【本編完結】影とうたわれるもの~二人の白皇再構成~ 作:しとしと
キリがいいところまで頑張ります。
「旦那! 旦那! 起きてくだせぇ!」
べしべしと頬を叩かれる衝撃で、目が覚めた。
「ん……どうしたヤクトワルト……って、なぜ自分はココポの上に……」
「ホロロ?」
気遣うようにこちらを見上げようとするココポ。
腰の辺りをココポに縛りつけられ、少し痛い。ルルティエの声が横からする。
「あ……ハクさま、起きられましたか? ……何度もお声をかけたのですが、私の声は届かなくて……」
「強制的に起きてもらったじゃない。旦那、戦の匂いだ」
「……なるほど、もうエンナカムイか」
随分急いだみたいだな。
見上げると、太陽は登り切っており、眩しさに眼を細めた。
「先遣隊はどうした?」
「戻ってこなかったじゃない」
「なるほど、それで進路変更したわけか」
周囲を見渡せば森の深くであることはわかった。
「どうやら街道に網を張られているようでしたので、キウルさんの案内に従い馬車を捨て山道に逃れました」
「ハクを誰が担ぐか考えていたらココポが名乗りを上げてな」
「ホロ~!」
「そうか、ありがとな」
ココポの首筋をなでると、気持ちよさそうに体を振った。
腹も腰も痛いが、まあ、仕方なかったのだろう。
「交戦は?」
「一度、六人と」
「全滅させたか?」
「勿論だ。我が弓から逃れる術はない!」
「そうか、流石だな。だが、急いだ方がいいな。誰か隠れていた可能性も高い……ココポ。もう大丈夫だ、降ろしてくれ」
「ホロ~」
縄を解いてもらったが、嬉しそうにずんずん歩いて降ろしてくれる気配がない。
「旦那はそのまま休んでいてほしいじゃない。ただ、キウルによればもうエンナカムイは間近。判断は旦那にしてもらわなきゃならないじゃない」
「クジュウリの動きは?」
「馬車を捨てる前に来た使者の話では、間に合う行軍にするには最大でも二百が限度だそうです」
「すぐ動かせる騎兵でそれなら十分すぎる程だ……使者にはなんて返した?」
「構わない。エンナカムイ目前の街道で合流しよう、と」
「よし……シス殿とヤシュマ殿なら間に合わせてくれるだろう。さっさと情勢を確認して、戻らなきゃならない。急ごう」
「「「応!」」」
そこで、ルルティエが徒歩であることに気付いた。
もしかして、自分がココポに乗っているからルルティエは降りたのだろうか。
「ルルティエ」
「は、はい?」
「ありがとう、もう大丈夫だ。ココポが降ろしてくれないからあれなんだが、これから急ぐし、ルルティエもココポに乗ってくれ」
「え、で、でも……」
なぜか逡巡するルルティエを後押しするかのように、ノスリがルルティエをココポの鞍へと押し上げた。
「の、ノスリさま?」
「縛りつけられていないハクだけではココポから転がり落ちてしまうかもしれないからな。ルルティエが支えるのが一番だ」
「流石姉上、自然な気遣いですね」
しかし、負けじと双子が口を挟んだ。
「こっち」
「そちらでは不安定です。こちらの馬上も空いています。どうぞ私たちの間に」
「いやいや、三人も乗ったら馬が可哀想だろ」
既に二人が乗っていて鞍は占領されているというのに、どこに自分が入れるスペースがあるんだ。
「そうじゃぞ。こんなところでハクに死なれてはかなわんからの。まあ、ルルティエがハクを乗せるのが嫌というのなら、余の馬上も空いておる。ハクよ――」
「で、では、ハクさま? しっかりとわたしに、その……掴まっていてください……!」
「あ、ああ。ありがとうルルティエ」
皇女さんの言葉を遮ったルルティエ。
ルルティエの言葉に押され、素直にルルティエの細い腰をそっと掴んだ。
「……っ」
「どうした、ルルティエ」
「い、いえ、その……何でも、ありません」
何だろう。ルルティエが何か変わったような気がするが、どう変わったのか説明しづらい。
他の皆も少し驚いているようで、しかし微笑ましい空気が漂っていた。
