見せたくないんじゃないかな、とのことだが、怪我なら余計に薬師であるクオンの前に現れるべきである気がする。

 傍にいたフミルィルもまた――おじ様はクーちゃんに弱みは見せたくないのです、ということでクオンの言に追随する。

 まあ、他人には判らぬ矜持があるのだと納得することにした。

 

「一度このヤマトをクーちゃんと一緒に見て回りたかったんです~!」

「そ、そうだね、フミルィル」

 

 朗らかな笑顔で、そうクオンに話しかけるさまは、仲の良い姉妹のようだった。ただ、フミルィルという女性は、国ではクオンのお付きをしていたようだ。

 しかし、御側付というには気品というか、色気というか、色々ありすぎるのだった。

 クオンの話では、傾国の美女であるとかなんとか。そんな含みを孕んだ女性には見えなかったが――これまでの旅路でまさに実感しているところだった。

 

「あっ……」

「おっと、大丈夫か?」

 

 ――ふよん。

 突然バランスを崩したフミルィルを支えようと手を伸ばすと、ずっしりとした重みと豊満な感触が掌を支配する。

 

「い、いや、これは、何も疚しい気持ちでこうしたわけではなくてだな。こうやって何もないところで転びそうになるのは何度目やら、支えてあげないと怪我でもされたら困るということでな」

「あらあら、ありがとうございます。ハクさま」

「あ……す、すまん」

 

 掌の感触から逃れようと手を離そうとするのだが、フミルィルは気にした風もなく体重をかけたままである。ぐにぐにと余計に押し付けられる圧倒的な質量が、形を変えて襲ってくる。

 

「ハ~ク~? フミルィルに手を出したらダメっていったかな……!」

「あがががが」

 

 尻尾でぎりぎりと頭を締められるのも随分久々だが、流石に理不尽だろう、それは。

 

「英雄色を好む」

「伽の相手は多いほど、主様には相応しいことです」

 

 双子の抑揚のない呟きが漏れ聞こえてくる。

 

 ――お前達の中では自分はどれだけ節操がないんだ。

 

 そんな突っ込みを入れ乍ら、意識を闇に手放すのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 ナコクの首都ナァラと隣接しており、海に浮かぶ朝廷とナコクを結ぶ白磁の大橋。

 ここは、帝――つまり兄貴が一晩で作り上げたものらしい。

 

 ナコクとヤマトを繋ぐ橋。その昔、帝都の近くにありながら海で遠く隔てられていたが、海には禍日神がおり、船で渡ることができなかった。そのため、陸路を使い険しい山を越えなければならなかったという。

 そこで、遥か昔のナコク皇子は、シャッホロの助力を得て禍日神退治に赴き、見事退治したそうだ。

 当時の帝――つまり兄貴は、そのナコク皇への褒美として、この大橋を作ることを約束した。ナコクにとっては、帝都と直接行き来できる橋こそ、先代帝が祖先の願いに答えた証だということになる。

 

 しかし、一晩ってのは……多分面倒くさいから自分たちの技術を使ったんだろうな。まあ、裏がどうあれ、ナコクの者達にとって、この橋は命より大事なものなのなのだろう。

 

 そんな考えを回しながら、大橋にある検問を行商人に紛れて通過する。そしてナコクへと急ぐ傍ら、ある不穏な空気を感じ取った。

 

「わかる? ハク」

「ああ、戦の匂いだ」

 

 行商人が緩やかに馬車を引く速度に抗うように、馬に乗った兵たちが慌ただしい様子で帝都の方へと駆けている。

 

 橋は地図に線で刻まれるほど長い橋だ。ゆっくり歩けば一日は消費するくらいに時間はかかる。しかし訓練された馬ならば、すぐさま橋を渡りきることができるだろう。

 朝廷の調練を見ている身として、もし今朝方にも行軍開始であれば、自分たちがナコクの皇に挨拶する頃にはこの橋に陣取っているだけの練度はある。だが、こちらも急げば間に合わせられる筈。

 

「急いだ方がいいかな」

「ああ、そうだな」

 

 カルラさんから借り入れた馬車に鞭打ち、首都ナァラへと急いだ。

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 橋を渡りきれば、正面には防衛向きの砦が覆っていた。しっかりとした攻城兵器でもなければこの砦は落としきれないだろう。

 しかし、巨大な城門は空け放たれ、来る商人達を受け入れていた。これでは防衛も何もあったものではない。

 とりあえず、入国許可受付の近くにいた身分の高そうな兵士を探し、声をかけた。

 

「ナコク皇への面会だと?」

「ああ、こう伝えてくれ。エンナカムイよりの使者だと」

「……何か証明になるものはあるかね?」

「先代帝の金印、これが証拠だ」

「!! 了解した。直ちにお伝えしよう」

 

