【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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 十五話めにしてついにクオン登場です。
 この話を書いていると、やっぱり原作のアンジュVSトゥスクル皇女は名シーンなんだなあと思う次第で。
 この二次創作では原作の魅力を伝えきれないなあと苦悩した回です。


第十五話 奪い合うもの

 オシュトルによるネコネと自分の婚姻を結ぶことで自分を権力者に押し上げる策は、アンジュの機嫌が悪くなったことにより延期された。

 

 そのため、実質的には自分は権力者とはなれなかったのだが、儀を執り行おうとしたことで、兵達の間で自分が半ば神格化というか、オシュトルから信頼されていることはわかったようだ。

 

 ――まあ、幼女趣味だの、勇者だの、少し揶揄い混じりの言葉も聞こえてくるが。

 

 なので、急いで儀を執り行うこともないとして、儀はライコウとの交渉以後に行うことに決まった。この点については、皇女さんにも何とか納得してもらえたらしい。

 

 しかし重要なのは、ネコネとの婚姻を結ぶということは実質的には決まっているということだ。これを覆すことができるのは、オシュトルの気が変わるか、ネコネの気が変わるかしかない。

 なので、この二人の気を変えられるであろうキウルを呼び出すことに決めた。

 

「何ですか、ハクさん」

「……ちょっと口調が冷たいぞ、キウル」

「だって、ハクさんはネコネさんを……」

 

 むーと、口を尖らせて抗議するキウル。

 やめろよ。女に一瞬見間違えるほど美少年だから可愛いと思っちまうだろ。

 

「まあ聞け、キウル。ネコネと婚姻を結ぶのは、策としては非常に効果的だ。オシュトル的にはな」

「……それは、わかってますが」

「だが、自分は納得してない」

「……え? ハクさんも納得してのことじゃないんですか?」

「いや、半ば無理やりだな。嵌められたというべきか……まあ、とにかく、自分は権力者なんざなりたくないし、キウルにも悪いと思っていた。それに、ネコネとの婚姻も将来バツイチ確定になってしまう手前、悪いと思っている。だからキウル。お前――ネコネに告白しろ」

「え、ええ――ッ!?」

 

 キウルは、腕をあわあわと振り回し、誰が見ても動揺しているような様子だった。

 取られた盗られたという割には、こいつ悠長なんだよな。まあ、ネコネみたいな幼女が誰かに取られるとは思ってなかったんだろうが。

 

「し、しかし、ネコネさんは私なんかに」

「いいか、キウル。ネコネをバツイチから救ってやれるのは、お前だけなんだ。まあ、バツイチになった後にプロポーズするというなら構わんが……とにかく、皇女さんもオシュトルの説得に陥落しちまったし、今自分とネコネの婚姻を破棄させることが出来るとしたら、お前だけだ」

「え、えぇ?」

「お前だけが頼りなんだ。お前の告白で、ネコネを心変わりさせるんだ」

「う、ううあ、え……」

 

 キウルはパニックに陥ったのか、パクパクと開閉する口からは意味のある言葉は出てこない。

 そんなキウルの様子に構わず約束を取り付けた。

 

「いいか、キウル。自分がキウルとネコネが一緒に行動できる日を設定するからな。その日に告白する文言を考えておくんだぞ」

「は、はい……」

 

 ヤクトワルト的にはシノノンとキウルがくっついてほしいと思っているようだが。

 自分はどちらでもいいが、とりあえずネコネの幸せを思えば、自分なんかよりはしっかりとネコネを想ってくれている存在に気付くほうがいいはずだ。婚姻を結んじまうと、その期間何だかんだネコネは義理堅いだろうし、他の者と恋愛関係には発展しなくなるだろう。

 

「わ、わかりました。ハクさんがそう言うのなら……」

「よく言った。頼むぜキウル」

 

 キウルを裏切ってしまうような出来事だったが、これをきっかけにキウルの覚悟を決められたのなら、悪くない結果になったかもしれないな。

 

 とりあえず日時を決めて、さあいざ決行の準備をと思っていたら、オシュトルから緊急の招集があった。

 キウルとともに、謁見の間へと急ぐ。

 

 そこには――。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トゥスクル皇女来訪。

 その隣には、かつてトゥスクルで戦ったあのクロウという男。そして、ベナウィという男がいた。どちらの男も歴戦の風格を漂わせており、皇女が本物であることを窺わせた。

 

「来たか、ハク」

「あ、ああ」

 

 言われるがまま、オシュトルの隣へと腰を下ろす。

 目の前のトゥスクル皇女は威厳に満ちており、これからの話が並大抵でないことがわかる。

 しかし、トゥスクル皇女は、自分の顔にある仮面を見て酷く動揺したようだ。頭巾によって顔が見えなくとも、びくりと体が震えていた。

 

「其方……なぜ仮面をつけておる」

「……?」

「答えよ」

「……つけたら、外せなくなっただけだ」

 

 嘘は言ってないよな。

 有無を言わさない凄みに思わず答えてしまったが、なぜそんなことを気にするのか。初対面の筈なんだが。

 

 皇女は何かしら心当たりがあるのか思考に耽り始めた。

 しかし、話が進まないと見て、隣のベナウィが諫めた。

 

