ポケットモンスター~カラフル~   作:高宮 新太

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19話 「行方不明、なんて主人公っぽいイベントだろう」

「———————うーん、知ってる天井だ」

 

 意識がまどろみの中に囚われているなか、僕は一人、呟く。

 暖かい毛布に、ふかふかの布団はなんだか高級感があっていつまでもここでダラダラしていたい気分に駆られる。

 

「うん。ここはエリカちゃんの家だな」

 

 伊達にエリカちゃん家でタダ寝してきてないぜ。最早布団の感触だけでわかるくらい、今の僕はエリカちゃん家ソムリエだ。

 

「で、なんでこんなとこにいるんだっけ・・?」

 

 そんなソムリエの僕だから、例え寝起きだろうが当てられるんだけど。他は普通に寝起きのあの気だるい感じが僕の体を支配している。

 だから、時間をかえてゆっくりと、とりあえず一つ一つ思い出そう。

 そう、確か僕はカントー中にある伝承やら言い伝えやら。とにかく黒いポケモンに繋がるなにかを少しでも情報を得ようと動いていたんだった。

 そんな道中に現れたのが、四天王を名乗るおばあさんで僕はこれを華麗にやっつけてやったのだが。卑怯にも奇麗なお姉さんの後ろからの不意打ちで右腕を負傷した僕は、ウインディに頼んで凍傷を直してもらおうとしたんだけど。

 このウインディがまた何を勘違いしたのか、思いっきり”かえんほうしゃ”で焼き焦がすもんだから思わず意識を手放したのが僕の最後の記憶で間違いないかな。

 

「よし、どうやら頭にはなんの異常もないらしい」

 

 よかった。これで生きる目的とか見失ってたら、ダラダラとつまらない日常を送るとこだったぜ危うく。

 さて、と。

 どうやら右腕を見る限り、僕はまたエリカちゃんに助けてもらってしまったらしい。罪悪感なんて別に感じないけれど、男の子としてそれはちょっとどうなのかな、とは思うよね。

 グルグル巻きの包帯が痛々しい腕をかばいつつ、僕は布団から起きて勝手知ったる家を歩く。

 

「まったくさー、常識で考えてほしいよね。”かえんほうしゃ”を人に向けるなって親に習わなかったのかなウインディは」

 

 まったくもって親のつるピカな頭を見てみたいぜ。

 ちなみに今、僕の手元にモンスターボールはない。

 大方、家の庭でのんびりくつろいでいるのだろう。主を放っておいて。

 

「別にいいけどさ。せめて当の本人は反省の意くらいは示してもバチは当たらないと思うんだよなあ」

 

 何個か途中の部屋を通り抜け、最後の一枚を勢い良く開ける。

 

「ガウガウッ♪」

 

「キューイ!」

 

「呑気に遊んでやがるしよ」

 

 いやまさか、危篤に追いやったご主人をほっぽいて遊んでいるとは、度胸が身についてよかったよかった。

 

「カラー!?起きたんですか!というか、起きて大丈夫なんですか!?」

 

「やあ、エリカちゃん久しぶり」

 

 そして、ウインディたちと仲睦まじく遊んでいたエリカちゃんに挨拶することも欠かさない。

 

「いやー、なんだか厄介になっちゃったみたいで。ありがとね」

 

 一応の申し訳なさそうな感じと、治療のお礼くらいを口にすると。

 エリカちゃんはポカンと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

「あなた、そんな殊勝なことも言えたのですね。この二年で一応は成長したということでしょうか」

 

「あっはっは、泣くよ?」

 

 エリカちゃんが僕のことをどんな目で見ているかはよく分かった。 

 

「何事かと思いましたよ。大学から帰ってきたら、家の前でこのウインディが必死に家に入ろうとしていたのですから」

 

 なるほど、ここまで連れてきたのはウインディか。

 ま、君にとっちゃ頼れるところなんてここくらいしかないもんな。

 

「そしたら大やけどした貴方を担いでいるではありませんか。まったく、久しぶりに顔を見せたというのに、何をやってるんです?」

 

「うーん、これは不可抗力というやつだと思うんだけどなあ」

 

 少なくとも、僕だってなりたくてなった状況じゃない。

 

「でも、良かったです。無事で」

 

