第49話 「幻想郷からの訪問者(後編)」
~妖怪の森~
幻想郷を出た慧音と入江は田んぼのあぜ道を通り、妖怪の森の入り口にたどり着いた。
この先からはならず者の妖怪が容赦なく襲いかかってくること間違いなし。
しかし、慧音には迷い込んだ少女を見捨てるなどという選択肢は存在しなかった。
「行くぞ、入江。」
慧音の言葉に入江は嘶く。
しかし、妖怪の森に立ち入ろうとする慧音と入江の前に立ちはだかる者が居た。
背中に半透明な翅を生やした双子の妖精だ。
その手には先端が三つに割れたトライデントと呼ばれる槍を携えている。
明らかに慧音と入江の存在を警戒している。
「ここは夢幻郷に続く唯一の道。」
「だから、見知らぬ妖怪を容易に立ち入らせることはできない。」
双子の妖精はトライデントの矛先を入江と慧音に向ける。
彼女らは妖精を統括しているシアンディームから夢幻郷に立ち入る妖怪を妨害する役目を負っている。
ギリギリ龍脈の恩恵を受けることができるので、この双子の妖精もそれなりには強い。
「待て。私はこの森に入った女の子を保護しに来ただけだ。」
慧音の言葉に双子の妖精は顔を見合わせた。
「確かにちびっ子が一人森に入って行ったよね?」
「うん。他の妖精の悪戯に逢ってなければ無事にたどり着けると思うけど・・・・・・」
双子の妖精は声を小さくして口々に相談する。
幻想郷の住人が夢幻郷にたどり着けないのは森に住む妖怪だけが原因ではない。
〈妖怪の森〉に住む妖精は夢幻郷の人々に対しては手を貸す。しかし、元々妖精は悪戯好きな種族だ。
なので、部外者に対して悪戯を仕掛ける少し困った妖精も居る。
その妖精が夢幻郷にたどり着ける可能性を更に引き下げているのだ。
「別に通しても大丈夫じゃない? そんなに大した妖力は持ってないし」
「そうだね。何かあれば、ゆかり様が何とかするだろうし」
双子の妖精は夢幻郷の管理者に全部丸投げすることで合意した。
そして、トライデントを下ろして慧音と入江に通行の許可を出す。
「「悪戯妖精に惑わされないようにね~」」
そう言い残して、双子の妖精はその場から立ち去った。
「少し時間をくったな。急ごう、入江。」
入江は再び嘶くと、〈妖怪の森〉の中に足を踏み入れた。
しかし、その一人と一匹の姿を眺めている存在が居ることに気づく者は誰も居なかった。
~妖怪の森~
いつも見通しの悪いことで有名な〈妖怪の森〉
しかし、その森は普段にも増して視界が悪かった。
その原因は異常としか思えない森全体を覆う濃霧のせいである。
視界は真っ白に覆われ、東西南北も分からない。
「困ったな・・・・・・。これではどの方向に進めば良いのかわからん。」
麒麟姿の入江の背に跨る慧音は困り果てていた。
視界が完全に意味を為さないその空間では、戻ることも進むこともできない。
「それにしても、ずいぶん局地的な濃霧だな。
これもこの森に住む妖精が引き起こしているというのか?」
『多分ね。幻想郷では、これほど強い妖精なんて居ないけど・・・・・・』
入江の声が濃霧に満ちた森の中に通る。
幻想郷の妖精はそれほど賢くない上に、力は下級妖怪ぐらい。
そのため、幻想郷に住む人々は異能の力を持つ妖精をあまり警戒しない。
しかし、夢幻郷周辺の妖精は下手をすれば上級妖怪並みの力を持つ妖精も居る。
慧音の予想通り森を覆う濃霧は妖精が引き起こしている現象である。
「しかし、これでは何時までも夢幻郷にたどり着くことができないな。」
慧音は困り果てた。
闇雲に動き回って妖怪の住処にでも足を踏み入れることになると、危険極まりない。
そんな慧音に声を掛ける存在が居た。
「こんな所で何をしているのですか?」
前も見えない濃霧の中から現れたのは、一人の女性のような姿をした妖精だった。
背中には水のよって形作られた翼が浮かんでおり、髪の色は水色。
着ている衣服も幻想郷ではあまり見かけない法衣だ。
「貴女は?」
「私はシアンディーム。一応、夢幻郷の関わる全ての妖精の王です。」
そう自己紹介するシアンディームに慧音は驚いた。
妖精は妖怪の山に住む妖怪たちのように上下関係もなければ、群れることもない。
それぞれが自由気ままに生きている種族である。
しかし、古くから人間たちと接してきた夢幻郷の妖精は八雲神社の面々の命令には従う。
なので、同じ妖精であるシアンディームが実質的に妖精の王のような立場になっている。
