「ところでイエロー。アテはあるのかい?」
会長から情報を得て、走り出したイエローの後をウインディで追いかけながら僕は話しかける。
必死に走って息が切れているところ申し訳ないんだけどね。
「とにかく会長が言っていたクチバ湾沖合に行ってみます!!」
「そかそか」
その瞳は燃ゆる炎で揺らめいている。あんなただっぴろい海からクチバの進化の石、使ってもなくならないというその石を探すのは途方もない作業だと分かっているのかしらん?
分かってて言ってるのならバカ決定、分かってないのなら大馬鹿決定だね。
まあでもそんなバカだからこそ、漬け込む余地があるんだけどさ。
「それより!なんでついてくるんでしょうか!?」
「えー?ほらー、言ったじゃん。レッドのことは僕も心配なのさ」
とっとっと、こりゃ完全に怪しいものを見てる目をしているなあ。会長についた嘘でどうやら第一印象が悪くなってしまったらしい。会長め。
「じゃ、そういうことだから。早くしないと誰かにとられちゃうかもよ?クチバの石の伝説は割と有名だし」
「~~~~~!!ピ、ピカ!」
そんな僕の言葉を鵜呑みにしたのか、顔を真っ青にしたイエローはピカと共に全速力で港へと走っていった。
「おーおー、若いねえ。そんでもって純粋だねえ」
有名なのと、それを信じている人がいるのとでは月とスッポンくらい話が違うんだけど。
それに気づくのはもうちょっと大人になってからなのかなあ。
さて、そんなこんなで場所は沖合。
具体的にはどうやって探すつもりなのか、興味深く見守ってみたものの。
プカプカ浮かぶ浮き輪は平和そのもので、そこから垂れる釣り糸はまるで時間の概念を忘れてしまったかのように動かない。
「あーあ、あくびしちゃってるよ」
真面目なのかそうじゃないのかわからないねえ。
いや、あれはただの考え無しか。
そうイエローの評価を改める僕はと言えば。
当然、涼しげな木陰でイエローを傍目で見ているだけですけど何か?
右腕の包帯も取り替えておきたいとこだったし丁度いいんだよね。
・・・よし。
「さて、包帯も無事取り替えたし。そろそろ自分の無謀さにイエローが気づいた頃だろう」
おーい、と大声でイエローを呼ぶ。
戻ってきなよと、手で合図をするとすごすごと戻ってきた。
「どう?調子は?」
「・・・全然です」
うわ、この子今にも泣きそうじゃない。
どうしよ、やけになって泣かれても困るしなあ。
もしかしたら、僕が必要以上にプレッシャーを掛けちゃったかもしれない。
「あー、イエローさんや、イエローさん。さっき言ったことだけどね、クチバの石の伝説は確かに有名だけど。荒唐無稽すぎて信じてる人なんて誰もいないよ」
だからそんなに焦った顔しなさんな。僕の計画にまで支障が出たりしたら許さないぞ。
「ふぇ?そうなんですか?」
安全安心の僕の笑顔を返答代わりに、イエローはどうやら安心したらしくその表情はゆるむ。
まったく、こんなのがレッドを助けに行こうだなんてどれだけ人材不足なんだろうね。それともこれが君の人望かい?レッド。だったらたかが知れてるぜ。
「とにかく、闇雲に探したって無駄さ。ここはひとつ、お兄さんに任せなさい」
「・・・手伝ってくれるんですか?」
「ああ、その代わりと言ってはなんだけど。一つだけ、頼みを聞いてほしい」
さあ、自分一人じゃあ先に進めないことはもうわかっただろう?ここは大人しく協力者の話を聞いておけ。
「頼み、ですか?」
「なあに、簡単な頼みさ」
不安げな表情をするイエローに僕は優しく笑いかける。
「この”カラカラの記憶を探ってほしい”。僕が君に願うのはそれだけ。そのたった一つだけだ」
そう、これが僕がイエローに望むこと。
「・・・・・・・」
一瞬にして顔がこわばったイエローに僕は慎重に言葉を投げかける。
間違えないように、なにせここでの最悪はイエローが警戒して僕の頼みを断るというのが最悪も最悪だ。
「大丈夫、君の能力は知っている。ブルーから聞いたからね。それで少しだけ、やってほしいことがあるんだ。少しだけだよ」
悪用するつもりはないのだということを、あくまで知りたいことがあるのだと。
どうしても知りたいことがあるのだと、そう僕は訴えかけた。
