「さて、と」
アンズちゃんからの情報を信じ、一人エンジュシティ入りした僕は町の復興具合に多少驚いていた。
数週間前に訪れた時よりかなり進んでんなあ、あん時は本当に災害地って感じだったけど。今じゃほとんど元通りじゃん。ま、元がどんな街だったかなんて知らないけどさ。
辺りを見回しても、もうあの時の騒がしさは鳴りを潜め街の住人たちは穏やかさを取り戻していた。
今ならマツバがいるのかどうかくらいはついでに聞いておこう。
マツバ、ここエンジュシティのジムリーダーでありその通り名は「千眼通」。
つまり、千里眼を持つ男ってわけだ。
一度、ナツメちゃんに僕の記憶を探ってもらったことがある以上あまり成果はないのかもしれない。
ナツメちゃんには信用してないみたいで申し訳ないけど、僕は使えるものはなんでも使う派だからわかってくれるはずだよね。
とはいえ、まずは焼けた塔及びスズの塔だ。
なんて街を歩いていると。
「あれ?カラーさん?カラーさんじゃないですか?」
「・・・おっと、そういう君はミカンちゃん」
驚いた顔をした美少女、アサギシティのジムリーダー様にかち合わせてしまう。
用件が用件なので一人ゆっくり見て回りたかったんだけど。
なんだってまだこんなところにいやがるのか、そう思ったがきっと完全に復興するまではこの町にいるつもりなのだろう。
「なんじゃなんじゃ?ミカン、お主の知り合いか?」
「これ、ばあさんや。急に飛び出すでない」
しかもなんだ?後ろにはくっつき虫のようにべったりのお爺さんとお婆さんの老夫婦が一組。
「ああ、紹介するね。こちらカラーさん。焼けた塔の火事を消化するのを手伝ってくれたの。凄かったのよ?」
まるで道端で昔の友人にでも会ったかのようなテンションで二人に紹介するミカンちゃん。
けどちょっと待ってね、僕たち一度会ったくらいでそんな紹介するような関係じゃないでしょ?
「あの、僕急いでるんで・・・」
「ほほお!なるほどなるほど!コイツがミカンがしきりに言ってた男かえ!」
面倒そうなことになりそうな予感がひしひしと伝わってくるので颯爽とその場から去りたかった僕だけど。
一番捕まってはいけないお婆さんに捕まって、ジロジロと顔をのぞき込まれる。
まったくなんだって世のおばあさまがたはこうデリカシーというものがないんだろうねえ。なんなの?それが年を取るということなの?それが世の中を生きていくということなのぉ?
「かー、信用ならん顔をしておるのお!」
「わあ!凄いや!初対面の人にそんなこと言われたの初めてだ!」
びっくりしすぎて声が出た。こりゃデリカシー云々というより、この人の元々の性格な気がしてきたぞ!
「ちょっと!お婆さん!」
「なんじゃ!ワシはこういう軽薄そうな男は好みじゃないんじゃ!ミカン、選ぶならもっとマシな男にせえ!」
「大丈夫ですよお婆さーん、僕もちゃんと守備範囲外なんでー」
一方的にボロクソ言われるのでつい反撃したくなる。なんで人生引退した婆さんに好みじゃないなどといわれにゃならんのだ。
「も、もお!そういうんじゃないって言ってるじゃない!」
しかもしまいにはこの二人、僕を無視して口喧嘩をし始めましたよ。一体全体、どんな教育をされておられるんでしょうか。私、気になります。
「すまんのお、なんだか巻き込んでしまって」
一方でお爺さんの方は優しい感じで僕に謝ってくる。
「いやほんと、帰ったらしっかり説教しておいてくださいよ」
「ほっほっほ、いや確かに君の言う通りだ」
いやね、とお爺さんは会話を続ける。僕はさっさとこの場を去りたいというのに。
「君に会って以来、ミカンは君の話ばかりするもんだからばあさんは嫉妬しておるのさ」
「はぁ」
嫉妬?おいおい、可愛くねーって。そういうのは数十年前で卒業しといてくれ。
なんだって見知らぬ婆さんに敵視されなきゃならんのだ。
「もうっ!行こっ!カラーさん!」
「は?いや、ちょ」
どうやら言い争いはミカンちゃんの戦線離脱という決着を迎えたらしい。ちらりとお婆さんの方を見れば、「フンッ」とそっぽを向いている。
いやだから、可愛くねーっての。
「もうっ!お婆さんったら、困るわ!」
半ば強引に連れ去られた後も、ぷんすかぷんすか怒っているミカンちゃん。
まあ、僕とすればあの場を離れられたのでそれだけでも良しとしよう。当初の予定とは違うが、この現実なんでもかんでも上手くいくなんてことはない。僕の人生がそう言ってる。
