34話 「新たな旅路はいつまでも」
「やっほー!」
「・・・一応言っとくがなあ、それは山でやるもんだ。海でやったって意味ねえぞ」
あの、四天王との戦いから一年。
「やだなあ、わかってますよお。”マチス”さん」
今僕は一体全体何をしているのかっていうと。
一言でいえば、フェリーに乗っていた。
フェリーのデッキ部分、その手すりへと体を乗り出し頬を凪いで行く潮風が気持ちいい。
そんな場所で僕らは二人、男だけの会話を楽しむ。
だってえ、この人の顔が怖すぎて女の子たちが全員逃げちゃったもん。
「しっかし、俺が言うのもなんだがこんなんで本当に良かったのか?」
「おっとお、珍しい。普段なら利用するだけ利用して紙屑のようにポイする地球に厳しいマチスさんからよもやそんな言葉が聞けるなんて」
「エレブー、”かみなり”」
「うわっとと!!」
ちょっとちょっと!今のマジで殺す気だったな!おい!
そう、一年前。あの戦いの報酬に僕が選んだのはマチスさんの持っていたフェリー。
通称アクア号。ジェットで走るこのフェリーはカントーとジョウトを繋ぐ交通機関としての役割をほぼ一手で担っている。
このアクア号が開通してからというもの、カントーとジョウトの行き来は活発になり、さらに噂だと近々リニアモーターカーが走るとかなんとか。
「で、何を隠そうその船長こそがここにいるマチスさんなんですよねー」
それを知っていたからこそ、この交渉を持ち込み、今こうして実現させているわけだが。
「おうよ、このアクア号はサントアンヌ号以上の船になった。つまるところ豪華客船だ」
マチスさんの言い分は大袈裟でもなんでもなく、その役目もそうだが内装も外装もその名に恥じない豪華絢爛さだ。
「で、ジョウトには何しに行くんだ?観光ってわけでもねえんだろう?」
その船長であらせられるところのマチスさんだから、忙しいことこの上ないはずなのだが。
なぜかさっきから僕につきっきりである。
「いえまあ、当たらずとも遠からずって感じですかねえ」
「はっ。例によって暗躍か?」
うーん、バカにしたようなその感じが気に入らないけどここは愛想笑いで切り抜けておこう。
なにせこの人の機嫌を損なうと海にポイされてしまいそうな勢いあるし。
割とマジで。
「ところで、あとどれくらいでジョウトにつくんですかい?」
「けっ。もう少しでつく、黙って待ってろ」
それだけ言うとマチスさんはスタスタと機嫌悪そうに中へと戻っていく。
「あ、ちょい待ち!」
「ああ!?」
そんな背中に僕は一つ、スーパーボールを無造作に投げ渡した。
予想していなかったのか不機嫌な声を上げたものの、流石の反射神経をお持ちでパシッとキャッチする。
「お、ナイスキャッチ」
「んだこれは?」
「ライチュウですよ、まったくマチスさんってば忙しすぎて会えないんだから。延滞料金は無しですぜ」
一年前に借りたものの、返すアテが今日までなかったのはマチスさんのせいであるからして僕は悪くないはずだ。
なんて正論もこの人の機嫌次第で覆っちゃうから嫌なんだけど。
「・・・ふっ」
お、笑った。
と思ったのもつかの間、確かめるようにマチスさんはボールから自身の相棒を取り出す。
やだなあ、僕がボールだけ渡して中身すり替えるなんてマネするような人だと思われてたのかしらん?
そんなことしないよお、マチスさんには。
だって報復が怖いもん。
「待ってたぜ、相棒」
「ヂュウ!!」
うん、ライチュウも嬉しそうだ。この一年見たことない満面の笑みである。
なにせ、散々こき使ってやったからねえ。どうせ返すんだからって一年たつとは思わなかったけど。
「ん?」
なんて遠目から見ていたら、ライチュウは割と神妙な面持ちでこちらへトコトコと歩いてきた。
「おいおい、なんだよ。お別れでもいいに来たのかい?」
らしくないと言えばそれはそうなのだが、ライチュウもこの一年を悪くないと思っていたということだろうか。
頬を染めて、そっぽを向きながらも体はこちらを向いてその手は紛れもなく僕に差し出されている。
僕は目線をライチュウに合わせてしゃがむ。
「・・・そっか。じゃあね、ライチュウ」
多くは語らない、たった一年、されど一年。
過ごしてきた時間は、無為ではなかったわけだ。
「・・・・ヂュウ」(ニヤリ)
「ん?」
と思ったのもつかの間。
がっちりと硬い握手を交わした瞬間、ニヤリと口角が上がるライチュウに不穏な空気を察する。
そして案の定。
「あががががが!!」
電撃を見舞われた。
「ガハハハ!こいつはいい!よくやったライチュウ!!」
「ヂュッヂュッヂュ!」
クックックと悪くどい笑みを浮かべる二人。
ああ、君たち確かにお似合いだよ。やっぱ君はマチスさんのポケモンだ。
「ったく、この悪戯っ子め」
プスプスという音が耳に響く。この一年、数々の悪戯を受けた僕だ。これくらいでは怒りはせん。わっはっは。
「待てやこの性悪!!!」
「キヒヒヒ」
なんていうと思ったかボケエ!