「ホロ~」
大好きな二人が乗っているからなのか、ココポは大はしゃぎで進んでいく。
「むむ……」
「おにーさんとルルやん、いい感じやねぇ……」
「微笑ましいじゃない。報われてほしいねえ」
「侮れない」
「お茶汲みでの強敵が、今や夜の伴としても強敵となってしまいました」
距離が離れても仲間の呟きが微かに聞き取れたが、ルルティエにも聞こえたのだろうか。髪からそっと覗いている獣耳がポワポワと照れを隠すように動いていた。
山道を通り、目下崖の場所に出たところ、矢はとても届かないが、情勢だけなら視認できる場所に来ることができた。
「ハクさん、ここからなら、エンナカムイの現状を確認できます」
「おう。ネコネ、望遠鏡を」
「はいなのです」
中を覗きこみ、戦場を映すと、そこには――。
「終わってる、のか?」
「え? どういうことですか、ハクさん」
「デコポンポが、オシュトルに拘束されているぞ」
ノスリが望遠鏡すら使わずに、状況を皆に伝える。
あらかたの兵は逃げ出したのか、周囲に敵兵の存在は確認できない。
「流石はオシュトルなのじゃ!」
「流石兄さまなのです」
「流石オシュトルさんですね」
「流石兄上」
流石流石と皆から賞賛されるオシュトル。
任せろ、ってこういうことかよ。籠城戦でここまで圧倒的な勝利ができるものなのか。
「……急ぎオシュトルと合流する。キウル、逃げた兵と鉢合わせないような道はあるか」
「は、はい!」
崖から離れ、キウルの案内に従って、少し山道を下ってからオシュトルの元へと急ぐ。
その際に、オウギにはクジュウリ軍の誘導を頼む。アトゥイもすでに戦闘がおわっているなら、とオウギについて行った。
「オシュトル!」
「兄さま!」
「聖上、よくぞご無事で……ネコネも、無事で何より」
「はいなのです」
「大義であった! 八柱将をここまで完膚なきまでに打ち砕くとは! 流石は余のオシュトルじゃ!」
「勿体無きお言葉。して聖上の様子からして、同盟は……」
「うむ、余をもってすれば何のことはない!」
もはや影武者である必要はない。
自分は既に仮面を取り、いつもの恰好へと戻っていた。
「勝ったのか?」
「ハクか。よくぞ同盟を締結し、無事に帰ってきた。物資に関してはいささか消費が激しい。しかし、人的被害が少ないのが幸いか」
「……流石だな」
「そうでもない。籠城戦で最も辛いのは兵糧攻めと波状攻撃だ。しかし、全軍絶えず突撃してくれたお蔭で短期決戦に持ち込めたのでな」
周囲を見渡せば、崖や砦から落としたであろう岩や、火矢、油壺の破片などが散乱していた。人的被害を減らすために、文字通り使いまくったのだろう。
「それで、オシュトル。なぜこの男を生かしているんだ?」
「む……交渉にて利用価値があるかと思い、生かしている」
「交渉?」
「それは、マロが原因なのでおじゃる」
「マロ!」
随分やつれたように見えるマロロが、オシュトルの影から進み出た。
「マロロ殿をこちらに引きこめないかと勧誘していたのだが、マロロ殿の家はデコポンポに頼っているのでな。マロロとしても安易にこちらに来れば家族がどうなるかわからぬのだ」
「それで、デコポンポを?」
正直、皇女さんに盾突いたらどうなるかの見せしめとしてはこれ以上ないんだがな。
「どうだハク。マロロ家の因縁、解消できるか」
「まあ、向こうの出方次第だな。とりあえず生かしておくのはいいが、自分が世話するのは嫌だぞ」
「……そうだな」
二人してデコポンポを見る。
いつも口うるさいデコポンポは難く口をつぐみ、何かを待っているかのようだった。
まあ、どんな企みがあろうが、オウギには既にクジュウリ軍の進軍許可を伝えてもらいに行っている。完全な詰みだ。
「とりあえず、牢に連れてくか」
「ま、待つにゃも!」
「あん?」
「交渉などあのライコウがするはずはないにゃも! それよりも、本物の姫殿下を抱えるオシュトルと、大軍勢を従える儂が組めば、この戦は勝ちにゃも! 勿論、そんな役立たずの采配師が欲しいなら、いくらでもくれてやるにゃも!」
