【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~   作:しとしと

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シリアス回が二回続いたので、ギャグ回を入れたかった。


第十四話 婚約するもの

 オシュトルは迷っていた。

 あのクジュウリ締結以後、ライコウに対してこれといって先手を取れていないことに。草による情報収集合戦ではこちらが不利。特に、ハクへの奇襲を三度も許してしまっていることから、敵側の草の優秀さがよくわかる。このままではじりじりと大事な手足を捥がれかねない。

 先手を打てない原因は、ハクがヴライの仮面を外せなくなったことにより、オシュトルの影武者としての機能が失われたことである。二人のオシュトルという裏をかく策の消失はとてつもなく痛手であった。

 しかし、ヴライの仮面に頼らなければハクだけでなくオシュトルもまた危なかった。ハクがリスクを承知していながらも力を用いたことに関して、文句ないどころか賞賛すべきものである。

 

「だが、これより先ウコンとなることはもはやできぬ、か……」

 

 全く動かなければ、鎖の巫女による幻影の術でオシュトルの仮面に見えるよう変えられるそうだ。しかし、全く動かないという前提条件があるので利用できる場所は限定される。

 つまり、本陣にオシュトル扮したハクを置くことで、自らがウコンとして行動する作戦は使えなくなった。流石に全く動かないのは不自然すぎるからだ。

 ミカヅチには自分がウコンに扮していることは知られているので効果は薄くとも、その他の勢力には攪乱戦法として効果を期待できる。しかしそれができなくなった今、どうするのがよいのか。

 これから先も二人が交互に指揮権を譲渡する戦法を取るには、ハク自身が司令塔として機能する存在になるしかない。しかし、それが兵にどう伝わるのか。ただ某が信頼している者だと言っても、兵は着いて来ないだろう。

 普段ぐうたらな姿と、常に女性を侍らせている姿を皆に見せているハクのことだ。某の言葉だけでは、信頼されることはない。

 

「……キウル、ネコネを呼んでくれるか」

 

 側に控えていたキウルに告げると、キウルは返事と共にすぐさま行動に移った。

 

「許せ、ネコネ……」

 

 かねてよりの策を、今行うしかないだろう。

 王道を征く、とはかけ離れたものだ。某も、ハクに影響され始めている。

 

 しかし、別の意味では王道を征くかもしれぬな。素直になれぬ妹のため、背中を押すことは。何しろ、強敵はいくらでも周囲にいるからな。特に、クオン殿は自らが保護者としてハクの所有権を有している。それに、ルルティエ殿も秘めた思いを打ち明けたのか、ハクと急接近している。シス殿は某への接近は諦めたのか、今度はハクに対して甲斐甲斐しく世話を焼き始めている。エントゥア殿も、某にハクの好きなものなどを聞いてくる始末。

 クオン殿がおらず、シス殿によってルルティエ殿とハクの距離が離れている今こそ好機。だが、強力な後押しがなければネコネに春は来ないだろう。

 

「兄上、ネコネさんをお連れしました」

「ご苦労。キウルは調練に向かってくれ」

「了解です、兄上」

 

 これからする話は、キウルに聞かせられぬからな。

 横戸を開けて入ってきたネコネは、対面にある座に座り、こちらを見つめてくる。

 

「……どうしたのですか。兄さま」

「聞きたいことがあったのだ。ネコネは……ハクのことをどう思っている?」

「ど、どう……って、な、なぜそんなことを聞くです?」

 

 大事なことなのだ。と念を押し、何とかネコネから言葉を引き出す。

 

「……と、とりあえず、ぐうたらでダメダメな人なのです」

「しかし、ガウンジからネコネを守り通したのであろう。やるべき時はやる男だと某は思っている」

「そ、それはそうかもしれないですが……」

 

 嫌いではないのだろう。我が妹は某以外にはあまり心を許さぬ。それをあそこまでネコネの本音を引き出すことができるのだ。もしかすれば、某以上に。

 だから、強引乍ら本題に入ることとした。

 

「これから先、ハクに全権を委ねねばならぬ時がくると考えている」

「!? そ、それは――」

「ネコネが考えていることは杞憂だ。某は死ぬつもりはない。しかし、作戦行動の中で、某の全権を安心して任せられるのは、ハクだけなのだ」

「……でも、影武者となれない今、ハクさんについていく兵など誰もいないのです。兄さまに次ぐ権力か、武勇、功績を示さないと……」

「そうだ。しかし、功績に関しては、クジュウリとの同盟締結、帝都より聖上を救い出したこと。ヴライから某の命を救ったこと。他にも公開できぬもの、細かいものをあげれば多数の功績を挙げている」