ライチュウを鬼の形相で捕まえようと追いかけるものの。
「うげっ」
ポンッポンッと軽快に僕の両手をかいくぐり頭を踏んでマチスさんの横に戻る。
「まったくもう、感謝とかないのか君は」
小さな足で踏まれた頭をさすりながらぶー垂れる僕。
でもまあ、似合っちゃってるからしょうがないか。その隣がやっぱり君はしっくりくるよ。
「少佐ー!」
おっと、どうやらマチスさんが呼ばれているらしい。この船の従業員っぽい人に。
「おう!今行く!」
それだけ伝えると、マチスさんは今度こそ船の中へと帰っていった。
「にしてもあの人もまあ丸くなったなあ。ロケット団にいた頃が既に懐かしいぜ」
ねえ、カラカラ。
と僕は傍らにいたはずのソイツに声をかけようとして気付いた。
「・・・・・」
パラソルとハンモックによる完全プライベート空間で一人、のんびりとしていたことを。
「満喫してんなあ・・・」
ま、せっかくだし、僕もこの豪華客船をのんびり楽しむとしますかね。
「で、なんで部屋割りがこの爺さんといっしょなんだろう」
「ぐー、がー」
ある程度中を散策し終わって、豪華客船の豪華な食事を楽しみさて部屋へ戻るかといった矢先に僕のテンションはただ下がる。
『ピンポンパンポーン、間もなくジョウト、ジョウト。お降りのお客様はお忘れものにお気を付けください』
「ほら、”オーキド博士”もう着くってよ」
「むにゃむにゃ」
「いや可愛くねえから」
何が悲しくて爺の寝言を聞かにゃならんのだ。つかなんで寝てんのこの人?
なぜ僕がこの人と一緒なのか、それを語るにはまず一週間前に遡る必要がある。
~一週間前~
「ええ、ええ。おーけーおーけー、それでいいですよ」
僕は一人、高台に上り景色を見渡しながら電話をしていた。
確認の電話が終わり僕はボタン一つで電源を切る。
「・・・さて、ようやくジョウトに行ける」
あの戦いから一年、カントーの町はだいぶ復興しておりもう戦いの影はないに等しいと言ってもいいだろう。
そして最近、ようやくカントーとジョウトを結ぶアクア号が開通しそのチケットをマチスさんからもらう手はずが整った。
そう、電話の相手はマチスさんだ。
「はぁ、ようやく見つけたぞカラー」
「あら、珍しい客人だね、グリーン」
後ろでの扉が開いた音がしたと思えば、そこにいたのはグリーンだった。
あまり、話したことはないはずだし、どうして僕がここにいることを知っているのか。
まさかとは思うが、エリカちゃんの刺客だったらどうしよう。グリーンに勝てる自信はないなあ。
そんな予測と共に僕は密かにボールの開閉スイッチへと手を伸ばす。勿論逃げるためにね。
「おじいちゃんがお前に頼みたいことがあるそうだ。マサラに戻ってもらおう」
「おじいちゃん、ってーとオーキド博士?」
若干拍子抜けした表情を隠せなかった僕だけど、それにしても意外だ。あの人からの頼みなんて。
「嫌われてるかと思ってたよ」
「いいから、お前に拒否権はない」
「えー?ここで君を倒して、その頼みごとを不意にするっていう道もあるでしょ」
きらりと鋭くとがるグリーンの瞳。
ハハハ、そんな顔すんなよ。元々怖い顔がさらに怖くなっちゃうぜ。
「まあまあ、落ち着いてよ。ちょっとしたジョークさ。何も君に勝てると思うほど傲慢でもないさ」
「ふん、相変わらずふざけた野郎だ」
「ま、あのじいさんが僕に頼みごとってのも珍しい。頭を下げるところでも見てみるのも一興かな」
「・・・とにかく、伝えたからな」
それだけ言うと、用は済んだとばかりにグリーンはリザードンに飛び乗って飛んで行ってしまう。
「ありゃ、要件くらいは先に聞いておきたかったんだけれど」
空を見上げるもあっちゅーまに彼方へと消えていく。
まいいか、楽しみに取っておいても。
なにせこの一年、なんにもなさすぎて退屈してたところだ。
ちょうどいい暇つぶしくらいにはなるかもしれない。
「・・・・ポケモン図鑑?」
と、思っていたんだけれど。
グリーンの言う通りに僕は久々にマサラへと帰ってきていた。
最後までエリカちゃんが仕掛けた罠の可能性を疑っていた僕はその頼みごとに思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「ってなに?」
「うむ、この世界にいるポケモンのことを詳しく観察し記録する機械じゃ」