「……おい」
マロロが悲しそうな顔をしたのを見て、思わず鉄扇をデコポンポの首筋にあてた。
「我らが友を侮辱するということは、どういう扱いを受けるかわかったうえで言っているんだろうな?」
「にゃ、にゃぷ……」
その様子を見て、デコポンポは怯え始めた。
それを止めたのは、マロロだった。
「ハ、ハク殿! よいのでおじゃる!」
「マロ?」
「確かに、マロは崖からの挟撃に気付きながらも何もしなかったでおじゃる。オシュトル殿を前に、何の献策もしなかったのでおじゃる!」
「こいつが聞かなかっただけだろ。マロは采配師として類まれぬ才を持っている。自分が保証するさ」
「……ハク殿」
マロロは、何かを決心したように、こちらに向き直る。
「オシュトル殿! やはり、マロは友を裏切れぬでおじゃる! デコポンポ様を生かし、何とか我が家族の件の交渉、御頼み申すでおじゃる!」
「任せよ、マロロ。ハクが何とかしてくれる」
「なんで自分だけなんだよ!」
マロロは、ようやく笑顔を見せ、気持ち悪くすり寄ってくる。
「ううう、ハク殿~、ありがとうでおじゃる~!!」
「ちょ、気持ち悪いからやめてくれ」
「ハク殿~!? 先ほどまでの熱い言葉は何だったのでおじゃるか!」
その時だった。
「おい、何かが来るじゃない?」
「本当ですね。クジュウリ軍でしょうか?」
「クジュウリ軍とは?」
「オウギに援軍を要請させたんだ。」
「それは重畳……しかし――クジュウリではないようだ」
オシュトルの言葉に、一際大きい牢のような馬車を見るが、これは――。
「やっときたにゃもか! ボコイナンテ、遅すぎるにもほどがあるにゃもよ! にゃぷぷぷぷぷっ! おみゃあらは終わりにゃも! わしの切り札を見て震えあがるがよいにゃも!」
「切り札……?」
巨大な檻から何かが蠢く気配がする。
そう、ボロギギリと対峙したような、人外の気配。
檻をボコイナンテが開き、中から青い鎧のような皮膚をもった化物が出てきた。
「グオオオオオォン!!」
「……ガウンジかよ。ちと、マズイぜ」
「知っているのか、ヤクトワルト?」
ノスリや、ヤクトワルトが、その正体を見て、警戒心を強めた。
どうやら、ウズールッシャ奥地に生息する獣であるらしい。しかし、とても狂暴らしく、とてもじゃないが捕まえられるような獣ではないらしい。
「成程、腐っても八柱将か。あれを捕えるとは」
「ま、兵が百ほどまるっと消えてしまったにゃもが、些細な問題にゃも。ヴライとの傷も癒えていない今なら、空腹のガウンジがオシュトル共を噛み殺してくれるにゃも! 形勢逆転にゃも!」
「おい、こいつをガウンジの目の前に放るのはどうだ」
「そうしてやりたいが、どうせ手懐けてあるのだろう。逃げる機会を与えるだけだ。やるぞ、ハク。クジュウリ軍が到着してしまえば、被害は大きくなる」
腹が痛いが、やるしかないか。
アトゥイも間の悪い奴だ。ここにいれば、いい戦力になったのだが。しかし、いないものに気を払う暇はない。今いる戦力で最大限やるだけだ。
「ネコネ、ルルティエ、ウルゥル、サラァナ、マロロは後方支援だ! 背だけは見せないように気を付けろよ!」
「はいなのです!」
「はい!」
「「御心のままに」」
「わかったでおじゃる!」
「ノスリ、キウル、奴の注意を引け!」
「了解だ!」
「わかりました!」
二人はすぐさま左右に分かれ、ガウンジと対峙する。
「旦那、俺はどうすればいいじゃない?」
「オシュトルと自分とともに、後方支援役に目が行かないようにする役だ。掴まれたら御終いだ。庇い合うぞ」
「応さ!」
「オシュトルはとどめを任せたぞ」
「ふっ、ハクも采配師として板についてきたようだ。任されよ。聖上は急ぎ砦へ」
「わ、わかったのじゃ!」
アンジュとそれを護るようにルルティエが付き従う。しかし、背を向けて砦へ走ったのを見たガウンジが、獲物と見て飛び掛かる。
