「悪いが逃がしはしない、フリーザー。今君を、ここで捕まえる」
この人生、おちゃらけて、ふざけて、茶化してごまかして生きてきたけれど。
どうやらここだけは僕が真剣になる数少ない場面なのだろう。
自分でもわかるくらいに、顔が引き締まっているのを感じる。
「ギャアアアアス!!」
そんな僕の感覚が伝わったのだろう。フリーザーも呼応するように雄叫びを上げた。
「だから、時間はかけないって言っただろう」
「ギャ?」
「・・・・・・、”みねうち”」
上空を飛んでいるフリーザーには、ある種の油断があった。
それはリーチの問題、僕もブルーもフリーザーほど上空を素早く動く相手に攻撃を当てられるポケモンはいない。
なまじ一度警戒してしまったからこそ、フリーザーは本気だった。
「だからこそそこに付け入る隙がある。本気になった相手ほど、意表をつけるものはない」
カラカラは、最初の一撃の後フリーザーの背中にくっついていた。種明かしをするならただ、それだけのことだ。
「だけど気付かなかっただろう?”僕たちを追うのに本気だったから”本気ってのは、他に集中を回せるほど余裕なんてないんだよ」
「ギュ、ウウウウウウウ!」
それでも、僕の言葉を聞きながらフリーザーは上空で体制をなんとか立て直そうとする。
流石は伝説のポケモン、体力を限界まで削る技”みねうち”を食らってもなお意識を保っているその胆力には尊敬するよ。
「だけど僕の勝ちだ。”みねうち”が決まった時点でね」
そして、と、僕は付け加える。
「二度、同じ手が通用すると思うなよ。”ファイヤー”」
「グギャ!?」
僕たちがフリーザーに気を取られている間、ひっそりと背後に忍び寄っていたファイヤーはフリーザーがピンチに陥ったと見るや否や、僕に特攻紛いの”ドリルくちばし”をしかけてきた。
が、しかし。
「カメちゃん、”カウンター”」
僕の左手から放たれたブルーのカメックスの強烈なカウンターが決まる。右ストレートはファイヤーの頬に綺麗に吸い込まれていった。
一瞬でブルーの腰から拝借したのはご容赦いただきたい。
「な!い、いつの間に!」
「うるさいなあ、代わりに僕のウインディを一時的に交換してんだから文句言うな」
「ギャアアアア!」
「っとと、まだそんな元気があったのかい?フリーザー」
ファイヤーが目の前でやられて、激昂したフリーザーの雄叫びに僕はゆっくりと近づく。
既に空を飛ぶ力も尽きて、痛々しく地面に横たわる彼に、ゆっくりと。
僕は、モンスターボールを押し当てる。
ぎゅっと、柔らかい体の感覚があって。その後にフリーザーはボールに吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっとカラー!モンスターボールっていくらなんでも無謀・・・」
「大丈夫さ。こうすれば」
確かに、フリーザーほどのポケモンはハイパーボール以上のボールが妥当なのだろう。
だけど生憎、そんな用意はしていない。
現に、僕の手元でモンスターボールはクルクルと回っており今にも飛び出してきそうではある。
「だからこうするのさ」
ギュっと、僕はボールが動かないように、開かないように握りしめる。
ただ、ただ。力づくで。
反抗して飛び出ようとするフリーザーの力と、それを押さえつける僕の力。
勝ったのは。
「・・・ほんと、無茶苦茶ね。アナタ」
「君が前もって教えてくれれば万全の準備で臨んだんだけどね」
ブルーの呆れたような声に僕は皮肉で返す。どうやらそんなことを言っていられるくらいの余裕はあったらしい。
手元のボールは大人しく僕の手元に収まっていた。
「しょうがないでしょ、全部話したりしたら協力してくれたか怪しいし」
「ははは」
確かに、ブルーの為にわざわざカントーまで出向き尚且つ伝説のポケモンを捕まえるだなんて相当の金を積まれないとやってられない。
がしかし、こと一つの情報においては。
よっぽどその常識を覆してしまうのだ。
セレビィ。通称”ときわたりポケモン”。伝説の一匹。
僕もジョウトで調べものをしていた時にその名を耳にしたことぐらいはある。
が、そんな眉唾な話を本気になどしていなかったし、そも仮に本当だとして出現条件が極めて悪い。
ウメバの森のその奥にある祠。そこにある条件が満たされた時のみ光り輝いてセレビィは現れる。