そう言ってオーキド博士が手に持っているのは長方形に赤く彩られた箱型の機械。
どうやら話を聞くに、これがオーキド博士の長年の夢らしい。
「で?それを僕にどうしろって?」
「じゃから、これを持って全国にいるポケモンを捕まえてデータでいっぱいにしてほしいんじゃよ」
詰まる所、頼みごとというのはこれか。嬉々として喋っているオーキド博士の言葉を右から左へと聞き流し僕は早々に興味を失う。
だって僕が興味があるのはたった一匹のポケモンであり、それ以外のすべてが僕にはどうでもいいことなのだから。
よって、受ける価値も聞く価値もなし。
「大体、なんで僕なのさ。そんなもんレッドとかにでもやらせろよ」
僕はアンタらが思ってるほど暇じゃないんですー。この一年以外はー。
「レッドはもうすでに持っておるよ、レッドだけではなくグリーンもブルーもな」
・・・さいでしたか。
確かにそういわれて見ればこれと似たようなのを持っていたような気がせんこともない。
あまり気に留めてなかったから記憶が定かではないが、どことなく形違いのやつを見た気がする。
「そう!それじゃよ!」
「いやどれじゃよ」
そんなことを言ったら、オーキド博士が食いついてきた。
「これはレッドたちのとは違い、バージョンアップ版なんじゃ」
へえ、どうでもいいけど。
まあ?レッドたちより最新機種を僕に、って点は評価してやらんこともないが。
「今までカントーのみじゃったが、ほれ、アクア号が開通するじゃろ。それに向けてジョウトでも記録できるように進化させたのじゃ」
「ふーん、で?僕にジョウトでチマチマポケモン集めをしろって?博士、僕の目的を知っててそれを頼もうとしてるんですか?」
「勿論無理にとは言わんが・・・しかし、お主が適任じゃと思ったからこそのこの頼みじゃ」
適任?誰が?むしろ真逆だろう。
「それこそお門違いですよ。その新しい奴をレッドにでも渡して、ジョウトに行ってくれって頼む方がよっぽど建設的だと思いますがね」
「ダメなのよそれは」
「あー!ナナミさん!会いたかったです!」
「あら、ありがとう。私もよ」
湯吞にお茶を注いで運んできてくれたナナミさんに僕は歓喜の声で出迎える。
この研究所に戻ってきた理由の一つにナナミさんがいたことも大きい。
「怪我はもう大丈夫なの?」
「怪我?ああ、もうすっかり。ていうか一年ありゃそりゃ完治しますって」
心配症だなあ、そこもいいんだけど。
「まったく、今の姿をエリカが見たら・・・・」
なぜかオーキド博士が頭を抱えていたけれど、その名前を出さないでよ。せっかく上がったテンションが冷や水ぶっかけられたように冷めちゃうじゃない。
「で?ダメって、理由は?」
「レッド君はね、治らないの。一年前、四天王カンナに受けた傷が」
・・・ああ、氷漬けにされたあれか。
確かにあの攻撃は強力だった。脱出できたとは言え、一度完璧にあの攻撃を受けたレッドだ、後遺症が残っていても何ら不思議ではない。
僕も受けたけど、その後の対処がよかったのか、はたまた技が不完全だったのが幸いしたのか、多分そのどちらもだろうが後遺症は残ってない。
「手足がしびれたり、ポケモンバトルにも影響が出ててね。もうすぐジムリーダー試験を受けるって言ってたけど大丈夫かしら」
心配そうに頬に手をやるナナミさん。
「ジムリーダー試験・・・?」
「ああ、カラーは知らんかったのか。あいつ、トキワジムのリーダー試験を受けると決めたんじゃと」
「ふーん・・・・」
いや別に特に何の感情もないのだけれど、そうか、ジムリーダーにねえ。
昔、それが夢だと聞いていたけど本当に叶えちまうのかレッドは。
しかもトキワジムだって?サカキ様の後釜じゃん。
まるっきりタイプが違い過ぎて笑い話くらいにはなるなあ。
「でも、そんな体調で受かるほどジムリーダー試験ってのは楽勝なんです?」
「それなのよねえ、今グリーンが各地を旅して治療法を探してるんだけど・・・なかなかねえ」
そこでピーンときてしまった、なるほど僕へのアレはそのついでか。
・・・にしても羨ましいやつめ、ここまでナナミさんに心配してもらえるなんて。
「・・・・じゃあまあオーキド博士の頼みをただ断るのも心苦しいんで、一つ情報をあげましょう」
「情報?」
「というか、やっぱり断るんじゃな。わしの頼み」
がっかりしないでくださいよオーキド博士、わかってたことでしょう?