 流石兄貴の金印、やはり効力はある。もはや遥か昔にいた爺さんの印籠みたいだ。

 問題としては、この金印を使った形跡を追われれば、ライコウに居場所を知られてしまうといったところだろうか。

 自分がナコクにいることを知られれば――いや、もう知られていると考えた方がいい。

 

 ――直ぐにでも追っ手が来る。

 つまり、早駆け部隊であるミカヅチが。そして、操るのは神速のライコウ。城門を直ちに閉め、戦の準備をしなければ太刀打ちできないだろう。

 

「お待たせした、皇が会われるそうだ」

「ありがとう、遠慮なく入らせてもらう。ああそうだ、これは忠告だが、朝廷軍が早々に攻めて来る筈だ。門はいつでも閉められるようにしておいてくれ」

「は、はあ」

 

 門兵にそう伝えるが、いまいち信用されていないようだ。やはり、皇に直接会って話をしなければ。

 クオン達を連れて入るため、馬車の中へと声をかける。すると、フミルィルが降りた瞬間に兵士達から溜息が漏れた。集まる熱い視線にフミルィルは全く気付いていない。

 

 ――傾国の美女、ねえ。

 

 確かに、これだけ魅了しちまうのも問題だな。

 

 そして集まる嫉妬の視線。これは、自分に向けられているようだ。

 理由としては多分、クオンにウルゥルサラァナに、フミルィルを脇に従えていることだろう。男は自分一人なのに、他は黙っていれば美女揃いだからな。

 

「ど、どうぞこちらへ。馬車は私どもの方で管理いたします」

「ああ、ありがとう」

 

 羨望と嫉妬の視線を浴びながら、城内を歩く。

 しかし、男性兵士の情熱的な視線だけはフミルィルが独占していた。

 

「やっぱり……完敗かな。ね、ウルゥル、サラァナ」

「私達は主様専用」

「主様さえ私達を見てくれれば構いません」

「そ、そう……」

「皆さん何のお話をしていらっしゃるんでしょうか?」

「……自分に聞くな」

 

 フミルィルも自分のことだとは露知らずなんだろうな。しかし、耳打ち話なら、もっと聞こえない音量で喋ってくれんもんかね。

 案内役が絶句しているじゃないか。

 

 緊張感も全くないまま、謁見の間まで通される。

 

 そこには、ナコク皇、そしてその横には、ナコクの大臣達が並んでいた。

 圧倒されることなく堂々と部屋の中心に赴くと、ナコクの錚々たる面々が、こちらの姿を見て驚きの声を挙げる。

 

「おお……その仮面は正しく」

 

 ざわざわと広がるどよめき。

 なんだなんだ、美女を侍らせているから注目されているのかと思ったら、この仮面だったのか。

 

 暫く開口の機会を窺っていたところ、一人の青年が前に進み出た。

 

「お初にお目にかかります。私はナコクの皇子イタクと申します。失礼を承知で伺いたい、貴殿がハク殿でありましょうか?」

「そ、そうだが……」

 

 まさか……とか、あの囚われの筈の、とか色々小さなざわめきが漏れ聞こえてくる。

 

「やはりそうでしたか! ご無事で何よりです。オシュトル殿から既に文にて伺っております。我らがナコクへようこそ!」

 

 その後、謁見の間よりさらに奥の会議室へと案内される。真に信頼できるものだけを集めたという面々の中、会議室にて知らされた顛末はこうだった。

 

 数日前に、エンナカムイの使者を名乗る者より文があったと。

 そしてその内容は、裏切りの汚名を着せられ、多数の血を流したルモイの惨劇、その真実が書いてあったと。

 ハクという、亡きヴライの仮面を引き継いだ仮面の者。エンナカムイの重鎮であり、聖上の信任を得ている漢が、ライコウによって虜囚の身へと落とされたこと。

 しかし、ハクは必ず脱出し、ナコクへと赴くこと。その際の、ハクの安否確認、扱い等の願い。そして、その対価としての聖上傘下への加入、ナコクで起こるであろう来るべき戦への派兵等が書いてあったそうな。

 

 流石オシュトルというべきか。自分が救出された際に、ライコウが取るであろう最悪の手を予想していたのか。

 

「しかし、わからないことがあります。ナコクで起こるであろう戦とは何なのか、です」

「……それは、朝廷軍が今にも戦争を仕掛けてくることだ」

 

 ざわざわと動揺が広がる会議室。

 

「これまで日和見であった朝廷軍が、我が国を?」

「しかし、朝廷の目的は? 我らに対して宣戦布告すらせず、戦を仕向ける程の理由はあるのか?」

「理由としては三つある……一つは、この国がエンナカムイを攻めるうえで挟撃の危険があるため、後ろを絶っておきたいということ」

 

