「うーわ、こりゃダメかもね」
レッドとキョウ様の戦いで崩れた岩盤は大きな大きな岩でそれはもう人なんて軽くペシャンコにするくらいの重さは十二分にある。
そんな岩が落石してきたんだ。それも不意打ちで。
生きてる保障なんて、ない。
「なにがダメなんだ?カラー」
「えーっと、勿論この洞窟が、って意味ですよ?キョウ様」
うえーい、当然のように涼しい顔で姿を現したキョウ様の顔はまだまだ余裕だ。
そのキョウ様のそばには自身のポケモンであるベトベターが。
どうやらそのベトベターで防御していたらしい。
「流石の判断力ですね。キョウ様」
「ふふ、お前的には死んでいたほうがよかったか?」
意味ありげに笑うその声は相変わらず渋いなあ。
「いえいえ、生きてて心底うれしいです」
「そうは見えんがね」
「感情が出づらいんです。ほら、ちゃんと笑顔でしょ?」
キョウ様の後ろには部下たちが倒れているものの、どうやら全員無事らしい。
重傷なのは見る限りではおらず、そろそろ意識を取り戻すだろう。
「怒っているのか。お前を連れて行かなかったことに」
「ええ、プンプンですよ」
「くく、お前は手元に置いておくより手放していたほうがよく使えるのでな。こんな雑用は押し付けんよ」
すいませんキョウ様。他の部隊ではガンガン押し付けられてます。雑用。
「それより、わかっているだろうな」
「はいはーい、”他の幹部の動向チェック”は良好です。今のところ、ナツメ様。マチス様双方共に伝説のポケモンとの接触はありません」
そう、僕だけが他の隊員たちと違ってフリーに動ける理由。
マチス様とナツメ様の動向を常にチェックしておきキョウ様に報告する。そのためだ。
重要なのはボスではなくキョウ様にという点。
「くっくっく。そうかまだか。これでこの俺が、いの一番に手に入れればサカキ様の右腕としての地位も堅いというもの」
さっきから笑みが絶えないなあーキョウ様は。
まあいいことだよ。笑う門には福来るってね。
というわけで、僕は他の幹部の皆々様方の動向を監視するという危険を冒す代わりに自由行動を許可されているわけだ。
そのせいでマチス様には疑われて嫌われて、他の隊員には「なんだあいつ部隊にも入らずフラフラしやがって」とやっかまれるわけですけど。
さっきのニドリーノは大方そこで伸びている隊員の内の誰かがけしかけたんだろう。
大丈夫!傷ついてない!だって日常茶飯事だから!!
それに、それもしょうがないよね。なにせ僕まだ入隊して半年ってとこだし。
異例のスピード出世ですよ。いやあ、才能あるものは恨まれるってこれ世の常な。
「とはいえ、悠長に事を構えていられないのも事実。こちらもまだ伝説のポケモンについての情報はロクにないのだからな」
言葉の最後に「これからもよろしく頼むぞ」と釘を刺されて「もちろん」と僕は調子よく返事を返す。
その言葉の裏はいくら何でも簡単だ。
それは言い換えればつまりは”裏切るなよ”。そう言っているようにしか聞こえない。
ははは。この僕ほど忠誠心という言葉がぴったりな奴もそうはおるまい。僕の忠誠心を見ればハチ公も真っ青だぜ。
「そうか、ならいい。次はマチスのところに行け。なにやらサントアンヌ号を使い企てているらしい」
「はい。もし伝説のポケモンを捕まえそうになったら阻止する。でいいんですよね?」
「ああ」
再度任務内容を確認して、僕は洞窟を後にした。いつまでも埃っぽいところにはいられない。
報告連絡相談。これが社会人のモットーですから。
「おお、思ったよりも大きいな」
洞窟を後にしてから数日後、僕はサントアンヌ号が停泊しているクチバシティへとやってきていた。
クチバシティは港町。その大きな海に面しているこの町はなんとも爽やかで。
「すっごくべたつく」
潮風がものっすごい。物凄い髪とかべたつく。
マチス様はいるのかな?こんなとこに。
なんて心配は実はあまりしていない。
マチス様が元ジムリーダーだという話は前にしたと思うけど、何を隠そうそのジムがあるのがここ、クチバシティだ。
「愛着があるのかは知らないけれど、部下にやらせるだけ。って線は薄いよね」
自分のジムがある町というのは地元のようなものだろうし。
マチス様の性格上自身が出張ってくる確率は高い。
「どうもー。お邪魔しまーす」
サントアンヌ号に乗り込み、僕は誰に言うでもなく一人声を出す。
礼儀はちゃんとしろってお母さんに教わったからね。
サントアンヌ号の中はいたって普通の船。外で見た通り流石の広さではあるが特に変わった点はない。
企てているとキョウ様は言っていたが、いつも通りその中身は僕が調べるということでしょうね。うん、わかってた!
