「あそこの数値が少し高いな」
「今度はこっちを投入してみよう」
なんでこう研究者ってのは暗いところが好きなんだろうね。
光がさすことがない地下室を、薄暗い空気と、いかにも目に悪そうなブルーライトが照らしている。
やっとのこさで、ここに配属された僕は黒い隊服に身を包んだ仲間と一緒に楽しくお仕事に精を出している。
ナツメ様には感謝しなくっちゃね。
「おい!そっちにいったか!?」
「いえ!?こちらにはきてません!」
「くそ!なんとしてでも見つけろ!逃がすな!」
ん?なんだか研究室らしくないな。バタバタと騒がしい。
研究室ってのはもっとこう厳かな雰囲気で、物静かなところだろ?
それがどうだいこの喧騒は。
複数人の足音と怒号がここまで響き渡ってくる。
パソコンと研究員しかいないこの部屋には僕しか黒い服を着ている人間はいない。
ので、何が起こっているのか知るすべがないのだが。
「術がないなら、こちらから行けばいいじゃなーい」
持ち場を離れるということになるけど、しょうがないよね。人手が足りなさそうだもん。
空気を読んで颯爽と行動に移すのが日本人の良い所さ。
幸いにも研究員たちは自分の研究に集中している。僕一人いなくなったところで気づきやしないだろう。
そそくさと抜き足差し足でその部屋から飛び出た僕は、とりあえず何が起こったかを知るべく、人を探る。
「・・・ほーんと、こういう時に限って捕まらないんだから」
あるよねこういうの、いらないときにはうざったいほどいるくせに必要な時にはいないんだ。まったく、何のために数そろえてんだよ。
ああいや、数はいないのか。
僕は僕の愚痴に首を振る。
ここタマムシシティのゲームセンターにある地下施設は一般的に秘匿されている。それは組織の中でも然りで。
知っているのはごくわずか、それこそ幹部連中並の力を持った人達だ。
ということは当然、人員をそんなに割けるわけではないということになる。
え?そんな秘匿されてる情報を、なぜ下っ端である僕が知っているかって?
「それは、カツラさんに聞いたのさ」
会話の途中でポロッとね。あの人、おっちょこちょいなとこあるから。
おじさんのおっちょこちょいがどこかに需要があるといいんだけど、結婚できるのかなあの人。
「きゃ!」
「っと、ん?」
なんてことを思いながら歩いていると、ふと廊下の角で女の子とぶつかる。
・・・女の子?
「どうしたのかな?道に迷っちゃった?良ければこの僕が案内してあげるよ?」
即効即決即英断。美人にやさしくしろって死んだばあちゃんも言ってたよ。
手を取って最大級のスマイルを浮かべながら、僕はその美人に優しくした。
「はぁ!?なにアナタ!?悪いけどねえ!こっちは急いでるの!」
バチッと握った手を跳ね除けられ、女の子はこっちを見向きもせずに走り去っていってしまった。
長髪に石のイヤリングが印象的な女の子だったなあ。ちょっと小悪魔っぽかった。
優しくしたのに。
「さて、これはなんだろう」
そんな女の子が大事に隠し持っていたのは何かのフロッピーディスク。
僕ってば手癖悪いからさあ、すぐ女の子に手を出しちゃうんだよね。こうやってさ。
フロッピーってことは、何かのデータだろう。
この組織に女の子がいるのは見たことがない。確率としてあの女の子は部外者の可能性が高い。
僕ってば組織に従順だなあ。こんなに貢献してるんだからそろそろ下っ端扱いは卒業でいいんじゃないかしらん?
せっかく伝説の三匹を捕まえるリーダーになれたのに、結局成果上げられずに下っ端に逆戻りだもんな。ま、興味ないからいいけど。
さて、おあつらえ向きにここは研究所。パソコンなんてそこらに小石のように転がっている。
「ああー、僕ってば運が良すぎて困っちゃう♡」
これも、やっぱり日頃の行いってやつだよね?