 この理由に関しては、先方も予想しているだろう。それどころか、時期がくれば挟撃の作戦も考えてくれていた筈だ。ナコクが朝廷にとって目の上のたん瘤であることは間違いない。

 

「そして二つ目は、自分が逃げ出した先がナコクであることを知られていること」

「ハク殿は、我らナコクが必ず守ります。ご安心ください!」

「すまん、火種を持ちこんじまって。しかし、次が一番奴にとって大きい理由なのかもしれない」

「それは?」

「三つ目、ライコウの最大の思惑は、先代帝の庇護下から抜け出そうとすることにある」

「そ、それは、どういう……」

「先代帝がヤマトに残した遺産を捨てること、つまりあの橋の破壊を意味する」

 

 ざわめきが会議室を支配する。

 疑問を口にしたのはナコク宰相。

 

「なんと……それは真なのか?」

「あの橋は壊れぬ、それでも壊すというのか?」

「やると言えばライコウは必ずやる。あの橋こそが、ライコウにとっては帝の絶対的な力の証。甘やかされ、庇護されてきた証明であり、無力で無知なヒトの象徴とまで評した」

「な……ならば奴は、前帝の象徴を破壊した上で、ヤマトをどうする気なのだ?」

「ライコウによれば……ヤマトは、強国でありすぎたと。本来であれば、国は勝者が勝ち取るもの。ヤマトは帝の力によって、ずっと庇護されていただけだった。だからこそ、これからは誰かが勝ち取らねばならない。それが自分だと信じているんだろう」

「そのための、動乱というわけか……」

「この動乱で勝ち残るには、ナコクとエンナカムイが同盟を結び、帝都を挟撃されることは是が非でも回避したいだろう。しかし、ナコクにとってみれば、あれは命より大事な橋、ナコクとの交渉次第でどうにかなるものじゃない。であれば、無理にでも破壊する。ライコウは自らの野望のためなら、手段は選ばない。警戒しておくに越したことはない」

「ならば、尚更軍を動かさなければなりません、父上!」

 

 自分の言葉と、イタクの鶴の一声により、ナコク皇も首を縦に振らざるを得なかった。

 

「城門を閉じる。直ちに戦闘態勢に入れ」

 

 皇の言葉が謁見の間に響いたその瞬間。会議室の扉が空け放たれ、敵襲を知らせる兵が飛び込んできた。

 

「報告します! 朝廷軍と思わしき騎馬隊がこちらへ向かっているとのことです!」

「何だと!?」

 

 やはり来たか。

 

「数は!?」

「僅か三十騎程ですが……先頭には――」

「――ミカヅチか!」

 

 想定より遥かに早い。

 

「とにかく閉門だ!」

「そ、それが、朝廷軍の進軍によって怯えた商人たちが我先にと門へと殺到し、門が閉められず……!」

 

 おいおいおい、まじか。

 締めだすにしても、現場の判断で決められなかったってことか。

 

「何をしておる! 早々に門を閉めよ! とにかく門を閉めねば、さらに多数の犠牲が出る!」

「は、はッ!」

 

 会議室の扉が再び空け放たれ、兵が走っていく。その奥から、遠くから悲鳴や怒号が響いてくる。

 

 間に合うか――。

 

「ハク!? どこに行くの!?」

「外だ外!」

 

 門が閉まる様子を見ようと、自分も外に飛び出る。

 

 門を見通せる位置まで走ると、丁度城門を閉めようとしているところだった。商人たちが流れ込もうとする中でも、無慈悲に門が閉じていく。

 しかし、この速さであれば、未だ遠くにあるミカヅチ軍は入ってこられないだろう。まさかミカヅチといえども、戦に関係のない商人たちを蹴散らしてまで――そう考えていた矢先、青い閃光が周囲を照らした。

 

 ミカヅチより放たれたそれは、遥か遠方にある閉まりかけた門を穿つ。

 

「おいおい、嘘だろ――そこまでするのか……ミカヅチ」

 

 数多の悲鳴。焼焦げ倒れ伏す人の匂い。

 一直線に伸びた雷が、門に殺到する罪なき者共々、城門を破壊し尽くした。

 

 実感する。

 正しく、情け容赦のない戦が始まったのだと。

 

 文字通りの電撃作戦。ライコウの言葉に偽りなし。正しくミカヅチ一人で千騎に値する。

 

「主様」

「ここは危険です。南へ」

「いやいや、しかしだな」

 

 追っかけてきた双子が道を作り、早々に逃げようとするのを止める。

 ここで逃げると、オシュトルへの集信が揺らぐ。

 

 しかし、そんな考えをする間に、再びの爆音。

 

「接敵――ッ! ぐあああっ!」

「弓矢で迎撃――ぎゃああっ!」

 

 門を突破され、門内の兵士達――いや民間人もお構いなしにミカヅチ部隊はナコク兵を刈り取っていく。

 これ以上混乱を拡大されれば、後続部隊が到着し次第全滅する。

 

 ――使うか?