「女皇。此度の御用向きを」

「あ、ああ。そうだなベナウィ。用向きとは他でもない。其方らへの支援を申し出たい」

「なんと……クオン殿より様々な支援をいただいてきましが、此度はトゥスクル国直々の支援とは」

「うむ……クオンからの要望でな。我が友らを窮地より救ってほしいと」

 

 窮地。

 まあ、クジュウリの支援を取りつけられたといっても、まだまだ苦しい状況には違いない。砦の補強など、外へ打って出るための用意はいくら人手があっても足りないほどだ。

 しかし、ここで簡単にトゥスクルの支援を受け取ってもよいものなのか。今までは、あくまでクオンという個人からの支援だった。しかし、大々的に国として支援するということは、不利益を生み出さないだろうか。

 例えば、トゥスクルが一度はヤマトが攻めた敵国だということだ。友好を結んだと言えば聞こえはいいが、それが信じられなければ敵国側に寝返るということに他ならないか。

 支援を受けるとしても、あくまで秘密裏にしなければならないだろう。

 

「まずは、其方らへの友好の証として、捕虜をお返ししよう」

「捕虜? まさか……」

 

 顔を隠した護衛に連れられて、一人の女性が歩いてくる。

 

「お久しぶりです、姫殿下」

「な、なんと……ムネチカではないか!」

 

 そこにいたのは、あのムネチカだった。

 思わず駆け寄り、抱擁を交わす皇女さんとムネチカ。

 

「ムネチカっ!! 無事であったなら、なぜもっと早く知らせなかった!」

「姫殿下……虜囚の身なれば、お伝えできず申し訳ありませぬ。またお会いできて光栄にございます」

 

 皆が思い思いの歓迎の言葉を投げかけ、ムネチカは顔を綻ばせた。オシュトルもまた心強い味方の参戦に、喜色を隠そうともしなかった。

 

「……ムネチカ殿、息災であった。御身は無事であるか」

「オシュトル殿。心配なさらずとも、小生は無事である。それどころか、捕虜の身でありながらも、生活に不備を感じたことはありませぬ」

「そりゃよかった。しかし、よく無事だったな。あの時、殿を務めたのを最後に消息がわからなかったから心配していたぞ」

「うむ、ハク殿もよくぞご無事で。小生によくしてくださった御仁から、今までの経緯は聞いている。ハク殿に、謝罪と感謝を」

 

 かつてトゥスクル遠征の際、殿を務め出てそのまま行方知れずであった彼女が、ついにヤマトへと戻ったのだ。やはり捕虜となっていたか。しかし、ムネチカに憔悴した様子はない。捕虜として拷問などの行為は受けていないことがよくわかる。つまり、トゥスクルの国としての度量も示してきたわけだ。

 既にムネチカ以外の捕虜たちも連れてきているという。ヤマトの精強な兵の帰参に場が盛り上がった。

 

「ともかく、よくぞ戻ってきてくれたのじゃ、ムネチカ」

「しかしながら、先の戦にて力及ばず虜囚となり、賜りました仮面を失いました。この咎、謹んでお受けする所存です」

「よい、ムネチカ。其方は余の傍におるだけで良い」

「……は、このムネチカ、八柱将の名にかけて……聖上を御守りいたします」

 

 まあ、仮面は流石に返さないか。

 それを追求して機嫌を損なわせるのもあれだし、言いはしないが。

 

「トゥスクル皇女に感謝をせねばな!」

「ムネチカ殿のこと、改めて御礼申し上げる。トゥスクル皇女」

「構わぬ。其方らの国との友好を深めるためだ」

 

 しかし、向こうの皇女さんは、随分気前がいいというか。ここまで気前がいいと、裏を疑いたくなる。

 例えば――ヤマトを二分させて疲弊させた後、トゥスクルがヤマトを攻め滅ぼす、とかな。

 

 オシュトルもその考えに至っているのだろう。だからこそ、即答を良しとしないでいる。

 

「しかし、ここまでしていただけるとなると、我が国に対する要求というのは莫大なものと思われますが」

「いや、要求はない。クオンが世話になった礼だと思ってくれればよい」

「ほお……」

 

 クオンはトゥスクル国に対してそこまでの影響力があるのか。

 国にこれだけの譲歩をさせるとは、どこかのお嬢様というのは本当だったんだな。

 

「しかし、これだけの支援。敵や周辺国より内情を疑われるも同然であります。ヤマトとしてもかつて侵攻した敵国に支援を受ければ、逆賊の謗りを受けることとなります」

「わかっている。秘密裏に支援すれば良いというのだろう。それで構わぬ」

 

 支援に関しては、既にクジュウリがいる。

 そのため、支援が必要ないと言いたいところだが、二国の国力を賄うためには、支援の量はあってしかるべしである。それに、ムネチカを帰還させる手前、断ることもできない。秘密裏であれば、構わない。そういう判断なんだろう。

 

 しかし、面白くないのはクジュウリ勢だ。

 自分たちの支援では足りないのかという不満と、これまで貢献してきたクジュウリの立場が弱くなるのでは、という危機感だ。

 ちらちらとシスの表情を見れば、案の定納得していない様子だった。

 

