「おい!待てよ!グリーン!」
「敵はどこだ!?」
グリーンと呼ばれた少年、鋭い目つきと凛とした風貌が特徴的な少年は、”何か”を探しながら走っている。
「一人で突破したような顔すんなよな!」
もう一人の少年、レッドはそんなグリーンを追いかけながらぶーたれる。
ここはヤマブキシティ。二人の少年は、故郷であるマサラタウンを荒らされ攫われたオーキド博士を助けるべくロケット団のアジトがあるこの街へと赴いていた。
つまり、『何か』とはロケット団のアジトそのものを指していたわけだ。
「な、なんか立派なビルだな。本当にここであってんのか!?」
「ゴルダックがバリヤードの位置を最初に発見した時にいたのがこのビルの前だ。四方を通路に囲まれた街の中央のビル。間違いない!」
先ほどまで、このヤマブキの街は出ることはおろか入ることすらできなかった。
それはなぜか。問いの答えはロケット団の幹部の一人であるナツメが自身のポケモン、バリヤードを使って街全体を覆うほどのバリアを張っていたからに他ならない。
二人はそれを破ってここに来ているのだ。
「うわあ!」
ビルの二階までやけにすんなりと入れたと思っていた瞬間、レッドの足場が急に無くなる。まるで落とし穴のように、予めそこに来ることがわかっていたかのように。
「レッド!」
「グリーン!」
二人は手を伸ばす。が、咄嗟のこと過ぎてその手は無情にも空をつかむだけだ。
「くっ!」
すぐにレッドの安否を確認しようと穴を覗き込むグリーンだったが。
「クク・・・バリアを破ったところまではほめてやるがそこまでだ」
足元に飛んできたのは手裏剣。
今まで確かにその大部屋には人がいなかったはずなのに、どこからともなく現れたその人影に。
「ストライク!”きりさく”!」
一瞬の躊躇いもなくグリーンは人影に攻撃した。
「相当な素早さだ。敵とみるや先制攻撃。クク・・・ククク」
「肩に、ベトベター・・・!」
ストライクはその鋭利に尖った右腕を突き刺したものの、肩にくっついていたベトベターが防御となり致命傷は与えられていない。
「お前は、シオンタウンポケモンタワーの!」
シオンタウンという町で、一度この男。
その時の軍配は、グリーンの機転で勝利といった結果だった。
ベトベターに捕まっているストライクを見て、グリーンは次なるポケモンを出そうとその手を腰に伸ばすがその前に。
「しまっ!」
いつの間にか、自身の背後にまでベトベターの触手が伸びていたことに気づかず拘束されてしまう。
「ポケモントレーナーも、ポケモンを取り出せなければどうということはない」
「ん、んん・・・」
キョウの勝ち誇ったような顔と、グリーンの苦しそうな表情は過去の勝敗など関係ないと示していた。
一方、その頃。穴に落ちたレッドは。
「いてて・・・くっそー」
自分が落ちてきた穴を見て、悔しがるレッド。
辺りをキョロキョロと見まわして、どうやら自分は一階に落ちてしまったらしいと当たりをつける。
が、どうやら先ほど通ってきた場所とは違うらしい。これではすぐに二階に戻ることができなそうだ。
とにかく、上につながる階段を見つけなければ。そう思った矢先に。
「うわっつつ!」
振り返ると、唐突な肌への痛み。まるで冬場に起こる静電気のような唐突さとそれとは比較にならないほどの鈍い痛みがレッドを襲った。
「な、なんだぁ?この壁」
冷静になってもう一度みてみるとどうやらこの部屋の壁全体に電気が通っているらしい。
それもきっと高電圧のものがなんの保護もなしにむき出しになっている。
バチバチと焼ける音が、レッドの心拍数を自然に上げる。
「そういえば、この電気。どこかで・・・」
ピリピリとした嫌な感じを文字通り肌に感じながらレッドはどこか見覚えがあるこの電撃のことを思い出そうと記憶を探っていた。
「ってうわあっ!」
なんて思案しているとどこからともなく大量かつ猛スピードで飛んでくるマルマインとビリリダマがレッドを襲う。
「く、くそっ!」
そんなマルマインたちを避けながら、レッドはようやく頭の中の点と点が結ばれる。
「思い出した!クチバのポケモン密輸事件!犯人は電気系ポケモン使いのジムリーダー!」
「そうだ!オレ様だ!」
柱の陰から現れたのは、ロケット団幹部の一人、マチスだった。
「あんときゃあよくも邪魔してくれたな!」
