「な、なんで兄ちゃんがここに・・・?」
驚愕に目を染めるレッドに対して、カラーの顔は対照的に冷静だ。
いや冷静という表現が正しいのか、それというよりはまるで”何もない”といったほうがよりしっくりとくる。
「ああ。そんなわかりきったことを質問するなんて、愚か者のすることだぜ?レッド」
ケラケラと笑うその人物は確かにカラーで間違いない。
が、どこかがおかしいような。
元々おかしい人物だった気もするが。
「そして加えて、君は愚か者だ。ロケット団に、そして”ナツメ様”に歯向かおうなどと考えること。それ自体が愚かとしか言えない」
ロケット団。その言葉をカラーが口にした瞬間、レッドは確信する。
そもそも、この場所でこうもゆとりをもって佇んでいることがおかしいのだ。
そんなことができるのは、ロケット団の味方。つまり、レッドの敵であることに他ならない。
「そんな・・・噓だろ兄ちゃん!」
「嘘?何が嘘だというんだ。ナツメ様に尽くすことこそが僕の至高だというのに」
目の前の事実を認めたくなくて、レッドは大きな声で否定を求めた。
が、返ってきたのはそんなレッドの希望を打ち崩すような賛美の声。
(いや、ちょっと待てよ)
レッドはカラーの言葉に疑問を感じる。
前々から変な人で、いつも飄々とした人ではあったけれどこれほどまでに誰かに依存するような人だっただろうか。
レッドとカラーが過ごしていたのは幼少期のほんの数年だ。
その後、すぐに引っ越してしまったカラーのことをなぜだかレッドは忘れられなかった。
それほどまでに印象に残る人だったし、再開した時も雰囲気は変われど根本的なものは変わらないと感じた。
だからこそ、目の前の人物に違和感感じる。
そう、まるでシオンタウンで操られていたグリーンのように。
「まさか!」
そこまで思考が及んで、レッドははたと気づく。
まさか、カラーもまた操られているのではないか。と。
「うっ・・・・」
「さあ、始めようレッド。ロケット団にたてついたことを後悔させてやる!」
急激に部屋の照明がオンになり、まぶしさに視界が奪われる。
部屋の中央に仁王立ちしているカラーは、全身真っ黒で。この旅で見慣れた隊服を着用していた。
”R”と、胸の真ん中に刻印されたその服を。
真っ黒な帽子をクイ、と指で押し上げるその瞳はやはりどこか変だ。
「操られてるってんなら、俺が元に戻してやる!」
決意して決断したレッドに、やってみろとばかりにヘラヘラ笑うのはカラー。
「フッシー!」
モンスターボールから飛び出してきたのは、フシギソウ。
「ならこちらはウインディだ」
タイプ相性を考えれば、当然の選択。
が。
「ん?」
「・・・・」
実際にモンスターボールから出てきたのは、ウインディではなくカラカラだった。
「あ、あれ?おかしいな、確かにウインディのボールを開けたはず・・・」
当の本人すら困惑している。どうやらボールを間違えたらしいのだが、これはただ間違えただけなのか。
カラカラはジト目でカラーを睨む。「間違えんなよ」と言いたいのか。
「ま、まあいいや。カラカラ、やっつけちゃってよ」
プライドからなのか自らのミスを認めずに、どうやらそのままカラカラでいくらしい。
そのカラカラは幼いころからいたカラカラで、レッドもよく知っている。
クールで感情を見せないそのポケモンに一種の恐怖めいたものも感じていた。
「・・・・・」
今だって、カラカラはカラーの命令を遂行しようという気配はなく、逆にそれが不気味だった。
ごくり、とレッドもフッシーも異様な緊張感に襲われる。
「ん?どうしたカラカラ?」
カラーの命令にカラカラはただじっと見つめ返してくるだけで、一向にレッド達に立ち向かおうとはしない。
びびってるわけはないし、カラーはただただ困惑するばかりだ。
すると。
ガコン!!
なんの躊躇もなく、なんの前兆もなく。カラカラは持っていたその骨こんぼうで主であるはずのカラーの頭を振りぬいた。
当然、カラーは意識を失い膝から崩れ落ちる。
「えええええええ!?」
ポカンと、状況を把握できていないのはレッドだ。
てっきり戦闘になると思っていたのに、実際は仲間割れ?