 しかし、オシュトルとトゥスクル皇女の間ではこれからの必要物資の話に発展し始めている。

 さて、どうしたものか。

 

 そう思っていると、トゥスクル皇女は思わずといった調子で疑問を投げかけてきた。

 

「一つ疑問がある。その席に、オシュトル殿、その妹君ネコネ殿、そこまではわかる。その男は何者であるか」

 

 自分のことか。

 確かに、聖上の前に並ぶ面々としてはなんでいるのかと思うだろうな。この国の皇イラワジですら、壁際にいるってのに。

 

「彼はハクという男で、某の身内でございまする」

「身内? どういう……ことだ?」

「? 先日、ハクは某の妹であるネコネの許嫁となりました。そのため、この末席に置かせていただいております」

 

 儀はまだやっておらぬぞー、と皇女さんが付け加えるも、トゥスクル皇女は驚愕に震え、周囲もその変化に気付いた。

 それまで和やかにこれからの支援物資について話をしていたトゥスクル皇女が、突然どす黒いオーラを醸し出したのだから。

 

「そこの者」

「は、はいですっ、わたし……です?」

「そなたは、婚姻に納得しているのか」

「え、えと、は、はいなのです」

「……そうか。オシュトル殿、我らから、忘れていた条件を一つ加えたい」

「ふむ? して、それは?」

「そこにいる者を、クオンの配下としてトゥスクルに連れていく」

「……自分のことか?」

「な……だ、ダメなのじゃ! ハクは余の忠臣! それをトゥスクルなどに渡すものか!!」

 

 おいおい、皇女さん。言葉は嬉しいが、お相手さんの機嫌を取らなくていいのか。

 めっちゃ怖いオーラ出しているぞ。

 

「オシュトル殿も、そう思われるのか」

「……他の者ではなりませぬか。ハクは作戦参謀としても、我が身内としてもなくてはならぬ存在。この戦乱を勝利に導くのはハクであると確信しております。どうか、ご再考をお願いいたす」

「つまり、呑めぬと」

「そうなります」

「……では、支援の話はナシだ」

 

 そう言って、退室しようとしたトゥスクル皇女を、オシュトルは慌てて引き止めた。

 支援の話が御破算になれば、ムネチカの身もまた虜囚へと戻るからだ。オシュトルとしては、はいそうですかと帰すわけにはいかないだろう。

 

「お待ちいただきたい。どうしても、ハクでなければならぬと?」

「ああ。譲れぬ」

「理由をお聞かせ願いたい」

「我が国では、其方らヤマトへ疑いを持っているものも多い。我はトゥスクルの皇女。民を担うものにしてトゥスクルそのものである。故に我はトゥスクルに振りかかる災いの芽を摘まねばならぬ。その為にならば、どのような手段も講じよう」

「それが、此度の支援と、ハクの身柄引き渡しということでありますか」

「ああ、そうだ。ヤマトに宣戦布告せよと申すものも多い。しかし、我とて悪戯に民を苦しめたいとは思わぬ。だからこそ、我は其方らが我らに仇なすものか、それを見極めにきた」

 

 ああなるほど、災いの芽とはつまり――

 

「……ヤマトが再びトゥスクルへ侵攻すると思っているのか」

「その通りである」

「な、待つのじゃ、ヤマトはもうトゥスクルに攻め入るような真似はせぬ!」

「某からもそう誓おう。其方らとは永遠の友好を築きたい」

「汝等は一度我が地を侵したのだから、そう考えていない者を納得させるには足りぬ。ヤマトが力を取り戻せば、再び我がトゥスクルに侵攻してくるであろう。特に、今帝都にいる勢力は確実にそれを狙う。であればこその其方らへの支援、そして其方らが絶対に裏切らぬ人質を見つけるために我は来たのだ」

 

 一体何で判断したのかはわからないが、とりあえず人質がなければ信用ならないと思われてしまったのか。その人質になぜ自分が選ばれるかはわからんが。

 しかし、確かに次にヤマトを支配する者にとって、一度失敗したというトゥスクル討伐は、支配者としての威信を示す格好の機会だ。しかも兄貴が半ば強引に求めた地。何かあるのではと考える者は多いだろう。特にライコウならば。

 

 オシュトルは少し悩む素振りを見せた後、こう提言した。

 

「……では、ハクをかけ決闘するのはいかがか」

「何……?」

「某らが負ければ、ハクをそちらの好きにしていただき、こちらへの支援の条件を呑んでいただきます」

「其方らが勝てば?」

「ハクは渡しませぬし、同じくこちらへの支援の条件を呑んでいただきます」

「ふむ……」

「無理を言っているのは承知しております。であれば、そちらが戦う相手を指定していただいても構いませぬ」

「ほう、我がトゥスクルの精鋭に勝てるつもりか」

「無論」

「ふ、後になって条件を付け足した我にも思うところはある。それならば面白い。受けてたとう」

 

 なんか勝手に話が進んでいるんだけども。

 

「異論はないな、ベナウィ、クロウ」

「御心のままに」

「この件に関しては姫さんが一任されているんだから、否やはないですぜ」

「ベナウィ、クロウ、誰と闘りたい?」

「では……私は彼と」

 