その条件とやらが僕にはわからなかったし、悠長に待っていられるほど僕は気長でもない。
「さて、受けた仕事はちゃんとやるのがポリシーだ。ブルー、君のトラウマを克服する手伝いをしてあげよう」
手元に収まったフリーザーをポイとブルーに投げ渡して。
僕はスタスタと倒れたまま放っておかれたファイヤーの所へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「僕はカウンセラーでもなければ、専門家でもないただの素人だ。だから、安全で完璧な治療方なんて知らない」
落ち着いてしまうと、まだ恐怖が思い出されるのだろう。ブルーのその表情は引き攣っている。
ファイヤーを二、三メートル目前にして僕は立ち止った。
「それでも、”経験則からの”アドバイスぐらいなら出来る」
「・・・いいわ、今はとにかくスピードが大事なんだから」
状況、つまりは現状をブルーは理解しているのだろう。急がなくてはいけない、と。
それは、僕も同じだが。
仮面の男がルギアを手に入れている可能性がある以上、もうそれは”ルギアを手に入れた”と決め打ちしてこちら側は動かなければならない。
こういう、情報で一歩遅れているのは僕は好きじゃないんだけど、そんなことを言ってもいられない。
「まあ、一言で言えば慣れだ。トラウマを克服するってのは要するにその状況に慣れるってことなんだよ」
だからこそ手段は選んではいられない。ブルーには悪いがね。
なんだって、初めてやることは怖い。失敗したらどうしよう、間違えてしまったらどうしよう。
不安に駆られて、どうでもいいことを考える。現実を見たくないから、思考に逃避して。本当にそうなったときのための予行演習に余念がない。
だけど、それを毎回やるやつはいないだろう。程度の差はあれど数回同じことを繰り返せばそういったことはしなくなる。
「だから繰り返していくことだ。当時の状況をなるべく冷静に、なるべく的確に思い出しながら」
ここで大事なのは、多分焦らないことだ。辛くなれば辞めていいし、したくなければしなくていい。
が、こと僕らの現実ではそれが出来ない。なにせ、一年も二年も時間をかけるわけにはいかないからだ。
求められるのはスピーディーさ。
ならば人権など知ったことか。
「・・・・わかったわ。言う通りにする」
僕の予想外な真剣さに、ブルーも了承してくれたのか僕の隣に立つ。
「イメージしろ、瞳は閉じるな。目の前にいるのは当時のポケモンじゃあない。ただの、鳥ポケモンだ。他の奴らと変わらない。カメちゃんも、ニドちゃんも。何も変わらない」
暗示というのは厄介で、自分でかけてしまったそれを解くのは並大抵のことじゃない。
だから、少々強引にでもやらせてもらう。
「さあ、手を出して。大丈夫さ、目の前にいるのはただのポケモンだ」
「・・・・・・・・うっ」
「怖くてもいい、恐れていてもいい。だけど、勇気だけは持って。差し出して掌を引っ込めないで」
震えるブルーの右手に、優しく僕の左手を添える。
ファイヤーに触れるために、勇気を出している女の子の手を。
「・・・・あ、触れた」
恐る恐る、本当にビクビクと子犬のように震えながら。
それでも触れた。触れられた。
きっとこの事実は自信になって、今後のトラウマ克服に一役買うだろう。
ブルーのほっとしたような、和らいだ表情を見てそう思った。
「さて、じゃあ捕まえてくれ。僕は生憎モンスターボールを持ってない」
「え、ええ!?いきなり!?」
ちょっとした緊張感が解けたからか、ブルーの声は一段と大きくなる。
「いきなりなことあるか、フリーザーは僕がやってあげただろう?」
「・・・なによ、上から目線ね」
「おいおい、実際年上だしぃ?上から行って何が悪い?」
「あーあー!うるさいうるさい!やればいいんでしょ、やれば」
まったくもって口の減らない女だな。
それでもブルーはやや緊張した面持ちでハイパーボールを取り出す。
一度ちゃんと触れられたからだろうか、ブルーの顔には緊張があっても、恐怖はないように見える。
恐怖とはとどのつまり未知からくる。
人は知らないから怖いのだ。
知らない物が怖い、知らない人が怖い、知らない環境が怖い、知らない場所が怖い、知らない経験が怖い。
