東方転生伝 ~もう1人のスキマ妖怪~   作:玄武の使者

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最終話 「金色の吸血鬼」

最終話「金色の吸血鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

旧地獄から偶々出てきた覚妖怪―――古明地さとりが夢幻郷の人里に襲い来る妖怪を押し留めている頃。

夢幻郷の土着神―――八雲 ゆかりは事態を収束させるために行動を開始していた。

 

 

「貴女たちを振るうのも久しぶりね。」

 

 

幻想郷に向かって飛翔しながらゆかりは腰に携えた焔月と蒼月の柄をいとおしそうに撫でる。

 

〈博麗大結界〉が張られてからはゆかりが長年の相棒を振るう機会もめっきり少なくなってしまった。

何よりもゆかりのような大妖怪がわざわざ出向かなくても、彼女の有能な部下たち―――霊禍や葵らが解決してしまう。そのため、ゆかりが直々に出向くのは本当に久しぶりなのだ。

 

 

『そうですね。』

 

 

『良いことなんですが、少し寂しいですね。』

 

 

「私たちの時代はもう終わりを迎えようとしてるんだよ。多分、紫も理解してるんだろうね。」

 

 

焔月と蒼月と言葉を交わすゆかりは不思議と笑顔を浮かべていた。

 

 

「だから、この異変が終わったら私は神社に隠居しようと思ってるの。そのための準備も整えてある。」

 

 

ゆかりの突然の宣言に焔月も蒼月も驚きを隠せなかった。

二人は自分の主が何かの準備をしているのは知っていたが、まさか隠居するための準備を整えているとは思っても見なかった。

しかし、二人はそれを聞いても特に反対しようとはしなかった。

 

 

「後世のためにも、この異変を解決する。これが私の最後の闘いになりそうね。」

 

 

ゆかりは焔月と蒼月を抜刀し、幻想郷の人里の上空を通り過ぎる。

視線を逸らしてみると、押し寄せる妖怪の軍勢に全員一丸となって対抗する人々の姿が見えた。

月明かりに照らされる大地に飛び交う閃光は不謹慎にも美しい花火のように見える。

眼下の戦場では幻想郷の人里を守護するためにあの半人半獣の二人組が奮闘しているのだろう。

 

 

「これだけの妖怪を純粋な力で屈服させた首謀者、か。最後の相手には最適だね。」

 

 

視線を元に戻すと、夜空に浮かび上がる紅い満月がゆかりの視界に入った。

そして、その月を背後に悠然と佇む幼く小さな影。

大半の妖怪が弱体化している時代にも関わらず鬼に代わり〈妖怪の山〉を治める天魔にも匹敵する覇気を放つその主犯は真紅の双眸でゆかりを見つめていた。

 

 

「貴女がこの異変の首謀者?」

 

 

ゆかりは足を止めて問う。

 

 

「ええ、そうよ。」

 

 

雲が晴れて禍々しい月明かりが夜空にはっきりと主犯の顔を照らす。

人形のように真っ白な肌に艶やかな紅い唇と隙間から顔を覗かせる鋭い犬歯。瞳はつり上がっており、初対面の者に強気な印象を持たせる。

見た目はゆかりの従者である葵よりも幼く見えるが、見た目以上に年上なのは間違いないだろう。

 

 

「貴女に与えられる選択肢は二つ。

1つ目は素直に異変を止めて大人しくする。2つ目は此処に居る私らに痛い目に会わされる。

さあ、どっちがいい?」

 

 

ゆかりの質問に対して異変の首謀者は不敵な笑みを浮かべながら、その手に突撃槍を召喚した。

同時に二対四枚の吸血鬼の象徴とも言えるコウモリのような翼が広げられる。

 

 

「私はお前を倒して、この2つの箱庭を手に入れる。それが私の選択。」

 

 

「そう。」

 

 

ゆかりは短く頷いて右手に焔月を、左手に蒼月を握り締める。

もはや言葉は不要。後は自分の意志を己の刃に乗せて相手にぶつかるのみ。

張り詰めていく空気を切り裂くように戦端は切り落とされた。

 

 

 

 

―――ガキンッ!!

 

 

 

 

交わる双剣と突撃槍。耳障りな金属音が〈霧の湖〉に響き渡る。

蒼月と焔月から繰り出される剣舞を身の丈に合わない突撃槍で器用に打ち合う吸血鬼。

 

 

「随分器用なことするね!!」

 

 

「私は誇り高き吸血鬼。これくらい、造作もないわ!!」

 

 

手数で勝る筈のゆかりが攻めあぐねている。吸血鬼は鬼にも匹敵する怪力で扱い難い突撃槍を振り回して双剣を完全に防いでいるのだ。

ゆかりの一太刀を避けて吸血鬼は四枚の翼を大きくはためかせると、一気に急上昇。

 

 

「貫け、“スピア・オブ・ロンギヌス”!!」

 

 

急上昇した吸血鬼は体を反転させると同時に突撃槍を投擲する。

何の力も付与されていない槍は風を切り裂き、物凄い速さでゆかりに飛来する。

 

