【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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うたわれゲームのストーリーは、一話完結型の連続ですよね。
あれが好きなので、この二次創作も場面転換多くして一話完結っぽくしてます。


第二話 影となるもの

「某の名はオシュトル、ヤマトの右近衛大将オシュトルである!!」

 

 自分は、傷だらけのオシュトルをエンナカムイまで運んだ後、オシュトルの影武者となって演説する必要に迫られた。

 なぜならば、オシュトルが瀕死の重傷を負い、ただただ逃げ帰ってきた。そんな印象を与えてしまうことは、勝ち目のない戦であると国民に見られてしまうのと同義だ。

 

 ネコネの治癒術とクオンの処置により、少なくとも峠は越えたであろうオシュトルの服と仮面を剥ぎ取り、オシュトルの恰好をした。

 突然オシュトルの恰好をした自分が身代わりを申し出たのだ。その驚きと困惑は、クオンだけではなかったが、説明をしている暇もない。

 ネコネがその意義を皆に説明している間、自分はオシュトルとして、見守るエンナカムイの民たちへと鼓舞したのだ。

 その効果は絶大で、エンナカムイの民は沸き立ち、鉄扇を振るう自分へと視線が注がれる。

 

 ――これで、土台から不安定な状態となることは避けられた。

 

 ほっと安心する手前、もう自分の仕事は終わりだと思っていた。

 そう、そこまでは良かったのだ。

 

 翌々日。

 

「失礼するです、兄さま」

「ああ、ネコネか……おはよう。自分に何か用か?」

「……」

「ん、んんっ! ネコネ、どうしたのだ?」

「……」

「……某に、何か用向きでも?」

「兄さまは自分、などとは言わないのです。注意してほしいのです」

「……オシュトルはまだ起きないのか?」

「はいです。それまでは、誰かが国を動かさなければならないのです。それを言ったのはハクさん自身なのです」

 

 そう、オシュトルは、未だ眠っていた。

 それは、この国の最重要機密として、この国の皇イラワジ――御前すら預かり知らぬことだ。

 考えたくもないがオシュトルがこのまま眠りから覚めない、もしくは死んでしまえば、このエンナカムイでアンジュを保護することが叶わなくなる。言うに言えない事情があるのだ。

 今クオンが秘薬を作るためにトゥスクルにて素材を集めているところだが、せめてアンジュが喋れるようになるまでは、オシュトルが頂点として機能しなければならない。攻め込まれた時、オシュトルなしではこの国の兵の士気は大きく減じてしまう。

 

「はあ……ままならぬな」

「私も手伝うですから、愚痴は言わないでほしいのです。そんなことでは兄さまに疑いの目を向けるものが出ますよ」

「わかっている。だがなあ……」

 

 ――さぼりたい。

 布団の中でもぞもぞと動く。

 

「さっさとやる気を出すのです! どれだけ口調を真似しても行動が伴わなければ意味がないのです!」

 

 布団を強引にめくられ、脛を蹴り上げられる。

 しぶしぶ帯を解き、寝間着から正装へと着替える。

 その傍らで、舌打ちしながらも、甲斐甲斐しく手伝ってくれるネコネ。

 

「どうぞ、兄さま」

「……ああ」

 

 手渡してくれた上着を羽織り、身支度を終わらせる。

 

「今日、これからの予定は?」

「はい、まずは――」

 

 先日のことだ。イラワジ――御前からこの国の政、采配、その全権を任されてしまった。あの場では、うんとしか言えなかったのでしょうがない。

 全てを任せられた故に、全ての物事に対して一丸となって望めはする。しかしその分、それを取り仕切る者の仕事量は異常な程の量になる。起きたら起きたで、オシュトルに恨まれそうだ。

 

 目的地に歩いているところ、昨日出会った子どもたちがいた。この前、子どもたちが遠巻きに手を振ってきたから、手を振り返してやると、随分喜んでいた。オシュトルはやっぱり子ども達にとって憧れなんだろうな。