そして怖いから遠ざけようとする。その方法は千差万別、人それぞれだが。
だが、いつまでも怖いわけじゃあない。人間というのはよくできている、流石は神様が作っただけはあるようで。
「慣れというのは本当に便利だ。あれだけ不安で、今にも逃げ出しそうだった事柄からだって人は平気になって慣れてしまう」
それが良いことなのか、はたまた悪いことなのかは僕にはわからないけどね。
「さてブルー、僕がこうして長々と語っているんだ。さっさと気持ち固めてボール投げちゃえよ」
「う、うっさいわね!今やろうとしてたわよ!」
「どーだか」
僕の余計な一言にブルーはいーっと、顔を歪めてからファイヤーに向き直る。
(あーあ、せっかく緊張ほぐしてやったってのに)
ブルーは再度神妙な面持ちで、二、三深呼吸してから瞳を静かに開いた。
「ごめんね、自由に飛び待っていたのに。平和を脅かすような真似して。でも、今の私にはアナタたちの力が必要なの。お願い、力を貸して」
「・・・・・フンッ」
地面に横たわっていたファイヤーは、不満げに鼻を鳴らす。が、どうやら抵抗しようという気はないらしい。
それをブルーも察したのだろう。クスリと、少しだけ笑って優しく彼女はファイヤーを両手に収めた。
流石に少し疲れたので多少の休憩の後。
「それで?これからどーするの?」
「決まってるだろ、帰るんだよ。ジョウトに」
仮面の男の目的は図らずも僕の目的にも被っている。
セレビィを捕まえて何をするのかは知らないが。
「殺してでも奪い取ってやるさ」
「・・・・・」
酷い顔をしている。その自覚はあるさ。
だからそんなに引かないでくれよ、ブルー。
「アンタの目的とか別にどーでもいいんだけどさ。一つだけ聞いていい?てか、聞くわ」
ブルーは僕の了承もなしにペラペラと喋り続ける。
「”経験則からのアドバイス”。カラー、アンタは私にそう言ったわよね。それ、どーゆう意味なの?」
「・・・言ったかい?そんなこと」
まったく、どうでもいいことが気になる子だな。めざといというかなんというか。
「ええ、言ったわ」
彼女のその強く、まっすぐにこちらを見てくる瞳に、僕はため息をつく。
オーケーわかった。僕の負けだ。
今は、珍しく気分もいい。多少の自分語りには目を瞑ろう。
「・・・昔、家族が火事で焼かれてね。それからどーも、炎を見るのが苦手だった」
映像だろうが、現実だろうが。
偽物だろうが、本物だろうが。
小さかろうが、大きかろうが。
分け隔てなく、全て等しく炎というやつが苦手だった。
見るのも嫌だった。感じるのも嫌だった。それがこの世界にあることすら許せなかった。
「・・・どーやって克服したの?」
家族、その言葉にピクリと反応したブルーは真剣に尋ねてくる。
だから僕も珍しくまともに答えた。
「一緒さ、君と同じ。慣れようと頑張ったのさ。ありとあらゆる方法でね」
炎を見た。吐くまで見た。
炎に触れた。火傷するまで触れた。
そんなことを無茶苦茶に繰り返すうちに、僕は炎に何も感じなくなっていった。
それが良いことで、正しいことだったのかなんてどーでもよくて。
ただ僕には、恐怖している暇などなかっただけだ。
「さて、僕はもう行くよ。ああ、ちなみに言うけれど。こんなことを言うのは最初で最後だぜ。まあ、情報をくれたちょっとしたお礼とでも思ってくれ」
クロバットをボールから出しながら、僕は最後に一言付け加える。
「サンダーは君一人で捕まえるんだ。きっとそれができりゃあ本当に克服したんだろうよ」
「わかってる」
「そうかい、じゃあね」
そうして僕は旅立った。
このジョウトでの最後になる場所へと。
それではまた、次のお話へ。
ペル・・・ソナ!どうも、高宮です。
ということで、四月後半ですね。もう新生活が始まって早一か月が経とうとしております。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
僕はと言えば大学生活が楽しいです。
新歓で飲み過ぎてげろ吐いたり、新歓で飲み過ぎてゲロ吐いたり。新歓で飲み過ぎてゲボ吐いたりしました。
楽しいです。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。