「それでミカンちゃん?あのお婆さん方は放っておいていいのかい?」
「・・・少し、頭を冷やします」
一歩前を歩くミカンちゃんの背中からいじけたような少女の声でそう言うので、僕はただ肩をすくめた。
「そうかい、それじゃあちょいと付き合っておくれよ」
「え?」
「行きたい場所があるんだ」
どうせならそう、このマイナスな現実もプラスに転換していかないとね。
「ここがスズの塔です。皆さんのお陰で九割方復興は終わったんですよ?」
最初に来たのはスズの塔、当たり前だが僕が前に一度見た時よりも迫力も荘厳さも桁違いだ。
これが本物のスズの塔かと、感心するレベルには。
「凄いでしょう?このスズの塔は観光客の皆さんも必ずと言っていいほど立ち寄っていかれて——————————」「悪いけど」
ミカンちゃんはきっと僕のことをそこらへんの観光客だと思っているのだろう。前回もただエンジュシティが好きで訪れたと。
だからそんなツアーガイドのような笑顔で解説を入れてくるので、僕は一言で遮る。
「悪いけど、観光で来たわけじゃないんだ。そういうのはいらないよ」
「そ、そうなんですか?では、なぜ?」
「調べもの、かな?」
「?」
曖昧なその返事に当然彼女は首を傾げる。
別にわざと含みを持たせたいわけじゃないんだけど、一言では説明しづらいのでミカンちゃんにはそのまま困っていてもらおう。
「でもまあ、黙っていくのもつまらないし、そうだなあ。ここには一体何があるんだい?」
観光客が好きそうなもの以外でね。
そう僕は付け加えて、ミカンちゃんはうーんと唸る。
「そうですね、はっきり言って中には別段何もありません。この塔の構造や歴史の長さに惹かれてくる人はいますが」
そうか、何もないのか。
そのことを聞いて、僕は特にガッカリはしなかった。
元々黒いポケモンに繋がるなんて期待はしてない。ただ、これより他にすがるほどの情報がないというだけで。
命を生き返らせたという伝説がよしんば本当だとしても、僕の目的には合致しない。
「ああ、でも、一つだけ」
だからガッカリしたつもりはないし、ましてや表情なんかには出てなかったと思うんだけど、ミカンちゃんは絞りだしたように一つ情報をくれた。
「一番上の階に石像があるんです。といっても、ただそれだけ寂しく置いてあるだけなんですけど」
「ふーん。これ、中に入っても?」
入り口で二人、喋っているだけじゃここまで来た意味がない。復興中とはいえこれだけ元に戻っているのだから、中を見るくらいは許してほしいものだが。
「ええ、大丈夫ですよ」
なんて思ったが、どうやら杞憂に終わったらしい。
「その像はなんの像なの?」
いつもは観光客で賑わっているであろうはずのスズの塔だが、今現在は人っ子一人いない。
僕らはそんな人気のない塔の階段を静かに上っている。
人がたくさんいるより、僕はこの静けさのほうが好きだな。
「ええと・・・なんだったかな。すいません、私も良くは見たことないんです」
ま、そりゃそうか。
この塔のように有名で人を呼んでいるわけじゃない、ただ、偶々そこにあるという像になぜこんなところに?という疑問こそあれど、誰も注目なんてしない。
「ま、正体は見ればわかるさ」
今回はね。
まったくなんてちょろいんだろう、階段を上がればそこに答えが転がってんだから。
あーあ、僕の探し物もこんくらい楽ならなあ。
さっさと次に、行けるのに。
「あ、この階です」
この階ですって、そんなん言われても最上階なんですけど。
流石に階段でここまで登ってくるのはきつかった、多少肩で息をしながらそれでも顔を上げる。
対してミカンちゃんはケロッとしている、腕なんか枝くらい細く全体的にか細い印象なのに。そんものは今ここでちり紙にくるんで捨てよう。
「これがその像?」
「はい」
最上階の中央に鎮座しているのは鳥のような大きな翼とくちばしが印象的なポケモンと思しき石像。
確かにこれじゃあ観光客は呼べない。荘厳な外装も神秘的な魅力も何もない。本当にただの石像だ。
「これじゃあますますなんでこんなのがここに?っつー、謎が深まっただけだな」
一応、周りになにかないか見回ってみる。
すると、石像を支える台座。そこにこのポケモンのものと思しきネームプレートが、ご丁寧にも添えられていた。
