あつーい……やっぱカラオケついていけばよかったかなぁ。少なくとも冷房の効いた部屋でくつろぐことはできたわけだし。いや、ここは初志貫徹だ。そもそも服を買いに来たのだから歌を歌っている暇などないのだ。迫りくるナンパ男達を華麗に躱しつつ目的地に向かわねば。
「こんにちは! 少しお時間ありますか? あちらで絵画展を開いているんですけど、よかったら…」
「可愛いねー、君! 今読者モデル探してるんだけど…」
「貴女は神を信じますか…?」
なんか変なのにばっか声かけられるな……神を信じるかって? そりゃ信じてるよ。今お前の目の前にいるだろう? それこそが神なのよ。
読者モデル? すまん、この容姿を目の前にしてそのたわごとは恥を知るべきだと思うぞ。雑誌に載れるよじゃなくてさぁ……大金を積んで『お願いします』だろう? どっちにしても断るけどね。
絵画展かぁ。すまん、私にそんな高尚な趣味はないんだ。なにせほら、鏡を見ればそこに美の結晶が存在しているわけだから。
そんなこんなで、目的の店にご到着である。シャレオツな男子女子が集うカジュアルなショップだ。むやみやたらに店員が接触してこず、小物もセンス良さげなものが揃うお気に入りの場所。クラスメイト達もよく来る――というか、学校にほど近いので原幕の生徒がよく利用しているというべきか。
お、この黒いワンピもこっちに似合いそうだな。買っていってやるかな……ざんばら頭に黒ワンピのもこっちが墓地にいれば、ちょっとしたホラーみたいで面白そうだ。ぼっちだけに。
このふりふりはゆうちゃんに似合いそうだ。清楚で可愛い系が似合うよね、あの子は。逆にエッロエロな際どいものを着ても、それはそれでギャップ萌え的に似合うかもしれん。つまるところ、中身がよければ大抵の服は似合うのである。細マッチョのイケメンが白シャツ一枚とデニムで出歩いても違和感はないが、それを中肉中背の地味男がやれば笑われかねない。世間とはそういうもので、容姿の差というものは絶対的ではないが重要なのだ。
まぁ何が言いたいかといえば、とどのつまり私が超絶美少女であるということだ。
そんな美少女な私が――ん? おやあれは……眼鏡じゃないか。あ、こみーじゃなくてリア充眼鏡の清田の方ね。まあリア充といっても、今年の最初あたりに彼女に振られた似非リア充ではあるがな。おおかた新しい彼女でも作るため気合をいれて服を買いにきたのだろう。割と最近まで引きずってたみたいだけど、そろそろ吹っ切れたのかね。なーに、人生に活きたと思えば悪いことでもあるまい。
まあ浮気されて振られたらしいから可哀想といえば可哀想だけど。ぷぷ。たぶん眼鏡が悪かったんだろうな。女を見る目がなかったのさ。私がそんなことされたら、憎さ余って元気百倍で復讐に走ること間違いなしだがな。じゃなかった、可愛さ百倍……ん? 可愛さ余ってだっけ。まあなんでもいいか。アンパンマンもアンポンタンもたいして変わるまい。
どれ、景気づけに葵ちゃんが声をかけてやろうじゃないか。私より可愛い人間にこの先巡り合うことはなかろうが、少しでもあやからせてあげよう。おーい……ん?