 そう言って、ベナウィはオシュトルへと目を向けた。

 

「どうですか? オシュトル殿」

「構いませぬ」

「ちょちょちょ、大将。そりゃないですぜ。俺も奴と戦いたいってのに」

「クロウ、あなたでは彼と勝負になりません。私がやります」

「へいへい……わかりやしたよ。なら、そこの旦那にしよう」

「俺かい?」

 

 ヤクトワルトを指さすクロウ。指名されたヤクトワルトは嬉しそうに顎を撫でた。

 

「あっちで見たときから、サシでやりたいと思っていたんでね……陽炎のヤクトワルト」

「ほォ、俺の名を知ってくれているとは、光栄じゃない。勿論受けて立つぜ」

「はあ~……あ~あ、残念やぇ」

 

 一連の流れを見て、アトゥイは誰かと戦えると思ったのだろう。酷く落胆していた。

 

「ではオシュトル殿、場は……」

「女皇、多数の者に顔を見られるわけにはいきません」

「……そうであったな、ではここで行うとしよう」

「承知いたした。では、ここで執り行うとしましょう」

 

 ばたばたと慌ただしく戦闘の準備が整えられていく。自分は部屋の隅にネコネと共に避難し、その光景をじっと見ていた。

 

「……なんか、自分が置いていかれているような気がするのは気のせいか?」

「……気のせいではないのです」

「だよな……なんでまた自分なんかを欲しがるかね……」

「人気」

「安心してください。どちらに行くとしても、私たちは主様についていきます」

 

 双子はぎゅっと両側からくっついてくる。

 すると、トゥスクル皇女がぐりんとこちらに顔を向けて反応し、明確な殺気の視線を向けてきた。

 

「な、なあ、なんか睨んでる気がするのは気のせいか?」

「……気のせいではないのです」

「嫉妬」

「女皇という立場ですから、男日照りが続いて、きっと機嫌が悪いのでは?」

 

 ぐいぐいと体を押し付け、トゥスクル皇女に流し眼を向ける双子。

 

「――てやる、かな」

 

 トゥスクル皇女は、何やら歯ぎしりしながら不穏な呟きをしていたが、気のせいだと思うことにしたのだった。

 

「では、始めますが……トゥスクル皇女。そちらは……」

「クロウ、任せたぞ」

「うぃッス! 任せてくだせえ!」

「なら、こっちは俺が行くじゃない」

 

 互いに前に出るクロウとヤクトワルト。

 トゥスクル遠征の際に見た、あの馬鹿でかい剣を携えたクロウに、細身の長刀を構えるヤクトワルト。

 明らかに剛の者。しかも、あの時は本気を出していないようにも見えた。

 しかしとて、ヤクトワルトも負けてはいない。あの時も対等に渡り合えていたのはヤクトワルトだけだ。

 

 しかし、いざ始まった勝負は、予想に反してヤクトワルトの防戦一方だった。ヤクトワルトとしても鋭い一撃を何度か返すが、尽くを受けるかさらに返される。やがてヤクトワルトの表情にも焦りが見え始めた。

 

「ちぇぁッ!!」

「でやァっ!!」

 

 豪快な一撃の応酬。

 既に金属音は刀と刀とは思えぬ重い響きを持っており、打ちあわされる度に二人の体は少し後退する。

 しかし、二人の刀がお互いの首元へと吸い込まれるようにして交差し、寸でのところでクロウの剣が到達するのが速かった。

 ヤクトワルトの剣も遅れて首に届くが、先に届いたことをわかっていたのだろう。潔く刀を引いた。

 

「やるじゃない……」

「悪いね。少し型は違うみたいだが、源流はエヴェンクルガの流派だろ? こちとら、その流派とは嫌っつうほど手合せしているんでね」

「そうかい……見様見真似なんだが、俺の剣がエヴェンクルガの剣に見えたのなら誇らしいじゃない」

 

 ヤクトワルトはふっと笑うと、刀を仕舞う。

 お互いに肩を叩き合い、友好を示した。

 

「今度は、命の奪り合いをしたいねぇ」

「おうよ、死合いならいつでも歓迎だぜ」

 

 にかりと笑う男に嘘はなく、まさに戦い続ける男の姿だった。

 ヤクトワルトも己の負けを納得したのか、すまねえ旦那と、自分に聞こえるよう呟きながら元の場所へと戻った。

 クロウも元の場所へと戻るかと思えば、なにかもめ事が起きているようだ。

 

「……クロウ様? 姫から安請け合いは禁止されていたのでは?」

「え、そ、そりゃあ……そうなんだが……秘密にしといてくれや」

「いいえ。きちんと報告させていただきますね。あなたも妻帯者なのですから、少しはご自愛くださいませ」

 

 顔を隠した女性が和やかな口調でそう話すと、みるみる内にクロウは背を縮こまらせて退散した。

 しかし、一転して、トゥスクル皇女はクロウを褒め称える。

 

「よくやったクロウ。次はベナウィ、其方が勝てば終わりだ」

「御意」

 

 身の丈以上の槍を構えたベナウィが、前に進み出る。

 ムネチカは彼と一度戦ったこともあるらしく、オシュトルに何事か耳打ちしていた。

 

