「カラー、カラー」
誰だろうか。僕の名前を呼ぶ声がする。
なんだろう、周りは真っ白でそこにポツンと僕がいる。
それ以外には何もない。
いや、何もないというのには語弊があった。
「兄ちゃん?聞いてる?」
「え?ああ、聞いてる聞いてる」
「ウソ!今ぼーっとしてた!」
隣には怒った少女、というか幼女。
「ほら!積み木しよ!」
「ああ」
なぜか積み木があって、不自然さ極まりないこの空間で僕は幼女と積み木をして遊んでいる。
だいぶ時間がたった後で僕は聞いた。
「これ楽しい?」
「うん!」
「あ、そう」
退屈すぎて僕は途中でやめてしまったけれど、彼女は一心不乱に積み木を積み立てていく。
「あ、」
バランスが崩れたのか、ガラガラと音を立てて積み木は倒れた。
「あーあ、死んじゃった」
「死んじゃったって・・・また積み立てていけばいいだけじゃないか」
「ダメだよ。もうダメ、二度はないの」
ああそうか、二度はないのか。
失ったものは、二度とは戻らないのか。
「そうだよ、兄ちゃん。だから、気を付けてね」
そう言って、彼女は立ち上がる。
「もう二度と、大切なものを失わないように」
振り返ったその顔は、光に照らされて見えはしない。
僕は手をかざし、なんとか見ようとするけれど、光は強くなるばかりで。
そして——————————————。
「ん———————————ゲホッガハッ!?」
目が覚めた。とても快適な目覚めとは言い難く、肺から必死に水を掻きださないと呼吸することすらままならない。
えーっと?何してたんだったっけ?
なんか、夢を見ていた気がするんだけど。
寝起き特有のまどろみだけじゃない苦しさから解放されようと、僕は必死に記憶を探る。
「なんだか顔と体がビチャビチャなんですけど」
ああ、そうだそうだ。
クチバの石を探してて、イエローと一緒に溺れたんだった。
記憶に齟齬はない、ちゃんと宿敵の姿も覚えている。
「ふ、ふふふ」
そのことに、なぜか今更感動がわいてきて、どこからともなく笑いが漏れる。
「おっと、そんな場合じゃなかったな」
顔を吹くものが何もないのでほったらかしにして。
さて、イエローはどこに行ったのか?ていうか、ここはどこだ?
どうやら僕は溺れていたところを助けられたらしい。
が、ここは陸地ではない。
「・・・なるほどね」
上を見れば幾千の星。の代わりに海を泳ぐ幾千のポケモン。
海底の底でドーム状になった球体の中にいる僕は察した。ここがどこかを。
ということは僕の安全は今のところ大丈夫らしい。なんでこんなところがあるのかとか、どうやって空気を生んでいるのかとか。
気になることはあるけれど、今は放っておこう。
「さ、イエロー。起きて」
僕の隣でグースカ寝ているイエローを起こそうと、僕は体を揺らす。
吞気でいいなあー君は。
「ん、んん」
どうやらイエローも無事そうだ。間抜けな寝顔を晒している。
目的のものも達せそうだし。
モチ、僕の目的も。
うーん、今世紀最大の収穫じゃないか今日は。
ちょっと恐ろしいくらいに上手くいきすぎてるんだよなあ。
こういう時は往々にしてしっぺ返しがあるもんだが、ま、今は素直に喜んでおきますか。
「ん?」
そこで僕は何かを握っていることに気付いた。
竿?