「代わりに僕は君を手伝おう。クチバの石の伝説、その在り処を見つけてみせるし。必要ならそこから先だって、ずっと君と行動を共にしてもいい」
それほどまでに、目の前の人物は重要だ。他の何を捨て置いてでも得なければならないほどに。
だから。
「だから、君の能力で。カラカラの記憶探り、僕の親を、妹を、殺したポケモンの手掛かりを見つけてほしい」
「・・・・・・」(ゴクリ)
生唾を飲み込む音が聞こえた。そこで、僕ははっと我に返る。痛く力を入れた両手が、イエローの手を握りしめていたことにそこでようやく気付いた。
こんなんで自分を見失うなんざ、僕もダセエなあ。
「親、を・・・?」
かろうじて口をついて出たセリフは弱々しい。
さて、もう一度気合い入れなおして。
「説明する必要はないだろう?」
なにせ、見ればすぐにわかることだ。
「それで?頼みを聞いてくれるの?それとも、聞いてはくれないの?今!ここで!決めてくれ!」
逃げの一手なんて許さない。長期戦をするつもりもない。
僕はずいっと、イエローの瞳をのぞき込む。
「は、はい」
「それはどっち?はっきりしてくれ」
「き、聞きます。カラカラの記憶、見させていただきます」
「・・・・・・・そうか」
ほっと、一つ胸を撫でおろす。まったく、ここで断られたら一体どんな悪逆非道な手を使えばいいのかわからなかったよ。
「で、でも!その前にいくつか質問してもいいですか!?」
「・・・・・まあ、少しなら」
これくらいの譲歩は仕方ない、か。もしイエローの能力が精神に作用するもので、僕のことが気になって集中できないなんて言い訳されても面倒だし。
「それで?なにが聞きたい?」
どさり、と地面に腰を下ろして僕は少しだけ気を抜く。
「あ、えっと。いっぱいあるんですけど」
いっぱいあんのかー、こりゃ断ったほうがよかったかな。
若干憂鬱になりながら僕はふむふむと頷く。
「ま、まず!ブルーさんと、知り合いなんですか?」
「ああ、そこね。そうだよ、知り合いだ。初めてあったのは二年前。君の情報もブルーから仕入れた」
これは嘘。だってこう言っておけば、多少なりとも信用が生まれるでしょ。君とブルーは秘密の関係みたいだし。悪いがつけこませてもらうよ。
つってもカラカラの記憶を調べるんだから、そんな嘘はすぐに見破られるんだけど。それでいいのさ、繋ぎの役割さえ果たしてくれれば。
トキワの森のイエロー。僕が二年の間に集めてた伝承にトキワの森出身のものは稀にポケモンと心を通わせるものがいると、聞いたことがある。
そんな人がいるのなら、頼りたくもなるぜ。なにせ、僕の記憶からはうっすらとしか出てこなかった”黒いポケモン”も。
もしかしたらはっきりと姿形が見えるかもしれないんだから。
まあ、自力じゃあそんな人物見つけられなかったんだけどね。これぞ棚から牡丹餅。レッドがいい仕事をしてくれた。
「じゃ、じゃあ次の質問。カラカラの記憶から、一体何を見たいんですか?」
これは、ちょっと真面目に答えなきゃだ。探し物をわからずに探してたって意味ないし。
「僕はね、幼い頃、家が火事になったんだ」
「・・・はい」
とつとつと、僕は昔のことを語った。家族が、火事に巻き込まれて死んだこと。そこにいた正体不明の黒いポケモンのこと。
「知り合いに超能力者がいてね、調べてもらったけど、僕の記憶じゃあそこまでが限界だった」
「?じゃ、じゃあどうして?」
「おいおい、もう一人いるだろう?僕と同じ境遇で、ソイツを覚えてるかもしれないやつがさ」
「???」
ええー?ここまで言ってもわかんないの?察しの悪さはレッド以上だね。
「つまりさ、それがコイツ、カラカラだよ」
普通ならあり得ない。ポケモンとは言葉を交わすことができないからだ。いくら以心伝心だと言ってもできることには限度がある。
だが、目の前のイエローならそんな限界などやすやすと超えていく。
ポケモンと、心を通わせることがでいるイエローなら。
「君なら、カラカラの記憶を辿ってそのポケモンのことを引き出せる。それが、僕が頭を下げて君に頼みごとをする理由さ」
ここまで喋って、ちらとイエローを見る。
どうにも真面目な表情で、これは好感触と言ってもいいんじゃないかな?