「させぬ」
それをオシュトルが目の前に立ち、アンジュへの視線を塞いだ。
ガウンジは、オシュトルに何かを感じたのか、大きく怯む。
「今だ! 皇女さんから気を逸らさせろ!」
「応!」
「了解です!」
「わかったでおじゃる!」
キウルとノスリの矢が雨あられのようにガウンジに降り注ぐが、堅い鱗に阻まれまるで受け付けない。
しかし、アンジュへの道は、マロロの呪文である火柱によって遮ることができた。
これで、皇女さんに注意が向くことはない。
「こっちを見るじゃない!」
ヤクトワルトが矢の切れ目に剣を振り、鱗に護られていない部分を探すかのように切り刻む。
しかし、薄い傷がつくだけで、ガウンジはヤクトワルトを張り飛ばした。
「ぐっ……やるじゃない」
「危ないでおじゃる!」
マロロがヤクトワルトとガウンジの間に火の柱を生み出し、ガウンジを怯ませることで、追撃を回避する。
「綱渡りだな……」
「ハク、一瞬でいい。某を奴の意識から外してほしい」
「どういうことだ?」
「奴は今、某を最も警戒しているのか、常に意識を向けてきている」
「……意識を外させればいいんだな? 任せろ」
オシュトルが、ガウンジに近づきながらも、自らの存在を主張しないよう背後へ回る。
しかし、すぐには無理だ。少しばかり準備がいる。
「オシュトル! 少し準備する! 気を逸らしてくれ!」
「あいわかった!」
ヤクトワルトとオシュトルが斬りかかり、他がそれをサポートする体制を見ながら、デコポンポの元へ急ぐ。
餌と飼い主を認識する要素はなんだ。
匂いか、姿か、それくらいだろう。つまり、デコポンポに自分の服を被せて、奴の目の前に放り出せば、ガウンジの目にはどう映るか。
オシュトルのことだ。必殺の用意があるはず。酷い話だがデコポンポも生き残る確率はあるはずだ。
「おら! 餌だぞ!」
「にゃぷっ!?」
捕食の瞬間こそ、最も隙を見せるときだ。デコポンポをガウンジの目前へと蹴り上げる。
動物であれば、空腹時に武器を持たない獲物を見ればどうしても意識が向くだろう。
そして、それは正解だった。
ガウンジは、顔の隠れたデコポンポが主人だとは思わなかったのか。牙をむいて食い殺そうとする。
しかし、オシュトルは、その意識の外れた瞬間を言わずとも理解し、ガウンジの背中を駆けあがっていた。
デコポンポに牙が届く前に、オシュトルの刀がガウンジへと届く。
「はあッ!!」
オシュトルの刀が、ガウンジの目元から顎へと串刺しになっていた。
――あの堅い鱗の隙間をぬったのか、なんつう神業だ。
「グ、グォオオオオッ!!」
しかし、まだ息があるのか、上に乗ったオシュトルを振り落とそうと暴れ始めた。
突き刺さった刀を軸に、何とか操ろうとするオシュトルだが、滅茶苦茶に頭を振り回されているからか、翻弄されている。
そして、オシュトルはある危機を感じ取ったのだろう、振り回されながらも、叫んだ。
「――逃げよ、ネコネッ!!」
「はっ――!?」
ネコネに猛然と突撃するガウンジ。制御しようともがくオシュトル。
このままでは――。
一番に動いたのは、自分だった。
「――ネコネっ!」
恐怖に硬直しているネコネを抱え、ガウンジの眼前から避けようと飛ぶ。
しかし――。
「ぐっ!?」
足が掠った。
たったそれだけなのに、跳ね上げられるようにして空中を舞う。
――ネコネだけは護らねば。
流れる景色の中、ネコネの頭を抱えて、何とか背中から着地した。
「かはっ……」
一瞬呼吸が止まる。間一髪だったが、命は無事だ。骨は何本か逝ってるだろうが……背骨だけはカンベンな。
「ハクさん!?」
「ハク!」
ガウンジは、そのまま門へと突撃し、事切れたようだった。
オシュトルは刀を抜き去ると、すぐさまこちらに駆けよってきた。
「無事か!?」
「わ、わたしは無事なのです、でも……」
「ハク、ハク!!」
「……だいじょうぶ、だ。揺らすな。折れた骨が痛い」
