第53話「侵略者」
明治18年、〈博麗大結界〉によって幻想郷と夢幻郷の二つの箱庭は隔絶された。
大結界は予定通り妖怪たちの滅亡を防ぎ、二つの箱庭は幻想が集う土地となった。
しかし、あまり時間が経たない内に二つの箱庭のトップが懸念していた事故が起こった。
人間を襲うことができなくなった妖怪たちが徐々に弱って来たのだ。
存在は維持できているが、かつての力を維持している妖怪は多くない。
そして、この事項に箱庭のトップたちは頭を悩ませていた。
結局打破する方法は見つかることはなく、100年余りの月日が流れた。
~夢幻郷 八雲神社~
〈博麗大結界〉のもう1つの基点である八雲神社。
その一室では、夢幻郷を治める土着神が必死に筆を走らせていた。
机の上にはいくつもの紙が散乱しており、くしゃくしゃにされたゴミがそこら辺に転がっている。
何やら術式が記載されている物もあれば、文章が箇条書きに記されている物もある。
「ゆかり様~少し休んだらどうですか?」
ゆかりの従者でる葵は散乱したゴミを片付けながら主に提案する。
しかし、最近あまり休んでいないにも関わらずゆかりは首を横に振る。
「早くこれを完成させないといけないの。
こうしてる間にも妖怪の弱体化はどんどん進行してるから。」
「でも・・・・・・」
心配そうにゆかりを見つめる葵。
そんな彼女を安心させるようにゆかりは首を回して笑みを浮かべた。
「大丈夫。夢幻郷からの信仰が薄れない限り私は疲労で倒れたりしないよ。」
「それは知ってるけど・・・・・・」
妖怪よりも神霊に近いゆかりは信仰が力の源だ。
それが潰えない限りは疲労なんてあんまり関係がない。
それでも葵の心配は尽きない。
「分かった。これが書き終わったら、ちょっと休憩する。」
「そうしてください。ルーミアやシアンも心配してるんだからね。」
「はいはい。」
そう返事を返して、ゆかりは再び机に向かう。
ゆかりが描いているのは、現在夢幻郷と幻想郷が直面している問題を打破する方法だ。
相手の命を奪うようなことせずに全力で戦える戦闘方法。
まるで夢物語のような戦い方をゆかりは自力で編み出そうとしているのだ。
(ある程度構想はできてる。後はそれをどうやって皆に扱えるようにするか。)
ゆかりが考え事を巡らせていると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして、あまり間をおかずにゆかりの個室のドアが荒々しく開かれた。
「ゆかりさん!!大変なことになりました!!」
「どうかしたの? シアン」
慌ててゆかりの部屋に入って来たのは妖怪の統括者であるシアンディームだ。
いつも冷静沈着な彼女には珍しく本気で焦っている。
「多くの妖怪が結託して、人里に一斉に侵略してきました!!
幻想郷の方でも多くの妖怪が押し寄せているそうです!!」
シアンディームがもたらした情報は衝撃的な物だった。
夢幻郷はまだしも幻想郷の人里が襲撃されるのは看過できるようなことではない。
ゆかりは筆を置いて、焔月と蒼月を腰に差す。
「シアン、この騒動の主犯は?
