「なんでテメエがいやがんだ?カラー・・・?」
「いやいや、それはこっちのセリフですって、マチスさん。つか、前回もやりましたよ。このやりとり」
マツバに用があってここまで来たのはいいものの、まったくもってお呼びじゃあない人にばったり出会ってしまう。
こんな偶然はいらないし、これが運命だというのなら僕は神様を恨もう。
「で、これは何の真似ですか?」
左手をコイルでがっちりとロックオンし拘束しているのはマチスさん。確かにこんなことされるような恨みを買った覚えは、あれもこれもあるんだけど。
「ああ?オメエが勝手に射線上に入ってきたんだろうが、テメエこそ何の真似だよ」
んん?マチスさんの呆れたようなイラついた表情に嘘はない。ロケット団にいた頃さんざ見た表情だから、間違えることはない。
ということは、今回のこれはマジで紛れもなく偶然?僕の運が悪いってやつ?それともマチスさんの運かな?うん、そうだ、そうに違いない。
なにせ今僕はキテいるはずだからね。
「んんっ。取り込み中のところ悪いが、これは一体なに巻き込まれているのかな?僕は」
そこで初めてマツバは口を開いた。
額のバンダナが特徴的な全体的に優男の雰囲気が抜けない男だ。こんなやつが千里眼持ちのジムリーダーだってんだから、世も末だね。
あ、とっくにそうか。
「いえいえ、なーんか自分関係ない。みないな態度ですけど、僕はアナタに用があってきたんですよ」
「おい、カラー。なんだそれは、このオレを差し置いて話を進めんじゃねえ。オレの方が先だ」
「えー?マチスさんも、この人に用があるんですか?」
なんて、僕にないなら当然マツバにしかないわけだが。
「いいじゃないっすかー、譲ってくださいよー。なんせこちとら数週間前からこの人探してたんだから」
もう捕まんないのなんのって。
「冗談じゃねえ、こっちは一発やってきたところなんだよ。そんな余裕はねえ」
「やだー、一発ってマチスさんやらしい」
「おい、テメエが千眼通のマツバで本当にいいんだな?」
「・・・・・ああ。紛れもなく」
あ、無視されたー。そんで勝手に順番決められた。
まあいいけどね、こっちは急ぎでもない。というか対して期待してないってのが本音なんだけど。
それに、マチスさんの体の状態。完全に死にかけのボロ雑巾みたいなその姿に免じて今回は黙っておいてやろう。
「チッ、カラーの偉そうな顔には頭に来るが、今はこっちだ」
あらら、ばれてましたか。
そう毒づいてボロボロのマチスさんが取り出してきたのは、これまたボロボロの装備品。
「こちとらマルマインの”じばく”を目一杯受けて、その後水中戦をかましてきたところなんだ。是が非でも見てもらうぜ」
キャップとゴーグル、そしてブーツ。
大きさからみて10歳前後の子供のものだ。一人分なのか、二人分なのかはわからないけれど。
「で?マチス様、まさかこいつらをさっきの話で消しちゃったとか、そういう話ですか?」
だから証拠隠滅のためにこいつらの素性を知りたいとか、そんなどーでもいいことで割り込んできたのかよ。最悪だぜ。
「てめえは、ちょっと黙ってろ」
「はーい」
「ケッ。俺だって、引き揚げた荷物ん中にコイツが入ってなきゃさっさとカントーに帰ってたぜ」
やや自嘲気味に、そういうマチスさんはさらにもう一つ、いや、二つのモノを取り出した。
赤く長方形のそれは、ジョウトにきてすぐに押し付けられそうになったそのブツと似てなくもない。
いや、完全に一致している。
「ポケモン図鑑・・・」
「ああ、そうだ。こいつが湖の底で氷漬けにされていたのを俺が拾った。今まで散々コイツを持ったガキどもが大人以上の力を発揮するのを見てきたからな、簡単にお陀仏するとは思えねえ」
一瞬、クリスの顔がよぎって僕はすぐにそれを否定する。
目の前の二組の装備品は、どう見ても男物だ。クリスのそれではない。
つまり、クリス以外の、ポケモン図鑑をオーキド博士から預けられた二人ってわけだ。
なるほどなるほど。
で、マチスさんはそれを知ってどうしようっていうのか。
「なあ、さっきから一体何の話をしてるんだ?」
当然、そんな話に一切縁がないマツバは痺れを切らして声をかけてきた。
「こっちの話さ」
マチスさんがフッと笑いながら答え、そして話を戻す。
「ウチにも似たようなことをできる女がいるが、生憎今は療養中でね。金ならある」
