ポケットモンスター~カラフル~   作:高宮 新太

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27話 「君の姿」

「——————————————っ!!」

 

 苦悶の表情を浮かべるイエロー。

 クチバの港が一望できる林の傍らで、僕とイエローはカラカラの記憶を読むという重要イベントをこなしていた。

 なんとかここまで交渉してこぎつけて、もう後はただただ行くすえを見守るのみ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 終わったのだろうか、なにせ、ポケモンの心を読むだなんて奇術に遭遇したことがないもんでそこらへんがとんとわからない。

 

「カラー、さん」

 

 虚ろな瞳だ。それがポケモンの心を読むという力を使った代償なのか、それとも、僕らの過去を見たうえでの反応なのかもわからない。

 

「終わったのかい?」

 

 結論は焦らない。目の前で疲弊しきっているイエローをいたわるくらいの心の余裕は持ち合わせているつもりだ。

 ・・・いや、これはきっと本心ではない。ただの強がりだ。

 自覚してしまうぶん、誰かに言われるよりもそれは我が身に重くのしかかってくる。 

 本当は、いち早くにも聞きたいのに。

 もし、ダメだったらと思うと、恐怖で足がすくむ。

 

「・・・・大丈夫ですよ」

 

 そんな僕の気持ちを汲み取ったのか、イエローは相変わらず凄い汗をかきながらそれでも笑顔を取り繕った。

 ・・・あーあ、こんなんじゃお兄さんぶっていたのが馬鹿みたいじゃないか。

 

「ちゃんと、アナタのカラカラは覚えていました。あの日のことを」

 

 どこまで見たのか、どこまで見えるのか。それを聞くのはきっと野暮だ。

 だから、結論だけを聞こう。

 例えイエローが何を知ったのだとしても、その事実だけは何としても聞きださないといけないのだから。

 

「それで?肝心要のポケモンの正体は?」

 

 その言葉を発した瞬間に、僕は異変に気付いた。

 鼓動がまるで頭蓋骨から鳴っているように頭を揺らす。

 木々の木の葉の一枚一枚がわかる。波の動きが、揺らめきが、その奥にいるポケモンたちが見える。風の柔らかさを感じる。

 どうでもいいことばかりに敏感なのは、きっと僕が目の前の事実から逃げたしている証拠なのだろう。

 聞きたいのに、聞きたくない。

 知りたいのに、知りたくない。

 聞いてしまったら、知ってしまったら、一体自分はどうなってしまうのか。

 想像がつかなくて、自分が自分じゃあなくなってしまいそうで。

 口が乾く。舌が上あごにくっついて離れない、そんな錯覚にすら陥る。

 何度唇を舐めようと、すぐにひりつく。体の震えが止まらないような気がする。

 自分の体の不調ばかりを探して目の前のイエローに、現実に、立ち向かえない。

 

「——————さん!カラーさん!」

 

「・・・え?あ、ああ」

 

 何度も呼ばれてようやく気が付いた。

 全て、自分の妄想だったことに。

 イエローに右手を強く握られている。そのことにすら気づかなかった。

 うわ、だせえ。

 自己嫌悪、二回目。

 

「大丈夫です。カラーさんは、大丈夫です」

 

 何度も何度も、馬鹿の一つ覚えみたいにその言葉をイエローは繰り返す。まるで、赤ん坊をあやす母親のように。

 

 

 

「ああ、わかったよ。”俺は”、大丈夫だ」

 

 

 

 真実を知ってしまったら、形の見えなかった敵を知ってしまったら。

 この感情の行く道が決まってしまったら。

 その重さに僕は耐えきれるのか、なんて。

 

「いらぬ杞憂だったな。どうせ、知らなきゃ始まらないんだ。僕の人生ってやつは」

 

 ああ、結局のところそういうことだったのだろう。

 覚悟が出来ていなかった。

 口で言うだけの、くだらない覚悟しか僕は持ち合わせていなかった。

 ただそれだけの話だったのだ。

   

「はい!カラーさんは、大丈夫ですよ」

 

 その言葉が、僕の人生を見てきた上で言っているのか、それともイエローの性格によるものか。

 どっちでもいいや。

 覚悟は決まった。その一点だけで、僕はいい。

 

「じゃあ、教えてくれ。僕の復讐の相手を、さ」

 

「はい」

 

 コクリと、イエローは神妙な面持ちで頷いて。

 パラパラと先ほど見せたスケッチブックをめくりだす。

 

「えっと、なにしてんの?」

 

 まさか、そこにいるのか。もう、イエローは出会っている?いや、それにはレッドの図鑑にいるやつも書かれている。 

 ということはレッド?ここにきてやつが必要になるのか?