「ぅえっ…」
「…!」
「どした? 綾香」
むむ、私より先に清田へ声をかける不届き者達が現れた。そこそこイケメンの男と、そこそこ可愛いちょいギャル風女のカップルだ。あの微妙な空気……ははーん、さては元カノとその新カレだな? 一瞬気まずい雰囲気が漂い、彼氏の方が女になにやら問いかけている。そして女の方が彼氏に耳打ちしている……おお、清田がなんとなく哀れじゃ。
漫画じゃあるまいし、『オイオイ、こんなのと付き合ってたのかよ~! ぎゃはは!』『もうミッチーったら~! “こんなの”は酷いよ~』なんて展開にはなっていない……なるわけないか。まずそんな酷い人間は中々いないし、何千分の一で存在するそんな人間が同じく何千分の一でしか存在しない人間と出会い、カップルになる確率など微々たるものだ。
…しかし。まあ人間の性というか、やはり優越感というものは抑えがたいのだろう。耳打ちされた彼氏の方は、なんとなく清田を見下した目で見始めたように見受けられる。彼女のほうも似たような感じだ。むむむ、私だったらデート中に恋人の元パートナーになんぞ遭ったらさっさと消えたくなるけどなぁ。きっと性格悪いなあいつら。
まま、そうはいっても下を向いている清田が哀れで面白いからいい――わけないな。オイオイオイ、私の大事なクラスメイトになにしてくれてんだ。貴重な『もこっちと喋ってくれる男性』だというのにさ。よし、ここは人肌脱いでやろう。間違えた、一肌脱いでやろう。
「もー、探しましたよ! 勝手に先に行かないでください、たっくん」
「うわっ!? …へ? あ、大た――」
「こちらはお友達ですか? こんにちは、大谷葵と申します」
「ちょ、な、おい…?」
特別出血ウルトラ大サービスで腕を組んでやった。どこからどうみてもカップルに相違あるまい。心なしか歪む彼氏の顔と、若干ショックを受けたような彼女の顔。うむうむ、その顔が見たかった。下に見ていた相手が、まさかの超絶美少女な彼女持ちだったとは思うまいて。
ええい、控えおろう控えおろう! この私を誰と心得る! 特に誰というわけでもないが、大谷葵ちゃんだぞ!
まあそんなわけで、ペコリとお辞儀をしながらその場を離れた――勿論清田の腕を引っ張りながら。ズンズンと歩を進め、先ほど私が商品を見繕っていたところへ誘導する。
「あー、大谷ちゃん……その、サンキュな」(胸の感触的な意味で)
「…………」
当ててんのよ――じゃなかった。ほう、そうきたか。せっかく人が居たたまれない状況を救ってやったというのに、貴様は胸の感触にしか感謝していないと。そうくるならこっちも遠慮はしまい。とことん恋人として付き合ってやろうではないか。
「ねえねえ清田君」
「あ、いやもう演技は必要ない――」
「ねーねー、清田君! このワンピース可愛いと思いませんか」
「へ? ああ、まあその、可愛いんじゃないか…?」
「ですよね! あ、このふりふりのやつもいいと思うんですよ」
「あ、ああ……うん、まあ」
「ねえ……そう思いますよね、たっくん? あ、まだあの人達こっち見てますよ」
にっこにこで上目遣いのおねだりである。ゆすりだって? のんのん、ねだるとゆするって漢字は同じなんだぜ。だいたいこんな美味しい思いをして、ただで済まそうってのは虫が良すぎるってもんだ。赤の他人なら10万ドルはいただきたいところだね。
「可愛いなー。欲しいなー」
「…」
「…」
「…」
「ほんとに? わあ! 嬉しい!」
「何も言ってないんですけど!?」
「言わずともわかりますよ。理解しあってこそ友達ですから……今の私達には、言葉もなにも必要ありません」
「財布が必要なんですが!?」
「ええ、ありがとうございます」
「何も通じ合ってねぇぇーー!!」
