第6話 「生まれ出でる妖怪」
???side
「此処は・・・・・・」
薄暗い森の中。
人が立ち入るような気配のない鬱蒼としたその森の中で1人の幼い少女が目をさました。
瞳は鮮やかな朱色で、髪は黒。しかし、髪の先端の方は色素が薄くなってしまい、灰色に近い色になっている。
その身に纏う法衣(ローブ)のような衣服は黒と朱色で彩飾されており、背中に設けられた穴から燕のような翼が顔を覗かせていた。
「此処は、どこ?」
少女は樹にもたれ掛かったまま、キョロキョロと周囲の様子を窺う。
少女の視界に映るのは背の高い樹木ばかり。人の気配などまったく感じられない。
「私は、燕だったような・・・?あれ、妖怪だったっけ?」
少女は自分に問い掛ける。
しかし、少女の記憶から自分自身に関するモノがすっぽりと抜け落ちていた。いや、森の中で目覚める以前の記憶がまったくないのだ。
「私は、誰なの?」
少女は徐々に不安になってきた。
しかし、そんな少女を慰めるかのように森の何処からか元気の良い子供たちの声が聞こえてきた。
「誰か、居るの?」
少女は立ち上がり、導かれるように子供たちの声が聞こえてくる方角に向かって歩き出した。
ルーミアside
ゆかりの縄張りに人間たちが移住してから、すでに数週間の月日が流れようとしていた。
荒れ果てた土地は人間たちの頑張りによって、かつての豊かな姿――ゆかりたちは見たことないが――を取り戻しつつあった。
「最近、下級妖怪が増えてきたね。」
「そうだね。まあ、人が増えると妖怪も増えるのは分かってたけどね。」
そんな会話を交わしながらゆかりとルーミアは剣舞を舞う。
場所はいつもの湖の畔。
ゆかりは蒼月を、ルーミアはゴツい大剣を振るって剣舞を舞っていた。ようは、模擬戦闘である。
「最近人里の方はどうなの?毎日のように下級妖怪に襲われてるらしいけど!!」
ルーミアは黒い大剣を大きく凪ぎ払った。風が巻き起こり、雑草がそよそよと揺れる。
ゆかりはルーミアの大剣を受け流すと、いつも焔月を持つ右手でルーミアの水月に掌底を叩き込んだ。
「あの妖怪憑きの少女が頑張ってるおかげで人里に被害はなし。」
「ゲホッ、ゲホッ、ゆかりは私を殺すつもりなの?」
一瞬、本気で呼吸が止まったよ。
「水月に当てられたくらいじゃあ、死なないよ。」
そう言いながらゆかりは蒼月を刀剣形態から人間形態に戻した。
ルーミアも黒い大剣を妖力に還元する。
「で。さっきの話だけど、妖怪憑きの少女ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。下級妖怪から人里を守っているのは、猫又に憑かれた少女なの。」
妖怪憑きの女の子、ね。普通、犬神とか猫憑きに憑かれた人間は隔離されるらしいけど、それは個人の考え方の違いかな?
でも・・・とり憑いた妖怪をほっておくと、いずれは身体も乗っ取られるんじゃあ・・・・・・
ルーミアは心の中でそんな懸念を抱いた。そして、とり憑いた妖怪を引き剥がす術を持つゆかりが何もしないことに少しばかり疑問を抱いた。
「主ゆかり、なぜあの少女から妖怪を引き剥がさないのですか?」
まるで、ルーミアの心情を代弁するかのように蒼月が問う。
すると、意外すぎる答えがゆかりの口から告げられた。
「期待してるんだよ。あの少女がとり憑いた妖怪と対話し、共存を為すことを。」
それは生まれながらの妖怪であるルーミアには夢物語に近い回答だった。
しかし、ゆかりは自信満々に言った。人と妖怪の共存が成り立つのを確信しているかのように・・・・・・
「確かに私の“境界を操る程度”の能力を使えば、とり憑いた妖怪を引き剥がすこともできる。
だけど、暫くは傍観するつもり。多分、あと5年も経てば結果は分かると思う。」
「もし、共存が望めない場合は?」
「その時は・・・この土地の管理者として動くよ。」
「「・・・・・・」」
ゆかりの真剣な表情を見た2人は何も言わなかった。
「さて、私は少し出掛けて来るよ。」
「ウチもお供しましょうか?」
「いや。今日は少し視察に行ってくるだけだから。」
そう言い残して、ゆかりはスキマの中に身を沈めた。
「ゆかり様~」
そして、ゆかりと入れ違いになるように1人の妖精がパタパタと羽根を動かしながらやって来た。
「ゆかりなら、ついさっき出掛けちゃったよ?」
「えぇ~!!ゆかり様に相談したいことがあったのに・・・・・・」
ゆかりを頼って来た妖精はガクリッと項垂れた。
「何かあったの?」
「うん。実はね、最近変なことが起こるの。」
「変なこと?」
「そっ。人里の子供と遊んでると、見知らぬ子供が一緒に遊んでるの。
遊んでる時は気にならないんだけど、夜になるとふとその子供のことを思い出すの。」
妖精はルーミアに事情を話した。
人里ができてから数週間。
人里の子供と妖精たちが一緒に遊んだりするのは珍しくなくなった。
普通、妖精は知能がそれほど高くない。しかし、竜脈の影響を色濃く受ける場所――つまり、ゆかりの縄張り――では妖精も普通の人間並みの知能を持っている。
そのため、精神的に成熟した妖精が子供の面倒を見ることがあるのだ。
閑話休題
「その子供って、普通の子供なの?それとも妖怪?」
「分からないからゆかり様に聞きに来たの。でも、ゆかり様が居ないんじゃあね。」
そう言って妖精は溜め息を吐いた。
「ゆかり様にこの事、伝えておいてね?」
「分かったよ。」
ルーミアにゆかりへの言伝てをお願いすると、妖精は湖の畔から立ち去った。
「どちらだと思いますか?」
「あの妖精の話が正しいなら、十中八九妖怪だろうね。しかも、私やゆかりのような能力持ち」
存在していることによって生じる違和感を消す・・・存在をその空間に溶け込ませているのかな?
もしそうなら、その妖怪の能力はさしずめ“存在を溶け込ませる程度の能力”。まあ、あくまでも私の予想だけど。
「そう言えば、ゆかりは何処に行ったんだろうね?」
「私も主ゆかりが何処に行ったのかまでは分かりません。」
八雲 ゆかりside
スキマを使って、ゆかりがやって来たのは現在の近畿地方にある現在の奈良県――当時の国名は大和――の都だった。
「探すのに少し手間取ったけど、ここが今の都で間違いなさそうね」。
都の遥かに上空。
地面から見上げても小さな点にしか見えないような高度でゆかりはスキマに腰かけていた。
ゆかりは度々この大和の地に近づいて現在の都を探していたのだ。
「平城京・・・じゃあなさそうね。平安京でもなさそうだし、これは藤原京かな?」
ゆかりは前世で学んだ歴史の知識と照らし合わせて時代を推測する。
「さすがに西暦まで知るのは無理ね。だけど、色々目星がついたことだし、そろそろ帰りましょう。」
そんな独り言を呟いて、ゆかりは再びスキマの中に潜り込んでしまった。
しかし、ゆかりは自分を監視する視線に気付かなかった。
遠くの虚空に開いた黒い裂け目はゆかりが扱うスキマとまったく同じモノだった。
そのもう1つのスキマの中で怪しげな笑みを浮かべている者が居たことをゆかりは知らない。