見立て普通の船のここでいったい何をしようとしているのか。
「伝説のポケモンにつながる何か、とかだったら荷が重いなあ」
一応任務ではあるのでそこら辺も調べなきゃいけないんだけど、ああ肩が重い。
大体なんだよ伝説って、いち下っ端であるところの僕に頼むような出来事じゃあないだろう。
気が重いったらありゃしないが、任務なら仕方がない。
そろそろキョウ様の我慢も限界にきてそうだし、ここらでいっちょ成果をあげないと僕の立ち位置だって危うい。
じゃなきゃあんな風に釘を刺してこないだろう。
「どうか何も出てきませんように」
キョウ様が聞いたら怒りそうな願掛けしながら僕は直も船を探索する。
船の構造も部屋にも特別なことは何もない。
「おっと」
そう気を抜いていると罠に陥るのが人の常。
何個目かの部屋を探索していると不意にその部屋から獰猛な唸り声。
「あれは・・・エレブー?」
エレブーという電気タイプのポケモン、見るからに凶暴な顔のポケモンがその部屋には鎖でつながれていた。
まあ察するに狂暴すぎて言うことを聞かないのだろう。ああして繋いでおくことで安全性を確保しているんだ。
「よーし、近づかない」
こう言ってしまうとフラグっぽいけどあそこには間違っても近づかないようにしないと。
よくよく見ると、エレブーのほかにもモンスターボールに入れられていないポケモンたちがいる。
後ろにいる他のポケモンはどうにも怪しいけれど今はどうでもいいね。
さて、でもそれじゃあ任務が達成できない。
ここには企てているらしいことの欠片どころか船員が人っ子一人いない。
当然マチス様だっていない。
これはどういうことだろう。
「まさか、ついにキョウ様からもはぶかれだしたのかしらん?」
それはマズい。ひっじょーにマズい。
キョウ様に見放されると今の僕じゃゲームオーバーだ。
なにせ、僕には他の有象無象とは違って、ちゃんとした”目的”ってやつがあるんだから。
「なにを独り言くっちゃべってやがる?」
「・・・わ、マチス様だ」
ちょうど船の詮索が終わったときでよかった。真後ろですごんでいるマチス様が怖すぎることを除けば概ね順調だ。
僕の作戦ではマチス様に見つかるまではなるべく隠れて情報を探ろうと思っていたけど、うーん、こんなに早く見つかるとは思ってなかったや。
「なぜここにお前がいる?」
当然の質問は、当然のように答えを用意している。
「いやー、ほら。僕ってばフリーでしょ?ちょっとそろそろ落ち着こうと思いまして、そんでマチス様の隊に入れてもらおうと思いまして」
僕はキョウ様の従順なる手下だけど、それは表立ってはいない。
表立っては僕はなぜだかフリーで動く下っ端でそれをとがめられることもない奴ということだ。
ほら、ムカつくでしょ?
誰だってそりゃこんな不透明で組織を乱す奴がいればムカっ腹が立つのも当たり前ということである。
「ああ!!?」
とはいえ。マチス様はちょっと怒りすぎだとは思うけどね。
カルシウム?カルシウムが足りないのかな?
