彼女がモテないのは性格がダメダメだからでしょう   作:ラゼ

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二年生 初日

 

 順風満帆。私の人生を客観的に見た時、その四字熟語は間違いのない事実だろう。文武両道、眉目秀麗。県下でもそれなりの進学校に入学し、その中でも成績は上位に位置している。スクールカーストなどというあやふやなものに関しても、一応上層ではある筈だ。

 

 しかしその中身を思えば、正直褒められたものではないだろう。容姿に関しては運以外にありえないが、それ以外――学力や運動能力などは多少のズルをしているのだから。生まれながらに確固たる自我があれば、それは同学年の者に対して相当なアドバンテージであることは疑いようもない。

 

 転生などと昨今では使い古された言葉ではあるが、この身に起きた事なのだから否定しようもない。問題があるとすれば、性別に関して。かつては男で――今は女だという点だ。はっきり言おう。“やってられない”。

 

 なにが悲しくて才色兼備な女性を演じなければならないんだ。いやまあ別に強制はされていないんだが、子供の集団の中で、中身大人が普通に生活していれば『優秀』にならざるを得なかったのだ。足し算引き算掛け算割り算をできないふりなんか、それこそできないじゃん?

 

 二十歳過ぎればただの人、を地でいくのは嫌だなと考えた結果この現状だ。なんとも、肉体の通りに心も変化していれば楽しめたのだろうが、しかし私は普通に女の子が好きである。

 

 LGBTなどと無縁のものであると思っていたのに、とんだ不思議体験もあったものだ。とはいえそれを周囲にカミングアウトする度胸などある筈もなく、精々が女の園で視覚的な興奮を得るくらいである。

 

 ――まあ特殊とはいえそういう悩みを持った人は私以外にもいるだろう。むしろそんな部分より遥かに面倒な能力を持っているのが私なのだ。いわゆるサイコメトリー的なやつである。人に触れたりすれば考えてることが解るし、物に触れれば直近の記憶のようなものが見える。

 

 これで前世などというものがなければ気持ち悪い子供のできあがりだっただろう。幸いにして転生などという超常現象を先に経験していたため、混乱もそこそこ程度に抑えられた。実際使ってみれば解るが、結構便利である。意外と――そう、意外と人間と触れ合うことって少ないんだよね。服越しだと服の記憶が見えるだけだから、学生の日常生活だと結局手を握るくらいの接触しかない。

 

 なにか知りたい時は自分から触りにいくわけだ。ゲスいとか言わないでおくれ。だって便利なんだもん。悪人ではないと思いたいけど、性格が良いとはいえんのだよ私は。この能力があればエリートコースから転落しても食いっぱぐれることはないだろう。あれだ。人より感覚器官が少し多いだけだと思えばいいのだ。上手く付き合っていけば便利この上ない。

 

 それはさておき。花の高校生活一年目を無難にこなし、それなりに友人も増えた。そして今日が二学年一学期の始まり。新たなクラスでの初日である。

 

 可愛くて百合な少女でもいればいいのにな、と自己紹介をつつがなく終わらせていくクラスメイト達を見て内心で呟く。確率でいえば学校に一人くらいは居てもおかしくないんだけどなー……ああ、その点でもこの能力は役立っている。人にキモイと思われるのは耐えられん。しかしこの能力があれば百合少女を秘密裏に見つけることも可能なのだ。

 

 おや。前の席の女の子からなにやら張り切っているような気配が感じられる。おーい、最初の自己紹介で冒険し過ぎると後がつらいぞ。

 

 なんて思っていたら『黒木智子、Fカップです…』などといって終了した。まあどう見てもすべった――というかそんなに声を震わせたら、とてもじゃないが笑いなんてとれないぞ。自分がボケて笑わすのなら、照れは絶対に出してはいけない。見てる方からすれば『うわー』ってなるし。

 

 ぷるぷる震えてる。とても面白い。顔真っ赤やで自分、とか言ったら面白そうだなー。とと、私の番か。

 

「大谷葵です。一年間よろしくお願いします」

 