 

 頬を撫でるように、仮面に手を当てる。

 

 仮面は何をしても顔から剥がれず、骨に食い込んでいるということで、外されることはなかった。その代わり、力を解放しようとすればすぐに止められるよう監視者が常にいることになってしまったが。

 しかし、今は僥倖。仮面の力があれば、ミカヅチとも渡り合えるかもしれない。

 

「ハク! ナコク皇子から話があるって!」

「何?」

「ハク殿、其方はエンナカムイの重鎮と聞く。其方を南へと逃がす。こちらへ!」

「ちょ、ちょっと待て。ミカヅチを抑えられるのか?」

「ナコクを甘く見ないでいただきたい。それよりも、ハク殿をナコクで失えば、オシュトル殿と姫殿下に申し訳が立たぬ。護衛は付けられませんが……今ならばまだ間に合います故、即刻退避を!」

 

 これだけの混乱の中、自分たちを逃がすだと?

 いや、今は言葉に甘えたほうがいいのかもしれない。こんな城下で仮面の力を使えば、それこそ城は破壊し尽くされ、朝廷の後続部隊を対処できなくなる。

 

「……わかった。お言葉に甘えさせてもらう」

「この文を! 我が叔父ソヤンケクル殿に渡せば、船を出してくれることだろう」

「何、叔父だと?」

「はい。イタクの名を出せば、信用される筈。お急ぎください!」

 

 ソヤンケクルといえば、確かシャッホロの皇。アトゥイの父だ。

 

「ということは、アトゥイの従弟なのか、お前は」

「アトゥイさんを知っておられるのですか!?」

「知っているも何も、帝都時代からの仲間だ」

「そうか、アトゥイさんはエンナカムイにおられるのか……そして、ハク殿は重鎮……であれば」

 

 ぶつぶつと何かを悩み始めるイタク。

 しかし、再びの爆音に決心がついたようだ。

 

「……ハク殿、あなたに頼みたいことがあります」

「何だ? 伝言なら任せろ」

 

 その程度なら、戦働きよりは楽な仕事だ。

 

「アトゥイさんへの伝言は……あの約束を果たしに行くとだけ、お願いします」

「わかった、伝えよう」

 

 何の約束だか知らんが、アトゥイは約束をよく忘れる。少し心配になり詳しい内容を聞いておきたいが、生憎そんな時間はない。

 

「そしてもう一つ頼みごとがあります。宝玉……天ノ御柱によって、あの橋は保たれている。これを護っていただきたいのです」

 

 イタクの懐より差しだされたのは、この国の命といっても過言ではない宝だった。

 

「何だと? そんな重要機密を喋ってもいいのか?」

「はい、貴方自身と、アトゥイさんの名前を出したことで、信用できる方だと判断しました。これが朝廷の手に渡りさえしなければ、あの橋は破壊されることはない。この宝玉を、アトゥイさんに渡していただけますか?」

 

 後者の理由のほうが大きい気もするが。まあいいだろう。

 エンナカムイの名を出した時の対応と言い――普段ならもっと警戒してもらった方がいいんだが、今だけは救いだな。

 

「わかった、必ず渡そう」

「ハク! ミカヅチが私達を探している! 急いで!」

「裏門への道を案内します。こちらへ!」

 

 剣戟の音を背後に、城下を駆ける。

 

 裏門には馬が用意されており、それに飛び乗りながら振り向くと、イタクは剣を手に元の道を戻るところであった。

 

「イタク、お前は来ないのか!?」

「父が戦っております! ハク殿達だけで港まで行ってください! 御武運を!」

「……わかった。もしエンナカムイまでつけば、援軍を呼ぶ。それまで死ぬなよ!」

「忝い!」

 

 そして、イタクは姿を消す。

 これでよかったのか。いつもの自分なら逃げの一手を打つのに躊躇いはない。しかし、今は力がある。なのに、逃げるのか――。

 

 ――ェ。

 

 何だ、頭が重い。頭痛がする。冷静な考えが浮かばない。頭が煮えたぎる。一体何だ。

 

 ――カエ。

 

 何の声だ? 忘れたくとも忘れられぬ、聞き覚えのある声――。

 

「――ハク?」

 

 いつのまにかクオンが心配そうに覗きこんでいたようだ。

 

「いや、頭が少し痛んだだけだ。大丈夫、急ごう。場合によっては、シャッホロにも援軍を求められるかもしれない」

 

 叔父なら、見捨てることはしないだろう。

 だが、それまでにナコクが滅びてしまえば、話は変わる。見捨てる形で逃げているんだから、報復もあるかもしれない。

 いや、そんなことはないか。アトゥイの父だし……駄目だ、頭が回らない。何だ。どうしたんだ。冷静になれない。

 