 

「この程度!!」

 

 

ゆかりは焔月の炎を圧縮させて、迫り来る突撃槍を焼き切ってしまった。

さらに圧縮された炎は剣閃に乗って、吸血鬼に襲い掛かるが、吸血鬼は四枚の翼を巧みに動かして避ける。

だが、避けた場所に向かって青白い雷を帯びた蒼月が飛来した。

 

 

 

―――八雲式剣舞 冥雷鈴―――

 

 

 

ゆかりが不意打ちに使う剣舞の一種であり、予知能力や驚異的な反射神経を持っていない限り避けるのが非常に困難な技だ。

しかし、吸血鬼はそれに反応し、致命傷を避けたのだ。

 

 

「まさか今の不意打ちを避けるとは思わなかったわ。」

 

 

「完全に避けれた訳ではないがな。」

 

 

吸血鬼のわき腹は飛来した蒼月によって切り裂かれ、傷口は雷によって焼け焦げている。

しかし、そんな傷は吸血鬼の再生力の前にはかすり傷に等しい。傷口はあっという間に塞がり、完全に癒えた。

 

 

「厄介な再生力ね。」

 

 

「全力の5割も出してない貴女に言われても嬉しくないわね。」

 

 

「あら、気付いてたのね。」

 

 

吸血鬼が指摘した通り、ゆかりは手加減した状態で闘っていた。

本拠地である夢幻郷から離れている以上ゆかりは弱体化するが、全力を出せば目の前の吸血鬼など敵ではない。

 

 

「じゃあ、少しばかり本気を出しましょうか。」

 

 

ゆかりは焔月と蒼月を構え直すと、少し瞳を細めて吸血鬼を睨み付ける。

刹那、ゆかりの姿が陽炎の幻のように消える。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

気が付いた時には吸血鬼の腹部を焔月の刀身が貫いていた。さらに蒼月によって左腕を切り落とされる。

 

 

「八雲式剣舞、殺人華。」

 

 

流れるような剣舞が吸血鬼の体を容赦なく切り裂き、鮮血を飛び散らせる。

普通の妖怪なら命を落としているようなダメージを負っているにも関わらず吸血鬼はその場に踏みとどまっていた。

 

 

「くっ、“インヴィジブルフェイト”!!」

 

 

魔力で編まれた半透明な鎖がゆかりに向かって来るが、蒼月によって切り伏せられる。

ゆかりは突き刺した焔月を抜き、反撃を警戒してスキマ空間に逃げ込む。

 

 

(手加減されてるとは思ったが、ここまで加減しているとは・・・・・・)

 

 

吸血鬼はゆかりの実力に戦慄した。

確かに吸血鬼の方も全力を出している訳ではないが、ゆかりとの力の差を痛いほど見せ付けられている。

さらに言えば、吸血鬼は太陽が沈んでいる間しか行動できないので持久戦に持ち込まれたら、敗北は確定だ。

しかし、降伏することは吸血鬼としとのプライドが許さない。

 

 

(まったく・・・私の最後の相手に相応しいことこの上ないじゃないか!!)

 

 

吸血鬼は心から強敵との邂逅に歓喜した。そして、出し惜しみすることを止めた。

全身から魔力を放出して吸血鬼の能力“具現”の力を解放する。

 

 

―――戯曲『月夜の五重奏』―――

 

 

“具現”の力によって、吸血鬼の分身体が四体も産み出される。

しかも、その分身体は残像などではなく、きちんと質量を持った分身。本体と比べると力は劣化するが、それは手数で十分に補える。

なお、吸血鬼が産み出した分身体には思考能力や人格は存在しない。本体の思考を忠実に実行する人形のような存在である。

 

 

(まずは相手を炙り出さないとどうにもならないか・・・・・・なら!!)

 

 

吸血鬼は弓と突撃槍を“具現”の力で産み出すと、矢の代わりに突撃槍をアーチェリー型の弓に装填する。

その照準に選んだのは・・・・・・上空からしっかり見える幻想郷の人里。

突撃槍に魔力を纏わせて、吸血鬼は問答無用に突撃槍を放った。

しかし、吸血鬼の手を離れた突撃槍はガキンッという音を立てて、明後日の方向に弾き飛ばされた。

 

 

「残念だけど、私が居る限り人里には手を出させないわ。」

 

 

「分かってるわよ。さっきのは貴女を誘き出すための布石。」

 

 

スキマから出たゆかりをいつの間にか吸血鬼の分身体が包囲していた。

その分身体は魔力で編み上げられた真紅の鎖でゆかりの四肢を拘束する。

 

 

「捕まえた!!」

 

 

吸血鬼は四枚の翼を広げて、亜音速でゆかりに接近する。その手には突撃槍の代わりに茜色の光を放つ西洋剣が握られていた。

 

 

「禁忌『ダーインスレイブ』!!」

 

 

