「ん・・・・」
暗い部屋で目が覚めた。
勿論、僕が寝泊まりしている部屋ではない。
寝ぼけた頭で考える。
僕は毎回組織のお金でホテルに泊まっているはず。ちょっと昨日の記憶があやふやだけど。
ああ、瞼が重い。思考が鈍い。昨日はなにしたっけ?お酒を飲んではいないと思うんだけど。
うーんうーん、と頭をひねってあ!と一つ思い出した。
「ファイヤー」
「・・・・ナツメ様」
ピシッとよく通るお姉さまの声。そうそう、確かナツメ様に、正確に言うとナツメ様のユンゲラーに眠らされたんだっけ。
そんなナツメ様の横には僕が捕まえたはずのファイヤーが。
なんでこうなっているかの説明くらいは、あるんだろうね。
「ええと、何か用です?こんなところじゃなんだから、オシャレなカフェとか行きません?」
だからほら、僕の両手を縛ってるこれ。この縄をほどいて下さーい。
「フフフ、相変わらずふざけた男」
そんな僕の提案も思案するまでもなく却下だったようだ。
余裕のある笑みは相も変わらず素敵だけど、こんな状況だからあまり素直に喜べない。
「ねえ、取引しましょうか」
スッと僕の顔にナツメ様の手が伸び、その綺麗な指が頬に触れる。
早速本題に入ってきた。取引?いったい何の?寝起きにはきついよ。
なーんて、大体予想はつくけれどね。
「このファイヤー、私に譲ってくれない?」
ほーらみろ。こういうことだ。
組織が全力で捕まえようとしたポケモンだ。手にすればこうなることは目に見えていた。
だからただ手をこまねいて指加えて見てたわけじゃあないんだぜ?
「いいですよ?」
「・・・・なに?」
僕の答えに、多少面食らった様子のナツメ様。どうやら人間ってのは、想像よりも物事がスムーズにいくと疑う習性があるらしい。
ああいいね、クールな表情も好きだけどそういう顔も嫌いじゃないぜ。
だけど今は、トキめいている場合じゃなくて。
「いいですよって言ったんですよ」
こういう時の僕の顔は今一体どんな表情なんだろうなあ。
きっと、いつもと変わらない笑顔で笑ってるんだろうけど。
「お前の目的がわからない」
先ほどのような余裕のある表情は既に無く、訝しむような目線を隠そうともしない。
「目的なんて、ただ、一つ頼まれて欲しいだけですよ」
「・・・?」
キョウ様についていたのも、ここまで組織のために頑張って来たのも、このためだ。
「ファイヤーは差し上げます。手柄も全部ナツメ様一人のものでいい」
だから。
「だからその代わり、僕を組織の研究室に入れてください」
「研究室?」
「ええ、タマムシシティのゲームセンター、その地下にある研究室ですよ」
下っ端には明かされていないはずのその情報に、ナツメ様は余計警戒心を強めたけれど。
「あそこに、ナツメ様の権力で僕を配属させてくださいよ。それがファイヤーを譲る条件です」
ナツメ様の隣にいるファイヤーは、どうやらまだ僕のらしい。
それはまあナツメ様が取引を持ち掛けてきた時点でわかっちゃいるけど、なんとなく感覚でまだ僕の手持ちなのだと実感する。
曲がりなりにも一応はトレーナーだからね。
”さいみんじゅつ”で無理やり交換という形にすればいいのに、と思ったけれどそんなリスクを冒さずとも手にできると踏んでいるのだろう。
なにせ僕は得体の知れないスーパールーキーですから。得体の知れなさで言ったら一、二を争うまである。
「・・・・・お前の目的はなんだ?」
先ほど一度した質問を、もう一度口にするナツメ様はよっぽど僕を警戒しているらしい。
「キョウを裏切ることになんの躊躇いもないのか?」
「いやー、申し訳ないなーって思いますよ。でもほら、自分の命のほうが大事じゃないっすかー」
「いいや、嘘だな」
ナツメ様はエスパータイプのエキスパートなのと同時に自身も超能力を扱うサイキックガールだ。
が、それが一体どんな超能力なのかを僕は知らない。
もしかしたら、人の心を覗けるようなそんなものだったら。