「痛みがあるなら大丈夫だ。背骨は無事なようだな」
「そりゃ、よかった……」
ガウンジの攻撃が掠った足にも、気絶しかける程の痛みがあったが、何とか痛覚が生きているなら、神経は無事だ。
「ど、どうなったにゃも、布で何も見えんにゃも!」
「で、デコポンポ様!」
混乱に乗じてデコポンポを助けようとしたのだろう、ボコイナンテは縄を斬ろうとしたが肉にぴっちり埋もれているため斬れず、そのためデコポンポを抱えようとしていた。
「ぐ……お、おも、いので、あります……!」
そのままべちゃりと地に這いつくばり、逃走は敵わなかった。
「……二人を捕え、牢に入れよ。全く、いらぬ被害を出させてくれたな」
「ハク! 大丈夫か!」
「派手に吹っ飛ばされたじゃない!?」
「ハク殿~! 死んではならぬでおじゃる!」
わらわらと、ネコネと自分の元へ集まる仲間達。
「普段、お前らに叩かれているおかげか、随分丈夫になったみたいだ……ぐっ」
「動いちゃだめ」
「主様、今治療いたします」
「わ、私もするのです」
三人から治療術をかけられ、体から痛みが徐々に引いていく。
オシュトルは無事であることを確認すると、叫んだ。
「凱旋せよ! 後に来るクジュウリ軍を受け入れる体勢を整える。……ハクには担架を用意せよ」
「ったく、今回一番の功労者がそんな姿で凱旋して大丈夫か?」
「ふ、其方は某の影であろう? 目立つのは好きではなかろう。心配するな。礼なら用意してある」
「特別労働手当分、弾んでくれよ……」
「無論だ。楽しみにしているがよい」
既に歓声が聞こえる中、空を見上げる。
割にあわないとは思わなかった。確かに、自分たちは護ったのだ。
「しかし、オシュトルは流石だな……」
横目で、宴を想像して悦に入る仲間たちを見ながら、思案する。
この勝利と同盟を以って、先手を取ることができたはず。しかし、だからこそ、奴らの次の手は容赦ない一手となる。
二国を相手に、どこまでできるか。戦力の増強がいかにできるかにかかっているだろう。
砦内で合流した皇女さんに労われる。
「さ、今宵は宴なのじゃ! ハクは、今日は大人しくしておれ!」
「えぇ……自分も酒が飲みたいんだが」
「こんな怪我で……できるわけないのです」
「そうじゃぞ。まあ、どうしてもというのなら、今回頑張ったハクにお酌をしに行っても良いが……」
「そ、それはわたしがするのです」
「……ネコネ?」
その言葉が意外だったのか、アンジュが疑いの目を向けたときだった。
敵兵接近の合図である鐘が鳴り響いた。それとともに、伝令兵が駆けてくる。
「何事か」
「オシュトル様! 新手の軍勢が……!」
「クジュウリのものか?」
「いえ、間違いなくヤマトの旗です。旗印は見えませんが、おそらく……」
「そうか……ミカヅチか。あの時の約束を、果たしにきたか。今一度兵を集めよ! 城門へ急ぐ!」
ミカヅチだと。
デコポンポが負けるのを見越していたのだろうか。それにしても、早すぎる。
「自分も連れていってくれ」
「ハク、そなたはもはや戦えぬ。ここで大人しくしているのだ」
「戦うつもりはない。見たいだけだ」
「……わかった、もし戦となれば、マロロと共に献策を頼んだぞ」
「おう」
「任せるでおじゃ」
本当にミカヅチなのか、もしミカヅチがいることを差し引いても、軍を見たところ少数だった。
これならば、やがて来るだろうクジュウリの軍と挟撃すれば勝てない戦ではない。
「我は左近衛大将ミカヅチ! オシュトル! オシュトルは居るかッ!!」
「なんじゃと、ミカヅチに相違ないのか?」
「間違いなくミカヅチ様です!」
「ミカヅチとは……サコンとはノッちゃん、サッちゃんと呼び合った仲だぞ。友の危機に駆けつけてくれたに違いない!」
そんな仲だったのかよ。
口々に、ミカヅチまで仲間になってくれたと喜ぶ仲間達。
しかし、オシュトルの表情が優れない。何かを悟っている。あの表情をどこかで見たことがある。あれは――。