「ちょ、え?ど、どうすればいいんだこれ?」
あまりにも想定外すぎたため、戦闘という空気でもない。あわあわと泡を食っていると。
「・・・・・・・・・まったく。何をそんなに慌ててるんだい君は」
倒れたその体から聞こえる声は、いつもの軽薄さを取り戻したように。
「・・・カラー兄ちゃん?」
ムクリと起き上がったその顔は、まるで今までのことを感じさせない笑顔で。
「呼んだかい?」
ドクドクと、血の洪水が額から流れていた。
「って、ちょっと!?カラカラさん!?君、強くたたきすぎじゃありません!?ちょっと記憶飛んでんだけど!」
案外強く叩かれたのだろう。カラカラに講義をするカラーは、どうやら正気を取り戻したらしい。
「んんっ。さあ、気を取り直してバトル宣言といこうか」
僕がナツメ様に負けて、おめおめと指をくわえて時が流れるのを黙ってみているなんてことを許容するわけがない。
なんてことを、ちゃんと僕のポケモンたちは理解してくれていた。
あの時、ズバットをエリカの元へやって正解だったね。あれがなければ、今頃本当に僕はナツメ様に洗脳されていただろう。
ズバットを忍ばせ、この部屋へと連れられたとき、隙を見て”きゅうけつ”させたんだ。
僕自身にね。
それで意識を取り戻したのは良かったけど、案の定グルグル巻きにさせられていたし。どうせ洗脳されるのだろうという予感はあった。
まだ説得しようなどと甘い考えがない組織だってのは僕が一番わかってる。
だからカラカラに頼んだのさ。
もしも誰かと戦闘になった時に君が僕を殴って正気に戻してくれってね。
で、僕の予感は大当たり。カラカラもちゃんと仕事をしてくれた。し過ぎだぜってくらいには。
どうやら洗脳中の僕はウインディを出そうとしてたみたいだけど、なんとなくボールの位置をシャッフルしといて正解だったぜ。
「で、何があったか、聞きたいかい?レッド」
仕切り直して、やり直して、ようやく空気は元の緊張感を取り戻す。
まさかその相手がレッドだとは・・・・なんとなく思ってたよ。
君ならきっとここまで辿り着くってね。
どうやらレッドも、正気に戻ったとはいえ仲良くする気はない僕の気持ちを受け取ってくれたらしい。
大事だよね。そういうの。
「ああ、聞きたいさ。なんでロケット団なんかにいるんだよ」
その声は、多少の怒気すら含まれている。ロケット団がどういう存在なのかレッドにはよくわかっているみたいだね。
「ロケット団にいるのは、その方が都合がよかったからに他ならない」
黒いポケモン、当時は黒いのかどうかすら。というか本当に実在するかも怪しかったけれど、そのポケモンを探るために、ロケット団は隠れ蓑に丁度よかった。
伝説のポケモンを追っているらしいという情報と、僕の目的のポケモンが一致しているかもしれない。ロケット団にいれば、色んなポケモンの情報が集まるかもしれない。
そんなかもしれないにすがって、僕はロケット団に入った。
ナツメ様の噂を聞いたのは、入った後だったけどね。結果的には棚から牡丹餅的に情報が手に入ったわけだ。
「なんでもそうだけど、考えるよりも行動しろってね。おかげで僕の人生はより明確にレールが現れたよ」
「ロケット団のしてることに関わっていたのかよ?」
きっと、レッドは否定してほしいんだろうな。ありありと表情に出すぎだぜ。
敵に送るには、そいつはちょっと豪華すぎる。塩どころか、砂糖に米までついてきたようなもんだ。大盤振る舞いってやつだよそれは。
「そうだ。と言ったらどうするんだい?最初のマサラタウンのミュウ捜索から始まり、カナダの洞窟での実験。クチバのサントアンヌ号事件なんてものもあったね。他にもまああるけれど、さて。レッド」
僕はそこでいったん言葉を区切って。
「君はどれのことを言っている?」
「・・・そっか、本当にロケット団なんだな。”カラー”!!!」
明確な敵意と、激しく燃える激情を荒々しくレッドはぶつける。
「悲しいなあ、もう兄ちゃんとは呼んでくれないのか」
言葉よりも先に、攻撃が来る。
フッシーの”はっぱカッター”が容赦なく僕の懐に向かって飛んできた。
「———————!!」
が、しかし。
これを読んでいたのか、僕のカラカラは何事もなかったかのようにその全てを弾き返す。
「よいしょ。うん、これで頭の血は心配しなくてよさそうだ」
ビリビリと隊服を裂いて、頭に巻き付ける。少々不格好だが無いよかマシってもんだろう。
「さて、急がないと上のブルーがやられちゃうかもよ?」
「やっぱり!さっきの声はブルーか!?」
ダメだなぁ。レッド。学校で教わっただろう?
