【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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オシュトルは英雄ではあるけれども、一生の友を失うかもしれない恐怖は他の人間と同じように感じるんだろうなあ。


第十八話 心乱れるもの

「「オシュトル様、朝の支度をお手伝いいたします」」

「……ああ」

 

 あの日以来、鎖の巫女である二人はハクが与えた命令を果たし続けている。

 ハクの与えた命令――それは自分のいない間はオシュトルを主としろというものだ。

 

 彼女たちの主として過ごすうちに、彼女たちがハクへと抱いていた感情は正しく本物であったことが証明された。

 なぜならば、確かに甲斐甲斐しく手伝いはしてくれるが、必要以上に某へ接近することはなく、あくまで小間使いとしての存在だったからだ。某を決して主様と呼ぶことはなく、オシュトルという名前で呼ぶ。こちらがそうしてほしいと頼んだわけでもないのにだ。

 

 彼女達がいかなる契約をハクと結んでいたかは知ることはできない。しかし、こうして仮初の主として彼女たちを見ていれば、ハクへの感情は本物であったことがわかるのだ。

 それを、ハクへと今は伝えることはできない。

 なぜならばハクは――

 

「ハクは、生きているか?」

「微弱」

「僅かですが、感じ取れます」

「そうか……」

 

 朝廷側に捕えられ、いくら草に探らせてもハクの行方はわからなかった。

 あの地下深くの牢獄で死を待つのみであったことを思い出しながら、最悪の想像ばかりが頭を駆け巡る。

 しかし、こうして鎖の巫女は未だ真の主との生命線を繋いでいる。拷問されているかもしれないが、少なくとも今は生きている。それだけが、某にとっても、他の者達にとっても救いだった。

 

「すまぬな……逸る気持ちはわかる。しかし、今は確実にハクを救う方法を考える時なのだ。わかってくれ」

「「……」」

 

 双子たちは静かに目を瞑り、某の言葉にうなずいた。

 心の奥底では、いかに心配しているかがわかる。それでも焦る気持ちを抑えているのは、某の言葉ではなく、ハクの最後の言葉によるものだろう。

 

 ――無理はするな。

 

 そのハクの言葉があるからこそ、救出の策を必死に検討している。

 

 しかし、帝都へ押し入るには、未だ未交渉で中立派のイズルハが邪魔となる。使いの者を何度送っても、返事は未だ一度も帰ってこない。もしライコウに与している場合は、ハクを救うどころか我ら全てが危険に晒されることになる。

 

 隠密集団を編成するにしても、某の配下では帝都で顔が割れすぎている。

 優秀な草ですらオウギの話では帝都、特に宮廷内を自由自在に動けるものはいない。ライコウの側付に近づいた草は全て刈り取られた状態だ。

 そんな状態で無理に帝都周辺の草を捜索に充てれば、人質を増やすことに繋がりかねず、ハクの居場所を見つける足掛かりすら失うことになる。

 

 思考の波に溺れながら、聖上の間へと足を運ぶ。

 ハクを失ったと聞き、さらに直ぐには助けられぬとわかってから、聖上はみるみる元気を失った。ムネチカ殿が励ましたとしても、聖上は生返事ばかりとなった。

 

「聖上」

「……オシュトルか。どうしたのじゃ」

「聖上、御食事をどうか」

「いらぬ……食欲がないのじゃ」

「我が母上も顔を見せてくれぬこと心配しております。どうか」

「御母堂が……そうか。なら、そこに置いてほしいのじゃ。食欲が湧いたら、貰うのじゃ」

「は……」

 

 エントゥア殿より託された食事を傍に置き、聖上の間から戸を閉めて下がった。

 そこに声をかけてくるムネチカ殿。心配で待機していたようだ。

 

「どうであった、オシュトル殿」

 

 少し首を振り、難しい状況であることを無言で伝える。

 

「そうか……オシュトル殿の言であればと思ったが」

「すまぬ」

「いや、オシュトル殿の責任ではござらぬ。あとは小生が」

「うむ……任せた」

 

 あのムネチカ殿の言葉でさえ、今の聖上の心を取り戻すことができぬ。ムネチカ殿の手によって運ばれる食事も喉を通らぬままだ。

 

