「オ~、それはすごいアルねえ~」
オーキド博士の元を出発して数日。相変わらずなんの変わり映えもしない、僕のもう一つのルーツ。
ボロボロな壁に囲まれたその孤児院に、僕は訪れていた。
「おっと」
少し寄っかかっただけでもボロボロと崩れていく。ここだけ世紀末かよ。
「ホホホ、それは良かったアル~」
子供たちと談笑しているのはこのボロの持ち主、曲がりなりにも孤児院の院長だ。
見た感じただの太った中年のオジサンだけどな。
「ジョバンニ先生、いい加減にインターホンくらいは付ければどうです?」
「オ~!カラー!久しぶりアル~!」
これじゃあどこをノックしていいのかもわからんし、ていうか、どこが玄関なのかもわからんよ。
ブンブンと両手を握って振り回すジョバンニ先生に冷ややかな対応をしながら、僕は辺りを見回す。
「また、子供が増えましたね」
「そうアルよ~、最近、行くところのない子供やポケモンたちまで預かっていたら」
この有様で・・・。
頭を抱える彼に、僕はため息しか出ない。
元々はただの塾だったここを、ジョバンニ先生のもはやそれは趣味を超えているレベルで子供たちを連れ込んでいるせいで、経営は圧迫しこの惨状を生み出している。
「”カラーから援助してくれるお金で”なんとか保っている状況アルよ~」
不用意なその一言に、僕は舌打ちしながらジョバンニ先生を蹴り上げる。
「グフっ!」
「そのことは口に出すなっつったよなあ?ええ?てめえは言われたことも守れねえのかよああ?」
周りの子供には聞こえないように、見えないように影でこそこそと締め上げる。
裾の短い服からミチミチと悲鳴が上がるも気にはしない。
「お・・・オ~、も、申し訳ないアル~、だ、だから、手を離して」
マジで苦しそうにするジョバンニ先生、この人はいつまで経っても成長しないというか本当に考えなしというか。
「いてっ」
なんて心の中でため息をついていると後頭部に鋭い痛みが。
なんだなんだと振り返れば、見るからに怒っているガキが群がっている。隠していたつもりだが運悪く見つけられてしまったようだ。
そして、どうやら僕は小石をぶつけられたらしい。
「こら!先生をイジメるな!」
「そうだそうだ!手を離せ!」
「先生!大丈夫!?」
・・・なるほど。どうやらここの子供たちはとても勇気があるらしい。これもご高名なジョバンニ先生の教えのたまものですかね。
「・・・・・おい」
「な、なんだよ!こっちくんな!」
「やんのか!」
「ね、ねえケンちゃん。私怖いよ」
僕はずんずんとその子供たちの元に歩いて行って。
「いてえ!」
「なにすんだ!」
「トモちゃん!ユウちゃん!」
両手で二人にデコピンを食らわせた。
ただし、ただのデコピンではない。最大限威力を発揮するにはどうすればいいのか、大人が真剣に考えた結果の超~痛いデコピンだ。
「人に石を投げるのはダメだと、お前らの先生は教えてくんなかったのか?」
「「う・・・うわーん!!」」
「トモちゃん!ユウちゃん!」
ちょっと脅かし過ぎたかな?僕の目を見るや子供たちは否や泣き出して走り去って行ってしまった。
「おいおい、そこで逃げちゃあダメだろう?」
君たちのジョバンニ先生置き去りだよ?いいの?
「本当に申し訳ないアル~。ウチの子供たちが」
「別にいいけど、石を当ててきたまでは中々良かったんだけどねえ」
子供からすれば、突然現れてジョバンニ先生をシメる僕は恐怖の対象以外の何物でもなかったはずだ。
それでも手を出して大切な人を助けようという心意気は誰にでもできることじゃあない。特に僕とか絶対やんないし。
「そろそろさ、なんでもかんでも拾ってくんの辞めろよ。アンタの両手は何もかもを救えるほど大きくはねえよ」
地べたに伏しているジョバンニ先生を引き上げて、僕は思わず口を出す。意味ないとはわかっているんだけど。
「ハハ、いやもうまったくその通りアルよ」
僕の言葉に怒るでも納得するわけでもなく、ただ困ったように笑う。いつものことだ。
「でもね~、目の前にいたら手を差し伸べてしまうアルよ。これはもうしょうがないことアルね~」
子供たちが遊ぶ広場を温かな目で見ながらジョバンニ先生は言った。これもまたいつものことだ。
「救えるものもあって、救えないものもある。そんな当たり前をアンタは知るべきだと僕は思うけどね」
そんなため息交じりの言葉もジョバンニ先生は笑って流した。
分かっていてそれでもなお続けているのか、それともただの新生のバカか。僕にはわからんが。
それでも、そんな彼の人間性に救われている人間が確かにいるのだからこれまた面倒なのだ。
「姉ちゃん!アイツ!アイツだよ!」
「ワルイやつなんだよ!やっつけてよ!」
あ?なんの騒ぎだ?