「ウワーオ」
ドサリと、ぱっと見ただけで大層な金額の札束が無造作に投げ捨てられる。
思わず声が漏れちゃったぜ。大丈夫かな、僕の目、¥のマークになってないかな。
「—————————フム、汚い金ではないらしい」
「そんなことまでわかんのか!」
多少は疑っていたのだろうマチスさんは驚きで思わず声が漏れた。かくいう僕も、確信したのは今だったけど。
「そうさ!真面目にアクア号の船員として稼いだ」
いやー、マチスさんから真面目とかいう言葉が出てくるなんて。笑っちまうほど似合わないなあ。
まあ、黙ってろって言われたから黙ってますけどね!一応元部下なんで、僕。
「・・・そろそろこれを外してくれないか?でなければ、俺のムウマの”サイケこうせん”が飛ぶぞ」
「ハン!右を見な。先にライチュウの尻尾がお前を突き刺すぜ」
それに、と、マチスさんは言葉を付け加える。
「左のガキを見な、こう見えて容赦なんて言葉はそいつには通じねえからよ」
「これは・・・クロバットか。君のかい?」
あんまりにも僕を無視して話を進めていくもんで、ちょっと退屈してたんですよ。
結果としてマチスさんを助けるような恰好になっているのは甚だ遺憾ですがね。
「いえいえ、野生じゃあないですか?こう見えて僕子供なんですよ?首元に刃先を向けるなってお母さんに習ったんですから」
「フフ」
おお、流石はジムリーダー様といったところか。こんな修羅場は何度もくぐってきたとその笑みが言っている。
「さて、どうするよ?」
右を見ても左を見ても絶体絶命、こんな場面に陥らないように僕は気を付けよう。
「いいや、引き受けよう」
「へ?」
がっくりと、マツバの答えを聞いたマチスさんは肩の力が抜けたように拍子抜けする。
てっきりもう一波乱くらいは覚悟していたのだろう。それはマツバ同様、数々の修羅場をくぐってきた経験則だ。
「内容は少々変わっているが、それ以外は普段俺に探し物をする連中と変わらんからな」
だが、案外目の前の男は聞きわけがよかったらしい。それとも、ご自慢の千里眼でここまで見えていたのかは知らないけど。
「少し離れていてくれ」
こうして、マチスさんの探し物の件は無事に解決を迎えたのだった。
「迎えてねえよ!!」
「あり?」
マツバとの一件の後、僕は今なぜだかアクア号に乗っている。
よりにもよってマチスさんと一緒に。
「なーんでこんなことしなくちゃならないんですかねえ。ねえ、マチスさん」
「うるせえ。てめえが二人のガキの内、一人を知ってるっつーからだろうが」
そう、あの時。僕は不注意にもそのことを漏らしてしまったのだ。
あの装備品の一つ、黒いブーツから見つけた”SILVER”の文字。
そして僕が持っている、オーキド博士の研究所に押し入った強盗からくすねていたハンカチ。
ここにも同じ綴りでシルバー、と名前が書かれている。
とはいえ、こんなにわざとらしく名前入りの持ち物を身につけているだなんて、あの手慣れた手付きとは相反していてどうもその名前を僕は信用できなかったのだけれど。
ここにきて、その名前の信憑性は確実性を帯びた。
なーんてことを漏らしてしまったせいで、こうしてマチスさんに捕まり結局マツバには見てもらえなかったけれど。
(いや本当に手練れって感じの泥棒だったのに、変なとこで真面目なのかな?)
だとしたら致命的だ。どちらにも染まり切れていない中途半端など、泥棒としてはやっていけないだろう。
まあ、人生の先輩からの忠告としてハンカチと共に渡してあげようかな。
「それにまあ、気になることがないこともないし」
「ああ?なんだカラー」
「ひとりごとでーす」
「少佐-!指示した場所に着きましたー!!」
なんてことを話している間に、アクア号の船員の一人(この人しか見たことないけど)が目的地到着を告げる。
「おお。さて、外観、地形、全てがあのマツバの言った通りだな」
「っすねー」
うずしおがまるで島を守るように点在しているこの場所。
来るのにも一苦労って場所だけど、本当にいるのかねえ。
「そーいや、なんでマチスさんはその子供たちを探してるんです?」
「ああ、リベンジのためだ」
「リベンジ?」
そーいえば、あの時のマチスさんはやけにボロボロだった。マルマインの”じばく”を食らったとか言ってたっけ?