「とにかく、行くぞ!」

 

 今はとにかく、ナコクが耐えてくれるのを祈るしかない。

 四人と三頭の馬で、港までの最短距離を駆け抜けようとした――。

 

「――ッ!? ハク!? どうしたの!?」

 

 まるで火傷のような熱さに、思わず頭を抑える。いや、違う。熱いのは頭じゃない、仮面だ。

 目の奥が煮えたぎる。痛い、熱い、痛い、熱い。何だ、何を伝えようと――。

 

 ――カエ。

 

 何だ、何の声なんだこれは。

 お前は――誰だ。伝えたいことがあるなら、もっとはっきり喋ってくれ!

 

 ――戦エ!!!

 

「――ッハク!? どこに行くの!?」

「「主様!?」」

 

 馬を反転させ、元来た道を駆け抜ける。

 風景は赤く濁り、まるで自分の体でないような感覚。焦燥感、そして――闘争心。

 

 ――ミカヅチ……奴と……戦い、ヲ……ッ!!

 

 誰かの声がはっきりと聞こえた瞬間から、己の心は己ではないものに支配されていた。

 紅蓮の炎が己を包む。

 

 

 

 炎ニ目覚メヨ……命燃ヤシ尽クスコトヲ覚エヨ……戦イヲ、求メヨ……我ハ――

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「愚かな朝敵どもは、このミカヅチが悉く討ち滅ぼしてくれよう! お前達ごときでは相手にもならん。悪足掻きをやめ、直ちに投降せよ!」

 

 目的を探す通りすがりに数多の首を跳ね、焼き焦がし、蹴散らす。背後をちらりと見れば、三十騎の半数が既にやられている。しかし、向こうもそれ以上に被害を負っている。

 引くなら今だが――。

 

 数多の敵を切り伏せ乍ら、ウォシスからの命を思い出す。

 

 ――あなたの役目は、ハク殿を取り戻すこと。そして、宝玉を手に入れてくることの二つです。

 ――俺一人でか?

 ――はい。それに二つといっても、うまくいけばハク殿を攫えば宝玉も手に入るかもしれません。

 ――なぜだ?

 ――そのように策を討つからです。まずは、哀れな商人たちをナコクへと大量に派遣し、それを追うように派兵します。商人が門に殺到すれば、閉門はままならぬでしょう。そのまま、あなたは城内の攪乱をすれば、ハク殿はさらに南へと逃げる筈。

 ――それで、宝玉は?

 ――間者に、進言させましょう。奪われる危険性を限りなく減らすため、ハク殿と共に南へ逃げるようにと。そうすれば、二兎を追う手間は省けます。

 ――承知した。死人を見繕え、早駆けができ、死んでもいい奴を。

 ――三十ほどで構いませんね?

 ――ああ、ナコク占領は後続部隊に任せる。奴は任せろ。

 

 目前を塞ぐ槍兵の塊を、雷撃でもって粉砕する。

 

「――これがヤマトに従わぬ者の末路だ!」

 

 ハクを追うならば、防御の厚い方へ行くしかない。つまり、少しでも騎が多いうちに無理にでも突破するしかない。

 

 ミカヅチの後を、一心不乱に追う部下たちの為にも、敵を切り伏せることより、雷撃で道を作ることを優先して城内を駆ける。

 しかし、犠牲を払いながらも到達した道は、ハクへの道ではなかった。もう一人の、この国が絶対に護らねばならない者への道。

 

「……久しいな、ミカヅチ殿」

「ナコク皇か、今は貴様に構っている暇はない」

「ほう、ミカヅチ殿にそう言われれば、老体に鞭打ち出陣した甲斐がありますな……どうやらこの国の皇以上の存在を追っている様子。であれば、命を賭して道を塞がねばなりますまい……」

「ふん、皇が命を捨てるか」

「我が国は、儂が死んでも皇子がおります故――ミカヅチ殿には儂の命と引き換えに散ってもらいまする」

「抜かしたな……!」

 

 真剣勝負するつもりは更々なかったが、ここまでの覚悟を示されれば、戦わずして逃げるのは武人失格であろう。

 

「左近衛大将ミカヅチ、参る――ッ!」

 

 一閃。

 騎馬を走らせながら、ナコク皇の大槍ごと薙ぎ払い、肩から胸にかけて傷を負わせる。ナコク皇は反応すらできなかったようだ。致命傷は避けられたものの、もはや動くことは叶わぬだろう。

 

「ぐ――っ、流石、ヤマトに双璧ありと言われた漢……儂の全盛期ですら、遠く及ばぬほどの力……か」

「皇子とやらに遺言はあるか」

「ふ、ミカヅチより討たれること……悔いはない」

 