 エリカちゃんの顔は、庭のほうを向いていてよくは見えなかったけれどその言葉はとても暖かいものだということはわかる。

 それは確かに暖かくて優しくて、甘い甘いとても甘美なものだけれど。

 でも僕は結局、それを求めてはいないのだ。 

 

「不思議な縁だね。僕がケガした時に限って君と会うなんて」

 

 だから特に用もないのだし、二年前と同じように早々に立ち去るべきなんだけど。

 

「ええ、まったくです。ここは診療所ではありませんよ」

 

 ・・・まあ、少しくらいはどうってことないか。

 どうせ、僕の人生長ったらしいくらいあるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、丁度良いタイミングで戻ってきてくれました」

 

「さっきも言ったと思うけど、別に僕の意志ってわけじゃあないんだぜ?」

 

 

「レッドが行方不明になったのを、ご存知ですか?」

 

 

 うわ、僕の言葉丸々無視だこの人。

 

「さあ?初めて聞いたね」

 

 だからまあ僕も、エリカちゃんの質問をスルーする。人に与えてもらうのなら、自分も何かをあげないと不公平だろう?そういうのは義務教育で学んだはずだよ?

 

「そうですか。先日、ボロボロになったピカがマサラのオーキド博士のもとを訪ねてきたそうです」

 

 聞いてもいないのに、エリカちゃんはスラスラと口が動く。

 

「へー、興味ないね」

 

 エリカちゃんがどういうつもりで言葉を紡いでいるのか、どういう意図で僕にそんな話をするのか。わからない僕じゃない。

 だから、僕は一貫して同じことを言い続けた。

  

「・・・四天王というのを、ご存知ですか?」

 

 そんな僕にムッとした顔を向けるエリカちゃんだけど、残念ながらその可愛い顔じゃあ迫力でないよ。

 

「しーらない」

 

 四天王、僕を襲ってきた連中が名乗っていた言葉だ。

 ということは同様、レッドを襲ったのもその連中だということで。

 

「そうですか。四天王というのは—————————」

 

「いらないから、説明とか」

 

 この雰囲気で、この流れ。エリカちゃんはどうやら僕に望んでいることがあるらしい。

 だったら、めんどいことは無しにして率直に言ってくれないと。

 すっぱり断るからさ。

 そんな僕の気持ちを察したのだろう。エリカちゃんはこちらに向き直り、真っ直ぐに瞳を見据える。

 

「レッドを探すのを手伝ってほしいのです。どうやらレッドは・・・」

 

「その四天王にやられた?」

 

「やはり、何か知っているのですね」

 

「いいや、今の話の流れから推測しただけさ」

 

 レッドを探す、ねえ。

 

「そんなめんどいことを、なぜ僕がやらなくちゃならないんだい?僕にとって一ミリの利益だってないってのに」

  

「めんどいって、心配ではないのですか?聞きましたよ、レッドから。幼馴染なのでしょう?」

 

 ああもう、ベラベラと喋るもんじゃないだろ。レッドめ。

 そんなだからこうやっていらぬ誤解が生まれてしまうんだ。

 

「幼馴染って、小さい頃。ちょいと一緒に遊んだことがあるって程度だよ。すぐに僕は引っ越したし。こっちで会ってようやく思い出したくらいさ」

   

 幼馴染ねえ。そんなことをまだ言ってたのか。てっきり、ロケット団だとバレたときの感じで嫌われてると思っていたけれど。

 

「それは、嘘です」

 

 エリカちゃんの顔が曇る。そしてその言葉に同時に僕の顔も、だ。

 

「なんだってそんなことをエリカちゃんが決めるのさ」

 

「レッドは、言っていました。あの人はどうしようもないくらい馬鹿だけど、でも、どうしようもないくらい真っ直ぐなんだって。だからこれと決めたら、それが例えどんな道でも突き進んでしまうんだって」

 

 エリカちゃんは慈しむようにそういった。

 きっとレッドも似たような顔をしていたのだろう。それがすぐにわかってしまうところが腹立たしいけれど。

 そしてもっと腹立たしいのは、レッドが僕に対してそんなプラスなイメージを持っていたなんてことが。

 何も知らない癖に、芯にだけは迫ったその総評が。

 まったくもって腹立たしい。

 

「あー、そうかい。的外れだなと伝えてくれ」

 

「それは自分で言ってください」

 

「だから、探すのを手伝えと?」

 

