ポケットモンスター~カラフル~   作:高宮 新太

36 / 51
35話 「泥棒にはご用心!」

 あれはいくつの頃だっただろうか。

 あの時はそんな些細なことに気を配る余裕なんてなくて、ただただ己が内に燃える炎に身を任せるまま。

 戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。戦って。

 勝つときもあれば負ける時もあり、報復されることもあれば、皆殺しにすることもあり。

 大怪我を負わせたことも、大怪我を負わされたこともあった。

 ただ憎くて、ただムカついて。

 なぜ僕が?僕だけが?こんなに辛い思いをしなければならない?

 周りの奴らが幸せに見えて、その能天気さにまたイラついて。

 そうやって周りから人がいなくなるのに、数日とかからなかったのは必然だっただろう。

 

 ただ、一つ。

 

 そうやって各地の孤児院やら教会やらを転々としていた時。

 

 あそこだけは長く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふいー、引っ越し完了ー」

 

 んー、と僕は一つ大きく伸びをする。

 

「すまんの、手伝ってもらって」

 

 オーキド博士がジョウトに拠点を移すというので護衛という名目で金をむしり取ろうという算段は、この引っ越しの手伝い(ほぼ僕しか働いてない)によってあえなく霧散した。 

 せっかく美味しい話があったのに、なんもせず報酬を貰えると思ったのに。世の中そう甘くはないということか。

 いいや!僕は諦めない!世の中案外甘いはずだ!今後も積極的にこういった話には首を突っ込んでいこーっと!

 

「ほれ、お茶じゃ」

 

「えー、ナナミさんが淹れたやつがいーいー!」

 

「我儘いうな、ここにはわしとお主しかおらん」

 

 そう、ナナミさんはマサラにある研究所に残るという、まあ、留守番が必要だという言い分も分かるけど、なーんかそれだけじゃなかった気がしてならない。

 

「ちっくしょー、もう夜じゃんかよー」

 

 ほぼ一人で作業していたせいか、せっかく昼頃に着いたのにもう辺りは真っ暗だ。

 一日潰してまで付き合ったんだ。報酬の方を期待しないとやってられんぜまったくもう。

 

「む、確かにいつの間にかこんな時間か」

 

 お茶を湯吞に注いで、僕が配置したソファに腰掛ける博士。

 

「遅くまで付き合わせて悪かったのお。どうじゃ?宿がないなら泊っていくか?」

 

「はあ?なーにが悲しくてジジイと同じ屋根の下で一晩過ごさんといかんのじゃ」

 

 どんな感動ビデオを見るより泣ける状況なんですけどそれ。

 

「ハッハッハ。お主は老人をいたわるということをもう少し覚えても罰は当たらんぞ?」

 

「ハッハッハ。やだなあ、博士はまだまだお若いでしょう?」

 

 オホホ、あはは、なんて笑いあっていたのは一瞬ですぐに苦い顔になる二人。

 

「ったく、それで?お主はジョウトでどーするんじゃ?」

 

 そんな気の合わない二人だけど、博士は構わずお喋りを再開する。

 

「んー?どうしましょうねえー」

 

「ノープランというわけでもなかろうに。わしには喋らんか」

 

 そうかそうかー、と言って博士は立ち上がり自身の書斎にこもりにいった。

 別に、隠してるわけじゃあないんだけどなあ。

 本当にどうしようか決めてるわけじゃあないんだ。カントーには例のポケモンはいなかった。

 だから次なる僕のルーツであるこのジョウトに来ただけで、それは明確な理由にはならない。

 なし崩し的なのだ。つまりは。

 

「まあ、用事がないわけでもないんだけど」

 

 一つだけ、あるにはあるんだけど。

 果たしてそれを用事と言っていいのかどうか、そんな大袈裟なもんじゃないしなあー。

 よっと。と、空いたソファに寝っ転がりながら僕は瞳を閉じる。

 はてさて、この土地で一体どれだけ進歩するのかな。

 なんてことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔々、僕が小さかったころ・・・からも抜け出して、けれど大人ではない中途半端な年齢の時だった。

 その孤児院に預けられたのは。

 過去、いくつもの孤児院を潰して、いくつもの善良な人々から忌み嫌われて。

 ついたあだ名が「破壊神」中二病もいい所だろう。

 そのあだ名を気に入ってはいなかったけれど、当時の僕はそのあだ名に相応しい人物ではあった。

 物を壊し、人を壊し、絆を壊し、命あるものを壊した。

 そんな時、その孤児院は奇怪にも僕を受け入れたのだ。

 

