「博士!博士!おった!おった!おりましたで!」
朝っぱらから開口一番、パソコンからの画面越しで大きな声を喚き散らしているのは。
「なんじゃ急に”マサキくん”」
マサキ、かの有名なポケモン転送システムを開発した科学者。
天然パーマが目立つ彼の慌てぶりに寝ぼけたような顔で答えているのは、こちらもかの有名なポケモン研究の権威オーキド博士。
「おったって、何が?」
「博士が探してた人材ですがな!新図鑑のデータ集めをしてくれる人材!やってもいいっちゅう連絡が来たんです!」
「ブーっ!!」
博士はその言葉を聞いた瞬間、モニターに向かって飲んでいたコーヒーを吹き出す。
それもしかたない、なぜならこの数日。それだけをずっと探していたのだから。
三つの新図鑑の内、一つは奪われ行方知らず。
一つは道中で出会った少年に半ば衝動的に手渡してしまった。
その二つの図鑑が埋まることが期待できない以上、残る一つはなんとしてでも埋めたい。研究者魂として。
でないと、わざわざこのジョウトまで移り住んできた意味がない。
そう思って、手当たり次第に情報を募っていたところだったのだ。その一つであるマサキからの連絡は博士にとって願ってもない朗報だった。
「ですがね、これがどーにもきな臭いんですわ」
「というと?」
「なんでも
「うってつけじゃないか!」
図鑑を埋めるためにはこれ以上ないくらいの人材だ。俄然前のめりになって博士は話を聞く。
「しかしですね、相手方の名前も年齢も写真もなーんもない。おまけに引き受けるには条件がある言うて、つまりお礼が欲しいらしいんですわ」
「むむむ」
マサキの困ったような声も頷ける。それだけ秘匿されているとなると、なにかあるんじゃないかと勘繰りたくもなる。
「いちおー、差出人の名前はあるんですけどね」
「なんじゃ、あるんじゃないか」
相手の情報は何もない、そんな雰囲気で喋っていたのでオーキド博士は拍子抜けを食らう。
「ええ、ですがどーやら仕事を引き受けるのは差出人じゃあなくて、その紹介人らしーんです」
「・・・・ますますきな臭いな」
「なんでもその紹介人は家がビンボーで家の修理費が欲しくて働いてるらしいんですわ」
うーむ、と、オーキド博士は腕を組んで考える。条件としてはこれ以上ないくらいの好物件だ。
が、正直冷やかしなどの危険性がないとも言い切れない。
金だけもらってポイされるわけにはいかないのだ。
「して、その差出人の名前は?」
「ああ、それですね・・・えっと」
それでも一応、手元にある情報は聞いておこうと博士は尋ね、ガサゴソとマサキは貰ったメールを探る。
「あ、あったあった。名前は”カラー”って書いてますわ」
「・・・なんだって?」
その憎らしいほど聞き覚えのある言葉に、オーキド博士の頬は引きつく。
「ですから、”カラー”っていうらしいですわ。この差出人の名前は」
「・・・・・なるほど」
頭を抱えるオーキド博士にマサキは首を傾げるばかりだが、博士の脳内には今、意地の悪い笑みを浮かべているカラーの顔が浮かんでいた。
「で、どうするんです?」
「行こう、なんせ今は藁にでもすがりたい気持ちじゃからな」
もしかしすると、藁なんかよりよっぽどひどい雑草かもしれないとも思いつつ、オーキド博士は送られてきた地図と待ち合わせ時間を見てこう叫ぶのであった。
「あと30分しかないじゃないか!あの男めえええ!」
「ふー、これでよし」
「なにをしたの?」
場所は変わってカラー、一行。
「なぁに、ちょいと仕事を手配しただけさ」
「ね、ねえ。お仕事って、私のできることなの?」
不安そうに揺れる瞳を持つのはクリスタル。握った箒をぎゅっと握りしめてカラーの方を見つめている。
「大丈夫さ。むしろ君にしかできない仕事だろう」
図鑑を埋める、そのためならあの博士はこの塾の改築工事なんてお茶の子さいさい。
いやー、なんていいことをしたんだろうねえ僕ってば。こりゃ来世も安泰ですわ。
「ま、詳しくはこの後来る爺さんに聞くといい」
僕の仕事はここで終わり、なお困惑しているクリスに説明する役目は僕じゃあないね。
「じゃあね」
今度こそ確実に、僕はその場を去ろうと歩き始める。
「あ、ううう、え、えっと・・・」
何が何やらわからないクリスは困惑しつつも、僕の言ったようにここに残って爺さんを待つらしい。
本当に律儀というか、真面目というか。
それでも何かを言いたいらしくクリスはワタワタしている。