 聖上が帝都より救い出された直ぐ後、このエンナカムイで聖上は同じような摂食障害に陥っていた。それを食べられるようにしたのは、ハクだという。

 

 ――ハクよ。どう言葉をかけ、聖上の心を取り戻したのだ……。

 

 失ったものは大きい。

 そう感じるのは、某と鎖の巫女、そして聖上だけではない。

 

「オシュトル!」

「……ノスリ殿、それにオウギ殿か」

「一体いつまで手を拱いているつもりだ! ハクを助けに行くとなぜ言えぬ!!」

 

 殆ど糾弾のような口調に、押されかける。

 がんと視線をぶつけてくるノスリから、オウギの方へと視線を移すと、申し訳なさそうなオウギの表情があった。

 

 説得に失敗した、とでも言いたいのだろう。某も、もし逆の立場であったら憤慨していただろう。悪くは言えぬ。

 

「これ以上、某の失策により味方を危険に晒すわけにはいかぬ。鎖の巫女殿から伺ったハクの願い故に」

「ハクの願いとは何だ」

「無理はするな、である」

「ハクを助けに行くことが無理だというのか!」

「今は、そうである」

 

 ノスリは、某の強い断定口調に一瞬怯むも、納得がいかない様子で掴みかかってきた。

 

「……ッ! 懸念は何だ! 何が無理だというのだ!」

「目下のところ、イズルハのすぐ傍を安全に通れるか否かというのが一つ。そして帝都に辿り着くだけでなく、顔を見られても某の陣営であることを疑われぬ者でなければならないということが二つ。そして最後は、相手があのライコウであること。餌を吊るすとの言を交渉の席で聞いた。餌とは即ちハクのこと……相手方も万全の警備体制であることが窺える」

「あの双子の力はどうなのだ!」

「あれは、力を消耗しすぎると聞いた。宮廷内から力を使ってようやく半々の確率である。まずは帝都内を疑われることなく自由に歩ける人員でなければ、宮廷内に入ることすらできない」

「む……ぐ……それならば私が」

「姉上はオシュトル陣営として既に顔が知られています。難しいでしょうね」

「オウギ! お前までそんなことを――」

「姉上、オシュトルさんにも考えがあるのですよ。もし失敗して、私達が囚われれば、今度こそハクさんを救うことも、この戦乱を勝ち抜くこともできない。大局を見た故の采配なのです」

「……ッ、そうか」

 

 弟からの思わぬ反論に、ノスリは諦めたように背を向けた。

 そして、背中越しにぽつりとつぶやいた。

 

「オシュトル……私は大局など見えないし、この弓を捧げるのは聖上だと誓いはした。だが、たとえ危険でも……ハクはオシュトルと聖上を助ける道を迷うことなく選んだ。そのことを忘れたというならば――私一人でもハクを助けに行く覚悟だ」

 

 そう言葉を残し、ノスリは静かにもと来た道を歩いて行った。

 

「オシュトル殿、申し訳ありません」

「いや、構わぬ。言われても仕方のないことだ。某が、献策できぬのが悪いだけのこと。だが、ハクに助けられたことを忘れたことはない……そう伝えておいてくれ」

「了解しました。しかし、私が姉上を抑えておけるのもそう長くはありません。私も彼がいないと面白いことが少なくなりますから……何でも協力は惜しみませんよ。行けと言われれば皆が行くであろうこと、是非お知りおきを」

 

 そう言葉を残し、オウギは去った。

 

 その背を見送り、その足で調練場に赴く。

 

 いざとなれば全軍でイズルハごと帝都に攻めこみ、帝都より軍を誘き寄せた後、空いた帝都に潜入する策も用意した。

 その策が実現可能かどうか。それを見極めるために、キウルについてもらっている。

 しかし、某自身の目でも確かめないといけないだろう。

 

 朝早くから大軍の雄叫びにより調練場がびりびりと振動する中で、端に一人つまらなさそうに槍を弄るアトゥイ殿の姿があった。

 

「アトゥイ殿、いかがなされた」

「? あ~オシュトルはん。一人で槍振ってもつまらんから暇を持て余してたところなんよ。そやなあ、オシュトルはんが相手してくれるなら、ちょっとは楽しめるねんけど……」

「いや、某は忙しい。此度は遠慮させてもらおう。またいずれお相手する」

「いけずやなあ」

 