「迎えに行きましょう、兄上」
「待て。皆にはここで待機していてもらいたい」
「オシュトル……?」
「ハク、ネコネ……聖上を頼む」
「あ、兄さま!?」
オシュトルは、誰の呼びかけにも答えず、一人城門の外へと向かう。
城壁から、オシュトルとミカヅチの対峙を眺める。
「ウルゥル、サラァナ……二人の会話を、拾えるか?」
「できる」
「この距離だと主様だけにしか聞かせられませんが、よろしいですか?」
「それでいい」
そう、見たことがある。
ヴライとの決戦の折、見せたあの表情だ。
自らの死を覚悟した、目、顔、声。不安が胸を燻ぶる。胸騒ぎの正体。
「待たせたな、ミカヅチ」
「……オシュトル」
どうやら、二人の会話は聞こえるようだ。脳内に響いてくる。
「覚えているか、我らが帝より近衛の大将を賜りし日のことを……」
「覚えているとも。我らが帝は、民と、姫殿下の守護を御命じになった」
ミカヅチは、何かを想うかのように、胸に手を当て、やがて言葉を投げかけた。
「そう、御隠れになった聖上の命により、俺は民を護る。そして姫殿下の守護は貴様だ。だからこそ言う。貴様らは、ここで静かに息を潜めて生きよ。声を上げぬのならば、死人も同じ。死人に帝都は攻められぬ。そうであれば、俺は剣を振るわずに済む」
「……それは、できぬ相談だ。某にも、成しえねばならぬことがある」
「そうか、ならば……」
ミカヅチは剣を抜きはらい、その剣先を差し向ける。
決闘前のような雰囲気に、一同は困惑する。そして、中でも皇女さんは――
「ハク、二人は何をしておるのじゃ!?」
「……戦うつもりだ」
「っ!」
「姫殿下っ!」
皇女さんは飛び出し、隠し通路へと走る。
そのまま、オシュトルの元へと走った。
「待つのじゃ、ミカヅチ!」
「姫殿下、お久しゅうございます」
ミカヅチは、皇女さんの姿を見ると、頭を深く垂れて跪いた。
「どういうつもりじゃ、ミカヅチ! 貴様ほどの者があの玉座に座っておる偽物を見極められぬのか!」
「我らが家臣団で、あれが姫殿下に見えるという者はいませぬ」
「ならば、なぜ余に剣を……!」
「それが、御父上であらせられる帝の勅命。一つは娘を、そしてもう一つは、ヤマトの民を護れと、そう命じられたが故に。我が命は聖上に捧げしもの。たとえ聖上がお隠れになられても変わりませぬ。帝都を、民を護ることこそが、我が使命。民の血が流され得られるものに、いかほどの価値があろうか!」
「う、ぐ……」
皇女さんは、それで黙ってしまった。
自分のすることが、罪深いことだとよくわかっているんだろう。
「姫殿下には、幸いオシュトルがおります故。お隠れになった聖上の勅命の一つは、必ずや果たされます。しかし、姫殿下が兵を挙げ、帝都に攻め入るというのであれば、亡き聖上の命により伐たねばなりませぬ。ここで静かに余生をお送りなされ……なにとぞ……」
「ミカヅチ、其方……」
泣きそうになりながらも、しかし、首を横に振った。
「いやじゃ……ヤマトの次なる帝は、余じゃ! このヤマトが余のせいで二つに割れたことはわかっておる。しかし、余が、父上の想いを継ぐのじゃ!」
「左様、ですか……そう、学ばれましたか。ならば、今更帝都に上がったところで、悪戯に混乱を招くことも判っておいでの筈」
「それでも、余が、余がアンジュなのじゃ! この名は……御父上からいただいた、たった一つだけ残された最後のもの。この名だけは、絶対に……渡さぬ」
涙をこらえ、そう叫ぶ皇女さんの前に出るオシュトル。
「今の聖上の言葉を真にすることこそ、某の成すべきこと」
「なら、オシュトル、死合うぞ。立ち会え。ここで決着をつけようぞ」
ミカヅチは、ここでオシュトルを人柱にすることで、皇女さんの心を折るつもりなのだ。
ネコネを気にかけていたように、皇女さんにも気にかけてくれているのだ。譲れない想いを前に、不器用なことだ。
「聖上、お下がりを」
「オシュトル、死ぬな。命令じゃぞ!」