「ま、また会えるよね?」
心配そうに最後に尋ねるのがそれかよ。
まったくもって、この少女は僕を勘違いしている節があるなあ。
「・・・さあね、神様にでも聞いてみてよ」
だから僕は突き放すようにそう言って、ようやくもって用事ともいえない用事を片づけることができたのだった。
さてと。
僕はイエローに書いてもらった似顔絵、その紙を一枚握りしめてしらみつぶしに地方を旅していた。
クリスに仕事を託してから数週間。風の噂でどうやら仕事を受けたらしいことは聞いたけれど、その後のことは僕の預かり知るところではない。
「ちっ。当たんねえなあ」
爆音で流れる品のない音楽とどこか後ろ暗い雰囲気が支配しているここはそう、ゲームセンターだ。
眠らない夜の街、コガネシティで僕はスロット相手に格闘していた。
ここジョウトでの情報散策もある程度の目星を付けたところでの小休止。
「おいおい君たち、何を白けているんだい?心にも栄養補給は必要だろーが」
なんでこんなところで油を売っているのかってえ顔している僕のポケモンたちに、懇切丁寧に教える。
「だあってさあ、今まで使ってたお金の使い道が消えっちゃったんだもん。ちょっと散財したって罰は当たらんでしょ」
あの後一度、こっそりと工事現場を見に行ったことがあったがそりゃあもう立派なもんだった。さすがはオーキド博士、権威の名は伊達じゃないね。
それが果たして心からの善意なのか、僕の名前が関わっているからという理由なのかは定かではないが。僕としては一石二鳥の収穫だったからね、どっちでもいいよ。
というわけで今までのお給料の使い道の一つが消えたことで今僕はちょっとした小金持ちである。
「とか言ってたらやべ、金が足りん」
こういうところってのはどうしてこう金と時間がすぐになくなるんだろう。精神と時の部屋かな?得られるものは借金だけだけどさ。
ピーピーと残量を示す数字がゼロで点滅しているのを眺めながら、僕はしゃーなしに席を立つ。
「こらこら君たち、だから言ったじゃんって顔しないの」
カラカラに至ってはもはや諦めているのか僕の方を見てすらいない。
とはいうものの、確かにまあちょいと遊び過ぎた感は否めない。自分が今プー太郎だということを忘れていた。
「にしても人の少ないゲーセンだなあ」
さっきから独り言ばかりだっていうのはご了承頂きたい。
「お、話し相手発見」
なんて言っていると警備員の格好をした恰幅の良い男性が現れたのでちょいと話かける。
「む、なんだ貴様。怪しいやつめ」
開口一番ひどい言われようだった。お客にその態度って、ここの会社は一体どういう教育をしているんだ。
別に僕が年がら年中コソ泥のような雰囲気なわけでは断じてないよね?
「おいおい、警棒に伸びたその手は引っ込めてよ」
唐突すぎて両手をホールドアップするしかない。今更ながらに気付いたが、妙にピリピリしている空気がゲーセンには流れていた。
自分はただのお客だということを懇切丁寧に教えると、警備員は。
「なに?さきほど客は全員立ち退いたはずだが」
聞くところによれば、今日はナントカっていう怪盗がこのビルにあるお宝を盗むという予告をしたらしい。
ゲーセンが入ったこの総合ビルは広い。運良く見過ごされたのだろう。
そう、運良く、だ。
「なるほど、なるほど。ふむふむ」
「わかったら君もさっさと出ていきなさい。出口までは案内するから」
「はーい」
聞き分けの良い子供のように返事をして僕は警備員の後ろに入る。
「ぐっ・・・・!?き、貴様・・・!?」
「いやあ、すんませんねえ。良いこと聞いちゃったもんで♪」
カラカラのこんぼうで「えいやっ」と相手の意識を刈り取る。
これは神からの啓示だろうか、金欠になったとたん金策が向こうから裸で飛び込んできた。
こりゃ抱いてやらねば失礼に値するってんで、僕は決めましたよ。
「そのお宝、僕が代わりに頂戴しよう」
いそいそと警備員の服を借りて、僕はそうつぶやいた。
ふむふむ。
なるほど、確かに先の警備員が言ってたことは嘘ではなかったようだ。
厳戒態勢という名にふさわしく、数多の警備員が巡回している。
(おーおーおー、それじゃあお宝がどこにあるのか教えてるようなもんじゃん)
それだけ人がいれば自然、流れというものが出来るもんだ。
視線、人の動き、呼吸、会話。
その全てから推測するに———————。
(ビーンゴ!)