神話の魔剣の名を冠した剣はゆかりが張った障壁を容易く貫き、柔らかい腹部を貫く。

勝った。吸血鬼は一瞬そう思った。

しかし、それは大きな間違いであったことをすぐに思い知らされる羽目になる。

 

 

「つ・か・ま・え・た」

 

 

ガシッ、とゆかりの腹部を貫いている剣を持つ腕を逃げられないようにしっかり掴む。

いつの間にかゆかりの四肢を拘束していた鎖は消え、吸血鬼の分身体も消滅していた。

周りを見渡してみれば、先程までこの戦場に姿がなかった者たちが集まっていた。

 

 

“妖怪の賢者”八雲 紫

 

 

“白面金毛九尾の狐”八雲 葵

 

 

“無垢なる瞳”古明地 こいし

 

 

“宵闇の妖怪”ルーミア

 

 

その四人が吸血鬼が勝利を垣間見て、油断した本当に一瞬の間に吸血鬼の分身体を葬り去ったのだろう。

分身体には本体のような強い再生力はない。大妖怪の彼女らには生ぬるい相手であろう。

 

 

「貴女は少しやりすぎたわ。」

 

 

「くっ!!」

 

 

「だから、お仕置きよ」

 

 

ゆかりの周囲に色とりどりな無数の球体が現れ、それらはゆかりの手に集まって巨大な三叉の槍を形成する。

八雲式符術最終奥義“夢想封印”の応用であり、強力な力を持つ妖怪を力で捩じ伏せることを念頭に置いた術。

それを目の当たりにした吸血鬼は本能的にその攻撃を耐えきることはできないと悟った。

吸血鬼は必死に腕を振りほどこうとするが、腕をがっしりと掴まれているので逃げることも避けることもできない。

 

 

 

――――“夢想封印・天”――――

 

 

 

ゆかりの手を離れた命中必勝の槍は吸血鬼の体を貫いて〈霧の湖〉の湖畔へ突き刺さった。

 

 

 

▼ ▼ ▼

 

 

 

(私の負け、か。)

 

 

『夢想封印・天』という強烈な一撃を受けた吸血鬼は辛うじて生きていた。

下半身と左腕は消失しており、右腕もあり得ない方向に曲がってしまっている。普通ならショック死してもおかしくない重傷にも関わらず、その身体は元の姿に戻ろうとしている。

その吸血鬼の傍らに追い掛けてきたゆかりが降り立つ。

 

 

「私の勝ちね。」

 

 

「ええ。勝てるかも知れない、なんて幻想を抱いたのが間違いだったわ。」

 

 

吸血鬼は苦笑いを浮かべた。

釣られるようにゆかりも少し頬を緩める。

 

 

「闘った貴女に頼むようなことじゃないけど、1つだけ私の頼みを聞いてくれないかしら?」

 

 

「?」

 

 

「湖の畔にある洋館に私の可愛い娘二人が住んでるの。気が向いたらで良いから、面倒を見てあげて欲しいの。」

 

 

「いきなりどうしたのよ? まるで、自分はもう長くないって・・・・・・」

 

 

ゆかりは言葉を詰まらせた。

儚げに笑う吸血鬼の身体の再生が途中で止まっており、その身体が徐々に崩壊を始めているのだ。

 

 

 

「結構長い間、吸血してなくてね。さっきの一撃が見事に止めになったみたい。

 吸血鬼の強力な力は人間の血を吸血することで維持されている。

 これは当然の結果なのよ。」

 

 

「どうして・・・・・・」

 

 

「長い時を生きることが苦痛になってしまったのよ。数多の出会いと別れを繰り返す内に、ね。

死ぬ前に一花咲かせたかったのが今回の騒動を引き起こした理由。自殺なんて私のプライドが許してくれなかったの。」

 

 

死が目前に迫っているというのに、吸血鬼は笑っていた。

 

 

「そう言えば、貴女の名前聞いてなかったわね。」

 

 

「八雲、ゆかり。二つの箱庭の片割れ、夢幻郷の土着神。」

 

 

「私はレティシア、レティシア=スカーレット。

 獲物である筈の1人の人間に恋心を抱いてしまった変な吸血鬼。」

 

 

金髪の吸血鬼―――レティシア=スカーレットの体は限界を迎えた。

その魂が天に招かれる直前に彼女は口パクで最後の言葉をゆかりに伝えた。

その言葉がはっきりとゆかりに伝わったどうかは分からないが、レティシアは最後まで笑っていた。

 

 

「まったく・・・・・・面倒なことを引き受けてしまったわ。」

 

 

夜空に浮かぶ紅い月を見上げながら、ゆかりは静かに呟いた。

 




これにて東方転生伝は完結となります。

ラスボスとして登場したレミリアとフランの母親、レティシアには元ネタが居ます。
本来ならゆかりと対等に渡り合える程の実力者ですが、幻想郷に来た時点で弱体化しています。
だから、決着もアッサリ。


この作品の続編は鋭意製作中です。
ある程度ストックができてから投稿する予定なのでもう少しお待ちを。


PS かなり日を跨いでしまい、申し訳ありませんでした。

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