「えっと?なになに?・・・ほ、う、お、う。ホウオウ?」
「あ!」
僕がそのネームプレートの文字を読み上げた途端に、ミカンちゃんは何かを思い出したように声を上げた。
「思い出した!ホウオウ!」
ずいっと身を乗り出して、よっぽど閃いた感覚があったんだろう。やや、興奮気味に説明しだす。
「そうです!ここ、スズの塔はホウオウが降り立つ場所という伝説があるんです。だから、この石像がここにあるんじゃないでしょうか」
なるほど、いうなればここはホウオウの住処だというわけか。
そうだというのなら、この町の違和感にも納得できる。なんでこのスズの塔だけがこんなにも早く修復されていたのか。
いくら観光名所だからといって、普通町の方を優先するだろう。それが、僕が前に来たときはこの塔の方がどう考えても優先順位が高かった。
「そうかい、そんで僕も思い出したよ。その伝説の由来に」
伝説、伝承、人の噂まで調べていたから僕の中で記憶が薄くなっていたけど。
確かに調べていた時その名前を見た記憶がある。
「150年前に、雷が焼けた塔に落ちて火事になった。その時に三匹の名もなきポケモン達が死に、哀れに思ったホウオウが命を蘇らせた。とかだっけ?」
「ええ、確か」
忘れそうになるけれど、ミカンちゃんはアサギシティの人間だ。ここエンジュの伝説に地元民ほど強くはない。
それでも知っているのはこの伝説がよっぽど有名なんだろう。
「もしくは、伝説ではなく、真実だから。なのか」
「はい?」
「いいや、なんでもないよ。ミカンちゃん、もう一つ案内をお願いできるかい?」
「え、ええ。それはもちろん」
そう言って、僕らはスズの塔から、もう一つ。この町のシンボルである塔、「焼けた塔」に来た。
町の東西に位置するこの塔。この位置も、何か関係があるのか?
「ミカンちゃん。確か、イエローが一瞬姿を消したのってここだったよね」
「ええ、そこの岩に吸い込まれた。と彼は言っていましたね」
ミカンちゃんが指し示すその岩は、どう考えても人一人が吸い込まれていいのものではない。
荒唐無稽すぎて検討すらしていなかったが。
もしかしたら。
「なあ、ミカンちゃん。あの時飛び出していったポケモン。丁度三匹だったよね、確か名前がついたっていう」
「スイクン、エンテイ、ライコウ。ですね」
どうやら、僕が言いたいことがわかったらしい。
「そのホウオウが生き返らせたというポケモンと、数は一致しますけど」
けど、きっとその言葉の続きは「そんなことがありえるのか」だ。
焼けた塔で死んだというポケモン。生き返らせたというホウオウ。そして、偶然にも数と場所が一致したスイクンたち。
偶然で片付けるのは簡単だ。そしてそれがもっとも現実的だろう。
「はは・・・なんだか、興味が出てきたよ」
そう、興味が出てきてしまった。
なんで急にこんな場所から飛び出していったのか。
本当に命を生き返らせるなどとそんな因果に逆することが出来るのか。
スイクンたちは、本当に生き返ったポケモンなのか。
そして何よりは。
「ムカツクなあ。なんか、そういうの」
もしそれらが現実ならば、世の理ってやつが壊れる、そんなことに。
なぜか、どうしようもなく腹が立った。
「一度死んだやつが、もう一度生き返ったとして。失くしたものをもう一度取り戻したとして」
それはもう、ミカンちゃんに向けた言葉ではなく。
「それは本当に、元に戻ったっていうのか?それは本当に、幸せなことなのか?」
「カラーさん?」
きっと、自分にだけに問いかけた言葉。
そして、その問いに対する答えは、僕の中にあった。
復讐を誓った、その時から。
「ありがとう、ミカンちゃん。色々と助かったよ」
主に今後の行動方針っつー意味で。
「いえ、お役に立てたのか、わかりません」
「はは、だろうね」
いくらなんでも説明不足すぎる。ミカンちゃんの目には僕は頭のおかしいニヒルでダンディな男に見えていることだろう。
でも別に説明はしない。同じ目的を擁する仲間じゃないから。
「そういや、敬語じゃなくてもいいぜ?どうせ歳おんなじくらいでしょ?」
「え?そ、そう?」
なんか嫌な奴思い出しちゃうからさ、ジムリーダーで敬語な美人って。
「あ、そう言えばマツバ。今はこの町に戻っているみたいですよ?」
「そうなんだ?そりゃラッキー」
なんだなんだ、急に運が向いてきたな。やっぱり寄り道効果?