 そういえば……その時ネコネは、兄さまも同じことをしただろうと言っていたな。何だかんだ、影武者らしくなってきたのだろうか。まあ、初回でネコネを騙せたくらいだからな。

 自分の思うオシュトルのままにやっていれば、意外と近づいていけるのかもな。

 ――よし、いっちょあの子ども達にかっこいいポーズでも決めて喜ばせてやるか。

 

「……もし兄さまを辱めるようなことをしたら……判ってるです?」

「あ、ああ、わかってるさ」

 

 なんか、背筋が……。

 結局、手を振るに留めておいたのだった。

 

 そして、夜。

 あらかたの仕事を終え、部屋に戻ってくるなり、体をどかりと床に投げ出す。

 

「……疲れた。自分がオシュトルとはな。判ってはいたが、前の時の遊びでなりすましたのとは訳が違うな」

 

 前言撤回だ。一日中他人に成りきるのがこれほど大変だとは。それもあの完璧超人オシュトルにだからな、疲れも一入だ。

 自分の肩を叩くと、思っていた以上に凝り固まっているのに気付く。

 

「もみもみ」

「お疲れ様です、肩をお揉みします」

 

 自然に寄り添い、自分の肩に手をやるサラァナに身を任せる。

 

「ああ……ウルゥルとサラァナか。頼んでいいか?」

 

 ヴライとの戦いと、その脱出に際し疲れ果てたのだろう。死んだように眠る二人のことは心配だった。しかし、この国についた翌日の夜には目覚め、しかも頬も血色良くなり、あの時の真っ青な顔色から随分良くなっていた。まさかオシュトルでないことをあれ程簡単に見抜かれるとは思わなかったが。

 

 ――まさか二人が魂の色で判断しているとはな。

 しかし、オシュトルが起きても、決してオシュトルの魂の色は教えないつもりだ。なぜ自分が茶色で、オシュトルが青空の青色なのだ。完全に負けているではないか。

 まあ、ウルゥルとサラァナは茶色が至高だと考えている様だが。

 

「こんなに硬くなってる」

「溜まりすぎです。わたし達でもっと気持ちよくなってください」

 

 湯を張った桶につけた足を、ウルゥルが揉んでくれると同時に、サラァナが肩を解してくれる。

 その心地よさに、思わず夢心地になる。

 

「かたい」

「ここもかなり……」

 

 相変わらず妙なことを言うが、何だかんだ二人の按摩は最高なのだ。思わずといった風に、吐息が漏れる。

 忙しい日々の中で、この二人のこの按摩が、自分の弱さを支えるようにして優しく染み入ってくる。

 

「お任せ」

「さあ、ごゆるりと」

「「どうか、わたし達で気持ちよくなってください」」

 

 これさえなければ、諸手を挙げて喜べるのだが。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 夜遅く、隣室の扉から細かな灯りが漏れていた。

 その扉を小さく叩き、確認する。

 

「ネコネ、入るぞ」

「ぁ……はいです」

 

 すっと扉を開き、中に入る。

 

「ネコネ、オシュトルの具合はどうだ」

「……まだ目覚めないのです」

「そうか……さて、どうしたもんか」

 

 ネコネも、心配そうにこちらを見やる。

 

「……いや、大丈夫だ」

 

 大丈夫ではないが、そう言わねばならなかった。

 目の前にネコネがいるのに、オシュトルが目覚めないのが悪いとも言えない。

 

 何よりも優先すべきは、皇女さんの存在なのだ。

 覇権を握りたい連中は我先にと皇女さんを奪いにくる。エンナカムイにいることはまだわからない筈だが、知られる前にこの国の護りを強固にしなければならない。しかしそれにはオシュトルの力がいる。

 

