第7話 「物見 黒蘭」
八雲 ゆかりside
時刻はちょうど日が傾き始めた頃。
やること――時代の把握を終えたゆかりは湖がある丘から少し降りた森の中にやって来た。
ゆかりが森に竜脈のエネルギーが流れるように調整したため、森の樹木には様々な木の実がたくさん実っている。
その森に実る果実や木の実は妖精たちや人里に住む人間たちの貴重な食糧になっている。
「うーん・・・やっぱり何か対策を考えないとダメか。」
ゆかりは周囲に生い茂る樹木の状態を確認して、そう呟いた。
縄張り内の住人が増加したために、森の恵みの消費が早くなってしまったのだ。まだ残っているが、このままでは冬まで食糧がもたない。
「一応、人里の方で色々作ってもらってるけど・・・・・・本格的に稼働するのはもう少し先になりそうなんだよね。」
そんなことを呟きながら、ゆかりは木の実や果実を食べる分だけもぎ取っていく。
もぎ取った木の実や果実はスキマの中に放り込んで、洞窟に送り届ける。
「これくらいで良いかな?」
ゆかりはスキマを閉じて、手に持ったリンゴを食べる。
シャクシャクと音を鳴らしながら、真っ赤なリンゴがゆかりの胃袋に吸い込まれていく。
「ん?」
ゆかりはふと麓を見下ろした。
ゆかりが居る場所からは麓に建設された縦穴式住居の集落が見える。そして、元気よく走り回る子供たちの姿も見えた。
「・・・・・・」
ゆかりは険しい顔付きで走り回る子供たちの輪に混ざる1人の少女を見る。
毛先の色素が薄い黒髪の少女。
上手く隠しているのか、元々保有する量が少ないのか分からないが、その少女から僅かに妖力を感じた。
外見からは普通の女の子と見分けはつかない。子供たちと楽しそうに遊んでいる光景を見ると、それほど凶暴性はなさそうだ。
「焔月」
ゆかりはスキマを開いて焔月を召喚する。焔月はついさっきまで眠っていたのか、小さく欠伸をした。
「どうかしたんですか?あるじ。」
「ちょっと気になる奴を見つけたの。少し手伝ってもらえないかな?」
「ふわぁ~。私はあるじの剣です。我が身はつねに御身とともに」
焔月の姿が霧消し、代わりに茜色の長剣がゆかりの手に顕現した。
ゆかりはスキマ空間から焔月用の鞘を取り出して、焔月を鞘に納めて後腰に装着する。
「さて、あの女の子の化けの皮を剥がしに行きましょうか。」
ゆかりは地面を蹴り、麓へと降りていった。
一方、件の黒髪の少女はもうすぐ日が暮れるというのに集落の南側にある森の中に居た。
その森は夜になると、たくさんの妖怪が出現する。そのため、集落の人間たちはその森に入ることはない。
また、人に餓えた妖怪が集落を襲撃することがあるので集落の南側は防衛の布陣が敷かれている。
ちなみに、妖怪憑きの少女も朝から昼に掛けては眠り、夜は起きているという昼夜逆転した生活をおくっている。
もちろん、人里の対妖怪の戦力が妖怪憑きの少女だけだからである。
「やっぱり自由気ままに遊ぶのは楽しいのじゃ♪」
黒髪の少女は大層満足した様子で森の中を歩く。
一見普通の少女にしか見えないが、次の瞬間、バサッという音と共に燕のような形の黒い翼が生えた。
そして、同時に解放される妖気。ゆかりの睨んだ通り、その少女は妖怪だった。
「でも、羽を閉まっておかないといけないのは窮屈じゃ。能力を行使し続けるのも疲れるしの。」
「やっぱり妖怪だったのね。」
「!?」
少女は驚いた。
視界が随分見えにくくなっている時刻に南側の森に居るのは獰猛な妖怪たちだけだ。もちろん知能はあまり高くないので人語を介することなどない。
「誰じゃ!?」
少女はいつでも逃亡できるように両翼を大きく広げながら、闇に潜む者に声を掛ける。
