ポケットモンスター~カラフル~   作:高宮 新太

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29話 「覚悟の違いってやつは」

 

「”カラカラ”!!」

 

「”とげキャノン”」

 

 四天王カンナの攻撃をカラカラは自身のホネこんぼうでなんとか防ぐ。

 さすがは四天王と言ったところだろうか、さっきからずっと防戦一方だ。

 ガチンコでやりあえばそりゃこんなもんですわ。

 に、してもだ。

 

「カンナさん。本当に僕を仕留める気あるんです?」

 

「・・・・」

 

 繰り出してくるのは馬鹿の一つ覚えみたいに、”とげキャノン”オンリーで。

 まさかそれしかできないなんてことはなく、彼女が何かを企んでいることは明白だ。

 

「”とげキャノン”」

 

「チッ」

 

 が、それを考える暇を与えてはくれない。

 突っ立ってるルージュラといい、これ見よがしに企んでるのは確実なんだけどなあ。

 

「まさか僕の方から力押しすることになるとは」

 

 こういう戦い方は心臓に悪いから嫌いなんだけどね。

 

「カラカラ!”ずつき”」

 

「”とげキャノン”」

 

 カラカラは基本的に近距離タイプ、懐に潜らないとその威力は発揮されない。

 だからこそ、こちらとしてはウインディを出したいところなんだけど。

 

「・・・・・っ!」

 

「フフ、ルージュラ”ふぶき”!」

 

 僕が腰のモンスターボールに手を伸ばす素振りを見せれば、突っ立ってたルージュラが攻撃に加わる。

 ったくよお、そのままかかしやってればいいのにさあ!

 しかも今の攻撃で、カラカラのずつきまで相殺された。

 幸いにしてとげキャノンも方向を狂わされたのがもうけか。

 

(にしても、狙いはなんだ?っくそー、違和感だけはビンビンに感じんのになあ)

 

 とげキャノンしか出してこないパルシェン。突っ立っているルージュラ。視界が悪くなるほどの周りの白い冷気。もっと言えば、この広い原っぱという舞台。

 全てがきっと計算されているはず。ここまで泳がされたんだ、この状況は相当厄介だと思っておいた方がいい。

 

「とはいえちょっと寒すぎ——————」

 

 そこまで言って、僕はひとつの違和感が具現化する。 

 そう、寒すぎるんだ。いくら氷タイプの使い手だからってポケモンがいるだけでここまで寒くなるだろうか。

 

「”とげキャノン”」

 

「だーかーらー、考えてる最中に攻撃してくんなや!」

 

 コツリ。

 その瞬間、僕はぞっとすると音を聞いた。

 コツリ?コツリってなんだ?だって、ここは広い原っぱで壁なんてない——————————。

 

「なーるへそ。そのための”とげキャノン”」

 

 ようやく繋がったけれど、これはもうお手上げだ。

 その全てが終わった後で気付くなんて、負けたもいいとこ。

 

「ようやく気付いたようね、でももう遅いわ。”二重の意味でね”」

 

 あん?二重の意味だあ?

 おいおい、やめてくれよこちとら既に一回読み負けてイライラしてんだからさ。

 

「すでに、氷の壁は完成した。けれどそれだけじゃあないのよ」

 

 そう、カンナの言う通り僕の背中は見渡す限り既に氷の壁に覆われている。

 とげキャノンを支えにした分厚い氷の壁。冷気の正体はこれだったわけだ。

 確かに、氷だけじゃ割って終わりだが、とげキャノンを凍らせてさらにその上から重ねる氷の壁なら時間をかけて壊すしかない。

 そしてその時間をカンナは許してはくれないだろう。

 まったく。おかげで逃げ場がないわ肌寒いわでロクなもんじゃないぜ。

 ただ技を繰り出していたわけじゃあないとは思ってたけど、まさか壁の支えにするとは。

 それを気取らせなかったカンナが一枚上手だったか。

 が、しかし。

 

「それだけだ。ただ逃げられない。そんなものでしか、これはない」

 

「そうよ、それはあくまで保険。前みたくふざけた逃げ方をされても癪だから策を講じただけ」

 

 つまり本命はこっちじゃないと?二重の意味ってことはもう一個なんか仕込んでんだ。

 

「ふつーに考えりゃあ、動かなかったルージュラが怪しいけれど?」

 

「フフフ、あなたのそういう冷静なところ、嫌いじゃあないわ」

 

 あーあ、ヤダヤダそういうの。だったら逃がしてくれればいいのに。

 そんな気さらさらないなんてことは、今まででもう痛いくらいわかっちまってるわけで。

 

「”これ”何かわかるかしら?」

 

「?」

 

 カンナが手にしているのは・・・小さな氷の人形、か?