「武勇に関してはどうなのです?」

「武勇に関しては既に示している。仮面の力を用いることができるのは大きい。それに、ネコネをガウンジから護った」

「そ、それを認めるのは甚だ不本意なのですが……権力については、どうするのです?」

「それも、示すことができる。このオシュトルの身内となることでな」

「……は?」

 

 ネコネは理解不能と言った表情をしたあと、思い至ったように声をあげた。

 

「あ、ああ! キウルのように義兄弟となる、ということです?」

「違う。それ以上だ」

 

 ネコネは何やら、悶々としはじめた。

 衆道やらなんやら不穏な単語がネコネの口から聞こえ始めたところで、言葉を発する。

 

「ハクには、このオシュトルの義弟となってもらう」

「で、ですから、キウルと同じなのでは……」

「全く違う。何故ならば――ネコネには、ハクの許嫁となってもらうからだ」

「――」

 

 その言葉の衝撃は、ネコネの表情を硬化させるに至るには十分のものであった。

 たっぷりと一分程固まったのち、ネコネの口が開いた。

 

「――うなあああああああっ!!?」

 

 ネコネの悲鳴が鼓膜の奥まで響き、部屋が震えた。

 ネコネの尻尾は逆立ち、かつてない警戒色を強めている。

 

「あ、あああああ兄さまっ!? ど、どどどどどういうことなのですか!?」

「政略結婚のようなことをさせる兄を軽蔑するだろうが、許してくれネコネ。もはや、こうする他ないのだ。あのライコウに後手で動くこと即ち悪手。何としてでも先に動けるようにせねばならぬ」

「そそ、それ、それは、わかっていますが……で、でも……ハクさんと……なんて、あ、ああああ、ありえないのです!」

「あくまで、形だけで構わぬ。戦争が終わったのち、許嫁を解消すればよい。しかし、この戦時中は、あくまでオシュトルの右腕として、オシュトルの身内にするだけの信用がある、という権力を与えねばならぬ」

 

 とりあえず、安心させるよう、そう言った。

 しかし、ネコネは真っ赤な顔をぶんぶんと振り、拒否を示した。

 

「あ、あんなぐうたらでダメダメで女たらしなひとと夫婦なんて――嘘でも、ご、ごめんなのです!! 夫婦になったとたん、ハクさんのことだからすぐ手を出してくるに決まってるです! 大切な妹が毒牙にかけられても、兄さまはそれでいいのですか!?」

「む……ハクは、あれだけ慕われている鎖の巫女にも、一定の距離を置く男だ。そのようなことはせぬと信頼している」

「わたしが信頼していないのです!!」

 

 とりあえず、今は何を言っても否定しかしないと考え話を打ち切った。

 

「とにかく、そこまでネコネが拒否するのであれば、この話は保留ということにしよう」

「当たり前なのです!」

「しかし、決心がついたら、いつでも言ってくれ。夫婦となれとは言っておらぬ。許嫁というだけだ」

「たとえそうだとしても……母さまもそんなの絶対認めないのです!」

「ふむ……では、某から母上に問うておこう。しかし、ネコネが駄目となると……ルルティエ殿に頼むこととするか、それともアトゥイ殿か」

「……もしかして、その二人にも、今のようなことを言うつもりですか?」

「ああ。ともかく、ハクは明確な血統を証明せねばならぬからな」

「……そ、そうなのですか」

 

 何か迷う表情。

 顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりと面白いが、とにかく一人で考えさせることが一番かもしれないと、声をかけた。

 

「今日の用件はそれだけだ、ネコネ。もうすぐ母上のところに顔を出す時間であろう。下がるといい」

「あ……はい、わかったのです。失礼……するのです」

 

 とぼとぼと、思い悩む表情のまま部屋を出ていくネコネを見て、笑みを浮かべる。

 

「脈はある、か。すまぬなクオン殿……ハクは、是非某の傍に置いておきたいのだ」

 

 エンナカムイにいないクオンを思い浮かべ、心の中で謝るオシュトルなのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「はあ? ネコネを自分の許嫁に、だと?」

 

 オシュトルから火急の用件だと言われて急いで執務室に来たところ、とんでもないことを言われた。

 ネコネの許嫁とか、脛がいくつあっても足りんぞ。それに、歳の差を考えろ歳の差を。

 

「オシュトル、お前……自分をとんでもないロリコンにするつもりか?」

「ろりこん、とは何だ」

「幼児愛者のことだよ」

「ふむ……しかし、ネコネぐらいの年頃から許嫁として認めることはある種当然でもある。それに我が父上と母上も歳の差婚であった。ハクの心配するようなことはないと思うが」