 そうして立ち去ろうとしたとき、ふとといった拍子でアトゥイ殿から言葉が漏れた。

 

「それで、おにーさんのことはいつ助けに行くん?」

「……」

「そろそろ助けに行かんと、生き汚いおにーさんでも死んじゃうぇ。もし助けに行く作戦練ってるんやったら、ウチも参加させてほしいぇ」

「うむ……決まり次第、通達しよう」

「ウチがおにーさん助けたら、おにーさん一生頭上がらへんやろうなあ……楽しみやぇ」

 

 そう言いながらも楽しそうな顔ではなく、少し真剣な表情でぶんぶんと槍を素振りし出すアトゥイ殿。

 アトゥイ殿なりに、ハクのことを心配しているようだ。

 

 アトゥイ殿と別れ、キウルの元へと急ぐ。

 

 キウルは某が近づくと全軍を止めるよう叫び、某の方を向いて直立した。

 

「兄上。どうされましたか」

「一度、某も直接見ようと思ったのだ。続けてくれ」

「はっ、全軍元の位置へ! 再開の声と共に再び調練を開始せよ!」

 

 キウルはよくやっている。

 キウルの調練のおかげで、砦の防衛と関の防衛を果たすことができた。

 しかし、来るべき侵攻を予想し取り急ぎ防衛戦術の方を強化する方向で舵を切ったためか、こちらから打って出るとなると話は変わる。

 

 そう、我が軍は未だ一度も攻めに回ったことはないのだ。

 攻めに回ったことのない軍が、イズルハの国境を侵せるものだろうか。

 

 キウルはよくやっている。

 寝ずに調練方法を考え、朝から晩まであらゆる兵を走らせている。

 しかし、兵がついて来られるかどうかは話が別だ。兵もまた失えば戻らぬ大切な存在である。ハクを取り戻したとしても兵に大損害が出れば、結局は戦乱において負けることとなる。

 

 またもや、某は天秤を持たされている。

 多数の犠牲を払ってでもハクを救いだすのか、それともハクを見捨てるのか。

 

 ライコウの言からすれば、ハクを手元に置いておきたいというように受け取れた。しかし、もしハクが反発すれば、ライコウは使えぬ駒を手元に置いておくことはしないだろう。ミカヅチも、それに意を唱えることはあるまい。ミカヅチもまた友であるが故に、ハクが敵に回れば危険であることを理解しているからだ。

 

 ――何という体たらく。

 

 某を英雄と持て囃すものがいるが、某自身は己の限界を知りすぎている。だからこそ、抜け道を探すことができぬ。正道しか、探すことができぬ。

 

「そこ! 右翼の形成が甘い! そんなことでは中央を突破されます!」

 

 キウルの指示に何とかついて行こうとする軍の動きを見て、この正道もまた不可能であると判断し、調練場を後にする。

 

 こんな時に、ハクがいてくれれば。

 抜け道を示してくれる、一番聞きたい存在が今はいない。

 

 調練場から離れた場所に、厳重な警戒のもと監視される牢の一つがある。一見迎賓用のようにも見え、身分の高い者達を捕えた際に用いる牢である。

 

 そこに赴くと、マロロは牢の中にいた。

 

「……家族よりも大事なものだったのでおじゃ」

「……」

「家族でもないのに、マロを大事にしてくれた存在が、あったのでおじゃ。マロは、それを優先するべきだったのではないかと、ずっと考えているのでおじゃる」

「そうかも、しれぬ」

 

 某も、そう思っていたからだ。

 人の心には、いつでも天秤が揺らめいている。どちらに重きを置くか選択し、一生の荷と業、そして罪を背負い続けるのだ。

 これは、某らの罪。優先すべきものを誤った報いであり、そして、あのライコウの力を侮った報い。

 

「マロロ、戻るのだ。やってほしい政務はまだある」

「……わかったでおじゃ」

 

 そう言い、牢に繋がれた二人の家族から離れ、牢の外へと赴くマロロ。

 

「……やっぱり、もうしばらくいるでおじゃる。オシュトル殿、先に行ってほしいでおじゃ」

「……了解した」

 

 そう言って、物言わぬ二人に言葉を投げかけるマロロ。

 息子の友を敵に売ったかと思えば、救出された時には二人は魂が抜けた存在へと化した。

 ハクを襲っていた者達が牢に繋がれた途端、糸が切れたように死んだ者達と同じだ。

 

