さて、カンナとの壮絶な死闘を繰り広げた後。
元ロケット団の皆さんとの交渉も成立し、傷も最低限動けるくらいには回復してきた。
とはいえ、この時点で既に数日を費やしておりあんまりちんたらやっているわけにはいかないのもまた事実。
そんな中で僕はマサラへと戻ってきた。
四天王たちの襲来がいつ来るかは分からない、だからこそその前にさっさとやるべきことは終わらせておくべきだ。
そう、カントーでやるべきことは一つ残らず、ね。
「へーい!オーキド博士!アナタの便利な一番弟子、カラーが今戻りましたよーっと!」
テンション高い?それはほら、愛嬌ってことで。
「って、あり?」
勢いよく扉を開けて、いつもの埃っぽいお客様になんの気も使っていない研究室のはずが。
そこかしこに散らばっていた資料は、きっと分類別に分けられていて。
埃っぽさが常に付きまとっていた部屋は、見違えるように清潔に保たれている。
そして何より、いつものおじいさんが。
「えっと・・・?どちら様でしょうか?」
「綺麗なお姉さんになってる!」
おいおいおい、これは一体全体どういうことなんでしょうか?
これは夢?幻?僕の願望が生み出した悲しい幻想?
「なんてことだ!こんなに嬉しい幻想があっただなんて!」
悲しくたっていい!何より目の前の美人になってしまったオーキド博士のことを考えると胸が痛まなくもなくもないこともないが、でも美女になれんなら元のおじいさんのことなんて忘れてもOKだよね!
「いいわけあるか!このたわけ!」
「あいたっ」
あら、オーキド博士いたんですか?てっきり僕は何かの事件に巻き込まれて美女に変えられてしまったのかと思ったんですけど。
ふざけているとオーキド博士が後ろからげんこつ付きで現れたので僕は妄想をパタリと閉じる。
「まったく、お主は久々に現れたと思えば・・・また変わらないのお」
「いえいえ、オーキド博士は少し白髪が増えましたね」
「ワシが気にしていると知ってのそのセリフじゃな?」
「え、えっと・・・」
おっと、久しぶりすぎてオーキド博士との会話が弾んでしまった。僕としたことが美人を蔑ろにしてしまったよ。
「ああ、すまんな。ナナミ君。こちらカラー、信用ならんから近づかん方がいい」
「ちょっとちょっと、その紹介の仕方はあんまりにもあんまりじゃないです?ほら、一杯僕のいい所を並べ立ててくださいよー」
「一つも思い浮かばん」
「おっとぉ!じゃあしょうがない!」
なにせ僕だって思いつかないし、これは仕方ないネ!
そんなやりとりに苦笑しながらナナミと呼ばれた女性は口を開く。
「フフ、なるほど。聞いてた通りの人なのね。私はナナミ。オーキド博士の助手をしています。よろしくね」
「はい!そりゃもう今後とも末永く宜しくお願い致します!」
ぶんぶんと握った両手を振り回して僕は笑顔でそう返した。聞いてた通りってのが一体どんなことを聞いていたのかはこの際問わないことにしよう。
「で?今度は一体どんな厄介事を持ってきたんじゃ?お前さんは」
「やだなあ、僕がいつも厄介事を押し付けているような言い方じゃ、誤解されちゃうでしょう?」
「誤解じゃなく、事実じゃろう?」
心底嫌そうに椅子に腰かける博士。なんだよ、ちょっとはこき使われたっていいじゃんかよー。
とはいえ、これ以上はマジに頼みを聞いてくれなさそうなので、断られる前にさっさと本題に入ることにした。
「ちょいと頼みごとに進展がありましてね」
「む」
オーキド博士にしていた頼みごと、例の黒いポケモンを探してほしいというそれの話だとオーキド博士は一言で察して真剣な表情へと変わる。
まあ、この二年の情報の精度の低さを考えるとこの人のことはあまり頼りにはならんが、それでも藁よりは丈夫だろうよ。
「これ、こいつのことを探してほしい。もちろん僕も探しますから、片手間程度いいので」
あまり強く押して断られても面倒だし、オーキド博士にはこれくらいでいい。
「・・・これは。なるほど、お主がイエローにこだわっていたのはこれが理由か」
「別にこだわっていたつもりはありませんが、そう見えていたんですか?」
「しかし、イエローは人の心も読めたのか?」