 

 確かに、この時代ならそれが当然みたいだが。しかし、自分もその対象に含まれるなんざ思ってもみなかった。

 

「自分が認めないと言っているんだ。というか、オシュトル、こんなやり方は正道でも何でもないぞ。邪道も邪道じゃないか」

「某もハクに影響され始めたのだな」

「いやいや、自分でもこんなこと考えないぞ!」

 

 政略結婚もいいところじゃないか。

 確かに、これから先オシュトルに一々判断を窺っていては手遅れになることも多々あるだろう。オシュトルと同じくらい案件を独自に判断できる権力者が必要だとも思っていた。しかし、やり方が強引すぎる。しかも、まさかその権力者が自分になるなんて嫌だぞ。表舞台に立ちたくないから影なんてやっているんだ。いくらオシュトルの頼みでも、それは聞けない。

 

「第一、ネコネは認めんだろうし、トリコリさんも何て言うか……」

「母上は相手がハクであるならば構わぬと言ってくださったが」

「トリコリさぁぁああん!!?」

 

 ――なに考えてんだ!

 驚きすぎて声が裏返ったわ!

 

「ハク、某が全幅の信頼を置いているという何よりの証明でもあるのだ」

「そ、そりゃ、わかってはいるが……キウルはどうなるんだ」

「ネコネとの婚姻を結ばずともキウルは某の義弟として、そしてエンナカムイ皇子としての権力を既に持っている。しかし、ライコウ相手に某の全権を委ねられるかとなると、キウルはまだ幼い」

「そ、そうか」

 

 キウルには聞かせられんな。

 まあ、確かに今の政務や軍事をいきなり任されてもキウルとしても困るか。だが、キウルの恋を応援していた手前、自分がネコネを寝取るようなことなんてできるわけがない。

 

「あくまで結婚(仮)だ。戦乱が終われば、破棄すればよい」

 

 それまで黙っていた双子が、こそっと耳打ちしてくる。

 

「心配ない」

「私たちは主様が誰と結婚しても、主様だけの肉奴隷ですから安心してください」

「それで何を安心しろと言うんだ」

 

 身の危険しか感じないぞ。

 

「ハク、必要なことなのだ。偽りで構わぬ」

「……わかったよ。ネコネが了承すれば、自分も認めてやるよ。だが、自分は説得しないぞ」

 

 ――ネコネが了承する訳ないからな。

 

「構わぬ。では、ネコネの了承を待つとしよう」

 

 そう、この時はこう思っていたんだ。あんだけ自分を嫌っているネコネのことだ。たとえ愛しき兄さまの頼みでも、自分と結婚(仮)なんてするわけがないと。

 

 そして翌日。

 

「ハクさんがいいというなら、いいのです」

「は?」

 

 執務室にて、オシュトルとネコネ、そして自分――姿を消してはいるが双子が側にいることは言うまでもない――が相対する中、婚約の話に関してそう呟いた。

 

「そうか。であれば、早速儀を執り行うと――」

「ちょちょちょ、ちょっと待て、ネコネ! オシュトル!」

「どうしたのです」

「何だ、ハク」

 

 二人は何を興奮しているのかという対応。

 

「何だ、どうしたじゃない。それでいいのか!?」

「無論、某から頼んだことであれば」

「ネコネは!?」

「本当は虫唾が走るほどに嫌ですが、兄さまたっての頼みなのです。それに襲ってきたら切り落としていいと言われたので、渋々了承したのです」

「どこを!?」

 

 おい、やっぱり身の危険しか感じないぞ。

 

「ふ、まあネコネも年頃の娘、間違いが起こらぬとは限らぬからな」

「間違いなんか起こるか! 自分はもっと凹凸がないと興奮しな――ぐっ!?」

 

 体が傾くほどの渾身の脛蹴りを受けて、それ以上言葉が続かない。

 

「凹凸ある」

「主様、私達では興奮しませんか?」

 

 双子がしな垂れかかってくるのを振り払いながら、ネコネにも抗議する。

 

「おいネコネ! いくらオシュトルの頼みでも、そうほいほい了承するもんじゃないだろ! こういうことは!」

「五月蠅いのです。ハクさんは私が納得すればいいと言ったのではないのですか?」

「ま、まあ、そうだが、しかしだな……キウルにも悪いし」

「キウル? なぜそこでキウルが出てくるのです?」

 

 心底不思議そうに首を傾けて疑問を向けるネコネを見て、キウルが気の毒になる。

 しかし、キウルの想いを知る自分としては――っていうかオシュトルも知っているだろ。よくこんなキウルを裏切るような真似できるな!