少女の呼び掛けに答えるかのように足音が森の奥から聞こえてくる。
「私の名前は八雲 ゆかり。この周辺を縄張りとする妖怪よ。」
闇の中から焔月を抜いたゆかりが現れた。
「(八雲 ゆかり・・・何処かで聞いた名前じゃな。)一体、儂に何の用じゃ!?」
「確かめに来たの。貴女が人に害為す妖怪かどうか。」
そう言ってゆかりは焔月を構える。
同時に相手を威嚇するような鋭い気・・・闘気とも言うべき気が少女に叩き付けられる。
その瞬間、少女は悟った。
彼女(ゆかり)から逃げ切ることはできないと・・・・・・
「絶影」
生い茂る雑草が揺れた。
影も残さないような速さでゆかりは少女に肉薄し、焔月を高く振り上げた。
しかし、逃走準備をしていたおかげで少女はすぐに回避することができた。
「さすがに鳥の妖怪は速いね。あの一瞬で回避なんて普通はできないよ。」
少女は高い樹木の枝に着地して、ゆかりの動向を窺う。
「だけど・・・・・」
「隙だらけよ。」
前方に佇んでいた筈のゆかりはいつの間にか少女の背後に移動して、首筋に焔月の茜色の刀身を突き立てた。
「い、いつの間に背後に・・・・・・」
「私の能力“境界を操る程度の能力”の応用よ。」
ゆかりの十八番、スキマ瞬間移動。
スキマ空間を移動することで成り立つ空間移動で、移動距離が大きくなれば大きくなる程タイムラグが長くなる。
しかし、ゆかりが視覚できる範囲内であれば瞬時に移動することができる。
「くっ・・・・・・(逃げるよりもこやつの攻撃が早い!!どうすれば!?)」
「・・・・・・」
「(一か八かじゃが・・・・・・)風刃!!」
少女は右手を刀のように伸ばし、振り向き際に右手を焔月にぶつける。
普通なら肉が切れる音が聞こえるが、夜の森に響き渡ったのは甲高い金属音だった。
少女が使用したのは簡単な風の妖術。
右手全体を鋭い風で覆い、刀と同じ状態にする自己流の妖術である。
しかし、所詮は風の刃。殺傷力は高いが、強度は低い。
「っ!!」
風の刃が砕かれ、焔月の刀身が少女の右手の肉を少し裂く。
そのまま右手を切り落とされると判断した少女は目を強く瞑った。
しかし、焔月の刀身はそれ以上進むことはなかった。
「え・・・・・・?」
ゆかりの突然の行動に少女は面食らった。
焔月は後腰に携えられた鞘に納められ、少女に叩きつけられていた殺気は嘘のように霧散した。
「ごめんなさいね。貴女という存在を試させてもらったわ。」
「どういうこと・・・?」
「私はこの周辺の土地を管理する者。だからこそ、この土地に迷いこんだ貴女に危険がないか調べる必要があった。」
ゆかりには最初から少女を殺すつもりなど微塵もなかった。
元々、ゆかりは無意味な殺生を好まない。少女に殺す気で襲い掛かったのは、少女の本気を試すためである。
もし、ゆかりが最初から少女を殺すつもりならば下級妖怪程度の力しか持たない少女は僅か10秒程で殺されていただろう。
「貴女は単なる子供好きの妖怪みたいだし、別に害になりそうな要素もない。悪かったわね、怖がらせるような真似して。」
そう言いながらゆかりは少女の頭を撫でた。
まるで自分に対する恐怖を払拭するかのように。
「貴女の名前は?」
「物見、黒蘭。人里の子供がつけてくれた。」
「そう、黒蘭ね。私はこの土地の管理者として貴女を歓迎するわ。」
ゆかりは笑みを浮かべて燕の妖怪、黒蘭を歓迎した。
刹那、背後にスキマが開かれ、ゆかりはそれに身を沈めた。
というわけで、オリキャラパート1。
まあ、黒蘭はメインじゃないんですけどね(笑)
でも、話の展開上には必ず出てくるという結構いいポジションです。