「お前は、他人の事などどうでもいいのだろう。自分の事しか考えていない。サカキ様への忠誠心など皆無だ」
そんな僕が、なぜファイヤーを捕まえることができたのか。そう言いたげな顔だなあ。
散々な言われようだけど、まあ概ね当たっているので反論できない。
「教えろ。お前の本当の目的を」
「・・・別に。隠すほどのものでもないんですけどねえ」
いやむしろ、積極的に開示していきたいまであるが。
「ナツメ様はそれを知ってどうするんです?」
「勿論、この組織に害あると思えばお前を排除する」
うーわー、ほーらほらほら。
だから安易に喋らんないんだよこの人には。
ナツメ様が言った通り、僕はこの組織に一ミリだって忠誠心などないし一ミリだって愛着もないけれど。
だけど、それでも辞めるわけにはいかないんだよ。それだけは絶対に。
少なくとも、ゲーセンの地下の施設を調べるまではね。
「本当に大したことないですよ。まあ、そうですねえ・・・」
このままダンマリだと勢いで断罪されそうなので、かといって真実を言う気にもなれず僕はフワッと伝えることにした。
だって、なんか癪じゃん。そう思う気持ちは僕にだってある。
「個人的な恨みですよ」
「なに?」
別に噓は言ってない。本当に個人的な恨みだ。
それを晴らすために、僕はこの組織に入った。
「つまりは憂さ晴らしですね」
「・・・・・・・」
あーあ、考え込んじゃった。
変なとこで真面目だなあこの人。
僕の言葉に噓偽りはないか、それを吟味している間に僕は言葉を重ねる。
「詳しくいってもいいんですけど、それをするならその前に一つ質問していいですか?」
この組織に入った目的は色々あるけど、その中の一つにナツメ様にこの質問をすることは含まれている。
「ナツメ様の超能力って一体どこまでの超能力なんでしょう?スプーン曲げ?物体浮遊?もしかして、予知能力とか」
そこで、僕は一旦言葉を区切る。
より、重みを増すために。
より、重要だというように。
「神通力とか、あったりして」
神通力、つまりは人の心を読める能力。テレパシーともいうかな。
「もしも、もしもナツメ様にその能力があるのなら。僕はあなたの忠実な部下になっていい。僕が握っている、他二匹のポケモンの情報だって差し上げましょう」
「・・・・・・・・」
かつてない真剣な表情の僕にナツメ様はまた考え込む姿勢を見せる。
考える、ということはそこに入り込む余地があるということだ。
「なぜそこまでする?キョウを裏切り私の庇護下に来ないというのならお前はどの道長くいられない。例え研究室が特別な場所で逃げ場になるとしてもだ」
「別に、逃げ場としてあそこに行きたいわけじゃないです」
それもこれも、全部話すのは答えを得てからだ。
神通力が、テレパシーが、ナツメ様にあるのかどうか。
「・・・率直に言えば、ない」
その言葉に、僕の心は多少さざ波たったけど。
「そうですか」
返事を返すくらいはできた。まあ元よりそこまで期待もしていなかった、というのは噓だけど。
あー、案外ショックだな。
自分の心にビックリだ。僕はもっとクールな奴だと思ってたぜ。
「だが、似たような事はできる。私のユンゲラーでな」
「・・・・・・・なんです、揺さぶりのつもりですか?」
僕の言い回しが気に食わなかったのか、ナツメ様の表情は嗜虐的だ。
「そうではない。私のユンゲラーは少々特殊でね。”さいみんじゅつ”で本人の記憶を揺さぶることができる」
記憶を揺さぶる?
「そう。本人が忘れていた記憶。思い出したくない記憶。それをエスパーの念で映し出す。それがこのユンゲラーの”さいみんじゅつ”よ」
「ははは」
いっけない、思わず笑いが出ちゃったよ。だってさ。
「一番欲しいものが、ここで手に入っちゃったよ」
ああなんて、なんていい日だろうか今日という日は。
これもあれもそれも、日頃の行いってやつ?