 うむ。当たり障りなく終了した。お調子者のキャラじゃないし、こんなのは適当に終わらせれば問題ないのだ。前の女の子には悪いが、自己紹介で冒険するのはそういう雰囲気をもっている者だけにすべきだ。無理しているのがバレバレな場合は――ああ、痛々しいことこの上ない。乙。

 

 さて、二学年目の初日。一年目に仲が良かったもの同士も含めれば、既にグループはおおかた形成されきっているといってもいいだろう。短縮授業とはいえ、喋り仲間を作る時間は十分にあった。オタっぽい子はオタっぽい子らで。ヤンキーは……一人。うん、この学校進学校だから数少ないんだよな。男のヤンキーはおらず、女の子で一人いるだけだ。誰とも喋っていない。リア充グループはリア充グループで集まり、普通組は普通組で。

 

 まあ類友っていうのはこういうことを言うんだよね、って感じだ。私は勿論リア充グループであるが、しかし完全には馴染まないようにしている。うぇーいなどとやる歳ではないのだ。けれどカースト上の方に居た方が何かと便利な事も多い。

 

 クラスに一人は居る『なんか凄い人』枠でいいんだ私は。そこのポジションが一番楽なのだ。班分けなども確実に誘われるし、テスト前には頼りにされる。特別親しい人はいないけれど、どこに居ても違和感のない人。それでいい。

 

「にしてもさっきのはないよねー。エフっ、Fカップって…! ねえ葵」

「んー……まあ人それぞれですよ。笑いを取ろうとした努力は認めます」

「出た、ナチュラル上から目線!」

「別にそんなんじゃありませんて。というかあまり人の悪口は言わないようにしましょう。黒木さんだって聞いたら悲しくなるでしょうに」

「はいはい」

 

 まああんだけすべったらそら言われるわな。できることなら『ねえ今どんな気持ち?』って言ってやりたい。既にボッチになっちゃってる彼女に言ってやりたい。常に優等生を演じるのも疲れるのだ。おそらくすべった恥ずかしさに耐えられずトイレにでも行ってるのだろうが――あ、帰ってきた。って戻っちゃった……自分の椅子に座られてるだけなんだからどいてって言えばいいのに。

 

「…ちょっとトイレに行ってきます」

「今から? もう時間あんまりないよ」

「ええ。ご心配なさらず」

 

 というか、今のタイミングは聞かれてたなー……一応フォローしとくか。ああ、なんて良い人なんだ私は。ボッチに手を差し伸べる私ゴッド。ゴッデス。

 

「黒木さん」

「うえっ!? あ、な、なに?」

 

 なんだ今の声。おもしろっ。というか吃音が凄くて面白い。『お、お、おにぎりが食べたいんだな』とかいってくれれば爆笑する自信があるぞ。

 

「さっきの聞こえてましたか? 岡田さんも悪気があったわけではないと思うんですけど、申し訳ありません」

「なっ、な、なにが?」

 

 おう、聞こえてなかったふりで通すのか。入ってきた瞬間恥ずかしさに打ち震えてましたよね。良い人……というよりはパニック障害気味で嘘を塗り重ねていくスタイルの人と見た。よし、ちょっとからかってみよう。

 

「いえ、聞こえてなかったんならいいんです。それよりちょっと胸を触ってもいいですか? Fカップにあやかりたいなと思いまして」

「うえぇ!? え、え…」

「冗談です」

「あ、ああ……あはは…」

「では教室に戻りましょうか」

「う、うん」

 

 うーん面白い。私の人生でここまでコミュ障の人は中々お目にかかれなかった。口数が少ない人とコミュ障の人ってのはまた別物だしね。どんな考え方してるのか気になるなー……ちょっと失礼しまーす。

 

「ひうっ!?」

「ふむふむ…」

 

 というわけで手を繋いで教室に戻っている私達。まあ優しい女生徒がボッチの女生徒を引っ張って上げているという構図に見えることだろう。さて、どんな――

 

(あー死ね死ね死ね! すべった女の子をフォローする私最高とか思ってんだろうが糞リア充! 似非くさい敬語なんぞ使いやがってラノベのヒロイン気取りですかぁ? 同級生に敬語とかアニメだけだっつーの! ていうかなにこの生き物。手え柔らけえー! おなじナマモノとは思えん。つーかいきなり手握ってくるとかなんなのこの女。もしかして私に気がある? いやそうじゃなくてこのまま戻るとどう考えてもみじめな状態になるじゃねーか! こいつ……狙ってやがる! 恐ろしい女…っ!)

