夏休みが終わった。田舎に行ったり海に行ったりコミケに行ったりと思い出深い長期休暇であったが、おおむね楽しめたといえよう。しかし可愛い娘との出会いは特になかったなー……最近気づいたんだが、私以上の美少女がいない以上、私の理想が叶うことはないんじゃないだろうか。うーん、私がもう一人いればなぁ……いや、どちらの美貌が上かでキャットファイトになりそうだな。うん、変な妄想はやめとこう。
しかし休み明けとは何故こうも怠いのか。学校が嫌いというわけではないけれど、行きたくない病が発生するのは誰でも同じだろう。
…あれ、あの後ろ姿はもしかして我が愛しのヤンキーちゃんではなかろうか。一人で登校とは珍しいな。もしかして友人達がこのひと夏で一斉に処女卒業でもして話が合わなくなってしまったのか? それともついに処女であることが明るみに出てはぶられてしまったのか? ギャルの間では経験人数がヒエラルキーを決めるといっても過言ではないらしいからな。
「だーれだ! ぐぶぅっ!」
「…なんだ、お前か」
「誰かもわからないのにひじ打ちしますか普通!?」
「いきなり背後に気配がしたら打つに決まってるだろうが!」
「当然のように言い切らないでください……もう、これで赤ちゃんが産めなくなったら責任とってくださいね?」
「あ、赤……っておま…」
いや、そんなガチで受け止められたら逆に困るぞ。腹パンされたくらいでこの私がまいるわけないじゃないか。すべっとつるっと美しいお腹だけれど、その皮膚の下には強靭な腹筋が隠されているのさ。腹筋連続36回も余裕だぜ、凄いだろう?
「今日はどうしたんですか? いつもより随分お早いようですけど」
「ああ、夏休みの感覚のままでついラジオ体操と同じ時間に起きてよ…」
「~っ…!」
「お、おい? そんなにきつく叩いてないだろ…?」
あっはっは! ヤンキーがラジオ体操とか笑うだろ、やめてよね。ス、スタンプ集めてお菓子とか貰ったんだろうか。列に並んでる吉田ちゃんを想像すると可愛くて笑っちまうぜ。心配そうにのぞき込んでくる彼女には悪いが、噴き出すと更に攻撃を食らいそうなのでしばし待たれよ。ちょっと電柱に寄りかからせて。
――お、おお?
「あ、あの…?」
「…一応私のせいだからな」
「いや、ちょっと恥ずかしいんですけど…」
「知るか」
なんかおんぶされてしまった。できればお姫様抱っこで首に手を回したいところなんだが……まあ我慢しておこう。まだ早い時間だから生徒が少ないのが救いだな。いくら私でも流石に少し恥ずかしひ。気持ちは嬉しいんだけどね。ここで単に笑いを我慢しているだけだと暴露すればどうなるんだろうか。気にはなるけど、わざわざ虎の尾を踏むこともないか…
「ふふ、ありがとうございます。高校生にもなってラジオ体操に行っているのがおかしくて、つい笑いを堪えてしまっただけなのにここまでしてくださって――ぎゃふんっ!」
「おかしいか? おかしいか、おい?」
「冗談です冗談です! 痛いです痛いです!」
あ、アームロック! があぁぁ! って感じで女の子にあるまじき声が出そうだからやめるんだヤンキー! さっきからタップしてるだろうが! ついでにお尻を触っているのが悪いのか!?
「…弟に付き合ってるだけだっつーの」
「ああなるほど! それは偉いですねえ! ですから! 離していただけると助かります! なんか関節がミリミリいって――」
…うぅ、汚されてしまった。まだ誰にも許したことのない私の関節を……うん、意味不明だな。まったく、凶暴なヤンキーだぜ。いや、ヤンキーだから凶暴なのか? けどアメリカ人はヤンキーだが、ヤンキーはアメリカ人ではないという格言もあることだしな……うむ、自分でいっててなんだが意味わからんな。
「そういえば夏休みはどうされてたんですか?」
「フツ―だよ。適当に遊んでた」
ああ、ドンキとかユニクロとかイオンね――あばばばっ!