 ――彼は力ある者との戦いを知っております。

 ――了解した。

 

 双子の読唇術なのか呪術なのかは知らないが、耳打ちの内容を伝えてくれる。

 それだけで何を了解したっていうんだ、オシュトルは。

 

 オシュトルは既に傷は完治しており、万全の調子だとこの前の紅白試合では言っていた。

 自分としても仮面の力で強化されている――秘密にしているが――のにも関わらず、オシュトルとの武力の差は開くばかりだ。

 つまり、ヤマト一、二を争う戦士であるオシュトルならば、あのベナウィという男にも勝てるだろう。しかし、ムネチカが忠告するほどの存在だ。それに、クオンも確かその名を口にしていた覚えがある。皇女の側で常に動じない姿を見ても、トゥスクルで一、二を争う戦士であることがわかる。

 

 つまり、この勝負こそ二国の頂上決戦なのだ。

 

 ベナウィは槍を静かに構え、オシュトルは鞘から刀を抜きさり、その鞘を足元に置いた。

 鞘という僅かな重みすら手放さなければならない相手なのか。

 

「では、始めまする」

「よろしくお願いします」

 

 互いにじりじりと間合いを詰めるが、槍である分ベナウィの方が間合いは広い。先手を取られるのは確実だろう。それに、刀で槍に勝つには三倍の技量がいるとかなんとか聞いたこともある。状況はオシュトルの不利かと思われた。

 しかし、槍の間合いに入っても、ベナウィは未だ動かない。

 

「……」

 

 オシュトルがじりじりと更に進む。しかし、未だ動く気配はない。

 既に槍の死地の中、オシュトルは何かを感じて、それまで進めていた足をぴたりと止めた。

 

「これ以上は、進めぬな」

「……」

 

 僅かに剣が届かぬ距離。しかし、槍は届く。なぜ膠着状態なのか。

 

「ハク殿」

「あ、ああ、ムネチカか」

「姫殿下とオシュトル殿を御救い下さったとか。感謝してもしきれませぬ」

「いや、今それはいいんだ。それよりも、なんであんなことになってるんだ?」

 

 オシュトルとベナウィの二人に向かって指を差すと、ムネチカが解説してくれた。

 

「む……ベナウィ殿は、オシュトル殿に槍を避けられると思っているのでしょう。そしてそれは正しく、一撃を避けて懐に入れる距離。つまり、あの状態はベナウィ殿にとっても死地となりうる間合い」

「……だからこそ、もっと深く、確実に当てられる距離まで近づいてもらおうとしていたってことか」

「その通り。オシュトル殿にとっても、先手を取れる距離はもう少し先にありますが、これ以上踏み込めば避けられぬと考えてのことでしょう」

「なるほどな……ってことは」

「暫くは、あの状態かと」

 

 達人同士だと、ああいった睨み合いだけで試合が終わることもあると聞いていたが、本当なんだなあ。

 

「そ、それで、兄さまは勝てるのですか?」

「それは、わかりませぬ。彼もまた修羅故に」

 

 隣のネコネが殊更不安そうになる。聞かせていい話ではなかったな。

 兄さまが危険になると飛び出す癖は治ってないんだ。また今回も飛び出さないか心配だな。

 

 皆が膠着状態を一喜一憂で眺めていた時、オシュトルが先に動いた。

 動いたといっても、前にではない。超高速で、後ろに下がったのだ。

 

「――っ」

 

 ベナウィは、引き摺られるようにして槍を放つ。動きに釣られたのだろう。

 その槍を、オシュトルは渾身の力でもって横殴りし、槍を弾く。反転、そのまま空を――天井を駆けるが如く飛び、オシュトルは大地を上にして刀を振り下ろす。

 

「は――ッ!!」

「っ――!」

 

 間一髪のところで、槍の持ち手で防がれる。

 さらに反転、オシュトルは追撃をしかけるかに見えたが、再び何か障壁があるかのように踏み込まなかった。

 

「……誘いにも乗りませんか。恐ろしい方ですね」

「驚きである。ミカヅチ以外にこれほどまでの武人がいたとは……」

 

 お互いに称えあう漢達。

 ちなみに、今の戦闘は自分には全く見えなかったので、ムネチカに解説してもらった。

 

 再び接敵するかと思えば、しかし、構えを解いたのはベナウィ。その表情には薄い笑みを浮かべていた。

 

「……私の負けにしましょう」

「ふむ……? まだ勝負はついておりませぬが」

「構いません。私の負けです」

 

 ベナウィが槍を仕舞うと、元の場所へと戻る。

 オシュトルもその様子を見てから鞘を拾い、刀を収めた。

 

「……大将がすんなり負けを認めるとは意外でしたね」

「……彼とは馬に乗った十全以上の力で戦わねば勝つのは難しいと判断しました。あれ以上やればお互いただでは済まなかったでしょう。それに、元々私は彼をトゥスクルに呼ぶことに賛成はしていませんので。後の選択は、女皇に託します」

 

 双子から伝えられる内容に、流石オシュトルと思うのと同時に、トゥスクルの底知れなさを感じる。使者が帝都に来たときも思ったが、トゥスクルって修羅の国なのかな。

 