 そう、あくまで仮初の存在である自分には、当たり障りのないことしかできないのだ。

 ちなみに、既にオシュトルが倒れたこと、自分がオシュトルの影武者をしていることは、皇女さんに伝えてある。声が出せない分、物凄い驚き方をしたのを覚えている。

 そして、不安がらせてしまった。

 アンジュの喉を一刻も早く治し、帝都に帰還。自分こそが正当なる後継者であると宣言すれば、連中を黙らすことができる。しかし、クオンの心当たりのある秘薬というのが故郷トゥスクルにしかないとなれば、往復だけでも何週間とかかる。実現は難しいだろう。

 

「オシュトル……早く目覚めてくれよ。お前が起きないと、ネコネがあんまり笑ってくれないんだ」

「……ハクさんの前で、笑うことなんてないのです」

「ほらな」

 

 ネコネの表情が、少し和らぐ。

 

「ネコネもそろそろ寝たらどうだ。お前まで倒れて起きなくなったら敵わん」

「……はいです。もう少しだけしたら寝るのです、兄さま」

「……そうか、なら某も、もう少しいよう」

 

 自分ではなにをとってもオシュトルには及ばんだろうに。身代わりと称することすら耐え難いだろうに。それでも、オシュトルの後を頼むという言葉に従い、意を決して兄と呼んでくれるか。

 

「夜半に失礼いたします……入ってもよろしいでしょうか」

「エントゥアか、入ってくれ」

 

 声色でわかった。

 今までホノカさんの御側付きとしてついていただけでなく、オシュトルによる姫殿下暗殺事件――実際には何者かがエントゥアの入れたお茶に毒を仕込み、オシュトルが毒を盛ったことにされただけだが――に巻き込まれた人物だ。

 オシュトルが事件の犯人ではないことを知る唯一の証人でもあり、帝都に潜んでいるだろう裏から糸を引く者達にとっては、この上なく邪魔な存在だ。

 アンジュ幽閉から解放する際の手引きでは非常に助かった。他にも、都を脱した際に、ヴライがオシュトル達に迫っていることを知らせるため、ウマとともにこのエンナカムイまで来てくれた。まあ、結果的にその知らせはヴライを既に倒していたためか意味のないものとなってしまったが、こうしてオシュトルを看病してくれる存在として、今でも非常に大事な存在となっている。

 

「ネコネ様、ハク様。看病でしたら、私が代わりますので、お二人はそろそろお休みになられては……?」

「そうだな……ネコネ、ここはエントゥアに任せて……」

「嫌なのです……」

「……そうか。エントゥア、すまない。ここはネコネに任せてやってくれ」

「ですが……」

「自分はありがたく休ませてもらおう。エントゥア、一緒に来てくれ」

「は、はあ」

 

 そう言い、ネコネとオシュトルを残し、部屋を出る。

 廊下を暫く二人で歩き、振り返った。

 

「ネコネは、お主がオシュトルを亡きものにするのではないかと不安がっている」

「え……?」

「お主の目が、時折仇を見るような目であることがその一因だ」

「それは……」

 

 エントゥアの目が暗く澱む。

 

「ウズールッシャ討伐の際、オシュトルと何があった? 某は、お主を信用しても良いのか」

 

 エントゥアは暫く答えなかったが、やがて不信を解くためか、

 

「……オシュトル様は、私の父ゼグニを斬った男です。それは、間違いありません」

「そうか……」

 

 何かあるとは思っていたが、そういうことか。

 しかし、それならばなぜ――。

 

「しかし、もう仇だとは思っておりません。ホノカ様の愛した姫様を護るには、これから先オシュトル様がいなければならないことはよくわかっております。それに、父が死を賭して守ってくれた命を、軽々しく捨てるつもりはありません。あれは……仕方が、なかったのです」

「……そうか。なら、あの時食糧を落としていった甲斐があったな」

 

 ウズールッシャで、隠れていたエントゥアを見つけ、そのまま見逃したことを思い出す。

 エントゥアも思い出したのか、その表情が少しほころんだ。

 

「これからも、よろしく頼むな」

「ええ」

「大丈夫だ。ネコネなら、きっとわかってくれるさ」

「……はい」

 

 エントゥアに休むよういい渡し、オシュトルのいる部屋へと帰ると、変わらずネコネはそこにいた。

 