 力を抜いて崩れ落ちるナコク皇に、とどめを刺そうと振りかぶると、殺気を感じ背中に剣を構えた。

 

 背後からの攻撃を、ぎぃんと金属音を響かせながら、弾く。強襲してきた男の正体は――

 

「――父上! 助太刀に参りました!」

「――イタク!? 何故来た! 其方も共に逃げよと言った筈!」

「この国の皇……父上を見捨てられるものですかッ! 私も戦います!」

 

 そう叫び、槍を構えるイタク。

 いい覇気だ。後十年もすればこのヤマトの十指に入るやも知れぬ才能を持っている。

 だが、目の前にいる男は、まだ青い。

 摘むのは武人として心苦しいが、致しかない。

 

 どの道、ナコクを滅ぼさねば、朝廷は常に挟撃の危険に晒される。であれば容赦はしない。たとえ、それが帝の愛した国であっても、俺は滅ぼさねばならない。それが、亡き帝の最後の願い。

 

「左近衛大将ミカヅチ、相手にとって不足なしッ! ナコク皇子がイタク、参るッ!」

 

 渾身の突き。俺がまだ兄貴と違う道を選ぼうと模索し、愚直な剣を振り続けていた頃と似ている。

 

 つまり――甘いということだ。

 

「ぐっ――!?」

 

 イタクの槍を半ばから切り落とし、空いた腹を蹴り上げる。

 宙に浮いたイタクは、もう逃げられない。

 

「イタクッ!?」

 

 ナコク皇が叫び庇おうとするも、もう誰も間に合わない。

 どの道、味方が敵兵士を抑えきれなくなる前に、決着をつけねばならない。

 

 ――ナコクは、今滅びる。この二人の死を以って。

 

 剣を構え、神速の雷撃でもって二人を焼き尽くそうと――。

 

「――ッ!?」

 

 嵐のような炎風、黒々とした炎の壁が、目前のイタクを覆い隠す。

 

「貴様は――!?」

「久しぶり……でもないな、ミカヅチ」

 

 そこには、闇が漏れだしたような黒炎を纏う、ハクの姿があった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「こ、この炎が……これが、仮面の者――オシュトル殿に真の忠臣とうたわれたものの力か!」

 

 イタクの驚愕の叫びも、己の心に届かない。

 

 ミカヅチか、さっさと逃げるに限るな――なんて、普段なら思うはずが、逃げようとしていた体が動かないのだから仕方がない。

 それどころか、逃げようとする心に反して、体は熱く、煮えたぎっていく。

 自分の足が、勝手にミカヅチの元へと動く。自然と鉄扇を構え、一歩一歩近づいていく。前に進むごとに、足に触れている土は炎へと塗り替わっていく。

 

「お前と闘うために、戻ってきたぞ」

 

 冷静な頭に反して、闘争を求める言葉を嬉々として選ぶ。

 

「いい度胸だ……貴様がこの俺に戦を挑むとはな。だが、貴様はナコク皇と皇子の二人が、命を賭して稼いだ時間を無駄にした」

「どうかな」

 

 挑発めいた言葉まで出る。

 何故だ、何故こんなにも自分らしくない言葉が出る。

 案の定、ミカヅチの額には青筋が見える。だが、安い挑発には乗らないのだろう。冷静に剣をこちらに向けて構えている。

 

「……貴様を兄者の元へと連れていく。後悔するな」

「できるものなら――なッ!!」

 

 鉄扇で周囲の黒炎を操り、騎乗のミカヅチに向けて放つ。

 ミカヅチは咄嗟に身を翻すが、間に合わないと悟ったのか馬を捨てて飛び上がる。

 

 龍のように駆け抜けた黒炎が、逃げきれなかった馬に直撃した結果、馬の姿が跡形もなく蒸発した。

 

 ――なんて威力だ。

 

「な、なんという威力……!」

 

 自分の心の声と、イタクの驚愕以上に、ミカヅチも想定外だったのだろう。

 困惑の表情で以って、自分と対峙した。

 

「この威力、ヴライと同等の――貴様、根源の力を引き出しているのか!? ならば――」

「解放させるかッ!!」

「――ぐッ!!」

 

 仮面に手を当てたミカヅチに対し、拳より炎弾を飛ばして阻止する。

 こんな民間人もまだ避難できていない場所で力を解放した姿になってしまえば、ナコクは崩壊する。ミカヅチにも解放を許すわけにはいかなかった。

 

 ミカヅチは、解放阻止の炎弾を弾き飛ばしながら、自分との距離を神速で縮め、その勢いのまま大剣を振り下ろしてくる。

 その剣を鉄扇で軽々と受け止め、振り払うように弾き返した。弾き返されたミカヅチは、大きく仰け反り、一尺ほど後退する。

 