「いいえ、読んだのは僕ではなくカラカラの心ですよ」
「・・・ああ、なるほど」
口数は少なく、イエローが書いた画用紙越しのソイツと随分と睨めっこしながらオーキド博士はなにやら機械にスキャンし始めた。
「少々待っておれ、今、学会に提出する用にコピーする」
「学会、って。それ、結構大事じゃないですか」
「大事じゃよ、なにせ。こんなポケモン、わしは見たことも聞いたこともない」
そうか、ポケモン研究の権威と呼ばれるこのお爺さんですら知らないとなると本当にこのマサラには、カントーにはいないのかな。
まあいいさ、いよいよもってこことの未練がまた一つなくなっただけだ。
「ん?ああ、ナナミさんにはなんのことかわかりませんよねえ。すいません秘密の話しちゃって」
「いいえ、それはいいのだけれど。ちょっと見ても?」
「ええ、どうぞどうぞ」
会話に入れなかったのを拗ねていたのかと思って声を掛けたけれど、柔和な笑顔で返されてしまった。どうやら見当違いだったらしい。
まったく美人ってのは人間が出来てるなあ。
「・・・このポケモンを探しているの?」
「ええ、諸事情がありましてね。どうしてもソイツを見つけ出さなければならないんです」
コピーが終わり、博士が何やらパソコンを弄っている間、僕は椅子に腰掛けナナミさんが入れてくれたお茶をお供に会話に興じる。
「へえ、所々曖昧だけど確かに見たことはないわね」
ねえ、ラキっち。
と、傍にいたラッキーに彼女は声をかける。
どうやら一人と一匹でこの研究所を手伝っているらしい。
「にしても、驚きです。こんな美人なお姉さんが一体なんの縁でこんな寂れた研究所で働いているんですか?よっぽどお金を出しているのでしょうけど」
「変な言い方をするな!まったく、ナナミはわしの孫じゃ。縁というのならそういう縁で手伝ってもらっておる」
「・・・・・」
ポカーンと、僕はポッポが豆鉄砲を食ったような顔になってしまった。
え?マジ?孫?この包容力抜群の美人なお姉さんが?
「ええ、本当よ」
にっこりと、聖母のごとき笑みでナナミさんが言うもんだから僕をからかう冗談ってわけでもなさそうだ。
「げえ、なんじゃそりゃ。ちっとも似てねえじゃんかー。ってことはなに?あの目付きのおっそろしいグリーンの姉ちゃん?」
「はい、その目付きが怖いのは弟です」
っかー、家族ってのは不思議だねえ。顔は似てないのに不思議と説得力がある。雰囲気ってのか、スピリチュアルに言えばオーラ?
「へえー、そう。このお爺さんから一個飛ばしとはいえこんな美人が生まれるとは、遺伝子ってのはまだまだ神秘に満ちているってことかあ」
「カラー、お前さんよっぽど失礼なことを言っている自覚は・・・あるのだろうなあ」
よっぽど困った顔をしている博士だが、どうやら用事は終わったらしい。
が、しかし。
パソコンの電源を切った瞬間、突然とまた電源が入った。
「オーキド博士?今、大丈夫かしら?」
「おお、カスミ。どうした、大丈夫じゃよ」
画面越しに現れたのはおてんば娘カスミ。
「って、なんでアンタがここにいんのよ!カラー!」
「やあハロハロ、久しぶり、でもないか。カスミちゃん」
僕を見つけるなり怒号をよしてほしいなあ、今回ばかりはマジなんにもしてないのに。
「アンタねえ!イエローはどうしたのよ?」
「それならもう会ったさ、うん。君らの推測通り真っ直ぐでいい子だったね」
「・・・ふーん。アンタからそんな言葉が出るなんてね」
よっぽど信用ないのかな、めちゃくちゃ疑わしい目で見られてる。
けれど、疑わしきは罰せずだよカスミちゃん。
「なら、一度エリカにちゃんと連絡しなさい。ああ見えてすっごく心配してたんだから!」
「なんで君がそんなことを強いるのさ」
「いいから!絶対だからね」
「へいへい」
カスミちゃんは案外甲斐甲斐しいんだね。っぽいっちゃぽいけど。
なんだか大家族の長女って感じするんだよねえ。
となると僕は弟?
・・・笑えねえ。
「で?なんか用があって掛けてきたんだろう?」
「っとと、そうだった。アンタのせいで忘れるところだった」
わお!ナチュラルに僕の所為にしてきた!