 ずっと持っていたにしては溶けてない。いくらこの低い温度があるとはいえ体温である程度は溶けてしまうだろう。

 つーことは、今作ったわけだ。きっと、ルージュラが。

 

「ご名答。私のルージュラは特殊でね。ルージュラが”れいとうビーム”で作ったこの氷の人形は、私の口紅で印を付けたところと同じ箇所が対象に”氷の手錠”として現れるの」

 

 つまり、とカンナは声を大にして言う。

 

「この氷の人形はあなた自身。レッドもこれにやられたのよ」

 

 あっさりとその真髄を語ったのはそれを作ったが最後、僕に勝ち目はないと思っているからだ。

 そしてそれは、僕の方も同じ。その能力を知ってしまった以上、あれを作らせてしまったら終わりだ。勝ち目がない。

 

「どーでもいいんですけど、四天王やらナツメちゃんやら、なんか特殊能力がないとやってけないんですかね?この世界」

 

「・・・冷静な男は好きと言ったけれど、モノを考えないバカは嫌いだわ」

 

「あら?奇遇ですね。僕も嫌いですよ」

 

 ただし、と僕は付け加える。

 

 

「僕が嫌いなのは、最後まで愚直に何かを信じてる阿呆ですがね」

 

 

「なにを—————————?」

 

 カラカラの足音は絶えず僕の耳に届いている。

 氷の人形はカンナの手元。で、あればなんとかなる。

 カンナが僕と同じ音を捉えた時、すでにカラカラは氷の人形を砕ける射程範囲内だった。

 あれを完成させてはマズイ、が、完成してしまったものはしょうがない。

 しょうがないから壊すしかない。

 

「とった—————————!!」

 

「ぐっ!”からにこもれ”パルシェン!」

 

 カラカラの振り下ろすホネこんぼうが早いか、氷の人形を咄嗟に渡され命令を聞いたパルシェンが早いか。

 濛々と立ち込める冷気。

 目を細めると。

 

「・・・・ふ、フフ、フフフフ、どうやら、間一髪で。私の勝ちみたいね」

 

「ちぇ」

 

 端的に言えば、パルシェンはからにこもるのは間に合わなかった。

 ただ、本当に間一髪氷の人形が届く数センチ前で、真剣白羽どりの要領でパルシェンの両殻がカラカラのホネこんぼうを挟みこんで防いだのだ。

 何かがズレれば確実に氷の人形は砕けていたが、まあ、これは運がなかったと諦めよう。

 

「——————————」

 

 カラカラも同様に考えたのだろう。

 シュルシュルシュルと、器用に孤を描いてカムバックしてくる。

  

「それにしてもあなたねえ!私が言ったこと聞いていなかったの!?」

 

 ただし、そうやって落ち着いているのはこちらサイドの二人のみ。

 カンナは、ずれたメガネを戻すことも忘れ唾を飛ばしている。

 

「この氷の人形はあなた自身。これが壊れるということはあなた自身も壊れることを意味するのよ!?それくらいわかるでしょう!?」

 

「えー?そんなん聞いてないしー、敵の言うことなんて信じられないしー」

 

「な、なんて無茶苦茶な・・・」

 

 驚愕に伏しているところ悪いがその対応はまずいと言わざるを得ないぜ。

 

「まあ無茶ですがね、それでも何個か得た情報はありましたよ」

 

 時々は無茶するもんだ、それ相応の見返りが返ってくるとは限らないが。

 

「まず一つ、その氷の人形は連発できない」

 

 それができるのなら、一個失ったところで大した意味はなく、カンナがそこまで慌てる必要がない。

 

「二つ目は、貴方は僕を殺す気がないということだ」

 

「・・・なにを甘ったれたことを!」

 

「そう、甘ったれだ。こんなのは甘ったれ以外の何物でもない。なぜなら。殺すつもりがあるのなら、カラカラの攻撃を防ごうなんて発想にはならないんだからな」

 

 僕はマジで知らなかったが、その人形は壊れると対象自身も壊れるらしい。

 あのカラカラの勢いで行けばまず確実にスプラッタ、グロ死体の一丁上がりだろう。

 つまり労せずして僕を排除できたのだ。なのにそれをしなかった。

 カンナが「そんなグロ死体見たくないやい!」ならまだしも、ここにきて防ぐ理由など何一つないのだ。

 いや、よしんば見たくないのだとしても。それはやはり甘えと言わざるを得ない。敵に同情している時点で、ね。

 