「……お話は、終わったのですか?」

「ああ、お前の心配するようなことはない。彼女は、もう大丈夫だ」

「……」

「だが、今日は、ネコネに看病を任せるとしようか。自分も付き合うよ」

「……ですか」

 

 その後は会話もなく、自分とネコネは、眠り続けるオシュトルを見ていたのだった。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「兄さま、入ってもよろしいです?」

「ああ、入るといい」

「失礼するです。頼まれていたものを持ってきたのです」

「ああ、台帳を持ってきてくれたのか」

 

 ネコネがこちらに目録を手渡し、それをぱらぱらとめくる。

 財政状況、食糧、兵、武具、その他様々な現状を必要としたため、集められるだけ台帳を集めてもらったが、現状の不足さに頭を抱えた。

 ここ、エンナカムイは確かに要害だ。だからこそ、兵も訓練をしっかりと積んでこなかったのだろう。兵糧も心もとない。

 

「オウギとキウルが、無事近衛衆を連れてきてくれれば良いのだが……」

 

 二人には、帝都を出る際に、オシュトルの近衛衆やその家族を連れてきてもらうようにしたのだが、こちらにつくのはまだ先の話になる。

 

「やっぱり、厳しいですか」

「そうだな……ここに記されている通りだとすれば、正直そうとしか言えん。確かに平和で豊かな国だが、戦はできない。奴なら、どうする……某だけでは、判断できぬ」

 

 これは、徴兵してでも数を増やすことを考えなければならない。数だけでも揃えねば、やがてくる大群に手も足も出ない。

 ――オシュトルが聞けば、反対するだろうがな。あいつは、正道以外の道を歩めない奴だから。

 

 だが、正攻法ではとても勝てない。

 皇女さんを守り切ることはできない。

 

 ――どうすんだよ、オシュトル。早く起きなきゃ、色々やっちまうぞ。

 

 誰が帝都から追ってくるかわからない今、一刻も早い方針決めを行う必要がある。

 

 さて、どうするか。思い至ったら吉日。仕事が片付いたら、早速ノスリのところにいこうと、準備する。

 

 そして夕刻、ノスリの部屋の前まで行き、声をかけた。

 

「ノスリ、少し良いか」

「む? ハクか」

 

 部屋を訪れたこちらの声に、ノスリが戸をあける。

 

「何か用か? もう日も暮れてしまったが」

「なに、忙しくてな。こんな時間にしか顔を出せないんだ」

 

 ノスリは自慢の弓を手入れしていた途中だったのだろう。再び弓を手にして、こちらに向き直る。

 

「ふむ。ハクがわざわざ顔を出すということは……酒だな? しょうがないな、手入れが終わってからだぞ」

「違う。ちなみに、今はオシュトルとしてここに来ている。誰が聞いているかわからんから、ハクと言うのはよせ」

「そ、そうだったな。すまん、ハ……ンンッ、オシュトル」

 

 今言いかけなかったか?

 

「しかし、見れば見る程、そっくりだな。予め聞かされていなければわからんほどだ」

「そうか? まあ、そんなことはいいんだ。今の内に聞いておかねばならんことがあってな」

「ふむ、大切な話か。酒はどうする?」

「いらん」

 

 どんだけ酒飲みたいんだよ、こいつ。

 

「そうか、残念だ。まあ、そんな所に立ってないで座ったらどうだ」

 

 言われるがまま、勧められた席に腰を下ろした。

 さて、どこから話すか……。

 

「まあ、今現在の状況は、ノスリもわかっているだろう」

「ああ、オシュトルが眠りから覚めず、お前が影武者となっていることはな」

「それだけじゃない。勢力としての状況だ。このままでは、たとえオシュトルが目覚めたとしても、帝都を取り返すことは難しい」

「ふむ……」

「それで……ノスリ達は、これからどうするつもりだ?」

「どうする、とは?」

「一応聞いておこうと思ってな。まあお前のことだから、皇女さんへの忠心は揺らがないんだろうが……この国で戦ってくれると考えてもいいのか?」

「何を言うかと思えば……ああ、勿論だとも! ヤマトの存亡がかかっているのだ。姫殿下の一大事に、仲間の危機に指をくわえて見ていることなどできん。それに、一度お前についていくと約束したのだ、今さらそれを反故にはせん!」

