もしも友沢が投手を諦めるほどの天才の親友がいたら・・・ 作:八百屋財団
どれだけ遅れても失踪する気はないです。遅筆ですいません。
帝王野球部一軍グランド 白組ベンチ
「上原浩治のフォームだって・・・」
「そうだ」
確信を持って答える山口と、その答えを聞いて汗が流れる蛇島。
「あのフォームはとにかく球の出所が見づらく、実際よりも格段に速く見える」
「でもそれだけなら君のマサカリ投法も似たようなものじゃ・・・」
「
蛇島の問いに答えたのは、打席から帰ってきた赤星。
「信じられねえあいつ、最初のストレートと最後のスライダーが
名門帝王の一番バッターを務めているだけあって、赤星は非常に眼が良い。
それ故にたった一度の打席でその凄さを理解した。
「たださえ見えにくいフォームに加えて、変化球の区別がつかないだと・・・」
「幻惑的か・・・」
山口の静かなつぶやきが、ベンチ内に響き渡った。
ベンチ内に沈んだ空気が流れ始める。
しかしその沈んだ空気を変える人物がいた。守木監督である。
「何を意気消沈しとるか貴様らわ!」
守木は腹の底から声を出す、その声はグランド内に響き渡ったため、
思わず打席に居る二番ショート井端もビクンとしてしまう。
「あのマウンドに立っているのは誰だ!メジャーリーガーか!?違うケツの青い一年だ!
「・・・」
「返事はどうした!!!?」
「「「「「は、ハイッツ!!!!!」」」」」
沈みかけたベンチに一気に熱意が戻って来た。
名将とは勝てるための手を打ち、勝つ者を指す。
守木独斎は間違いなく名将の器だった。
「(これで最低限勝てる条件は揃ったな、しかし・・・)」
監督は選手たちを熱く鼓舞しながらも、冷静に雛壇を観察していた。
「(上原のフォームは彼の何十年の努力の結果と言ってもいい。
上原のフォームは球の出所がとにかく見えづらく、そして腕への負担の少ない。
しかし投球フォームというのは非常に難しいものである。
ほんのわずかな腕の位置のズレ、重心の位置が生み出す投球の差は雲泥である。
上原のフォームもほんの少しのズレで、幻惑の効果が切れてしまう。
努力する天才上原が生み出したフォームは、天才の才能だけで真似できる程安くはない。
「(それをあの年でほぼ完全に真似ている。・・・あの穏やかさの裏にどれほどの練習が隠れているのやら・・・)」
監督はマウンドにいる雛壇を、深く観察する事にした。
「(なんか辛そうな顔してるなこの人・・・)行きますよ~」
「何としても蛇島まで繋げなくちゃ・・・」
マウンドの上で余裕の表情をしている雛壇。
対するは三番サード新井。
状況は一回裏、カウントはツーアウト。
「ッフ!」
「・・・」
バシンッ!
「ストライークッ!」
まずは外角低めにストレート。新井はそれを見送りワンストライク。
「(データによると新井さんはよく見てから振るバッター・・・なら)」
日下部は新井の様子を観察しながら返球し、マウンドの雛壇にサインを送る。
サインに頷き、投球姿勢に移る雛壇。
「・・ッフ!」
「・・・・・!?」
バシンッ!
「ボールッ!」
第二球は外角高めにスライダーでボール。
「(今の・・・若干投げるテンポが遅かった?)」
「(今のを振りませんか、本当に冷静に見てくるバッターみたいですね)」
日下部はサインを送る。
「ッフ!」
「・・!?」
ブンッ!
バシンッ!
「ストライークッ!ツー!」
第三球は内角高めにストレート。思わず空振り、ツーストライクワンボール。
「(今度は返球してから投げるまでのテンポが速い。追い込まれた。)」
「(振ってくれましたね。なら次はアレで仕留めましょう)」
日下部はサインを送る。そのサインに対して雛壇、
「(え?・・・日下部君意外と大胆だな・・・)」
一瞬驚きながらも頷く。そして投球姿勢に移り、
「ッフ!」
さっきよりも速いテンポで投げた。
「(さっきよりテンポ速い・・・って、ど真ん中だと~!?ええい!破れ被れ!)」
カキン!