 その追求はネコネがいる手前できないので、とにかくネコネが断ってくれるよう誘導しようと言葉を尽くす。

 

「いや、それは……まあいい。しかし、ネコネ、お前自分の嫁として動けるのか? 許嫁が形だけとは言っても、疑われないように仲睦まじい姿を民や兵に見せなきゃなんないんだぞ」

「私の演技力を甘く見ないで欲しいのです。やれと言われれば……な、何だってやれるのです」

「自分に飯作ったり、一緒に寝たりすんだぞ?」

「そ、それぐらいできるのです!」

 

 厳密に言えばそんなことはないのだが、脅しを込めてそう言う。が、ネコネは頑なにできると言い張る。

 オシュトルはオシュトルでこちらをにやにやと眺めるだけで、助け舟を出す様子はない。

 

「オシュトル! 仮初とは言え、自分に甲斐甲斐しく奉仕するネコネなんか見たいか? 頼むから思い留まってくれって」

「ふむ。しかし相性は悪くないように見える。某もハクとネコネを信頼しているからこそ、このような提案をしている身。某からやめろとは言わぬよ」

「ぐ、ぐむむむむ」

 

 こうなるとオシュトルは何を言おうとも言葉を曲げない頑固さがある。ネコネも兄譲りに頑固だ。

 

「そんなに……嫌なのですか?」

「なに?」

「……そんなに、私と結婚するのが嫌なのですか。そんなに、嫌いですか」

「ネコネ?」

 

 下を向いて、ふるふると体を震わすネコネ。

 もしかして、泣いているのか?

 

「泣かした」

「主様、いじめるのはそれぐらいにした方がいいのでは?」

 

 双子が耳元で責めてくる。思わず言葉を返した。

 

「な、お前ら……いや、自分はネコネのためを思ってだな……」

 

 あとキウル。

 

「なら、尚更」

「ネコネ様の決心を支えるのがいいのではないでしょうか?」

「しかし、クオンが何て言うか……」

 

 ロリコン死すべしとして頭を尻尾で締め上げられる未来しか見えない。

 締めあげられるだけならいいが、今度は本当にヘチマ頭にされるか、砕け散ったりんごみたいになる可能性だってある。

 

「気にしなくていい」

「この場にいない人のことは後で考えてもよろしいのでは?」

「ぐ、むう」

 

 というかなんでこんなに双子は婚約に肯定的なんだ。

 

 ネコネの顔を覗きこもうとしても、ふいと顔を逸らされる。

 オシュトルは事の成り行きに身を任せるといったように無言であったが、少なからず非難の視線を向けているように思う。

 

 針の筵状態に耐えきれず、思わず漏らした。

 

「わかった。ネコネが納得するなら、それでいいさ」

「よく言った。では早速、明日儀を執り行うとしよう。ネコネ、母上に伝言を頼む」

「はいなのです」

 

 オシュトルの言葉に、すっと顔を上げるネコネ。

 泣いているのかと思ったら、目元が赤くなってすらいない。随分けろりとしたものだ。

 

「ちょ、ちょっと、ネコネさん?」

「なんなのです?」

「あの、泣いていらっしゃるのかと……」

「なぜ泣く必要があるです? 母さまから、男は女の涙に弱いと聞いたのでやってみただけなのです」

「な……な……」

「ふふ、どうやらハクさんには、嘘泣きでも効果覿面だったようなのです」

 

 してやったりという顔で、部屋を出ていくネコネ。

 後に残るは、茫然とした表情をする自分と、笑いを堪えきれないといったオシュトルの二人。

 

「……ネコネは、自分が知らない間に随分逞しくなったな」

「ふ、某もそう感じていたところだ」

「いいのか。あんまりいい方向に成長しているとは言えんぞ」

「母上も、我が父上を落とすために随分苦労されたとか。その教訓をネコネが生かしているだけであろう」

「騙された」

「私たちも騙されて傷ついちゃいました。主様慰めてください」

 

 いや、絶対お前らは気づいていただろ。

 あと、ネコネに倣って嘘泣きするな。もう騙されんぞ。

 

「さて忙しくなるぞ、ハク。明日に備えて服を取りに行くといい」

「服?」

「其方の晴れ姿だ。いつもの恰好とはいくまい。某の影武者となる時に、世話になった呉服屋があるだろう。そこに預けてある。ついでに、明日の夕刻に執り行うことを伝えてくれ」

「……全部、想定の内だったってことか」

 

 いくらなんでも用意が良すぎる。

 まるで、うまくいくという確信があったと言わんばかりだ。

 