 

 それがいい女の証というものだ! と、大きい胸を大きく張るノスリ。色気を余り感じないのは、その所作が子どもっぽい故か。

 しかし、やはりというかなんというか。ノスリは残ってくれるみたいだな。

 

「そうか……やっぱりな。じゃあここからが本題だ」

「む?」

「オシュトルには自分から言う。今は何としてでも優秀な人材を引き留めなきゃいけないところだ。だから、それなりの条件をお前に提示できる」

「どういうことだ?」

 

 首を傾げ、わからんといった表情をするノスリ。

 

「つまり、御家再興の約束を条件に、こちらについたことにするんだ」

「――なッ!?」

 

 自身の驚きの表情をなんとか止めようと、湯呑に手を伸ばすが、それでも隠しきれない動揺をあらわにする。

 

「い、いい女はどんな仰天するようなことがあっても、決して動じないものだ……」

「それに、帝都を奪還し、皇女さんが凱旋した暁にゃ、八柱将も夢じゃない」

「んな――し、しかし、お前はオシュトルではなく、ハクだろう! そこまでの権限は……」

「いや、ある。今回は有事だ。ノスリを引き留める条件として提示したのがそれだとオシュトルに言えば、責任を取るのはお前じゃなく自分になる」

「ふむ?」

「それに、皇女さんのご帰還に助力したとなりゃ、それはこの上ない名誉だ。当然篤く遇される。そこで家の再興を望めば、誰も否とは言えん」

 

 ノスリの湯のみを持つ手が小刻みに震える。

 

「本当なのだろうな」

「勿論だ。自分の知略を疑うのか?」

「お前のは悪知恵というのだ……。だが、あいわかった! ならば――」

「待て待て。家の再興が絡むとなれば、お前だけの問題じゃない。オウギにも話した方がいい。答えは後ほど聞く」

「……いや、その話受けるぞ。オウギも家の再興を願っているのだ。それに、私がすることは何も変わらん。姫殿下がいる。オシュトルがいる。そして……お前がいる。ならば、それを支えるだけだ」

 

 湯呑からこぼれた茶が手元をびしゃびしゃにしてなければ、恰好がついたんだがな。

 

「そうか、ありがとう。ノスリ」

「では、酒でも飲むとするか!」

「いや、自分は明日も政務があります故……」

「お前はハクだろう! 堅いことを言うな!」

 

 なあなあと、そのまま酒宴が始まる。

 次の日にも酒が残って政務が滞り、ネコネに脛を蹴り上げられたのは言うまでもない。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 今日は、アトゥイの説得が目的だったが、肝心のアトゥイは――。

 

「くか~」

「アトゥイは……寝てるのか」

 

 長椅子の上で気持ちよさそうに眠りこけていた。

 その側で、クラリンもぷかぷか浮いている。

 

「アトゥイ、起きろ」

「……」

「うぅん……オシュトルはん? あ、そっか、今はおにーさんやったね」

「それは言わん約束だろ」

「あ~そうやったね。おはような~」

 

 目蓋をこすりながら、アトゥイがまだ眠そうな顔でこちらを見やる。

 

「何か用け?」

「とりあえず、涎のあとを拭け」

「あ、あやや」

 

 慌てて口元を拭うアトゥイ。

 

「そんなに寝てばっかで大丈夫か。暇なら外に出たらどうだ?」

「うんとな? 外にはもう行ってみたんよ。でも、ここって遊ぶところがぜんぜん無いんよ」

「そうか。まあ、確かにな」

「あ~あ、おにーさんがおれば、こんなに退屈しないですむのになぁ。一緒にお酒飲んだり、朝まで語り合ったりして楽しかったんやけど……あ~あ残念やぇ」

 