「ふむ、一勝一敗、決着はどうなされるおつもりか。このままもう一勝負してもよろしいが」

「ならば、我は其方らの皇女と闘おう。その勝敗を以って決着とする」

「な、余……余と闘うというのか?」

 

 何と、トゥスクル皇女はアンジュを指名した。

 そりゃいくらなんでも……。

 心配だとばかりに止めようとするオシュトルを、アンジュは手で制した。

 

「わかったのじゃ! ハクとムネチカをかけた勝負、余がやらずに誰がやる! 受けて立とうではないか!」

「二言はないな」

 

 おいおいおい、まじでやるつもりか。

 止めるべきか悩んでいる内に、二人の皇女は立ちあがり、ずんずんと互いの距離を縮めていく。

 

「任せよ。我が勝てぬ試合ではない。戯れれば終わる話よ」

「な、なんじゃとぉ!?」

 

 おいおい、心理戦からやられてどうするんだ。

 挑発にひっかかりすぎだ。このままじゃ負けちまうぞ。

 

 トゥスクル行きとかマジ勘弁と、普段しない応援を皇女さんに向けて送る。

 

「あとは皇女さんが勝てるかどうかだ。頼むぜ!」

「うむ、任せよ!」

 

 一転して、元気よく返事をする皇女さんに、明らかにむっとするトゥスクル皇女。

 

 皇女さんは、あの兄貴がヤマトの帝後継者として指名した存在だ。普段の力自慢を見ても弱いわけはない。

 相手にもよるが、そこらの箱入り姫なら負ける要素はない筈だ。いくら相手がトゥスクルの皇女としても、天子には勝てない筈。

 

「……まずは、一発。其方に殴らせてもよい」

「な、なんじゃと……?」

「力の違いを思い知らせてやろう」

 

 ぶらりと腕から力を抜き、ほらほらと挑発するトゥスクル皇女。

 皇女さんは煽られて顔面が真っ赤だった。

 

「言いおったな……後悔するでないぞ」

「はようせい」

「な……っ、殴ると言ったら殴るからな! いいのだな!」

「口だけであれば、何とでも言える。はようせい」

 

 腕力にしても他の種とは比較にもならない力を持っている筈。それを受けきるなんてできるのか。しかし、向こうの陣営の様子を見ても、落ち着き払った様子で、止めようとすらしない。

 あの皇女はそれほどのものなのか。

 

「いくぞ……這いつくばってから後悔しても、遅いのじゃぞッ!」

 

 大きく振りかぶり、そのまま渾身の右ストレート。

 全く避ける素振りも見せないトゥスクル皇女の頬に、金属音のような音を響かせながらアンジュの拳がめり込んでいる。しかし、トゥスクル皇女は何事もなかったかのように、体勢を戻した。

 

「ふむ……何かしたか」

「ひっ……な、なぜ……」

「これでは戯れにもならぬ。この程度の力では、我ら自身がヤマトを攻め滅ぼし、後願の憂いを断った方が良かったかもしれぬ」

「な、なんじゃと!」

 

 おいおい。

 あんなまともに食らってんのに、少しのダメージもないとか嘘だろ。今のパンチ、自分なら体が吹っ飛んでいるくらいの力だぞ。

 横にいるムネチカも、驚愕に眼を見開いていた。帝都ではムネチカによって鍛えられていた筈だ。つまり、ムネチカもまた皇女さんの力を認めている。それゆえの驚愕だ。

 

「其方だけが特別だと思ったか。余は大神ウィツァルネミテアの天子なるぞ」

「な、なに……?」

 

 ドン、と響いた轟音とともに、皇女さんの体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 恐ろしい威力の打撃だった。ふらふらと立ち上がる皇女さんに、オシュトルが駆け寄った。

 

「聖上!」

「な、ならぬ! 皆の者……手出し無用じゃ! これは、余の戦! 誰にも邪魔させぬ!」

「了解。オシュトルも手だしはするなよ」

「む……いや……し、しかし」

「聖上の言葉だぞ」

「……うむ」

 

 というか、間に入った瞬間死ぬから入りたくても入れないんだけども。

 しかし、大神ウィツァルネミテアの天子とは。ちらりと双子に問うような視線を向けると、軽く頷かれ、それが真実であることがわかった。

 

 トゥスクルで崇拝されている神様の、子どもねえ……。

 まあ、同じ天子じゃないと、仮面の者さえタダでは済まないと言われている力を持つ皇女さんのパンチをまともに受けきるなんてありえんからな。

 

「ぐっ、がはっ」

「どうした、その程度か」

 

 前代未聞の皇女同士の殴り合い。

 誰も止める者はいない。なぜなら、皇女さん自身が決めたことを、周囲が覆すわけにはいかないからだ。止めるには、皇女さん自身が諦めて折れるか、明確なルール違反がなければできない。

 

「弱い、弱いな。クオンたっての頼みであるからこそ、こうして支援をしに来たというのに、これでは其方らが勝つ見込みは無いかもしれぬ」

「くっ……度重なる侮辱、もう我慢ならん! 私が相手だ!」

「姉上、いけません」

「しかしだな!」

「ノスリ」

「何だハク!」

「いつかは皇女さん自身が戦わなきゃいけない時が来る。その時のためにも、ここで折れるならその程度さ」

「む……し、しかし……!」

「皇女さんが自らの意思で耐えているなら、それを見届けるのも臣下の務めだぞ」

 