「はっ。何を言うかと思えば、そんなの予想外のことが起きて少し焦っただけよ。たった一回見逃してもらえたからって、調子に乗らないでもらえるかしら?」

 

「確かに、一回だけなら確信なんてできない。偶然で手抜きで慢心で気まぐれで、そういうこともあるだろう」

 

 明らかに、カンナの顔色は悪くなっていく。場の主導権が僕に握られていく。

 

「だが一回じゃあないんだなこれが」

 

「な、なにを・・・」

 

 旗色が悪くなってくるカンナに僕は悠々と右腕を掲げる。

 

「これ、カンナさんに初めて会ったときに貫かれた右腕、これが何よりの証拠だ」

 

「はっ。それが何だっていうの?知っているわよ、その右腕今も感覚はマヒしているんでしょう?」

 

 優位に立とうとするカンナだが、残念。顔が笑えてないよ。

 だがまあ言われたとおり、右腕は完治してない。ずっと応急処置のまま右腕の感覚はほとんどないと言っていいだろう。

 ひどい裂傷と火傷に加えて凍傷だ。完璧に処置を施したとしても一か月以上はかかる、と医療に造詣が深くない僕でもわかる。

 

「当り前よねえ。私の技をもろに食らったんですもの」

 

「ええ、そうですね。ですがそれこそが証拠なんですよ。僕を殺す気がないというね」

 

「なに?」

 

「あの時、僕は卑怯にも不意打ちで”れいとうビーム”を食らいました。右腕にね」

 

「なに?なによ!?何が言いたいの!?」

 

 カンナの顔には見ればわかるほどの脂汗と体の震え。

 甲高い金切り声に僕は答えた。

 

「つまりねえ、貴方ほどの人なら一瞬で殺せたはずなんですよ。ここ、心臓を狙いさえすれば」

 

 トントンと自分の心臓を指し示し、僕は不敵に笑う。

 あの時あの状況あの場所で、外す理由が一つもないんだ。

 自分の中の本音ってのは厄介だ。それだけで自分を縛れる。

 それに気付いていなかった場合は尚更に。 

 

「—————————っ!」 

 

 気付いていなかったのか、気付こうとしていなかったのか。

 他の四天王については知らんが、少なくともこのカンナは人を殺そうとはしていない。

      

「だからほら、ここは痛み分けっつーことで手を引いて下さいよ。貴方たちの邪魔はしな———————」

 

 勝った。心の中でそう呟いて僕は締めの算段に入る。

 カンナの顔は信じられないと言った様子で、俯いている。しばらくはそうしているといい。

 なんて、勝ち誇っていた時。

 

 後ろで閃光が瞬いた。

 

「・・・あ?」

 

 異常を察して後ろを振り向いたときには、もう、ことは終わっていた。

 

 クチバの港を覆いつくすほどの閃光、その光線は街一つをゆうに消し飛ばした。

 

「・・・・なにが、起こったんだ?」

 

 突然の状況の変化に脳が追い付かない。クチバの港が消えた?なんで?

 眩い光に脳みそも視界も奪われ、成す術がない。

 数秒たって、ようやく一つ一つの事象を確認する。

 

(あの光は、多分”はかいこうせん”だ。ってことはポケモンの仕業?なんで?クチバの港を破壊する意味がわからんぜ!)

 

 幸いにして、クチバの港からは離れていた僕らはなんの被害もないが。

 

「イエロー・・・・」

 

 あの子、どうしたんだろう。あの時分かれて、まだ港に残っていたとしたら。

 

 ゾクリと、背筋が凍る。

 

 それは辺りの冷気のせいでも、ましてやカンナのせいでもない。

 純粋な恐怖、知っている人間がその存在があやふやになる恐怖。

 そう、この恐怖を僕は知っている。

 

「は、ハハ。そう、やったのね、”ワタル”」

 

「あん?」

 

 整えられていた髪は乱れて、体は力が入っていないのかだらしない。

 だが、その瞳が。その瞳だけが何かを覚悟したように力のこもった瞳だった。

 

「ワタル?そう、そいつがアンタらのラストメンバーってわけ」

 

 カンナの漏らした言葉を逃すような僕じゃない。この状況だって敵に注意はしておかなくっちゃね。

 四天王の最後の一人。そうか、今のはソイツがやったのか。

 ということは、だ。

 