 ちらりとこちらに視線を移し、再びごろんと寝転んだ。

 

「あれは語り合ったんじゃなくて、ただお前の絡み酒の相手をして愚痴を聞いていただけなんだが? 毎度毎度介抱するこっちの身にもなってほしかったんだが?」

「あーあー聞こえないぇ!」

 

 アトゥイは耳に手をあて、首を振る。

 まあ、アトゥイも、自分とは仲がいい方だと思っていてくれているようだ。それがわかり、少し態度を軟化させた。

 

「……まあ、今の自分はオシュトルだからな。オシュトルが目覚めれば、相手してやるさ」

「ほんまけ!?」

「ああ」

「せやったら、オシュトルはんを起こしに行かんと!」

 

 そう言いつつ、手元の槍を握り込み立ちあがる。

 

「おいおいおい! どこ行くつもりだ!」

「オシュトルはんを起こしにいくんよ?」

「逆に永眠するような武装で行くんじゃない! オシュトルには今エントゥアがついてる。心配しなくていいから」

「心配じゃないえ。あのオシュトルはんがいつまでも眠っているわけないから、少し小突いて起こしてあげるんよ」

「お前みたいに小突かれないと起きない奴ばっかりじゃないんだ!」

 

 小突くまでいつまでも眠っていたアトゥイが言う台詞ではない。

 軽く揉み合いになる中、ここに来た目的を思い出す。そうだ、本題はそんなことではないのだ。

 

「話があるんだ。少し聞いてくれ!」

「? なにけ?」

 

 それでようやく大人しくなる。

 ったく馬鹿力発揮しやがって……。

 

「いや、アトゥイはこれからどうするつもりだ?」

「これから?」

「故郷に帰るのも一つの手だと言っているんだ。勿論、ここにいてくれるなら――」

「おにーさんは、ここに居てほしいんけ?」

「あ? ま、まあな」

 

 戦となれば、アトゥイは頼りになる。

 兵力の弱い今、アトゥイの力は喉から手が出るほどに欲しい。

 

 アトゥイはその返答ににんまりと笑みを返した。

 

「うひひ、ならしばらくここに置いてもらうぇ? 戦の時は手伝うから、遠慮なく言ってな~」

「一緒にこの国で戦ってくれるということか?」

「うひひ、勿論やぇ!」

「わかった。お前がそれでいいなら、あてにさせてもらう」

 

 そのまま退出しようとしたところで、自分の袖をアトゥイにあらん限りの力で引っ張られる。

 

「うぉあ!」

「どこ行くん? つきあってーな」

「いや、自分はこれから政務があります故……」

「都合のいい時だけオシュトルはんになるのはずっこいぇ! 少しくらいは付き合うぇ!」

 

 そう言い、手元の槍を再び握る。

 

「オシュトルを起こしにいかんでいいからな」

「ええ~、殺生な。オシュトルはんが起きんと、おにーさんと遊びにいけないぇ」

 

 ――殺生なのはお前だ。

 

 オシュトルのいる部屋に行かせまいとするアトゥイに付き合っていたら、その後の政務が滞り、ネコネにまたもや脛を蹴り上げられたのは言うまでもない。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 今日の目的はルルティエだ。

 

「夜分に恐れ入る」

「どなたですか?」

「ルルティエ、自分だ」

 

 室内に向け、声をかけると、その襖がひとりでに開く。

 目の前に、少し嬉しそうなルルティエの顔があった。

 

「ハク様。どうなされたんですか?」

「今はオシュトルだ」

「ぁ……そ、そうでしたね。オシュトル様」

「少し話したいことがあるんだ。中に入れてもらってもいいか?」

「勿論です! 今お茶をご用意しますね」

 

 ぱたぱたと奥へ引っ込んでいくルルティエ。

 その間に、今話すべきことを頭の中でまとめておく。

 

「どうぞ、オシュトル様」

「ありがとう、ルルティエ」

「いえ、そんな……お味はどうですか?」

「いつも通り、うまいよ」

「そ、そうですか」

 