 

 7割ぐらいあってるぞおい。

 

「ぶふっ、くっふ…!」

「ど、どうしたの?」(なんだこいつ…)

「い、いやなんでもない……ないけど!」

 

 あんたもなんなんだ。笑わせないでくれい。

 

「く、黒木さんって面白そうだね」

「えっ…」(お前ほどじゃねーよ)

 

 そうきたか。

 

「黒木さんの手、小っちゃくて可愛いねー」

「そそっ、そう!?」(こっ、こいつ絶対私を狙ってる…!)

 

 んなこたない。というか臆病な小動物みたいなのにこのクズっぷりよ…! 面白すぎる。下種さでいえば私とどっこいどっこいかもしれん。猫かぶりする人は結構見てきたけど、これは中々…!

 

「あ、ベル鳴っちゃった。急ご?」

「て、手…」(頼むから手を離してぇぇ! このままじゃ教室に戻りたくないボッチを仕方なく引っ張ってきてあげた風に見えるじゃん!?)

 

 嫌です、はい。ほんと面白いなこの子。ボッチなのに自尊心は凄く高くて、人をナチュラルに見下す感じが堂にいっている。妬みと嫉妬と羞恥で構成されているといっても過言ではないな。

 

「コラ! もうチャイムなってるわよ!」

「すいません荻野先生。黒木さんが少し気分悪かったみたいなので、付き添いです」

「えっ」

「あらそうなの? じゃあ保健室へ…」

「だだ、大丈夫です! ちょ、ちょっと胸が悪くなって、へへ、へ…」

「Fカップともなると色々しんどいみたいですね」

「いぃっ!?」

 

 教室中から笑いが零れた。まあ笑いの取り方ってのはこんなもんだよ黒木さん。ついでにいうと今のはすべっても私にダメージこないしね。

 

 そんなこんなで昼前に委員決めなどの雑事は終わり、帰宅の時間と相成った。机に突っ伏す黒木さんの背中からは哀愁が漂っていて面白かったことを追記しよう。

 

「黒木さん。よかったら一緒に帰りませんか」

「え、え……あ、わ、私あっちの方角…」

「私もそうですよ。あ、他に友達とか待ってらっしゃいますか?」

「え…っ! あ、うん、そう! ちょっと人見知りする子だから今回は――」

「私結構人と仲良くなるの得意なんですよ。嫌がられたら一人で帰りますから、とりあえず顔合わせくらいはしますね」

「えっ……う、うん…」

 

 黒木さんの友人とやらも似たような感じだったら面白いなー。類友っていうし、なくはないよね。それに私がコミュニケーション得意ってのも事実だ。営業だの接待だので培ったトークを見せてくれよう。

 

「…」

「…」

「…遅いですね」

「ど、どうしたんだろ! ちょっとlineしてみるね!」

 

 まさか友達いないのか…? もしかして一年の時もあのノリで自己紹介したのだろうか。すまない、あまりにちっぽけな見栄だったから気付かなかったぜ。まあ仕方ない、助け舟でも出してあげるか。

 

「もしかして行き違いとかで帰っちゃったんじゃないで」

「そうかも!」

 

 めっちゃ被せ気味に返された……いや、ほんとごめんよ。ボッチの中でもエリートだったんだね君は。まあ私が友達になるから勘弁してくれ。さっき触った感じだと別にボッチが好きなわけじゃないみたいだし。こんな美少女と仲良くなれて嬉しかろう! 嬉しかろう!