「!? な、に――貴様、これほどの力をいつの間に……!」

「悪い、何か知らんが使えたんでな!」

 

 あり得ぬ力であることは己が一番理解している。あのオシュトルと同格のミカヅチの剣を軽々振り払うことなど、自分には出来よう筈がないのだ。

 この力がタダで使えるものだとは思っていない。この黒炎が自らの体から漏れ出るたびに、自らの破滅が近づいていることも、ひしひしと感じている。

 

 何が原因か、要因かもわからぬままに戦っている――いや違う、何かに戦わされているのだ。その何かは、勝手に自分の命を使って戦っているだけだ。これは、自分の力、自分の意思じゃない。

 

 ――さっきからずっと頭に響いている叫び声に、もう、自分の意思では逆らえない。

 

 しかし、ミカヅチと渡り合うためには、この力は利用しなければならない。その想いが、さらに己の頭を熱く煮えたぎらせる。

 

「――ぐっ、何とッ!」

「どうしたミカヅチッ! その程度か!」

「抜かせェッ!!」

 

 渾身の力で斬り合うたびに、黒炎と雷撃が周囲を飛び交う。

 ちりちりと互いの身を焼き焦がしながらも、己の心は快楽に支配されていた。斬り合うことがこんなにも楽しいなんて、初めてだ。

 

「――はははっ、ははははははっ!!」

「貴様――狂ったかッ!」

 

 未知数の力に酔い始めている。もっと、もっとだ。

 自分ではもう止められそうにない。何故なら、今の自分は――。

 

「むッ、これは――!?」

 

 黒炎が周囲を走り、自分とミカヅチだけを囲む炎の檻を作る。

 絶対に逃げられぬよう、飛び込めばすぐさま蒸発するであろう炎の壁。炎の檻の向こう側が見えないほどの分厚い炎が自分たちを包んでいる。

 唖然とその光景を見やるミカヅチに、言葉を投げかける。

 

「さて、互いに逃げられなくなったところで――本気の殺し合いをしようじゃないか……ミカヅチ」

 

 ミカヅチの仮面の奥の表情が歪む。

 

「――ふざけるな……貴様……貴様は一体……どうしたのだ? 確かに、俺は戦いを求めている。だが、お前はそうではなかったはずだ」

 

 ミカヅチに向けられた剣が震える。

 

「俺の知っている漢は……決してそんな狂気に満ちた顔は見せぬ……もしや、仮面に呑まれたか? 誰だ……今の貴様の名はッ! 名を名乗れッ!」

「何を寝ぼけているんだ? 自分……いヤ、我ハ――」

 

 その名を口にしようとしたその瞬間――炎の壁すら突き抜ける、凛とした叫び声が届いた。

 

「――ハクっ!!!!」

 

 一瞬それが何を示したものなのかわからなかった。

 しかし――。

 

 ――ハク?

 

 ――そうだ。

 ――自分は、ハクだ。自分はなんでミカヅチと殺し合おうとしているんだ?

 

 その疑問が自分の中で膨らむと、自らの周囲を巡っていた炎はたちまち消え去り、炎の壁も消失した。

 

 自分を呼び戻してくれた声は、聞き覚えのある声。そうだ、クオンだ。

 

「クオン……?」

「ハク!!」

 

 駆け寄るクオンの方を見ようとした瞬間、ミカヅチの稲妻ばりの斬撃が走る。

 

「――うぉっ!?」

 

 間一髪で避けたが、ミカヅチの次の行動は早かった。

 

「……引き時か」

 

 ミカヅチは、剣を振り上げると数多の雷の柱を生み突きたてる。すると、各々の雷の柱が共鳴するかのように稲妻の線が走り、前面に追っ手を防ぐ壁を作り出す。その壁を背に、元来た道を駆けていった。

 逃げた理由はわからなかったが、見ればミカヅチの部下はナコク兵によって全て殺されている。不利を悟ってのことだろうか。

 そして、橋の方に見えるは黒色の狼煙。

 

 ――まさか、後方部隊が来たのか。

 

 しかし、その予想が外れたことを、伝令の兵士によって伝えられる。

 

「ミカヅチは我らでは取り押さえられず、門外へと逃亡しました!」

「それは構わぬ。逃げに徹底した仮面の者を止めることなど、このような狭き城下では不可能である。それよりも、あの狼煙は何だ」

 

 ナコク皇が瀕死の状態においても、これからの策を考えるため兵士から情報を引き出そうとしていた。

 

「あれは、朝廷による撤退の合図です! 既に橋の中央部に差し掛かっていた大軍が引き返していきました!」

 

 ――引き返しただと? なぜだ。

 

「なぜ引き返す。今攻められれば、城門が空いたナコクなど簡単に落とせるだろうに」

 

 その疑問に答えるように、別の伝令兵が到着した。

 