 頬をぽっと染め、その視線がどんどんと下へ下がる。

 

「大事な話があるんだ、ルルティエ」

「だ、大事な……? こ、こんな時にですか?」

「こんな時だからこそ、だ」

 

 力強い声色で、ルルティエに迫る。

 オシュトルが倒れ、いまや自体は一刻を争う。今は信用できる味方を一人でも多く確保しておかねばならない。

 勿論、ルルティエは情の深い子だ。ついてきてくれるというのは疑いない。だが、だからこそ、国に逃げてほしいという思いもあった。これから戦禍が拡大すれば、ルルティエにはきっと辛い戦いとなる。

 

「ぁ……そういえば、こんな夜遅くに、今は二人っきり……そんな、ハク様が私を……でも、ハク様に限って……ああ、お父様、お母様、お姉様、お兄様、私は今夜――」

 

 何やらぶつぶつと呟き、何かを想像しているのかどんどんと顔が赤くなる。

 相変わらず男を擽る仕草をする。

 

「ルルティエ」

「は、はい?」

「こんな形になった以上、クジュウリの皇は心配していないか? もし、ルルティエがクジュウリに帰りたいというのなら、今をおいてない。これから戦禍が始まれば、国に帰ることもままならなくなる」

 

 そこで、ルルティエは何かしらの誤解に気付いたのか。それとも、そんなことを聞かれると思わなかったのだろうか。少し動揺しながらも、返答する。

 

「あ、あの、わたしだけ、この地を離れてもいいのでしょうか。そんなこと、できません」

「だが、ここは戦地になる。ルルティエは危険な目に合うかもしれない。だからこそ、逃げてほしいという思いもあるんだ」

 

 暫く黙っていたルルティエだったが、やがて決心したのだろう。

 表情を引き締めこちらの瞳を優し気な目で射抜いた。

 

「ハク様の、御側に、いたいです。駄目……でしょうか」

「自分の?」

「はい……きっと、私に逃げろと仰りながら、最後まで残って、知恵を振り絞っているハク様の……お手伝いをしたいです」

「……そうか、わかった。ありがとう、ルルティエ。だが、無理はしないでくれよ」

「はい」

 

 ルルティエが見せた笑顔は、やはりこの国に留まってくれて良かったと思えるものだった。

 ルルティエの笑顔は、皆の支えになる。ルルティエが思う自分は、随分いい男のようだ。それを裏切らないためにも、オシュトルが目覚めるまで、この国を守らなければと、改めて誓うのだった。

 

「ぁ、そうでした。美味しいお菓子があるんです。一緒に食べませんか?」

「ああ。少しくらいなら」

 

 しかし、そこはルルティエの癒し空間。

 案の定、少しどころか長居してしまい、明朝ネコネに脛を蹴り上げられて起きるのだった。

 

 

  ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 文机に向かい、ネコネからの調書に目を通す。

 しかし、この調子だと確認だけで朝までかかる。

 というか、働けば働くほどやることが増えるってどういうことだよ。

 普通こういった雑用は配下の者に任せるものだと思うんだが。誰かいい人材はいないのか? オシュトルの配下で雑用担当といえばと思いを巡らし、自分だったことに気付いて思わず突っ伏した。

 

「はあ~だらだらしたい」

 

 ――その時だった。

 

「おや、これは珍しい。貴方の口からだらだらしたいなどという言葉が出るとは」

 

 不意に背後からの声が聞こえる。

 振り返れば、夕闇の中に、細い人影。

 

「お待たせしました、オシュトルさん。ただいま到着いたしました」

「オウギか、よくここの警備を抜けてきたな」

「そうですね。おかげさまで、この部屋を探し当てるのには少々骨が折れましたよ。オシュトルさん」

「いや、自分はハクだ」

 

 そう言って、仮面を外す。

 なるほどと得心がいった顔になる。

 