 ノスリをオウギに抑えさせながら、二人の勝負を見る。いや、勝負にすらなっていない。だが、皇女さんは倒れるたびに立ちあがった。

 

 立ち上がる限り、自分は皇女さんの邪魔もできなければ、諦めろと言うこともできない。皇女さんはまさに今、自分のために戦ってくれているのだから。

 

「……なぜ立ちあがる。ハクは其方にとってそれほど重要な存在ではなかろう。ムネチカ殿の方が、其方にとって大事な存在の筈だ。ハクを諦めればムネチカと我らからの支援が手に入る。何が気にいらぬ」

「……余は、奪われたのじゃ」

「なに……?」

「家族を……温もりを、全てを簒奪された気持ち、其方にはわからんじゃろう……。余は、それを取り戻すために、戦っているのじゃ……」

「それが血塗られた道であってもか。民は其方の我儘に振り回されているだけだ。民は自らの生活さえ護られれば上が誰であろうと構わぬ。何かを切り捨てねば、何かを手にいれることはできぬ」

 

 皇女さんの目が不安げに揺れる。

 その隙に、トゥスクル皇女の渾身の打撃が腹部に入り、皇女さんは壁を突き破りながら外へと放り出された。

 

「聖上!」

「だい、じょうぶじゃ……!」

 

 ふらふらと立ち上がる皇女さんに、トゥスクル皇女はつかつかと歩み寄る。

 

「其方は矛盾しておる。温もりを取り戻すと言いながら、今あるものは手放さぬという。其方にとってどちらが大事なのだ。今あるものに満足しているのであれば、この片田舎で大人しくしておればよいだろう」

「矛盾など、しておらぬ……余にとって、どちらも護るべきものなのじゃ」

「何……?」

「ハクは……皆はもう余の家族なのじゃ! 絶対に、誰にも奪われてなるものか! 余がヤマトを取り戻す。そして余が家族を、民を護るのじゃ! それだけの力を今示さねばならぬ! 余が、余こそが天子アンジュなるぞ!」

 

 激昂。

 震える膝を支え乍ら立ちあがる皇女さんなど、初めて見る。皇女さんは、どこか人任せになっているのではないかと危惧していたが、それは全くの杞憂だったのだ。己の罪深い責任を自覚し、それでも自らが護る側として君臨する覚悟があったのだ。

 

「姫殿下――いや、聖上……」

 

 ムネチカが涙を堪えるようにして目元を拭うが、しかし今のアンジュの姿を目に焼き付けようと視線を外さない。

 帝都に居た頃より成長していたんだなあ。皇女さん。

 

「ふむ……では示してもらおう。其方の力を。既に体力の限界を迎えた其方に、我を倒せるとは思えぬが――っ!?」

 

 その瞬間、天より何かが降ってきた。

 爆音と土煙をあげ深々と突き刺さったそれは、まるで巨大な鉄塊であるかのような一本の黒剣。

 

「これは、カルラ姉さまの――!?」

「天からの剣……これは、きっと余の為の父上が剣……これがあれば――っぐぅ、はあああっ!」

 

 アンジュは深々と刺さったそれを渾身の力で抜きさり、棒立ちのトゥスクル皇女へと突撃する。

 

「示してやるのじゃ、余の力を! 下がれ! 田舎者!」

「くっ!」

 

 トゥスクル皇女も両腕で防御するが、とても受けきれずに後方へ吹っ飛ばされた。

 向かいの壁をぶち破りもうもうと土煙が上がる中、ダメージを負いながらもトゥスクル皇女が現れる。

 

「っ、ごほっ、なぜその剣が――」

「でやあああああッ!」

 

 皇女さんは、トゥスクル皇女がまだ立ちあがることに驚きもせず、とどめを刺そうと再びトゥスクル皇女に飛び掛かろうとするのを見て、オシュトルに目配せし、思わず間に入った。

 

「双方そこまで!」

「そこまでだ。皇女さん」

「な、邪魔をするな、ハク! オシュトル!」

「もういい。これ以上やると取り返しがつかなくなる」

 

 トゥスクル皇女は動揺しながらも反撃の手段を持っていた。それに武器を手にした以上、これ以上やってどちらかに大怪我されちゃ困る。トゥスクルを敵国にまでしちまうのはまずい。

 

「悪いな、トゥスクル皇女さんよ。うちの皇女さんは我儘で、何でも欲しがるんだ。だが、そんな皇女さんに、皆ついてきたし、これからもついて行くつもりだ。だから、双方痛み分けってことで勘弁してくれ」

「……支援の件はどうするつもりだ。ムネチカ殿は返さなくとも良いのか」

「トゥスクルには元々観光に行きたいと思っていたし、人質として自分が暫く行ってやるさ。だが、戦乱が終わるまではここにいる。だから、担保として代わりにこれを預けておく」

「それは……」

 

 懐から、かつて兄貴に貰った小箱を取りだす。

 ずっと考えていたが、対価となるようなものはこれくらいしかない。いや、してみせる。

 