「御心のままに」
オシュトルなら勝てる。
そう信じることができるのは、相手がミカヅチでなければの話だ。双璧とうたわれたものたち。その武は、互角。
ああは言っても、オシュトルは未だ手負い。圧倒的に不利だ。
皇女さんが下がったと同時に、ミカヅチも控えていたミルージュを下がらせた。
「俺もお前も、ただの一兵卒だったあの頃は……こうして毎日のように剣の腕を競い合っていたよなァ……。気が付けば、お互いに近衛大将の地位にまで上り詰めていた」
「そうだ。結局、決着はつかなかった」
「その決着を、今ここで」
「……我らは天と地、光と影」
「常に対となって、この国を、そこに住まう民を護る――拝命の時の誓いか」
「皮肉なものだ」
「ああ、敵味方に分かれ、互いの護るべきものをかけて戦うなど、考えもしなかったな。だが、これで漸く決着をつけることができる」
ミカヅチは、剣を構え直し、じりじりと間合いを詰める。
オシュトルもまた、柄を握りしめ、お互いの必殺の間合いを測っている。
その時だった。
オシュトルが誰にも聞こえない小さな声を発していた。
――ハク、鎖の巫女によって、声が届いているのであれば、伝えたいことがある。
――某は死ぬ。しかし、
「後は頼んだぜ、アンちゃん……」
背中が語るとはこういうことか。
確かに、聞こえたオシュトルの覚悟。
やはり死ぬつもりなんだ、あいつは。そして、全てを任せるつもりなのだ。自分に。
「さァ! 貴様の覚悟、見せてもらおうぞ! オシュトルゥッ!!」
剣戟。
空気が破裂するような荒々しい速度で、二人の剣が交差する。
周囲には風が吹き荒び、二人の姿は残像が見える程の域に達している。
「あれが、オシュトルの本気……」
「……しかし、既に押されているじゃない」
見れば、オシュトルの服に、傷が付き始めていた。
未だ血はなくとも、剣が届き始めたのだ。
「どうしたオシュトル! その程度かァッ!!」
「はぁッ!」
「ぐッ!?」
ミカヅチの剣戟を触れていないかのような流麗さで受け流すと、そのまま突きを放つが、ミカヅチに間一髪で受け止められる。
「そうだ、オシュトル! これは死合いぞ! もっと殺気を出せ!」
「ミカヅチ……すまぬ」
「……?」
「親友として、共に死のうぞ」
「……ッ!?」
がきぃんと、鈍い金属音を鳴らしながら、ミカヅチはオシュトルの剣を振り払い、後退する。
「オシュトル……貴様……」
「某は、負けられぬ。だが、後を託せる者がいる。なればこそ、ここで死ぬのだ。許せ、友よ」
「オシュトル……!」
オシュトルは、仮面に手を当てると、何事かを呟き始める。
まずい――。
「ウルゥル、サラァナ、オシュトルが
「……」
「答えてくれ!」
「死ぬ」
「今の状態で、ミカヅチ様と
ヴライの最期、体が塩となって崩れたのを覚えている。オシュトルもまた、そうなってしまうのか。
どうすればいい。
もう少しで、クジュウリの軍が来るはずだ。それまでできる時間稼ぎ。
あるにはあるが、この動かぬ体では――。
躰を動かそうとするたびに走る鋭い痛み。もうボロボロだ。
「……オシュトルを救う方法はあるのか?」
「……」
「頼む。教えてくれ」
「主様にも使える」
「元々は、大いなる父のため、主様のためのもの。
懐に仕舞っていた、ヴライの
手で触れると、ひやりと冷たい感触がした。これを使えば、後戻りはできない、そんな危険性を感じた。
「代償は」
「同じ」
「使いすぎれば、身を滅ぼします」
「しかし、使わなければ、オシュトルが死ぬ……か」
横目でネコネを見る。
心配そうに唇を噛みながら、震える手で杖を握りしめている。
このままでは、またもや二人の前に飛び込んでいきそうだ。ヴライとの戦いのように。
――それだけは、勘弁だった。
「ヴライの力を引き継げば、助けられるんだな……?」
「……」
ウルゥル、サラァナは、沈黙を守る。
やり方次第か。
誰もこちらを見ていない。