「博士!レッドが見つかったわ!」
「なんと!それは本当か!」
そのカスミちゃんの一言で場が一気に盛り上がる。どうやらナナミさんもレッドのことは心配していたらしい。
・・・羨ましいとは思わない。そういうのはしがらみにもなると僕は知っているから。
「正確にはその痕跡だけどね」
そう言って、カスミちゃんは一つの画像データを添付してくる。
「これは・・・・」
博士が驚くのも無理はない。
確かにそこにレッドはいた。
レッドの抜け殻とでも称せばいいのか、氷の人形、レッドを模写したかのような氷の人形がそこには映っていた。
「レッドの抜け殻よ。オツキミ山に調査に行ってたタケシがこれを見つけたの」
その後もデータは何枚かの角度を変えた写真が添付されてくる。
この氷の人形は、まず間違いなくカンナのものだろう。一応喰らった本人だからね、それくらいはわかる。
右腕をさすりながら場を見守る僕。
「・・・・・」
けれど、それをここで言うのかどうかは別問題ってやつだ。
僕はレッドの生死なんかどうでもいいし、カスミちゃんたちに協力しているわけでもない。イエローを探し終わった今はね。
「これ、この後ろの方がぽっかりと空いているの。これってここから出たってことだよね?」
カスミちゃんはどうやら意見を聞きに来たらしい。
が、これは聞くまでもなくそうだろうな。
「うーん、ねえ、カラー君。どう思う?」
「そうですねえ、この氷の人形がレッドだというのは間違いないでしょうし、これを自力で脱出するのは不可能でしょう。後ろからってことは誰かが助け出したって線が一般的なんじゃないですかね?」
え?黙ってるのはどうしたって?そりゃこんな美人にお願いされちゃあ隠せるもんも隠せないって。
「そうね、私たちの意見も概ね同じ。でも問題は一体誰がそれを助けたかってことなんだけど――――――――――」
・・・あんまりにもすんなりと意見の一つとして受け取られて僕はちょっと不満げにお茶をすする。
なーんか口ではああ言いつつも仲間の一人として見られてそうで怖いんだよねえ。
「・・・ま、なんて思われててもいいんだけどさ」
「ん?なにか言ったかしら?」
「あら。聞こえてました?ナナミさん、横顔も綺麗だなって、心の声が」
「もう、こんな時に何を言ってるの?」
「てへ」
怒られちゃった。けどその顔も素敵だねえ。
「あの、いいかしら?」
「あ、勿論カスミちゃんも綺麗だよ。怒った顔以外」
「よし、アンタは次会った時コロス」
なんでさー、ほめたのに。
複雑な乙女心ってやつー?
「ウオッホン、して、本題に戻るがそんな人間に心当たりのあるものはおるか?」
レッドの冷凍状態を(それもカンナのそれを)解いて脱出させるだけの実力を持ちながらレッドがあそこにいると知り助けようとする人物?
「ごめんなさい。思い浮かばないわ」
「ナナミさんに同じくー」
「すまんのお、力になれそうにはない」
こんなん答えるなんて無理ゲーだよ。複雑すぎ。
「まあ今は少なくともレッドはその瀕死の状態からは抜け出せたって認識さえ持ってりゃいいんじゃありません?今頃はどっかでおっ死んでるかもですけど」
「うん、まあそうよね。私たちもそんな人に心当たりなんて————————」
おう!ついにスルーされ始めた!こうなるとマジで喋んないぞ僕!
なんて軽口を叩いていたのもこれが最後。
カスミちゃんが訝しげな表情になって、カスミちゃんの従者が何やら慌ただしく入ってくる。
「ん?どうしたんじゃ」
僕らには一言も告げずに、カスミちゃんはどこかに出ていった。
僕らはあまりにも唐突だったので互いに顔を見合わせる。
「————————ごめん!今私たちの町が襲われてる!すぐに他の皆にも知らせなきゃ!!切るね!!」
そう言って、パソコンの画面はオーキド博士たちの驚いた表情を映した。
最後に、カスミちゃんの青ざめた顔を残して。
「な、なんじゃと・・・?」
オーキド博士は直ぐに研究所を飛び出して直ぐ近くの見晴らしのよい丘に行く。
もちろんナナミさんも。
「ほ、本当じゃ・・・ハナダだけじゃない。ニビ、タマムシも襲われておる!」
「そ、そんな・・・」
ニビ、ハナダ、タマムシ。三つの町、ジムリーダーがいる町。
「って、おい!?どこに行くのじゃカラー!」
「博士、一つ、伝言を頼まれてください」
「はあ!?」
「どれだけ他の町に被害が出ても、どれだけ他の町が気になろうとも絶対に自分の町以外のことを考えるなと」
「なにを・・・?」
「君たちは、てめえの町だけ守ってろってね。じゃないと四天王の集団からは守れない」
よいしょっと、僕はウインディにまたがる。
見たところ、まだ襲われているのは三つの町だけ。
予想よりも早かったけれど、まだ間に合う。
「お前さん、何を知っておる?どうするつもりじゃ?」
「いえ、なに。お仕事引き受けちゃったんでね、引き受けたからには仕事しなきゃでしょ」
「待たんか!!」
博士の制止も聞かずに、僕とウインディは高速で移動する。
「まったくアイツはなんて無茶を――――!!」
「おじいさん、カラー君はなにを?」
「さあな!だが、とんでもないアホウなことをしようとしとるのは確かじゃ!」
後ろ目にちらりと博士が急いで研究所に入っていくところが見えたけれど。
気にしてる暇はもうないね。
さて、生きて帰れるかな?
それもこれも、次のお話で。
どうも!じーごーくーじーごーくー高宮です。
さて、四天王編もクライマックス。こっから地味ではありますがどうかお付き合いくださいませ。
ということで次回もまたよろしくお願いいたしますね。