暗い暗い洞窟の中で獰猛な唸り声と、怪しく光る両の目玉が不気味で思わず背を向けそうになる。
けど。
じりじりと後ずさりをしているとほら、ガツリと後ろの岩盤にぶつかってしまった。ので当然のように逃げ場はない。
あーやだやだ。ホント、逃げ場がないって人生の中で一番嫌いな状況だよ僕は。
目の前のポケモン、名前はニドリーノ。
洞窟内にこんな凶暴なポケモンがいるなんて僕聞いてないんですけどネー。また仲間はずれにされちゃったのかしらん?
「ま、いいですけどね。これくらい自分の力で切り抜けられますから」
顔もわからない意地悪な連中に気を取られている場合ではないのさ。今にも襲い掛かってきそうなニドリーノが目の前にいるんだから。
「さあ、行くよ。カラカラ」
僕は先手を取られる前にポケモンをモンスターボールから取り出す。
ボールから出現したのはカラカラ。
頭に骸骨を被り、手には骨棍棒を持ったなんとも不思議なポケモンだ。
まあポケモンは皆不思議なんだけど。
解明されていないことなどそれこそ万とあるだろう。
でも、それを調べるのは僕の仕事じゃあない。そこはほら、血気盛んな若者に任せようじゃないか。
僕が今やるべきなのは、ニドリーノを退けることで。
「うわっとっと」
それは言うほど容易ではないみたい。
ニドリーノの強烈な”とっしん”が僕らの右横をかすめる。
こんな狭い洞窟じゃあ回避運動をとるのも限界がある。
つまりは、どうあがいても決着をつけなければならないらしい。
「はあ、しょうがない。覚悟を決めるか。カラカラ」
僕の問いかけに、ヤレヤレといったように首を縦に振るカラカラ。うん。君はいつでもブレナイね。そういうとこ好きだぜ。
僕?僕はほら、今でも逃げ道がないか探してますから。
なんて言っているとニドリーノが再度臨戦態勢に入ったようだ。
今度は外さないとばかりに、足元を二度、三度と蹴るニドリーノ。
「うわお、君。相当キレてるね。何か嫌なことでもあったのかい?ここで会ったのも何かの縁だ。相談くらいは乗るぜ」
「グルルルル」
悲しいな、聞いてくれない。僕ってばポケモンにも嫌われちゃうわけ?
「カラカラ、”ホネこんぼう”」
言葉が通じないのならこれすなわち暴力に訴えかけるしかない。
僕の命令を聞いたカラカラは一直線にニドリーノへ。
ホネこんぼうとニドリーノの角がぶつかる音が洞窟内に響く。
「むむ、僕のカラカラの骨は岩をも砕くほど強固なものなんだけれど」
どうやらニドリーノの角も普通よりも強いらしい。
これはいよいよ本腰を入れて対戦せねばならなくなってしまった。
「カラカラ!」
ニドリーノの”つのでつく”をカラカラは右に左に避けていく。
ちっちゃい体でひょいひょいと避けていくカラカラは、不敵な笑みを零した。
おお、余裕を持つのはいいことだけど。それだと煽ってるように見えちゃうぞ?