 死にはしないものの、こうしてマロロが甲斐甲斐しく世話しなければ直ぐに事切れるであろうほど衰弱していた。

 こうなれば、敵方による裏切りの献策も証明することはできない。マロロの罪の意識だけが重なった形となった。

 

 牢の入り口から外へ出ると、丁度エントゥアが台に乗せた食事を持ってきたところだった。

 

「あ、オシュトル様。アンジュ様は食べてくださいましたか?」

「……すまぬ、後で食べるとしか答えられなかった」

「そうですか……いいんです。冷めても美味しいように作ってありますから」

「そう言ってもらえると助かる。しかし、随分沢山の食事だが……これは」

「ああ、これは、マロロ様とその家族にです。マロロさまはまだ食事をとっていらしてないので。中にまだいらっしゃいますか?」

「ああ。今会ってきたところだ」

「そうですか……では、これを持って行きますね」

「いつも出してくれているのか」

「はい、最近はルルティエ様が臥せってしまっていますから……ぁ、失言ですね。申し訳ありません」

「いや、そうであったか。負担が減るよう、某からも給仕係に言っておく」

「ありがとうございます。でも、これぐらいなら大丈夫です。では――」

 

 ふわりと香る食材の匂いを残しながら、エントゥアは牢へと入っていく。

 ルルティエが臥せっている。

 その言葉が胸の内に残り、政務室へと行くついでにルルティエ殿の部屋の前を通った。

 

 すると、戸を超えて聞こえるすすり泣く声と、それを慰めるシスの声がした。

 

「大丈夫よ、きっとオシュトル様が策を考えてくれるわ」

「はい……お姉さま」

 

 重くのしかかる重圧。

 皆が某に期待している。ハクを拠り所としていたものが、某に向けられ始めている。

 

 政務室に足を踏み入れると、ネコネがいつもの仕事を片付けている。

 平静を装っているように見えて、泣き腫らした目が真実を告げている。

 

 ――ハクへの恋は、やはり真であったか。

 

 ネコネの心の中でも、葛藤があるのだ。某と、ハクを天秤にかけること。

 

 ネコネは、某の姿を視界に収めると、居住まいを正した。

 

「……決めたか、ネコネ」

「……兄さまが行くことは、許さないのです」

「しかし……某がウコンとなり鎖の巫女と共に行くことが、一番成功確率が高い」

「ウコンに扮することなど、ライコウは御見通しに決まっているのです。ライコウが知らなくともミカヅチ様がそれを知っているのです。それに、兄さまがここを出ていけば、誰がここを守るというのです?」

「ムネチカ殿も戻ってきた。少なくともこのエンナカムイは護られる」

「その間にいくつの関を奪われるおつもりなのです。兄さまも判っている筈、総大将はここを出られないこと」

 

 そう、ネコネにも見透かされている。

 某がただ責任に押しつぶされそうになっているだけであること。皆に焦らぬよう伝えておき乍ら、自らが最も焦燥に駆られていること。

 

「そうで、あるな……しかし」

「しかしもでももないのです。ハクさんは、絶対に生き残るのです。ハクさんなら、表面上は相手の交渉に乗って、私達を裏切るくらいはしそうなのです」

「そうかもしれぬ、だが、そうでないかもしれぬ。ネコネ、其方のためにも――」

「兄さま――私は、大丈夫なのです。ハクさんは、そう簡単には死なないのです」

 

 目に隈を残しながらも気丈に振る舞う妹の姿を見て、某は決意する。

 

「そうで、あるな。ならば、最後の策である」

「最後?」

「クオン殿を通し、トゥスクルに協力を申し込む」

「! そ、それは――」

 

 一度追い返しておきながら、何と虫のいい話だろうか。

 しかし、あの修羅の国の者達であれば、隠密に長けた者も必ずいるはず。その当てを頼るしかない。たとえ、如何なる条件を提示されたとしてもだ。

 

 その想いを胸に、チキナロを通しクオン殿へ文を出す。

 チキナロによれば、渡すこと自体はすぐにできるとのことだ。

 だが、来られるかどうかはわからないとのこと。

 