「・・・・・・・」

 

 瞳は荒み、体は傷だらけ。孤児、という言葉がこれほど似合う人間も現代にはそうはおるまい。

 

「オ~、皆さん。今日からこの孤児院の新しい友達アル~。ほら、カラー君。自己紹介してアル~」

 

 なぜかクルクルと周りながらそんなことを言うオジサンに、僕は当然反応なんてしない。

 いつもと同じようにいつもと同じ。ただ衝動のむくままに、壊したいから壊す。目的はなく、理由はない。

 理想も意志も何もなく、ただ生ける屍として生きてきた。

 少しだけスカッとする。その感覚を追い求めて、それが欲しくて。それしかなくて。  

 

「・・・え、えーっと」

 

 周りに集まった児童も、オジサンも無視して僕は一人ただ隅っこにいる。

 

「う、うおっほん!それじゃあ皆!一緒に遊んでくださいアル~」

 

 そのオジサンの一言が合図となり、子供たちは開放されたかのごとく思い思いに遊ぶ。

 当然、子供離れした。というか本当に年齢としては一番上だったのだが、それでも異質なその子供に近寄る人間は誰一人としていなかった。 

 

「う、うーむ・・・」

 

 オジサンだけが困っていたけれど、そんなことは知ったことじゃあない。

 塀に寄り掛かって、当時の僕はこう思った。

 

「なんて平和ボケした場所だろう」

 

 と。こんな自分を好んで拾うくらいだ、もっと殺伐とした世紀末のような場所かと期待していたのに。

 そんな場所ならもしかしたら自分をボコボコにできるくらいのヤツがいるかもしれない。

 そう、期待していた。

 僕は期待をしていた。こんな自分を殺してくれるような人間を。期待していたのだ。

 目的はなく、目標はない。そんな人生に意味はあるのかと。 

 自問しても答えは出ず、なのにそれをやめることはできない。ただただ、心だけが疲弊していく。

 せめて、意味が欲しかった。生きていてもいい意味が欲しかった。僕だけが生き残ってしまった、そこに意味が欲しかった。

 

 時間が過ぎて、相変わらず一人だった僕はだけど一人鬱陶しいほどにくっついてくる女の子に出会った。

 その子はどれだけ引きはがそうとしても、どれだけ拒絶しても僕の傍にくっついてくるなんとも不思議な女の子で。

 

「今日は、どこに行くのー?」

 

「・・・・・・」

 

 そのあまりの鬱陶しさについぞ僕は根負けした。

 会話なんてしない。顧みることもない。だけど、引きはがそうとはもうしなくなっていった。

 目的もなくただ町を散策して、目標もなく孤児院に帰る。

 

「やーだー!まだ遊ぶー!」

 

 彼女には親がいたから、だから帰る家はあった。

 それでも必死に僕の足にしがみつく彼女に、僕は言ったのだ。

 

 帰れ。お前には家があるんだろうが。ここはお前の家じゃない。

 

 もうちょっと言い方ってものがあったとは思うが、致し方ない。当時の、いや今だって僕の根本は変わらない、捻くれものの嫌われものだ。

 

 だから、小さい彼女を泣かせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ん?」

 

 ふと、目が覚めた。

 どうやら夢を見ていたらしい。

 けど、どんな夢だったかは思い出せない。

 んー、まいっか。

 いつものように僕は大して努力もせずに、眠い目をこすりながら辺りを見回した。

 オーキド博士の新しい研究所は、静謐さを保ち暗闇が支配している。

 

「毛布・・・?うわー」

 

 どうやら気を遣われたらしい。疲れてたつもりはなかったけど、船旅と引っ越しで知らず知らずのうちに体力を持ってかれていたのか。

 意図せず博士の言う通りに宿を借りてしまったことを不満げに思う。

 博士に毛布を掛けられる、そんな場面を想像するとうげーっと苦い顔になるけど。

 

「・・・・・・?」

 

 そこまで考えてふと、気付いた。

 ここには僕とオーキド博士、この二人しかいないはずだ。

 

「ぐー、ごー」

 

 そのオーキド博士も、いびきがここまで聞こえてくるほど熟睡しているのがわかる。

 だから何者かが動いている気配なんてしないはずなんだ。加えてここはマサラに負けず劣らずの田舎、ご近所さんは歩いて十分以上遠くだ。

 

(おいおいおい、まじで泥棒だったり?)