「伝令! エンナカムイより援軍! 帝都に向けて大規模な進軍をしたそうです!」

「なんと……まるで知っていたかのような――いや、知っていたのか。それほどまでに彼を――」

 

 皇はちらとこちらを見る。しかし、すぐさま力尽きたのか倒れ伏した。

 

「ち、父上!?」

「騒ぐな、イタク。少し休む……だけだ」

「救護兵を呼べ! 今すぐに!」

「大丈夫かな。私がするから」

 

 クオンが前に進み出て、簡単な治療をすると、ナコク皇の顔も少し和らいだようだ。

 

「おお……忝いクオン殿」

「お礼はいいの、当然のことかな。うーん……確かに深い傷だけど、致命傷は避けてる。これなら……大丈夫かな」

「おお、そうか! 有難い!!」

 

 ナコク皇は何かを言いたげだったが、やがて目をゆっくりと閉じる。

 その様子を見たイタクは安心したのか、自分の前に進み出た。

 

「ハク殿、心より深くお礼申し上げる。貴公らがいなければ私達は……」

「いや、自分も何が何だかわからぬまま飛び出しちまった。そう頭を下げないでくれ」

「いや、貴公は我らの――いやナコクにとっても英雄だ、貴公を必ずエンナカムイへと送り届けよう」

「あ、ああ、ありがとう。そうしてくれると助かる」

 

 エンナカムイが本当に大軍を率いているなら、確かにナコクを攻略している場合ではない。しかし、エンナカムイ軍の無茶な行軍で死者が出ても困る。

 早々に自分が無事なことを伝えなければ。

 

「だが、ナコクの防衛は大丈夫なのか?」

「一度引き上げたのです。この好機を生かし早急に城門と部隊を復旧させます」

「そうか……ならこいつは返したほうがいいな。すまない、こんな大事なもん持って戦っちまって」

「いや、無事であればよいことです。それに、返す必要はありません。その宝を以って、エンナカムイとの永遠の友好を示しましょう。貴公が護ってくれれば安心だ」

 

 そんなに過度な期待をされても困るんだが。

 先ほどの炎を出そうとしても、自分だけでは少しも出る気がしない。

 

「いや……これは返す。ここにあるべきだ」

「……そうですか。いや、そうですね――確かにこれは、我らナコクが護るべきものだ」

「ああ。そんな大事なもんを自分が持っている間に奪われちまったら寝るに寝られないからな」

「はは、貴公は面白いことを言う。貴公ほどの戦ぶりであれば恐れるものなど――」

「!? ――あぐッ!?」

 

 イタクの言葉を最後まで聞いていられず、ガクリと膝から崩れ落ちる。

 

「!? い、いかがなされた!!」

「うぐ……あ、頭が割れ」

 

 仮面が己の頭を喰い破るかのような痛みが走っている。

 仮面を強引に剥がそうとするも、更なる痛みが全身を襲う。

 

「うぐ、ああああああッ!!」

「ハク!?」

 

 クオンが暴れる自分に治癒術をかける。

 治癒術をかけられたからか、少し痛みが和らぐ。しかし、痛いことに変わりはない。

 

「だ、大丈夫?」

「……まだ痛い」

「まさか、先ほどの力の反動なのですか?」

「そうみたいだ……あぐっ」

 

 フミルィルも心配そうに治癒術をかけてくれる。その様子を見て、双子は少し顔を顰めていた。何か気に入らないことでもあるのか、それとも自分の現象についてか。

 苦しむ自分に、イタクが声をかけてくれる。

 

「我が城内で一度休まれてはいかがか」

「そ、そうさせてくれ」

 

 クオンとフミルィルに肩を貸して貰いながら、イタクの案内を受ける。

 こんな時、双子が率先して介護してくれそうなもんだが、双子は離れてこちらを見ている。

 

 布団に寝転がされ、激痛に頭を抑えていると、双子が深刻な表情で近づいてきた。

 

「主様……お話があります」

「起きたら話す」

「今は、御眠りください。起きる頃には痛みは消えている筈です」

「私達で抑える」

 

 その言葉に返事も返せぬまま、とにかく双子の言葉を信じ、異国の地で眠りにつくのだった。

 

 

 




力の正体……一体、何腕のヴライなんだ……?

ここから物語が、さらに大きく軌道を変えていきます。
うたわれるもの~焼け野原ひろし~をお楽しみください。

ちなみに、ハクが脱出できたことは、オボロがエンナカムイに伝えてくれたらしいです。
オボロは、白楼閣でカルラより手当てを受けた交換条件に、嫌々ながらもそれを伝えにいったそうな。クオンの身が危険であるということもチラつかされたので、寝ずに走ったそうな。
実際の描写はまた今度ですが、裏で大活躍してましたよ、ということで。

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