「ああ、イエローのか」
そういえば海の上でプカプカと釣り糸を垂らしていた。馬鹿みたいに。
いつの間にか苦し紛れに握っちゃってたらしい。
「これ・・・先にオムナイトが付いてる」
バタバタと暴れているので何事かとみてみれば、なるほど。
「まるっきり考えなしだったわけじゃあなかったのか」
あの釣り糸を垂らしていた先にはオムナイトがついていて、きっと異変を察知したら引っ張り上げるようにしていたんだろう。
結果は芳しくなかったが、イエロー、君の評価は訂正しようじゃないか。
なにせ、今の僕は最高に気分がいいからね。
「ん?・・・んむ?」
「あ、起きたかい?その眠い目こすって見て見ろよ」
口を開けて、よだれを拭くイエローに僕は頭上を指さす。
「カラーさん?って、うわあ・・・!」
ここは自然の海底ドームだ。
その迫力は筆舌に尽くしがたい。
「すごぉい」
目を輝かせて感動しているイエローを見ながら、僕はさらに指をさす。
「そこ、見て見なよ」
この海底ドーム、広さはそうない。縦は僕らが立ち上がれば簡単に届くし、横だって五メートルほどだろう。
そんな小さなドームまん真ん中に鎮座ましましているのが。
「これ!進化の石!」
そう、クチバの伝説、その石だ。
このドームは、さしずめこの石の力によって作られた天然ドームといったところだろう。
いっけね、ドームのことなんて放っておこうって言ったのに。僕ったら思わず謎を解いちまったぜ。
「そうか、君が連れてきてくれたんだね」
傍らにいたのは先ほど助けたメノクラゲ。
メノクラゲとドククラゲ、その二匹にどうやら命を救われたらしい。
感謝はしないけどね。
「で、カラーさん。やっぱり」
「ああ、”足りない”ね」
そう、足りていない。本来四つあるはずの進化の石。その石が足りない。
三つも。
「残っているのはリーフの石だ。これで確定だね」
ほのおの石、みずの石、かみなりの石。
この三つがない。つまりはこの三つが必要だったトレーナー。
なおかつこのクチバの石の伝説を真実だと知っているもの。
そりゃもうレッドしかいない。
「てことは・・・どういうことなんでしょう?」
「これを必要とするくらい、切羽詰まってるってことなんじゃないの?」
ここでそんな議論しててもしょうがない。それを求めた理由なんてのにはね、これ以上は情報が不足しすぎている。
「だから、一つだけ言えることは”レッドは生きてる”。それだけだよ」
「・・・・・」
っと、あれ?もっとこう大はしゃぎするものかと思ってたけど。
案外冷静なイエローを横目で見ながら、僕は考える。
生きているのはこれで確定だろう、だが、だったらなぜレッドは姿を現さないのか。
ここの状況だけじゃあ三つの石がいつ取られたか、なんてわかりはしないけれど、それでもいの一番に心配している者たちに姿を見せるくらいわけないはずだ。
レッドは色々と無茶はするが余計な心配はかけさせないタイプだし。
だとすると、姿を見せられない理由がある?
「・・・あー、やめやめ。考えても答えなんざ出ねえんだし」
ポスっと仰向けに寝っ転がる。
大体、なんでこの僕がアイツのために頭働かせなきゃならんのだ。それが腹立つ。
「よかった、レッドさんは、生きてたよ。ピカ」
どうやらイエローは静かに事実を嚙み締めていたらしい。ピカと抱き合って、今にも泣きそうだ。
謎と言えば、イエローも謎なんだよなあ。なんで、そんなにレッドに肩入れするのか。
「ま、なんにせよ。もうちょいゆっくりしていくか。こんな光景も滅多に見られるもんじゃあないんだし」
前回来た時は、まだロケット団に追われてたしろくにこの絶景を見られなかったもんな。
たまにはいいだろう。自分へのご褒美ってやつも。
しばらくしてから、僕らは陸地に上がって。
結局のところイエローとは別れた。
「本当にいいのかい?言っとくけど、僕がこんなに協力的なのは珍しいんだぜ?」
帰り際、イエローはこの先も一人で行くと言った。
僕の記憶を見て、信じられないと思われたのかイエローの意志は固かった。
「いえ、いいんです。グリーンさんの時もそうだったけど、たぶん、僕は甘えすぎちゃうので」
それに、と、イエローは真面目に答える。
「カラーさんは、他にもやらなきゃいけないことがあるでしょ?大丈夫です、レッドさんは僕が見つけます」
両手をぐっと握って大丈夫だというイエロー。この短時間で何回聞いたんだろうな、そのセリフは。
「・・・そうか。君がそう言うなら、そうなんだろうな」
結局のところ、人に人の気持ちはわからない。イエローのような特殊な力をもってしても、人の気持ちを完全に理解することなど不可能なのだ。
だからまあ、イエローのそれが気遣いであると僕は感謝しなくたっていい。だって皆、したいことをしているだけなんだから。
故に僕もまた、したいことをしなければならない。
それもこれも、復讐を終わらせないとできないことだけれど。
「もう会うこともないと思うけれど、達者でね。レッド、見つかるといいな」
僕としては珍しく、本心でそう言った。
「はい!でも、僕はまた会う気がしてますよ」
「・・・そう」
振り返ることはせずに、各々の道を行く。
イエロー。不思議な子だったな。なんとなく、ブルーがこの子に期待しているのも分かった気がするよ。
さて、と。
「まずはどこから行こうか」
傍らにはカラカラ。ようやく元気になったのか、いつものツンツンが戻っている。
開けた道があるってのは、いいことだね。やらなきゃいけないことがいっぱいだ。
「あら?お別れしちゃったの?残念、二人まとめて殺してあげようとしたのに」
「ほらみろ、人生ってのはバランスよくできてんだよ」
良いことがあれば、その分悪いことが起こるのさ。
ただし、悪いことが会った時は良いことが起きるとは限らないのが人生でもあるんだけどね。
つまり、総じて人生は悪いんだってことさ。
「フフフ、久しぶりね。坊や」
ゆっくりと振り返る。クチバから少し離れた郊外で後ろから現れたのは、四天王カンナ。
その身も凍る、クールビューティーなお姉さん。
「いつから尾行してたんです?あと、坊やって年齢でもないんですけど」
「あなたがタマムシに入ってから、ずっと」
わあ、それもう立派なストーカーやん。
これ裁判したら絶対僕勝つと思うんですけど?