ああほら、言わんこっちゃない。
「グルアアアア!」
ニドリーノは誰が見ても明らかにブチギレていた。
にしても煽り耐性無さすぎんでしょ。切れやすい性格なのかな。
「ん?」
コツリ。嫌な音が僕の耳に届く。
「・・・・あちゃー」
後ろを見なくてもわかっちゃう。そこが壁だってことは。
「んーと。そうだね、そういう顔するよね」
ニドリーノは既に勝ちを確信したのか、残忍な笑みが20%増しでひどい。
ザリザリと、力を溜めて僕らを木っ端微塵にすべく照準を合わせる。
「でもさ」
僕の言葉なんて耳に届いていない。その眼はただ一点のみ。
僕らを殺すことにのみ注がれている。
ドンっと、爆発したような速度でその重そうな体重を全部乗っけて僕らをめがけ猛進してくるニドリーノ。
「油断はナンセンスだぜ」
それを間一髪でかわしながら僕は言う。
「躱したところで。そう思ってるんだろ?でも違うんだなー、その場所は特別だからさ」
特別、誰もが好きな言葉でしょ?もちろん、僕だって好きさ。
「だって、こんな場面でも助かっちゃうんだからね」
僕がギリギリで躱した為か、ニドリーノは急な方向転換が出来ずに壁にぶつかってしまう。
そこまでは普通だ。ニドリーノはすぐに起き上がってまた僕らを狙うだろう。
だけど先も言った通り、そこは特別な場所なのさ。
「気づいていたかい?僕が壁の音を調べていたことにさ」
先ほどの岩盤よりも、軽い音がしたことにさ。
つまりは、そういうこと。
「グルギャア!!」
思いっきりとっしんしたからね、薄い岩盤はたちまち崩れてそれはいわなだれとなりニドリーノに降り注ぐ。
「うわー、痛そう」
大きな岩が何個も直撃するのを見送って、確実にニドリーノは戦闘不能になった。
「ふー、危ない危ない。危うく死んじゃうとこだったぜ」
だって岩盤崩しって洞窟でのタブーでしょ。この空間そのものが崩れてなくなる可能性だってあったわけで。
「そんな中、生き残っちゃう僕は特別なのかな?」
もしくは、日頃の行いとも言うよね。
「・・・チィ」
さて、まあこんなことは慣れっこだから人間ができてる僕は一々、目くじらは立てない。
誰かに仕組まれたことだとしてもね。
「おお?なんだか開けた場所に出たぞ」
ニドリーノを退けて、ついでに道もできたということで僕はとりあえずまっすぐと洞窟内を進んでいた。
先ほどと違って洞窟内は明るく、どうやらここが本来の探索地らしい。両の壁にご丁寧に灯りを灯してあるところを見ると、やっぱり僕は全然違うところに追いやられたらしい。
「うーん、人間関係って難しいね。カラカラ」
引っ込めるのも面倒なので、また野生のポケモンに襲われたくもないしカラカラは常時ボールから出しておくことにした。
そんな彼は僕の言葉には耳を向けていないようでつーん、と先のほうを歩いている。
「うわー、つれないなー」
こんな洞窟で置き去りにされここまで戻ってきたことだけでも上の人は評価してくれないだろうか。
してくれないんだろうなー、きっと。
なんて思っていると、どうやら組織の仲間たちと近づいてきたようで話し声やらが響いてくる。
こういう時は洞窟でよかったよね。知ってる人がいると安心するよ。
まあ、今日の集合を見た感じ知ってる人はいなかったんだけど。
そこはほら、隊服が同じだとみんな顔一緒に見えるじゃない?そんな感じで親近感はあるんだよね。
「うおっとと」
なんて感じで歩いていると、突然のグラつき。地面が揺れる音と、誰かの言い争いが聞こえてくる。
うん?なんか仲間内で内部紛争でもしてらっしゃるのかな?
基本的に内の組織はボス万歳、ボスが最高。のボス独裁体制なんだけどその中でも細かい派閥みたいなのはある。
幹部と呼ばれるスーパー強い人たちがそれだ。
一人目にマチス様。
電撃使いのエキスパートで噂によればジムリーダーもやっていたとかなんとかかんとか。
そして二人目がナツメ様。
クールビューティーなお姉さま。な見た目に惑わされてはいけない。
エスパー使いでありながら自身も超能力を操るサイキックガールである。
・・・ガールって歳ではないかもしれないけど。
そして最後が。
「我らがキョウ様、なんですけど」
うーむ。困った。何が困ったって。
「なぜだかあそこにいるのがキョウ様なんです」
僕が歩いてきたちょうど真ん前にキョウ様は部下を引き連れて誰かと対峙している。
まあここまではいい、なんでここにキョウ様がいるの、とか。直の部下の僕がはぶかれてるとか。そんなことは今は置いておいて。
あ、勿論後で取りに行くけどね。
大事なのはその対峙している奴。
「うーわ、一番会いたくないタイミングで君は一番合いたくないやつだよ。レッド」
なぜだかレッドはキョウ様と対峙している。今にも一触即発、バトりそうな雰囲気だ。
隣にいるのは彼女かな?後姿だけじゃよく見えない。短髪で短パンおなかを丸出しの格好は快活さを思わせる。
不幸中の幸いをあげるなら、レッドたちから見て背中側に今僕はいるので彼に気づかれる可能性は低いということくらいだろう。
「あらら、本当に始めちゃったよ」
読み通り、キョウ様のサイホーンとレッドのピカチュウが戦闘を繰り広げる。
サイホーンのタイプは地面。対してピカチュウは電気。相性は悪いと言わざるを得ない。
のだが。
「へへっ、俺のピカチュウは聞き分けは悪いが強いぜ」
レッドの自信も伊達じゃなく、タイプ相性の不利をよくピカチュウはカバーしている。
だけど、それもここまでだろう。
「まったく、しょうがないガキどもだな・・・・」
キョウ様はしびれを切らしたように何かを取り出す。
(注射針・・・?)