群れることがない妖怪たちが結託する訳がない。
ならば、それを指導している者が居るのは間違いない。」
「そこまでは分かりません。私も妖精たちから又聞きしただけなので・・・・・・」
「なら、主犯は幻想郷の方だね。
シアンが妖精から情報を集められないのは幻想郷の妖精だけだし。」
基本的に夢幻郷の全域の情報はシアンディームが入手できる。
そんな彼女が主犯の位置を特定できない以上、主犯は彼女の手が届かない幻想郷に居る。
それがこの短い間にゆかりが導いた予想だった。
「私は幻想郷の方に行く。指導者を倒すのが一番手っ取り早いからね。
こっちはシアンたちで防衛して。」
「そうなると、神社の防衛は弱くなりますが・・・・・・」
「仕方ないよ。神社の方は巫女だけで防衛してもらうよ。」
そう言って、ゆかりは幻想郷に繋がるスキマを展開した。
―――その必要はなさそうだよ。とびっきりの援軍が来たみたいだから―――
刹那、シアンディームから伸びる影が急に膨れ上がった。
膨れ上がった影はゆっくりとヒトの形を作り上げ、やがてその殻を破る。
「ルーミア? 貴女は人里の方に行ったんじゃあ・・・・・・」
「うん。でも、心強い援軍が来たからね。」
影から現れたルーミアの言葉に三人は首をかしげた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
同時刻。
人里と〈妖怪の森〉の境界線では熾烈な戦闘が行われていた。
一番侵攻が激しい正面門の前ではピンク色の髪を揺らしながら妖怪と戦闘を繰り広げている人物が居た。
フリルがあしらわれた西欧風の衣服を翻し、妖怪の侵攻を防いでいた。
「まったく数だけは多いですね。強者に尻尾を振っているだけの癖に。」
妖怪の侵攻を防いでいたのは旧地獄に引っ越した筈の古明地 さとりだった。
その肩には漆黒の鴉が止まっており、足元では二尾の黒猫が威嚇している。
「久しぶりに人里に顔を出したら、こんな事態になるとはね。
本当、自分の不幸が妬ましいわ。」
さとりはため息を吐きながら袖口から御札を取り出す。
「雷火のアギトよ、敵を打ち砕け。」
御札に妖力を流し込み、すぐさま放つ。
さとりが投擲した御札は周囲に雷撃と炎撃を放ち、妖怪を駆逐する。
もっとも威力はかなり抑え込まれているので死ぬことはない。
「にゃ~(さとり様、相変わらず器用ですね~)」
「器用なのが取り得ですからね。」
「にゃ~(よく言いますよ。格闘術でも勇儀とやり合える癖に)」
「格闘術においてはこいしの方が得意ですから、ね!!」
さとりは飛びかかって来た下級妖怪を見えない衝撃波で吹き飛ばす。
「それにしても多いですね。作り置きの御札が何処まで持つか・・・・・・」
さとりは両腕に着けたポシェットから新しい御札を取り出す。
取りだした二枚の御札にはそれぞれ朱雀と青龍が描かれていた。
妖力を流し込むと、御札に描かれた朱雀と青龍の絵が発光する。
「南と炎を司る四神、朱雀よ。その焔にて敵を焼き払え」
「東と水を司る四神、青龍よ。激しき激流にて敵を薙ぎ払え」
さとりの手を離れた二枚の御札はそれぞれ炎で構成された朱雀と水で構成された青龍「になる。
「八雲式符術奥義、龍雀双天波!!」
符術によって召喚された朱雀と青龍は妖怪の大群の中に飛び込んで次々に蹴散らしていく。
しかし、妖怪は構わずに夢幻郷の人里に向かって侵攻を続けている。
さとりはゆかりのような大妖怪ほど多くの妖力を持っていないので持久戦は不利だ。
「さて、先日完成した符術の試し打ちといきましょうか。」
両腕のポシェットから御札がぱらぱらと舞い、さとりの周囲を旋回する。
さとりがパン、パンと柏手を打つと、不規則に舞っていた御札が4列に並ぶ。
「我流ですが、大勢の相手をする分にはちょうどいいですね。」
さとりが妖力を迸らせながら手を翳すと、並んだ御札に妖力が伝播する。
そして、無数の御札から手加減された妖力弾が妖怪の軍勢に向かって放たれた。
「やっぱり妖力の消費が多いのが欠点ですね。」
「にゃあ~(そういえば、さとり様。ピアスを着けてないのに大丈夫なんですか?)」
「ええ。最近は能力に方向性を持たせることができるようになったからね。」
さとりの能力は一定範囲内に居るヒトや動物の心を読む能力だった。
しかし、旧地獄で怨霊の管理をしている間に能力に方向性を持たせることができるようになったのだ。
そのため、対峙している妖怪の心の声は聞こえてこないのだ。
「さて、異変の解決は彼女に任せて、私たちはここで妖怪を食い止めましょうか」
「にゃ~(は~い。)」
最近、クオリティがみるみる下降しているのが最近の悩み。
この第52話も何度書き直したことだろうか・・・・・・・。
一応、次が最終話の予定です。