「らしくないですねえー、電気タイプのエキスパートが。電気タイプのポケモンにやられるなんて」
「・・・勘違いするな。”じばく”は、自分で使ったのさ」
「はい?」
「仮面の男、通称”マスク・オブ・アイス”。俺らの知らねえ内にロケット団の残党をまとめ上げ、新首領を名乗ってるっつーふざけた野郎だ」
仮面の男?新首領?・・・知らなかった。そんなことになってたんだ、今。
「てめえも元ロケット団ならわかるだろ。それがどれほど俺たちにとっての屈辱か」
ロケット団のボスはサカキ様だけ。
そう思ってるからこそ、あの人がいない今。こうしてマチスさんたちはのんびり真面目にジムリーダーやってるわけだ。
「なるほど、それでアクア号の船長か」
「そうさ、ジョウトにいるっつー仮面の男の情報を得るために俺は船長になって何度もジョウトに足を運んだ。ここ数か月のジョウトの事件、”ウツギ研究所のワニノコ盗難騒動”から始まり最近だと”エンジュの地盤沈下騒動”」
その全てにロケット団が関わっていた。と。
マチスさんの顔は見るまでもなく怒りに沸いていた。握った拳が震えるほどには。
(エンジュの地盤沈下、そうか。あれは人の、ロケット団の仕業だったのか)
目的は、明確か。
ホウオウ。
(また、僕の仮説が裏付けされたな。これでホウオウが存在するのは確定だ)
ここまでの事件を起こしているんだ。そこにはなんらかの確信があるはず。
その仮面の男と呼ばれる男には。
ただ、確信がわかって目的はわかっても、その意味までは分からない。
ホウオウで、一体何をしようってんだ?
(なんてことを思うのは、僕もロケット団に懐かしさでもあんのかね?)
実に黄昏たい気分だが、話はまだ終わっていなかった。
「そして”いかりの湖のギャラドス大量発生”さ」
「ああ、そーいや湖の底から拾い上げたって言ってましたもんね」
「おうよ、俺はそこに調査に行って仮面の男を見つけた」
「けど、こっぴどくやられて帰ってきたと」
・・・あれ?拳の一つでも飛んでくるかと思って身構えていたのに、帰ってきたのは静かに腸が煮えくり返ったマチスさんの顔だった。
「どーやらむこうさんは相当強かったらしいね、ライチュウ」
「フン!」
さっきからボールの外に出て風を浴びてるライチュウをからかうけど、こっちもただ鼻を鳴らすだけだった。
「あら、これはマジでヤバい相手らしい」
「この装備品の持ち主たちも、戦ったはずだ。俺は今あの男のどんな情報でも欲しい」
それでここまで必死に探してるのか。
らしいというか、なんというか。
「てめえも、気を付けるこったな」
船が丁度いい所で停泊し、マチスさんは島を双眼鏡で探している。
だからそんな忠告じみたことを言われるなんて思わなかった僕の驚いた顔は見られずに済んだと思う。
「・・・・・!!いやがった!」
おお、ものの数秒もしないうちにどうやら見つけたらしい。
こんなへんぴな場所に関係のない子供がいるわけないので、見つけたというのならその子達なのだろう。
「おい!カラー!てめえはどーする!?」
レアコイルが作り出すデルタ型の磁場に乗り込んで、マチスさんは僕に聞いた。
シルバーに聞きたいことはある、あのポケギアに登録されていた名前の一つについて。
それに、いつまでもハンカチを預かったままってのも悪いよね。
「ということでついてきますよ。仮面の男の情報は僕も欲しいし」
「・・・・そうか、ヘッ。てめえにも会ったんだな。ロケット団の一員の自覚が」
ちょいちょいちょーい?別にそんなこと一言たりとも言ってないんですけどお?
なーんか勝手に自己完結しちゃってるマチスさんは放っておいて、僕はさっさとクロバットで島へと向かう。
ホウオウのこと、そして”もう一つの伝説”のこと。
それが事実だとすれば、僕は俄然今回の事件に前のめりにならざるを得なくなる。
ということで、僕は僕でまた別の理由で彼らの情報が欲しいのさ。
「ん?」
なーんて思ってた矢先。
ふと、真下の海面を見てしまった。
その小舟になんとなしに、なんだか少しの既視感を覚えて。
「・・・・げ、クリスにイエロー?」
どうやら僕の波乱は一朝一夕で消えるものではないらしい。
そうやって、加速していく波にさらわれつつも、また、次のお話へ。
どうも!博多とんこつラーメン大好き!でも北海道ラーメンも好き!高宮です。
ようやく全部の試験が終わりました!開放感えぐいぜ!
あとは合格の文字を待つのみ!
ということで次回はもう合格してるはず!よろしくお願いします。