不自然にガードが堅い部屋、そこにお宝と思しきものはあった。
思わず小さく呟いてしまったが、問題はないだろう。なにせ、ここは天井裏。誰かにばれる危険性は少ない。
ほら、古来から怪盗は天井裏に忍ぶって相場が決まってるじゃん?
「・・・・”しろいきり”」
部屋の中には人は人っ子一人いなかった、ということはなんかしらの罠を仕掛けているのは明白。
排気口からすっと顔だけをのぞかせ、しろいきりをばら撒く。
はいはーい、赤外線センサーがばっちし見えちまってまーす。
ダメですよー、罠ってのは気付かれた時点で効果ないんですからー。
こんなこともあろうかと持っていたゴーグルをつけ、僕はお宝へと手を伸ばす。
(もー・・・ちょい・・・)
赤外線を避けながら、体をひねり僕は腕を目いっぱい伸ばして四方をガラスに囲まれたソレに手を伸ばす。
そーいやお宝って何なんだろう。金の延べ棒とかがいーなー。
なんて、あまりにもザルな守備に気楽さを全面を押し出していると。
「—————————っ!?」
指がガラスに触れるか触れないか、そんな一瞬の隙に風を切る音が聞こえた。
ヒュルヒュルと高速で飛んでくるソレを間一髪で避け、僕はソレが飛んできた方向を見やる。
(おいおいおい!なんじゃあ今の!)
一瞬見えたそれが、クナイのようなものに見えたのは気のせいかな!?
確実にここの警備レベルを超えた術義に驚嘆しながら、その先には。
少女がいた。
まだ色濃く残ってる霧のせいで詳しい全体像はわからないが、それが少女だということはわかる。よしよし、僕のセンサーは今日も感度良好だ。
「・・・」
バチン!
「・・・なんだあ?」
と、大きな音が鳴ったと思ったら突然の停電。どうやらセンサーまで消えたらしい。
これ幸いと僕は天井裏から地面に飛び降りる。
無言で佇む目の前の少女に気を使いながら周りを見やる。彼女がそんな様子を見せたとは思えなかったからだ。
「となるとまあ陽動ですわな」
「—————————っ!?」
後ろからのクロバットの”きりさく”一撃。それをこちらも同じく”クロバット”で凌ぐ。
ジョウトに来るまでの間で最終進化したこのクロバット。四天王との戦い以来、ますます僕の傍を離れなくなって鬱陶しいが、まあ良しとするさ。
「わかるよー、わかる。得体の知れない敵と真正面から戦いたくなんかないわな」
その気持ちは凄くわかる。だって僕も一緒だもん。
加えてこの霧だ。視界の悪さを利用しない手はない。
「最初に投げられたあのクナイにはスーパーボールがくっついていた。僕の反射神経なめんなよ」
「—————————フッ」
「ああん?」
クロバットの刃が鍔迫り合いを起こし膠着状態だというのに、なんだその笑いは。
しかしその疑問も数秒後には晴れることになる。
「あーれー?」
なんです?天地が逆転しましたけれど?
自分が宙ぶらりんでつるされていると気づいたのはそのさらに数秒後だった。
見れば足元には幾重にも重なった白い糸が見える。
「アリアドス・・・いつの間に」
「お主が喋っている間に、策は打たせてもらった」
おっとようやく喋った。なんだ無口なクールキャラを狙ってるのかと思ったよ。
「けどごめんね、策なら僕も打ってるんだ」
ただし、愚直な策だけどね。
「カラカラ!”みねうち”!」
「なに!?———————————ぐうっ!」
しろいきりから唐突に現れた白い頭蓋骨のそのポケモンは、少女の首を狙って獲物を振り抜く。
が、しかし。間一髪でそれは相手のクロバットに阻まれてしまった。
「ちょ!何やってんのさ!このバカ!」
あの一瞬で打てる手なんて一つしかなかったってえのによお!