「それでここ以上に警戒が厳とされている部屋があったのですね。警護していたヤクトワルトさんに、ここで話をしろと言われましたよ」

「何だ、知っていたのか」

「ええ。それで姉上や他の皆さんもこちらに?」

「ああ、皆この屋敷にいる」

「あなたがハクさんだとすれば、後はクオンさんの姿が見当たらないようですが?」

「クオンは皇女さんの喉を治すための秘薬を探すため帰郷中だ」

 

 まあ、それよりもだ。

 

「オウギだけが戻っているということは……」

「ええ、今、キウルさんが追われています」

「案内できるか」

「はい」

「ウルゥル、サラァナ」

 

 背後に声をかけると、闇の中から音もなく二つの影が姿を現した。

 

「呼んだ?」

「サラァナ、まかりこしました」

「ウルゥル、サラァナ、急ぎ皆を集めてくれ。キウルを救出に行く」

 

 集まり次第、皆にキウルの状況を簡単に説明する。

 

「キウルが近衛衆とその家族や縁者を連れている。敵はヤマトの兵だ。エンナカムイに辿り着く前に追いつかれる状況だ。そこで、戦いに出る前に皆にももう一度問うておきたい」

 

 こちらの問いが何なのか、皆には見当がつかないのか。不思議そうな表情でこちらに視線が集まる。

 

「相手はヤマトの兵だ。如何な理由があろうと、彼らに刃を向けたとなれば、二心ありと謗られる。それに、この聖上暗殺から始まる問題は一筋縄じゃない。自分たちがいくら正しかろうと、それが聞き入れられると考えるのは余りに楽観的だ」

「「「「「……」」」」」

「だからこそ、問いたい。皇女さんのため、逆賊と謗られ、ヤマト全土を敵に回す覚悟があるのかと。もう後戻りはできない」

 

 その言葉に部屋はシンと静まった。

 

「そして最後に……自分は、本当のオシュトルではない。だが、皆は自分についてきてくれるのか?」

 

 その声があまりに不安げだったからなのか。暫くすると、皆の口から苦笑する声が漏れ始める。

 

「おにーさんは相変わらず変なところで堅いなあ。相手が強ければ強いほど燃え上がるのに、後戻り何て勿体ない。それに、ウチらは皆、最初からおにーさんについてきたんよ」

 

 アトゥイの言葉に便乗するように、ヤクトワルトらが続く。

 

「だな、降りるなら始めからこんなところまで来ないんじゃない? 旦那」

「うむ、相手が誰であろうと関係ない。正義は我にあるのだ! ハク!」

「ふふ、僕は姉上の志を手助けするまでです。それに、ハクさんといれば退屈せずに済みますので」

「シノノンはキウルをたすけるぞ!」

「「主様と共に、どこまでも」」

「ハク様の御側にいたいと約束しました! 私も行きます。大切な方々を誰一人として失うわけにはいきません。たとえ誰であろうと、戦って見せます!」

「そうか……そうとなれば、もう自分から何か言う必要はないな。オシュトルには勝手に軍を動かしたこと、後で怒られるとしよう。キウルを救出するぞ」

 

 オウギが地図を広げ、皆に指し示す。

 オウギの話では、渓谷に差し掛かったあたりでキウルと別れたそうだ。この辺りは道が険しく女子供を守りながらではなかなか前には進めない。おそらく谷を越えられずにいる状況だろう。

 

「自分とネコネ、ウルゥルとサラァナは直接キウルら近衛衆の救援に向かう。皆は二手にわかれ、それぞれ左右から側面に回り敵の包囲軍を各個撃破。その後は敵本隊の背後にて退路を断つ作戦でいこう――出撃るぞっ!」

「「「「「「応!!」」」」」」

 

 オシュトル。お前が起きるまでは、俺がオシュトルをやる。

 だが、所詮自分はお前の影だ。できることは多くない。だが、お前を守ってくれる者達を守るくらいはさせてもらうぞ。

 

 




クオンの出番あると思った方は申し訳ない。
原作と同じで暫くありません。

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