「ふむ。まあ、もしネコネが拒否してもハクと見合いたいという者は他にもいる。前もって用意しておいただけだ」

「どうかな……ったく、オシュトル、こういうのは今回限りにしてくれよ」

「無論。そのつもりだ」

 

 つもりだけじゃ困るんだがな。

 はあ、クオンに何て説明すればいいのやら。

 あれだけ帰ってきてほしいと思っていたのが、今ではクオンが帰ることに戦々恐々し始めてしまうのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 式当日。

 

 列席した者達の顔は千差万別だった。

 笑顔で馬鹿騒ぎしているのはノスリやアトゥイ、ヤクトワルト、マロロなどお祭り大好き勢だ。

 しかし一転して怖い顔をしているのは、ルルティエとシスとエントゥアに、皇女さん、そしてキウルだ。

 全員には、あくまでも戦争時期の間だけの結婚(仮)であることを事前――事前と言っても本当に儀を執り行う直前――にきちんと説明しているのだが、全然納得してくれていない。今挙げた面子で皇女さん以外は、ぶつぶつと呪いの言葉を吐き続けている。幸せになれる自信がない。特にキウルの落ち込みようは激しく、シノノンの慰めを黙って享受していた。

 そんな列席者がする反応の落差に笑っているのはオウギだ。他人事だと思いやがって。

 

 いつもの面子で細々とした式ではあるが、婚約なのだからこの程度で良い。

 しかし、主賓であるじぶんとネコネは、礼装をしっかりと身につける必要があるらしい。備え付けの部屋へと入り、自分の身支度をウルゥルとサラァナが担当し、袴のような服の着付けをする。まあ、しかし双子の手際がよく、すぐさま終わりそうだ。

 そんな様子をオシュトルはにやにやと眺めていた。

 

「ネコネも着替えているのか?」

「ああ。ネコネには母上が付いているのでな。向かいの部屋にいる。終わったらこちらに来る筈だ」

「そうかい……しかし、あと半月ちょっともすれば交渉が控えているっていうのに、婚約だなんて呑気なもんだな」

「ライコウからの返事は未だない。しかし、ハクに言われた通りの準備と下調べは進めているのだから、安心するといい」

「……まあ、お前のことだから、その辺りは心配していないが」

 

 相変わらず優秀なことで。

 なんで自分なんかをこんなに手放したがらないのかわからんくらいだ。

 

 多分、ネコネとの婚約は、オシュトルが自分を逃がさないための策略の一つなんだろう。例えば、クオンが今もし帰ってきてトゥスクルに来てほしいと言えば、自分はクオンについていくとオシュトルは思っている。オシュトルは親友で恩も沢山あるが、クオンにも命の恩人と言う返しきれない恩があり、また自分の面倒を見続けてくれたこともある。確かにエンナカムイ情勢が自分無しでも安定すると判断すれば、自分はクオンを選ぶだろう。

 しかし、ネコネを通してオシュトルとの繋がりが深ければ、クオンに断りを入れる理由の一つになる。戦乱が終わるまではハクは自らに付き合ってくれるはず、そう思ってのことだろう。

 

 ――ネコネには迷惑をかけるなあ。

 

 そう溜息をついていたところだった。

 部屋の戸が開いた音と、衝立の先からトリコリさんの声。

 

「こちらは終わりましたよ」

「母上、こちらも終わったところです」

「では、お互いお披露目といきましょうか」

 

 皆に見せる前の、舞台裏での着付けチェックだ。

 衝立の先からまずトリコリさんが出てきて、それに導かれるように、純白の花嫁衣装に身を包んだネコネが現れた。

 

 和装でありながらふわりと柔らかな装飾、小さい体であっても女性として美しく見せることを計算した見事な仕立てに、一瞬息を呑んだ。

 その衣装に包まれたネコネは、おずおずと恥ずかしそうに感想を聞いてくる。

 

「……ど、どうなのです?」

「あ? あ、ああ……かわ」

「かわ?」

 

 トリコリさんが、自分の言葉に反応する。

 

 ――そういえば、トリコリさんとこの前一緒に料理していた時、相手が精一杯御洒落していたら綺麗だとほめるのがいいって言われたな。

 

「綺麗……だと思うよ」

「……っ」

 

 ネコネは、顔を見られないように、ぐっと下を向いた。

 覗きこむと、少し涙目で物凄く顔を赤くしていた。それに気づいて、ネコネから押しのけられる。

 

「み、見るななのです! 変態!」

「おいおい、仮にも婚約する相手に変態はないだろ」

 