クチバのポケモン密輸事件。サントアンヌ号を使って、町のポケモンを攫い金儲けをしていたマチスを阻止したのが、紛れもないレッドだった。
「お前も、ロケット団!」
その時はマチスがロケット団だなんて微塵も思っていなかったが、思い返してみればレッドがこれまで敵対してきた悪はすべからずロケット団という一つの組織に集約されている。
マサラも、ニビもハナダもシオンもタマムシも。勿論、クチバだってそうだ。
「なんでだ!ジムリーダーのくせになんでロケット団なんかに味方する!」
それは心からの疑問で、心からの断罪だった。
ジムリーダーは皆の憧れで、街を守るのがその仕事だ。
それなのに、マチスも、キョウもナツメも皆を困らせて、悲しませている。
そのことが、レッドにはどうしても我慢ならなかった。
「ん?ジムリーダー?」
マチスは、レッドの言葉に耳を差し出し明らかに馬鹿にしていた。
「ああ、そんなことをしていた時もあった」
マチスの言葉は徐々に嫌気を含んでいく。
「つまらねえジム暮らし・・・真面目にポケモン鍛えて戦って・・・そんなもん何になるってんだええ!?」
嫌気は怒気に代わり、レッドを威圧する。
「そうさ!力だ!でっけえ力があれば色んな事ができるんだぜ」
その一つがこれさ!と、両肩に乗っているランチャーを見せびらかすマチス。
「マルマインは素早さが最高な分、パワー不足。だが!このランチャーならスピードに加えて力も高まる」
レッドはごくり、と生唾を飲み込んでその威力を想像してしまう。
「両肩のレアコイルが作り出す”ソニックブーム”はそのまま防御壁ってわけだ」
わざわざ説明したのは恐怖を煽るためだろうか。マチスの勝気かつ上から目線の言葉にレッドは睨み付ける。
「加えて!」
「ぐああ!」
マルマインの弾丸がレッドを打ち抜き、レッドはそのまま壁に激突する。
だけならまだよかった。
「どうだ?この部屋は?電流を張り巡らされた特別室だ!こいつらの攻撃が二倍、三倍になる」
どうやらこの部屋は既にレッドを迎え撃つべく万全の準備が施されていたらしい。その全てがマチスが有利になるように作られている。
張り巡らされた電流により、服だけでなく肌まで焦げているレッド。
この様子じゃ上も相当厳しい戦いを強いられているはずだ。
「それもこれもすべて!ロケット団の科学技術さまさまよぉ!」
ガハハハッ、と勝利を確信して揺るぎない豪快な笑いに隠れて、レッドは自身のポケモン、ピカチュウに指示を出す。
どうやらこの絶望的ともいえる状況で、その瞳はまだ諦めていないらしい。
「いまだ!」
「ぐああああ!」
電流が張り巡らされた部屋、ということは電気ポケモンは例外なく威力が上がるということで。
つまり、ピカチュウの攻撃も普段より威力が上がるということだ。
「やった!ザマアミロ!」
作戦がうまくいき、レッドは上機嫌でマチスを見る。
「なーんちゃって」
「っ!!」
が、しかし。
当の本人であるマチスに、傷は一つもついていない。
その事実に多少なりとも動揺したレッドは、いつの間にかコイル達に両手を塞がれていた。
「ゴム製アンダースーツ!電気地獄の中でオレ様だけは無事なんだよワハハハハ!」
正に死角なし。入念に、かつ知的に張り巡らされた策はレッドを追い詰める。
「オラオラオラァ!」
「ぐああああ!」
飛んでくるマルマインの弾丸を避けるすべもなく直撃しつつ、レッドは思う。
(なぜだ!?・・・最初からパワー全開の連続攻撃。どうしてエネルギーがなくならないんだ!?)
「ワハハハ!知りたいか!?こいつらの攻撃が、そしてオレ様の鎧がどうして底なしのエネルギーなのか知りたいか!」
そんなレッドの疑問を見透かすようにマチスは大きな口を開く。
無論、マチスの底無しのパワーには理由がある。万物に因果があるように、理由がないものなどないのだ。
一つは『エネルギー変換器』これにより、より効率的に、より素早く電力をエネルギーへと変えられる。
そして、もう一つ。裏から出てきたのは。
「伝説のポケモンの一匹!サンダー!!」
「そ、そんな・・・」
そのポケモンの登場に、少なからず動揺が走っているレッド。
「無人発電所で捕まえた奴だ。こいつの電力は無尽蔵だからな。”アイツ”の情報は間違って無かったってワケだ!まあ、いい気味だがな!!」
(アイツ・・?)