 どれだけ翻弄されれば気が済むんだよ。

 歯ぎしりするほど嚙み締めた奥歯は、しかしあっさりと解放される。

 

「ちょっと言葉で説明するのは難しいので、絵を描きますね!」

 

 ・・・そっかー、絵で描いてくれるんだ―。

 うんいやまあ、そっちのほうがわかりやすいからいいけども、なんだろうなあー、この肩の力が抜けちゃう感じは。

 イエローが持っている天性のものなのだろうが、ヒートアップしていた僕の精神を落ち着かせるのに一役買ったことは間違いない。

 別に感謝なんかしないけど。

 まあでも人間、冷静になんないとね。見えるもんも、見えなくなっちゃうもの。

 

「出来た!これです!このポケモンです!」

 

 出来たことによる感動か、キラキラと目を輝かせて僕の目の前に紙を差し出すイエロー。

 まったく、いいね純粋で。その一パーセントでも分けてほしいとは、思わないけれど。

 

「・・・・・・・そうかい」

 

 決するほどに意義もなく、僕はまるでマンガの次のページをめくるかのごとく軽快さでそれを見た。

 

 真っ黒い体に、まるで髪の毛のようなものが頭の上に白く鎮座している。

 首元にあるのはなんだろう、なんか赤いけど。

 足はなく、腕は二本。肩から揺らめくものは影かな?

 とにかく、僕がその絵から読み取れたのはそれだけだった。

 これはイエローの画力の問題ではないし、僕の理解力の問題でもない。これでも芸術を見て感動する心くらいは持ってるんだぜ?

 

「すいません、カラカラが僕に心を許していないのか。細かいところまでは、見えませんでした」

 

「いいや、上出来だ。上出来すぎる」

 

 いつものように、からかう口調は鳴りを潜めている。自分でも不思議だが。

 僕がナツメちゃんに見てもらったときは、ここまではっきりとはしていなかった。ディティールの問題はあるにせよ、それは些末事だ。

 これがあれば僕の復讐は何倍ものスピードで、目的に近づける。

 

「ありがとうイエロー。今回ばかりは本当に、心の底からそう思うぜ」

 

 表情は無く、落とした視線は、その絵から動くことはない。焼き付けておかなければ。

 自らが失ったその形を、今一度記憶する。

 

「・・・いえ、お役に立てれば、幸いです」

 

 イエローの表情は打って変わって暗いものになる。

 その表情が指し示す意味は、九九を覚えるよりも簡単なことだ。

 

「今ここで見たことは、君の人生には何の影響もない。ツマラナイ映画を見たと思って、さっさと忘れることだね」

 

 純粋で、いい奴なイエローには僕のそれはあまりにも毒だろう。

 別にイエローを気遣うわけじゃないけれど、それで何かが変わってしまったらきっとブルーにどやされる。

 うるさいからなあ、あの子も。

 

「悪いがこれは貰っていくよ」

 

「え、ええ。それはもう」

 

 ふー。

 一つ、長めのため息をつく。

 

「ほらほら!暗い顔してると、空まで暗くなっちゃうじゃないか!!どうしてくれんだい!?このままじゃ野宿だよ!?君はいいだろうが、僕はちゃんとお布団に寝ないと寝れない繊細な男なんだから気を遣え!」

 

「は、はぁ」

 

 バーンと、尊大な態度を取っている僕を相手にポカンとしているイエローをグイグイと押しやって、僕らは再びクチバの沖へと向き直る。

 イエローから貰った絵は、厳重にバックに保管するとして。

 

「さて、こっちの願いは叶えた。次は君の番だ」

 

 早くしないと、本当に日が暮れるぜ?

 

「そ、そうでした。クチバの石の場所、知ってるんですよね?」

 

 ようやく調子を取り戻したイエローは、ふんすっと気合いの入った顔を見せる。

 

「ま、”知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らない”んだ」

 

「・・・あの、そういう言い回しはやめるほうがいいんじゃないですか?それで誤解を生んでることだってありましたよ」

 

 おっとお!ジト目で指摘してくるこの感じはロクな予感しないなあ!カラカラの記憶を全部読ませたのは失敗だったかな!?

 僕と生まれた時から一緒にいるカラカラの記憶を読むってことは、イコール僕の記憶を読むってことと同義だからね。

 チラと横目で見るモンスターボールには、憔悴しきったカラカラ。

 君は普段可愛くない捻くれものなんだ、たまには大人しくしときなよ。    

 

 でも、君はちゃんと覚えていたんだね。あのポケモンのことを。

 

 それが、どれだけの覚悟と精神力の成せる業か、なんて。

 

 語るまでもない。

 

「ま、期待には応えますよ」

 

 ね、カラカラ。

 

「で?知ってるんですか?知らないんですか?」

 

 ズイズイと顔を近づけてくるイエローに、僕はいつものスマイルを取り戻して説明する。

 ほら、笑顔って人を元気にするらしいからさ。

 

「焦んなさんな。ま、見てなよ」

 

 ゴルバットを呼び出して、僕は取り敢えず手頃な所にいたメノクラゲに”あやしいひかり”をかける。

 

「僕のゴルバットは特殊な技が使えてね、この光を見るとちょっとだけど洗脳状態になるのさ」

 

「ああ、それはさっき見ました」

 

 ふーん、そんなところまで見たんだ。見えちゃったのか、見たのかってところは今は保留にしておいてあげるよ。

 

「で、このメノクラゲにちょいと尋ねる。クチバの石の在り処を教えろってね」

 

 こうして、僕は二年前”ほのおの石”を手に入れたってわけさ。

 

「なるほど、って、それ要はしらみつぶしってことですよね!?僕と変わらないじゃないですか!」

 

 おお、よく気付いたね!