 叩いてくるが、その威力はいつもより軽い。ばしばしじゃなくてぺしぺしくらいだ。

 しかし、まあ、馬子にも衣裳だけあって、あのじゃじゃ馬娘をずいぶんきれいに仕立て上げたもんだ。流石トリコリさんだな。

 その同意をオシュトルにも求めようとしてオシュトルに振り返る。

 

「ネコネのこんな晴れ姿が見れて、俺は、ぐっ……!」

 

 ――マジ泣きじゃねえか。しかも、ちょっとウコン出てるぞ。

 

「そうね……こんなに早くに娘の晴れ姿が……嬉しいわ」

 

 目が見えないトリコリさんも、娘の体に手を触れながら想像しているのだろう。

 

 しかし、トリコリさん? オシュトルさん? これは嘘の婚約なんじゃなかったっけ。なんでそんなに感動しているんだ。

 もしかして自分の自意識過剰だったのか。自分を繋ぎ止めるためとかじゃなくて、トリコリ家の自己満足か?

 

「じゃ、皆さんにもお披露目といきましょうか。オシュトル、あなたは早く涙を拭きなさいね」

「あ、ああ母上。取り乱してすまぬ……」

「……もう、兄さまは大げさなのですよ」

 

 オシュトルの声色だけで泣いていることがわかるトリコリさんはやっぱり母親なんだなあ。しかし、この家族オーラの中に入っていきづらい。というか入ると帰って来られなくなりそうだ。

 助けを求めるようにウルゥルサラァナを見ようとするが、既に異空間へと姿を消しており、我関せず状態だった。

 

「さて、皆さんにお披露目といきましょう」

 

 右からオシュトル、自分、ネコネ、トリコリさんの並びで、皇女さんのいる式場へと入る。

 横戸を開ける警邏の者は、ウコン時代の配下達だ。にやにやと自分の顔を見ている。自分を知らない人にしてほしかったな……。

 開け放たれた戸から中へと入り、主賓様に用意されている座布団へとネコネと二人で歩き、それぞれ座った。その後ろに、オシュトルとトリコリさんが控えた。

 

「では、聖上。二人に祝いの言葉をお願い致しまする」

 

 しかし皇女さんはぷるぷると体を震わせ始め、そしてついに堪忍袋の緒が切れたかのように激昂した。

 

「こ、こんなもの、み、認める訳がなかろう! 絶対に認めんのじゃぁあっ!」

 

 どがしゃーんと、目の前の会席料理である八寸をぶちまける。

 料理が舞うかと思えば、まだ台だけで食べ物は後から来るのだろう。料理が犠牲にならなかったことに安心する。流石に婚約の儀で食べる飯をルルティエに作ってくれとはオシュトルも言えなかった様子であるが、ルルティエとエントゥアが毒見が必要になってしまいますからと言って、死んだ目で作ってくれた料理だそうだ。大事に食べなくては。

 

 しかし、ぶちまけてなお皇女さんの怒りは収まらないのか、ずんずんと自分の前まで突進してくる。

 

「おいハク! 貴様、こんな幼子と結婚するのが良いと申すのか!?」

「お待ちください。此度の件は……」

「黙っておれ、オシュトル! 余はハクに聞いておるのじゃ!」

 

 憧れのオシュトルが目の前にいるってのに、ここまで激昂するとは思わなかった。

 

 しかし、ここで自分が仮だと言ってしまえば、この式を聞いているであろう他国の草に自分の権力を示すことができなくなる。これはあくまでも、オシュトルに並ぶ権力者の誕生をアピールしなければならない場。であるならば――。

 

「どうじゃハク! 幼子が好きなのか!?」

「……そうだ」

「なに?」

「好きだから、婚約する」

「な……っ!?」

 

 驚きは、式場全体に広がった。

 いや驚きだけではない。全員の顔に見える失望と憤怒と悲鳴。

 おいそこエントゥア、シノノンを護るように立ち塞がるな、狙ってないから。

 おいキウル、やっぱりそうなんだ、ってなんだ。裏切ってないことは前もって伝えた筈だぞ。

 

 オウギとヤクトワルトだけは、口元と腹部を抑えて堪えきれないというように笑っている。わかっているなら助けてくれ。

 

 しかしその中で、皇女さんだけはふっと表情を緩めた。

 

「そうか……なら、余にもまだ――」

「は?」

「オシュトル! 此度の儀は取りやめるのじゃ!」

「……しかし」

「ならぬ! そのようなこと決して――」

「もしかしてと思っていたけれどその声……アンなのかしら?」

 