「パルシェン。ルージュラ」
二匹のポケモンを出す。完全に戦闘態勢だ。
周りに冷気が目に見えるほど濃くなってくる。
「戦う前にいいですか?なんでさっさとやっつけなかったのかなって」
別に泳がす意味なんてないだろうに。性格悪いなあ。
「フフ、そんなの簡単、アナタという人間に興味を持ったのよ」
「はい?」
せんせー、仰っている意味がよくわかりませーん。
「あんな風に逃げられたのは私の人生でも初めてだったわ、だから屈辱と共にアナタという人間に興味が沸いたのよ」
それで今までずっとつけていたと?いやー、モテる男は大変ですねえ。
「さいですか。気に入って頂けたなら、もう一度しましょうか?」
「いいえ、もう十分。二度寝はしない主義なの!!」
”とげキャノン”。
パルシェンが放つそれを間一髪で避けながら、思考を回転させる。
ここで四天王が出てくるとは予想外だった。てっきり諦めてくれたのかと思ってたのに。
「フフ、いつまで逃げられるかしら?」
何もない原っぱに次々ととげキャノンが大地に突き刺さる。
僕を尾行していた理由には当たりがつく、大方イエローのことだろう。
レッドのピカと行動を共にし、ポケモンの気持ちを読み取るトレーナー。警戒するには十分すぎる。
に、しては、だ。
一人だけというのは不自然だろう。絶対に、どこかに仲間がいるはず。キクコやシバか、それとも、もう一人か。
「何を探して—————?ああ、心配しなくてもここには私しかいないわよ」
「・・・敵の言葉を信じろって?」
なにそれ笑える。
「あら、意外ね。真実か、そうじゃないかくらいは読み取れると思っていたけれど」
「むむ」
これは一本取られた。確かにそれを見極めるのは僕の仕事か。
さて、ここまで喋っておいて追撃は相変わらずパルシェンのみ。
奇襲を狙っているのなら、さっきの僕のセリフで警戒されていることは分かったはずだ。
「ぐっ————————」
苛烈を極める攻撃も、避けられないほどではない。
「っ!」
「待てカラカラ!まだ!」
痺れを切らして、単身突っ込もうとするカラカラを制しながら思考は深くクリアになっていく。
奇襲が無理なら、隠れている必要はない。さっさと数の利で押さえればいいんだ。
今までの戦いで一対一なら逃げられるとは学習しているだろうし。
そう、逃げられる。五体満足とはいかずとも、一対一なら逃げられるのだ。
(つーことは、本当に一人?)
これは何かの作戦ではなく、本当にカンナの独断。
そういえば、僕と戦ったときシバはまるで何かに操られたかのようだった。
キクコは八つ目のバッジを探している。
・・・確かに、独断の可能性はあるか。
「あら?逃げるのは終わり?」
「ええまあ、僕ってばビビりなんでようやく覚悟が決まったところですよ」
これ以上は逃げても無駄と判断して、ようやく僕はカンナと向き直る。
「アンタラには反抗しないんで見逃してくれって言っても無駄なんでしょ?」
「ええ、よくわかってるじゃない」
はは、別にわかりたくもないんですけどね。
ふーっ。
一つ、長い息を吐いて。
「そんじゃ、悪いけどやることがあるんでね。勝たせてもらおう」
「フフ、そうこなくっちゃあねえ!」
そうしてカンナとの戦いが幕を開ける。
のも、また次のお話で。
どうも!野良と皇女と高宮です。やぎ!
やっべえよー、完全に九月終わるよー、どうしよー。
センターまで三か月半、死ねるな。
ということで次回もよろしくお願いしまっす!