それでもダメ元でも僕に頼んできたってことは相当に人手不足なんだろうなあ。
だからといってそんなめんどいことを引き受けるきにはなれんけど。
「ええ、まあ。そんな一銭の得にもならんことをしてる暇はないんでね」
「お、なんじゃ。報酬か?これでもこの業界の権威。それなりにもらっておるから対価としての報酬は弾むぞ?」
ここぞとばかりに博士は畳みかけてくる。
少しぐらっとはしたが、いいや、労働と対価が見合わない。さっきも言ったがそんなことをしている暇はないんだ。
片手間でできるほど簡単でもなさそうだし。
「そ、それで!?情報ってなに!?」
そんな博士を押しのけて、ナナミさんがずいっと顔を近づける。
「いえね、ナツメちゃんも確か同じ技に引っかかってたなあって思いまして。今どうしているかは知らないですけど、彼女にきけば有効な治療法とか知ってるんじゃないですかね?」
何しろ超能力者のサイキックガールだ。お得意の千里眼で治療法を探すのはわけないだろう。
自身の体の傷を放っておくタイプとも思えんし。
「そうなのね!早速グリーンに知らせなきゃ!」
そういうと、バタバタとナナミさんは部屋を飛び出していった。
「・・・すまんのお、またお主に頼ってしまった」
「また?別に、アンタらに頼られた記憶なんてないですよ」
それに今のだってお礼を言われるようなことじゃない。
あ、いや礼を言われたわけじゃないか。
「それじゃあ、すまないというのなら一つ頼まれてくれませんか?」
「・・・お主のそういうところは最早尊敬するよ」
「へへ。こりゃどうも」
「で、なんの頼みじゃ」
「いえね、簡単ですよ。この一年でそろそろ貯金もなくなってきたんでね、一つ仕事をさせてくれっつーことですよ」
「仕事?・・・といわれてもなあ、助手はもうナナミがおるし」
「一つ、あるでしょう?僕に都合の良いお仕事が」
「・・・・・?」
ふふふ、お金があるっていいことですよね。
そのお金、僕が有効に使わせてもらいますよ。爺さんが貯めこんでてもしょうがないですからね。
さーっていいこと聞いちゃった。
~現在~
で、今現在に戻る。
「博士、荷物持ちました?」
「ああ、忘れ物もない」
そう、詰まる所そのお仕事というのがこれだ。
僕が爺さんと行動を共にしている理由。
「にしても、護衛をするなんて言い出した時は呆れたもんじゃ」
「だって、そのポケモン図鑑貴重なものなんでしょう?だったら誰かに襲われる可能性だってあるわけじゃないですか」
だからこその護衛だ。なんでも博士はしばらくジョウトに住み込みで研究するというらしいじゃないか。
僕もジョウトにはしばらくいるつもりだったから一石二鳥。ただ移動するだけでお金がもらえるなんて夢のようじゃないか。
「まあ、いいんじゃがな」
そして、フェリーは到着を知らせる汽笛を鳴らす。
さあ、ここから新しい旅の幕開けだ。
一歩、新たな土地へと踏み出して。
また、次のお話で。
どうも!ヘブンズフィール!高宮です。
ちょっと待ってください。え?もう今年後一か月ちょいじゃん。は?なんだよそれ、意味わかんないんだけど?
全然意味が分からないんですけどお!?
時が過ぎるのは早いですねえー。
ということで、そんな次回です。どんな次回だ。
ではでは、また次回お会いしましょう。