敵の前で、動揺なんかしちゃダメだって。
「ぐっ————!」
まんまと僕の話術にひっかっかってレッドは後手に回るしかない。
「”とっしん”で、カラカラが懐に潜れば」
そこから先は、彼の独壇場だ。
突進した衝撃でフッシーのお腹はガラ空きだ。
「突き刺せカラカラ!」
持っているのはホネこんぼう。お腹にグサッと、それで勝負は決する。
「あら。お早い決断で」
「・・・休んでてくれ。フッシー」
すんでのところで、モンスターボールへと戻されるフッシーに僕のカラカラの真下。つまり先ほどまでフッシーがいた場所にはきれいなクレーターが。
「頼むピカ!」
お次に出したるはピカチュウ。可愛いお耳としっぽがチャームポイントかな?
「じゃあこっちも、ズバット」
カラカラを手元に戻して、僕も次なるポケモンに切り替える。
(なんだ?タイプ相性じゃ、こっちの有利だぞ)
うぷぷ。迷ってる迷ってる。
僕のことを知っているというのなら、こちらだってレッドのことは知っている。
もちろん、この十年で変わったこともあるだろう。もしかしたら再開したあの日から今日までの間ですら変わったかもしれない。
が、人間の性根はそうそう変わらない。僕がお調子者であるのから逃れられないように、真面目な子が真面目であることから逃げないように。
レッドも例外ではなく。
僕のことを知っているからこそ、そこには裏があるのだと彼なら絶対に探る。どこかで用心深く、こと戦闘に関してはずば抜けたセンスを持っていた彼だからこそ。
「ピカ!”ほうでん”だ!」
だからこそ近づいてこない。何かあるのではないかと、勘ぐっている間は。
その間に、こちらは準備を終わらす。
「くっ!」
当たらない電撃に、苛立ちを隠せないレッド。
「変わらないなあレッド」
そのすぐに感情的になる性格も、用心深いくせにどこかで思慮が浅いその短慮も。
だから君は、彼女ができないのさ。
「変わらなくて、安心しましたよ僕は」
言うが早いか、僕の右手はまっすぐとこの部屋の照明へと伸びる。
「なんだ!?」
「あはっ。見たね。見てしまったね」
だから思慮が浅いんだよ君は。せっかくの警戒心が宝の持ち腐れだぜ。
「その名も”あやしいひかり”」
「しまっ!」
「いいや!もう遅いね!!」
レッドが気づくよりも早く、それは発動する。
カッ!と、一際大きな光量が視界を奪う。
蛍光灯にあやしいひかりを紛らせ、ここぞという場面で使う。これが作戦ってやつだよ。わかった?
「・・・・・・・・」
完璧に、そして確実にひかりを見たレッドとピカは言葉を失い。自由を失う。
前にも言った通り、このズバットのあやしいひかりはただ混乱させるだけじゃあない。
精神を奪い、精神を支配する。といっても簡単な命令しかできないけどね。
どこそこに行けとか、誰それを倒せってなほどに。
「まあでも、これで僕の勝利だ。案外呆気なかったけれど」
それでも、こうして実力が拮抗してる時には十分すぎる能力だ。
ついつい年上の意地ってやつを見せちまったよ。やれやれ、僕もまだまだ大人じゃあないね。
とはいえ、流石に反則過ぎたかな?