なんの話かわからないレッドには、そんなことよりも目の前の敵だ。
「フハハハハハ!どんなに強力な電撃でも!苦しいのはお前らだけ!俺はなーんともない!」
「ぐ・・・・」
首筋をつかみ、電撃を垂れ流すだけ。それだけでレッドの体には無数の裂傷と火傷が刻まれる。
「フン。うらあ!」
つかむだけの状況に飽きたのか、マチスはレッドの体を投げ飛ばし壁に激突させる。
「くそ、なんとか反撃を・・・フッシー!」
相当の電撃だったはずだが、すぐさま立ち上がりレッドはフシギソウを戦闘に出す。
が。
「ムダだ!サンダー!”でんきショック”!」
「ああ!フッシー!」
電気技の中でも威力が高いとはいえない”でんきショック”でさえ、フッシーをノックアウトさせるには十分だった。
これが、伝説のポケモンの底力。
「ワハハハ!自慢の背中の葉っぱがほとんど散っちまったな!」
「くっそお!」
「無駄だっつってんだろーがよぉ!」
マチスの言葉に反抗でもしたつもりなのか、弱弱しく”はっぱカッター”が繰り出されるもサンダーに蹴散らされる。
「そういう往生際の悪いやつには、最大の一撃で敗北を知らせてやらねえとな」
そうマチスが告げると、指を天高く上げゆっくり口が動く。
「”か・・・み・・・な・・・り・・・」
その指に電流が集まってくるのを察知して、レッドは動いた。
「最大の攻撃!この時を待ってたぜフッシー!」
先ほど散った葉っぱ。それが遠隔操作でマチスの周りに浮かび上がり鋭利な刃物として飛んでくる。
「よし!コードを切った!これで行き場のなくなった電気がお前の体に!」
レッドの狙いはこれだった。サンダーから変換器へとつながれているコードさえ切ってしまえば無敵のマチスの牙城は崩れる。
「そうかな?」
だが、対してマチスはコードが切れたというのに冷静だ。
「ハハハハハ!無駄だったなあ!オレがこのアンダースーツを着ている限り感電は————————、」
そこまで言って、マチスは自分の体の異変に気付く。
「ん?うおお!?」
パラパラパラリ、と、ズボンやスーツが裂けているということに。
「あがががががが!!」
アンダースーツが裂けているということは、直で電流が流れてくるということで。ここにマチスの無敵の牙城は崩れ去った。
「バカ・・・な」
変換器も流石に許容オーバーらしく、爆発。もはや守るってくれるものは無くなったマチスの体はプスプスと黒焦げだ。
流石に最大の一撃のためにためていた電撃を食らっては大の大人でさえも一瞬で意識が刈り取られる。
「”はっぱカッター”が切っていたのはコードだけじゃあなかったんだよ」
マチスの意識が完全に無くなったのを見て、レッドは口を開いた。
「ふう。オレの考えていることをよくわかってくれて助かったよフッシー」
ポンポンと頭を撫でて労うレッドは、肝心なことを忘れる前に行動することにした。
「んーと・・・あった!」
ゴソゴソと爆発し壊れた変換器の中を漁り、目的のものを見つける。
オレンジバッジ。ジムリーダーであるマチスが所持しているバッジである。
「それから・・・これももらっていくよ」
ゴム製アンダースーツの切れ端も、ついでに手に嵌めていくレッド。
「・・・・いっくら強いポケモンを連れてたって、いっくら力があったって。ポケモンと仲良くできなきゃ、楽しくないのに」
そう呟いたレッドの言葉は、意識を失っているマチスには届いていない。
マチスの戦い方は、ポケモンを正に道具として、武器としてしか見ていない戦い方だった。
そんな戦いをするマチスを、レッドは物悲しい瞳で見つめて。
「・・・・行こう」
振り返ることなく、上の階へと進んで行った。
そして物語は最終決戦へと続いていく——————————————。
どうも皆さん有頂天人生高宮です。
美しきことは良きことなり。ああ、僕も狸に生まれたい。
それでは次回もよろしくお願いします。