 大体、探すと一言にいってもアテはあるのかい?アテもない探し物を二つも抱えるほど僕は器用じゃないんだけど。

 

「アテ、というほどでもありませんが」

 

 そのエリカちゃんの顔は、言葉とは裏腹に暗い。

 だーから、そんなあからさまに面倒そうな雰囲気を出さないでくれよ。もっとやる気が削がれるじゃないか。いや、受けないけどさ。

 

「先程、ピカがオーキド博士のもとに来た。と言いましたよね?」

 

「そうだっけ?」

 

「言いました。それで、そのピカと一緒にレッドを探すと、イエローという少年が旅立ってしまったようなのです」

 

 ふーん。

 とぼける僕に対して、鬼の形相を見せるエリカちゃん。だーから、迫力ないって。

 

「ん?ちょっと待て、じゃあ別にいいじゃないか。僕になんぞ頼らんでも」

 

 レッドを探すと、そう言っていたのだろう?その、なんだっけ?なんとかって少年は。

 

「イエローです。真面目に聞きなさい」

 

「そうそう、イエローイエロー」

 

「それが・・・・そのイエローという人物を、私はまだ信用してません」

 

 なるほど、真面目なエリカちゃんらしい葛藤だ。表情が暗くなったのはそれか。

 

「なんでさ。見ず知らずのレッドを助けてくれるなんて、きっと物凄く心根の優しい少年なんだろうよ」

 

「そこなんです」

 

 ん?どこなんです?

 なんて、想像くらいはつくけれど。

 

「なぜ、イエローはレッドを助けに行こうと思ったのでしょうか。そもそも、なぜレッドが行方不明になったと分かったのですか?それにピカが一緒についていったというのも気になります」

 

 ま、普通はそうだろうね。エリカちゃんじゃあなくたって疑問には思うところではある。

 でも。

 

「それを僕に聞かれてもねえ」

 

 イエローという人間を、僕は見たこともなければ知りもしない。ましてやその裏にある事情なんざ知ったこっちゃねえな。

 勿論、レッドの事情なんつーのもさ。

 

「ですよね」

 

「案外、素直に引き下がるんだね」

 

 一つ、深いため息をつくエリカちゃんに僕は警戒の色を込めてそう言った。

   

「そうですか?私は本来素直ですよ」

 

「まったまたー」

 

 エリカちゃんらしくない冗談に僕は思わず笑ってしまう。

 そんな僕に不満な顔を見せるだけで、エリカちゃんは特段何をしゃべるわけでもない。

     

「拗ねたかい?」

 

「・・・・・ええ。拗ねました。二年間、何の音沙汰もなかったことに」

 

 その声からは、なんの感情の起伏も見えない。

 見えないがゆえに怖い。未知ってのは人間の一番の恐怖だとはよく言ったもんだね。

 けれど一つだけわかるのは、エリカちゃんはずっとそのことに対して怒っていたということで。 

 

「ええっと、何?僕らって定期的に密に連絡取りあうような仲だっけ?」

 

「・・・いいえ」

 

 それはきっと意地の返事だったろう。隠そうとする声の中に、多少なりともショックが隠しきれていない。

 とか、言っちゃうとまるで定期的に連絡を取る仲だと思ってたのか。ってなことになるんだけど。それはどうなのかな。

 

「おけー、わかった。これ以上はやめておこう。ほら、皆。帰るよ」

 

 なんだか開けてはいけないパンドラの箱のようなものに触れた気がしたので、僕はさっさと帰り支度を済ませる。こういう時は物理的エスケープに限る。

 

「もう行ってしまうのですか?」

 

 ああ、なんだかエリカちゃんが変だからね。前はもっと、自分の気持ちを隠していた気がするけれど。なんだろう、二年間という短い間でも人は変わっちゃうということかな。

 

「レッドほどの実力があっても、負けることがあるんです。貴方も、あまり無茶はしないでくださいね。行方不明になるのなんて、レッドだけで十分なんですから」

 

「・・・」

 

 エリカちゃんは表立って僕を止めるようなことはしない。けれどその言葉の端々に、嫌というほど本当の気持ちというのが透けて見えた。 

 そんな対応に、僕はガシガシと頭を搔いて。

 

「あのさ、さっき言ったばっかでアレだけど、言いたいことがあるのなら言っちまいなよ。そうやっていい子ちゃんぶって飲み込まれるほうが僕にとっちゃあストレスさ」

 