ちっ、往生際が悪い男だ。私を通じて間接的にもこっちとゆうちゃんへプレゼントできるんだから、泣いて喜べよ。男は女の財布になってこそ器が上がるって偉い人がいってたぞ……まあそんな器は容易く壊れそうではあるが。男女平等だというけれど、結局男は男で女は女。良い意味でも悪い意味でも平等なぞ夢物語であるというのに。
ちなみに私は男で女だから、あらゆるものの頂点に立つ存在だ。あ、オカマじゃないよ。
「まあそれは冗談として、少々女性を見る目を養った方がよろしいのではないでしょうか。お世辞にも性格が良いとは言えませんよ、先程の方は。振った振られたは男女の奇矯ですが、一度好いて惚れたというなら義は通すべきです。少なくとも、元とはいえ恋人を馬鹿にしたような目つきで見る女性はいけ好きませんね」
「う……ま、まあ面目ないというか情けないというか……はは、かっこ悪いよな」
「はい」
「そこは慰めてくれよ!?」
「自分を否定する言葉を他人に求めるのはどうなんでしょう。それは結局、自虐に対する否定の言葉を求めているからでしょう? 『私ってほんとブサイク~』と書き込みながら、最高のアングルでTwitterに写真を上げるのとなんら変わりませんよ」
「…………それは、めちゃくちゃ格好悪いな」
「です」
あ、めっちゃへこんだ。いかんいかん、男子に対して偶に辛辣になってしまうのは悪い癖だ。まあなんだ、なんだかんだで清田はいい男だと思うぞ。人当たりも良いし、もこっちのような人間に対する偏見もない。さっきみたいな女には勿体ないくらいだ。
「まあまあ、普段の清田君はカッコいいですよ。そうだ、服を買いにきたんでしょう? 夏休みもまだまだありますし、良いコーディネートで良い女を捕まえましょう。これなんかどうですか?」
「そ、そうか? ハハ――ってこの流れでどさくさに紛れてワンピース入れるか普通!?」
「男の見せどころですよ、たっくん」
「うう、悪い女に引っ掛かった…」
なに、この程度は愛嬌でしょう。女は愛嬌男は度胸、そして葵は宗教だ。さあ教主様へ存分に貢ぐが良い。御利益たっぷりでお得だよん。
夏だ、祭りだ、コミケだ。そして帰りたい。私は人混みが嫌いなんだよ! 行ったことないから喜び勇んできたはいいものの、暑すぎる! まあ満員電車みたいに混んでるのかと思いきや、意外とそうでもなかったのはよかったけどさ。
もこっちとゆうちゃんはどっか行っちゃうしさー、こみーはよくわからんブースの方へ行っちゃったし。なんでこんなとこまできて一人ぼっちにならねばならんのだ。目当ての同人誌はそこそこ買えたけども。しっかしあれだねー、安い! 虎やらメロンやらはやはり結構ぼったくってるのか……だいたい倍くらい? いや三倍くらいかね。とはいえ流通と需要を考えればそのくらいが妥当なのかな。
ビックサイトって初めてきたけど、会場の雰囲気も相まってわくわくするなー。あの両替機の意味がよくわからなかったんだけど、いざ買い始めると理解できた。ごめんね、万札出さざるを得なかったサークルさん。にこやかに対応してくれたのが救いだったよ。嫌な顔で拒否とかされると心にダメージを負いかねないからな……まあ私に関してはまずあり得んだろうが。
しかし際どいコスプレしてる人とか結構いるなー……涎が出そうだ、おっとっと。これは確かに『祭り』だね、独りなのに面白い。それになんだかんだでお誘いを受ける。実生活でナンパなぞそうそうされることもないが、熱気に充てられて開放感で調子に乗った野郎どもが勇気を出しているのだろう。私に声をかけるのは蛮勇という他ないがな。
そもそもここは趣味を同じくする人が趣味を見せ付け合い、受け入れ合う場所だろうが。軟派野郎はおかえりください。美少女に生まれ変わってから出直してきてくれるー?