「てか、敬語」
「あ、ごめん」
笑いながらほっぺをかく彼女に僕は「お、美人は照れてる姿が様になりますなあ」「も、もうっ!からかわないでよ!」なんてやりとりしながら。
「じゃあ、またどこかで会おうぜ」
「うん、その時はちゃんと声掛けてね?」
「・・・あー、そうだね」
なんだ、僕が嫌がってたの気付いてたのか。
最後の最後にしてやられた僕は、そのままミカンちゃんと別れた。
そして、マツバがいるであろうジムへと向かう。
(まず、先手必勝。取り敢えず話を聞いてもらわないことにはどうにもなんないからねえ)
プランはこう、マツバがのんびりとジムでたむろしている間に暗殺者ばりのスニーンキングスキルで近づいて首元をちょーっと小突く。ちょっとね?
んで、「千眼通のマツバさんと見込んで見てほしいものがあるんです。お願いします」と、懇切丁寧に頭を下げる。なーに、きっとジムリーダー様はいい人だろうからちょっと”お願い”すれば快く引き受けてくれるに違いない。
「うん、これでバッチシ」
と、意気揚々。ジムにたどり着くと。
早速、マツバを見つけた。
どうやら本当につい今しがたジムに帰ってきたらしい。外に出て多少疲れた顔をしている。
そんな正面におあつらえ向きに人が隠れられそうな茂みを発見。
大チャーンス。とばかりに、僕はそこで息をひそめた。
(いいかいクロバット。せーっの!で飛び出すからね)
コクコクと頷く服の内側に忍ばせたクロバットの翼の先っちょを腕に忍ばせて。
「いくよ・・・・せーっの!」
「なに!?」
と、タイミング良くかつ勢い良く飛び出した。案の定、マツバはこちらを驚いた表情で見つめるしかない。
までは、本当に良かったんだけどなあ。
「SHIT!!」
その声と被って、僕の左手に強烈な衝撃。
そう、痺れるようなその電撃が左手を襲った。
「なんだこれ!?ちょ、外れねえ!」
予想の範囲を大幅に超えたその出来事に、思わず声が大きくなる。隣にいるマツバに気を回せない。
と、いうかよくよくその左手を見ればなにやらコイルが僕とマツバの手を仲良く拘束しているではないか。
これは一体全体何がどうなってやがんだ?
そう思った矢先、コイルの主であろう声は呆れ驚いた声で口を開いた。
「どーしててめえがいやがんだ?”カラー!”」
「・・・いやいや、それはこっちのセリフですよ。”マチスさん”」
本当に、色々と言いたいことは山ほどあれど。
それはまた、次のお話で。
どうも!おはよー!こんにちわー!こんばんわー!おやすみー!・・・起きてえええええ!高宮です。
最近バーチャルユーチューバーなるものにはまっています。最高ですね。
最初は初音ミクみたいな機械的なものかと思ったんですけど、これが中々面白くてですね。
一人一人ちゃんと個性があってまるで本当に、生きてるかのようなリアル感。
新しい文化が生まれ、そして育っていくのを目の当たりにできて楽しいです。
ということで、それでは次回も、ファッキュー!