 ぎくりと肩を強張らせる皇女さん。

 そういえば、トリコリさんを呼ぶ時に誰も気づかなかったけど、皇女さん足繁く通ってたんだった。しかも身分を隠して。

 

「だ、誰のことかの」

「ほら、やっぱりアンでしょう? 叔父ちゃんを取られたくなくて、怒っているんでしょう?」

「……い、いや、それはじゃの、御母堂」

「大丈夫よ、アン。アンにもまだ機会はあるんだから」

「……本当か?」

「ええ、だから、今はお祝いしてあげて」

「……いや、し、しかし」

「どの道、アンには式を取りやめにする権限はないのでしょう?」

「む……ぐむむ」

 

 今、皇女さんの中で聖上として儀を取りやめにするか、これから先のトリコリさんとの生活を取るかで迷っているのだろう。

 唸り声で曲が作れるのではと思うほどに長く迷った後、皇女さんは言葉を絞り出す。

 

「お……おめでとうなのじゃ、おじちゃん」

「あ、ああ。ありがとう」

「では、料理を運ばせるとしようか……」

「うぉっほん、おほん!」

 

 なんだ、急に咳払いして。

 皇女さんは、喉に引っかかったような声色で、余は聖上である、と前置きをした。

 

「余、余は少し体調が悪くなったのじゃ。だから、儀は延期せよ」

「せ、聖上?」

「延期じゃ!」

 

 逃げた。

 残された面々は何が起こったのかよくわからない様子。

 もしかして、アンと聖上の二役を声色変えてやろうとしたのか?

 その割には声が全然変わってなかったので、トリコリさんには丸わかりのような気もするが。

 

「……どうする、ハク」

「ん?」

 

 オシュトルが困ったように聞いてくる。

 だが、自分としては本当に婚姻を結ばなくてほっとしたかもしれない。

 やはりキウル達に対する罪悪感が勝っていたからかな。皇女さんに感謝しなければ。

 

「儀は延期だとさ。これだけ用意してくれて申し訳ないが……とりあえず料理も勿体無いし、今日はオシュトル一家から部下を労う豪華な酒盛りってことにしようか!」

「おっ、旦那は話がわかるねえ! ったく、いつ酒が飲めるのかと待ち遠しかったじゃない!」

「そうですね。儀は延期だそうですし、とにかく今日は楽しみましょう。姉上」

「なるほど、そういう場であったか! ならば良し!」

「そういうことなら、今日はいっぱい飲むぇ!」

 

 誤魔化してくれたヤクトワルトとオウギには後で礼を言わんといかんな。アトゥイとノスリは多分呑みたいだけだろう。

 

「そうか……ならば、酒を持ってこさせよう。儀礼用の特上品だ」

「何っ、それはぜひとも飲まねばならんな!」

「そうですね、姉上。姉上には僕がお酌しましょう」

 

 お祭り好きな奴らが盛り上がり、料理と酒が運ばれてきてさらに盛り上がる。

 実際、目の前に並べられたものは見たこともないほど豪勢だった。オシュトルの奴め、随分前から計画してたな。

 

 ルルティエとシス、エントゥアは、宴会ならば料理の追加がいるだろうということで、先ほどまでの悪鬼のような表情から一転妙にうきうきした様子で部屋をたった。お腹すいてたのかな。

 

「お酌するのですよ。ハクさん」

「あ、ああ、ありがとう」

 

 ネコネが、自分の杯に酒を注いでくれる。

 

「こういう雰囲気も、悪くないのです」

「ん? そうだな。楽しいし、自分は静かよりもこっちのほうが好きだな」

「ハクさんたちといて……私もそうなったみたいなのです」

 

 何だろう。ネコネとの距離が随分近い気がする。

 帝都時代はウコンとその仲間達でやいのやいの飲んでいたら、口うるさく注意されたものだが。

 

 思考を誤魔化すように酒を一気に飲むと、横からトリコリさんが近寄ってきた。

 

「ハクさん、私からもお酌してあげるわね」

「あ、ああ、ありがとうございます」

「儀は延期になっちゃったけど、うちのネコネをよろしくね」

「ええ、まあ。はい」

 

 トリコリさんにはオシュトルが説明すると言っていたはずだが、果たしてどういう説明をしたんだろうか。怖くて聞けない。

 

「あの、トリコリさん」

「何かしら」

「アンのこと、嫌わないでやってくれますか」

「……」

 

 皇女さんには感謝しているが、ちと強引過ぎた。

 特にトリコリさんは楽しみにしていたようだから、アンを嫌いになってなければいいんだが。

 しかし、こちらの懸念と違って、トリコリさんは実に楽しそうにわらった。

 