…はて、美少女に生まれ変わってきたそこらの男が私と恋愛をすれば、それはいったいどういうカテゴリーに入るんだろう。薔薇なのか百合なのか……うーむ、考えるのはよそう。そんな不可思議体験をしているやつなど私だけで充分だ。
しかし紙袋が重いなぁ。なんやかんやで色々周ったしな……好きな作者さんとかに生で会えるとちょっと嬉しくなるよね。まあ作者さんも私のような美少女に買ってもらえて嬉しかろうが。
「むむむ…」
女性になって不便なところは、やはり力の無さだろうか。“重ーい”とか“蓋が開かなーい”とか言ってる女の子はあざとくて可愛いなぁと思っていたけど、いざ女になってみればほんとに重くて、そして瓶の蓋も中々開かないのである。
宅配便サービスを利用するべきだっただろうか。しかし実家に送り付けるのは憚られるし、コンビニ受け取りもなんかなぁ。ギリ両手で持てるくらいだし、ここは我慢しよう。
ふう、ちょっと休憩所で一休みいたしましょうか。大丈夫、力尽きそうになってもアルティメットまど神様とほむほむの紙袋が私を元気づけてくれるさ。
「葵ちゃん」
「あ、こみちゃん。もう買い物は終わりましたか?」
「う、うん。ところでその、それは…?」
“それ”とはなんだろう。ぎゅうぎゅう詰め紙袋のことか、それともその中身のことだろうか。まあ中身は見えないから前者のことだろう。まど神様がどうかしたかい? 一部では百合の神様とも呼ばれている、尊き一柱であるぞ。崇め奉り平伏したまえ。
「いやその、葵ちゃんが“そういう”のって結構意外かなって…」
「そうですか? 別に隠しているつもりもありませんけど」
「は、はは…」
最近はオタクも一般人も、垣根があってないようなもんだ。そんなことでなにかしら言ってくる輩は、こっちからお断りじゃい。
さて、落ち合った後はだらだら喋りながら駅前に向かう私達。タクシーから降りた後がきついなー……取り敢えず荷物をロッカーに預けてもこっち達とも落ち合おう。せっかくそこそこの遠出なんだから、色々と周りたいしね。
そういえばこみーの戦利品はだいたい予想通りだった。私の趣味に驚くのもいいが、自分の趣味も大概だと自覚するべきだと思うぞ君は。野球キチな部分もそうだが、なにげにBLとか女装男子萌えとかの嗜好に業の深さを感じるわ。
その点もこっちは普通にイケメン執事とか乙女ゲーとかの趣味が主だからな。
「少し持とうか…?」
「いえ、大丈夫です。むしろ紙袋の耐久が心配になってきました」
ロッカーはもうすぐそこだ。帰るときにはもう少し小分けにしよう……このままでは女神さまが裂けてしまい、メガほむがいつのまにか悪魔ほむに変わってしまうなんてこともあるかもしれないし。
それに別段趣味を隠すつもりはないが、こんな公衆の面前で18禁の百合本やフタナリものがばら撒かれるのは流石に恥ずかしい。こみーもそこまで変態チックな中身だとは思ってないだろうし。
…なんかフラグが積みあがっていってるような感覚を覚えるな。いや、まさか私に限ってそんな失態を犯すわけはないんだが――
「あの、葵ちゃん? なんかミリミリいってるような気が」
「気のせいですよ」
「え、いや…」
ないない、そんなことある筈ないヨ――なんて言ってる場合じゃないな! ロッカーまで後数メートル、ダッシュだ。
うん、後から思えば普通にいったんその場に下ろすべきだった、なんてのは子供でもわかることだ。でも私ってほら、生来の横着もので楽観主義だから……あと数メートルくらいもつだろうって思っちゃうのも仕方ないじゃん。じゃん。
「あっ」
「あっ…」
まどかぁぁぁぁ! なんて思っている場合ではなく、緊急事態だ。このままでは、下手をすれば2chのスレに載りかねない恥を晒すことになる。『今日駅で美少女が同人誌ばら撒いてた』とか。というか落ち方に悪意がある気がするんだけど! モロなページが開かれた状態で落ちるのはどういう物理現象だ? おかしいだろう本の構造的に考えてさぁ。
なんでこんな落ち着いてるかって? いやあ、テンパリ過ぎて逆に落ち着くってあるじゃん。このままでは変態痴女子校生の誹りは免れない――くっ……すまん、こみー!
「あちゃぁ! ごめんなさいこみちゃん! ちょっとなにか袋を探してきますので! 少しここで見ていてくださいっ! おねがしゃっす!」
「ちょっ、ちょまっ!? 葵ちゃん!?」
さらばだ! すまないこみー、すまないまど神様。私は悪い子です。少し時間が経ってから戻ることにしよう……きっとこみーは優しいから、羞恥に耐えながら拾い集めてくれることだろう。こみーに性的なものは感じないが、女の子が顔を赤くしてエロ本を拾い集めてると考えたら、それはそれでちょっと興奮するな。
あ、いや、わざとじゃないからね。それだけは信じてくれたまへこみー。
顛末としては――友達になって初めて頬を抓りあげられ、そして頭にチョップを食らった。それと、うん。前より少しだけ仲良くなった……かな?
なにいい話にしようとしてんだって? はい、ごめんなさい。