「ロケット団に歯向かうとどうなることになるか・・・・」
「ひねりつぶせ!!」
「グルアアアア!!」
キョウ様は手に持っていた注射針をサイホーンに刺すとたちまち体がメキメキと成長し始め、やがてサイホーンはサイドンへと進化した。
それはあまりにも不自然で人工的な何かだった。見ればサイドンの目は血走り、体に相当な負荷がかかっていると見える。
(ははーん。なるほど、さっきのはそういうことか)
優れた洞察力、及び観察力を持つ僕の手にかかれば先ほどの謎もちょちょいのちょいだ。
つまりどういうことかというと、キョウ様は僕らと同じように「月の石」を探しに来たのではなく、先ほどの薬の実験をしに来たのだ。
野生のポケモンを使って。
「実験はそこら中でやっていたからな。いちいち覚えちゃおれん」
「ゆ、許せない・・・!」
ほら、ビンゴ。会話の内容がモロそれじゃん。
そしてさっきのニドリーノは大方失敗したのだろう。で、野生にポイしたところに運悪く僕が出くわしたのだ。
それが意図的かどうかは今はさておいておこう。
傍らの女の子はわなわなと体を震わせている。ヒトデマンを繰り出して、水でっぽうでサイドンに攻撃。
じりじりと詰め寄っている女の子、優勢なのは彼女のほうだが。
簡単にやられるほど内の上司はやわじゃない。
例えそれが自分のポケモンじゃなくても、だ。
「”つのドリル”だ!!」
サイドンは自身の額の一本の角を高速に回転させて水の対流を逆流させる。
完全に力を利用されたヒトデマンwith女の子は見事に壁にたたきつけられ気を失った。
「負けてたまるか!!」
そのままの勢いでサイドンはピカチュウも潰しにかかる。
「ワハハハ!どこを狙っている!!」
ピカチュウは必死に電撃を頭上高くに打ち上げているものの、戦力差は埋まらない。
一見すれば。
「うわうわ、黙ってみてる場合じゃないなこれは」
それに気づけたのはさっき僕が似たようなことをやっていたからだろう。
「ん?・・・!!」
電撃で磁力を操り、頭上の大きな岩盤を落とした。
方法は違えど、さきほど岩盤を崩した僕と発想は同じ。
「がぺぺ。やるなー、レッド」
大きな音と周りに舞う砂埃で状況がよく見えない。
口に入った砂を吐き出しながら僕は感心した。
本気ではないとはいえ、あの状態でキョウ様を退けたのは素直にすごい。
「でも一歩違えば自分だって危険だっただろう今のは」
レッドのさらに後方にいた僕だって被害を受けそうになったのだ。自分が巻き込まれてちゃ世話ない。
「それとも・・・自分は巻き込まない自信があったのか」
けどそれはともすれば過信だ。
過信は自分を見失うぜ。
「なーんて、伝えるわけもないんですけどー」
さてさてここで棚から牡丹餅が一つ。
「へっへー、ゲットしちゃったもんね」
月の石。先ほど岩盤が崩れたおかげで見つけられた。
これでまた幹部候補に前進ゲットだぜ!
区切りがいいから今日はここまで、続きはほら、次の話でね。
どうも受験に落ちた高宮です。うわーい!たのっしー!
・・・・次回もよろしくお願いします。