「そのワタルってのは、人を殺すという覚悟があるのか」

 

 今の光線は確実に敵意があった。ここからじゃあ確認のしようがないが、活気あるクチバの港だ。

 人が死んでいたっておかしくはない。

   

「・・・・・・そうね。ワタルには、あるのかもしれないわ」

 

 その言い方に引っかからないわけではないが、それよりも。

 

「どうしたんです?目の色変わっちゃいましたけど」

 

「ええ、そうね。私も覚悟が出来たところ。お礼を言うわ。アナタのおかげよ」

 

 チッ。

 そんなお礼いらねえっつーの。犬の餌にもなりゃしねえ。

 どうやら、僕は余計なことをしてしまったらしい。

 この人生余計なものばかりだが、今回ばかりは手痛いお釣りがきそうだ。

 

「さいですか、でもまあ。今のを見て、僕も覚悟しましたよ」

 

 そう言って、僕はおもむろに上着を脱ぐ。

 

「さて、頑張りますか」

 

「殺してあげる」

 

 見るほどに怒りを露わにしたカンナは自身のメガネを握りつぶし、口紅の蓋を歯で抜き取り、僕の右腕に印をつける。

 

「・・・ほお」

 

 パキパキと凍っていく右腕を見ながら僕は息を漏らす。

 確かに、これは厄介だ。トレーナー自身を攻撃できるなんて面倒なこと極まりない。

 

「カラカラ!」

 

 もう一度、今度は奪い取るために間合いを詰めようとするが。

 

「”とげキャノン”」

 

 パルシェンの此度は確実に貫こうというその砲弾に、カラカラは応戦するしかない。

 

「さあルージュラ”ふぶき”!」

 

 さらに攻撃に参加しだしたルージュラのサポートがさらに厄介な状況へと追い込んでいく。

 

「どうするの?このままじゃあジリ貧でしょ!?」

 

「・・・ええ、そうですね。二対一じゃあ流石に厳しい」

 

 だからこそ。

 

「僕は言ったんだ。”覚悟をすると”」

 

 カラカラ!

 僕はその名を呼ぶ。 

 誰よりも頼れるその名を。

 

「この一撃に込めさせてもらいますよ」

 

 さて、覚悟は決めた。あとはもう成るようになれだ。

 

 

「”すてみタックル”!!」

 

 

「なにを・・・・はっ!しまった!こいつ!パルシェン!!」

 

 ・・・・・・・。

 

 濛々と立ち込める煙の中、シルエットとなった影だけが重なって行く末を見守る。

 

 ぐらり。

 小さな影が倒れた。

 そして、煙が晴れる。

 

「ば、バカな・・・」

 

 カンナの言葉と共に、戦場が露わになる。

 

「パルシェン・・・・」

 

 驚きの声と共に、音を立てて崩れていくのはパルシェンの殻。

 どうやらカラカラの石頭はパルシェンのシェルターに打ち勝ったらしい。

 が、しかし。

 

「・・・氷の人形も、砕けている」

 

 そう、その衝撃で守っていた人形も粉々に砕けてしまっていた。

 

「なんなの!結局、ただ無駄死にしただけじゃない!!」

 

 こうなってしまっては生きている確率は万に一つもない。

 使い手だからこそ、そのことをカンナは誰よりも実感していた。

 

 

「いえいえ、そうでもないですよ。ねえウインディ」

 

 

「ガウ!」

 

 だがしかーし、その現実をひっくり返すのがこの僕なのさ。

 

「な!生きている!?け、けれど人形は確実に砕けて!!」

 

 そう言って、カンナは目の前に視線を動かす。

 そう、僕がいたカンナの目の前に。

 

「・・・・なんで立っているの?いえ、おかしいわ、そんなの」

 

 そこまで言って、カンナは何かに気付いたように僕の目の前に駆け寄った。

 

「ぐっ!!」

 

 その瞬間に割れる。”氷の壁が”そして、カンナの見ていた現実が。

 

「氷の壁、それが、反射して鏡となっていたのね・・・!」

 

「その通ーり!!そのおかげで、僕はほらこの通り無傷でアナタの後ろに立ってます」

 

 氷の壁、それはつまり鏡みたいなものだ。

 だから僕はカンナが氷の人形を作った時からこの作戦を考えていた。

 

「いつ?いつ入れ替わったの?」

 

「さあ、いつでしょう?」

 

 そう言って、僕は上空を指さす。

 