完全にタイミングが狂った状態で打った球は、
大きく浮き上がりピッチャーフライ・・・
「あ、
かと思われたがフラフラとピッチャー頭上を軽く超え、
「何やってんだよ~祭~」
テキサスヒットとなった。
「あれ?今のってそこまで飛ぶものだっけ?」
感触的にはピッチャーフライだと思ってた新井も、
一塁に到達してから疑問に感じた。
本人も予想外の安打となった。
「これはチャンスと思ってもいいのかな?」
打席に立つのは帝王野球部の四番。セカンドのレギュラー蛇島である。
「どうでしょうね~」
雛壇は普段と変わらぬ穏やかな雰囲気を纏いながらも、
少しばかり挑発的な笑みを浮かべている。
「悪いけど打たせてもらうよ(その余裕ある顔を歪めてやる)」
対する蛇島は爽やかな笑顔を雛壇に向けている。
しかし内面は爽やかさの欠片もなかった。
「(雛壇くん、まずはこの球で・・・)」
「(りょうか~い)」
日下部のサインに雛壇が頷く。先程のテキサスヒットは特に気にしてないようだ。
雛壇が投球姿勢に移る。相手四番に送る第一球は、
シュッ、カクン。
本日初使用のVスライダー。内角低めを狙い撃つが・・・、
「甘い!」
カキンッ!
「なっ!?」
打たれた。本日初使用の落ちるスライダーを打たれた。
思わず声が出る日下部。自分なら絶対に打てないと思って投げさせた球なのだから。
しかし普段しない初球打ちでタイミングがズレたせいか、
打球はレフト方向に切れてファール。
「ヒットにならなかったか・・・。しかしなかなかいい球だったよ」
レフト方向に転がった打球を蛇島は残念そうに見送るも、
雛壇の方に向き直り、
「山口君のフォークに比べると棒球と同じだけどね」
爽やかな笑顔で挑発した。
「Vスライダーなんてカッコつけてるけど、フォーク以下だよなー」
「フォームはメジャー級でも、変化球はリトル級ってか?」
「所詮シニア程度のレベルか・・・」
蛇島の挑発に触発されてか、白組ベンチからヤジが飛んでくる。
監督は注意も罵倒もせずにいる。雛壇の精神力を測るためだ。
「・・・」
ヤジを受けて凹んだのか、雛壇は帽子を目深に被りうつむいてる。
「すいません、タイムお願いします」
「わかった、タイム!」
雛壇が落ち込んでいると思い、日下部はタイム申請した。
落ち込んだ投手を励ますのは女房役の捕手の役目だ。
タイム受けてナインがマウンドに集まる。
「大丈夫かい雛壇君?」
「うん・・・大丈夫・・・」
明らかに反応がおかしかった。
その様子を見て他のナインも声を掛ける。
「元気出せって雛壇」
「大丈夫だって、お前以上の投手なんていないよ」
「俺らだってフォローするからよ!」
「・・・なあ亮」
「・・・言うな奥居」
・・・なぜか友沢と奥井は少し離れて微妙な顔をしていた。
「雛壇君、さっきのテキサスヒットもファールも、全部僕のリードが悪かった。本当にすまない」
「・・・日下部君のリードは間違ってなかった。僕が悪かった・・・」
「そんなことは・・・」
「だからっ!」
雛壇は俯いてた顔をばっと上げる。上げた顔は普段と変わらぬ優しい笑顔だった。
「
穏やかな雰囲気はどっかに行き、全身闘志に溢れ、
優しい笑顔の後ろに仁王が立っていた。
「「「やる気に溢れていらっしゃるーーー!?」」」
「祭・・・相当負けず嫌いだからなー」
「挑発に乗りやすいのが難点だな」
「ええ・・・」
「ま、まあピッチャー向きの性格だね・・・。凄く意外だけど・・・」
闘志に燃える一人。
予想外の変化に驚くの四人。
親友の負けず嫌いにため息を吐く二人。
突然の展開についていけないのが一人。
一応フォローを入れる一人。
マウンドの上は中々カオスだった。
雛壇は表面上は穏やかで優しそうに見えます。しかし内面はかなり負けず嫌いです。
具体的には作戦的に必要だと感じても、強打者相手に敬遠とか絶対しません。
ちなみに奥井と友沢が微妙な顔をしていたのは、背中の仁王が見えていたからです。
奥居「絶対凹んでねえわアレ」
友沢「むしろ闘志に溢れてるな、仁王も見えるしな」