「なんでお前はそう顔に出るんだ?」(ドンキとかしまむらとかダイエーとか思ってんだろ)
「なんであなたはそう手を出すんですか!」
「イラっときたからだ」(特に顔が)
「横暴です! 私が何をしたというんですか!」
「なんか変なこと思ってただろ」(ほんと変人だよな、こいつ)
「うぐっ…」
す、鋭い…! こいつ実は心読めたりしないよな? というか誰の顔がイラっとくるだこの処女ヤンキーめ! あと私は変人でもなければ奇人でもないぞ……貴人ではあるがな。貴き我を崇めよ、さすれば愚かなヤンキーにも救いがもたらせられるであろう。
「…」(また変なこと考えてやがんな)
「…」
むぅ。膠着状態というやつだな、これは。ふはは、どちらが根負けするか勝負といこうじゃないか。ヤンキーの野性的な匂いも嫌いではないぞ。密着状態だし、役得といえば役得だろう。本気で怪我させるようなことはしないしね、吉田ちゃんは。
「…なにしてんの? 朝っぱらから」
「おや、おはようございます岡田さん。お元気そうでなによりです」
「葵は元気じゃなさそうね」
「いえいえ、元気いっぱい夢いっぱいですよ」
「そんな状態なのに?」
「こんな状態なのにです」
首根っこを掴まれたままとはいえ、美少女たるもの平静を装いながら優雅な挨拶をするくらいは朝飯前ですよ。にしても相変わらず面白い頭でなによりです。私っておでこ出してる女の子に弱いんですよね。まったく、可愛いパイナップル頭だぜ。
「そろそろ行きましょう? 気安く接してもらえるのはとても嬉しいんですけど、公衆の面前でこれは少し恥ずかしいですから」
「そーそー、ちょっとは人の目気にしなー」
「なっ、ちがっ、これはこいつが…!」
「えーと……申し訳ありません、なにかお気に障ることをしてしまいましたか?」
「ヨシ、なんかされたの?」
「いや、なんか変なこと思ってた……あ、いや」
「特になにか言った記憶はないんですけど…」
「変なこと“思って”たぁ? あはは、そっちのが変だって!」
「ぐ……いや、むぐ…」
ふふふ、強めにからかうのはお前ともこっちくらいさ。光栄に思うがよいぞ。岡田ちゃーん、ヤンキーがイジメてくるから助けておくれ。なんつって。
結局夏休みがあけてもたいして変わらん日々が続きそうで何よりだ。変化のある日々を求めてはいるけれど、変わってほしくない部分は当然あるし、その最たるものが友人関係というのはちと気取り過ぎかな。不満そうに睨んでくるヤンキーにウインクを返して、久しぶりの学校生活が始まった。さ、学期明けの席替えはどうなるかなっと。できればまたもこっちの後ろになりたいものだ。
夏休み明けの教室というのは、やはり休み呆けっぽい人がちらほらと見受けられるな。やたら焼けてる人や、ちょっと垢ぬけている人、童貞や処女を卒業した人も幾人か……いやほら、プライバシーといえども触れば見えちゃうからね。仕方ないね。むしろ触ってすぐわかるのは、誰かに話したいって人だから問題あるまい。まあ卒業したての頃は無駄に自信に溢れる人が多いから、読まなくてもなんとなくわかるもんだ。
さて、席替えも無事に終わり初授業の開始だ。もこっちは私のすぐ後ろの席になり、更には岡田ちゃんや加藤さんや清田に囲まれて嬉しそうである(意訳)
なんか私だけ一番後ろの席になって地味ーズに囲まれてしまったので、目が悪くて黒板の文字が見えないという必殺技を駆使して事なきを得た。まあ一番前といえば生徒にとって忌避されやすい席だし、交換した男子も嬉しそうだったから良かろう。両手を握って笑顔を振りまいておいたからきっと天にも昇る心地だったことだろうて。
しかし前の席だともこっちを弄れなくて辛いなー。たとえ彼女じゃなくても、前の席がヤンキーとかならブラのホックでもこっそり外したりして楽しめそうなのに。ちなみにもこっちはスポーツブラなのでそういったことはできなかった。残念だ。
そんなつまらないことを考えていたら初授業が終わってしまった。まあ予習復習も完璧だし、次のテストもきっと満点を取れることだろう。天性の才に加え、教師とよくスキンシップを取る私に死角はないのさ。そう、ちらっとテストの内容が読み取れてもそれは不可抗力だといえよう。
「黒木さん」
「…? どしたの?」
「いえ、なんだか久しぶりに話せた気がしまして」
「夏休み結構遊んでなかったっけ…?」
いやでも、随分と久しぶりな気がするんだよね。なんでだろ。
「へぇー、黒木さんとはいっぱい遊んでたんだ。へぇー」
「岡田さん……ごめんなさい、あなたとは遊びだったんです」
「そんな…! くっ、この泥棒黒猫め!」
「のわっ!?」
ノリいいな岡田ちゃん。しかしもこっちにチョップで攻撃するくらい気安くなっているのは喜ばしいことだ。というか『のわっ』ってなんだ、やっぱ面白いなこの娘は。