「・・・・・・・」
よし、結論から簡潔に言おう。
フロッピーの中身はミュウの情報が目一杯に詰まったものだった。
そこには僕がマサラで撮った写真から始まり、ミュウの目撃情報や捕獲手段の候補など、まさに攻略情報サイトだ。
「つまんねえの」
てっきり僕は、彼女が知られたくない彼女の秘密的なものが入っているのだとルンルン気分で開けてみたらこれですよ。人生そう上手くはいきませんね。
上がったテンションは行き場を失い、空中に霧散する。
大体なんでミュウの情報が詰まったこのフロッピーを持ってたんだろう。
大方、先ほどの騒ぎは彼女によるものだろう。ミュウの情報といえば、この研究室の存在とともに組織の中の二大タブーだ。取扱いには十分注意している。
それをあんな少女にとられるんだからこの組織の警備体制は疑う余地しかないね。
「おい!そっちに行ったぞ!!」「追え!逃がすな!!」
お、どうやら見つけたらしい。さすがに捕まるのも時間の問題だろう。
さて、この研究室に来た目的ってやつを今のうちに果たすとしますかね。
「まったく駄目だぜ。敵が外にしかいないなんて言う固定観念は」
研究室の一番奥。いかにも秘密が眠ってますよー、な雰囲気の場所に僕の目的のものはあった。
「これが、人工的に作られたポケモンか」
特殊な培養液に浸かっているのはポケモン、と呼んでいいのかはわからない。
なにせそのポケモンは”体が半分しかできていない”のだから。
「えー、なになに。人工的にミュウの遺伝子から作り出したポケモン。我々は名前を『ミュウツー』と名付けることにする」
はー、安直だな。
ま、名前なんぞはどうでもいい。重要なのはこいつがどんな能力を持ってるか。それ一点につきる。
が。
「わずかな遺伝子サンプルから完全体を作るのは不可能だと思われる・・・・」
研究レポートには最後にそう書かれており、どうやら完成はしないらしい。
ふーん。
今現在、ポケモンの総数は150種だと言われている。そのポケモンたちのどれもが僕の復讐の相手を探すような、役立つような技を覚えていたり、はたまた復讐の相手そのものだったり。
は、していない。
つまり今現在、僕がほしいと思うポケモンはいないわけだ。
ポケモンを探すんだ。ポケモンのことも少しは知っておかなくっちゃね。
が、それは今現在の話。
もし、新たに発見されたポケモンがいたとしたら。
僕としては、調べないわけにはいかないんだ。例え望みなんかなくたって。
復讐が、僕の生きる術なんだから。
「けど、どうやら君は僕の望んでいたポケモンじゃなかったわけだ」
自分が具体的にどんなポケモンを望んでいるか、それすらわからないけれどね。
この分だと、多分ミュウも似たようなものだろう。幻だろうが、僕の役に立たないのならいらない。
さて、これで早くもこの研究所にいる意味もこの組織にいる意味もなくなってしまった。
「おい!こっちだ!!総員で囲め!!」
・・・・仕方ない。最後に一つくらい仕事をこなしてから行くとしますか。
「あーら、こんなか弱い少女一人に随分と大げさなことね」
やっぱり、さっきの美少女だ。
大勢で囲んでいるのは先ほどぶつかった少女。人だかりでよく見えないけど、雰囲気でわかるよ。美少女はね。
「さあ!渡してもらおうか!ミュウの情報が入ったディスクを!」
「それはダメよ・・・だってミュウちゃんは」
美少女は一旦そこで言葉を区切ると。
「アタシが捕まえるんだもーん♡」
「ああ!?」
大事な大事なフロッピーディスクを、手持ちのポケモンに咥えさせた。
って、あれ?
「オホホ!あんまり強力な攻撃だと、ディスクが壊れちゃうかもね」
いやいや、それ偽物ですやん。
僕のポッケに入っているディスクは紛れもない本物だ。ちゃんと今もある。
となると、あれは偽物ということになる。
ハッタリをかましているわけだ。この人数の大人相手に。
(ヒュ~、やるね)
口笛を吹きながら僕は感心する。その胆力に。
「うぬう!と、とにかくディスクを傷つけないように攻撃するんだ!」
リーダー格の男はそう自身のカイリキーに指示をする。
が。
「フフッ!ディスクを気にして本気を出せないのかしら。悪いわあ」
困惑しているカイリキーを嘲笑うかのように少女のポケモンは攻撃をかわしていく。
ものすごく楽しそうに少女はからかう。
「でも、トレーナーバッジを二つも持っているあたしに挑もうなんてちょっと身の程知らずってこともあるわね」
キラリと光るイヤリング。ああ、あれトレーナーバッジだったんだ。奇麗な石だと思ってた。
意外な事実が詳らかにされたところで。
「ぐ、ぬ。手加減していれば付け上がりやがって・・・」
どうやら怒りが頂点に達したらしい。リーダーは新たにポケモンを呼び出す。
パシリ、パシリ。と尻尾が揺れているそのケンタロス。
「フフフ、こいつはサファリゾーンのリーダーだったポケモンだ。尻尾の指揮で複数のポケモンを操れる群れの長よ」
リーダーの言う通り、ケンタロスが出てきてから他のポケモンの顔つきが違う。
「ああっ!」
多勢に無勢。さすがに一匹じゃ守り切れなかったようで、少女のポケモン、カメールはディスクを手放してしまう。
まあ、偽物なんですけどね。
「よし!」
だからー、喜んでるとこ悪いですけどー、それ偽物なんですってばー。
口にはしないけれどね。心の中で静かにツッコムだけ。
「や、やば!選手交代!!」
少女はカメールを引っ込めて。
「フハハ!なんだそのポケモンは」
おお、これはこれは珍しい。メタモンを繰り出した。
けど、メタモンといえば相手のポケモンに変身することができるだけのポケモンだ。
能力や技をコピーすることができるけど、この大勢の中それが果たして役に立つのか。
「踏みつぶせ!」
ケンタロスは思い切り助走をつけてタックルしてくる。
「大変だ!!」
「ん?」
そんな少女のピンチになぜだが、僕の隣にいた隊員が飛び出していった。
おいおい、なになに?あの女の子に惚れでもしたの?