と、僕はそれきり会話を終わらせ騒々しくなってきた方向を見やる。
「えー?お姉ちゃん、戦うのは得意じゃないんだけど・・・」
「げ」
そこには、今一番、会いたくない人間がいた。
僕が彼女と会ったのは、12の頃だった。
少年と大人の狭間で揺れるなんとも中途半端な年の頃、彼女はやってきた。
元々が塾という体裁を保っていたその孤児院は、僕のような家なき子もいれば彼女のように親が忙しくて預かっているだけという人間もいる。
「ねえねえ、今日はどこに行くの?」
「うるさい、ついてくんな」
僕の何がそんなに面白いのか、瞳をキラキラと輝かせた彼女は僕にくっついてくることを至上命題にしたかのようにしつこかった。
前回にも述べた通り僕はやがて彼女に根負けし、けれど近づくわけではないなんとも中途半端な距離感で。
そして、事件は起きた。
事件と大袈裟には言ったけれど、現実に起こったのは些細なことだ。
いつものように喧嘩をして負かせた相手が少し年上を引き連れて報復に来た、ただそれだけの話。
「やめてよぉ!痛いよぉ!」
ただそれまでと違うのは、相手は的確に弱みにつけこむタイプでそしてその弱みを僕が持ってしまったこと。
端的に、彼女は巻き込まれた。ただ僕の傍をうろちょろしていただけだったがそれでも敵には僕が仲良くしている妹のようなものに映ったことだろう。
(それみたことか、だから僕は最初に言ったんだ。ついてくるなと)
別にその行為に僕は大したことも思わなかった。敵のそれはただの戦法だし、似たようなことは自分もやる。
大事になんかしていないし、大切になんか思っていなかった。
「離せよ」
はずなのに、出てきた言葉は思っていたのとは全く違った。
煽って煽って、敵が冷静さを失ってくれれば御の字。それくらいの感覚だったのに、口から漏れ出たのは意外にも怨嗟の念で。
安い挑発を、柄にもなく買ってしまった。
「はっ!カラカラと二人で何ができる!?」
そんな自分にまたイラついて、僕はただ憂さを晴らすように壊した。
どうやってやったかは記憶が定かじゃあない、頭も殴られたし色んなところを怪我したから。
ただ覚えているのは僕以外をぶちのめしたことと、彼女の泣き顔くらい—————————————。
「・・・・カラー?」
「・・・”クリスタル”」
そんな彼女の泣き顔と、目の前にいる少女の顔がどうしようもなくリンクした。
あー、ヤダヤダ。その顔がまた涙でいっぱいになるその瞬間も。
何年もあっていなかったというのに、一目見たわけでわかってしまう自分も。
「カラー!!!」
「ぐえぶ!」
堰を切ったかのように走り出して、僕のお腹にタックルを決めてきやがったこの少女。
ツインテールの黒髪と、真面目が絵を描いて歩いているかのような雰囲気を兼ね備えた少女。
クリスタル。それが彼女の名前だった。
「なんで今まで連絡してくれなかったの!?」
「おいおい、開口一番どっかの誰かと似たようなことを言わないでくれよ」
マジ虫唾が走るからさ。
「で、クリス。なぜ君がここに?って質問より先に、そこをどけ」
まったくいつまで乗っかってるつもりだい?君ラグビーでもやってたの?ってくらい見事なタックルで僕の背中は地面と隣り合わせなんですけど?