「てめえ前回のこと忘れてるわけじゃあねえよな」
前回?なんだろう。もう随分と前のことなのですっかりと忘れてしまった。
記憶力には何がいいのだろう。とりあえずカルシウムじゃないことは確かだ。
「次に会ったときは容赦しない。そう言ったはずだぜ」
ああ、そういえばそんなこともあったようなかったような。正直覚えていない。
なにせこちとら過去は振り返らない主義ですから。明日を見据えて生きる主義ですから。
「・・・・フン。まあそれを踏まえてなお、俺の所に来たってんならそこだけは評価してやる」
ただ黙っていただけなのにどうやらいいようにとってくれたらしい。案外いい人かもしれないこの人。
それでは、何もしていないのに勝手に僕の株が上がったところで早速本題に入ろう。
「で?一体全体僕はここで何をすればよろしいんですか?ていうか、ここはいったい何をする場所なんです?」
あくまでさらっと、まるで世間話のように。僕は尋ねた。
「ああ、そうだな。ここサントアンヌ号はただの船じゃあねえ」
まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにマチス様はニヤニヤと自慢げに話す。
この船で伝説のポケモンを捕まえに行くのか、それともそれに繋がるなにかを探しに行くのか。
その答えを聞くべく、マチス様の言葉に耳を傾ける。
「いいか。ここの平和ボケしちまってるかわいそーなポケモンたちをとっ捕まえて、各地に売りさばくのさ。勿論、表向きはグレン島に荷物運ぶためってなってるがな。ウワハハハハ!」
全然違ったー。全然伝説関係なかったー。全然ただの金儲けだったー。
すごい上機嫌で語るマチス様の表情はこれ以上ないくらいの笑みをしている。
なるほど先ほどエレブーの後ろにいたポケモンたちはそういう目的か。
よかった。これだったら多少の自由は許してくれそうだ。
伝説のポケモンについてマチス様は探っていなかった。ならここでするべきもう一つのことに集中するべきだ。
多少の自由。それがあるのとないのでは調査の進み具合が違う。
「そこで、だ。カラー。お前にはしてもらうことがある」
・・・あれ?
これは嫌な予感。
ニヤリと上から見下ろすその笑顔は笑っちゃうほどに怪しすぎる。
まさに悪の組織の幹部って感じだ。
「よっこらせ」
あーあ、やっぱりこうなるんだなー。
肩やら腰やらを揉んで一息つく。大きな木箱を抱えて船に向かう僕はああいったい何をやっているんだろうか。
「おらー、さっさと運べ」
「あいあいさー」
THE、雑用。
マチス様に見つかって早数日。予想した通りに僕は雑用を押し付けられていた。
表向きにはグレン島に荷物を運ぶという理由がある以上、見かけだけでも荷物を運んでいるところを見せなきゃいけないということで僕はそのお仕事を手伝っている。
そのため当然ここにきた本来の目的は達せられていない。
どころか一ミリも進んですらいない。
なにせ休みもなくずっと働かせられているのだから。なにせずっと重労働な肉体労働だから。
これをマチス様が計算してやっているのならお手上げだが。
きっとただの嫌がらせだ。きっとただ僕のことが嫌いなだけだ。
「おーい、お前。マチス様が呼んでいるぞ」
ずっと一緒に働いてきた名も知らない海兵Aが僕を呼ぶ。
マチス様が僕を呼んでいる?なんだろう?ついにクビかな?
もしや適度にサボっていたのがバレてしまったのだろうか。
まあそれはそれでいいか。キョウ様にはまたなんの成果もあげられませんでしたって言えば許してくれるでしょ。
それでも一応はヒヤヒヤしながらマチス様がいる船長室に行く。
「失礼します」
「おお、来たか」
船長室でふんぞり返ってるマチス様は気に食わないと言いたそうな顔で僕に告げる。
「てめえよく仕事しているようだな」
「ありがとうございます」
おお、まさかこの人から褒められるとは思わなかったけど。
「そうだな。そろそろてめえもこっちに加われ」
「はあ、こっち・・・とは?」
「当然。ポケモンたちの強奪!!」
ふぅ。ようやく来たな。
ま、肉体労働よりも大分マシだな。
なぜかって?そりゃそうさ。
マチス様は伝説のポケモンについてはなんの策も講じていなかった。
これは事実だから仕方ない。キョウ様に嘘は報告できないからね。
とはいえ、前も言った通り何の成果も無しじゃあ僕が切られちゃう。
そこで僕が成果をあげられる一つの策がここ、クチバシティにある。
クチバは港町だ。ということは他の町よりも色んな人間が集まるということで。
必然、他の町より情報が集まりやすい。
今までの肉体労働じゃあ町に出ることも一苦労だが、この仕事なら何の不自然さもなく町に出て情報を得られる。
つまり”伝説のポケモン”たちの情報を、だ。
「あいあいさー」
「・・・・・お前その挨拶なんなんだ」
決して心情を悟られないように返事をしたつもりだったが、意外なところに疑問を持たれた。
「えー?海の船員っていったらこれじゃないですか?」
「どんなイメージだ!いいからいって来い!」
あれ?マチス様から振ってきたのに最終的に僕が怒られてるよ?おかしいね。
とはいえようやくキョウ様の任務に取り掛かれる。
それじゃあまた次の話で。
どうも高宮オートマターです。
やりたいゲームがありすぎて詰んでる。リアルに一日が27時間くらいあったらいいのに。
それではまた次回もよろしくお願いします。