「フフ、決まったな」
「しゃあねえ、ウインディ・・・!」
「させん!」
「ぐえっ!」
腰に手をかけたとたん、アリアドスは待ってましたと言いたげに勢いよく糸を吐き出し簀巻きが一丁完成する。
こうなっては動かせない。
「・・・フフ、中々筋はよかった。一警備員とは思えなかったでござるよ」
「・・・・」
「さて、そろそろ他の警備のモノも来る頃か」
「あーあー、やだねえー、ヤダヤダ」
「む?」
「そうやって、すぐに勝利の余韻に浸るのは」
バツン!
電気系統が回復したのだろう、タイミングよく明かりが一斉に照らし出す。
「足元救われるぜ」
「なにっ!?」
そこには、コロコロと転がっていく一つのモンスターボールが。
「気付かなかったかい?いつの間にやら僕の後ろにクロバットがいなかったことにさ!」
開閉スイッチが押され、勢いよく飛び出してくるクロバット。
「くっ!クロバット・・・!」
「おっそいね!さっきキミのクロバットが喰らった技は”みねうち”!体力を極限まで減らす技だ!」
体力満タンの僕のクロバットと、どっちが早いかなんて明らかだ!
「”つばさでうて”!クロバット!」
「ぐううううう!!」
その軽そうな体重はクロバットの技で軽く吹っ飛び、痛そうな音と共に壁と激突した。
「いやー、まじ危なかった」
ビリビリとクロバットに糸を割いてもらって、晴れて僕は自由の身。
「とと、さっきから警報が鳴ってらあ」
集中していたので気付かなかったけど。うかうかしてるとお宝を取り損ねちゃう。
「さーってと、お宝ちゃんは何っかな」
デデン!
おおきなしんじゅ!
「いやいらねえ!!」
いらねえなあ!おおきなしんじゅ?それも一個?しょぼくねえ!?もっとお宝って形容するからにはさあ!骨董品とか美術品とか、わかりやすく金とかにしてくれよ!売ったって3000円くらいだろこんなん!
「ふぅ、此度の戦闘。中々に白熱した戦いであった」
「ってこっちもなんか復活してるしよお!」
なんだよなんだよ、骨折り損のくたびれ儲けってこのことだったんだな!
「お主、一介の警備員にしておくのはもったいないなあ」
「はいい?」
いやまあ確かに警備員の格好はしてますけど、オタク泥棒でしょ?なに親しげに話しかけちゃってるわけ?
「あー、なに?コレが欲しいからお世辞言ってんの?いいよ、あげるよ。僕もう新しいゲーム買ってもらうから」
「は?なにを言っているのだお主・・・というか、お主・・・」
「ちょ、なに?」
急に明かりがついたせいか、まだ視界がぼやけている様子の彼女はよく目をこすりながら僕の方をガン見する。
「やはり・・・お主・・・いやアナタは」
「侵入者だあ!!ってあれ?」
彼女の顔が段々と興奮と驚愕に入り混じった顔つきになってきたところで、空気を読まない警備員共が雪崩のように押し寄せてきた。
つかおっせーなあ。本当に仕事してた?
「む?なんだこれは、防犯訓練は終わったと思ったのだが」
防犯訓練?
「「・・・・・?」」
目の前の彼女と、警備員共の混乱した顔。そして彼女が漏らした一言でなんとなーく察しがついた僕は急いでポケモンたちをボールにしまう。
なるほど、防犯訓練。なるほど、なるほど。
そーいうことだったのね。
「それじゃ、アディオス!!」
「あー!アイツ!俺を後ろから殴って気絶させたやつ!!」
「なにいいいい!?」
脱出成功。
窓を飛び割って、クロバットを背に滑空する僕は冷やあせをぬぐった。
あぶねー、なんもしてないのに冤罪で捕まるところだったぜ。お宝は盗んでないってのに。
後ろを振り返ればわたわたと世話しないビルの一室が見える。
やっぱあれだね、無計画な行動ってのはリスクと隣り合わせだね。
「少し、話したいことがあるのですが」
「いやー、マジでマジで。奇跡的なニアミス具合だったぜ」
「あの・・・良いでしょうか?」
ん?
「・・・・なーんで並走して付いてきちゃってんの君?」
横を見れば先の彼女が、同様にクロバットで並走していた。
そして、物語は緩やかに下っていくことになる。
それもまた、次のお話で。
どうも!ブレンドS通いたい高宮です!
ということでね、今年ももう後一週間。マジで?もう2017年終わり?引かない?僕はもうドン引きですよ。
皆さんは今年はどんな一年だったんでしょうか。
願うならば来年もまたよろしくお願いいたします。
それでは、よいお年を。