なんて思ったけど違った。
(レッド!!?)
よくよく顔を見てみると、それは黒い隊服を着たレッドだった。紛れもなく。
いつの間に組織に入ったんだろう。
「あら!あなた!助けに来てくれたの?嬉しいわ!」
「冗談言ってる場合か!お前のポケモン落ちちまったぞ!」
ほお、どうやら二人は知り合いらしい。レッドめ、ポケモンバトルにしか興味ないとばかり思ってたけど中々どうして隅に置けないじゃないか。
さて、そろそろ潮時かな。
この人数、この状況。この戦闘力の差。
一人味方になったからってどうこうなるもんでもない。
数ってのは絶対の力だからね。
もうその戦場に興味がなくなった僕はくるりと回転してその戦場を後にした。
「あそこだな。ヤツラのアジトは」
草葉の陰に隠れる人影が二つ。一つはレッド。もう一つは少女のものだった。
「しっかし、せっかく逃げたのになんだってまたヤツラのアジトなんかに」
「しっ!静かに!いい?さっきロケット団に取られたのはニセモノなの」
「ええ?またあ?」
呆れたように返す言葉には、言外に一度その現場を見たかのようなニュアンスが含まれている。
「じゃあ、本物は?」
「・・・無いの」
「はあ?」
今度は訳が分からないというような呆れの言葉。
「きっとあそこで落としたんだわ」
「落としたって何をだい?」
「だから!本物のミュウが映ったディスク・・・ってきゃあ!」
やあ。呼ばれてないのにジャジャジャジャーン。カラーだよ?
「カラー兄ちゃん!?」
レッド、さっきから驚いてばっかだね。
「そうさ。カラー兄ちゃんですよ」
「ああ!アンタさっきの!」
おや、どうやらぶつかった時のことをまだ覚えているらしい。些細な事を覚えているとは細かいお嬢さんだ。
「さっき?ブルー、兄ちゃんのこと知ってんの?」
おっと、まずい。
さっきはゴリゴリ隊服を着ているときに出会っちゃってるからな。それにアジト内だったから言い訳ができない。
レッドにバレると色々めんどいからな。ここはごまかさないと。
「それより、探し物ってのはこれかい?」
僕はより重要なことで塗りつぶすようにフロッピーディスクを掲げた。
「ああ!やっぱりアンタが盗んだのね!?」
「言い方気を付けてよ。盗んだんじゃなくて拾ったの。わざわざ返しに来たことに感謝こそされ、非難される言われはないなあ」
敵対心剥き出しの少女、名前はブルーっていうんだね。
そんなブルーをいさめながら、僕は善良な市民らしく拾ったものを持ち主に届けた。勿論、黒い隊服は脱いでるよ。
「はい、じゃあちゃんと返したからね。あ、データは無事だよ。頑張って」
かっこよく颯爽とその場を去ろうとしたのに、なんでかブルーに呼び止められた。
「ちょっと待った!目的はなによ!?」
最近そればっかり聞かれるなあ。
「目的なんざないよ。拾ったものを届けるのに理由なんかいるかい?」
どうやら僕の答えじゃ不服だったらしい。訝しむ視線が変わることはない。
まあ、あの危機的状況から見事脱出せしめて見せたそのアイデアに敬意を表するかな。
「そうさなあ。強いて言うなら嫌がらせ?」
「嫌がらせ?」
今度はレッドが不思議がる。
「そうさ、ロケット団には皆迷惑してるからね」
「・・・・そう」
一応の納得はしてくれたらしい。相変わらず敵対心剝き出しの顔は変わってないけど。
悲しいなあ。僕にも色目使ってよ。
「まあ本物があるならこっちのもんだわ!ほら!さっさと行くわよ!?」
「ちょ!引っ張るなって」
ブルーが引っ張り、レッドが連れてかれる。案外お似合いだったりして。
「ま、僕には関係ないけれどね」
そう呟いて、僕は言葉を続ける。
「ねえ、君もそう思うだろう?”ミュウ”」
「————————、」
後ろで輝きを放っているポケモンに向けて。
なぜノコノコ捕まる危険性を負ってまでここに来たのか、とか、なぜ僕の目の前に再び現れたのか、とか。
聞きたいことは山ほどあるけど、聞かない。
だって、君。人間の言葉しゃべれないもんね。
「そしてこれで確信したよ。やっぱり君は僕には必要ないってね」
組織にいれば捕まえるチャンスはめぐってくるかもしれないけれど、その必要性もなくなった。
「———————、」
僕から伝えることはもう何もない。
それを悟ったのか、一声も発することなくミュウは空高くへと飛び立った。
「ホント、何し来たんだか。心なんてわかりゃしないね」
そうして、また次のお話へと続いていくのだ。
どうも干物妹高宮です。
四月といえば新学期ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
このssももう十話、そろそろ締めに入る段階です。
あ、カントー編って意味です。
一応はダイヤモンド・パールまでいきたいと思います。
ということで次回もよろしくお願いします。