「お願いします。それ、僕にかけてください」
「私が言うのもなんだが、本当にいいのか?忘れた、思い出したくない記憶というのは大抵ロクなものじゃない」
ああ、知ってるよ。そのロクでもない記憶を僕は揺り起こしたいのさ。
「・・・・フン」
僕の表情が一ミリも変わらなかったことに不満げなナツメ様のパチン!という指鳴らしと共に景色は一瞬で変化する。
劇的に、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「うん?家、か?」
ナツメ様はもっとおどろおどろしい場所だと勝手に思っていたのか、ちょっと面食らっているが。
そんなの僕にはどうでもいい。今の僕には一ミリもそっちに関心を抱けない。
「ハァ・・・・ハァ・・・・」
動悸が、段々と早くなる。意識していないのに、心臓が早い。
苦しい。
痛い。
見たくない。
これから起こる光景を、僕は知っている。
何があって、結末はどうなるのか。
それを僕は嫌というほどに、知っている。
ナツメ様が、今どんな表情で僕を見ているのか。それを確かめる余裕は、無かった。
「お帰りなさい!お父さん!」
小さな、少女の声。
「ただいま」
大柄な、男の声。
「今日はシチューだよ」
細身でスラリとした女の声。
「おお、お前の好物だな。”カラー”」
そして。
そして。
「うん!!今日ね!僕の誕生日だから!!」
元気に、快活に、幸せを幸せだと感じることすらできない。
小さな、僕の声。
「ねえ、これがお前の見たかった光景?」
あれから、数時間が経った。
依然として風景は変わらず、リビングで小さな僕らは遊んでいた。
お父さんもお母さんもそれを微笑ましく見守っている。
幸せだ。幸せだろう。これのどこにも歪さなんて感じない。
ナツメ様はとうに飽きて枝毛をいじっている。
僕は、未だ動悸が収まらずにただただその光景を見やるばかりだ。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうね」
お母さんが優しい声色で僕らを諭す。
ああ、こんな声だった。こんな感じだった。
そして僕は。
「ええー、まだ眠くない!」
そうやって反抗する。いつも通り元気が有り余って。
そういえば、この日はマサラの子供たちとポケモンバトルをして負けたんだっけ。
ぶーぶーと文句を言う僕を宥め、目をこする妹と共に寝室へと移動させられた。
みんな川の字になって寝た。
そして、皆が寝静まった頃に僕は。
行ってしまったんだ。外に。
二階にあるモンスターボールを、カラカラが眠っているモンスターボールを持ち出して。
秘密の特訓だと言って、僕は外に出た。
何度後悔しただろう。何度時を戻せればと、思っただろう。
この時のことを、僕はきっと一生忘れないんだ。
「じゃあ、お前は何を見たいのだ」
どこからだろう。いつの間にか、声に出していたらしい。ナツメ様が問いかける。
何を?
「そんなの決まってる。この先をだ」
背中は脂汗で気持ち悪いし、体の中はしっちゃかめっちゃかにかき乱されたように気分が悪い。
吐き気がする。頭痛がする。関節が痛い。体が重い。
見なければいけないけれど、見たくない気持ちのほうが百億倍強い。
一回だけ、これっきりだ。
そう、自分を奮い立たせなければ今にも逃げ出しそうだ。
そーっと、抜き足差し足で外に出ていく小さな僕を見送って、場面は転換する。
「これはお前の記憶を再生しているにすぎないから、お前が知らない、見ていないことまでここで知ることはできない」
補足するようにナツメ様が言う。大丈夫、僕が見たいのは、この先なんだから。
突然に、視界が真っ赤に染まった。
轟々と、燃え盛る炎。
黒々と朽ちていく家。
匂いは感じないし、熱も感じないのがこれが現実ではないと知らせる。
「な、なにこれ・・・?」
そして、僕は戻ってきた。
息は切れ、瞳は大きく見開かれている。
信じられない。そんな言葉が突き刺さるように発せられていた。
「お母さん!お父さん!レイン!!」
妹の名前を叫んでも、両親のことを呼んでも。
帰ってくるのは、炎の燃える音で。灰の舞う景色だけだった。
「——————————っ———————っは」
現実の僕の呼吸ができない。でも、ここで意識を手放すわけにはいかないんだ。
本当に見たいのはこれじゃない。この一歩先なんだから。
一歩、その一歩を踏み出すように僕は苦し紛れに手を伸ばした。
「ああ—————————!」
そうして、ようやく見つけた。
真っ赤な景色に佇む。
”真っ黒いポケモンを”。
・・・・・・・・・・。
どうも君に決めた!高宮です。
後書きが一番苦労する。なに?そんなねえ、面白いことなんてね、そうそう起こらないんですよ!
だからねえ!こんな早く終わるけども!次回もよろしくお願いしますね!