 

「でも違う、君のは当てずっぽうでなんの根拠もないが僕のはそれがある」

 

 確実に探せば見つかるってのと、かもしれないじゃあ雲泥の差だぜ。

 

「うーん」

  

 どうやら僕の説明じゃあ納得いってないらしい。僕の記憶を見たんなら、その効果は信用して然るべきだと思うけどね。

 

「そんなに言うなら、別に君は君で探せばいいさ。僕は僕でやるし、君の手は必要ないしね」

 

「それもそうですね」

 

 と、いうことで僕らは二手に分かれてクチバの石の捜索を実行した。

 僕は僕で、しらみつぶしにポケモンに催眠をかけ。

 イエローはイエローで、懲りずに釣り糸を垂らしている。

 

「うーん・・・箸にも棒にも掛からぬのう」

 

 一時間ほどが経過したところで、少しの休息タイム。

 もう何十匹と洗脳を繰り返すものの、その手掛かりには辿り着かない。

 このままじゃあ、ゴルバットが先に音を上げそうだ。

 

「前は確か、メノクラゲがドククラゲのところまで案内して、そこからクチバの石へと行ったんだったっけ」

 

 やることがなく暇なのか、モンスターボールから出てずっと水面と睨めっこしているウインディに尋ねる。

 そのドククラゲに会えれば一発なんだけど。

 

「キャウ!」

 

 話しかけられたことに気づいたウインディは、嬉しそうに吠えた。

 

「はは、僕にはわからないな、君の心は」

 

 首元をもふもふしながら、イエローの進捗状況はと横目で見る。

  

「うん?」

 

 なんだか、遠目だけど慌てている?

 

「ってあの子!!」

 

 襲われていた。長い触手のようなものにグングンと絡めとられ、ついぞ、すっぽりと海の底へと沈んでしまった。

 あの触手、間違いない。ドククラゲのものだ。

 まさか、自身のテリトリーにちょっかいかける敵だと思われたのか?

 だとしたら、それは多分—————————。

 

「チッ。ああもう!」

 

 上着とズボンを脱いで、海に飛び込む。

 こんなところで死なれても目覚めが悪いじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

(で、なにしてんの?)

 

 もちろんここは海の中、声は届かずに僕の心の浮かんで消える。

 簡潔に言えばイエローは無事だった。

 どころか、どうやら襲われていたと思ったのは勘違いだったらしい。

 

(はーん、なるほど)

 

 困ったように拝むドククラゲと、岩に挟まっているメノクラゲ。

 ちょいちょいと指さすイエローのその先に広がっている光景は、言葉がなくとも通じるアホさ加減だった。

 あーあ、パンイチで海に飛び込んだ僕の立場よ。

 

「———————————っ」

 

(あーはいはい、わかってるよ。君の言いたいことは)

 

 必死に目とジェスチャーで訴えるまでもない。イエローは助けたいらしい、どうやらこの子を。 

 まったくとんだ寄り道だぜ。レッドはどうした、レッドは。

 仕方なしに、僕はカラカラを呼ぶ。

 

(疲れてるとこ悪いけど、ちょっとそのこんぼうを貸しておくれ)

 

 憔悴しきった彼に、いつものツンケンさはない。素直に差し出すホネこんぼうを僕は握った。

 さて、メノクラゲが挟まっているのは大きな岩だ。

 イエローはゴローンを出していたようで、踏ん張ってどかそうとしているが芳しくない。

 ゴローンは岩タイプ、この水中じゃあ動けるものも動けないだろう。

 

(っせーの!!)

 

 僕はテコの原理で、ホネこんぼうを僅かな隙間に差し込んだ。

 しょーがないから手伝ってやる。   

 

 何度か挑戦して、そろそろ体力が底をついてきたころ。

 

(やった!!)

 

 イエローの声にならない声が聞こえた。大きな岩は持ち上がり、メノクラゲはスイスイと水中へと脱出した。

 ・・・おお、以外となんとかなるもんだ。

  

「ゴボッ!!」

 

 っと、こっちはなんとかならなかったか。

 あんだけ余計に騒げばそりゃ酸素持たないって。

 

(って、ゴローンをボールに戻す体力くらい残しとけばか!)

 

 イエローが酸欠になり、沈んでいくのをすんでのところでキャッチして、ギリギリゴローンをボールに戻す。

 

(アブネー、って、あ、ヤバイ。急に動いたから、息が・・・)

 

 どうやら今ので、残った酸素を吐き出してしまったらしい。

 靄がかかったような頭で、虚しく上空へと腕を振る。

 

(あーあ、ちくしょう。せっかくテメエの尻尾が見えたってのに・・・な・・・・)

 

 僕の声にならない声は、泡となって消えていく。

 

 そして、次のお話へ。

 

 

 




どうも!秋アニメ楽しみだぜ!高宮です。
何見よっかなー、うまるちゃんと血界戦線は抑えるとしてあとはリビドーに任せようと思います。
それではまた次回もよろしくお願いします! 

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