「妖精は群れを成さない種族の筈ですが・・・・・・」
「ええ。普通の妖精は群れをなすことはありません。
夢幻郷は人と妖精の結びつきが強い分、自然と群れることが多くなるだけです。」
そう言って、シアンディームは手を振りかざした。
すると、森の中を埋め尽くし慧音の視界を塞いでいた濃霧は嘘のように晴れた。
「さて、夢幻郷まで案内しましょう。お探しの子供が首を長くして待っているでしょうから。」
シアンディームは濃霧が晴れた森の中を夢幻郷の方角に向かって歩き始めた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
~八雲神社 応接間~
シアンディームの案内で慧音と入江の二人が夢幻郷に向かっている頃。
夢幻郷の管理者である八雲 ゆかりの邸宅で見慣れない少女は寝息を立てていた。
その少女こそ、慧音が探している里長の子供である。
「まったく呑気な物だねぇ。妖怪の巣窟に近いこの神社でこうも安心して眠ってられるもんじゃないのに」
「妖怪の巣窟って言っても純粋な妖怪はほとんど居ないけどね。
上級妖怪に匹敵する妖精だったり、元巫女だったり、半神半妖だったり。」
ゆかりは陶器の入れ物に入ったお酒を口に運ぶ。
それに付き添う葵も同じように陶器の器でお酒を飲んでいる。
「しかし、幻想郷から森を抜けて来るなんてとんでもない根性ね。」
少女は貿易の帰りの集団に付いてきた訳ではなく、独力で妖怪の森に立ち入った。
幸いにも妖怪に襲われる前に散歩に出ていたこいしが保護したから助かったが、運が悪かったら妖怪の食事にされていただろう。
何の準備もなく夢幻郷に向かおうとするのは愚の骨頂である。
「確か、母親の薬を貰いに来たんだよね?」
「そうだよ。幻想郷で手に入る薬じゃあ、効果がなかったみたい。」
「こっちはあの薬師が薬を回してくれるからね。」
そう言いながら葵は器に入ったお酒を飲み干し、新しくお酒を注ぐ。
夢幻郷で手に入る薬はゆかりのお手製か、〈永遠亭〉の永琳の薬だ。
そのため、効能が良いので貿易の品として出されることも偶にある。
もっとも、容量・用法が簡単な物に限るが。
「さて、そろそろ迎えが来る頃かな?」
「いつもの直感? ゆかり様の直感ってかなり当たるからねぇ」
「伊達に神様をやってる訳じゃないからね。」
「ゆかりさん、お客様ですよ。」
噂をすれば影というのはまさにこのことを言うのだろう。
慧音と入江を連れたシアンディームがちょうど八雲神社に戻って来た。
「御苦労さま、シアン。わざわざ迎えに行って貰って悪かったわね」
「いえ。最近は暇だったのでちょうど良かったです。」
そう言って、シアンディームは一人応接間から出て行った。
「さて、ようこそ夢幻郷へ。私は夢幻郷の管理者、八雲 ゆかり。」
「私は人里で教師をしている上白沢 慧音です。」
「月神 入江だよ~」
「上白沢に月神ね。要件は分かってるわ。」
そう言って、ゆかりは未だに寝息を立てている少女に視線を向けた。
「緊張の糸が途切れて眠ってしまったのよ。
だから、代わりにあなた達にこれを渡しておくわ。」
ゆかりは少女に渡す筈だった薬を慧音に渡した。
ゆかり特製の薬なので効能は期待できるが、いかせん劣化が早い。
そのため、夢幻郷でも出回ることはなく、完全な受注生産制になっている
「効果が薄くなるのが早いから、早く持って帰りなさい。
葵。その子と二人を幻想郷まで送ってあげなさい。」
「わかりました、ゆかり様」
葵はその小さな体に似合わない怪力で少女を抱えると、二人を先導して応接間から出て行った。
「ある程度予想はしてたけど、やっぱり里の守護者は慧音だったんだね。」
誰も居なくなった応接間でゆかりは一人呟いた。
「ということは、そろそろね。」
―――幻想郷に不可欠な物、博麗大結界の構築は―――
単位取得が掛った(?)テスト前だったので、更新が遅くなりました。
テスト中なのに、ライトノベルとか普通に読んでたけどね~。11冊ぐらい。
おかげで執筆も滞ってます。いろいろ作業もたまってるのに・・・・・・・。
そういえば、(読んでる人が居るかどうか知りませんが)「精霊使いの剣舞」の最新刊が今月発売だったので公式ホームページで最新刊のあらすじを読んできました。そして、夜な夜なテンションが振り切れました。