「帝の紋章が入った印さ。これがあれば、このヤマトのどこにでも行けるし、入れる。まあ、今は情勢が安定していないから使いどころは限られるが」

「……それでは足りぬな」

「ああ。だからムネチカの返還のみで結構。支援は金輪際なしで構わない」

「ほう……それで勝てるとお思いか」

「ああ、今はクジュウリとの同盟もあるし大丈夫だろう。それに、あんたらにとっちゃ、どっちが勝とうがこの印の効力は変わらない。これがあれば容易にヤマトを攻め滅ぼせるからな」

 

 実際、草にでもこれを持たせて情報収集すれば、たとえ帝の印を変えたとしても一定の効力はあるだろう。ウズールッシャの遺跡の衛士に見せたときは効果覿面だった。

 まあ、今は帝がお隠れになったと言われているが、最後の任務だなんだと言えばいいだけだ。前時代帝の影響力が凄すぎるからこそ、多くの兵は未だにこの印の効力を知っている。

 

「……ふん、それを以って、ヤマトの侵攻論を唱える者らを抑えられれば良いが」

「それでも納得しないってんなら、今度は自分が相手だ。トゥスクルが攻めてこようが何しようが全力で相手してやる」

「……っ、勝てるとでも?」

「ああ。皇女さんの覚悟を、見せてもらったからな。本当はのんべんだらりと隠遁生活をしたかったんだが、自分もそろそろ皇女さんのために働き者になるとするさ」

 

 そういって、ぽんと皇女さんの頭に手を置いた。

 

「クオンにもそう伝えてくれ――もう自分の働き口は決まった、ってな」

 

 覗きこむようにしてそう告げると、皇女は顔を逸らした。

 何だ、顔を見られたくないのか?

 

「っ、そうか……わかった。ならば、持ってきた物資は置いていくこととしよう。ここを壊した詫びだ。そして、その印を以って、ムネチカ殿ら捕虜の返還も認めよう」

「なんと……寛大なる処置、感謝致す。トゥスクル皇女」

「其方……案外、いい奴じゃな」

「っ……帰るぞ、ベナウィ、クロウ」

「はっ」

「ウィッス」

 

 帰り際、トゥスクルの漢二人による視線が自分の目を射抜いた。

 面白そうなものを見る目。二人はふっと薄く笑うと、トゥスクル皇女へとついて行った。

 

「……ハク」

「ん?」

 

 いつの間にか、皇女さんはこちらの袖を引っ張り、自分を前かがみにさせてきた。その表情は不安を堪えるかのようで、酷く不安定だった。

 

「其方は、余の傍にいてくれるのか」

「ああ」

「余が、もし……もし諦めてしまっても」

「そん時はそん時考えればいい。根無し草のお尋ね者でもついていくさ。だが、やると言ったからにはそう簡単に諦めるなよ。皇女さん一人でやる必要はないんだ。オシュトルとか、優秀な奴は山ほどいるんだからな」

「そうか……では約束なのじゃ」

 

 そう言って、皇女さんはおずおずと小指を差しだしてくる。

 ああ、指切りげんまんしろってか。

 

「おう、何の約束だ?」

「余の傍におれ、余の……か、家族として」

「……ふ、まあ、もう皇女さんの叔父ちゃん役を請け負っちまったからな。いいよ」

「そうか……ありがとうなのじゃ――ハク」

 

 小指を絡め、健気に咲く向日葵のような笑顔を見せる。

 それは、かつて見た記憶の中と同じ、自分の心を温かくさせてくれるものだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 エンナカムイ郊外で、二人の女性が話をしている。

 片方はギリヤギナ、片方はエヴェンクルガの種族で、どちらも高い戦闘力を有した戦士だった。

 

「いいのか、あの剣は……」

「飾られているだけよりも、使われてこそ剣の本懐。主様の剣……あの子なら、きっと使いこなしてくれますわ。それにあの子にも恋敵がいるほうが、その分燃え上がるというもの」

「そう、か。しかし、クオンも随分な男に惚れたものだ」

「ふふ……私たちが言えることではないけれど。主様も最初は記憶喪失で、弱弱しかったそうだから。男は皆、護るべきものを得て強くなっていく」

「……聖上は某の前ではいつも強かったが」

「ふふ、弱みを見せられることこそ信頼の証。どうやらあなたは主様の信頼を得ていなかったようね」

「なッ……そ、そんなことはない! そ、そういえば、風呂場などでは聖上の弱った姿を見た覚えが――」

「はいはい。とりあえず、すごすご帰ってくる傷心の妹を慰めてやらないといけませんわね」

 

 一方は楽しそうに、一方は納得いかない素振りを見せ乍ら、森へと消えていった。

 




 アンジュは今ハクに対して恋心というよりは、仲のいい家族。安心できる存在としてハクを見ているという状態。
 クオンは、自分がいない間に勝手に生きていけているハクを見て、自分の存在意義に揺らぎを感じて焦っている。それが恋心と周囲は気づいているけど自覚はないといった状態ですね。
 二人とも、これが大きく恋に傾くには、まだまだ何かが必要だと思うのですよ。その何かを書いているところなので、更新はまた暫くお待ちください。

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