だってあっちはまともに真正面からバトる気満々なんですもの。そんな血気盛んな若者に付き合ってられるほど、暇じゃないのよお兄さんは。
「さてと、君を洗脳状態にしたのにはもう一つ、目的がある」
一歩一歩、レッドに近づく。
「っと、ん?なにどうしたのウインディ?」
ガタガタと、珍しくモンスターボールの中で暴れているウインディ。
今回出番がなかったからって反抗してんのかい?大丈夫だよ、君の出番はもっと後にあるんじゃないかな?たぶん。
「———————がっ!!?」
衝撃。
腰から胸にかけて、強烈な衝撃が僕の体を襲う。
「———————っ!」
足は地上から浮いており、逃すことなくしっかりと捕らえられた拳はそのまま降りぬかれた。
当然、その反動で僕の体は簡単に吹っ飛ぶ。まるでゴムボールみたいに、ぐにゃりと曲がって壁に激突する。
「・・・ふう」
ズバットは、今の衝撃で戦闘不能になってしまった。ので、レッドの洗脳も程よく解ける。
「ば、バカな・・・・!」
完全に勝利したはずだった。あの状況下で出来ることなどないはずだ。
崩れる壁の瓦礫を避ける体力もなく、成す術なく痛みに耐えるしかない。
そんな中、目線だけを動かすと僕を殴り飛ばした怪力の持ち主が目に飛び込んできた。
「助かったぜ。ニョロ」
「ニョロ、ボン・・・?」
確かに僕を殴り飛ばしたのがニョロボンだというのなら納得はできる。人一人くらい軽くペシャンコにできる力はあるだろう。
が、依然としてわからないのは。
「いつだ・・・?いつ、ニョロボンを出せた?」
そう、そんなタイミングなんかなかった。なまじあったとしてもこの僕が見逃すはずが——————。
「いつだって聞いたか?答えるなら、”はっぱカッター”の時だな」
なんだって・・・?
そう言われて、ようやく僕は僕の立っていた位置を見やった。
正確にはその後ろを。
「そうか。なるほどね」
肺が痛い。これは肋骨が何本か逝ったな。
それでも口にせずにはいられない。あまりにも自分が愚かすぎて。
僕がいた後ろの壁に突き刺さっているはっぱカッター。その中の一枚は不自然に真ん中がぽっかりと空いている。
つまり、あそこにモンスターボールを装着して、攻撃するフリをして僕の死角に潜り込ませたんだ。
思慮が浅いのは僕のほうだった。
変わっていないと決めつけて、すでに勝利したと驕ってしまった。
ロケット団にいてどうやら僕にも力が手に入ったと知らず知らずのうちに錯覚してしまったらしい。
あー、やだやだ。一番嫌なタイプの人間に自分がなっちまった。
マチス様を笑えねえや。
「なあ、本当にロケット団に共感してるのか?あの理不尽な横暴を、皆を傷つける行為を、本当にアンタはよしとしたのか?」
まだ言ってるよ。それはもう終わった話だってのに。
いつまでも過去にすがってちゃ、前に進めないぜ。
ま、僕が言うなって話なんだけど。
「あーあー!うるさいなあ!オカンかよ。いいから行けって。君は勝ったんだ。勝者が敗者にしてやることなんざ一つだろ」
黙ってその場を立ち去る。
それが礼儀ってもんだ。
「・・・・・」
「しけた面してんなよ」
あんまりにも笑っちまう顔だったんで、思わず笑みがこぼれた。
「そうだな、じゃあ行きやすいように情報を一つ。最上階の左奥の部屋。そこにいいもんがある。立ち寄ってみなよ」
ああ、しゃべりすぎた。二重の意味で。
咳き込むと血が出てくる。全身が痛すぎて、もう何もできない。
チラとみると、レッドは何も言わず僕の言った通りに立ち去った。
きっと、レッドは勝つだろう。ナツメ様にも、三匹の伝説にだって。
そして、ボスでさえいずれは越えていく。
そんな人間に勝負できたことは、誇りに——————。
「ならねえよバカ」
そう呟いて、僕は瞳を閉じた。
それにしても、皮肉だねえ。結局最後にやられたのは、あの頃と同じように成長したニョロだってんだから。
幼少の頃の、僕がまだ絶望を知らず楽しく人生を送れていたほんの僅かな時間。
もう、思い出すことはないのだと思っていたけれど。
脳裏にフラッシュバックする思い出を垣間見ながら僕は———————。
「ふふっ」
静かに笑っていた。
やがて、物語は収束に向かう。
それはまた、次のお話で。
どうもナデシコ乗組員の高宮です。
ギャルゲーがしたい。お金がない。時間がない。
そんな中でふとフェイトCCCを買おうとプレイステーションストアを開くと、ホワイトアルバム2が千円で売られてました。買いました。やります。
とりあえず、主人公にボイスがついていやがるぜ!ってことでそれではまた次回もよろしくお願いします。