 

 護衛をするときに出た、かもしれないという低い確率の空想が、よもや現実になろうとしているとは。

 博士、まじで僕に感謝してくださいね。

 

「————————————、」

 

 傍で寝ていたポケモン達をボールに収めて僕は再度寝たふりをする。

 もしも泥棒だというのなら、こんな田舎の、それも今日入居してきたような家だぞ。目的があるのは確実。

 そしてそれは十中八九あれだろう。

 研究所の一室、そこはパソコンやらなんやらで固められた部屋の奥にあるポケモン図鑑。

 大事そうに三つ並べられたそれ以外、ここに奪う価値のあるものなんてない。

 

 静かに、扉が開いた音がした。

 

 耳を澄まさなければいけない程に小さなその音、どうやらむこうさんは手馴れているらしい。

 その後の佇まいから、極限まで消えた気配。

 

(だけど運が悪かったな。僕相手じゃなきゃ、騙せただろうよ)

 

 こちとらありとあらゆる悪事を働いた、悪事のエキスパート。悪事専門のジムリーダー試験とかあったら主席で合格できるレベルだぞ。

 君とじゃ、積み重ねてきたものが違うのさ。

 

「———————————、」

 

「と、いうわけで。残念だったね」

 

 彼が案の定図鑑に手を伸ばした瞬間、僕の腕は彼の首筋にあてがわれる。

 まったく、マジで護衛みたいな仕事するとは思わなんだ。

 

「・・・・・誰だ」

 

 意図して低くしているその声に僕は答える。

 

「おいおい、それはこっちのセリフだぜ。泥棒さん」

 

「ニューラ・・!」

 

 やれやれと被りを振ったのもつかの間、闇夜に紛れていたニューラに一声かける。

 

「・・・・・!?」

 

「言ったろ。残念だったねって」

 

 そんなあからさまにポケモン出してて、対策しないわけがないだろう?

 ニューラの首筋にはカラカラがこんぼうでがんじがらめにしているところだよ。

 

「何者だ、貴様」

 

「さっきも言ったじゃん、そのセリフはこっちのだっつーの」

 

 ったく。泥棒が吐くセリフじゃないだろう。

 この絶対的な状況で、よくまあそんな冷静で敵対心まるだしのセリフが吐けるもんだ。驚嘆に値するよ。

 それとも、こっから逆転できる策でもあるからこそのその余裕なのかな?

 

「あー怖い怖い。その前に、なーんか弱みないかなー」

 

「チッ」

 

 動けないように細心の注意は払いつつ、僕はポッケやらなにやらをまさぐって何か身元特定に繋がるものを探す。

 

「あら、あんまり物は持たない主義?ハンカチしかねえや」

 

 あとは、ヤミカラスが入ったボールくらいでこれといって特定できるのはない。

 

「ポケギア以外はね」

 

 ポケギア、ラジオや電話なんかが出来るジョウトで流行っている通信機器だ。

 僕が前にいた時はこんなハイテクなのなかったけど、時代は進むねえ。

 

「んーっと、どこをどうするんだろ」

 

 適当にポチポチとボタンを押していく、やがて連絡帳のようなページに行きついたが、その間も少年は抵抗する気配はない。

 

(もう諦めたのかな・・・?)

 

 だったらいいけど、この静けさは逆に不気味だ。

  

「えー、何々———————————。この名前」

 

 そこに連なっていた”二人の名前”。

 その文字を見て、僕は多少面喰い目の前の少年の後頭部を見る。

 

「君は・・・一体?」

 

 と、そこまでにどうやら僕は時間をかけ過ぎたらしい。

 異変に気付くのがちょっとだけ遅れた。

 

「フッ————————、」

 

「こ、これは!?」

 

 いつの間にか、周りは”ふぶき”で凍らされていた。

 しまった、ニューラの属性は”悪・氷”なんせジョウトは久々なもんで、ポケモンの情報の精度が甘かった。

 が、それを差し引いても見事な手際だ。気を取られていたとはいえ、今の今ままで気付かなかった。

 

「けど残念、最初に言った通り相手が悪かった」

 

 悪いがその手のタイプにはすでに煮え湯を飲まされてるんでね、そう何度もやられるわけにはいかないんだ。

 カンナに比べれば、なんてことないわけだし。

 

「バカな・・・・!」

 

 ”ふぶき”で完全に凍らされる前に僕はポケモンで空中に脱出する。

 