 ハクとクオン殿が旅を始めたての頃から、彼ら二人を見てきた。

 無理にでもネコネと婚姻を結ばせねば、きっとハクはクオン殿に想いを告げてしまうと。

 二人とも無自覚ではあるが、お互いになくてはならない存在である。某にはそう見えた。

 

「――必ずクオン殿は来る」

 

 そして、文を出したその翌々日だった。

 

「オシュトルの旦那!」

「ヤクトワルト殿、何かあったか」

「姉御が、帰ってきたじゃない!」

「真か! 直ぐに謁見の間へと通してくれ」

「そ、それが……」

「もう、来ちゃったかな。オシュトル」

 

 ネコネがその姿を見て、感極まったようにクオン殿に飛びついた。

 幽閉されているかもしれないという話は何だったのか。偶然近くにいたのかどうかはわからないが、少なくとも希望が来たことには変わりない。後の始末は、全て某が片付ければよいだけのこと。

 

「あ、姉さま!」

「辛かったね、ネコネ。もう大丈夫。ハクは、私が連れ戻すから」

「クオン殿、息災である」

「うん。長らく離れていて、ごめんね。でもまさか、私がいない間にハクが捕まるとは思ってなかったかな」

「すまぬ……」

 

 これに関しては、某が謝る他ない。

 たとえ、想定外の裏切りによるものだとしても、某に責任がある。

 

「オシュトル、手紙は読んだけれど、あなたはトゥスクル皇女にハクは某にとって無くてはならない存在だって言った筈」

「ああ」

 

 某が返事をするとともに、クオン殿が拳を振りかぶる。

 甘んじてそれを受けた。しかし衝撃は待っても来ず、とん、と胸を突かれたに留まった。

 

「……ネコネに免じて、これで勘弁してあげるかな」

「……感謝する」

「私もその場にいなかったから言えることじゃないけれど、背中を預けた友であるならば、次は必ず守って。私からの、お願い」

「ああ、必ず」

「じゃあ、オシュトル……あとは私にお願いすればいいだけかな。ハクを助けて来てほしいって」

「ああ……すまぬ、クオン殿。ハクを……ハクを頼む」

 

 クオン殿、そして鎖の巫女、そしてクオン殿が依頼するというトゥスクルの者。某の部下として顔も割れておらず、知れているのは鎖の巫女の二人のみであれば、彼女たちは逐一姿を消しながら移動できる。

 

「ハクを助けるのは私の役目。トゥスクルにも秘密裏の協力であることを伝えたかな。了承はしてくれたけれど、勿論条件は後々付け足すみたい」

「構わぬ」

「そう……ならオシュトル、あなたはハクが戻ってくる場所を守っていて」

「無論。某にできることを、果たす」

 

 クオン殿は、某の言葉を聞くと、鎖の巫女を連れ部屋を出ていった。

 こんなにも無力感を味わったことはない。一人では、何事も成し得ることができない。ハクがいなければ、こんなにも心が乱れ考えが纏まらぬとは思いもしなかった。

 

 だが、クオン殿のおかげで、自らの役割を思い出せた。

 

 某は、正道を歩むもの。それでいいと、ハクに言われた。

 正道を歩むからこそ、ハクも抜け道を見つけやすいというもの。

 ハクが護ったものを護る。ハクが戻ってきても、変わらずそこにあるように。

 

「無事でいてくれ、ハク」

 

 だが、大切な存在が無事でいるよう祈るくらいは、許されてもいい筈だ。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 イズルハ国境線近く。

 帝都への街道を歩きながら、二人に問うた。

 

「確認するけど、救出作戦の間は絶対に私の言うことを聞くんだよね?」

「愚問」

「たとえ貴女がウィツァルネミテアの天子だとしても、私たちは従います」

 

 その言葉の意味に気付いた瞬間飛び上がった。

 

「な、ななな、なんのことかな!!」

「白々しい」

「私達は魂を見て判断します。変装は意味がありません。あなたがトゥスクルの女皇であることは誰にも話していませんので、私達以外は知りませんが」

「……汚い」

「交渉術」

「主様は言っていました。弱みを握れば勝ちだと」

 

 まさか、見抜かれていたとは。

 私が、トゥスクル皇女であること。いや、ちょっと待った。なら、あの男日照りが何だという言葉は私だってわかったうえで言ったことに――。

 