「ゴルバット?・・・そう、なるほどね」

 

 流石は四天王、たった一つのヒントで全てを察しやがった。もうちょっと勝者の余韻に浸ってたかったのに。

 

「おかしいと思った。この冷気は濃すぎる。ゴルバットの”しろいきり”を気づかれないように混ぜていたのね。視界をあやふやにするために」

 

「ええ、そして同時に”ミラーコート”での反射を利用してちょっとずつ角度を変えながらアナタの後ろに回り込んでたって寸法です」

 

 ちょっとずつちょっとずつ慎重に、カンナの眼前にあたかも本当にいるかの如く。

 それは緻密な計算と精神力のなせる業だった。

 とはいえ、視界が明瞭ならばその違和感に気付かれて終わりだろう。

 だからこそ”しろいきり”でその僅かな違和感を隠した。

 

「メガネを割ったのは愚策でしたね、あれでさらに僕はやりやすくなった」

 

「ぐっ」

 

 感情に身を任せるとろくなことにならないって、僕知ってるんだ。

   

「そんで氷の人形の説明を聞いて、僕は思ったんです。それはきっと認識の問題があるんだと」

 

 僕は言葉を続ける。言わなかった三つ目の情報を。

 

「だって、そんなものがあるのならアナタは最強だ。影からそれを駆使して氷漬けにしてしまえばいい」

 

 だけど彼女はそうしなかった。そこにはいつだって理由があり、そこにはいつだって理論がある。

 

「つまるところ、それは対象とカンナさん自身が認識していないといけないんでしょう?その口紅でつける印もその一つ」

 

 こんな強力なモン、なんの制約もなしに使えるわけないのだ。

  

「カンナさんがそれを認識し、対象がそれを現実だと認識したとき、その技は完成する」

 

「・・・ええ、その通りよ」

 

 だからこそ、鏡に映った虚像を実像だと勘違いしたカンナはその技が発動されなかった。

 僕自身を彼女は認識していなかったのだ。    

 

「鏡である氷の壁が割れたのは、それを本体だと勘違いしていたからで、僕が服を脱いだのは」

 

「鏡による反射で反転しないため。つまり、ちゃんと真後ろに立ったのは服を脱いだあの時」

 

 ちょっとー、セリフ取んないでよー。あ、会長の気持ちが今わかっちまった。

 

「あ、ちなみにカラカラは本物ですよ」

 

 だからカンナの勝機はちゃんとあったのだ。先にカラカラを封じるという慎重さを見せていれば僕の作戦は台無しになる。実行犯がいなくなっちゃうんだから。

 

「そう、私の完敗ってわけ。久しぶりね、この気持ち。幼いころ、味わった時以来」

 

 ガックリと、膝をついてうなだれる彼女に掛ける言葉はない。 

   

「ルージュラ———————!」「おそい!」

 

 最後の頼みの綱、そのタイミングを伺っていた彼女だったが、それもウインディの炎の前に無力と化す。

 

「・・・最後まで諦めない姿勢ってのは評価されると思いますよ」

 

 慰めにすらならない言葉。ああ、僕はこういう時にどう言葉をかければいいのかわからないのか。

 ちゃんと戦って、ちゃんと勝った経験が少ないというそれは証拠なのだろう。

 案外と戸惑っている自分に驚きながら、それでも僕はちゃんとケリはつける。

 

「とはいえ、僕に人を殺す覚悟はないんで”みねうち”にさせて頂きますよ」

 

 さきほどの戦いからムクリと起き上がっていたカラカラが、間髪入れずに意識を刈り取る。

 

「———————覚悟の差、ってこと・・・か」

 

 完全に意識がなくなったカンナは力なく倒れる。

 

「・・・いいえ、別に僕は死ぬ覚悟をしていたわけではない」

 

 そして、僕のお腹からは無数に切り刻まれたような傷跡が浮かぶ。

 

「————————————っ。完全に、意識をそらせたわけじゃあ、ない。僕の覚悟は、ここまで命を削る覚悟だ」

 

 あーあ、また傷が増えちまった。これじゃあヤツを探すのなんていつになるやら。

 

 自身の傷跡と、滲む赤を見ながら物語は次のお話へと向かう。 

 




どうもポロリ編高宮です。
もう十月ってことはなに?今年もう三か月?え?もう死ぬくね?
こんなんいつの間にか屍になっててもおかしくないんですけど、なに?僕だけなんかヘイストとか掛けられてねえ?

・・・次回もよろしくお願いします。

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