「・・・・!」

 

 その言葉を、待っていたのかどうかは知らないけれど。

 勢い良く振り返って、頬を赤くさせたエリカちゃんは口早にまくしたてた。

 

「では言わせてもらいます!本当は言いたくないですけれど!そんな怪我をしているアナタに言いたくないですけど!私と一緒に、レッドを探して!イエローという人物が信じるに足る人物か、一緒に考えてください!」  

 

「いやいや、もうそれと似たようなことちょいと前に言って———————————」

 

 そこで僕は、はたと気づいた。

 いいや、エリカちゃんは一度だって一緒に探してくれなんて言っていない。ということに。

 それはただ、僕がエリカちゃんの考えを先回りしただけで、エリカちゃんはただ僕に情報を提供していただけだ。ということに。

 ああ、なんだこれは。なんだろうこの気持ち。

 他人に想われていたことを知ったときの気持ち。他人に気遣われていたことに気づいていしまった時の、やるせない感じ。

 

「ああ、もう。めんどい。なんて言える雰囲気じゃあないね、とてもじゃないが」

 

「・・・・・」

 

 ああ、そうだろうともよ。エリカちゃんの表情は、複雑そのものだ。

 レッドを探してくれるという嬉しさ半面、ケガ持ちの僕にそんなことをさせてしまう負い目を感じてるんだろう。

 だけど勘違いしないでほしい、僕は君ほど素直じゃないんだよ。

 だから、痛々しいほどに見せびらかした右腕をちょいちょいと挙げて。 

 

「ただし。エリカちゃんの願いを聞くのは一個だけだ。それが、僕と君とのこの交渉の妥協点さ」

 

 人に気遣われるのも、人に心配されるのも趣味じゃないのさ僕は。

 エリカちゃんの心配を払しょくするために、ちょいと寄り道くらいはしてもいいかな。

 

 それにまあ、存外寄り道ってわけでもないかもしんないしね。

 

「一個、ですか?」

 

 不思議そうに尋ねる彼女に、僕はスマイルで答える。

 

「イエローが、信じるに足る人物かどうか。それが僕が唯一君の頼みを聞く案件さ」

 

「・・・・わかりました。それくらいならば、危険なことも少ないでしょう」

 

 なんだか意図していたわけではなかったが、どうやらエリカちゃんを安心させる材料になってしまったらしい。 

 本当に、意図していたわけじゃあないんだけど。

 

「それじゃあマジにお開きだね」

 

 ポポンと、皆をモンスターボールに返してから。僕は旅だつ準備をする。

 とはいえ、今回はそう長くなるわけじゃあなさそうだけど。

 

「いいんですか?本当に。怪我を治してからだって、遅くは」

 

 また、同じことを言うエリカちゃんの言葉を遮るように、僕もまた同じことを言う。

 

「だーから、エリカちゃんが言ったんだぜ。危険は少ない、どころかゼロでしょ。そんなん。それに、大した怪我じゃあないんだよ。僕にとってはこんなの」

 

 再度ひらひらと右腕を振って。

 

「いい子ちゃんは嫌いなんだ。もっと我儘になった方がいいんじゃない?」

 

 靴を履いて、玄関を出る間際。そう言い残して、僕はエリカ邸を立ち去る。

 二年前よか、マシだけど。

 そう扉が閉まってから付け加えた。

 

「わはは。目を合わせてはくれなかったな」

 

 ま、当然か。あんな言い方すりゃあ。

 おかしーな。町の女の子とかにはもっとうまくやれるのに。

 ・・・別にいいけどね。

 さて、と。

 

「あ、ハロハロ。オーキド博士?ええ、はい。・・・エリカちゃんに言われて、仕方なくですよ。それでですね、イエローの情報を、もう一回詳しく教えてください。ええ、その、”不思議な力”についてです」

 

 電話越しに話をしながら、もうすっかり暗くなった月夜に照らされた道を歩く。今気づいたけど、丸一日眠ってたんだね僕。

 

 とはいえ、新たな旅の始まりもまた次のお話で。

 

 




どうもひなのこーとの大家さんがドストライクだった高宮です。
うわー、やっべ。マジでもうすぐ夏じゃん。マジでもうすぐドラクエじゃん。
今年の夏はドラクエの夏で決まりですね。
ということで次回もまた、よろしくお願いいたします。  

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