 その点が気になりつつも、首を振って考えを打ち消す。

 仲違いして連携を崩すことはない。ハクを助けた後じっくり話し合えばいいことかな。

 

「はあ、元気ないのかなって心配していたのに……いらない心配だったかな」

 

 それに、わかってるのだ。

 この子たちも、ハクが心配なんだってことは。

 でも、やっぱりハクの保護者は……ハクは私がいないとダメかな。私がいないから、こんなことになっちゃったんだし。

 

「急ぐ」

「主様を救い出すために誰を連れていくのか、早くトゥスクルの方を紹介してください」

「ま、待って。今呼ぶから……」

「呼んだか、クオン」

 

 そこには、昔着ていたという外套を身にまとうオボロお父様の姿があった。

 呼んでないのに来たということは、ずっと近くで待っていたのか。

 

「もう行くのか」

「うん。彼女たちがいれば、ハクの居場所はわかる筈」

「確認だ、クオン。そいつとは本当に恋仲じゃないんだな?」

「だから、何度も言っているかな! ハクは私が拾ったから面倒を見てるだけだって!」

「……嘘だとわかれば、その場で殺す。約束だ」

「わ、わかってる」

 

 物騒な発言だけれど、隠密行動であればこの人以上の隠密はトゥスクルにはいない。現トゥスクル皇を連れていくのはベナウィから怒られるかもしれないけれど、背に腹は代えられない。

 確実に成功させなきゃ、ハクは助けられない。こちらも最大戦力でいく。オボロお父様は、隠密に長けていれば皇としてどう狙われるかがわかると言って、生まれた時から隠密としての顔を持ち続けた筋金入りの隠密衆だ。皇自身が、草として最も優秀なのだ。

 本当はこちらの姿を認識できなくなる呪術を持ったカミュお姉さまを呼ぶべきかとも思ったが、カミュお姉さまはトゥスクルにおり、トゥスクル宮廷に一度帰る時間も惜しかった。

 オボロお父様はヤマト行きの船にはいなかったのに、心配で見に来たと帰りの船にはいたので、いつもの親馬鹿がいい方向に働いた。

 もし戦闘になった際にはお父様は頼れるのだ。ベナウィやクロウと同列の武人なのだから。

 

 ――それに、トゥスクル皇と女皇直々に救われたって形で恩を売れば、ハクもトゥスクルに来やすくなるかな。

 

 その考えが表情に出ていたのか、双子がじっと卑怯なものを見る目でこちらを射抜く。

 しかし、互いに顔を合わせ、暫くすると納得したようにうなずいた。

 

「仕方がない」

「惜しいですが、主様の一番は譲ります。二番目は私達が」

「ちょ、何の話かな!?」

「二番手の方が長持ちする」

「初めてはお互い余裕がありませんから」

「だから、何の話かな!?」

 

 そんな恋愛感情的なものは持っていないかな!

 そんな話をしているからか、オボロお父様が少し剣呑な雰囲気を醸し出している。

 

「クオン……それに、もしその男が恋仲でないと確認しても、俺を使う条件はわかっているな。約束は――」

「あ、そうだお父様! 二人はどこにいるの!?」

 

 その話を遮るようにして、言葉を発する。

 いつもお父様につき従っているドリィとグラァも呼んである筈だが姿が見えないので、選ぶ話題としては良い筈だ。

 

「む……あの二人はベナウィからの別件で来ない。それに、救出するのが一人程度ならば、俺だけで十分だ」

「そう。じゃあ、この四人で潜入するかな」

「術」

「私達の術は宮廷内からしか使えません。そこまでは前使った道で行くのですか?」

「うん。カルラおかあ――お姉さまに許可は貰ってる。変わらず整備しているみたいだし、発見された跡もないみたい。私達がいた宿から行くのが確実かな」

 

 まずはヤマトの帝都内まで行くこと。帝都内に入ってしまいさえすれば、これが使える。

 そう考えながら、懐に仕舞った金印に触れた。ハクから預かっているものだ。

 まさかこれを使う日がこんなにも早く来るなんて思わなかったかな――でも、これのおかげで助ける確率が上がるのも確かだ。

 

 ――必ず助けに行くから待っててね、ハク。

 




囚われのヒロインであるハクを助けに行くクオン。
王道ですね。

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