「おいおい浮気か? 大谷ちゃんも罪作りな女だなー」
「たっくん…」
「たっくん!?」
「え、なに!? あんたらもしかして…!」
「いやいやいや! まだそれ続いてたのかよ!? 違うからな!?」
うおわっ、ただの冗談だったのにクラス中の視線が一気に…! まあ誰の手にも届かない女神が堕とされたやもしれぬとなれば、気になるのも仕方ないか。まあありえないけどね。ここで調子にのって『じゃ、じゃあ付き合ってみるか…?』などと言わないのが清田の良いところだ。そういう人間だからこういう接し方をするってのもあるけど。
「そんな、酷いですたっく――タックスヘイブン…」
「あー、なんだ租税回避地のことかぁ……ってんなわけあるか!」
突っ込みキレキレすぎだろ岡田ちゃん。ノリ突っ込みとは高等なテクニックを使いおる。もこっちもただの冗談だとわかってほっとしている……うむ、わかっているとも。先に彼氏でも作られたら堪らないということだろう? そんな妬みや嫉みが手に取るようにわかるぜ。だがそれがいい。
「ふふ、夏休み中になんと偽の彼女役をさせられまして。元カノさんに見せ付けるためとはいえ、流石にあんなことまでされて恥ずかしかったです…」
「うわぁ……マジ? サイテー、清田サイテー。もう色んな意味で人間的にサイテー」
「いやいや! 間違って――はないけど、いや、微妙に間違ってる!」
「お、大筋は合ってるってこと…?」
「いやまあそうだけど……いや誤解だからな!? 黒木ちゃんまでそゆこというか!?」
“いや”って言い過ぎだろ清田。いやよいやよも好きのうちってか? というかもこっちが自然に会話に入ってきたのは驚きだ。リア充グループと接する時はまだまだ受け身だったんだが……はっ! もしかして夏休みの最後にでもナニかあったのか? …自分で言っててなんだけどありえんな。
「あはは、冗談ですよ。清田君の自尊心のために手籠めにされたというだけの話です」
「そうそう。だから変な誤解は……ってまだおかしくないか!?」
「うわー…」
「うわ…」
「ガチな目で見られるときついんですけど!?」
はっはっは。私の胸の感触を楽しむなどという不埒な行為をしたんだ、甘んじてクズ野郎の誹りを受けるがよいわ。ん、加藤さんがキラキラした目でこっちによってきた。今日はナチュラルじゃなくて化粧ばっち決めてるなー。口紅とグロスのテカり具合がエロくて非常によろしい。むしゃぶりつきたい唇である。
うひゃ、そっと耳打ちされた。ぞくぞくしちゃう。
「…で、ほんとのところは?」
「…ふふ、ないしょです」
まあ全員に聞こえる声量が耳打ちというのかはおいておこう。クラスの……というか学校でも一、二を争うシャレオツ美人が蠱惑的な笑みで耳打ち、そして世界でも一、二を争う美少女が魅惑的な笑みで人差し指を口にあてていれば、もう男子がトイレに駆け込むこと間違いなしだろう。
「なんで意味深な感じ!? なにかあったっけ!? もしかして俺の記憶がおかしいのか!?」
「あんなに貢がれてはお断りできませんでした…」
「お金かー。清田君って酷い男なんだね」
「加藤ちゃん!?」
「黒のワンピースやら可愛いフリルのカーディガンを買ってもらいました」
「え? そこはマジなの? 清田、あんた…」
「え、いやその…」
「え、黒いワンピース…?」
「あ」
「クロキチ、なんか知ってるの?」
おっと口が滑ってしまった。というかクロキチって、なんだそのあだ名は。もこっちもなんか戸惑ってるぞ。よーし、言い返してやれクロキチ。『うん、あのねパイナップル…』くらいは言っていいぞ。
「いや、夏休み中に葵ちゃんに黒いワンピースをもらったんだけど…」
「そういえばあげましたね……はて、奇妙な偶然もあったものです」
「うおぉい! 衝撃の事実発覚なんですけど! 大谷ちゃんに貢いですらいなかった! 黒木ちゃんに貢いでたの俺!?」
「今度は黒木さんですか……節操がないですね清田君は。あなたとの関係も終わりにさせていただきます」
「清田サイテー」
「清田君って最低だねー」
「え、えーと……ワンピース返した方が、いい?」
「いえいえ、前も言いましたが遠慮なんていりませんよ」
「大谷ちゃんが言うのかよ! 誰か俺の味方は!?」
誰もいませんよ。それにしても良かったじゃないかもこっち。女子高生になって初の男からの貢ぎ物だぞ。ちょっとにやけた顔がキモいが、大事にするがいいさ。
しかしなんだろう、変化がなかったと思っていた友人関係だが――うん、意外と気付かないところであるもんだね。勿論、良い変化だけど。これからも楽しい日々は続いていきそうでなによりだ。
あ、名前はそのままラゼで投稿してます。