今しか、ない。
「ぐ……」
骨が軋む。
体が、動く――。
「!? ハクさん――?」
「旦那ッ――!?」
唖然と見送る仲間たちを尻目に、どんっ、と城壁から飛ぶ。
――間に合ってくれ。それを使わないでくれ、オシュトル。せっかく生き延びたのに、お前はすぐ死のうとする。自分なんかに、後を託すな。お前の代わりなんて、自分にできると思っているのか。あんな仕事量はもうごめんなんだよ。
「使うなッ、オシュトル!!」
空中に飛び出た体が、冷たい風に反して熱く煮えたぎっていく。
咆哮とともに根源の力を引き出し、黒炎の風を纏った体が、異形の姿へと変貌していく。
「オオオオオオオッ!!」
オシュトルとミカヅチの間へと、黒々とした巨体となった自分が砂煙と黒炎を巻き上げながら降り立った。
「!? ぐっ――がはッ!?」
「ソコデ大人シクシテオケ、オシュトル!」
衝撃で後方に吹っ飛ばされたオシュトルにそう告げ、ミカヅチと対峙する。
「――剛腕のヴライ、だと!?」
決闘に水を差された者への怒りの感情よりも、ミカヅチは驚愕と戸惑いの方が大きかったようだ。
「何故貴様が――」
「オシュトルハ我ノ獲物。ココデ死ンデモラッテハ困ル」
吹きあがる黒煙をものともせず、ミカヅチは対峙している。その蟀谷には力が籠り、邪魔をされたことを憤慨しているようだった。
「ふん。どういう経緯かは知らんが、相手になると思っているのか? たとえ貴様であっても、オシュトルとの死合いを邪魔した罪は重いぞ」
「ホザケ、ミカヅチ! 我ガ勝ツ!」
黒炎を纏った右腕で、ミカヅチを襲う。
ミカヅチは大剣で拳を受け止めるが、想定以上の力に受け止め切れずにミカヅチの体が後方に吹っ飛んだ。
恐ろしいまでの力。これが
「ぐッ――腐っても、
「良イノカ、ミカヅチ。モウクジュウリノ騎兵ガ迫ッテイル。我トクジュウリ軍デ挟撃スレバ、ウヌラハ尽ク死ニ絶エル」
ミカヅチは、ヴライがそんな冷静な言葉を吐くとは思わなかったのか、仮面から手を離した。
「ふん……刻限か。ヴライ、貴様随分と頭が回るようになったものだな」
「我トテ、ココデ決着ヲ付ケルコトハ望マヌ。我ラニハ、戦ウニ相応シイ決戦ノ場ガアルトハ思ワヌカ」
ミカヅチは、一応クジュウリが攻めてきていることを知り得ていたのだろう。驚くほど素直に剣を引いた。
「……いくら俺でも、
「か、畏まりました!」
ヴライの姿を見て驚いているのは、ミカヅチだけではない。
敵兵も怯え切っていた。まさか、オシュトルとヴライが協力関係にあるとは、と。
今回きりの嘘であるが、これで情報収集に少しは時間をかけるだろうし、その分、砦の補修と調練に時間をかけられる。
後退していった朝廷軍をそのまま見送った後、オシュトルに振り返る。
「其方……ハクか」
「アア……」
「また……其方に救われたな」
「オ前ハ真ッ直グスギル。頼ムカラ、死ンデ自分ニ全部押シ付ケルノハ勘弁シテクレ。ネコネガ泣イテタゾ」
「……ああ、もう二度とこのようなことはせぬ」
どうだかな。
お前はどこまでいっても、笑って死ねる漢だから。
「トリアエズ、働キスギテ疲レタ……宴ニハ参加デキソウニナイカラ、酒ヲ、残シテオイテクレルか――」
「ハク……?」
力が抜けていく感覚。
巨体のまま背中から倒れ、そのまま視界が暗転した。
ヴライの仮面引き継いじゃいました。
このまま影武者作戦も良かったけど、こっちの方が面白いと思いまして。
ヴライがいなくてエントゥアが味方だからこそできる展開ですね。
オシュトルさんのデコポンポ攻略に関しては、少しずつハクの影響を受けて、自身の隙である甘えが無くなっていった結果だと思うんです。なので圧勝という展開に。
オシュトルの用兵術+オシュトルの武力+ハクの狡賢さ=最強。
ガウンジよりボロギギリが強いんじゃないかと思いますがどうなんですかね。
ボロギギリからは逃げるだけですけど、ガウンジとは戦いますし。ムネチカさんがガウンジ殴り殺してましたし。