 

「黒木さんは部活してないんですよね。普段はどうされてるんですか?」

「まあ、友達と遊んだり彼氏と遊んだり…」

「おお、彼氏いるんですね。どんな方ですか?」

「えええーと! 顔はまあまあかな! 身長もそこそこだし、どうしてもっていうから付き合ってあげたみたいな?」

「へー…」

 

 何故こうもつらつらと嘘を並びたてていくんだ彼女は。もしかしてそういうプレイなのか? いやでも校外に友達と彼氏がいる可能性だってなくはないか……いやないだろ。黒木さんに彼氏ができるのなら私に彼女ができないわけがない。そのくらいのレベルだ。

 

「大谷さんは彼氏いるの?」

「いえ。交際経験もゼロですね」

 

 前世では多少あるけど、まあ今はね。性的マイノリティってのは中々難しいもんだ……ん? なんか黒木さんの雰囲気が変わったような…

 

「あー、まあそういうのってタイミングもあるよね。私から言わせてもらうと彼氏ができるできないっていうのは、恋愛に積極的になれるかどうかってことだと思うよ。勿論私みたいにいきなり告白されるパターンもあるだろうけどさ――」

 

 おい。おい。なんでもう私より上みたいになってんの!? もうマウンティング済ませちゃってるよこの人! いや……え? いやいやいや。

 

「まあまだ高校生なんだし、処女でも全然気にしなくていいと思うけどね」

「…」

 

 正直にいって生涯処女を貫くつもりではある。しかしこういう言い方をされるとカチンとくるものがあるじゃないか。私が精神年齢通りの大人だと思うなよ小娘。

 

「そうだ、私今占いに凝ってるんですけどよかったら少し占ってもいいですか?」

「え? 別にいいけど」

「ではあそこの公園のベンチにでも…」

 

 へいへい、占いという名の尋問が始まるぜ。私の能力は超一流の詐欺師によるコールドリーディングすら凌ぐぞ。当たり前だけど。タコ焼きを買いつつベンチに座り、黒木さんの手を取って質問を開始する。

 

「ふむふむ…」

「…」(やっぱ変なやつだなー。まあこれでこいつも喪女ということが判明したわけだ。たぶん変人だから男が寄り付かないんだろうな。フフフ)

「むっ……家族は両親と弟さんですか。一戸建て、それぞれ部屋はわけられていますね」

「えっ?」(なんで知って…? え? マジの占い?)

「ゲームとニゴニゴ動画がお好きなようで……ほう。花のある学園生活を送りたい。ならば私が力になりましょう」

「えっ、いや、ちょ」(待て待て待て! おいマジか!)

「はて、恋愛に関しては……うーん。彼氏さんの存在がまったく読めませんねぇ。特別ななにかがあるのか、ふむ」

「あ、あはは……結構世の中から浮いてるようなやつだからかな」(つーか画面に浮いてるんだけど)

「なるほど、次元を隔てた存在なのですね。しかしその恋は浮かばれませんから、よした方がよろしいかと」

「ひゅぅっ…」(バ、バレてるのかこれは!?)

 

 ふはは、どうせそんなこったろうと思ったぜ。パソコンの中の嫁ならぬ、パソコンの中の彼氏ですか。お寒いこってす。おや、そんな青い顔をしてどうなさった黒木殿。

 

「金運は良し。恋愛運は悪し。人との縁は……自分を飾らなければ良し。あまり嘘をついたり見栄を張るのはいけないと出ていますね」

「うおぉ…」(マジだこいつ……マジで占ってやがる…)

「Fカップの件もそのせいで笑いをとれなかったのでしょう」

「ふぉぉ…」(死にたい)

 

 勝った! しかし一方的なレスバトルのようなものであったな……勝利とはかくも虚しい。それにしても頭を抱えながら悶える姿はちょっと可愛い。いや、キモ可愛い。しかしなんだ、プライベートのだらしなさもさることながら、性欲も女性にしては非常に強い。しかもオカズがまたえぐい。ちょっとアドバイスしてあげよう。

 

「あと自慰は程ほどにした方がいいですよ。馬鹿になりますからね」

「G? 爺…? じ、じっ!?」(自慰ぃー!!)

「恥ずかしがらずとも女子高生なら普通ですよ」

「うおぉぉっ!!」(もう駄目だぁ! おしまいだぁ!)

「あ、黒木さん!?」

 

 逃げちゃった。少し弄り過ぎたかな? まああれで不登校になるってこともないだろう。なったらなったで家に行って無理やり引きずり出すか。引きこもりには何種類かあるけど、あの性格のタイプならそれで問題ない筈だ。あー、明日も学校が楽しみだ。うん。


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