「ふふ、いいのよ。今考えれば……やっぱり早すぎると思ったもの」

「母さま……」

「大丈夫よ、ネコネ。急がなくてもハクさんは逃げないって今日わかったもの。アンには感謝しなくちゃね」

 

 不安がるネコネを安心させるように告げるトリコリさん。

 

「それで、その……アンのこと、気づきましたか、やっぱり」

「何をかしら? アンじゃなくて、聖上の体調不良なら仕方ないものね。ふふっ、ふふふ、本当に、可愛らしい嫉妬だわ」

「そう、ですかね」

「私の娘二人から愛されて……ハクさんはこれから大変ね」

 

 最後の言葉は耳打ちで伝えられる。

 思わずその意味を窺おうとするが、トリコリさんにはくすくすと上機嫌に、笑ってごまかされた。

 

「あ、それそれそれそれそれ!」

「「よよいのよい! よい!」」

「ふふ、賑やかな宴会もいいものね」

 

 いつの間にかべろべろになって騒ぐ連中をトリコリさんと見ながら、酒と肴を楽しむ。

 横を見れば、オシュトルはオシュトルで、ネコネからお酌をされている。先ほどまでの計画を邪魔されたという渋い表情から、随分柔和な表情になって上機嫌みたいだ。

 

 ――まあ、これはこれでよかったのかもな。

 

 騒ぎが気になった皇女さんが戻ってきてからも、宴は変わらず盛り上がり続けたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「――ということらしく、ヴライの仮面をつけたハクという男は幼女趣味であり、オシュトルの妹君であるネコネと婚姻を結ぼうとしたところ、偽アンジュが激昂。周囲も同調し、儀はいったん取りやめになったということです」

「……シチーリヤ。報告は正確に、事実のみ行え」

「いえ、それが……草からの報告には、そう書いてありまして」

「……解任しろ。そんな馬鹿なことがありえるか」

 

 わけがわからぬ。

 オシュトルの狙いはわかる。もう一人己に代わる権力者を作ろうとして、血縁を利用したのだろう。

 しかし、なぜそれを姫殿下がぶち壊しにする。話が通っていないのか。それほどまでにオシュトルと姫殿下の間には意識の差があるのか。

 考えれば考える程、交渉を控えてのこの暴挙に苛立つ。何がしたいのかさっぱりわからぬ。

 

「あのライコウ様……交渉への返答はどういたしますか?」

「ふむ……そろそろ返事をしてやってもよいと思っていたが、もう少し遅らせる。どうやら、向こうの組織内部は混乱期にあるようだ。わざわざ結束を高める要素をくれてやらずともよい」

 

 草の報告を信じれば、だが。

 今のところ、情報合戦では負けていない。ウォシスからの報告でじわじわとだが警備体制もわかってきている。内部を完全に崩しきるには足りないが、その刻限は迫ってきている。

 そして、唯一の収穫が、ハクという男がヴライの仮面を被っているということ。他の草からの情報によれば、ハクという男は四六時中仮面を被っているらしい。しかし、これほどまでにあからさまであれば、裏を探ってくれというようなもの。ハクという男が仮面の力を使い得る存在であるかどうかは確信が持てない。

 

 しかし、ヴライはいないことがわかった。帝より賜れし仮面を手放すことなど、ヴライならばあり得ぬ。また、剛腕のヴライは帝都でその容赦のなさから敵味方より恐れられてきた。だがその仮面を担うものがヴライではなくただの男であれば、それだけでもこちらの兵の恐怖を拭うことができる。

 そして、唯一交渉への懸念であった、オシュトルとヴライの二人という最大戦力が来ることは、実現し得ないということ。二人を同時に相手取るのは最強の駒である我が弟ミカヅチを以ってしても不利だったが、そうでないのならばやりようはいくらでもある。

 

「このような珍事は今回限りにして欲しいものだ」

 

 オシュトル、貴様にはもっと俺を楽しませてくれる勢力になってもらわなければならぬ。

 帝からの解放を目指す我らか、帝の恩情に従う貴様らか、どちらかが選ばれる時は刻一刻と近づいているのだから。

 

 

 




やりたかったんや……
キウルから恨まれても、この展開をやりたかったんや……
まあ、皇女さんに阻止されたわけですけれども。

ネコネの想いにオシュトルとトリコリさんは気づいている。だから応援してあげたい。しかし、オシュトルはキウルの想いも知っている。
なので、あくまで結婚(仮)で、キウルに対しても、未だチャンスはあるよと発破をかけて、最終的にはネコネに選んでもらうつもりだったということで納得してもらえるとありがたいです。

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