「ううううううううう!!」
「いやうめき声上げてないでどいてくれ」
一体全体どこに委員長キャラを置いていったんだろうな、真面目だけが取り柄みたいなもんだろう君は。
苦しいほどに僕の体を締め上げる彼女はやがて顔だけを上げて抗議した。
「急にいなくなっちゃうから!心配したんだよ!?」
「やっとどいたよ・・・」
ガバリと起き上がったかと思えば、その後も言葉の嵐。どこに行っていたやら、なんで連絡しなかったやら、なぜ今帰ってきたのだやら。
こっちに回答する隙間すら開けないマシンガンなそれに、僕は辟易として言葉を返す。
「ここに来たのは気まぐれだし、君に連絡しようなんて思ったことないし、僕忙しいからこれで帰るし」
「なんで!?」
「さっきからうるさいんだけど君」
まったく、せっかくエリカちゃんには絶対見つからない土地に来たってのに君に見つかったら意味ないんだよ。口うるせえから。
だからさっさと現状だけちらっと見たら帰るつもりだったのに。それもこれもジョバンニ先生が余計なことを口走るからだ。
「でも・・・よかった・・・元気そうで」
六年ぶりだね、とクリスは未だ瞳からあふれる涙をぬぐい去って感慨深げにそう言った。
「どう?変わってないでしょう?」
今度は僕がジョバンニ先生を引き上げたみたいに、先に立ったクリスが「ごめんね」と僕の目の前に手を差し伸べる。
が、それを払いのけ僕は一人で立ち上がった。
君の保護を受けるなんて例え些細なことでもまっぴらだ。
「もう、相変わらず素直じゃないんだから」
「君はもうちょっと人間観察したほうがいいと思うよ」
どこをどうとらえれば今のが素直じゃないなんて感想を抱けるのか皆目見当がつかないよ。
ちょっと怒ったように言うクリスに呆れながら僕はズボンについた砂を払い。
「さて、もう僕はいくよ」
「ええ!?もう!?」
だからさっきから何度もそう言ってる。
顔だけでそう訴えると、クリスはまた地団駄を踏み、泣きそうな顔で会話を続ける。
「じゃ、じゃあポケギアは!?持ってる?ば、番号とか、さ!」
「持ってないし、例え持ってたとして教えねえよ」
「な、なんでよ!」
理不尽極まりない怒られ方をしている気がするんですけど?そんなん僕の勝手な気がするんですけどー?
「じゃ、じゃあさ!ほら!懐かしいんじゃない?ここ、全然変わってないから」
なんとか引き留めようとしているのがスケスケだ。君は本当に策を練るというのが向かないな。
ポケモンを捕まえるとき以外はね。
「変わってないっていうか、変えられてないって言った方がいい気がするけどねこれは」
こんな物好きなところに金を出すところなんて僕くらいしかいないのもそうだが、そういう努力を目の前の子供と戯れている男ができないのが最大の問題だな。
「そ、そんなことないよ。安心してポケモンたちと遊べて、学べる場所があるっていいことだと思うの」
そう言って、彼女は広場の方に目を向ける。
「きゃあ!」
と、狙いすましたかのようにボロの壁が壊れ子供が下敷きになりそうになっていた。
「安心して・・・なんだって?」
「・・・・・」
これにはさすがのクリスも苦い顔するほかなかったが。
「で、でも!私はここが大好きなの!」
にしてもひどい。ボロボロさもそうだが、改修工事をする金がないというのが一番ひどい。
けれど、僕の金でできることなんてたかが知れている。一番大事な食で精一杯でとてもじゃないがそんなところまで回らない。
どこかにこんなボロ家を改修してくれる物好きな金持ちがいればいいんだけど・・・・。
「いや、いたな」
そんなおっさんが、一人だけ。
「なあ、クリス。君さあ、ここには働きに来ているのかい?」
「え?なに?突然」
「いいから答えてよ。面倒な前置きはしたくないんだ」
簡潔にいこうぜ、君と喋っていると疲れる。いろいろと。
「えっと、働きにっていうかボランティアみたいなものかな」
「そう、じゃ、ジョバンニ先生。コイツ、今日からここ辞めるんで」
「ええ!?きゅ、急にそんなこと言われても困るアル~」
「クリス、君さ”
「う、うん」
ジョバンニ先生の困った声は無視して、僕は一人で話を進める。
ふむふむ、合致するじゃないか。あのオジサンの目的とぴったりね。
「クリスタル、君に仕事を紹介しよう」
「・・・ふぇ?」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべて僕はクリスにそう告げた。
そして物語は緩やかに次のお話へ。
どうも!ドーン!高宮です!
はいということでね!今年もね!残すところね!後一か月ねえじゃん!っていうね!は?え?まってまって、もう今年終わる?意味わからないんですけど?
ってな感じになってますけどね!はい!もう!また次回もよろしくお願いします!ってことでね!年内次が最後じゃねえかな!多分!
一応言っておこう!今年もありがとうございました!来年も末永くお願いします!