「ウインディ、燃やせ」

 

 空中から眼下に向けて、ウインディの”かえんほうしゃ”が轟々と燃える。

 

「くっ・・・・!ニューラ!”だましうち”!」

 

「”かみくだけ”!ウインディ!」

 

 ニューラが鋭利な爪で応戦しようと前に出たところを狙って、ウインディのその屈強な牙でざっくりと”かみくだく”。

 

「って、あら?」

 

 ように見えたのだけれど、それも一瞬。

 ニューラはゆらゆらとその姿を消し、いつの間にか泥棒の少年も窓を割って外を逃げていた。ヤミカラスによって空中へと。

 

「そうか・・・”かけぶんしん”だったんだ今の」

 

 これは一本取られた。暗闇という利点を最大限に生かされたな。

 ビチャっと、かえんほうしゃによって溶かされビチャビチャになった床に着地する僕。 

 

「にしてもなんだったんだ今の」

 

 まあでも無事に図鑑は守りきれたわけだし、良しとするか。

 

「・・・・・あれ?」

 

 と思って、僕は図鑑の安否を確かめるべく確認したのだが。

 

「一個ない・・・・」

 

 ・・・これは、どうしよっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁにぃー!?」

 

 朝一番、怒号が研究所にこだまする。

 

「博士ー、近所迷惑ですー」

 

「ご近所さんは近くにおらんから大丈夫じゃ!ってそんなことはどうでもいい!」

 

 そっすかー、よかったすねー。

 ゆっくりとソファに腰かけ、お茶をすする僕とは対照的に寝巻がずれ、寝癖を直す暇もなかった博士の動揺は続く。

 

「わ、わしのポケモン図鑑が・・・、丹精込めて作った内の一つが昨夜何者かに盗まれたと、そういうのかお主は」

 

「疑うんなら自分で確認してくださいよぉ」

 

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

 うわーお、まるで般若のようなお顔になっておりますよお爺さん。

 マジで泥棒にあったとき人はそんな顔になるのかねえ。

 

「で、その間お主は・・・?」

 

「おっとやだなあ、ちゃんと応戦してましたよ。ぐーすか寝てた持ち主に代わってね」

 

 一応護衛という名目でお仕事を受けたんだ。受けただけの仕事はしますよ僕は。

 にしても起きなかったねえー、窓が割れた時なんて奴さん音に気を遣うこと忘れてたってのに。

 

「そうか、それはありがとう」

 

「あはは、とてもありがとうって顔じゃないんですけどー。写メ写メ」

 

 以前般若な顔は崩すことはない博士、後でナナミさんに送ってあげよーっと。

 

「さて、じゃ報告も終わったんで僕はこれで」

  

「な!今帰るというのかカラー!?」

 

「えー?なんですー?これ以上は長居したくないんですけど」

 

 厄介事に巻き込まれるのは御免ですぜ。なんかそんな感じするし。

   

「それに泥棒の情報は渡したでしょう?赤髪に黒い服、ニューラとヤミカラスをつれたトレーナー」

 

 と、それと情報はまだあるんだけど。ま、そこまででも十分でしょう。

 あの時見たポケギアにあった名前。この情報は後々使える気がしてならないんですよねえ。

 

「それはそうじゃが・・・・」

 

「これ以上はなーんも出てきませんってー、あ、報酬は指定した口座に振り込んどいてくださいね」

 

 最後に一番大事なことを念押しして僕はトントンと靴の調子を整える。

 

「わしはこれからその犯人を追う、お主は?」

 

「あー、まあ、どっかで見かけたら連絡くらいはしますよ。あ、ボロボロにしちゃった研究室の弁償代は引いておいて構いませんので」

 

 じゃ、とあっさり僕は研究所の扉を閉じた。

 不満そうな博士の顔を最後まで見送りながら。

  

 そうして僕はやっと目的のために生きられる。

 我が人生の目的のために。

 

「と、その前にちょいと寄り道はするんですけどね。久しぶりに会いにいくか、”ジョバンニ先生”に」

 

 それもまた、次のお話で。

 

 

 




どうも!UMR!UMR!高宮です。
いやー、最近めっきり寒くなってきました。
ねー、本当、寒くなってきたわー。
いやー、寒い。本当寒い・・・。
はい、お察しの通り話題がありません。
なんなんだろうか、後書きとか皆何書いてんの?僕はこれを書きたいってのないんですけど。困ってるんですけど!
ということで次回もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。