まあ、なんだっていいよ。君が今の話を聞いてどう感じるかなんて興味もない。
ヤツの正体が暴けるのならば、僕はなんだっていいし。なんだってできる。
「はい、わかりました。カラカラの記憶を読んで、そのポケモンを見つければいいんですね」
「そうだよ」
どうやら、作戦は成功。やる気になってくれたらしい。
「って、うわわ。どうしたピカ?」
「ウウウウウウ!!」
あら、ゴルバットの催眠術が切れかけてきた。
ピカは、この場で唯一僕がロケット団に所属していると知る人間だ。イエローが心を読める以上、それを知られると面倒だ。
そう思って眠らせておいたんだけど、起きちゃったか。
ま、でも、一歩遅かったね。
「この、記憶」
案の定、イエローはピカの記憶を読む。
もし初対面の時にピカが僕の顔に気付いていたら、あるいは違っていたのかもしれないけれど。
だがしかし。
そんなことは詮無きことだ。
「どうした?僕がロケット団に所属していた時のことでも見たかい?」
「・・・・・本当なんですね。このピカの記憶」
そこには敵対心というよりは、ただただ困惑している様子だった。ダメだねえ。僕がもし敵だったら、即座に戦闘になってるとこだよ今の。
その甘えが吉と出るか凶と出るかは見ものではあるものの。
今はそんな余裕はない。
心身ともに。
「ああ、でもそれがどうした?ロケット団に入ったのは黒いポケモンを見つけるためだと言って信じるかい?君。それに」
それに、君はもう一度僕の要求を呑んでいる。
「それを、ものの数秒で掌返しなんて、それはちょっと人としてどうかと思うね僕は」
「いえ、断るつもりはありません。アナタの言う通り、一度受けたんだ。ちゃんとやります」
おお、変なところでも真面目だ。今は救いだが。
「でも、最後にちゃんと聞かせてください。噓偽りなく、レッドさんを心配してる気持ちはありますか?ちゃんと、レッドさんを探すのを手伝ってくれるんですか?」
そんなことを聞いてしまうあたりがまだまだ子供か。
といっても僕だってそんなに年は違わないんだけど、これがくぐってきた修羅場の違いってやつ?
「このウインディはクチバの石で進化させたって言ったよね?」
「え?ええ」
「僕も最初は半信半疑でね。探してたら運良く見つかったんだけど、そのことはさっき喋るまで誰にも話していなかった」
「あの、それが何か」
いいから聞きな。
「その後、善良なる僕はちゃーんと石は元の場所に戻したんだ。その時、レッドはまだ行方不明なんぞにはなっていなかった」
つまり、何が言いたいかってーとさ。
「会長の話じゃあ、レッドはクチバの石の伝説が本当にあることを知っている。そしてそれを知っているのはきっと僕とレッドだけだろう」
さてここで問題です。石のある場所に行ったはいいものの、肝心の石がなかった。さて、なぜでしょう?
「レッドさんが、持ち去ったから?」
「正解、だが、まだ弱い。レッドはイーブイを持っていた」
「あ!それ、見ました」
そう言って、イエローは自身が持ち運んでいるスケッチブックを見せてくる。
ああ、そうか。今レッドの図鑑はイエローが持ってるんだっけ。
で?なに?それをスケッチブックにお絵描きしてるの?暇だねえー。
「うん、そのイーブイは少し特殊でね。ロケット団に開発されて、ブースター、シャワーズ、サンダースに自由に進化できるのさ」
「ということは、その三つの石がなくなっていたら」
「少なくとも、無関係ではないだろうね」
パアアっと暗かったイエローの表情が一気に明るくなるのを感じる。
この子、レッドのこと好きすぎだろう。何があったのか・・・うん、興味ない。
「でも、その場所がわからないんじゃ」
うわあ、底無しのアホかコイツ。
ジェットコースターのようにコロコロ変わる表情に僕はため息しか返せない。
「おいおい、言ったろ。”返しに行った”って、場所なんてとっくに知ってるよ」
「えええええ!?じゃあさっきなんで教えてくれないんですか?!」
それはほら、君を交渉のテーブルにつかせるためだよ。
「HAHAHA」
とは当然言えないので、欧米式苦笑いでごまかす。
「とにかく!等価交換だよ!場所が知りたければ、今すぐ、カラカラの記憶を読むんだね」
最早当初の穏便に事を済ませるという理想は叶わなくなってきているけれど、ま、理想は理想だ。しゃーないしゃーない。
「うううううう、わかりました」
ようし、これでようやく一歩目だ。
今までスタートラインにすら立たせて貰えなかったんだ。
ここから、ここからようやく始まる。僕の物語は。
やや緊張の面持ちの僕だけど、それはまた次のお話で。
どうも!カスミとタケシ久々に見たぜ!高宮です!
え?なに?また一か月ぶりだって?うっそー、そんなわけないじゃん。この一か月僕がどれだけ忙しかったと思ってんのさー。このこのー。
・・・あ、マジだ。マジで一か月ぶりだ。
ということでこの体たらく、多分年内、いや受験終わる二月一杯まで続くと思うんで、先に謝っときます。マジすいっませーん。
ということで、次回もマジすいっませーん。